the Tale of II Admin'ers

水見ナギハ

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第一章 長い夜の終わり

神代の片鱗

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 大隊長と補佐官は慌てて彼女らの後を追った。
 獣王国側のトップ二人が付き従うことによって、彼女らに恭順の意を示すのみでなく、仲間が馬鹿な真似をしでかすことの防止もできる。生き残るためにはどんな疑念も抱かせてはならないのだ。

「大隊長さん」
「はい」
「夜が嫌なのよね」
「その通りでございます」
「ならいいわ。ルナ、ミカエラ」
「ん」
「かしこまりました」

 彼女らは頷き合い、そして互いの手を握ると、内側を向く形で円になった。ライザの枝、ルナの銃(もちろん、獣王国の兵士にとってはL字型の棒でしかない)が少しずつ浮き上がり始める。

「これは?」
「大いなる御業です。まあ、私はルナ様とライザ様に演算領域を提供するだけですが。他の方々と見ていらっしゃれば良いと思いますよ」
「はあ」

 一本の枝と一丁の銃は、城の遥か上空まで昇って行き、とうとう視認できなくなった。ルナとライザは、それらが十分な高さまで上がったことを感知してから、ゆっくりと詠唱を始める。

Le yhtherzem天地の摂理よ

 枝と銃は城を挟んでちょうど反対側に位置していた。それが輝きながら反時計回りに動き、まずは大きな円周を描く。

Mit dipaaser nyikentra'm una Sierra piu Tetra『創始者』がシエラとテトラの名に於いて命ず

 円を描き終えると枝と銃は停止し、魔法術式が自ら成長を始めた。円の中心から六方向へ線が引かれ、途中まで行くと正六角形を作り出す。そしてその内側に六芒星、外側に円が重ねられる。

Kaanlyi fleena jääna日と月を入れ替えよ

 二重になった円の間に、東側には太陽、西側には三日月の絵が完成し、その間を文字と数字が埋め尽くしていく。
 二人は術式が無事完成したことを確認すると、ミカエラに目線を送った。これから実行する魔法は、世界中の巨大魔法を処理し続ける彼女らの演算領域残量では、スペースがあまりにも小さすぎるのである。
 ミカエラは遥か昔、二人によって生活魔法の処理を任された。生活魔法は、あらゆる種族が行使できる魔法で、小さな水球を生み出したり、調理用の火を着けたり、そういう細かなことに使う魔法である。
 しかし、その構造は単純でも、実行量と実行頻度が、他の魔法と比べてえげつないほど多かった。次元が違ったと言ってもいい。毎瞬実行されているのだから当然である。自然、ミカエラの演算領域は増加した。
 少し前から、どういうわけか処理しなければならない量が激減したため、今はほとんどの演算領域が空いている。それ故、ルナとライザに演算領域を提供できるのだ。
 ミカエラの協力によって、彼女らは最後の文言を唱える。

Fode'ti iltaaketla westaaketna piu eifa光を闇へ変貌し、闇に光を吹き込め

 僅かな時間、太陽が沈む直前のような、厳かな空気が辺りに満ちる。その直後、術式が真昼の何倍もの明るさで発光し、いっきに収縮していくと同時に、空間の波が辺りに流星のごとき速度で広がっていく。そしてそれが地平線まで達して数秒後、今度は世界が完全に暗転した。宵、夜などの星に照らされた空ではなく、巨大な何かの口の中、天に空いた穴とでも言うべき空である。
 もちろんその状態も続きはせず、すぐにいつも通りになった。
 ただ一つ、太陽が東の地平線から顔を覗かせていた。


―――――


「早く乗って」

 あれから数刻。獣王国の兵士たちはライザが魔法で作り上げた馬車に乗せられていた。できれば一晩休みたかった彼らだが、回復魔法をかけられている以上、彼らに選択権は無い。そもそも、あまりに身分差がありすぎて人権自体が無いようなものだ。
 ちなみに、ライザは初め車を作ったのだが、「どうして動くんだ!?」と兵士たちが怖じ気付いたため、この世界にありふれた馬車になったのである。

「ライザ、こっち全員載った」
「分かったわ」

 彼女らも、まとめておいた荷物を亜空間にしまい込む。城に置いて行っても空間魔法で取り出せるのだが、術式の展開と起動が面倒極まりない。それ故、意思1つで開閉できる亜空間に収納したのである。

「ミカエラも乗って」

 大隊長の曳く馬車にルナとライザが乗り込み、残っているのはミカエラだけ。しかし彼女は「私はご一緒できません」と言った。

「この城を守る者が残る必要があります。私のことは気にせず、姉さま方で楽しんできてください」
「でも、ミカエラも行きたいでしょう?」

 沈黙。
 手をもじもじさせ、せわしなくあたりを見回した末、小さな声で彼女は言葉を返した。

「い、いいえ」
「嘘。挙動不審。声詰まってるし、今さっき自分で"楽しむ"って言った」

 下手な嘘も、ルナによって一瞬で看破される。
 昔から、「外の世界はどんななのでしょう」というのが彼女の口癖だった。特に最近はそれが顕著になり、仕事の最中も、まるで誰かを想っているかのような表情で、ちらちら窓の外を眺めていた。寝言でも「そとが......」と言ってしまうほどだった。

「ですが、この城を放置するわけにはいきません」
「それなら心配いらないわ。私たちがここを去って一時間後、この城はきれいさっぱり消える。丸ごと亜空間に飛ばす魔法をかけてあるから」
「えっ!?」

 ミカエラの頬がみるみるバラ色に染まっていく。

「あなたのそんな顔、いったい何年ぶりに見たかしら」
「かわいい。けど早く乗って」

 そんな声も、地面にへたり込んで上の空の彼女にはさっぱり入ってこない。

「ミカエラさっさと乗って」

 結局、我慢できなくなったルナが魔法で馬車にぶち込むまで、彼女はポワーンとして夢うつつのままであった。

「お乗りになられましたか。では全軍、獣王国へ出発」

 今回の帰征に当たって、大隊長は軍の編成を一時的に変更して、1つの馬車に乗れる30人を1つの隊、計100隊を作り、更にそれを10隊ずつの中隊にして、自分と補佐官の指揮下に置いた。補佐官の乗る馬車は先頭、大隊長の乗る馬車はおよそ真ん中に位置している。普通は雪が深くて馬など走れるわけないのだが、『創始者』が作り出した馬には何ということもない。
 馬車の中では、ようやく意識を取り戻したミカエラが、同乗する兵士たちにいろいろな質問をしていた。彼らの国や、他の国について。どんな生き物がいるのか、食べ物はどんな感じか。住んでいる場所は。着ている服は。身分制度は。神を信じているか、その神は何という神か。

「これはしばらく終わりそうにないわね」
「いえ、若い者も自分たちのことを紹介できるとあって張り切っております」
「ならよかったわ。そういえば、皆さんはどうして夜が嫌だったのかしら?」
「それ、私も気になりました」
「ミカエラうるさい。でも、私も不思議」
「そういえばまだご説明申し上げておりませんでした。1つは、ただ単純に寒すぎるのです。獣人とはいっても、さすがにこの土地の夜の寒さには耐えられません。2つ目は、数多くのドラゴンが飛び回るためです。この辺りのドラゴンは異様に強く、我々に勝つすべはない。ですが、昼間であればあのように眠っていますから、安全に移動できます」

 そう言って馬車から少し離れたところを指さす。そこには確かに、20体近いドラゴンが身を寄せ合って眠っていた。彼らの乗る馬車を丸呑みできそうなほど大きなドラゴンである。

「というか、この辺りの土地や生態については、お三方のほうが詳しいと思うのですが」
「ええ」
「当然」
「あのドラゴン、極北亜竜エリュシオンという種なのですが、別に昼夜で生活を分けているのではなくて、ただ魔力が強いときに活動しているだけだったはずです。この辺りは陽の魔力が極端に弱いので、それで昼間は活動しないのでしょう」
「ミカエラ正解。あれは今から動く」
「それはまた」

 笑えない冗談ですね、と大隊長が言い終わるより早く、眠っていたドラゴンの1体が大きく咆哮する。つられて他の眠っていたドラゴンも目を覚ました。ドラゴンたちが見つめているのは、馬車に乗った栄養豊富なである。
 モンスターは、普通に食物を食べるだけでなく、魔力も取り込まなくてはならない。その摂取源として自然の地脈を利用するものもいるが、大部分は他のモンスターを食べることによって魔力を取り込んでいる。そして、魔力を得れば得るほど、これらの生き物は強さが増す。モンスターは、自分が強くなるためにも、より濃密で多量な、良質の魔力を求めるのである。

「私たちが美味しそうに見えるのでしょうね」
「そういうことはできればもっと早く、いえ、なんでもございません! 全軍、出せるだけの速度で馬を走らせろ」

 思わず吐きそうになった文句を何とか飲み込み、大隊長は各中隊の隊長に通信魔法で連絡する。彼の編成した指揮系統は見事に機能し、すぐに全軍が猛スピードで走り始めた。
 しかし、空飛ぶドラゴンと地を走る馬では、いくら何でも速度が違いすぎる。

(やはり厳しいか)

 ドラゴンを確認した時点で、全軍を把握するために彼は馬車を最後尾へ移動していた。周りの馬車は既に攻撃を開始しているが、全く効いている様子はない。
 このままでは全滅は必至である。そこで彼は、一縷の望みに賭けることにした。

「お三方、お願いがあるのですが」
「何でしょう」
「あのドラゴンをどうにかしていただけないでしょうか。我々では対処しきれないのです」

 この状態を続けていれば自分たちは死ぬ。断られても死ぬ。彼女らが激昂しても死ぬ。
 現状を打開するため、彼は何とか、彼女らにこのドラゴンを倒してほしかった。身をささげる思いで祈っていると、存外あっさりとした回答が返ってきた。

「てっきり逃げ切るまで手を出さないでほしいのだと思っていましたが、そういうことなら手を貸しましょう。ルナ」
「りょーかい」

 ルナはそのまま流れるように窓をくぐると、馬車の隣を飛行魔法で並走する。

「1,2,3,......」

 ドラゴンの数を数え上げながら、亜空間から取り出したナイフを空間魔法で転移させ、ドラゴンの背中に突き刺していく。
 獣王国側の兵士は一気に盛り上がった。噂によれば、敵にナイフを刺し、それを爆発させて倒す技があるという。あのような巨体を倒すのだから、きっとすごく大きい爆発なのだろう。そんな素晴らしいものを見られるなんて。
 しかし、その期待は思わぬ方法で裏切られ、彼らはドラゴンよりも恐ろしいものを知ることになる。

Genifi消えろ

――それは、全てを終わらせる言葉。
 ドラゴンの体はナイフの刺さった場所から灰になっていき、ボロボロと崩壊した。
 完全に同時、瞬きするほどの間に、全てのドラゴンが同じようにして消え、この土地に降り続ける雪に同化してしまう。
 肉から骨に至るまで、何一つ、その場に残るものはなかった。
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