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いぬこいし編
キモノティーパーティー
しおりを挟む「アリス様。ルイ・ハモンド侯爵様から手紙が届いております」
「ルイ、様、から……?」
とあるよく晴れた朝のことだった。
体調も良くググっと背伸びをしたところへ、一通の便りがベルベットのクッショントレーに乗せられアリスの元へと届けられた。
蝋で固められた侯爵家の紋を丁寧に外し、綴ってある内容が何かの間違いじゃないのかと何度も読み返した。
そっと手紙を閉じ、「はぁ……」と頭を抱える姿にお付きのメイド、メリーは心配そうに様子を伺う。
「何が、書かれていたのでしょう……?」
「こんなの! 侯爵様からのお願いなんて辺境伯の娘が聞かない訳にはいかないじゃない!」
机の上に手紙を広げ、読んでみてと言わんばかりにメリーに差し出す。
つらつらと速読すると、「まぁ……」と溜息にも似た声が漏れる。
「これは、少々面倒ですね……」
「えぇ。王太子殿下たっての希望だからと仰りたいのは分かるけれど、ねぇ……?」
「そうですねぇ……」
はぁ、と今度は同時に溜息をついた。
アリス自身が表舞台へと引きずり出される抵抗もそうだが、アオイと怜の未来を心配している為だ。
何でまた王家主催の舞踏会まで一週間弱しかないと言うのに、こんなものを送ってくるのか。
(アオイ様をエスコートしたいだなんて、そんな事、怜様には何と申し上げれば良いのか……)
「兎にも角にも本人に決めて頂きましょう」
「そうね……、アオイ様を、本邸にお招きしてくれる?」
「はい。畏まりました」
******
「今日がとっても良いお天気で良かったですね!」
別邸より広いお庭、パラソルの下であまい異国の菓子をふたりでつまむ。
アオイは高く広く澄んでいる空を眺めてそう言った。
「えぇ! ふたりでお着物着て、お庭で紅茶とお菓子……、もうこれだけで大満足です!」
「ね! すごく女子って感じね!」
うふふとお上品に笑い合う二人。
アリスは浅葱色と水浅葱色の縦縞模様の着物に生成のレース、それにアンティーク調のパールのアクセサリーがとある不思議の御国のアリスのよう。
一方アオイは、鴇色に墨色の大きなドット柄の着物、アリスとは真逆の黒いレースが 小悪魔的な可愛い着こなしだ。
勿論、足元には栗鼠もいる。
アリスと同じ生成のレースのリボンを付けて、一緒におめかし。
ふわふわした夢のような楽しさに本題を忘れ浸るアリスだが、アオイの「それで、急にお茶会だなんてどうしたのですか?」の一言で現実に引き戻された。
「はっ! あ、そう、あ、あぁ~、あのぉ~……」
急に冷や汗を垂らし、ゴクゴクっと紅茶を一気飲みしたアリスの姿に、病気なのに大丈夫なのかと心配してしまう。
「あの、て、手紙が届いたんです」
「手紙?」
「ッはい、ハモンド侯爵様からなのですけど……」
「あぁ。ルイ様」
「アオイ様宛で……」
「え? わたし?」
不思議そうに首を傾げるアオイに、今度のパーティーへ一緒に行きたいそうですよとあくまで簡潔に説明した。
すると「あぁ! そうだわ、私ったら……!」と大声上げ勢いよく立ち上がるアオイ。
頭を抱え、なんてことだと唸っている彼女に、「みっともないです」とコニーは何時ものようにピシャリと一言。
「え、えぇと……、反応からするに、何かお約束でもされていたのでしょうか……?」
「そうなのよ! この前ここで夜会をした時に私ったら途中で帰ってしまったじゃない!?」
「あぁ、怜様の呪いが解けたとき……」
「そう! 引き留めるルイ様を無理矢理振り切ってしまったし、とても失礼な事だとは分かっていたけれど、あの時は帰るしか……」
「うーん、まぁ……」
その時のことを思い出すも、狼森家としてはとても重要で必要で仕方の無い事だった。
けれどルイからしてみれば、ショック、というより先に失礼だっただろう。
国は違えど爵位の基準は同じ。
なのに男爵家の娘に突然帰られたのだから。
(本当の事を言ってしまえば、アオイ様はラモーナの姫だけどね!? うぅ、でもそんなこと言えない……!)
「またお会いしましょうって約束したのよ……いつとは約束しなかったけど、失礼をした私から誘うべきだったのに……」
「そうだったのですね……」
「それなのにまたルイ様から誘ってもらうだなんて、私ったらサイテーだわ……!」
変に真面目、と言うか、誠実なアオイ。
少し忘れっぽくても、それが皆に好かれる理由なのか。
「どう、されますか……? 舞踏会のお誘い……怜様に御相談されます?」
(出来ればして! 面倒なことになる前に! そしてルイ様からのお願いは断って更に欲を言えば怜様と舞踏会に行ってしまえ!)
ジリジリ自分の念を送っているアリス。
「怜に……? 私とルイ様との約束なんだもの。怜は関係無いでしょう? それに人間に戻ってから忙しいみたいだし、余計な事言ったらまた面倒掛けちゃう……そもそも約束したんだからちゃんと守らなくっちゃ!」
「そう、ですかぁ…………では、ルイ様と舞踏会に参加なさると言うことですね……?」
「えぇ!」
ガクリと肩を落とし、反動でラズベリーのマカロンを口に放り込んだ。
程よい酸味と甘さが相まって、もうどうにでもな~れ、なんて思ってしまう。
そもそもイケメンの恋を援助するなんてふざけた話だ。
己の恋だって見つけていないのに。
と言うか美しい顔と培った技術でさっさとアオイを落としてくれば良い。
やはりどうにでもな~れ、とまた異国のお菓子をつまむアリスだった。
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