イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

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いぬぐるい編

犠牲

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 ──幕が上がった。

 そこには自国の王族と、他国の王族が座っている筈だった。
 毎年、そうだった。けれど今年は違うらしい。
 舞台の上にはたったのふたり。
 紅華フォンファ国の大使が、蒼松そうしょう国の王妃に、ナイフを突き付けていた。ひざまずく王妃に後ろから、喉元に。
 舞台を灯す光に反射する程、磨き上げられた小型のナイフ。
 王妃は両手を後ろで縛られているのか動けない様子。

 ──「きゃあああぁあああ…………!!」

 暫く状況が飲み込めなかった会食の席に着いている皆は、各々に叫び始め、フロアの騎士達も剣を構えた。厭らしくアオイの身体を触っていた男爵も流石に手を止め、舞台を見つめる。
 そして流石は国境を守る辺境伯。怜とクリス、アリスまでもが、自分の席から立ち上がり、一歩前へ出た。

「動くな……!! でなければこの罪人の首筋から紅い華が散ることとなる……!!」

 紅華国の大使は大声で叫ぶと、脅すように、より、王妃レベッカにナイフを突き付けた。
 誰もが、ピタリと動きを止める。
 王妃を罪人と呼び、紅華国の大使とあろう者が何故こんな事をしているのか、そんな事よりも、王妃が殺されようが大使が殺されようがどう転ぼうが、戦争の始まりを予感させた。
 誰しもに緊張が走る。生唾を飲み込むことしか出来ない。

 舞台に並ぶ筈だった他の王族はどうしたのか。
 護衛の騎士達は?
 ラモーナ公国の方々はどうした。
 もし戦争になれば、二ヶ国間だけだけでは済まない。
 これは、世界戦争になるだろう、と。

「お止め下さい……!! 何故、こんな事を……!」

 一人の勇気ある騎士が叫んだ。

「何故かはこやつが一番知っている!!」

 紅華フォンファ国大使はレベッカ王妃の髪を掴み、皆に晒すように揺さぶった。
 引っ張られる髪の痛みを我慢し、王妃も負けじと叫ぶ。
 
「ッ、分からないわ! 何故こんな事を! 貴方……! ただじゃ済まないわよ……!?」
「煩い黙れッ! 私共の国の民を、私の家族を……! 家畜同然に扱い! 自分達は贅を尽す奴に、言い訳など出来るものか……!!」
「なにをっ……!?」
「あと残るは貴様だけだ。この手で殺してくれるわ」
「っ……!」

 ボソリと、大使は呟く。
 大ホールの後ろまでその言葉は届かない。
 端々を聞き取れていた公爵家のテーブルだけが、やけにざわついていた。

「さぁ言え!! 己の罪を……!!」

 大きく張り上げた大使の声に、皆もう一度生唾を飲み込む。呼吸さえも忘れる程に、王妃には多くの視線が集まった。

「っ…………、」

 黙って何も言えぬ王妃に、蒼松国の腐った奴等も怯えていた。自分達も、こうなるのでは無いかと。

「ふんっ、言えぬか。そうだろうなぁ。己の口で言うのはさぞ醜いだろう。くくく……!」

 憎悪に満ちた笑みは遠く離れたアオイの心をもざわつかす。空気が悪い。
 このホールに居る皆の、恐怖や不安や、罪から逃れようとするやましい心が入り混じって、瘴気にあてられたように、アオイは気が狂いそうだった。

「卑劣かつ、残忍、道理も無ければ心も無い! 言えぬのか! このクズめ! 例え桃源の薬を使ったとしても!! 貴様は醜い……!!」
「ッ私が醜いですって!? 冗談じゃないわよ! どの口が言っているの……!? いい加減手を離して頂戴……!」

 “醜い”と言われた事に腹を立てたのか、王妃は激しく反応した。その反応に、大使は醜く嗤う。
 大使は知っていた。
 王妃が、醜いものを嫌う事を。醜いと、そう言われる事が、どれ程嫌いかを。

「醜いではないか! 毎日鏡を見ている癖に気付かないとは! なんと滑稽か!!」
「何ですって……!?」
「どれ程着飾ろうが! どれ程手入れをしようが! どんな薬を使おうが!! 貴様は醜い……!!」
「なッ……! 貴方に何が分かるっていうの!? わたくしが、私がどれだけッ、どれだけの時間を費やして! どれだけの犠牲を払い! どれだけの金を注ぎ込んだか──!!」

 ふと気が付いた。
 王妃である己に向けられる目を。獣をみるような、自国の貴族達の目を。

「戯けた事を。……時間を費やしたのは、犠牲を払ったのは、金を注ぎ込んだのは、お前では無い! お前では無い“誰か”だ……!!」
「ッ、はあ!? 何を仰っているのかしら!?」
「返せ……! お前の為に時間を費やし、犠牲を払い、生きる金をも奪った私の家族を……桃源の薬を育てていた皆を、家族を……! 返せ!!」
「っ……、」

 シン──と、静まり返るホール。

「分からない! 分からないわ! 何なのよ! 何だって言うのよ……!!」
「ッ、この期に及んでまだ分からないと言うのか!?」
「ええ! だって、だってそうでしょう!? 私は、美しくありたい。唯、それだけなのよ!?」

 開き直ったのか、「──ハッ!」と赤い紅から不気味な青白い歯が覗く。
 大使はナイフの柄が弾けるのではないかというぐらいに強く握りしめていた。

「そうよ! 美しさを求めて何が悪い! この世界で等しく測れるものは美しさ! それを求めるのは自然な事よ!!」
「貴様──!!」

 今にも紅い華が散りそうな大使の気迫。
 過ぎた戯言に、いよいよ我慢の限界なのか、王妃の掴みあげている髪が何本かブチブチと抜けた。

「痛ッ! 何なのよ……! っ若さは、時間の流れは……! どう足掻いたって逆らえない。けど、けれど美しさなら金で買える……! どの国にも等しく誇れるモノ! それを私は金で買った! 唯それだけの話じゃない!! それの何が悪いって言うのよ……!!」

 席に着いていた貴族達は互いに目を見合わせた。
 「王妃は何を言っているんだ」
 「金で買っただと?」
 「やはりあの噂は……」
 ヒソヒソとそんな会話が聞こえてくる。

 狼森家も、他の貴族たちと同じく互いに目を見合わせるしかなかった。そして今更どうにもならない状況に後悔だけが押し寄せてくる。
 事実を知った時点で行動すべきではなかったのか。
 やはりアオイに頼っていれば良かったのか。
 宮中伯でもないくせに過去をいくら考えたって仕方が無いのは分かっている。己の仕事は国境を護ることであるから、出過ぎた真似と言われればそれまでだろう。
 しかし、しかしながら、この先の、戦争しか見えない未来に、後悔するしか他に無かった。

 此方も、ふと、狼森家に向けられた視線を感じた。
 アイスブルーの瞳が、ニヤリと笑っている。
 隣の女は誰なんだ。不敵な笑みの意味は何なのだ。
 怜は、その女のアイスブルーの瞳に、言葉も出なければ身動きも取れない。自国の王妃にもこんな事はなかったのに。まるで動けない。
 それこそ正に、蛇に睨まれた蛙のように。


 一方腐った貴族らは、王妃が堂々と叫んだ言葉に開いた口が塞がらず引き攣っていた。

「金で買っただと!? 今もまだ、私の故郷は不当な賃金で働かされているのに!? 金で買った!?」
「何よ! 嘘なんか付いていないわ! 確かに入手のルートは違法かも知れないけれど、それ相応の金なら領主のヤンに払ったわ……!!」
「だが……!!」
ヤンが桃源の村に賃金を払おうが払わまいが私には関係の無いことよ!! そうじゃなくって……!?」

 正論のようにそう述べるが、しかしそれについて言い返す言葉は確かに無い。

「ッ、なら! ならその金は……! その金は何処から出たというのだ……!! 自国の民から巻き上げた金だろう!」
「私は一度たりとも民から巻き上げた事など無いわよ! 全て私自身のお金だわ!!」
「そんな筈はない! 現に貴様の民は税で苦しんでいるではないか!」
「そもそも税は各領主が決めるもの! 私は税を上げろだなんて一言も申した事などない!」
「ふざけた事を言うな……!!」

 開き直った王妃は止まることなく、自身の保身も考えず、“事実”だけを語る。

「ふざけてなんかいないって言ってるの……! 勝手に金を貢いでくるのはコイツ等だわ!」

 そう、自国の貴族達を睨みつけて。
 勿論、やましい事など一切無い貴族は怒った。
 だが王妃は構わず、事実を述べる。

「三又家の長男に、西園寺家の妻である三菜が欲しいと言われ、金を渡されれば言う通りにしてやって!」
──「な、貴様ッ!」
──「いや、違うんだッ……!」
「ハモンド家の領地に問題を起こして欲しいと倉本家に言われればそうしてやった!」
──「何!?」
──「っまさか……!」
「全て私に渡された金よ……!? 渡された金の分、私自ら動いてやったまで! それに私に気に入られようと、勝手に高いドレスや化粧品やらのため運営する商店の品を不当な金額で他の貴族に売りつけるカーランド家も私の責任だと言うの!?」
──「っ、お父様……!」
──「あれは領地の神社修繕の為であって……!!」
「九条家も、ルイーズ家のミザリーも、齋藤家も近藤家も昌平も和枝もジェイドもヴィオレッタもみんなみんな、自分の意思で私に金を積んで、望みを叶えた! それと何ら変わりない!! わたくしは……!! 美しくなりたい! 唯、それだけよ──!!!」

 堂々と言い放った王妃に、紅華フォンファ国大使はナイフを握る力が抜けた。
 王妃の暴露に大ホールでは貴族達が言い合いになり、騎士達も止めに入っている。
 目下の乱闘騒ぎに、ついに大使は膝から崩れ落ちた。そして紅華フォンファ国女王の言葉が蘇る。
──「そう気を急ぐな。あの女は狂っている。訴えたところで無駄だぞ。アレは一種の病気だよ」
 その、意味が、今なら分かる。
 来賓の者たちはどうして良いか分からず、せめて火の粉が飛んでこないようにと、ただ座って様子を窺っていた。

「お前達、止めないか……!!」

 そう一瞬で騒ぎを止めた、第二王子が舞台に立つまでは。
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