the Tale of II Admin'ers

水見ナギハ

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第一章 長い夜の終わり

ツヴィエルン会談 <Zvierun Askept>

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 獣王国の兵士らには永遠に感じられた時間も、実際のところは2分に及ばなかった。それは、獣王国側が動いたわけではなく、彼女たちのほうに迅速に行動する必要があったからだ。
 15人の"立っていられた"者たちは、別にボーっとしていたわけではない。むしろその逆で、何が起きても対処できるよう、常に神経をとがらせ、周囲に目を配り、警戒を怠らないようにしていた。
 しかし――
 全員の息を呑む音が静かに木霊する。
 気づけば、彼らは暖かい部屋の中にいて、行儀よく椅子に座っていた。
 慌てて周りを見ても、他の仲間の姿は見当たらない。いるのは、意識を保っていた者たちだけである。これにはさすがの彼らも狼狽した。仲間の安否ももちろんだし、何より、移動したという記憶がないのが不気味だった。一瞬で転移させられたのならまだいい。もし今が、あの時から何十年も経っていて、自分たちの故郷がすでに滅ぼされていたのだとしたら。あの三人によって、全てを失っていたのだとしたら。
 誰かが「嫌だ」と口にした。虫の羽音のようなか細い声は、音一つない部屋に存外大きく響いた。負の感情は総じて伝播するのが早い。あるいは顔を伏せ、あるいは天を仰ぎ、とうとう泣き出すものが現れた。胸ポケットから写真を取り出し、それを見て静かに涙を流した。写真のないものは、両手を組んで大切な人を想い描いた。
 だが、この葬式のような状態を大隊長が放っておけるはずがなく。
 彼は、たった一言、端的に言った。

「落ち着け」

――それは、彼らの心を真っ赤に塗り直すのに十分であった。こんな状況でどうして落ち着いていられるだろうか。そもそも、落ち着いたところで何ができるだろうか。理解したくない。冷静でいたくない。いっそ狂ってしまいたい。もし、それすら許されないならば――
 目を血に染めて睨みつけてくる兵士たちに対し、大隊長は反論の隙を与えぬよう、突貫して言った。

「まず、我々の移動は一瞬でなされている。貸与された『不変刻時計』の時間が連続しているから、これは確実だ。他の兵たちの無事も補佐官が探知した。獣王国のほうも、少なくとも今現在は攻撃を受けていない。妻の無事を確認できる手段があるからな。で、この部屋を見るに相手は話し合いを持とうとしている。という訳でとりあえず大人しくしていろ。今するべきは、この後どう動くかを考えることだ」

 悲惨なことに、半分はブラフであった。なにがあっても止まることなく、変わらずに時を刻む『不変刻時計』は彼の創作だし、補佐官からは「他の者の安否は不明」という報告を受けていた。

(話しになるかは分からんしな)

 彼らは長机の長一辺に並ばされていた。中央に大隊長、その左隣に補佐官が座り、あとは概ね兵士の階級順か年齢順である。そして、大隊長の正面に二脚、少し離れて一脚のイスがあり、机の上に羽ペンが置かれているのを見れば、この場で何らかの合意を図るであろうことが予測できた。

 その後10分と経たず、この会談――開かれた場所の名をとって、後に『ツヴィエルン会談』と呼ばれる――は開始された。
 近くで見れば、三人はやはり"人"、それも人間の形をとっていた。全身真っ黒で何も分からなかった一人も、どうやら可愛らしい顔の少女であったらしい。まあ、生物的には絶対に"人"ではないのだが。

「では、私たちから挨拶しますね」

 三人は椅子から立ち上がると、まるで自分の宝物を披露するように自らの名を名乗った。

「ライザと言います。偉大なる主によって創造され、『魔女』の称号を賜りました」
「私はルナ。同じく『魔女』」
「ミ、ミカエラです。私は主ではなく、この『魔女』のお二方によって創られました。今日は会談の司会を務めさせていただきます」

(なるほど、ミカエラ殿の席が離れていたのは身分差か)

 大隊長が一人でうんうん頷いていると、彼女らは小さな紙を手渡してきた。その表面には文字が印刷されている。それを見た彼は、目の前の少女たちが余計恐ろしくなった。これほど小さく印刷できる技術があるのだ。技術とは概して軍事的要求から発生するから、彼女らは精密な軍用機械を作れるということに他ならない。
 しかし、彼はもっと恐ろしいものを見つけてしまった。

「異世界には名刺なるものがあるらしいので、用意してみました」
「待って、いや、お待ちください。ここに書いてあるのは、その、失礼を承知でお伺いしますが、本当のことなのでしょうか」
「名刺に嘘を記す文化はあまり聞きませんね」

 その答えに彼は勢いよく立ち上がると、高価な椅子が倒れるのも気にせず、小刻みに震える声で精一杯叫んだ。

「全員起立、最敬礼!」

 軍隊所属の兵士たちは、脊髄反射的にその命令に従う。最敬礼とは、獣王に対してのみ取る敬礼で、全ての武器を外して床に置き、片膝をつき、顔を伏せるというものである。その名が示す通り、獣王国で最も敬意の高い敬礼であった。
 だが、命令に従ってから、彼らは疑問に思う。そもそも、獣王以外に対する最敬礼は重罪なはずなのだが。
 その疑問も、次の一瞬には解消される。

「『創始者』たるお三方に対する無礼、深く謝罪申し上げます」

 彼女らはファーストネームしか名乗らなかったが、名刺には全てが載っていた。


――Li'saライザ Ruunルーン Kria'tusクリエイトゥス Sierraシエラ Feフィ Sejélセイェール

――Lunaルナ Ruunルーン Kolla'pseonコレイプセオン Tetraテトラ Feフィ Sejélセイェール

――Mikaelaミカエラ Giasterジアステル Ruunルーン Servaセルヴァ Feフィ Ylionユィリオン


―――――


 結局その後は、当然のことながら会談が成立しなかった。
 この世界は身分差がとてもはっきりしており、そしてまた重要である。その身分が何によって示されるかと言うと、それが名前、正確には名前の長さ(個数)である。平民なら一つか二つ。下級貴族は三つ。上級貴族は四つ。王族や教会の教皇などは五つの名を持っている。召喚された勇者や聖女は例外だが、基本的に名が長いほど身分は高い。だが、それらと一線を画して高い身分を表すのが、六つ名であった。
 六つ名が示すのは、その持ち主が神に近しい人物であるということ、即ち世界を管理する『創始者』かその眷属であるということだ。要するに兵士たちは、あまりに強大な存在を前に、完全に恐縮して怯え腐ってしまったのである。
 ルナとライザは、唯一まともな状態である大隊長と補佐官から、何とか情報を得ることに成功した。
 二人によれば、

1.今回の遠征は獣王の意志ではない
2.王太子の命令でここに来た
3.獣王は体調が芳しくなく、危篤という噂もある
4.この土地に侵入してはいけない、という契約は聞いたことがない

 とのことであった。

「ルナの考えは?」
「ありえない」
「私もそう思うわ。いくら何でもね。ミカエラもそう思うでしょう?」
「そう、ですね。少なくとも獣王陛下が危篤というのは信じられません」

 彼女らの会話に、大隊長は無礼と思いながらも情報を追加した。

「危篤かどうかは分からないのですが、以前からあまりよろしくないようで、そろそろ譲位なさるのではと言われております」
「譲位」
「獣王は代わってるの?」
「え? ええ。今の陛下は268代目でありますが」

 場に奇妙な静寂が満ちる。大隊長は自分の知る事実を伝えただけなのだが、それに対し、三人ともが口を開けて固まっているのである。そうして動き出したかと思うと、今度は眉間にしわを寄せたり、額を指でたたいたり、腕を組んで唸ったり、挙句三人で相談をし始めた。

「謎だわ」
「確か、そういう方ではなかったように記憶しているのですが」
「確かめるべき。事実なら主にも報告が必要」

 ルナの提案はすぐさまライザに賛成された。もちろん、ミカエラにも異論はない。

「そうね。ねえ大隊長さん」
「はっ。何でございましょう」
「私たちを獣王国まで案内してくれるかしら。大丈夫、獣王に用があるだけよ」
「でしたらば可能です。ですが、不躾とは存じますが、一つだけお願いしたい儀がございます」

 彼は三人の雰囲気を必死に感じ取る。さっきから跪いたままで話しているのだ。彼女らが怒っているかそうでないか、彼女らの纏う空気から判断しなければならない。
 幸運なことに、下位者から圧倒的上位者への要望にも、気分を悪くしている様子はなかった。

「何かしら」
「移動は昼間にしていただきたいのです。夜は我々にとって非常に厳しい時間でございますれば」

 それは、ここに来る途中で十二分に思い知ったことだった。夜、この辺りは酷く冷え込む上、ドラゴンが飛び回る最悪の土地となる。そのような中を移動するなど、自殺行為に等しい。というか、自殺行為そのものである。

「夜は活動できないということ?」
「はい」

 彼の要望に対し、ライザは30秒ほど頭を悩ませた後、不承不承といった様子で頷いた。
 その後、会談の記録――なんと、羽ペンが勝手に動いて会話内容を記録していた――を相互で確認し、漏れや偽述、隠蔽が無いことを確かめ、お開きとなった。太陽はまさに、地平線の下へ沈もうとしていた。
 この頃には他の兵士たちも意識を取り戻しており、また、最初に離れ離れにされた者たちとの合流も果たされた。補佐官が会談で決まったことを説明すると、彼らは大きく息を吐いた。少なくとも今日一日、この快適な城でゆっくり休めるのである。明日の朝には、元気の回復した体で、故郷へと帰ることができる。
 歓喜して、お互いに手を握ったり抱き合ったりしていると、そこに先程の三人が入ってきた。彼らは一斉に跪く。

「皆さんお疲れのようですね」

 そういうと、ライザはどこからともなく木の枝を取り出し、それを摘まんで軽く振った。瞬間、兵士たちの体を金や緑の光が包み込む。その光に、彼らは確かな暖かさを感じていた。

「回復魔法です。これで体調も良くなるでしょう」

 そのまま、兵士たちの感謝の言葉に軽く手を振って応えると、ルナとミカエラとともにバルコニーへ出た。
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