イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

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いぬぐるい編

私の才能

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 陽気な楽器たちが歌い出してから暫く経った。
 テーブルに着席する意味は無くなった現在、皆好き好きに席を離れ、グラスと小皿を持ちながら社交に勤しんでいる。まるで立食パーティーさながらの光景だった。

 蒼松国王妃レベッカや、紅華フォンファ国女王蘭玲ランレイ達が舞台から去り十分程は重いが漂っていたが、演奏を聞きながらお酒を飲んでいれば、自然と声は大きくなり、集まった人数が人数だけに先程の騒ぎはたちまち過去になる。
 そして何処かの誰かが御手洗いに行くため席を立ったのを皮切りに、皆好き好きに動き出したのだ。

 時刻はまだ八時半。日が越えるまで三時間以上ある。
 狼森おいのもり家の怜とクリスは、テーブルにて小さな会議を開いていた。アリスは既に友達に連れられ、楽しそうに談話している。
 三時間の間にもし非常事態が起こった際、何を優先すべきか、そして落ち合う場所も決めた。後はただ待つしかない。まるで別人の第二王子に、期待するしかなかった。

 だから探した。アオイの姿を。
 アオイが座っていた席周辺を二つの美しいエメラルドで探してみるが見当たらない。嫌な予感がするな、と今度はハモンド侯爵の姿を探すも見当たらず。
 その美しいエメラルドをあちこちに向けるので、100年に一度の美青年を盗み見ていた女性達はまさか私を見ているのかしらと儚い期待を抱いていた。

「アオイさんを探しているのなら残念だがつい先程ハモンド侯爵と出ていったよ」

 クリスは言う。
 アリスが健康を取り戻してゆく間は怜に社交を任せていたクリスだが、久し振りに挨拶がてら情報でも集めておくかと席を立とうとした時、そう教えてあげた。

「アオイさんには、ちゃんと御礼を言わないといけないな。娘をあんなに、元気にしてもらって……。治ったわけではないけどね」
「……ああ。喜ぶと思うぞ」
「ふふ。さて、私は挨拶にでも行ってくるかな」
「じゃあ私は本気で邪魔しに行くとするか」
「モフモフとやら以外でいい加減本気出さないと。ねぇ? 大伯父様?」
「ふん。言われなくとも」
「では、三時間後に、此処で」

 そして、二人別々に歩き出したのだ。



 *****

 一方、十数分前。アオイの方では──。

(う……気分が悪い……)
 様々な感情が渦巻くこの空間に気分を害していた。
 感受性が強いというのか、はたまた超能力とでもいうのか、父であるメル公の、相手の気持ちが読み取れる才能はアオイにもしっかり引き継がれていた。

 しかし父であるメル公は生まれも育ちもれっきとした貴族。
 裏表のある卑しい感情にも幼少の頃から晒されてきた。常に相手の心を読み取ろうとする癖がついている。

 だが娘のアオイは、誰が悪い訳でもないが平和ボケ。
 ラモーナには心の汚れた者は居ないし、正直で素直な人ばかり。
 才能は引き継がれたが、使うタイミングは然程無かった。父とは違い、集中しないとその才能は発揮されない。
 大使が舞台で訴えているとき、ふと、集中してしまった。
 家族が亡くなりどんな気持ちで今あの場に立っているのだろうか、と。
 みるみる内に、その他大勢の卑しい感情が流れ込んできて、途端に気分が悪くなった。

 これ程までに大勢の人間が居る中で、この才能を使う事はなかったものだから制御出来なかった。自分で立ち上がる事も出来ないぐらい、エネルギーを吸い取られていく。
 そんな中、社交よりアオイの様子を気に掛け、駆けつけてくれたハモンド侯爵。思わず頼ってしまう。

「アオイどうしたんだい……!? 顔色が悪いじゃないか……!」
「っ、ぅ……」
「あぁ怖かったよね、やっぱり一人にするべきではなかったんだ、ごめんね……」

 自分のせいだと責めて、本気で心配してくれるハモンド侯爵に、アオイは安心した。本当に優しい方なんだな、と。きっとハモンド侯爵になら、フローラだって悪戯なんかしなかっただろう。
 こんな優しい人に頼るのは申し訳無いと思うも、気分が悪くてそれどころでは無い。

「うぅ……、ルイ様……、ひとが、居ないところに……、誰も居ないところに、連れて行って……」
「っえ、誰も、居ないところ……?」

 はぁはぁと吐息を漏らして訴えるアオイに、苦しいのだと分かっていても違うものを期待してしまう自分は、情けない男だなと思う。

「はい……もう、我慢の限界なんです……お願い、早く……っ」
「ッ、分かった。立てる? 私にしっかり捕まって」
「有難うございます……」
「ほら、安心して体重を預けて」
「……はい」

 そして、二人はひっそりと、大ホールを抜け出した。
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