西館の図書室で

ぱっつんぱつお

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「肉が朽ちてもいつまでも」

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 それは式が始まる二時間前のことだった──。

 髪を結われ、メイクを済ませ、裏庭にある東屋で小休憩を取っていたとき。
 やあ、と国民に愛される完璧な笑顔を張り付けた男性が片手を上げ私の視界に現れた。
 ウォルターの妹、リリアナの婚約者である一国の王太子だった。

「殿下!?」
「今日も晴れて良かったね。ウォルターの呪いかな?」
「恐らくそうだと思いますけど、わざわざお越し下さったのですね。私から挨拶に参りましたのに」
「あはは! 否定はしないんだ! それに新婦に来させるほど意地悪な男じゃないからね。私もご一緒して良いかな?」

 其処に、と空いた席を指差すから、「構いませんけれど……」と私がベンチの汚れを気にしていれば本当に構わず座った。
 ウォルターのご友人であるから、何度かご挨拶をして何度か会話もしたけれど、ウォルターとは真逆の二面性を持つ人だ。
 表の顔は自分にも他人にも厳しいのに、裏の顔はルールなんて面倒臭いという人。国や民を背負うのは誠に大変だろうなと思う。

「こんなお姿で申し訳御座いません」
「突然現れたくせに私が気にすると思う?」
「まぁしないでしょうね」
「ふふ。美味しそうなクッキーだね、私もひとつ戴いていいかな」
「毒が入っていたとしても知りませんよ」
「さっき君が毒見していただろう?」
「……確かに?」
「本っ当に肝が座ってるよ。君が公爵令嬢として生まれていたならばと考えるだけで恐ろしい」
「あら、お褒めいただき光栄です」
「改めて、おめでとう。いやぁ……それにしても今でも信じられないよ。あのウォルターが私よりも早く結婚してしまうなんて……」

 私よりも長く共に過ごした殿下がそう何度も口にするぐらいなのだから、よっぽどの青天の霹靂だったのだろう。
 会話が一旦落ち着くと、殿下はこれが本題だったんだと言うように「実はね、」と切り出した。

「ミアさんとは一度二人で話したかったんだよ」
「私と? 何故です?」
「なんというか、仲間として?」
「仲間??」

 明ら様に首を傾げると、殿下は張り付けている完璧な微笑みを浮かべた。
 仲間にもなり得ない程に住む世界が違うのだが。

「ウォルターとリリアナ、兄妹だけあってそっくりだと思うんだ。心から好いてくれてるだろう? 盲目的に、愛してくれる。天に何物も与えられておいて言うのもなんだけど、自分としては衝撃的でね。王家というブランドとか、権力とか、そんなものよりも、私という人間を愛してくれる」
「そうですね。執着、って言葉がぴったりだと思います」
「……それがね、たまに怖くならない? 何があっても裏切らない、愛されているって自信。いつか、もう愛してないって言われてしまったとき、己が壊れてしまうんじゃないかと……」

 確かに、ふと頭を過ることがある。
 自分よりも愛する人に出逢ってしまったら。執着の対象がすり替わってしまったらと。
 死んでしまう、なんて事にはならないだろうけど、心にぽっかり穴は空く。

「でも、私達が感じる恐怖と同じぐらい、ウォルター達も怖いと思いますよ」
「そうだろうか……」
「だって私達が“もうイヤ! 嫌い!”って言ったら、それこそ彼らはきっと死んでしまうでしょう」
「言えてるね」
「ですから、私たちに出来ることは同じくらい愛することだと思うんです。まぁたまに本当にウザいときがありますけど」
「ふふふっ! その通りだね。不安を共有するってのは良いものだな。ウォルターの言った通り、ミアさんは教師に向いているよ」
「っ! ウォルターったら殿下にまでそんなこと……!」

 殿下は、張り付いた微笑みではなく、安心した笑みを浮かべた。まさかこんな悩みで仲間とは。一国の王太子と言えどやはり人間なんだ。

「付き合わせて悪かったね」
「いえいえ。此方こそ貴重なお時間でした。またいつでもお誘い下さい」
「さ、もうそろそろドレスの準備だろう?」
「さっすが殿下、時間にはきっちりされてますね」

 席を立とうとすると、ウォルターと同じくスマートなエスコート。殿下はリリアナを迎えに行くらしく、屋敷まで共に同行するようだ。
 今日は忙しい時間を割いて、祝って下さる。

「私がリリアナと結婚した暁月には家族になるのか。ウォルターは義理の兄、って何だか面白いね」
「私もかつてはウォルターのことを“お兄様”と呼んでいたときもありました。ふふ、それにいち平民が王の親族になるのですか。大層なことですね」
「もしも私がリリアナに捨てられたら拾ってくれる? それともお互い捨てられる前に私達が結婚するってのも」
「ご冗談は顔だけにして下さい。それにそんなことしたら殿下がウォルターに殺されますよ」
「君もリリアナに殺されるかもね」
「うわ! 有り得る……!」

 仲間同士、他愛無い会話を交わしていた。殿下の裏の顔は親しみやすい。
 そんなとき、奴が現れたのだ。

「ミア──! ミアミアミアミアミア……!! 何してるんだ……!!」
「ウォルター。なに、恐いわよ」

 とんでもなく恐ろしい形相で、別に私たち腕を組んでいたわけでもなかったのに腰をグイと引き寄せ殿下から遠ざけると、腕の中に閉じ込められた。こんな演出は頼んでいない。
 殿下も驚いて両手を上げている。

「いくら殿下と言えど俺のミアを穢すなら容赦はしないですよ」
「おいおいウォルター。勘弁してくれよ。そんなつもりはないって」
「んもう! ウォルターったら大袈裟よ! ただ普通に会話していただけじゃない! 貴男だって貴族令嬢と会話ぐらいするでしょう」
「ミアが嫌だと言うんならもう女とは話さない」
「いやご存分に話してクダサイ」

 ああ面倒くさいスイッチ入ったなと考えていれば、もう一人面倒なのが来やがった。ウォルターの妹、リリアナだ。
 同じく恐ろしい形相で殿下の腕を引き寄せている。

「アルベルト様!? いらっしゃるのは今か今かと窓の外を眺めていれば……! なんですの!? そんな女と楽しそうに……!」
「おいリリアナ、“そんな女”とは何だ。俺の妻だぞ」
「ふん! アルベルト様を惑わそうとする女狐に名前を呼ぶ必要があるものですか!」
「女狐!? ふざけるのも大概にしろ。お前の婚約者が先に人妻を誘惑したんだろう!?」
「はあ!? なんですって!? アルベルト様がそんなことするわけ──!」

 似た者同士、言い合う様に私と殿下は目を見合わせ思わず吹き出してしまった。それがまた兄妹の機嫌を悪くする。

「あっはっはっは……!! ホンットに兄妹そっくりだね……!!」
「ええ本当にっ……!」

 今まさにそんな話をしていたのよ、となだめれば取り敢えず正気を取り戻した兄妹。全く手の掛かる兄妹だこと。
 殿下は、「ほらほら。時間が押してるよ」と私たちを急かす。

「友の愛する妻を奪ったりする王太子に見えるかい?」
「見えるね」
「ははっ、心外だなぁ。それに、そんな痕を見せつけられて横取りしようとは思わないだろう」
「痕?」

 その言葉に引っ掛かり殿下を見ると、此処に、と自身の首の後ろを指差してニヤリと笑う。
 思い当たる節があるから、思わず隠した。

「ッ~~……! っウォルター……!?」

 睨み付けると嬉しそうに笑っているウォルター。意地悪な男には拳をお見舞いしてやった。
 そんな夫に呆れると同時に、こんな日常がいつまでも続けば良いなと、願っている自分がいた。


 **おわり**

 今までお付き合いいただきありがとう御座いました!
 まだまだ続けられそうな物語ですので、(気がものすごく向けば)またいつかお会いしましょう!
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