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いぬぐるい編
初めての朝
しおりを挟む「は、はえ、は……」
確かにもふもふだった。
そう、確かに夜はもふもふだったのだ。
もふもふで温かくて、それでもって隠しきれない犬臭さ。
大きくゆっくりした鼓動が聴こえてきて、そんな怜に包まれて寝ていた筈なのだ。
「お早う」
「な、は、へ……」
今、隣に寝ているのは、紛れもなく人間の怜。
尻尾に抱きついて幸せな夢を見ていた筈なのに、己が絡めているのは彼の腕。
綺羅綺羅の金髪、翠玉の瞳。
それらは犬の姿と同じだが、質量と体毛が、(もふもふが、な、い……)
「ふ、ふわぁえあーーーーーー………!!??」
思わず叫んだ。
何故男性が隣に寝ているのだ?
人間の男性が何故となりに?
そして己はなぜ故に抱きついているのだ?
「ッッは!!?」
「予想通りの反応だな。しかしアオイから誘ってきたんだからな?」
「はぇっ、さそ、さそっ……!?」
何故わたしが?
何故誘う?
なぜ故にわたしが彼を?
いや待て。
そう言われてみればそうだったかも知れない。
兎に角もう頭が混乱しているが、よく思い出してみれば己の記憶だと確かに怜の言う通り巨犬の姿に我を忘れ、それはもう人間の男だと言うこともすっかり記憶の欠片も残らない程に忘れ、事に及んだ。
いや、言い方が良くない。
寝所に忍び込んだ、いやこれも良くない。
どう変換しても己に非がある。
「ふふん、私は明日もこうして朝を迎えても構わんが? アオイはどうかな?」
にやりと意地の悪い微笑みでアオイの頭を撫で、濃い蜂蜜色の髪をひとつまみ。
長い指でくるくると毛先を弄ばれるので、アオイは思わず言葉にならない声を発してしまう。
「ははっ、なんだその反応」
その初々しい反応が愛おしくて、色男はひとつまみした髪にキスを落とした。
まさか、なんと、キスをされたのだ。
アオイは余計に頭が混乱する。
どうして良いか分からないし、彼よりくすんだ髪が何だか恥ずかしくて、シーツを頭から被ってつい隠れてしまった。
隠れる意味もないのに、ただ恥ずかしくて、顔を見られたくなかった。
沸騰して茹で上がってしまいそうだ。
「別に隠れなくたっていいだろう?」
そう言って彼はシーツを捲ろうとするから、「ひゃあ!」なんて変な声が出てしまう。
シーツの上から感じる指先にぞくぞくして身をよじる。
腰が浮いてしまうのを我慢して、ぎゅっと固くシーツを握った。
「お、おい、暴れるなって……」
「んあっ!」
「そんな声を出すな……!」
「だってぇ!」
「わ、分かったから……!」
──「旦那様? お二人とも?」
コニーの声がする。
己が此処に居るのを知っていたのかと驚いたが、そう言えば先程大声で叫んでいた。
きっとその声で分かったのだろう。
若干都合のいい考えな気もするが、そうでなければ男性と夜にふたりきりで寝ていただなんて、恥ずかしくて顔を見せられない。
「ほら、コニーが来たぞ。だからいい加減顔を出さないか」
アオイがコニーの声に気を取られてる隙に、バサリとシーツが剥ぎ取られた。
「ひうっ、」
「な、な、な、お、お前……!」
──「アオイ様!? どうされました?」
朝日が眩しい。
焦点が合うと、目の前には焦った男の顔。
ふと、アオイは自身の身体に目をやった。
シーツの中で暴れたからか、浴衣がはだけまくっているではないか。
帯が解けていなかったおかげでバストトップだけはなんとか守れた。
けれどいくら相手が元々犬であっても今の格好は恥ずかし過ぎる。
「い、いやあっ!」
咄嗟に腕で身体を隠すアオイに、「そんな声を出すなって……!」と何故か小声で言う男。
──「旦那様!? 入りますよ!? 宜しいですか……!?」
「おいおい……! その格好はまずいって……!」
「やあだ!」
手を伸ばしてくる怜に、反射的にシーツを握りしめ、胸元に引き寄せた。
ショーツと胸元位は隠せただろう。
「失礼致します!!」
コニーが見たその光景は──、
はだけたアオイの姿に涙ぐんだ鶯色の瞳、そして相手の女性に手を伸ばす女遊びの激しい我が主。
そんな光景を見たら誰だって勘違いするだろう。
「だ、だだ、旦那様ァアァア……!!??」
「いや、いやいやいや待て待て……!!」
「なァにが待てですかァ!! お前が待てですォ!! 躾のなってない犬だこと!! やって良いことと悪いこと位お分かりでしょう!!?」
「違う……! 誤解だ……!!」
「誤解ィイ!? この光景のどこが誤解だって言うんですか!!」
「聞いてくれって……!!」
「しかも何ですか!? アオイ様に!? 貴方って人は! 人間に戻った途端に!!」
「だ、だから誤解だって……!!」
「こんの女ったらしの、どエロ辺境坊っちゃんがァ!!!」
アオイはというと、コニーが下町の母のように怒る姿をただただ眺めているしかなかった。
因みに怜の誤解が解けるのは、コニーの怒鳴り声を聞き付け邸中の使用人達が集まり、それからコニーが一通り怒ってからの事である。
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