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いぬぐるい編
政治的な御話
しおりを挟む朗らかな春の風が吹き抜ける。
今日も辺境伯は警備のお仕事。
芽吹きの季節だと言うのに、ここ最近国境を越え略奪や人拐いする者達が増えている。
加えて気性が荒く、切羽詰まった様な輩が多いなと、怜然りクリスや警備人(犬?)の三人は感じ取っていた。
捕縛した者を調べると、茶や薬草など育てる農村部の人間が多い。
十分に栄養が届いていないのか痩せた人間ばかりだ。
しかしナウザーの調べによると、天候による不作等そういう訳でもない。
その事を国に報告するも、【これ以上の調査は必要なし】と、そう返答される。
明らかにおかしいだろうと何度も報告するが、返ってくる答えは同じで更には「余計な詮索は戦争になりかねない」と釘を刺される程だ。
何かがおかしい。
紅華国側か、それとも自国の蒼松国側か。
紅華国側の動きを知った上で【調査の必要なし】なのか、 はたまた裏で二ヵ国同士が繋がっているのか。
何にせよ下手に動くと狼森家が潰されてしまうだろう。
幸か不幸かこのタイミングで犬の姿になれるのは有り難いことだ。
(色んな意味で)クリスを除いて、だが。
人智を超えた妖精の力でも借りたいところだが、関係の無いアオイを捲き込むわけにはいかない。
昔ほど戦争も頻繁に起こらないので、狼森家で所有していた軍人達も、半世紀程前、国に返上している。
この時代となっては然程権力を持たぬ、ただただ広い土地を抱え動くに動けぬ辺境の狼森家は、「さて、これからどうしたものか……」と会議を開く回数だけが重なっていくのだった。
一方その頃──、
狼森家社交戦争担当(?)のアリスはというと。
「アリス御嬢様……、これが……」
アリス御付きのメイド、メリーは深々と頭を下げながら、いや、正確には気まずそうに洒落た封筒をアリスに渡した。
社交界の動きや、招待状の管理、返信を慣れた様子で捌いていたアリス。
信用出来る人物か、それとも利用出来る人物か、主役なのか、見世物なのか、適当なのか真摯なのか、文字やその他の御茶会や舞踏会などの動きを見極め、社交界においての狼森家の立場を絶妙なバランスで守っている。
出過ぎれば打たれるのが世の常、反対で、引っ込みすぎても要らぬと判断される。
絶妙が重要なのだ。
この仕事は、代々狼森家の女性がしてきた仕事だ。
母が死んでしまい、アリスがこの仕事を受け継いだ。
本来なら自身もパーティーに出席し社交しなければならないが、身体が本当に弱く、体調面の問題でクリスがあらゆるパーティーに参加していた。
現在、狼森家では怜が代表で出席している。
今までのアリスの主な仕事はマネジメントだが、怜が出席するようになり、色男の凄みをまざまざと見せつけられた。
彼は顔面偏差値が高すぎる。
加えて色気も凄すぎる。
いかに父親が平々凡々の男だったのかよく分かった。
マネジメントなどしなくても、十分に自身の立ち振舞いを理解している、否、顔で女を操る恐ろしい男だ。
そして同時に、マネジメントする仕事が無くなるのなら、己が生まれる少し前から執事に任せていた、領地の運営帳簿でも習おうかと考えていた。
(はっ……! 待って……!? 100年に一度の顔で女を操るような美男子に私の大事なアオイ様を任せても大丈夫なのかしら……!? だって言いたくないけど妖精に悪戯されたのよ!?)
最近は招待状を選りすぐる度、そう思う。
明らかに怜宛のものばかりなのだから。
そして、先程メリーに渡されたこの招待状。
他では滅多に御目にかかることはないものだ。
「こ、これは……、このセンスの良い封筒は……」
アリスは恐る恐る受け取り、裏返した。
封蝋には梟のデザインが施されている。
梟の家紋を用いているのはハモンド侯爵家しかない。
そう、ルイ・ハモンド侯爵からの招待状だ。
「な、な、なんでぇ……また私伝いなのよ! いや、しょうがないのだけど……!?」
滅多に御目にかかれない招待状はアリス宛、ではなく、事実上狼森家別邸で滞在しているアオイ宛のもの。
女性から女性へなんて他の令嬢なら怒り狂うだろうが、狼森家は女性が社交の選別しており、それを知った上でアリス経由なのだろう。
まぁ中は見るまでもない。
一ヶ月後はこの国の建国記念日。
小さな村や大きな街、勿論王宮でも、その日は何処もかしこも御祭り騒ぎだ。
きっとまた、アオイのエスコートのお話が綴られているに違いない。
アリスの予想通り、ハモンド侯爵からの手紙はアオイのエスコートについての話だった。
しかし一ヶ月後──、
この国に波瀾が起きることを、今はまだ、誰一人として知る由もなかった。
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