the Tale of II Admin'ers

水見ナギハ

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第一章 長い夜の終わり

邂逅

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 ルナとライザが戻ってきたのは二時間ほど後のことだった。城は極北に位置しているため、たった二時間でも昼間の四半分になる。
 普段なら、正装に着替えて主への祈りを捧げ、城の庭で楽しいランチの時間を過ごすのだが、今日は様子が違っていた。二人の寝室に彼女らの配下が――正確に言えば、ライザの眷属が控えていたのである。

「ルナ様、ライザ様」
「ミカエラ?」

 その様子から、二人は緊急事態であることを察知する。
 細身の彼女は、日頃、白と青の清流のようなワンピースを可憐に着こなし、腰まで届く銀髪を揺らして楽しそうに仕事をする。掃除のとき、小声で歌を口ずさみながらホウキを持ってステップを踏んだり、くるっと回ったり、それを見られてちょっと赤面したり、表情豊かではないが、そういう可愛らしい少女である。
 だから、身分に大きな隔たりがあっても、ルナとライザは彼女を妹のように思っていた。一緒に食事もするし、異世界旅行に連れて行ったこともある。温泉も三人で行くことのほうが多かった。なにしろ、十万年以上この城には三人きりなのだから。
 最初は恐縮していたミカエラも、ここ数千年は二人のことを「姉さま」と呼んでいた。

「どうしたの?」

 故に、他の眷属たちのように「様」を付けて呼び、正装――個性を塗りつぶす濃淡のない黒服――を身に着け、輝きのない目つきをした今の彼女は、その存在自体が"異常"を象徴していた。

「大変な状況ですので、失礼を承知で寝室に入らせていただきました」
「心配しなくても咎めるつもりはないわ。それで? 何かあったの?」

 ライザの問いに対し、彼女は一度大きく深呼吸して答える。熱も流れも、あらゆるものを一切感じさせない、空虚な声だった。

「禁之律第伍項、及び特別条項が侵されました。古の契約が破られ、結界が攻撃を受けています」

 部屋の時間が、カチッと止まる音がした。


―――――


 獣王国軍は、補給部隊も含め、全軍が目的の場所に到着していた。すなわち、死に満ちた無色の土地と生命溢れる鮮やかな土地を隔てる、不壊の壁の前である。彼らはそこで、無意味な観察と実験を繰り返していた。
 実のところ、彼らは完全に手詰まり状態であった。前に進むことはできず、だからと言って帰るわけにもいかなかった。あの王太子に「発見しました。ですが何もできないので帰ってきました」と言ったとき、自分たちがどうなってしまうのか、彼ら自身が最もよく理解していた。
 だからこそ、彼らは死に物狂いで働いた。目の前に食べ物がある興奮、成果を持ち帰らなければという危機感、あるいは三か月に及ぶ厳寒行軍で精神を狂わしていたのもあったかもしれない。
 結果的に、軍全体に蔓延したこの異様な熱が事態を急変させることになる。

「おい、あれを見ろ」

 一番最初にに気づいたのは、本営に配備された守衛だった。今後の方針を練っていた大隊長と補佐官がテントから出ると、彼は結界のほうを指さした。
 飛んでくるをとらえた大隊長は、すぐに指示を飛ばす。

「遠見兵!」

 彼は、その影がドラゴンなのではないかと危惧していた。この辺りの極寒地域に生息しているドラゴンは全て夜行性だが、結界の内側は分からない。そしてこの結界が、外からの侵入だけを禁じているなら、自分たちが攻撃を受ける可能性は非常に高かった。
 しかし、彼の予想は裏切られることになる。

「目標、人型の飛翔物体が三体です」
「飛行速度は観測上限値以上」
「魔力の移動を探知。飛翔魔術と推定します」
「こちら観測班、結界に変性が見られます」

 遠見兵を始めとして、矢継ぎ早に報告がなされていく。その総数は21に及んだが、表していることはたった一つの事実だった。

「目標、結界を越えます!」

 3つの飛翔体は、そのまま彼らの上空で停止した。
 誰もが、体を止め、息を止め、できることなら鼓動の音も消えてほしいと願った。
 少しでも体を動かそうものなら、一瞬で命を消される、そういう、自分の周りを針で取り囲まれたような緊張感が、この空間を支配していた。

「大隊長、あれはまずいです」
「分かっている。しかしあれは」

 二人の間に気味の悪い沈黙が流れる。
 "人"だった。人間なのか、エルフなのか、獣人なのか、そこまでは判別できないが、"人"であることは間違いなかった。

(本当にまずいな)

 大隊長は生まれて初めて、明確に自分の死を意識した。
 彼が周囲を盗み見れば、ほとんどの兵は地面に倒れ伏しており、立っているのは自分と補佐官を含めても15人しか見当たらない。
 といっても、彼女らが放つ殺気は「立っていろ」という方が酷なもので、実のところ気を失ったほうが安全であった。下手に意識を保っていると、心が壊れてしまったかもしれない。
 大隊長は冷静に周囲を観察し、この事態にどう対処するかを考え始める。ところが、それはすぐに中断された。

「大隊長、魔力が動きません」
「何?」
「私が思うに、今この場の全ての魔力が上位者に従っているのでしょう」

 吐き気を覚えるしかなかった。
 この補佐官は、獣王国内でも五指に入る魔術の使い手である。特に彼は、生まれつきの内在魔力が少ない代わりに、外界の魔力を使うことに長けていた。過去には国に飛来した竜を撃退し、勲一等も授与された実力者である。そんな人物が「場にある魔力を操作できない」と言っている。
 彼は事態の収拾も現状打破も諦め、相手の観察につとめることにした。

 一人は白い印象を受ける女だった。左右でまとめた薄灰色の髪は背中辺りまで伸び、それが時折、冷たい風になびく。瞳はどうやら、右が赤、左が青色をしているようで、少なくとも彼には見たことのない色彩であった。
 服装については、しかし、彼は過去に同じようなものを見たことがあった。人間族の国へ使者の護衛として行った際、帝国の軍家の令嬢が着ていたものとほぼ同じである。つまり、帝国の軍服とドレスを合わせたような服――軍服の上とドレスのスカート部分を一体にし、装飾を加えた服――であった。
 ただ、今彼が見ているドレスは白と灰の布だけでできているようで、何重かになっているスカートが内側に行くにつれ濃くなる以外、派手な装飾もない。露出も少なかった。

(あの軍帽は......いや、今考えることではないな)

 彼は次の人物に目を向ける。
 今度は逆に、黒い服を着た女だった。
 上半身は体に沿って作られており、袖が広がっている以外は、まるで服が体に張り付いているようだ。
 更に奇怪なのは、その服のへその辺りが透けていることと、下半身に金属製の脚鎧しか着けておらず、太ももから脚の付け根まで、白い肌が露出している点である。恐らくはとてつもなく短いズボンのようなものを履いているのだろうが、とにかくこの極寒でする格好ではなかった。
 
「銀の髪に黄緑の瞳。獣王国史にあったような気がするんだが思い出せん。補佐官は知っているか」
「存じ上げません。それより私はあの耳が気になります。獣人の耳にも見えますが」
「いや、恐らくフードの一部だろう。侮蔑の対象となる獣人の耳を服装に入れ込むなど、全く意味が分からないがね」

 見れば見るほど不可解な格好だったが、大隊長が最も興味をひかれたのは、彼女の髪を束ねている玉だった。彼女の長い銀髪は、金色をした二つの玉によって、首元で左右それぞれまとめられている。世界の主要な国は回った彼だが、など聞いたこともなかった。

(分からんことばかりだ。挙句、最後の一人は全身黒ずくめで何がどうなってるのか)

 付け加えれば、三人の持っている武器も彼にとっては理解しがたかった。白い女は、一本の枝を左手に摘まんでいるのみ。逆に黒い女は、剣やら槍やら弓やら30本以上が彼女の周りに浮いている。もう一人は、等身大の黒い箱を足元に浮かばせていた。
 これらが武器としての役割を果たせるのか、彼は補佐官に尋ねた。

「枝は世界樹由来であればどうにかなるでしょうが、魔石がついていないのは腑に落ちないですね」
「ふむ。他の二人はどうだ」
「私の知る限り、あのサイズの物体の魔術による同時操作は18個が最高記録です。黒い箱は私にもわかりません。まあそもそも、あれだけ高精度の飛翔魔術を使っている時点で、確実に次元が違いますが」

 補佐官の言っていることは、全く正しい。
 そもそも、飛翔魔術を知っているものが非常に少ない。『天地の学び舎』――この世界の最高学府に通っていなければ、術式を知ることもできないのだから。まして、その行使はなおさらである。少しでも術式を発動できたなら、すぐさま魔術協会の公式記録、いわゆる『魔術公録エナキア』に載せられるだろう。
 一瞬頭に浮かんだ"記載漏れ"という考えを、大隊長はすぐさま切り捨てた。そんな失敗を犯す集団ではなかったはずだ。
 しかし、その結論が正しいことを彼はまもなく知ることになる。彼が対峙しているのは、まさに、この世界最大のなのだ。
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