イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

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いぬこいし編

犬狂いと云う病気

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 ────さま」

(ん……あれ……)

 ─────イ様」

(もう朝か……。まだ、眠いな……)

 ─────アオイ様!」
「は……っ!?」


 ガバッと起きれば外は心地よい晴天。
 開けられた窓から吹き込む風が心地良く前髪を靡かせる。


「あぁアオイ様……。やっと起きてくださいました」


 朝、アオイが起きてこない日はこうしてステラが起こしに来る。
 育ってきた環境のせいか、深い眠りに就く時間が長いので何度か名前を呼ばないと起きないのだ。
(んー、何だか頭が痛いなぁ……)と前頭葉らへんを擦っているアオイ。
 しかし『何か』に気が付く。


「…………………」
「アオイ様? どうされました?」


(待てよ……? 違う。多分違う。見なくてはいけない現実が、ある……ぞ?)
 ギ、ギ、ギ──と古びた人形のように、ステラの方を向くと、きっちりメイド服と栗色の髪、同じく栗色の瞳の人間。
 そう、人間。


「う、そだぁ……!」


 夢じゃないだと?
(いや、誰か夢だと言って……!)
 ゴクンと生唾を飲むと、ステラは垂れ目を細めにこりと笑う。


「私で御座いますっ!」
「は! はいっ、お、おはよう、ございますっ……!」
「もう、アオイ様ったら。いつも通りで良いんですのよ!」
「ひゃいっ……!」


(と言われましても私にとってはこの人間は初めましてなものでいやでも初めましてでもないけどいや……)
 脳ミソをぐるぐるさせ暫くぽけっと眺めていると、「くふふ!」と笑われたアオイ。


「さぁさ! 色々お話もありますがまずは朝食です!」


 腹が減っては何とやらですからねと言って、いつもと変わらず、テキパキとタオルやら着替えやら持ってくるステラ。
 ぎこちなく支度を済ませると、ダイニングへ向かう。

 勿論、覚悟はしていた。
 いつも専用の大きなクッションの上でキリリとお座りしていた彼。
 その姿はもう無い。
 代わりに居るのは、椅子に座った凄く綺麗な男性だ。
 横から見る完璧な鼻筋と形の良い唇は、美しいマズルそのもの。
 テーブルに両肘を付いて、顎を手の上に乗せ、アオイが部屋に入ったのを見ると、少し笑った。
 アオイは思わず目を逸らしてしまい、それに何処に座って良いのか分からず行ったり来たり。


「何をやっているんだ。此処だろう?」


 その焦れったい行動に見かねた綺麗な男性は、いつものアオイの席、直角隣の席を指した。
 声は聞き慣れた怜の声だ。


「あ、ハ、ハイ……」
「……」


 運ばれてくる料理もいつも通り美味しい。
 でも顔を上げればヒトの姿。
 アオイはいつも怜に見惚れて食べるのが遅いが、今日は会話も無く、食器の音だけが響く。
 食後の紅茶。
 やっと彼が口を開いた。


「黙っていて悪かったな。人間だってこと」


 その瞳は、確かに怜の瞳。
 綺麗なエメラルドグリーンの瞳だ。


「ううん。別に良い、ん、です……」
「呪いも解け、結界も無くなった。これで、ようやく外に出れる……」


 窓の外を恋しく見つめる美しい男。
 光に照らされ透き通る瞳はまるで本物のエメラルドのようだ。
(そうだよね……。ずっと、この結界の外に出れなかったんだ……)
 それは良かったなと、そう思うも、中々素直に喜べない。


「クリスも気付いているだろうが、後で顔見せしなければな」
「あ、そう、です……ね」
「…………」
「…………」


 ジトリと睨む視線。
 その視線をひしひしと感じ取るアオイは、絵に描いたようにダラダラ冷や汗を流している。
 言いたいことは、アオイも分かっている。


「何故、敬語なんだ」
「いやぁ……慣れなくて……。ごめんなさい……」
「ふん。……なぁ、呪いが解けたのは何故だと思う?」
「え? な、何故でしょう?」


 確かに、そう聞かれれば何故なのか。
 急に百日紅は咲き出し、それからフローラも出てきた。
 キッカケは何なのだろうか。
 思い当たる節が全く無い。
 眉間に皺を寄せ一生懸命考えていると、「はーー……っ」と溜息をつく彼。
 きっと犬の姿だったらテーブルクロスぐらいは吹き飛んでいるだろう。
 そんな風に想像すると、少しだけ、『可愛いな』なんて思う。
(あぁ。でもやっぱり……仕草も、怜だ)
 いや、目の前に居るのは紛れもなく彼なのだが。


「呪いが解ける条件はな……、美しい心をもった女性に愛されることなんだ」
「え? …………………………………え!!?」
「その口でちゃんと言っていたぞ?」


 暫し考えた後でアオイは「あい、あいす!? あいす!?  あいす!!?」とここだけ聞いたらまるで食後のデザートを欲している人だ。
 ニヤリと笑う美しい男。


「言ったよな? 私の事が大好きだと」
「だ、だい? だだだ、だい……!? 誰がだい……!?」


 まだ少し紅茶が残っているカップをカタカタカタと揺らすアオイに、コニーは呆れてカップを奪う。
 一方、カップが奪われた事さえ気付けず、アオイの頭の中では混乱が混乱をまた呼んでいる。
 つまりは大混乱だ。


「だっ、でっ、でっ、でもっ! わ、私は……! 犬が、好きなのであって……!」
「ほぉ? アオイは、犬だったから好きなのだと?」
「そ、そそそそそうよ……!?」


 獣々けもけもしいもふもふの怜が好きなのであって、誰もイケメンが好きだとは言っていない。
 そもそもヒトの姿で出逢っていたら、ここまで御世話になっていないだろう。
(そ、そうに決まってる……!)

 頭の中でそう言い聞かせているのを知ってか知らずか、彼はアオイを見つめる。
 輝く瞳は変わらず美しい。
 ふと、アオイは寂しくなった。
 嗚呼ヒトの姿でもまつ毛は長くて綺麗で可愛いのねと。
(顔を近付けると黒目が大きくなって……、まるで飼われた犬のようで可愛いかったな……)
 もう、あの至高の姿は拝めない。
 人間のまま。


「……ひとつ、昔話をしよう」
「……?」


 こくりと紅茶を一口飲んで、話始めた。
 まるで何かを悟って欲しいかのように。


「誰もを魅了する男は、自分に似合う美しいモノしか好きではなかった。ある日の晩、それは汚い老婆が一晩だけ泊めてくれと言ってきた。しかし男はその老婆を追い返そうとしたんだ。とても汚かったから。けれど汚い老婆は美しい妖精で、男は恐ろしい獣に変えられた」
「それって……」


 きっと自分の話をしているのだと、アオイは直ぐ様理解した。
 言葉より何より、憂いた瞳が物語っていた。


「見た目に惑わされぬ愛を手に入れれば、呪いは解けると……。しかし今まで自分に言い寄ってきた女性は皆、男の見た目や地位が好きだった。誰も男自身の中身なんて愛していなかった」
「………」
「アオイ。私は、私自身を好きになってくれているのだと思った」
「………!」 
「しかし先程のアオイの話では、犬としての私の見た目、見た目だけが好きだったと、そう言うことになる」
「ッ──、」


 確かに、そうだと感じた。
 言い返す言葉もない。

 突き付けられた言葉が胸に刺さる。
 アオイは、深く、心臓を揺らした。
(いくら私が犬好きだからって、見た目だけ好き……そんなこと無いのに……)
 今まで出逢ってきた動物達、気性の激しい子や嫉妬深い子、恐がりな子、プライドの高い子、それぞれ皆違う。

 もういちど、彼の言葉を飲み込んだ。
 己が嫌いな人間と同じ事をしている。
 自分勝手に好きだと言って自分勝手に突き放して、なんて奴だ。
 なんて馬鹿なのだろう、自分はなんて醜いのだろうと。
(私、怜を傷付けたのね……)


「……ごめんなさい。我が振り直せよね。いつの間にか、自分がなりたくない人間に、自分もなってた……」
「……私も、最初はそうだったよ」


 優しく笑う怜は、今まで一緒に過ごした怜だ。


「……ほら、見た目が変わっただけで、私達は何か変わったか?」


 そう、手のひらで使用人たちを指す。
 コニーはお母さんみたいなヒト。
 ナウザーは髭がそっくりだ。
 ステラもアンもシェーンも、警備人に料理人、庭師の二人は声と見た目がやっとイコールになった。
(て言うか鬼塚すっごく大きいな……)


「姿は変わったけど……、雰囲気も、空気感も、なにも、変わらない」

「えぇアオイ様! 私は私で御座います!」
「全く、アオイ様は平和ボケの癖に頭が固いのです。たかが人間だったと言うだけ、諦めて受け入れなさい」

 コニーとナウザーがそう言うと、続けて使用人達が「そうです、そうです!」と口を揃えて微笑んでいる。
 そして一同姿勢を正して、「貴女様に、心からの感謝を」と、怜を含め十五名の声が部屋に響いた。


「みんな……」
「アオイ、私達は私達だ」
「……そう、ね。怜は小馬鹿にしたような溜息つくし意地悪だけど、何だかんだ優しいし」
「一言も二言も多いような気もするが……」
「私を見る瞳は、変わらない」
「ふっ、」


 皆をひとりひとり見回して、最後にまた、怜を見つめる。
 するとアオイに、何かが込み上げてきた。


「…………………っでも、」
「でも?」
「怜の、首周りのもふもふは、もう無いし 、ピンと立った耳だって、可愛い脚もマズルも口の端のたるみもッ……! 怜のお腹で昼寝も出来ない……!!」
「なっ」
「わ、わ、わたしはっ……やっぱり! わんこの怜が好きなのよーーーーーーッ……!!」


 「なんでやねーーん!!」とずっこける狼森家別邸一同。


「どーすればいーのよーーー……! 性格も含めて犬の怜が好きなのよーー……! 何で人間に変わるのよーー……!! 私のもふもふーーーー……!! イケメンなんて要らない、いけわんを返せーーーッ!!」


 「うわぁ~~~~~ん!!」と、大粒の涙を流すアオイを見て狼森家別邸一同は、これが犬狂いと云う名の病気かと、心を仏にしたのだった。
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