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歩む道

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「ごめん。俺と別れてほしい」


 それは私達の婚約が解消される一言だった。
 好きだったかと聞かれればそうでもない。だけど、それなりに上手くやっていけそうだと安心してた。
 家のための婚約だったから。

 彼はこの国の王子で、小さい頃に開かれた舞踏会で御挨拶した際、「おれはおーじさまだからなんでもてにいれられるんだぜっ!」なんて言っていたのを覚えている。
 王家にとって娘3人産んでやっと産まれた男の子だ。さぞ甘やかされているのだろう。
(因みに王位継承権は女性にも与えられるから彼が国王になることは今のところ無い)

 そして後に開かれた婚約者探しのパーティーで彼が選んだのがこのわたし。
 伯爵家の娘。幼いのに大人びていて綺麗だね、と言われて育った。容姿が整っているのは自覚しているし、婚約者に選んだのも「君が一番綺麗だったから」と直接言われた。嬉しいような無責任なような。
 学園に入学して直後に婚約したが、そこそこ恋人らしく学園生活を送り、デートは何度もしたし、舞踏会の後なんかは親に言えないようなこともしばしば。
 でも卒業すれば自然と会う機会も減って、やりたい仕事もお互いバラバラで。そんなときに彼は出逢ってしまったんだ。


「えっと……申し訳ありませんが理由をお伺いしても?」
「そう、だね。君には一番に知っていてほしいから。……隣国の姫が訪問していることは知っているだろう?」
「ええ、それは勿論。……え? まさか、」
「ミーシアを好きになってしまったんだ。彼女も俺のことを」

(呼び捨てですか……。しかも互いに惹かれ合っている? 一体いつから?)
 ミーシア姫。帝国の長女で、私達より3つ年下の16歳。
 いつだったか私の容姿を遠い異国の花に喩えて「桔梗のようだ」と言われたことがある。ストレートで淡い紫の髪と、深い緑の瞳。実際に花を見て、確かに似ているかなと思った。
 ミーシア姫は、もし花に喩えるならば、ガーベラのような人だろうか。
 無邪気に明るくて、周りが元気になるような笑顔と愛らしい容姿。ピンクのふわふわな髪とイエローのきらきらした瞳。まるで正反対。
 私より、婚約相手として申し分無いだろう。だって帝国の姫なのだから。

「そうですか……。殿下が仰るなら。承知いたしました」
「良いのか!? 君は、それで……!」
「何を仰いますか。この国のことを想えばミーシア様とご結婚なさった方が良いに決まってますもの。それにお相手の方を好いていらっしゃるのでしょう? 私には、お二人の間に立ちはだかる意味もございませんから」

 にこりと微笑むが、今までの思い出が頭の中を駆け巡り、これで終わりなのかと考えたらなんだか少し寂しくなった。
 それもそうだ。青春時代を共に過ごしていた人とお別れをするのだから。
(きっと彼を愛していたらこれぐらいの痛みでは済まないんだろうな)

「ああシャーロット! 君はなんて優しいんだ……! こんな俺を許しておくれ。本当にごめん。本当に本当にごめん。君を正妻にしてあげられなくて本当にごめんね……!」
「うん?」

(幻聴かしら……それとも難聴……? なんか素頓狂な発言が聴こえたような……)
 思えばこのときキチンと確認しておけばよかったんだ。
 直後に続いた「恋人として最後に、君にキスさせておくれ」と、無駄にエモーショナルなエモい発言に掻き消されて、そんな思い出も良いかもな、なんて最後にキスをして、そして私達は別々の道を歩みだした。

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