僕が恋をした彼女にこの歌を

奥ノ シロ

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僕が恋をした彼女にこの歌を

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「今日はインタビューを承諾をしてくださりありがとうございます。誠さん。」
そう俺に改まって挨拶をしたのは記者の二宮さんだ。俺らが活動していた当時に密着取材をしていた人で、あの時よりもだいぶ偉い立場になったのにわざわざ取材をしてくれた。
「いえ、むしろそろそろ彼女の話をしなくちゃいけないって思っていたところです。」
俺はいつも仕事をするときに着ているパーカーと、黒のスウェットのパンツを履いてインタビュー室に来ていた。
インタビューされると聞いてたくさんの人がいるのかと思っていたが、部屋には三脚に置かれた一つのビデオカメラとマイク、そして二宮さんだけだった。
「お仕事は大丈夫なんですか?」
やけによそよそしい様子で聞いてくる。二宮さんも仕事モードなのだろうか。いつもよりも少し記者っぽい様子に見えた。
「大丈夫です。大体終わっていますから。」
俺は少し広角を上げてそれに答える。
「それに誠さん、また痩せました? ちゃんと食べないと駄目ですよ。」
確かに最近痩せたと周りの人から言われる。でも仕事には影響は一切してないし、特に気にすることでもないと思っていた。
「大丈夫ですよ。彼女には怒られるかもしれませんけど。」
二宮さんは少し笑ってくれた。俺が彼女のことを気にしていないか心配してくれていたようだ。
「あの日からちょうど3年ですね。」
二宮さんは少し間開けて話した。
俺は周りを見渡すと白いデンドロビウムの花が花瓶に添えられていた。その花は白い色で久しぶりにその色を見た。あの日から家の中では彼女を機にするようで、白い色は置かないようにしていた。
「デンドロビウムの花、ご存知なんですか?」
二宮さんは花を見つめている俺に聞いてきた。
「わがままな美人。デンドロビウムの花言葉です。彼女にぴったりの言葉ですよね」
「ええ、そうですね。」
俺はこのインタビューの話をいただいたとき、もうあの日から3年もたって今更だと思うよりも、今だからやっと彼女のことを話せると思った。彼女のことを他の人にちゃんと話す機会が初めてだったからか、少し恥ずかし気持ちとなんだかあの日から時間がものすごく立ってしまったような感覚になった。
「じゃあ早速、始めましょうか。誠さん」
「そうですね。」
俺はあの頃に浸るように語り出した。

その日は肌寒くひどく酔った日だった。大学3年の終わりが近づいていた2月頃で、俺は大学の友人と学校の帰りに飲みに行き、自分の才能の無さをひけらかすように音楽業界の愚痴をずっと言い続けた。我に返ってみると自分が言っていることが恥ずかしかった。もう才能がないなんてとっくにわかっているのにずっとしがみついている自分が醜態を晒すという言葉に一番お似合いだった。
「もう、音楽なんてやめちまおうかな。」
そんなことを誰もいない駅のホームで言いながら、改札をでた。
最寄駅に着いたときにはもう夜中の1時を回っていた。24時間営業しているコンビニと、駅前のタクシー乗り場を照らす街灯の灯りだけで巡回する警察官どころ、人っ子一人いないような閑散とした場所だった。
「一生こんなところで暮らすのか。」
俺は曖昧な意識をぎりぎりで保ちながら一人暮らしのアパートの部屋に帰ろうとした。
すると、一つの街灯の下に、年季の入ったアコースティックギターを持っている女の子が立っているのが見えた。
ついに俺は音楽の幽霊までが見えるようになってしまったのかと完全に音楽に呪われているのかもしれないそう思った。 一瞬、彼女と目があった気がした。俺は顔をすぐに逸らし知らない顔をしてこの場を去ろうとしたが彼女が話しかけてきた。
「ねえ、そこの君 少しでけ聞いていってよ。」
俺は無視をした。背中から少し冷や汗をかき始める。
「一曲だけ、」
幽霊の声、ましてや音楽まで聞いたらどこかに連れて行かれてしまうそう思った。俺はもう一度無視をした。
「幽霊じゃないよ。」
「絶対嘘だろ。あ、」
思わず答えてしまった。もう無視はできないと思った俺は彼女のいる街灯の方によろよろの足で向かった。
彼女は幽霊ではなかった。近づいてみると彼女の下にははっきりと影があり、実体もあった。そして彼女の目は色素がないのだろうか透明で白い目をしていた。
俺はさっきの冷や汗で酔いが少し覚め、頭が痛くなってきた。彼女の歌を聞きたいわけではないが少し休むつもりで彼女の前に座った。
「なんか歌えよ」
「え?」
「聞いてって言ってたから」
彼女は俺の言葉に少し笑っていた。
「ありがとう。じゃあ1曲だけ。」
俺も音楽の道を志す端くれだ。少しくらい聞いてやってもいいかもしれない。そのくらいの考えでしかこの時はなかった。
「下手くそだったら許さねーからな。」
どうせろくな歌じゃない。少しは才能がないと思っていた俺に気晴らしになるだろうと思っていたが彼女が歌い出すと俺の世界は一変した。


彼女の歌声はまるで魔法のようだった。俺はその歌声に心が落ち着き、そして浸った。これまで音楽は嫌というほど聞いてきて自分でも何曲も作曲してきたが彼女の歌声だけは聞いているだけでなぜかこれまで聞いたことないくらい俺は音楽を楽しみ、幸せだとはっきり感じていた。歌っている彼女の表情も心の底から歌うことを楽しんでいるようだった。そして必死であるように感じた。そんな彼女の姿は周りには誰もいない、ただ一つの街灯だけが彼女を照らしているのにスポットライトが当てられているかのように輝いて見えた。

「みなさん、今日は聞いてくれてありがとう。」
俺しかいないのに皆さんはあまりに興奮してしまい自分がライブ会場にいるかのように妄想してしまったのだろうか。でも、俺も同じような感覚に陥っていたのかもしれない。
「歌はともかく、曲自体はなってないな。」
俺は少し嫉妬心からか最初の感想が嫌味のようになってしまった。
「その割には聞き入っていたようだけど。」
確かにそうだ、俺は彼女が歌い終わってから、少し彼女の歌を求めてしまう自分がいた。それが少し悔しかった。
「今日はこれでおしまい。もし、きょう私のファンになってくれる人がいたら握手してあげてもいいよ。」
すると彼女は俺に手を差し伸べてきた。握手しろと言わんばかりの圧力のある手の出し方だった。
「まあ、聞き入ってしまったことは確かだ。」
俺は座っていた体を起こすために彼女の手を利用した。まあ、半分は彼女の歌を気に入ったということにしておこう。
手を握った俺を見て、やけに彼女は驚いているようだった。
「どうしてお前が驚くんだよ。」
「いや、別に。」
彼女は少し嬉しそうに見えた。そう思えたのは俺が人から認められることがどれだけ嬉しいことなのかをよく知っていたからかもしれない。
もう一つ、このとき少し驚いたことだが、さっきまであんな演奏と歌を歌っていたのに、握った彼女の手は真冬でもないのに氷のように冷たかった。
「君は私のファン第一号だね。」
「なんだ、ファン今までいなかったのか。」
「いいのよ。これから増やしていくわ。目指せ、国立スタジアムよ。」
国立スタジアム。アーティストなら必ず目指すといってもいい場所。言えば、そこに立場世間から一流アーティストと認められたことになる。
「ずいぶんな意気込みだな。」
俺はまだ現実が見えていないこの子に昔の自分を思い返すようで少し懐かし気持ちになった。
そして、今日のことで「音楽の夢を諦めよう」そう思った。もしこの子が国立スタジアムでライブができるなんてことがあったら見に行ってもいいかもしれない。そんなことを考えていた。

彼女のように音楽の神様から才能を与えられた人間こそ音楽をやり続けるべきだ。彼女のおかげで夢とおさらばできた気がしてむしろ感謝さえしている。俺のような無能な凡人はさっさと身の丈にあった仕事を探した方がいい。このときの俺は心の底からそう思っていた。
「あ、これ少しだけど受け取ってくれ。」
俺は彼女に財布の中に入っていた少しのお金を未来ある彼女に渡した。
「いいの?」
「頑張ってな。未来の歌姫さん。」
我ながら、めちゃくちゃ恥ずかしいことを言っているのだとその後になって思った。こんなおじさんみたいなセリフ言うことがくるなんて昔は遠い未来の話だと思っていたが色々経験しすぎて大人になってしまったのかもしれない。
俺は彼女にお金を渡して家に帰ろうそう思って歩き始めたときだった。足に力が入らない。頭もぐるぐるする。そして眩暈がしてきた。これは本格的にやばいやつだとそのとき察したが、俺はその場に倒れてしまった。

目覚めると、そこは知らない奇妙な場所だった。
「俺はどこにいるんだろう。」
確か、彼女の歌をきて帰ろうとしていたはずだ。あれからの記憶が全くと言っていいほどない。それにここは俺の部屋じゃない。それどころか現実世界であるかもわからない、なにか不思議な居心地がする。決していいものとは思えないが。
彼女の前で倒れた後俺は生死の境を彷徨っているのだろうかだったら、いっそ死なせてくれ、もうこの世にいる意味なんてないし、音楽のことを考えなくて済むなら「死」という選択も悪くないのかもしれない。でも、最後に彼女が国立スタジアムで歌う姿を見られないのが少し心残りかもしれない。
「ん?」
目を擦りながら遠くを見ると、黒い人影がこちらに近づいてくる。すると、聞き覚えのあるような単語が耳に入ってきた。
「まぐれくん」
それは聞き慣れた僕の大学でのあだ名だった。音楽に才能ない俺は大学に入った当初からこのあだ名が付けられていた。
「才能ないよ」
うるせーよ。そんなのとっくにわかっていることだ。
「音楽は諦めろ。」
どんどん言葉と共に俺の周りに黒い人影が増えていった。さらに俺の中での怒りも膨れ上がっていった。
「もう、やめちまえ」
「もう、俺はやめるんだ。何度もそんなこと言わないでくれ。」
珍しく俺が怒鳴り声をあげた。すると黒い影たちの声は聞こえなくなり、消えて至った。いったいこいつらはなんなのだろうか。俺は次第に苛立ちという名の黒いモヤが心の中で広がっていった。


俺にとって、音楽の道をあきらめるということはこれまでの人生を全て無駄になってしまうことを意味していた。だから、この選択はかなり悩んだ結果の決断だった。いわゆる苦渋の決断ってやつだ。
俺は昔から音楽が大好きだった。物心ついた時には親がよく家で流していた。ビートルズや80年代のヒット曲、邦楽、洋楽問わず俺は聴けるだけ聴きまくった。
それを見かねた母親が小学生に上がる頃にキーボードを買ってきてくれた。俺はすぐに独学で音符を覚え、友達の家にあった楽譜を借りては練習した。この時は、ただ聞いていた音楽が自分の手から流れてくるだけで嬉しかった。母親もここまで音楽にのめり込むとは思ってもいなかっただろう。
中学に上がると、部活動で吹奏楽部に入ったがクラッシックという音楽とまるで音階をなぞるだけのような部活動演奏に俺は窮屈さを感じ、1年くらいでやめてしまった。このときから家に閉じこもるようになり、自分で音楽を作り始めるようになった。今考えるとろくに音楽の知識もない俺が作曲なんて元々無理だったのかもしれない。
高校では同級生とバンドを組んでは俺が作った曲を路上ライブなんかで披露していた。
仲間たちも次第に熱が冷めていき結局残ったのは俺だけだった。
音楽をやりたいその想いだけ音大進学という曖昧な考えだった。この時はまだ自分に可能性があるなんて大それたこと心の底から思っていた。今考えると恥ずかしくて考えることすらもできない。
音大に入るとすぐに俺の才能がないことを押し付けられた。俺が入った大学は日本の中でのかなりレベルの高い音大で、入ってくるやつ全員がサラブレットか実績をかなり持って推薦を受けて入ってくるようなやつばかりだった。。
そんな中で俺は「捨て駒」、「まぐれ」、「踏み台」など散々なあだ名で言われていた。おかしな話だと思うが、そう言われるのも納得する理由があった。
俺は他の人と別枠でこの大学に入っていた。別枠というのは大学が正式に出している枠ではなく暗黙の了解で通っているものだ。俺は他の人と違ってこれまで音楽での実績は何もなく、ましてや音楽の先生から推薦をもらっているわけではない、本当に野良の人間だった。この大学では実績があって入ってきた学生が怠けないために、一人落ちこぼれを入れてプライドを保たせるという方針があった。その落ちこぼれこそ俺だった。俺はその枠があることもその枠で受かったことも入った時から知っていた。最初は「這い上がってやる」なんて気合を入れていたが、そう現実は甘くなかった。
学校での学生や先生からの扱いはもちろんのこと、自分が作った曲すらも評価されるなんてことはなかった。こんな環境から俺は逃げ出したくなったが親に金を払っている身でそう簡単に逃げ出すことなんてできなかった。
大学3年になってからは授業には出ていたものの、作曲活動を全くしなくなった。もちろん課題で出される作曲などは行うが、高校の時のように自分の歌を作るということは無くなっていた。もう音楽なんてやめてやる、そう思ったのはこの時からだ。

黒いモヤがさらに心の中に広がっていく。微かな光すらも消してしまうくらいに、真っ黒に
俺の中を埋め尽くしていった。
「もう、こんな世界で生きる意味なんてないんだよ」
俺はその暗い真っ暗な空間に一人顔をおろし、座りこんだ。
「ねえ、君は音楽が好きかい?」
女の子の声がどこからか俺に聞いてきた。どこか聞いた覚えのある声だった。
「誰?」
「私は、君の知っている人」
俺はその声に聞き覚えはあったが、誰だかはわからなかった。
「ところで音楽は好きなの?」
「嫌いだよ」
俺は彼女の質問に答えた。
「本当かな。じゃあ、なんでそんなに必死にやってたの?」
「それは、」
俺は言葉を濁した。
「君の音楽に対する気持ちが本当ならまだできると思うけど」
「何も知らないくせに」
俺にもうこれ以上言わないでほしかった。何か慰められているようで心の内をえぐられているようなそんな感覚だった。
「神様はきっとみてる。だから、まだ諦めるには早いんじゃないか」
「神様なんてそんなもの信じてどうなるんだよ」
「そっか・・・・」
彼女が少し笑っているような感じがした。
「私も神様なんて信じてないよ。」
「じゃあ、なんで。」
俺はこんな矛盾したことを言ってくる彼女が気になり俺は顔を上げた。
すると顔には何かモヤのようなものがかかっていてわからなかったが、彼女が目の前にいることだけが確かだった。
「やっと顔上げたね。」
俺は咄嗟に顔を逸らした。
「神さまがみてくれないなら誰がみてくれるっていうんだよ。」
俺が質問をすると彼女は僕の後ろに立ってこう答えた。
「少なくとも、私は君をずっとみているよ。」
「なんだよそれ、」
俺はなんとくはしなかったもののどこか心の闇に一つ光が入ったようだった。
「そろそろ時間だよ。」
「え、時間?」
「私はいつでも君の音楽を待っているからね。」
そう言うと彼女はその場から消えていってしまった。
「待って、」
俺はさっきの暗い空間から見覚えのある天井と、触り慣れたベットがある自分の部屋に戻っていた。
「夢か、さっきのあの子は一体なんだったんだ」
俺はまだ彼女の声が耳に残っているような感じがした。


「やっと起きた。」
キッチンに方から昨日の彼女がそこで何やら鍋のようなものをお盆にのせ立っていた。
「昨日は倒れてびっくりしたんだから」
「ああ、そうか昨日俺はあのあと倒れて・・・・」
少しずつ記憶がよみがえっていく。
「あの後、大変だったんだよ」
「じゃあ、ここまで・・・」
「そう、学生証に書いてあった住所を見てここまで来たの。ごめんね。勝手に見て」
彼女はケロッとしているが、駅からここまで普通に歩いて10分以上はかかる。それを女の子の一人で運ぶのは相当だっただろう。
「すまない。迷惑かけて、」
「ううん、ファンを見捨てるわけには行かないからね」
彼女は鍋の中からお粥を取り皿に取り分けてくれて渡してくれた。
「昨日会ったばかりなのに、だいぶ親切なんだな君は」
「そ、それは、倒れてる人は置いていくほど私は落ちぶれちゃいないよ」
彼女は笑って冷蔵庫の中から水を持ってきてくれた。
俺は彼女の目が白いことも不思議に思えたが救われた恩もあり、聞かなかった。
「さあ、食べて、」
俺は彼女の作ってくれたお粥を口に運ぶ。少し味が薄かったが、彼女の優しさが体に伝わってくる、そんな味だった。
「美味しい?」
「まあ、」
「素直じゃないね」
僕は動揺を隠すように、お粥を口にかきこんだ。少し舌がやけどしそうなほど熱かったが
恥ずかしさよりはまだマシな方だった。
「ごちそうさま。ありがとう、何から何まで」
「いいえ、それよりあれって」
彼女は俺が曲作りをしているデスクに目を向けていた。
キーボードにはキーカバーがかけられしばらく見ないようにしていたからか、ひどく懐かしく感じた。
「あー、学生証見たからわかると思うけど、一応音大の端くれだからね」
「すごいわ、これで曲を作ってるの?」
「まあね、でもだいぶ作ってないよ」
俺はつい何も関係のない彼女に話してしまった。
「なんで?」
「俺には才能がないからね」
俺はベットから立ち上がりキッチンの方に向かった。
「才能か、でも好きなんでしょ?」
「好きでやっていけるほど甘い世界じゃないよ、君も音楽をしてるならわかると思うけど」
冷蔵庫の中のペットボトルの水を取ると俺は残りを一気に飲み干した。
「好きなら、続ければいいのに、私は音楽大好きよ」
彼女の言葉に夢の中の彼女を思い出した。
「だから、好きでやるのは現実が見えた時辛くなるだけだよ」
俺は彼女の言葉に少し苛立ちを覚え、冷蔵庫の扉を勢いよく閉めた。
「でも、好きなんでしょ?」
「好きだよ」
まるで夢の中の彼女と会話しているようだった。あっちのペースに持っていかれる。
俺のことなんて何も知らないくせに。
「じゃあ、やろうよ」
「でも、俺はやめるから」
「うじうじしてないでやろうよ」
彼女の言葉に俺は反応しないでいると彼女は俺のデスクのパソコンを起動させた。
「おい、何やってるんだよ」
「君が答えてくれないんなら、君の音楽に答えてもらおうと思ってね」
パスワードもかけてなかったからすぐに開いてしまった。
「やめろ」
俺は彼女の肩に手をかけて止めようとした。しかしそれはすでに遅かったようだ。
パソコンの隣にあったスピーカーから俺が最後の思いで作った曲が流れた。
「この曲、」
「この曲は俺が、去年作った最後の曲だ」
そうこの曲は俺が最後に作った曲、頑張っても認めてくれない、報われない、掴みきれない音楽というものに没頭し、俺はいつしかその音楽に恋をしていた。そんな片想いともいえる音楽への想いをのせた曲だった。聞くだけで思い出す、どんな顔で作っていたのか、どんな思いで作っていたのか。ただあの頃は辛かった。
「もう、止めるぞ」
俺は彼女が手を置いていたマウスを奪い取り曲を止めようとした。
「やめて、」
「え?」
彼女は真剣に俺の方を見て訴えていた。そして彼女の頬を通って涙が流れていた。
「泣いてるの? どうして」
彼女はそう言われると慌てて涙を拭った。流していることにすら気づいていなかったようだ。
「ごめんなさい、つい感動しちゃって」
こんな俺の曲にも涙を流してくれる人いるのだと思った。こんな悲壮感しか感じないような曲の何がいいのだろうか。
「君の曲とっても綺麗だね、音楽に対する真剣な気持ちが伝わってくる」
彼女が冷やかしではなく真剣に言っていることはわかった。
「ありがとう、でもこの曲は結局歌詞もつけられず誰にも聞かれないまま終わったけどね。」
「そうなの?」
「うん、あんなに嫌がっていたけど、今では最後に君に聞いてもらってよかったよ」
「そんなこと、言わないでこれみんなに聞いてもらおうよ」
彼女はまだそんなこと言ってきた。
「第一、見せるたって歌詞はかけてないんだ、それに曲自体まだ完成体ではないし」
俺はベットに腰を下ろした。
「じゃあ、私が書くよ」
「はあ?」
「だから、私が書くって言ってるの」
「誰もそんなことお願いしてない」
「逆にお願いしたいくらいだよ、私はこの曲の歌詞を描くために音楽を始めたに違いないから」
かなり大袈裟なことを言っている。この子はどうしてここまで俺の曲の歌詞を書きたいのだろうか理解ができなかった。でも、彼女の歌の歌詞は確かに心に響くものはあった。
俺はこの曲は出すかどうかはさておき、君の歌詞をのせて聞いてみたいそう思った。
「わかった 書いていいよ」
「じゃあ、」
「でも、一つ条件がある」
「条件?」
彼女は一気に萎縮した。どんな条件は突きつけられるのか不安だったのだろうか。
「その瞳が白い理由を教えてくれ」
「え、」
彼女は明らかに嫌がってるようだったが、俺も自分の隠していた部分を曝け出されたのだからそれ相応のものを求める必要があった。
「ダメか?」
「いいや、いいよ」
彼女はゆっくり手を置き後ろで髪を縛っていた紐を解いた。
綺麗で長い黒髪が靡いて、彼女が恥ずかしそうにこちらを向いた。
元々見えていたがいざちゃんと見ると彼女は世間の中ではかなり可愛い方に入ると思った。
それに、目が特に綺麗だった。
「綺麗だ。」
「え?」
思わず心で思ってしまったことが本音で出てしまった。
「そうかな」
彼女は照れるのではなく、少し悲しげな表情を浮かべていた。やはりコンプレックスだったのだろうか。
「珍しいね。色素がないなんて」
「うん、」
「でもなんで?」
「生まれつきこうなの、昔からみんなと違うから少し困ったこともあったかな」
「でも、俺は違うっていうのは個性だし、俺は羨ましいけどな」
彼女は驚いた顔をした後なぜかどこか安心したような表情をしていた。
「なんか特殊能力とかでもあるの?」
「んー、これから先は条件に入ってないからだめだよ」
そう口にすると彼女は笑って言葉を続けた。
「そういえば名前まだ聞いてなかったよね。私は舞、よろしくね。 君は?」
「俺は誠」
彼女は手を差し伸べてきた。俺は彼女の手を取るとあの時と同じで彼女の手は冷たかった。
「じゃあ、これで契約は成立だね」
彼女は口元をあげ笑った。
俺はこの時彼女と一曲限りの契約を結んだ。この契約が俺の人生をくるわすなんてこの時は微塵も考えなかった。



 あれからしばらく彼女は俺の家に通い詰めた。
俺が曲を作っているときの感情を大事にしたいらしく俺にしつこく質問をしてきた。
「これを作った時はいつどんな時間だった?」
「確か、夜中の2時くらいだった気がする。基本夜しか活動しないから」
「感情は?」
「感情か、」
そう聞かれるとあの時の感情を言語化するのは難しかった。
 確かに、音楽というか世間というか俺はひどく周りのものに失望し、自分自身にも失望していた。でも、どこか寂しかったのかもしれない。誰にも曲を聞いてもらえない。認めてくれない、まるで音楽が俺にお前は孤独だと言い聞かせているような気持ちだった。
「んー、なんていうか自分の大好きなものに囲まれているのに孤独をずっと感じてるみたいな」
「なるほどね、もっと噛み砕いてみる」
「ところで、毎日きているけど大学とかは大丈夫なのか?」
「あー、今は春休みだし、家にはちゃんと出かけてくるって言ってあるから大丈夫だよ」
「でも、女の子一人で男の家に来るなんて何か言われないのか?」
「何? 君、私に気があるの?」
彼女は完全に揶揄うとしている顔だった。
「そんなわけないだろ、心配してやっているだけだ」
「それなら気にしなくていいよ、私強いから」
そんな細身の体をしておいて何を言っているのだろうか、男に抑えられたら終わりだというのに 
「それと、お前っていくつなんだ?」
「私? さあ、いくつに見える?」
いくつに見えるって、まるで合コンの時の一番めんどくさい質問をしてくるが、彼女の振る舞いからなんとなく予想はしていた。
「俺と同じ二十一歳くらいか?」
「私、十七だよ」
「え? 年下!? しかも高校生!?」
「あれ、残念? もしかして年上の方が好きだった?」」
「いや、そんなことないけど、まさか高校生とは」
驚きだ。年下にしてはかなり落ち着いた雰囲気で大学生ならまだしも高校生にはとても見えなかった。しかも俺は高校生に散々揶揄われていたのかと思うと情けなく感じた。
「そんなことはどうだっていいの、さっさと続きを始めよう」
いや、そんなことではないが俺は彼女の圧に押されるがまま作業を続けた。
彼女が音楽に触れている時はとても楽しそうで俺も彼女と曲を作っているときは楽しく感じた。
「じゃあ、またね ちゃんと食べるんだよ、コンビニ弁当ばかりじゃなくて」
「わかってるよ、お前は母親か」
彼女は俺に手を振ると持ってきていたギターを両肩にかけて急いで帰っていった。
「まったく、忙しいやつだな」
プルルルルル、プルルルルルル、
ベットに置きっぱなしになっていたスマホが鳴り出した。もちろん誰からかかってきたかまでわかっていた。
「もしもし、母さんか、」
「〇〇? ちゃんと就活してるの?もう3月よ」
「わかってるよ、ボチボチやってるから気にしないで」
「ボチボチって何よ、ちゃんとやんないといいところ就職できないわよ」
「うるさいな、俺だって先のこと考えてるよ」
「先のことってどうせ遊んでばかりいるんでしょ、もっとちゃんと考えなさい」
「あー、わかってる、もうかけてくんな」
プー、プー、
俺は怒りのあまり衝動で電話を切ってしまった。
「くそ、」
ベットにスマホを投げつけ、そのままデスクの椅子に座った。
「今の俺にできることを考えろ・・・・」
そのことを考えると答えは一つしかなかった。

次の日、
ピンポーン
「おはよう!」
「なんだ、今日はやけに早いな」
「早いっていつもの10時だよ」
「あれ、もうそんな時間?」
あまり寝た感じがしていなかった。昨日の夜はアレンジや編曲に集中しすぎてろくに時間も見ていなかった。
いつ寝たかも自分でもわからず、気づいたら彼女が家に来ていた。
「ちゃんと、寝ないとだめだよ、またコンビニ弁当だし」
「うるさいな、時間は有限なんだ できるだけ無駄にしたくないよ」
「そんなに焦ると、いいものも作れないよ」
「俺には時間がないんだよ」
つい声を少し荒げてしまった。寝起きで機嫌が悪かったこともあるがそれ以上に昨日の母親からの電話で言われたことに苛立っていたのかもしれない。
「ごめん、シャワー浴びてくる」
そう言って俺はイライラを抑え、風呂場に向かった。
シャワーを浴びている間、本当にこれでいいのかとすごく不安になった。今やるべきなのはこんな思い出作りなんかじゃなくてもっと大事なことがあるんじゃないかって、そんなことを考えたくないからやっているだけじゃないのかって、もうどうしていいのか俺にもわからなかった。
「ごめん、待たせたな」
風呂から上がり、それぞれがやってき他ところまでを教えあった。
「俺は昨日所々変えてみた、やっぱりあのままだと単調すぎるからな」
俺はパソコンで昨日編集したところを彼女に聞かせた。
「どうだ?」
彼女は聞き終わった後こちらをみてこう言った。
「なんでこんなふうにしたの?」
「え?」
「変える必要があるのはわかるけど、これだと前の荒削りなママがよかったよ」
「いや、これの方が今の流行にあっているし」
「それって必要なの?」
「必要って、音楽にも流行ってもんがあるだろ」
俺は次第に声が荒くなっていった。
「わかるよ、流行があることはでもそれはこの曲にとって必要なことじゃない。この曲の良さはあなたが音楽に向けた情熱のはずだと私は思うけど」
「でも、あのままだったらつまらない曲になる」
「それでも、今の曲より前の方がよかったって言い切れる、これだとまるで怒りをそのままぶつけているみたい、この曲がかわいそうよ」
俺は返す言葉もなかった。確かに昨日はあの電話から感情的になってついそれを音楽に乗せてしまった。見返してやりたかった。ただ、それだけだったんだ。
「とにかく、ベースあまり変えない方がいい、大事なのはあの時の君の感情なんだから」
「わかった、ところでお前はどうなんだよ」
「私?」
「お前も少しはやってきたんだろう?」
「私はね、今日一日あなたを観察して書くことにしたの」
「え? それってどういうこと?」
「どうって、今日は一日あなたのことを観察してそれであなたがどんな人なのかを知るの」
「それってここに泊まることはないよな?」
「何言ってるの、泊まるに決まってるじゃん何か問題あるの?」
彼女はまるで何にも考えてないような顔でこちらをみてくる。
「大ありだ、女子高生が大学生の男の部屋に泊まるなんて」
「心配しなくても大丈夫だよ、ちゃんと親の許可はとったから」
「そういう問題じゃ・・・」
俺は彼女の身勝手さに頭が痛くなっていた。まさかここまでするなんて、いくら俺の感情が大切だからと言ってそこまでやる必要があるのだろうか。俺には理解ができなかった。
「とりあえず、今日あなたをじっくり観察するから、質問した時にはちゃんと答えてね」
俺は了承したわけではないが彼女に押し切られる形で泊めてしまうことになった。
「で、俺はどうすればいいんだ?」
「いつも通りにしてて構わないよ」
いつも通りと言われても自分がいつも何をしているのか考えるなんてあんまりないから反応に困った。けど、今やることとしたら早く曲を完成させる、そのために自分がすることをするだけだった。
「君、いつもそうやってパソコンにがっついてるの?」
「お前がいつも通りにしろって言ったんだろ」
「確かにそうだけど、なんかもっとあると思って、」
「曲を作ってるときはいつもこんな感じだよ、あとは飯食って、風呂入って、ゲームして寝るくらいだな」
「なんかつまんない、」
「つまんなくて悪かったな」
彼女は俺のベットに寝そべり、スマホをいじり出した。こうあからさまにつまらない態度を取られると俺もなんだか腹が立ってくる。
 それから俺は曲を元の状態に戻し、この良さを壊さずに厚みのあるものにするにはどうすればいいか模索していた。何度かやってはやり直し、変えなさすぎでは足りなくてもはや迷宮入りして出口が見えなくなってしまっていた。
すると、彼女が突然開いていたスマホを閉じ、ベットから起き上がった。
「どうした?」
「歌っていい?」
「え?急にどうして」
「なんか空気が重苦しいのよ、それに一緒にやったら君のことが少しは知れると思って」
「俺も歌うの?」
「きみ、ピアノは弾けるでしょ?」
「そりゃ、弾けるけど」
「じゃあ、私はギターボーカルであなたはキーボードね」
「ちょっと待て、歌うって何を?」
彼女はギターケースからアコースティックギターを取り出し、チューニングを始めた。
「んー、なんだろう・・」
俺はデスクの上にあるキーボードのヘッドフォンジャックを外し、スピーカーにつなげた
「じゃあ、この曲はどう?」
俺はスマホで彼女に曲を聴かせた。
「さすが私のファン第1号だね、私の好みわかってる」
「別に俺はお前のファンになった覚えはない ただ、そうなのかなって思っただけだ」
「まったく素直じゃないんだから」
「それより、チューニングはできたのか?」
「もちろん、いつでもいいよ」
「じゃあ、行くぞ 3、2、1」
ギターの音とピアノ音が同時になりだし、前奏に入る一音一音が奏でる音が今の気持ちを表していく。音楽は楽しい、なにより彼女と奏でるこの時間は何より楽しかった。
彼女の歌声は改めて聞くと、やはり心が落ち着いてくる。彼女の歌声は音楽は楽しむものと心から叫んでいるようで、そして彼女自身の何か奥にある強さのようなものを感じた。この歌からは悲壮感や嫉妬などの負の感情ではなく、まるで彼女自身が音楽という世界を自由に羽ばたいているそんな感覚だった。
でも、どこか俺は彼女のこの才能に嫉妬しているのかもしれないと感じてしまう。初めて聞いた時もこんな感情だった。音楽をずっと好きでやってきたその気持ちは彼女に負けていないとおもう。曲を作っている時こんな才能や自分の音楽が否定されたみたいで嫌だった。
それに、俺は音楽というものにどこか愛情的な感情を持っていたのかもしれないそれを奪われる悲しみが今作っている曲で表現したかったのかもしれない。
「楽しい!やっぱり一人より二人の方がいいね、ギターとキーボードでさらに音楽の幅も広がるし」
「まあ、そうだな。俺も久しぶりにセッションなんてしたよ」
「でも、一緒に演奏してると、あなたのことなんとなくわかった気がする」
「俺のこと?」
「うん、君、恋愛はわからないけど、音楽に関してはメンヘラだよね」
「え?」
「なんか、演奏してて、君は音楽に対してライクよりもラブだったし、それにあの曲はもっと深い愛情だったから」
「ま、俺もそんなこと思ったけど、メンヘラまでは行かないだろ」
「例えだよ、例え」
それから俺たちはそれぞれ完成までの方向性が見えたのか、特に会話もすることなく創作活動に勤しんだ。
「よし、なんとかひと段落ついたな」
気づけば夜に22時を回っていた。集中していたからか、部屋の中は静かだった。
彼女は俺が使っていた丸テーブルを使って歌詞を描いていたがそこで顔を疼くめながら寝ていた。テーブルに無造作に置かれた大量の紙には歌詞に修正が何度もされていた。
「お前、必死だったんだな」
彼女の寝顔を見ると、可愛らしい顔で眠っている。これだけ見ると高校生なのだということがわかる。綺麗で長い髪、すらっと通った鼻筋、潤った口元、なんでこんなところで大事な春休みを過ごしているのだろうか、きっと学校ではモテモテなのだろう。
「んん?」
彼女が少し動き、唇が触れそうになった。
その時俺はしばらく彼女の寝顔を見つめていたことに気づき我に帰った。
俺はキッチンに向かい、冷蔵庫の中からペットボトルの水を取り出し一気に飲み干す、気持ちが深呼吸をするように落ち着いていった。
「ふう、一体なにをしているんだ、あいつは高校生だぞ」
気持ちを落ち着かせた俺は夕飯を買うために近くのコンビニに向かった。
この時から俺は君に音楽に対する気持ちと同じ気持ちを抱いてなのかもしれない。

次の日、
「んー」
彼女は俺のベットで目を覚まし、目をこすると自分がすっかり寝ていたkことに気づいた。
「起きたか、朝ごはんならそこに置いてあるぞ」
「ね、寝顔みた?」
「それは、見るだろ、ベットに運んだんだし だいぶ口が開いてたけど」
「あー、もう恥ずかしいから見ないでよ」
「別にいいだろ」
「よくない」
珍しく焦りを見せていた。いつもからかわれている俺からしたら俺は彼女のこんな表情を出せて少し嬉しかった。
「ちょっとシャワー浴びてくる」
そういうと彼女は脱衣所に向かっていった。
水が弾く音が聞こえてくる。俺はすぐそこに女の子がシャワーを浴びていると思うと悪いことをしてないのに少しきまづい気持ちになった。

「ありがとう、シャワー それに朝ごはんも」
「いいよ、別にそれより歌詞はどうだ、完成か?」
「うん、まだ曲と合わせて調整していくけど大体は完成」
彼女はドライヤーで髪を乾かすと、歌詞が書いてある紙を俺に渡してきた。
「じゃあ、早速合わせていくか」
「そうだね」
それから曲と歌詞を合わせて調整していく作業に入った。最初はどんな歌詞になると思っていたが俺の曲の意図を汲み取ってくれているいい歌詞になていった。
「ここの “夢を見るように僕は君を愛していた”ってちょっと恥ずかしくない?」
「このくらいがいいのよ」
「まあ、正直な気持ちではあるけどね」
曲は調整を終え、いつも使っている音楽プログラムに歌わせた。
「これでも、いい曲だけどなんか足りないのよね、曲の顔が見えないかんじがするの」
「曲の顔ね」
すると、彼女が突然この曲を歌い出した。彼女が書いた歌詞ということもあるが彼女が歌うとこの曲はより感情が乗って、まさしく曲の顔が見えていた。その時俺は気づいた。
「これは、君が歌うことで完成するんだよ」
「え、私?」
「そう、さっき曲の顔が見えなかったのは君の気持ちをこの曲に乗せきれていなかったからだと思う。決して歌詞が悪いなんてことはない、君が歌うことでこの曲の奥にある表情が浮かび上がってくるんだ」
「じゃあ、この曲は」
「そう、改めてお願いするけど、この曲は君が歌って欲しい。君ならこの曲を満足できるものにきっとできるから」
「え、でもいいの私で」
彼女は少し自信がなさそうだった。
「君だから、いいんだ、例えこの歌詞を別の人が描いていたとしても俺は君にお願いするそれくらい歌って欲しいんだ」
俺は自分で言っておきながらまるで告白みたいで少し恥ずかしくなった。彼女も少し顔を赤くしていたがその後、俺の目をみてうなずいてくれた。
「じゃあ、早速来週くらいにレコーディングをしよう」
「レコーディングってまさかここでやるの?」
「な訳ないだろ、俺は一応音大の学生だから学校の施設を使ってやるよ」
「さっすが!」
彼女は俺の背中を勢いよく叩いた。少し強過ぎはしないだろうか
プルル、一本の電話が鳴った 俺のスマホだった。
「でなくていいの?」
「いいんだ、また後でかけ直すし」
画面を見なくてもわかる、母からだ。内容も当然この前と同じことだ。今、ちょうどいい時だから水を差すような真似はしないで欲しいものだ。
電話が鳴り止むと彼女は我に帰ったように自分のスマホで時間を確認した。
「やばい、私帰らないと」
「どうしたなんか用事?」
「まあね」
彼女は濁したが、特に気にもしなかったのでそのまま流した。彼女は慌ててギターケースと持ってきていたバックを担ぎ上げると玄関を飛び出した。
「あ、レコーディングの日決まったら教えてね。めっちゃ練習するから」
彼女が部屋を出ていくと部屋の中はやけに静かだった。彼女といた時間があっという間に過ぎていることを感じさせ、同時に彼女を求める俺の心も大きくなった。


あれから1週間後、彼女と俺の通っている音大にレコーディングをしに来ていた。
「大学って思っているよりも広いのね」
「なんだ、初めてきたのか?」
「そうだね、まだオープンキャンパスとかいったことないし」
「お前もそろそろ3年生になるんだから考えた方がいいんじゃないか」
すると彼女は考え込んだような表情を浮かべていたが正直そんなことどうでもいいような気持ちをしているようにも見えた。
「ね、レコーディング室ってどこ?」
音楽のことに関しては相変わらず興味津々だった。
「この校舎の3階にあるよ、一階は主に講義をするところとオーケストラが練習しているサブホール、2階はバンドとか、その他の人たちが使っている実習室があって、3階は楽器倉庫とレコーディングブースだな。」
彼女はその話を聞いて目を光らせていた。
「じゃあ、早くいこう!」
彼女は一刻も早くレコーディングをしたかったのか、3階まで続く長い階段を一気に駆け上がっていった。
全く、若いっていいなと20代前半の世間ではまだまだ若い大学生が高校生を見て感じた。
「ここ?」
「そうだな」
彼女は勢いよくドアを開け中に入っていく。
「すっごい、私初めて生のブースみた」
「今までレコーディングとかしたことなかったのか?」
「歌うのが好きだっただけだから、レコーディングしようなんて考えてなかった、でも一回だけクローゼットの中で録ったことはあるよ」
「いや、クローゼットってすごいなお前」
彼女は初めてと言っていたが、実は俺も個人的に使うのは初めてだった。ガラス越しに見えるレコーディングをするスペースは白い壁で覆われ、中央に間スタンドマイクが一本、そして横にヘッドフォンがかけられていた。機材も言わずもながら充実している。さながらプロのミュージシャンが使っていそうな空間だった。
「ね、早く始めよう。」
あんなに俺のことをからかっていた彼女もここのくると本当にお菓子をねだる子供のようだった。
「待って、準備があるから、」
「じゃあ、私はギターのチューニングしておくね」
「あ、そのことなんだけど、」
俺は準備をしている手を置き彼女の方を向いた。
「今回の曲はギターなしで行こうと思うんだ」
「え、譜面まで作ったのに?」
「申し訳ない、でもどうしても今回は歌だけでいきたいんだ」
この時の俺はえらく真剣な表情で伝えていた。彼女もそれに応えるように俺の目をじっと見ていた。
「わかった、そんなに言うなら君の言う通りにしてみるよ」
彼女は素直に受け入れ得てくれた。彼女自身は本意ではないだろうがここは自分の音楽をどうしても貫きたかった。彼女の歌に込められているエネルギーはどれほどすごいものか、誰か聴かせる予定はないが俺自身が聴いててみたかった。
「私はいつでもできるよー」
レコーディングブースに入った彼女はさながらプロのミュージシャンのように耳にヘッドフォンをつけ、マイクの前に立っていた。今日着ている白いワンピースと彼女の目がマッチして少し宗教じみた神秘的な雰囲気を漂わせている。彼女の口調はリラックスしているような口調で話していたが、少し手が震えていた。ガラス越しであるがこちらにもしっかりと緊張感が伝わってくる。
俺は彼女のヘッドフォンにつながっている通話用のボリュームを上げた。
「おい、大丈夫か?」
彼女は急に耳元で流れてきた俺の声にびっくりしていた。
「びっくりした、話すなら教えてよ」
いや、お前がこっち向いてないのにどうやって教えるんだよ。大体わかるだろ声かけるって
「そんなことより、だいぶ緊張しているな」
「君にはそう見える?」
「あー、だいぶな」
「ハハハ、君にそんなことを言われるなんてね」
「笑える余裕があるなら大丈夫そうだな」
「ねえ、私はこの緊張感を楽しんでいるんだよ、それにこの曲に必要なスパイスだからね」
少し落ち着いたようだ、これだけのことが言えるのだから心配はないだろう。
「じゃあ、始めるぞ、二回目なんてないからな一発で頼む」
「なんで余計にプレッシャーをかけるのさ」
「お前ならできると思って」
「じゃあ、そこでとくと聴いているがいいよ」
彼女は手を組んで頭上に高くあげ背伸びをした。その後大きく体に空気を取り込み、長く、空気を吐いた。その瞬間、彼女のオーラが変わった。路上ライブで聴いた時には感じなかった。まるで役者が役になりきっている感じだった。
「お願いします」
俺は手元にある曲の再生ボタンとRECのボタンを押した。
曲のイントロが流れ出す。曲のテーマである「孤独と愛」の孤独の部分の部分を表現した箇所だ。悲しいピアノの音が静かに流れていく。
この曲には物語がある。社会で孤独を感じ、将来に希望を持つことができないない少年が、唯一希望が持つことができた彼女へ向けた恋だった。少年は夜中に車を走らせ、彼女とこの世界から逃げるためにさらいにいく、この気持ちとともに。そして彼女もまた不思議な人だった。どんなに愛しても、どんなに君のことを考えても彼女の本当の気持ちを知ることができなかった。そんなもどかしくも愛だけを貫く男の子の悲しい物語。
最初のフレーズ 「この世界から、君を連れ出そう。」
彼女の声と共にこの曲に命が吹き込まれていく。彼女はさながら物語の主人公のように悲しい声でうたう。俺は一つの舞台を見せされているかのように引き込まれていた。彼女の曲への
のめり込み具合は尋常ではなかった。曲が進むごとにその深みはより深いところまで潜っていく。この曲の主人公がさながら彼女だったかのように、聴いている俺自身がこの曲の主人公は彼女だったんだと思えるそんな歌声だった。
曲は中盤へ、社会への不満が溜まった主人公が彼女に打ち明ける。そして彼女は何も答えずそっと主人公を抱きしめた。その時主人公が感じた安心感、そして彼女しかいない彼女を自分のものにしたいという独占欲、主人公の毒々しい気持ちが続くフレーズをしっかり彼女は歌い上げた。
曲は終盤へ、彼女とのドライブ海岸沿いを窓を全開にして風に当たって走っていく、彼女は手を窓に出して楽しそうな表情を浮かべていた。そんな彼女を見て主人公はこのままでどこか遠いところに行かないかと誘うが彼女はこっち見て「それはまた今度」とあしらわれてしまう。まだ彼女の気持ちを全て知ることができないが主人公には彼女しかいない、そう思いまた車を走らせる。
今思うとこの曲の物語はこの曲を作っていた時の俺と音楽の関係でもあるが、俺と彼女の関係だったのかもしれないと感じた。彼女がいなければ俺は今頃音楽なんてすっかりやめていたはずだ。俺の中でもう彼女はなくてはならない存在なのかもしれないそう思った。

そして、彼女は歌い切った。俺は異世界から現実世界に呼び戻されたかのように我に帰る。彼女の歌は俺が求めているものよりも遥かに上のクオリティで俺一人だったこの曲は絶対できなかったと思う。
歌い終わった彼女に声をかけた。
「ありがとう、これ以上ない出来だと思う 一発OKだ。」
俺はヘッドフォンをとり彼女に「お疲れ様」と声をかけようとブースの中に入ろうとした。
すると、彼女の白い透明な瞳から一滴の涙が流れていた。主人公に感情が入りすぎてしまったからなのか、一発OKだったことに嬉しいのか、はたまた納得していなかったのか、いろんな理由が考えられたがその涙は誰に流すことはできない彼女の気持ちそのものを表したそんな涙だった。彼女の今どんな気持ちで泣いているかは俺はわからなかったが、俺も伝染したように涙を流していることに気づいた。
「お疲れ様」
彼女は涙を拭きながらゆっくりと椅子に座った。
「ありがとう」
突然、彼女から言われた。感謝したいのはこっちだ。彼女がいなければこの曲は一生、命を宿すことはなかったのだから。
「いや、感謝をするのはこっちだよ」
「でも、私夢だったの、自分が納得できる歌を作ってそれを歌うこと。だから、君には本当に感謝してる。私の夢が一つ叶ったから」
「君はこれからもっとたくさんの歌を歌っていくと思うその中の一曲に携われたことを誇りに思うよ」
「そ、そうかな」
彼女は疲れた表情に笑顔を重ねたような表情でこっちを見た。
ゴホ、ゴホ、
「大丈夫?」
「だ、大丈夫、ちょっと疲れただけだから」
そういうと彼女は口を押さえながらブースを出て行った。大丈夫だろうか。きっとトイレにでも行ったのだろう。
俺は彼女がトイレに行っている間に曲のデータ処理を行った後諸々の機材の片付けをしていた。
「これはここで、これはここか」
「あれまぐれ君じゃね?」
ブースの外の廊下から嫌な名前と聞き覚えのある声が耳元に入ってきた。
「やっぱりまぐれ君だ、久しぶり!」
彼は俺と同じ作曲科に入っている学生の一人、親には有名なクラシック指揮者、母親は有名な作曲家でまさにサラブレッドと言われるような人だ。音楽の才能はまさに親譲りの天才ぶりでこれまでピアノのコンクールから数々の作曲賞を取ってきていた学校の中でも期待の星である。
そして俺のことを散々まぐれ君と罵ってきた一人だ。
「あれ、返事ないけど忘れちゃった?俺だよ、俺、同じ作曲科の・・」
「知っているよ、龍崎君 急にきてなんの用?」
「冷たいな、俺は心配してたんだよ。お前が急に学校にこなくなったからやめちまったのかなと思って」
「ま、久しぶりですけど、まだやめてはいません」
「そうか、そうか、またよろしくな、まぐれ君」
「あ、どうも」
「それでさ、就活とか始めたの?」
急に変な話をぶっ込んできたと思ったら一番聞きたくない話だった。
「いやさ、俺はこのまま作曲家かピアニストとしての道はあるけどまぐれ君はね・・・」
「作曲家の道はないと?」
「そんなことは言ってないよ、まあ、厳しいかもとは思っているよ。だから一般企業に就職することを考えるのもありかななんて思ってね」
俺は何も言い返せなかった。早くこの場を去りたいその一心だった。
「あ、そうだ俺が雇ってあげようか、俺の身の回りの世話をする世話係として」
俺はその言葉にカチンときた。いくらバカにすると言ってもこっちには我慢の限界というものがある。自然と拳に力が入った。もう、今にでもすぐこいつのことをぶん殴ってやりたいそう思ったその時だった。
パチン
いきなり彼女が割りこんできて龍崎の顔を平手打ちした。
「ちょっと、あんたなに様なの?」
「は、なんだよお前、俺らの会話の邪魔すんじゃねーよ」
「会話?私にはあんたが一方的に悪口言っていたようにしか聞こえないけどね」
「あれ、いつもの冗談だよ、本当に思っているわけねーだろ。」
「あんたとことん小さい男だね」
「は、こいつまぐれ君の何? 妹?」
「彼女は今回曲を一緒に作ったパートナー」
「へー、まだ曲なんて作ってたんだ」
「なんか、文句ある?」
彼女がいることで龍崎も少し引き腰だった。
「まあ、せいぜい頑張ってまぐれ君」
そういうと龍崎はこの場から去っていった。
彼女は竜崎の姿が見えなくなるまで彼を睨み続けていた。
「ベーだ。なんなのあいつムカつく。」
彼女がこれだけ怒った表情は初めてみた。本当に彼がムカついたのだろう。
「何でお前が怒るんだ、悪口を言われてるのは俺なのに」
「パートナーがいじめられているのに黙っていられるわけないでしょ」
その言葉が少しばかり嬉しかった。
「確かに君らしい考えだね」
俺は少し笑ってしまった。彼女にとって当たり前のことでも俺には全くできない。そんなことを考えたらこれまでの俺の悩みがバカらしくなってきた。
「なんで笑うのよ」
「いや、別に」
彼女はいつも持っているギターケースを背負い、俺は持ってきた機材を持ってブースを出た。
「帰りにアイス買ってよ」
「え?」
「いいじゃん、今日泣いてくれるくらい感動してくれたんだから」
「いや、俺は泣いてないよ」
「あ、嘘だー、ちゃんと見ていただから」
「わかったよ、」
「やったー」
俺らは家に帰る前に最寄りのコンビニに寄ることになった。

いらっしゃいませ。
威勢のいい声がコンビニ内に鳴り響く、元気な定員が働いているものだ。見たところ40歳前後のおじさんで店長でもやっている人なのだろうかやけに風格があった。
「俺、酒買ってくるから、好きなの選んどいて」
「イエッサー」
元気よく敬礼を彼女はこちらに向かってしてくる。さっきまで疲れ果てていた彼女の表情はどこに行ったのだろうか。
それにしてもいくら感情移入して歌ってとは言え彼女の消耗の仕方は尋常ではなかった。歌い終わった時の表情はまるで貧血になっているような状態に見えた。元々体力が少ないのだろうか、でも普段の生活ではあまり感じなかったけど、何か、彼女は隠してるんじゃにだろうか。
俺は缶ビールが入れられている棚から銀色のラベルの缶を取ってカゴに入れた。
それにしてもこの曲は一体今後どうなっていくのだろう。これだけいいものができたのだから彼女はきっと「みんなに聴いてほしいから路上で歌おう」なんて言い出すに違いない。でも俺にはある考えがあった。
レコーディングが終わったということもあり今日は俺の家で少しばかり宴会を開くことにした。
まあ、お酒は俺しか飲めないけど、
俺は酒のつまみに合ういかや漬物などを入れ、彼女のためにスナックやチョコなどもカゴに入れた。ある程度買うものを決めた俺は彼女がいるアイスコーナーに向かった。
どうやら彼女はまだアイスで悩んでいるようだった。
「まだ決まってないのか?」
「いやね、パノとピルムで迷っているんだよ」
「いや、どちらもチョコとバニラのアイスだろ、どっちも変わらないよ」
すると彼女は「こいつ、唐揚げにレモンかけてる派ありえないんだけど」みたいなありえないでしょ感ダダ漏れの目線でこちらを見てきた。
「君、全くわかってない、わかってなさすぎるよ。一口アイスと棒アイスでは全然違うのだよ。まず一口アイスだけどね・・・」
「ちょっと待てそれ長くなりそうだからやめて」
「えー、重要だよ」
「で、どっちにするんだ?」
彼女はこれでもかというほど険しい表情を浮かべた。俺にとってはどうでもいい選択が彼女にとっては人生が変わる並の究極の二択を迫られているのだろう。
「ねえ、君に一つ提案があるんだけど、」


ありがとうございました~またのお越しをお待ちしております。
「ありがとう!!」
「はあ、なんでこうなるんだか」
結局アイスをどちらも購入してしまった。彼女の言い分曰く、俺と彼女で一個ずつ買って半分に分け合えばいいということになった。俺はもちろんアイスはいらないと言ったが彼女は半ば強引に「食べたいよね」と俺に迫ってくるので折れてしまった。俺の押されると弱いタイプを悪用しているようしか思えない。
「やっぱり、どっちも美味しいね」
「結局、お前に2本アイス買っているだけなんだが」
「まあ、硬いことは気にしなくていいんだよ」
彼女はご機嫌になりニコニコしながらアイスを食べ俺の部屋に戻った。
俺は帰るとすぐに部屋着になると、コンビニ袋からビールを取り出し「カッチ」というこの世で3番目にくらいに好きな缶の開ける音を聞き、そのまま口へビールを流し込んだ。
「あーうまい、うますぎる」
「えー、そんなに美味しいの?」
「子供にはまだわからない味だねー」
「あ、子供扱いした、なんかムカつく」
彼女は拗ねた顔をしながらスナック菓子を食べていた。
「まあ、あと3年すれば飲めるようになるからその時になったらな」
「3年かー、」
彼女はため息をつくように言葉を発した。確かに高校生からしたら二十歳になるなんて想像もできないだろう。大人に取ってあっという間な3年でも彼女のような高校生にとっては1年、1年が大切になってくるのだから、そう易々とすぎていいものではない。
「大事にしろよ。今を」
「何、カッコつけてるの」
「いいだろ、大人からのアドバイスだよ」
「対して変わらないくせに」
しばらくたって俺はお酒も進み、時間は夜の24時を回っていた。お酒がいつもより進み俺は少し気分が高揚していた。
「この曲ほんとに最高だよな。ほんとにお前が歌ってくれて良かったよ。あれは感動した。」
すっかり酔ってしまった俺は口が回ってしまい止まらなかった。彼女にはこんな大人にはなってほしくないものだ。
「わかったから、ほら水飲んで、」
「あ、ありがとう」
水を飲んで一息つくと、彼女は俺を見つめてきた。
「なんだよ、」
「いや、君は飲むとだいぶ人が変わるなと思って」
「別にそんなことないだろ」
俺はまたビールを一口体に流した。
彼女はある程度の間を空けた後、俺に改まって聞いてきた。
「ねえ、この曲どうするつもり?」
「どうするって?」
「レーベルに送るの?」
「あー、それね それなんだけど・・・・」
俺は彼女に今回作った曲をどうするか全部話した。
「え、そんなことやってもみんな聞いてもらえる保証なんてないよ」
「でも、俺はこの曲をレコーディングした時、たくさんの人に俺はきてほしいと思った。」
「だけど、この曲は絶対レーベルに持っていけばデビューできるよ」
「レーベルでデビューしたって聞いてもらえなかったら意味がない」
「確かにそうだね」
彼女は俺の意見を最後は了承してくれた。その日はその話を終えしばらくした後に二人ともそのまま寝てしまった。


3月下旬次第に暖かさを取り戻してきたが、俺たちは相変わらず部屋にこもって音楽と向き合っていた。
「曲も完成したけど、そろそろ出していいかな?」
「なんか緊張するね、私初めてこれに投稿するよ」
俺たちは話し合った結果、曲を配信サイトで無料配信することにした。近頃のアーティストはこのように配信サイトで公開していることが多い。その中でも最近音楽界で注目を集めているのが無料配信サイト「キキM」これはいつでもどこでも配信されている曲が無料で聴けるもので3年前にサービスを開始して以来急速に利用者数が増えている。今ではここから流行曲が多く生まれるほどになった。
彼女はサイトのランキング上位のアーティスト覧を見つめていた。ランキングはまさしく世間が認めたという証明であり、実際上位の人たちは皆、今日本中から注目されるアーティストだ。
「もう出すぞ」
「ちょっと待って緊張してきた」
「ここで緊張してもしょうがないだろ」
「わかってるけどさ」
俺はパソコンの画面のアップロードボタンをクリックした。
「あ、まだいいって言ってないよ」
しばらくお待ちくださいとグルグルした表示が続いた。俺たち二人は画面にしがみついていると無事アップロードされたと表示された。これでもう俺ら世にこの曲を出したことになる。俺にとってはこれが最後の挑戦となるだろう。
「ずっと画面にしがみついてどうした?」
「だって誰も聞かなかったらどうしようと思って」
「そんな早く聞かれるわけないだろ」
「君は相変わらず冷めている人間だな」
彼女はしばらく画面を睨みつけるように見ていると再生回数のところが0から1に変わった
「変わった、変わった」
彼女は後ろを振り向くと後ろで冷めた人間が先ほどアップした曲を聞いていた。
「あ、その一回目多分俺だわ」
「なんだよ、もう」
こうしてスタートしたが、俺たちがこの曲でどれだけやれるかはまだわからない。どんな結果になっても俺はこの曲を作れたことに誇りを持っている。でも、これだけいい曲ができたんだ、どうしてもみんなに聞いてほしい、そして俺がここにいるということを少しでもこの世界に証明できたらいいと思った。

「これで、契約していたところまでは終わったけどこの後どうする?」
「どうするって?」
「まあ、この曲を完成させるまでって契約だったから」
「どうするもなにも君はどうしたいの?」
「俺?」
「君はこの曲を作っている間どうだった?」
彼女は真っ直ぐな目をして俺を見つめえてきた。
「楽しかったけど、俺にはこれ以上の続ける意味をまだ見つけられないし、この曲が完成したら終わりにしようそう思っていたから。」
「そっか、でもまた君と音楽を作ってみたいって私は思うけどな」
彼女のその言葉に俺はうまく返すことができなかった。音楽が好き、その想いは誰にも負けないと今でも思う。でもこの曲を作った時、どこか燃え尽きてしまったようなそんな感覚になってしまっていた。
「まあ、また気が向いたら連絡頂戴よ」
彼女はそういうと俺の部屋から去っていった。
その日の夜、俺はなかなか寝付けずにいた。いつもなら眠るまで一人でお酒を飲んでいたがそんな気分にもなれず、電気もつけず月明かりだけが照らす部屋に一人ベットで横になっていた。
俺は一体なにをやっているのだろうか。そんな気分に襲われる。
作曲家になる夢を諦めきれず作った曲、それが完成したら今度はもうこれ以上は作れないなど我がままもいいところだ。俺にとって夢なんてそれほど甘いものだったのかもしれない。
俺はもう寝ようと目を閉じようとしていた時だった。
プルルルル、プルルルル、
デスクの上に置いてあったスマホが突然鳴り出した。
俺は重い体を起こし、スマホをとった。画面を見ると彼女からの電話だった。あまり電話に出られる気持ちではなかったが、急用か何かだと後々困るので俺は電話に出た。
「もしもし、どうした?」
「ねえ、いまキキMのサイトみてる?」
「いや、今寝ようとしていたところだけど、どうかしたか?」
「どうしたもこうしたもないよ」
「曲がおかしくなったのか?」
「いいから、早くみて」
彼女の焦りようからも何かおかしなことが起きていると感じた俺はすぐにパソコンでサイトを開いた。確かにアップロードはしていたはずだ。その後何度か試し聞きをしたが特におかしな点は見つからなかった。数時間たってからおかしくなるなんてあり得ないだろうと考えながらも一応サイトにログインしてみてみた。
「おい、どうなっているんだよ、これ」
「ね、これすごいよね」
マイページに書かれている曲の再生回数の所がたった1日だけで300万を超えていた。急上昇ランキングでも一位まで上がり、ユーザーからはたくさんのコメントが来ていた。
「これって何かの間違いか?」
「間違いなんかじゃないよ、コメントでもたくさん曲のこと褒められてるよ」
コメントには、『曲の最初から圧倒された。』『歌に癒される』『この曲を聴いて明日も頑張れる気がする』など数々の賞賛の声が集まっていた。俺はコメントを読んでいると、なぜか目がぼやけていると思ったら、涙が目から溢れていた。
「え、なにこれ」
「君、もしかして泣いてる?」
「な、泣いてない」
俺は涙を袖で拭いながら鼻水の啜る音をたてた。
「やっぱり泣いてるじゃん」
「いや、曲を作ってこんなに褒められたことなくてさ」
俺は女子高校生に聞かれているにもかかわらず、人生で1番の嬉し泣きをした。
「ねえ、嬉しい?」
「うん」
「ここまで続けてきてよかったって思ってる?」
「うん」
「これからも音楽やりたい?」
彼女のこの質問に俺はいつも躊躇していた。これまでの俺の人生に音楽で報われたことなんてほとんどなかった。大学に入ってから現実から逃げ出してばかりだった。親や同級生には就活を勧められ、それでもやめなかった音楽、続けている中で本当に続けていいのだろうか、こんな俺がと思っていた。でも、今目の前には俺の曲を聴いて喜んでくれる人、認めてくれる人がたくさんいる。だからこの可能性を信じてみたい。俺はまだ諦めなくたっていいんだって思いたい。今なら彼女の質問にはっきりと答えることができた。
「やりたい、音楽やりたいよ」
「じゃあ、やろうよ」

俺たちはもう一度音楽を続けることになった。










4月になり俺は大学4年生、彼女は高校3年生になっていた。先月に配信した「曲名」は現在でも勢いは止まらず数を伸ばし続けていた。バズった、言えば人気が出たおきな要因としては有名アーティストの方々がSNSで俺たちの曲を紹介してくれたことが大きい、最近では巷で「この曲知ってる?」などと若者が話しているのをよく見かけるようになった。そんな急上昇中の曲を制作した俺らは春になり、俺は大学4年生、彼女は高校3年生なって新しいスタートをしていたが、前と変わらず部屋に閉じこもって楽曲制作に勤しんでいた。
「ねえ、次の曲のテーマどうしようか」
「俺はこのままバラードで次はラブソングとかの方がいいと思うけど」
「えー、次はポップな曲にしようよ。」
「今の曲のイメージを大事にしたほうが絶対いいって」
プルルルルルル、プルルルルルルル
突然、ポケットの中に入れていたスマホが鳴り出した。画面には知らない番号が表示されていた。
俺は少し不安だったが、何かあっては困ると思いとりあえず出ることにした。
「はい」
「あ、わたくしアルタミュージックワークスの副島というものなんですけど、MMさんのお電話で間違いないでしょうか?」
「はい、そうですけど」
俺たちは別にアーティスト名を決めていたわけではなかったがちょうどどちらとも名前のアルファベットの頭文字がMだったことからアカウントを作るときにこの名前にしていた。
電話の相手は女の人だった。丁寧な口ぶりで俺に話しを続けてくる。
話を聞くとこの会社は大手レーベル社でもありながらキキMの運営会社でもあった。何やら大事な話があるらしく電話をかけてきたらしい。

「あの、単刀直入に申し上げますとうちでデビューしませんか?」
「え?」
「す、すいません 急すぎましたよね」
「いや、でもデビューですか?」
話が急すぎた。いきなり電話がきたと思ったらデビューなんてしかもまだ一曲しか出してないのに話の展開が早すぎて脳が追いつかないでいた。
「電話で詳しい話ができないので、後日会社にいらしてください」
それから日程の調整をした後、失礼しますと告げられ電話を終えた。
「今の電話何? レーベルの人だよね」
俺は頭の中でまだよく整理できていなかったが彼女の方を向いてあるままを話た。
「レーベルの人から連絡が入って、うちでデビューしないかって」
「え、え、デ、デビュー!?」
そりゃ、彼女もびっくりするだろう。まだ配信してから1ヶ月もたっていない。確かに人気が出てきているからってそう簡単デビューしていいものなのだろうか。
「すごいじゃん私たち」
「そ、そうだね」
「どうしたの、うれしくないの?」
「いや、嬉しいよ。夢にも思わなかったし、なんかこうあんなにも憧れていたものがこんなにもすぐに手に入っていいものなのだろうかって」
すると彼女は俺の手を両手で握ってまっすぐに目を見てきた。
「震えてる、怖がってるの?」
「いや、別にそんなわけじゃないよ」
「今このチャンスを逃したら君はきっと後悔する。チャレンジしたとしても失敗して後悔するかもしれない。でもね、君と私ならこれからだってもっと大きくなれる」
彼女はさらに強く俺の手を握った。その手は少し冷たかったが、自然と心の不安を取り除いていった。
「そうだな、とりあえず今度話を聞きに行こう」
俺たちは、後日電話があったレーベル会社を訪れた。受付の人に教えられた階にエレベーターで向かうとエレベーターの入り口でこの前電話をかけてきたであろう、若い女の人と、少しばかり偉そうにしているチョビひげのおじさんがスーツ姿で待ち構えていたように立っていた。
「やーようこそ 待っていましたよ」
偉そうにしていたおじさんが俺たちを歓迎してくれた。想像通りの流暢なおしゃべり具合だ。しみついた笑顔を作って俺たちのことを諭吉だと思ってそうだ。
「さあ、こちらへ」
女の人に案内され小さな会議室のような部屋に案内された。
「ところで、MMっていうのはどっちの方ですかな」
「あー、二人で活動しています、俺が作曲で、彼女が歌詞と歌を担当しています」
「そうか、そうか君があの歌声の持ち主か」
やたらおじさんは彼女に興味津々だった実力も確かにあるが女子高生というだけで少し興奮しているのだろう。
「で、話ってなんですか」
「あ、すまないね」
「電話でもお話しした通りうちの会社でデビューしてはいただけないでしょうか」
坦々と隣の女の人が話を進めた。話の内容は、配信サイトでのここまでの急激な人気の伸びは初めてということでこの人気を絶やさないためにもここでうちからデビューしてほしいという話だった。
「デビューの話はわかりました。でも僕たちまだ一曲しか作ってないんですけど、その辺りは大丈夫なんでしょうか」
「それに関してなんだけどね」
おじさんが喋ろうとしたが女の人が話を続けた。
「私たちの考えでは早いうちに次の曲を出したいと考えています。そしてそれを連続的にすることで人気をさらに大きくし安定させようと考えています」
「どのくらいの頻度でやっていけばいいでしょうか?」
「制作するのは月に1曲を配信サイトであげてもらいます。」
「それを毎月ですか?」
「そうです。それを半年ほど続けてもらい十一月にはアルバムをリリースしてもらうのがこちら側の計画です。」
1曲作るのに相当苦労していた俺らが1ヶ月で1曲を半年も続けるなんて本当に可能なのだろうか。それに一曲目と同じクオリティで作れるのか。俺は不安が頭の中でよぎった。
「それと、アルバムをリリースしたらそれを記念にライブツアーができればと思っています。」
「ライブですか?」
彼女がその言葉に食いついた。
「はい、人気がこのまま継続すればライブなどでかなり大きなステージやろうと考えています。」
「やります。必ずやってみせます」
彼女は人が変わったように食い気味だった。
「ちょっと待て、勝手に決めるなよ」
「だってライブだよ、ライブができるなら私は必ずやり遂げる。」
彼女の目が少し怖かった。強い意志と同時に何か焦っているようにも感じた。
現実問題これがこなせたとして人気が継続している保証なんてどこにもない。1曲目がたまたま人気になったからって次の曲が人気になるかなんてわからない。そんな思いばかりが頭を埋め尽くしていった。
「これでも君たちのことを考慮して考えたつもりだ」
これまで待っているだけだったおじさんが話だした。
「音楽家にとってメジャーデビューというものはどんなものか君はわかっているだろうか」
「そりゃ、とても光栄なことだと思っています」
「何万人という人がこのデビューを目指してもがき苦しんでいると思う。そのチャンスを手放なんてそれは音楽で生きていこうとしている人たちに失礼だと君が一番わかっているんじゃないかな」
その言葉を聞いて、少し前の自分が思い浮かんだ。あのときの自分にこんな話がきたら喉からてが出るほど欲しがっただろう。でも今の自分はそのチャンスを手放そうとしている。あの時誓ったはずだ、音楽がしたいと自分という存在を知らしめたいとだったらこの手放すなんて選択肢はないはずだ。
「わかりました。この話お受けいたします。」
こうして俺たちは念願のデビューを果たすことになった。デビューは5月、一曲目ともに別シングル出されることになった。でも、俺はまだこれから不安を拭いきれずにいた。



「はい、今月出す曲のデモテープ」
俺たちは無事にデビューを果たし、6月リリースの楽曲制作に取り組んでいた。
「ねえ、今回の曲なんか暗くない?」
「あー、前にイメージ大事にしたいから」
「でも、5月に出したやつもバラードだったよ」
「でも、担当さんもこっちの路線にするって話は出ていたし」
担当は会議室でも話した副島さんになった。
「それはわかるけど、私はポップな音楽でいきたいの」
「俺はこっちの方がやりやすいし、お前の歌声にもあってると思うけど」
こんな感じで多少の言い合いはあるが楽曲制作順調には進んでいた。彼女自身も音楽のジャンルに偏りがあることを嫌がっていたが、歌詞も歌も一曲目と遜色ないほどのクオリティを出してくれていた。こんなふうに順調に半年を迎えるとそう思っていた。
 1ヶ月1曲のノルマが始まってから締切りを破ることは一度もなかった。アニメとのタイアップが決まってそのために楽曲を提供することもあり仕事を順調にこなしていた。そうこなしていた。

「はい、今月のデモテープ」
「うん、ありがとう」
3ヶ月がたって俺たちはあまり楽曲のことで言い争わなくなっていた。まるでお互いが与えられた仕事だけをやっているだけのようになっていた。しばらくすると彼女が俺の部屋で歌詞を書くことがなくなった。今は会社のスタジオを借りて書いているらしい。ワンルームの部屋で二人で作っているよりも俺も彼女も一人で作っている方がどこか安心感があった。

ピンポーン、
突然の訪問者だ。新聞の配達ならいつも断ってるし、最近はきてなかったから懲りたはずだけど、
「どなたですか、」
「おう、君が彼女の相棒か」
目の前にはドアの上に当たるくらいの身長と無精髭を生やし、乱れたシャツを着こなしている三〇代くらいのおじさんが立っていた。
「え、AYATOさん!?」
「あーそうだけど、ちょっとお邪魔するよ」
突然すぎるありえない訪問客に俺は空いた口塞がらなかった。
この人は現在では世間で知らない人はいない有名な音楽プロデューサーの人で俺の憧れでもあった。
「ちょっと、待ってくださいよ、どうしてAYATOさんがここに」
AYATOさんは俺の部屋に上がるなり部屋を見渡し、勝手に冷蔵庫を物色し始めた。
「レーベルに有望な新人が入ったって言うから見にきただけだよ お、ビールみっけ」
缶ビールの開けると、僕のベットに座りAYATOさんは一口飲んだ。
「で、どう調子は?」
「制作は順調ですよ。会社から出されたノルマもこなしています。」
「彼女との関係は? 曲自体のクオリティは?」
俺はその質問にただ黙ることしかできなかった。AYATOさんはまたビールを一口飲んだ。
「うまくいってないんだね、多分彼女も同じ気持ちだろう」
「俺らは俺らに与えられた仕事をただやるだけですよ」
「本当にそれでいいの? 君はなんのために音楽やってるの?」
AYATOさんは真剣な顔をしてこっちを見てきた。俺は全てを見透かされているような感覚になった。
「音楽は好きですけど、でも仕事となった以上は締切りを守んないといけないですし、新人の僕らは上にしたがってやっていくしかないんですよ。」
AYATOさんはそれを聞くと高々に笑った。まるで俺のことをバカにしているようだった。
「そうか、そうか でもね、それを理由に自分の音楽を捨てていいことにはならないな」
彼の言葉に心がドキッとなった。自分の音楽をしているつもりだったけどそうじゃなかったのだろうか。この人から見て俺の音楽は自分自身を殺しているそう見えるのだろうか。
ピンポーン。またインターホンがなった。その音に俺は呼び戻されたように我にかえった。
「AYATOさん、ここにいるんですよね、出てきてください」
玄関の方から若い男の人がAYATOさんを呼んでいた。
「おっと、見つかったか」
そう言うと彼はベットから立ち上がり、缶ビールの空き缶を机の上に置いて玄関の方に向かった。
玄関のドアを開けると若い男の人が立っていた。多分レーベルの人だろう。
「AYATOさん、やっぱりここにいた。逃げ出さないでくださいよ」
「だって、あのプロデューサーむかつくんだもん」
「それでも戻ってください。」
AYATOさんは担当であろうその人に連れられ帰ろうとしていた。
「あ、あと一つだけ助言しておくよ。僕よりも君たちの音楽を聞いている人たちの方が僕よりもずっと正直だと思うよ」
その言葉を残しAYATOさんは去っていた。聞いている人は配信サイトのユーザーだろうか。AYATOさんよりも正直とはどういう意味なのだろうか。気になった俺は久しぶりに配信サイトのマイページを開いた。公式にデビューしているからとこれといった仕様に違いはなかった。でも、
俺の目にはAYATOさんが何を伝えようとしていたことがはっきりとわかった。
「そういうことか」
自分のリリースした曲だけがランキングされていたページを見ると一曲目は変わらず首位だがそれ以降の曲の伸びが明らかに悪い。曲を出せば出すほど数字は下がっていた。最近出した曲の再生数は一曲目の時のわずか3分の1これは明らかな結果だった。しまいにはコメ欄に「一曲目ほどのインパクトがない」「テンプレ化している。」「一発屋か」とのコメントが増えていた。今までもアンチはたくさんいたがこれは認めざるをえなかった。ノルマを達成することばかりを考えていて自分たちがしたいことやりたい音楽を見ないようにしてしまっていた。俺はすぐに身支度を整え彼女のいるレーベルのスタジオに向かった。

彼女のいる部屋の扉を開けると机にかじりついて今詰めた顔をしている彼女がいた。
「ごめん、作詞の締切り今日までだよね もうちょい待ってすぐできるから」
「もういいんだそんなの」
彼女は驚いた顔でこちらを見ていた。
「もういいってどういうこと、これは今月にアップしなくちゃいけないやつだよ」
「だから今月の曲はもうアップしなくていんだ」
彼女は頭の中が混乱しているようだった。それもそうだ急に作らなくていいなんてちょっと前の俺だったら同じ反応をしていただろう。
「俺たちはもっと早くこうするべきだった。自分の納得できる形で音楽が出来なきゃ、デビューしたって意味がない」
「でも、これ出さないとライブは出来ないし」
「お前はライブをやるだけでいいのか聞いている人が満足しなきゃそれは意味があるのか?」
詰め寄る俺に彼女は少し困惑していた。
「でも、もしこの曲を出さないで満足曲ができるまで作るとするよ、でもそれでライブが出来なきゃ意味ないよ」
「お前は何をそんなに焦ってるんだ?」
彼女の白い肌が真っ赤になっていた。ここまで焦った彼女を見るのは初めてだった。
「とにかく、私はライブができるならこのままのやり方で行きたい。曲自体のクオリティに満足いってるわけじゃないけど私はどうしても早くライブがしたいの」
彼女がこれほど声を荒げて俺に話したのはなかったので驚いていたがやっと彼女の本音を久しぶりに聞けたと思い少し嬉しかった。
「じゃあ、ライブができればいいんだな」
「え?」
俺は彼女の手を引っ張り、スタジオを出た。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「何って担当のところに行くんだよ」
「え、」
俺たちはスタジオから車で15分くらいのところにある会社のオフィス向かった。
「ちょっと、何するの?」
「担当に直訴して満足の曲ができるまで待ってもらうんだ」
「そんなの承諾してくれるわけないよ」
「いってみないとわからないだろ」
そうこうしているうちに俺たちは会社に着いた。契約の時に訪れた以来だった。あの時よりも少し緊張している。エレベーターで上がるとすぐ目の前はオフィスだった。
「失礼します。」
俺は少しばかり声を張ったが緊張からか少し声が震えていた。期待されているのかそれとも注目を浴びているだけなのか周りからは何やらヒソヒソと俺らのことを話しているようだ。周りを見渡すと副島さんが気づいたのか俺らの方に近づいてきた。
「急にどうした、なんか用か?」
「はい、少しお話が」
この場で話すのもアレなので俺たちは場所を移すことにした。連れてこられたのは前と同じ小さな会議室だった。
「で、話ってなんだ」
「あの、僕らの曲のリリースについてなんですけど」
「今月の締め切り無理そうなのか?」
「いや、そうじゃなくて」
俺は勢いよく着てみたものの副島さんの異様な圧に言いたいことが言えずにいた。
「じゃあ、何なんだ」
副島さんが足と腕を組み肘のところを指で連続で叩いている。これは副島さんが苛立っている証拠だ。
「あ、あの俺はこのやり方じゃまずいと思っています。」
「このやり方?」
「今の僕らの現状を知っていますか?」
「あー、毎月のシングルリリースで毎回急上昇ランキングでは1位、一曲目は今も人気ランキングでトップだ。それがどうかしたか?」
「でも、一曲目、二曲目、三曲目とどんどん再生数は落ちていってますよね」
俺は段々と緊張がほぐれていった。
「でも決してそれが人気に影響しているわけではない、私はこのままでいいと思っているが何が問題なんだ?」
副島さんのことは信頼している。これまでだって楽曲制作に没頭できたのも副島さんのおかげである。でも、このままでは人気同行よりも、自分自身納得した曲が作れないだからどうにか説得しなければならなかった。
「このままだと、俺は成長できないと考えてます。」
机の下で握った拳に汗が滲んできた。ここまで上の人にはっきり言うことなんて今までなかったかもしれない。
「ここまで曲を作ることに専念させてもらえてとても感謝してます。でも、僕らはまだデビューする前と何も変わっていない気がするんです。」
副島さんと彼女は俺の言葉を黙って聞いていた。
「正直、この半年近く音楽を心から楽しんでいる時間はなかったです。自分自身が楽しんで作ってないで、聞いている人は楽しめないそう思いました。俺は自分が納得できる、二人で納得できる曲を作りたい。だから、次のリリースは自分の納得できる曲で勝負させてください。」
立ち上がり、机に頭がつくくらい深く頭を下げた。
「お前はどうなんだ?」
副島さんは彼女に目線を変え、尋ねた。
「私は、ライブができればそれでいいそう思っていました。でも彼に言うことを聞いた時それは違うと思いました。聞いているひとを楽しませるにはまず自分から。だから私も彼と同じ気持ちです」
彼女も一緒になって頭を下げてくれた。正直驚いた。さっきまでの反応だと反対してくると思っていたからだ。
「これに関して私は納得できない。要は満足できる曲ができないからやり方を変えたいってことだろ。」
副島さんの顔は子供叱る大人の顔をしていた。それもそうだろうこれはただのわがままでしかないのだから。
「いいか、それが通じるのはアマチェアまでだ。仕事になった以上は決められたスケジュール、決められたクオリティそれを守らなきゃいけない。」
副島さんが言うことはもっともだった。デビューした以上それは守らなきゃいけない。至極当然のことだ。
「お前らはわがまま言えるほどの大御所でもない新人だ。でもな、それがやりたいならわがままだって言ったっていいんだよ。」
「え?」
「だから、そのやり方でもいいって言ってるんだよ。」
副島さんの言葉が信じられなかった。受け入れてもらえないと思っていたし、ダメだったら諦めようとも思っていた。
「あ、ありがとうございます。」
「ああ、あとは任せときな」
副島さんは俺たち二人の頭を神がくしゃくしゃになるまで撫でた。ほんとにこの人が担当でよかったと思えた。
「話は全部聞いたよ」
その時、会議室のドアからデビューの時にいたちょび髭のおじさんが入ってきた。
「部長!」
部長!? この人が部長だったなんて、デビューで話した時は副島さんの影であまり話さなかったのにこんなにも偉い人だったとは思わなかった。
「君たちがそれでやりたいというならそれでやってみなさい。」
「ありがとうございます」
「でも、いつまでも待っているわけにもいかないんだ。僕たちも、ファンもね」
ちょび髭のおじさん、じゃなくて部長さんが言うにはある一定の期間を設けてそれまでに満足できる楽曲ができなければ、アルバムリリースもライブも見送るとのことだ。俺のわがままを通したからには当然だ。それに、彼女自身がやりたいライブを無くしては絶対ならない。それで俺たちに突きつけられた条件はこうだ。
1 3ヶ月以内に納得できる曲を1曲作ること
3 新曲をリリースしてから1ヶ月間で1曲目と遜色ないほどの再生数をとらなければいけない。
「これが守れなかった場合は?」
「これが守れなかった場合、君達との契約を切るよ」
「部長、何もそこまで」
「わがままを通すことはそれなりのリスクを背負わなくちゃいけない。わかるね?」
確かにその通りだ。確かにこの条件は厳しいものがあるが、一曲に時間が3倍にも増えた。それだけでもありがたかった。
「わかりました。」
「ちょっと、あんたたち」
俺たちは部長の条件を承諾することにした。副島さんはその条件は厳しいと部長に掛け合うと言ってくれたが、俺は元々一曲目を超えるつもりだったからとこの条件で行かせてもらった。
その1週間後、副島さんが会社のスタジオの一つを3ヶ月間俺たちの専用にしてくれた。部屋の中には、音楽を作るための機械やソフトはさることながら、さまざまな楽器が置いてあった。これは曲を作るには十分すぎるほどの空間だ。
「副島さん、ありがとうございます」
「何言ってんだ、私にはこれくらいのことしかできないからね。それにしてもほんとにあの条件でいいのか?」
「はい、僕はそれで納得していますから。それに今は逆に燃えています」
「そうか、ならもう何も言わないよ」
副島さんはそっと背中を押してくれた。この恩を絶対にあだで返してはならない。何よりも今は待ってくれる人たちのために最高の曲を作ることが最高の恩返しだと思うから。

 俺たちは早速楽曲制作に取り組んだ。今ま途中だった曲は全て廃棄してまた新たに作り直すことになった。
「で、今回はどうするの?」
「んー、そうだな。 今回はアップテンポの元気な曲にしたいと思ってる」
「え、前はイメージと違うからだめって言ってたのに」
「あの時はそっちの方がやりやすかったし、会社がそう言ってたから」
「へー、本当は君もしたかったのかな?」
彼女は僕の顔を下から覗き込んでくる。俺はからかわれることが目に見えているので絶対に彼女の方は見ないようにした。
「あははは、面白いね。やっぱり君は」
「そんなことしてないで早速始めるぞ」
俺の顔は真っ赤になっていることは自分でもわかっていたが、そこは先輩のプライドとしてなんとかごまかした。
「ねえ、」
彼女に呼ばれ俺は振り向いた。
「またよろしくね」
彼女の輝いた無色透明な白い瞳、俺はこれで彼女のことを美しいと思うのは何度目だろうか。そんなことも思いつつ、彼女の差し出した手を俺はしっかりと握った。


それからの俺たちはスタジオに毎日通うようになり学校以外はスタジオに閉じこもって音楽を作ることにした。閉じこもることに関しては前と状況は変わっていないが、前よりも二人の関係は良くなり、音楽作りは充実していた。でもそれとクオリティの良さでは話が変わってくる。
「ああー、できねー」
「そんなに焦ってもできるものもできないよ」
「そういうお前はどうなんだよ」
すると彼女は黙って自分の机に戻った。
「だって、私だってずっとバラードの歌詞ばっかり書いていたからいきなりポップな歌詞書くなんて無理だよ」
彼女は机で足をばたつかせ、全身で駄々をこねる子供のようだった。
「そんなことしていたってしょうがないだろ」
「じゃあ、なんか面白いことしてよ」
「そんな無茶振りあるかよ」
「じゃあ、アイス買ってきて」
俺は彼女に頼まれ、スタジオの一階にあるアイスの自販機のところに向かった。彼女が好きなのは決まってバニラアイスにチョコがコーティングされているチョコバニラアイスだ。俺は小銭を入れてボタンを押そうとした時だ。
「お、元気か?」
「え、AYATOさん!?」
その時俺は驚きのあまり別のアイスのボタンを押してしまった。
「あ、やってしまった・・・」
「なんだよ、アイスくらい俺が買ってやるよ」
するとAYATOさんは彼女に渡すためのチョコバニラアイスを買ってくれた。
「ありがとうございます」
「あ、ああ それより会社に直訴したんだってな」
「まあ、できすぎたことしましたかね」
「いや、若いうちはそれくらいしないと」
「AYATOさんもしてたんですか?」
「ハハハ、したことあるわけないだろ」
「それより、次の曲ポップで元気ができでる曲にしたいと思っているんですけど、なかなかうまくいかなくて」
「そうか、でそれをなんで俺に?」
AYATOさんはポケットからソフトケースのくしゃくしゃになったタバコから一本取り出し、口に咥え火をつけた。
「いや、アドバイスもらえるかなと思って」
「そんな易々と俺が人に助言なんてするかよ」
「そうですか」
タバコの煙を天井に向かった吐いたAYATOさんは僕に向かってこう言った。
「お前にとって元気が出る時、幸せを感じる時ってなんだ」
「僕にとってですか」
確かに、自分で曲をつくる上で自分がどう思っているか大切なことだ。多少の創作であれそこには自分の実体験を重ねるものだし、曲自体を作る上で物語性を大切にする俺にとっては大事なことだ。
「それをまず考えてみろ」
「あー、AYATOさんまた抜け出して」
先日、家にもAYATOさんを探しにきた担当の安田さんがやってきた。
「抜け出してないよ、ちょっと休憩に」
「そう言って大体帰ってこないじゃないですか。それにここは禁煙です」
安田さんはAYATOさんのタバコを奪い持っていた携帯灰皿に入れた。
「AYATOがすいません。」
「いえ、こんな大先輩と話せて嬉しいです」
「大先輩って俺はまだ20代だけどな」
そんな言葉を吐き捨てながら安田さんに連れられAYATOさんは自分のスタジオに戻っていった。俺もスタジオに戻ろうとそう思い拳を強く握りしめた手は溶けたアイスでいっぱいだった。
「あ、アイスどうしよう」

アイスを買い直した俺は彼女の待つスタジオに戻った。
「遅い、なにしてたの?」
「ごめん、ちょっとね。まあ、これでも食べて」
俺は彼女に買ってきたアイスを渡した。彼女は幸せそうな顔をしてそれを頬張る。
「はー、夏に食べるアイスは格別だねー」
「なあ、お前にとって元気が出る時、幸せな時っていつだ?」
「何急に?」
彼女はアイスを口に咥え、デスクチェアに体育座りをしている。
「私は、大好きな人のそばにいられたらそこがどんな場所だって楽しいし、幸せだけどな。」
彼女は笑顔でこっちを向いて話した。俺はその時自分の中で彼女の言っていることが少し理解できた気がした。
「何ニヤついてるの?」
「え?」
「もしかして、可愛い女の子とデートしている時とか思ってるんでしょ。すみませんね、こんなのと四六時中一緒で」
「そんなこと妄想してないよ・・・・・・ねえ、いまなんて言った?」
「え、可愛い女の子・・」
「その後」
「え、デート?」
デート、好きな人と一緒にいる、 幸せ、 楽しい。俺の頭の中で一気に曲の物語が出来上がっていった。
「そうだよ、デート ありがとう曲の大まかな軸ができそうだ」
「そう、よかった」
「でも、いままで描いてもらった歌詞全部ダメになるけどいいか?」
すると彼女は残ったアイスを一口で食べた。
「何、今に始まったことじゃないから大丈夫だよ。私もこれだと納得できてなかったし」
「それと、ちょっと付き合ってほしんだけど」
「え?」


「キャー」
“ご乗車ありがとうございました”
「はあー楽しかったね」
「俺はもう限界」
さっきまでスタジオで作業をしていたはずの俺たちは遊園地に来ていた。
「そういえばどうして遊園地?」
「デートと言ったら遊園地っていう安易な考えなんだけど ダメかな?」
「君ってほんと単純だね あ、次はあれに乗ろう」
「ちょっと待って俺はもう」
彼女の勢いは遊園地に来てから止まることなく午後から行ったのにも関わらずほとんどのアトラクションを乗り尽くした。
「ねえ、ちょっと大丈夫」
俺はあまりの激しすぎるアトラクションに意識を失いかけ、体の中から湧き上がってくる何かを抑えるのに精一杯だった。
「ほら、水飲んで」
日は沈み、あたりは暗くなっていた。俺たちは大体遊び終え、遊園地にあるベンチに座った。
「ありがとう、なんとか落ち着いたよ」
「まさか君が、絶叫系を苦手だなんてね」
「しょうがないだろ、ろくに乗ったことなかったんだから」
彼女のことを強引に連れてきてしまったが、意外と楽しんできてくれてよかった。
「で、私とのデートはどうだった?」
「え、デ、デート!?」
「だって君が最初に言ってたじゃん、デートといえば遊園地だからって」
「それは新曲の話で、デートしている人を観察できればよかったんだよ」
「え、じゃあ私との今日はデートではないってこと?」
彼女は下から撫でるようにこちらを見てくる。全くけしからんあざとい目だ。そんな目で向けられたらこっちも勘違いをしそうになってしまう。
「別に、デートってわけではないけど」
「あーあ、残念。私はデートだと思ってたのになー」
日が沈みきり暗闇で彼女の言葉に照れた顔が運よく隠れていたところに 目の先にあった遊園地のシンボルとも言える観覧車がライトアップされた。
「うわぁー、綺麗」
観覧車の中心から七色の色で彩られ虹のようになっていた。確かあそこから見える夜景はとびきり綺麗だとどっかのSNSで載っていた気がする。ふと、時計を気にしてみると閉園の20時が近づいていた、
「あ、最後あれ乗らない?」
「大丈夫なの?さっきまで気持ち悪くなってたけど」
「デートの最後は観覧車って決まってるだろ」
俺は重い腰を上げて観覧車に歩き出した。
「それは漫画の見過ぎだよ」
閉園時間がまじかに迫っていたが、なんとかギリギリで観覧車の乗車することができた。観覧車の中は外側のライトアップとは逆に暗く、彼女の顔が見える程度の明るさだった。
「なんか夜に観覧車に乗るとほんとにデートに行ったカップルみたいだね」
「いや、どっちかというと周りの人には兄妹に見えるだろうな」
「あーあ、全く君はデリカシーのない男で困っちゃうよ」
俺は客観的に物事を発しただけだが、彼女はどこか不機嫌そうな顔をしている。何か悪いことでも行ったのだろうか。
観覧車はゆっくりと上がっていき、徐々に街の明かりで輝いた夜景が見えてきた。
「外からのライトアップも綺麗だけど、上から見ると私たちのいるところもすっごい綺麗なんだね」
彼女は窓にへばりつくように外を眺めていた。散々俺のことを揶揄っていても中身はまだ子供なのだと改めて思う。
「ねえ、ちょっとお願い聞いてくれない?」
彼女は座り直し、俺の目をじっと見てきた。
「急に改まってどうしたんだよ」
「私に告白してみてよ」
「はあ!?」
彼女は突然頭でもおかしくなったのか理解し難いお願いをしてきた。
「どうして俺がお前に告白なんてしなきゃいけないんだよ」
「いやー、だってさ、こんな綺麗な夜景で閉園間際に二人で観覧車に乗っていいムード、さらにもうすぐ頂上とまできたら一度でいいからこんなところで告白をされて見たいわけだよ」
「でも、それで俺が告白することとにはならないだろ。それはもっと、学校の好きな男の子にしてもらうもんだろ」
「私ってさ、今までそういうこと一切ないわけよ、そしたら告白の一つや二つされたいと憧れるものでしょ」
「憧れるって言ったてな」
「お願い、曲の歌詞を書くためにも女の子の気持ちは知っておきたいから」
彼女はまるで神頼みするように俺に両手を合わせ懇願してくる。粘りに粘ったお願いをする彼女の姿に俺は彼女のお願いを承諾することにした。
「言っとくけど、俺は一度も告白したことないからな」
「え、そうなの じゃあ、私が初めてか」
「これは形だけだからノーカンだ」
「はい、はい そろそろ頂上だから早く」
こっちがお願いを聞いてやっている立場なのに何故か彼女から急かされる。でも、俺は告白の仕方がわからない。どういう言葉をいえばいいのだろうか。 シンプルに「好きです」
いや、「俺のものになれ」とか? どう考えても告白の言葉なんて思いつかなかった。
ただ言葉を言うだけなのに何故か胸の鼓動が早くなっていった。緊張でもしているのだろうか。
どうしても彼女の目を見ることができなかった。見たら何もいえなくなってしまいそうな予感がした。
観覧車の頂上は目の前にさしかかり、言葉を選んでいる暇なんてなかった。でも時間が迫ると同時に鼓動のリズムは早くなり余計に俺を焦らせる。もう今ある正直な気持ちと言葉で彼女に言うしかないと思った。その時、自然と思った気持ちを言葉にして吐き出した。

「これからもずっと俺のパートナーでいてほしい」

自分の中でも、どうしてその言葉が出たかわからなかったが、まずまずの回答だったと思う。肝心の彼女のご希望には添えたかは疑問だがとりあえず、できる限りのことはしたとおもう。
彼女からの返答が何もないので彼女の方を見ると俯いてこちらを見ていなかった。まさかこのタイミングで聞いてなかったってことはないだろう。俺は彼女の顔を覗き込もうとした。
「待って、今絶対私の顔見ないで 見たら殴るから」
「なんで、」
「なんでも」
彼女はしばらく俯いたまま動かなかった。俺の選んだことでは不十分だったのだろうか。
「あ、」
「ん?」
「あ、ありがとう」
彼女はようやく顔をあげその言葉を発した。少し薄暗くて見づらかったが。少し顔が赤くなっているように感じた。
「これからもよろしくお願いします」
彼女の表情は少し上機嫌なところからなんとかご希望には添えたらしい。
「よし、これでよかったか?」
「あれ、本気みたいだったけど?」
「なわけないだろ、ビジネスパートナーとしてだよ」
「アハハ、わかってるよ」
観覧車の長い一周を終った。俺はまだ少し、胸の高鳴りが治ってはいなかった。告白をしている男たちはいつもこんな苦しい状態でしているのか、もしこれが本当に好きな人だったら俺はきっと観覧車を無事には降りてこれなかったと思う。


それから1ヶ月後締め切りまであと1ヶ月半を切ったところでデモテープと歌詞がなんとか形となってきていた。
「なんとか形になったね?」
「まあな、でもこれからだよ」
俺らが今回テーマにしたのは大好きな人と一緒に楽しむこと。物語としては今ままで友達だった二人が初デート、お互い両思いなのに二人はまだ相手の気持ちを知らない。思い切って男の子がデートに誘って遊園地に出かけることになる。そこで繰り広げられる二人の甘酸っぱい青春を描いた曲だ。
今回のテーマは、この前彼女と行った遊園地を参考にした。デートとは何か、告白とは何か、などあらゆることを曲にこまられたと思う。
出来上がった歌詞を見ると、女子高校生ならではというか、彼女の恋愛経験の少なさがこうさせたのか、なんともメルヘンな恋愛模様が描かれているが曲にする上でここまでぶっ飛んでる方がいい。曲自体も今までと変わったアップテンポのポップな感じで苦戦はしたがなんとか気持ちが乗っていいものが作れたと思う。
「なあ、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
「今回の曲はギターを弾いてもらいたいんだけどいいかな?」
「いいけど、急にどうして今までやらなかったのに」
「なんか、そっちの方がいい気がして」
「それ理由になってないけどね」
彼女は笑ってこの曖昧な理由を流してくれた。でも正直に言うと本当の理由を言うのが恥ずかしかった。彼女と初めてあったとき彼女のギターを弾いて元気に歌っている姿をもう一度見たかったなんて。最近、彼女は言わないがデビューしてからかなり疲れているような気がする。気持ちの面か体調面なのか俺にはわからないがここでもう一度あの時の彼女を取り戻して欲しかった。この曲が無事に完成したら、温泉にでも連れていこう。きっと彼女も喜んでくれるはずだ。
「ねえ、なにぼーっとしてるの?合わせするよ」
「あ、ああ」
それから1ヶ月はずっと二人での合わせと曲の調整に時間をかけた。自分たちの作る曲の中では一番時間をかけて納得するまで仕上げた。これでダメだったら諦めるしかないそう思えるほどに。
そして、レコーディング当日、 いつも使っているスタジオで行われた。すでに他の楽器は済ませてあるので後は彼女のギターと歌だけだった。
これまでレコーディングは他のスタッフもスタジオにいたが今回は無理を言って二人だけにしてもらった。
「フー」
珍しく彼女は緊張している様子で、大きな深呼吸をしていた。彼女が今までレコーディングで緊張した様子を見せたことはなかった。今回初めてギターを使うこともあるが、人生を賭けた曲に緊張しないでいるのもおかしいのかもしれない。
「いけるか?」
「うん」
彼女はチューニングを終えたギターを持ち、スタジオに入って準備を始めた。まだ表情が硬い、いつもならスタジオに入ると一気に雰囲気が変わり、スイッチが入るのだがどうしたんだろうか。
「大丈夫か?」
「うん」
明らかに緊張している様子だ。このままでは満足な歌ができるとは思えなかった。
「おい、」
俺はつけていたヘッドフォンを外し、レコーディングブースにいる彼女のもとに駆け寄った。
「え、どうしたの?」
「どうしたもこうしたじゃないだろ、お前がそんな緊張してたらいいものも作れないだろ」
「ご、ごめんなんか今日調子悪くて」
「ちょっと両手を合わせて出してみろ」
彼女は祈るように手の平を合わせて俺の前に差し出した。
パチン、
俺は彼女の両手を自分の両手で思いっきり叩き、そして強く握った。
「今考えていることを全部捨てろ、そして想像しろお前が誰といる時何をしている時が一番楽しいか。それをしているときの感情を今ぶつければいい。」
俺は彼女の目をじっと見つめた。そして彼女も俺の目を見つめさっきよりも表情がやわらぎスイッチが入り直ったようだ。
「ありがとう。まさか君に助けられるとはね」
「どういたしまして」
俺は再びビースの外に戻りヘッドフォンを付け直した。再び彼女に話しかけるためにマイクの音量を上げた。
「あー、こうやって二人でやるのは一曲目以来だな」
「そうだね」
「今の自分たちの全力を尽くそう」
「うん。じゃあ、お願いします」
俺は音楽の再生のボタンと録音ボタンを押した。最初のイントロは彼女のアコースティックギターから始まる。ストロークでコードの音を鳴らしていく。
冒頭はまだ自分の気持ちを出せない二人の気持ちを歌う。途中途中に男の子の描写、女の子の描写と別れているがうまく声色を変えて歌い分けている。
中盤で男の子が初めて女の子をデートに誘う描写、恥ずかしさと思い切った男の子と勇気が歌声から感じられた。
サビに入る。男の子と女の子の初デート、来たのは遊園地。さまざまなアトラクションやキャラクター達が二人を迎える。一緒に食べたクレープやアイス、男の子がびびっていたジェットコースター 楽しい時間だった。
そして2番、あたりは暗くなり帰る時間が近づこうとしている。夢のような時間はあっという間でこの時間が終わってしまうことが寂しかった。男の子が閉園まじかに観覧車に乗ろうと言い出した。二人で乗る最後のアトラクション、お互いが好きだという気持ちを伝えきれずに終わってしまいそうになったその時だった。頂上に近づいたとき周りを見るとそこは色鮮やかに輝く街並みが広がっていった。女の子がまた男の子とこの景色を見たいと言った。男の子はこう言った。「またこの景色を見に行こう。今度は僕の彼女として」彼女はその言葉に顔を赤くしながら笑顔で「はい」と答えた。
二人の思いが通じたときの彼女の気持ちの乗せ方が良かった。二人の想いをしっかり表現してくれた。
「どうかな?」
彼女はだいぶ消耗していた。一曲目の時よりも緊張もあったからだろうかひどくやつれている表情をしていた。
「良かったよ。」
俺は彼女の歌に再び感動していた。一曲目以来だろうかこれほど彼女の歌に涙を流したのは。
彼女はブースの中においてあった椅子に座りペットボトルの水を飲んだ。
「お疲れ様、大丈夫か?」
「あったりまえよ」
表情と変わって彼女の口調は元気そうだ。彼女はポケットの中から何か錠剤のようなものを取り出して飲んだ。
「それは?」
「ただの喉薬 声は大事にしないとね それよりほんとに大丈夫だった?」
「ああ、すごい良かった、本当に二人が遊園地でデートしているみたいだったよ」
「そう 良かった」
安堵感からか彼女は椅子にぐったりとしていた。これまで徹夜も多くしてきたからその疲れもきているのだろう。
「いやー良かった、非常に良かったよ。感動した」
突然の声に振り向くと、そこには閉めていたはずのブースの入り口のドアにもたれかかっているAYATOさんがいた
「AYATOさん、どうしてここに?」
「ずっと聞いていたよ、別室で」
今回二人でやるということでレコーディングの映像は別室で関係者が見れるようになっていたそこでAYATOさんは見ていたのだろう。
「ねえ、このおじさん誰?」
彼女はポカンした顔で聞いてきた。
「え、AYATOさんだよ あのランキングトップのAYATOさん」
「え?」
彼女の表情は大真面目だった。音楽する人どころか一般人ですら名前を知らない人は少ないレベルの人を彼女は知らなかった。
「これは、これは、俺もまだまだってことだな」
AYATOさんは高らかに笑って彼女の無礼を流してくれた。
「すみません、先輩なのに存じ上げなくて」
「いいんだ、こんな歌姫に会えたこと自体僕にとってとても光栄なんだから」
そういうとAYATOさんは彼女の前に跪き手を握ると彼女の手にキスをした。
「え、えええー」
彼女は驚きのあまり握られてた手を振り解いた。
「なにしてるんですか」
「いやー、ついこんな歌姫に会えたことに興奮しちゃって、僕は作曲家をしていますAYATOです。以後お見知り置きを」
かしこまって彼女に挨拶したが、彼女の中でただのセクハラおじさんに成り下がってしまっただろう。
「歌に感動した。それは本当だ」
「あ、ありがとうございます」
ずいぶん彼女の心の距離は離れてしまっていることはさておき、AYATOさんに褒めてもらえるなんて光栄だ。
「これからも頑張って、じゃあ俺は次の仕事があるから」
そう言い残しAYATOさんは去っていった。全く嵐のような人だ。
「あのおじさん、なんなの?」
「まあ、変な人だけどすごい人だから」
「だとしても、あんなことするなんて信じられない」
彼女とAYATOさんとの間に大きな溝ができてしまったかもしれない。俺としては仲良くしてほしいものだが。
「はー疲れた。なんか食べに行こう、もちろん君の奢りだけど」
「いつもだったら怒っているところだが、今回ばかりは許してやろう」
「え、珍しい」
「たまには大人としての威厳をだな」
「君のどこが大人なの」
彼女は笑って、椅子から立ち上がるとギターケースを背負った。
「私は焼肉が食べたいなー」
彼女のこの逆らえなくなる笑顔にどう対処すればいいのかわかる人がいたら誰か教えてほしいものだ。
約束の期限まで残り1週間を残し6枚目のシングルが完成した。この後も色々チェックすることはあるが起源としてはかなりギリギリになった。これまでの楽曲を混ぜたアルバム制作もシングルが完成してから取り掛かりなんとか間に合わせた。でも、これで一件落着なわけではない。これには結果が求められている。一曲目のシングルと同等以上の評価を聴いている人たちから貰えなければ俺たちは終わってしまうんだ。
「なにそんな顔してるの?」
俺たちは作業を終えてもこのスタジオには必ず毎日行くようにしていた。
「そりゃ、不安だからだよ」
「そんな顔してたって結果は変わらないんだから」
「お前だって不安なくせに」
彼女は動揺を隠すためかその嫌味に反応をせずコップに入った水を飲んだ。
「不安があっての顔に出せないだけだよ私は」
なぜだか彼女のその言葉にすごい説得力があった。明確な理由はないがなぜか納得せざるを得ない気がした。
少しの静寂が二人に生まれ、徐々に気まずくなっていった時にようやく俺は言葉を発した。
「なあ、今度の週末温泉にでも行かないか?」
「唐突にどうしたの?」
「いや、ここのところずっとスタジオにこもりっきりだったし気晴らしにどうかなって」
「私に気を遣ってくれてるの?」
「別にそんなわけじゃないよ」
彼女はまた俺をからかうようにこちらを見てくる。
「いいよ、その代わりとびっきりいいところ予約しておいてね」
彼女は笑顔で立ち上がるとギターケースを持ってスタジオを後にした。そんな急にいいところなんて予約なんてできるわけないのに無茶振りもいいところだ。



そして・・・
「うぁわーすごい景色だよ、それに露天風呂までついてる」
すごいところを予約してしまった。副島さんにシングルを出した翌日の土日に二人で温泉に行くことを伝えると、会社の所有している施設を紹介されたが個人的に納得いかず困っていたところちょうどそこに現れたAYATOさんがいい宿があるから紹介するよと言われ任せてみると高級旅館の予約が取れてしまった。しかも同室なんて聞いてない。
「そんなところにいないで君も見てみなよすごいよ」
「あ、ああ」
彼女にいるところに足を運ぶとそこには絶景が広がっていた。山奥の温泉地に建てられたこの旅館ちょうど山から流れる川と渓谷が望める部屋を用意してくれた。周りには他の旅館はなく心置きなく温泉を楽しむことができそうだ。
「でも、ほんとに同室なのか」
「気にしたってしょうがないでしょ、この部屋しか空いてなかったんだから」
「俺、女将さんに聞いてくるわ」
「いいじゃん君の部屋で散々寝泊まりしていたんだから。それとも同じだったらなんか困ることでもあるの?」
確かに彼女は俺の部屋で散々寝泊まりをしていたがそれこれでは話が変わってくる。女子高生と同室でお泊まり旅行なんてスクープにでもなったら俺は社会のゴミと化してしまう。
俺は不安で温泉どころではなかった。
「今夜、私が襲ってあげようか?」
「な、」
彼女が不安な俺に追い討ちをかけるように耳元で囁いてきた。
「やめろよ、そういうこと言うなよ」
「ごめん、ごめんあまりにも君が気にしてそうだったから」
こんなで俺は果たして正気を保ったまま旅行を終えることができるのだろうか。
「そういえばほんとに結果は温泉が終わってからでいいの?」
彼女は今回のシングルの結果について聞いてきた。副島さんと相談し今回のシングルの結果はこの温泉旅行が終わってからするように話した。どんな結果であれこの旅行には持ち込むのは彼女と俺自身の休養につながらないと考えたからだ。
「ああ、今はこの旅行を楽しもう」
「そうだね、じゃあ、早速露天風呂風呂に入ろっと」
「俺は大浴場の方に行ってくるよ」
「ねえ、よかったら 私と・・・」
「それ以上は言うな」
俺は彼女が何を言おうとしているかを察知しそれを言わせないようにした。
「はいはい、ほんと君って面白いね」
俺は部屋を後にし、旅館にある大浴場に向かった。女将さんにも言われたがこの旅館は部屋数も少ないことや各お部屋に露天風呂があることから大浴場はほとんど他のお客さんとはすれ違わないらしい。俺はお風呂の脱衣所のつくと言われた通り人と誰も会わなかった。。やっぱり他の人は部屋の風呂を使うのだろうか。俺は服を脱ぎ、タオルを持って風呂に向かった。
「やっぱり人はいないみたいだな」
大浴場で一人大きな湯船に浸かって楽しむこれほど最高なことがあるだろうか。部屋の露天にも入りたかったがこれもまた素晴らしいものだ。
「ああーこのまま眠ってしまいたいよ」
それにしても今回のシングルはどうなっているのだろうか。昨日二人で配信サイトにアップしてから一度も見ていない。もちろんSNSも見ていない。今頃どうなっているのだろうか。
旅行では気にしないようにしようとしていても気にしてしまうものだ。彼女も同じ気持ちだろう。もし、これで結果が悪かったら俺はどうするのだろうか。音楽をやめるのだろうか。元々やめるかも続けるかも中途半端なことをしていた俺にとってはいい機会なのかもしれない。でも彼女は夢にみたスタジアムライブをするためにこれまで歌ってきた。それに彼女自身もすごい才能を持っている。それはAYATOさんも認めてくれている。この先二人の活動が終わったとしてももし可能であれば
「彼女だけでも残してやりたいってか」
「え?」
 俺は隣の人を見た時に目を疑った。そこには東京にいるはずのAYATOさんがそこにいた。
「AYATOさん、どうしてここに?」
「ちょっとした休暇だよ。俺も体を休めないと」
「そんなこと言ってまた抜け出してきたんですよね。また安田さんに怒られますよ」
「いい宿紹介してやったんだから教えるなよ」
「うあ、汚い大人」
「汚い大人で結構。それで今回の結果が不安でネガティブになっているのか?」
「わかりますか?」
「顔に書いてあるよ」
自分ではあまり出していないつもりだったがそんなにわかりやすいのだろうか。彼女にも余計な心配をさせてしまってるのではないかと考えてしまう。
「気持ちは分からなくはないが心配をしても結果はわからないからな」
「それはそうですけど、やはり気になります」
「そんな時は風呂に入って酒を飲んで、寝るに限る」
至極当然のことをいうがAYATOさんの発言は確かに的を得ている。
「悪いが俺はお前が残ろうが消えようが構わない。でも、彼女には音楽の神様って奴がついているそんな彼女には簡単に消えて欲しくはないのが俺の正直な考えだ」
「それはわかっています、だからせめて彼女だけでも」
AYATOさんは湯船から上がるとタオルを肩にかけ脱衣所の方に向かっていった。
「あ、さらに追い討ちをかけるようで悪いがお前らと同じ日に俺も新曲を出させてもらった」
「え、AYATOさんの新曲ですか」
「ああ、まあそのほうが面白いと思ってな」
「それはいくらなんでも、」
「だったら勝てばいい話だよ。これで勝てば少なくても会社の奴らは何も言わないはずだ」
「それはそうかもですけど、」
「じゃあ、結果を祈ることだ」
AYATOさんはそのまま風呂場を出て行った。この状況は非常にまずいかもしれない。AYATOさんの新曲は個人的には楽しみではあるがそれが競争相手となると話が変わってくる一曲目を出した時はAYATOさんの曲とは時期がずれていたが、今回一緒に出されるとなると一曲目に並ぶのはかなり難しくなる。俺の中で余計に不安が溢れていった。
 俺はそれからずっと考えていると時間が30分を経過しさすがにのぼせると思ったので風呂を出ることにした。浴衣に着替え部屋に戻ろうと風呂場ののれんをくぐると待合スペースのところで浴衣姿の彼女がいた。
「もう、遅いー」
「ごめん、久しぶりだからちょっと長風呂をね」
「それで私を待たせるなんて」
「悪かったよ」
彼女はいつも見せる笑顔で俺を待っていた。表情から察するにAYATOさんと会ってはいないらしい。AYATOさんの新曲と同じ日に出したことも彼女には黙っておこう。
「それでどうしてここにいるんだ?部屋の風呂に入ってたはずだけど」
「そうそう、足湯があっちにあるから一緒に行こうと思って」
俺は風呂上がりののぼせた体に外気を感じるのも悪くはないと思い彼女に連れられ足湯のある旅館の中庭の方にでた。
「ぷはあー、やっぱり風呂上がりのコーヒー牛乳はさいこうね」
彼女は足湯に浸かりながらコーヒー牛乳を一気に飲んだ。
「俺は牛乳が嫌いだからその気持ちはわからないかな」
「えー、君は人生の半分は損してるよ。この美味しさがわからないなんて」
牛乳が嫌いなだけで人生の半分は損したくはないが確かに彼女の飲みっぷりをみると飲めない自分が少し損をしている気分になる。
「こんなふうに家族と違う人と旅行行くの初めて」
「そうなのか? お前の性格なら友達といろんなところに旅行行ってそうだけどな」
「私のことなんだと思ってるの?」
「ギャル?」
「私のどこがギャルなの、納得のできる理由を求めますー」
彼女は少し怒った顔でこちらを見てきた。彼女といるとさっきまでの不安がなくなっていく。本当にすごい人だと思う。
「でも、今まで友達と旅行に行こうってならなかったのか?」
「んー、それはね 昔から少し体が弱かったの それで親が厳しくてね ここ1、2年で割と自由にさせてもらえるようになったの」
「そんなにひどかったのか?」
「昔はね、小学生の頃は入退院を繰り返しててろくに学校に行けてなかったかな。中学生になって通えるようになったけどそれでも通院ばかりで部活もできなかったし、目立った行事にもろくに参加できなかったから友達もいなかったかな」
「そうか、」
「あ、今同情して気まずくなってるでしょ。そういうのありがた迷惑だから 今はこうして自由にできて楽しいんだから」
これまでの彼女からは全くこんな過去があったなんて想像もできなかった。それに気づけなかった自分よりも気付かせない彼女自身がすごいと思ってしまった。
「その目も昔の病気が原因?」
俺はずっと気になっていた彼女のこの無色透明な目のことを聞いた。
「まあね、小学生の頃にだんだんこの目になってね でも見た目が変わっただけで特に困ったことはないかな あげるとしたらいじめられたことくらいかな」
「それはだいぶ大きいと思うんだけど」
彼女はそれを聞いて笑っていたが大学で自分の音楽を認めてもらえずかなり苦しんでいたことある俺よりも容姿でいじめられていた彼女の小学生や中学生の頃を考えると想像では計り知れない苦しみがあったに違いない。
「でもね、辛かったことばかりじゃないんだよ 病気の期間があったおかげで音楽に出会えた。歌が好きになった。そして君という最高のパートナーに出会えたわけだしね」
「何を言ってるんだよ」
「ハハハ、嬉しかった?」
「俺をからかうのはよせ」
彼女は笑った。相変わらず笑うのがほんとに似合う人だ。いつか彼女をモデルにした歌を作りたいものだとこのとき思った。
「ねえ、ちょっと聞いてほしい曲があるんだけど」
「曲?」
彼女はまだ歌詞もなく、曲としては程遠いものを鼻歌で歌った。
「それ、前も歌っていたよな。」
「そうだっけ?」
「ああ、そうだよ でもこの曲自分で作ったのか?」
「んー、小学生の頃ね、入院していた時に窓から外を眺めていたときに自然と歌っていたの」
「自然と?」
「そう、ふと頭に降りてきたみたいな感覚だった」
音楽を作っていて突然、天から舞い降りたメロディがそのまま曲になるなんてまるでフィクションのようなことを彼女は言っているが実際全く音楽に関して無知な人が口ずさむ創作した歌なんて曲にできるものではないが、どうしてだろうか。彼女の歌ったその歌は曲としてはまだまだなのにとても綺麗なメロディに感じ、何より心からそれを曲にしてみたいと思えた。
「それ、どうするんだ?」
彼女はこう言った。
「まだ、曲にはしないかな。でもいつかこの曲を君が作って、私が歌いたい」
「そうか、それは楽しみだな」
なぜかわからないが、まだ作らないその曲のフレーズを少し頭の中で考えている自分がいた。
「あ、そうだこの後さ・・・・」
ブー、ブー。
突然彼女の座るすぐ横に置いてあった彼女のスマホが鳴り出した。
「誰からだろう?」
彼女がスマホの画面に目をやるとそこには担当の副島の文字があった。
「副島さん!?」
俺たちは目を合わせるとすぐに新曲の件だとわかった。彼女には話してはいないがAYATOさんも同じ日にシングルを出している。それを伝えにきたのだろうか。だからと言って俺たちが結んだ約束がなしになるわけではない。
「そういえば、なんで私に? いつもなら君にかけるはずだけど」
「俺が連絡しないでほしいって言ったからじゃないか? それに今俺はスマホを部屋に置いてきてるし」
「あー、なるほど」
「てか、とりあえずでろよ」
彼女は副島さんからの電話に出た。
「もしもし、副島さんどうかしました?」
「あ、やっと繋がった。あいつが電話かけるなって言うけど、そうも言ってられない状況でさ、かけたら出なくて」
「あー、だってスマホ持ってないらしいんで出られないですよ」
彼女が副島さんに俺の現状を淡々と説明してくれたがそれは逆効果ではないか俺は思った。
「かけてほしくなくても、いつでも連絡が取れるようにしておけ」
「すいませんでした。」
俺は彼女の電話に向かって少しばかり張った声をだし謝った。
「そんなことよりどうしたんですか急に」
「ああ、そうだった」
そして彼女は副島さんから電話の用件を聞いた。彼女は「はい」と何回か頷く声が俺の耳に入るだけで肝心の新曲の話の方は聞こえてこなかった。
「え、ほんとですか 嘘じゃないですよね?」
彼女は副島さんから何かを聞いたのか驚いた顔で俺の方を見てきた。
「どうした?」
彼女は俺の顔を見るや今度はくしゃくしゃの顔になって泣き始めた。彼女の表情から俺は副島さんからよくない結果が来たのだと思った。それもそのはずだ。あのAYATOさんが同じ時期に出しているのだからそれは一目瞭然の結果が出ているに違いない。でも俺らが作った曲は決して悪いものではなかった。むしろ一曲目と同じくらい納得のできる曲だったと思う。正直悔しい。
「何泣いてんだよ。俺たちはやり切ったよ」
「そうだよね、やり切ったおかげだよね まぐれじゃないよね」
「そうだ、だから誇りに思って大丈夫だ・・・・・ん?」
「そうだよね、泣いていちゃみんなの前に立つなんてできないしね」
「え? みんなの前に立つ?」
「私、やっとステージに立てるんだね」
「え!? それってつまり?」
「もう何言ってるの? 私たちやり遂げたんだよ」
「それは本当か?」
俺は彼女に確かめるようにもう一度聞いた。
「うん、新曲の初動はランキングで一位! それに再生数と評価は一曲目とほぼ同じだって」
「AYATOさんの曲は?」
「あー、あのおじさんの曲? それは2位だったって」
信じられなかった俺たちの曲がAYATOさんの新曲に勝つなんて。これまでAYATOさんが出した曲で2位を取った曲はひとつもない。初動は必ず一位だった。
「信じられない。」
「私もこんなことになるなんて信じられない。ほんとに君と諦めずにやってよかったよ」
「ライブも決まったのか?」
「そう、まだ少しさきだけど、3月に決定になったよ」
「場所は?」
彼女はその質問に何やらもじもじし出した。何か変なところでやるのだろうか。名前がとても言いづらいようなライブハウスなのだろうか。何にしてもライブが決まってほんとによかった。
彼女はニコって笑って涙を流しながらこう答えた。
「場所はね、国立スタジアムになったよ」
「え、国立スタジアムってあの国スタ!?」
彼女はその問いかけに恥ずかしながらに頷いた。
「俺たち国スタでできるのか」
彼女は思ったよりも喜びを表に出さなかった。
「なんだ、国立スタジアムなのにもっとさっきのように喜ぶのかと思ったのに」
「いや、なんか実感があんまりなくてね 私が国立スタジアムでライブができるって」
「まあ、確かにあの路上ライブやっていたあの頃からまだ一年も経ってないと思うと人生何が起こるかわからないというか、不思議な感じだよな」
「あの頃の私はただ歌いたくて、自分の歌を聞いてほしくて夢中だったからさ」
「あの時はびっくりしたよ。幽霊かと思ったよ」
「なかなか、君がこっちを向かないからたくさん声かけたよね」
「あのー、イチャついているところ申し訳ないんだけど、まだ話終わってないんですよー」
スマホから副島さんの声が聞こえた。彼女とすっかり話が進んでしまい、電話のことを忘れてしまっていた。
「すいません、副島さん」
「まあ、喜ぶのもわかるがまだライブが決まっただけだ。それを成功できるかどうかはお前たち次第だ」
「はい、わかっています」
俺たちはその言葉にもう一度気を引き締めた。
「それにライブに向けてこれから色々準備があるからな、帰ってきたらまた忙しくなるぞ」
「えー、また忙しくなるのー」
彼女は足をばたつかせ少しばかり駄々をこねた。
「とりあえず、今はゆっくり休め」
「はい、ありがとうございます」
副島さんとの電話それで終わった。すっかり足湯で長居をしてしまった俺たちは夕食の時間位なっていることに気づき、部屋へと戻っていった。


「ここにいましたか、AYATOさん」
「げ、安田 お前は俺にGPSでも付けているのか?」
「まあ、そのようなものは付けていますけど」
安田が持つスマホの画面にはバッチリとここの旅館がAYATOの現在地として示されていた。
「それは毎度見つかるわけだ」
「それより、今回は手でも抜いたんですか?」
「なんのことだ?」
「惚けないでください、今回の新曲です 彼らを勝たせるためにわざと負けたんですか?」
「それだったら、元々同じタイミングなんて曲を出さなかったはずだ。それに俺はいつだって音楽に対しては大真面目だよ。それはお前が一番わかっているはずだろ」
「だから、おかしいと思っているんです あなたが負けるなんて」
安田は少し口調が強くなった。怒っているわけではないが彼なりに悔しがっているのだろう。
「まあ、俺もまだまだってことだよ、それに若い才能を詰むのは俺の性に合わなくてね」
「今度は一位取ってくださいね」
「ああ、俺を誰だと思ってる。 それよりお前も泊まっていくか? ここの飯と風呂は最高なんだ」
「遠慮しておきます。まだ仕事が残ってるんで」
どこまでもクソ真面目な男だ。まあ、そんな彼だからこそ俺の担当が務まっているのかもしれないけどな。
「それより、帰ったらちゃんと残っている仕事やってくださいね。 困ってるんですから」
「はいはい、わかりましたよー」
AYATOも安田と別れ、自分の部屋へと戻っていた。


俺と彼女はそれから部屋で夕食を食べ、新曲への不安と緊張感も無くなったからか、すっかり酒で酔ってしまってした。時間の感覚がなくなっていたのでスマホで確認すると夜の1時を回っていた。
「もうこんな時間か、そろそろ寝ないと」
「ねえ、ちょっと外見てよ」
「外?」」
彼女に連れられ窓から外を見ると、空に大きな満月が昇り、真夜中の世界を照らしていた。
「こんなにはっきり満月を見えるなんてすごいね」
「まあ、東京では月すら見ないからな」
「そうなの? 私は昔から夜が眠るのが怖くて月ばかりを見ていたよ。」
「どうして?」
「んー、なんていうか、明日もし私がこの世界から消えていたらどうしようって思ってたからかな」
その時の彼女の表情は月光に照らされているのに少し暗い顔をしていた。
「今でも怖いのか?」
「まあ、少しね」
俺は彼女のことを抱きしめた。
「え、どうしたの?」
「いや、なんとなく」
彼女のその寂しそうな、そして不安そうな表情に俺は何ができるのかのと考えた時にこの酔った頭では何も考えられなかった。彼女がどれだけ不安でどれだけ悩んでいたのか俺には想像もできないが、俺には抱きしめることくらいしかできなかった。その時俺は酔っていた勢いなのか、それともシラフだったとしてもしていたのかわからないが彼女の顔を引き寄せ、彼女の唇に口付けをした。
それからしばらく彼女を抱きしめていた気がするがその後の記憶は俺の頭の中には残ってはいなかった。
次の日、目覚めると布団の中にいた。眠い目を擦って横を見てみると彼女が同じ布団で寝ていた。俺はその時昨日から引きずっていた二日酔いが一気に覚め、顔が青ざめていくのが自分でもわかった。
俺は一体何をやらかしてしまったのだろうか、頭の中で昨日のことを思い出そうとしているが彼女を抱きしめてからの記憶が全くなかった。
「んん、んん おはよう
どうやら彼女も起きたようだ。はだけた浴衣から彼女の白色の何かが見えていたがあえて指摘しないようにしよう。
「お、おはよう 昨日は酔っていて、覚えてないんだ。俺って何もしてないよな」
「え、お、覚えてないの?」
彼女ははだけた浴衣を治しながらこっちを赤く染めた顔で見てきた。彼女の言葉にどんな意味が込められているのだろうか、まさか俺は昨日の夜何かとんでもないことをしでかしてしまったのではないだろうか。
「君、昨日はあんなに強引だったのに、覚えてないなんて最低」
俺はその言葉で全てを悟った。
「ごめん、俺本当に覚えてなくて、責任は取りますのでどうか警察だけは」
「ハハハ ごめん ごめん 嘘だよ、何かあるわけないじゃん」
彼女はキョトンとした顔でこちらを見てくる。
「え、なんだよ ビビらせるなよ」
「でも、私と何かあったら責任とってくれるんだね、それに私は君と何かあってもいいと思ってるけど」
「え?」
俺は彼女の言葉が頭の中で駆け回り、意味を理解することができなかった。
次第に自分の顔が赤くなっていくことがわかった。
「冗談だよ、冗談。 あー、お腹すいたなー朝ご飯食べに行こう」
彼女は本当に俺をからかってばかりだ。でも彼女は昨日の夜、俺がしたことをあまり気にしていないようだった。酔って記憶がないとは言っているものの昨日不意にしてしまった彼女へのキスを俺は、はっきりと覚えていた。それに昨日のことなのにまだ彼女の唇の感触が少し残っていた。



3章
十一月、温泉の時に俺たちに伝わっていた。国立スタジアムでのMMのライブが本格的に宣伝され始めた
今まで俺たちのプライベートの情報は一切公開されていないことから世間では色んな憶測が飛び交うようになった。大体は、「実は大物歌手の子供や」「大物女優だろう」というのが歌手である彼女についてだが、肝心の俺のことは「実は存在していない、」「AIが曲を作っているのではないかと」まず俺の人間としての存在自体が危うしされていた。確かに、二人で活動していることを公表したのはつい最近のことであるから、このような憶測が飛び交っていても仕方がないのかもしれないがせめて人間ではいさせてほしい。
 世間ではライブの決定とまだ不明な本人たちに注目が集まり会社にはあらゆるテレビの出演オファーが殺到していた。俺自身あまりメディアに取り上げられるのが苦手なこともあったが、彼女のプライベートに支障が出るかもしれないということもあり、全ての出演と取材を断ることにしていたが、ファンにも少しばかりは本人たちを知ってもらったほうがいいとの会社の上からの方針から一つだけライブまでの間、密着取材を受けることになった。
「本日から取材をさせていただく、富士川出版社の二宮です。よろしくお願いいたします」
元気よく、スーツ姿で名刺を渡してきたのはいかにも新人そうなメガネをかけていかにも文学部卒の文学少女のような女性の記者だった。名刺をもらったが全く聞いたことのない出版社だ。こんな人でちゃんとした取材はされるのだろうか。上はどうしてこの会社を選んだのだろうか。
「あのー、」
名刺を見ながら会社の闇的なことを考えていた俺に二宮さんが声をかけた。
「あ、すいません、これからよろしくお願いします。」
「あ、はい もちろんです。あのそれでアーティストの方ってどちらにいらっしゃいますか?」
「はい?」
「いや、御社の方にここのスタジオに行けば会えるとお聞きしたので、 あのスタッフの方ですよね?」
やっぱりテレビでもなんでも俺だけでも出て認知されてもらった方がいいのではないだろうか。今実際こうやって俺はアーティストではなくスタッフとして見られている。ま、オーラはないことは薄々感じてはいたがアーティストかスタッフの区別くらいはできるぐらいではあると思っていたが、とんだ思い違いのようだ。
「すいません、僕が一応MMの作曲の方を担当している誠です。」
俺は二宮さんに俺たちの基本的な情報を教えた。まあ、取材をするつもりだからそれなりの質問をされるだろうが、全く何も情報がないよりもマシだろう。
「す、すいませんでした。てっきり女の人二人でやっているのかと」
「まあ、情報もないですししょうがないですよ。まだ二人でやっているくらいしか公開していませんから」
「でも、取材をする立場としてやっては行けないことをしてしまいました お詫びさせてください」
すると彼女は持っていたショルダーバックを床に置き出し、正座し頭を下げ土下座をしてきたのだ。
「ちょっと、頭をあげてください。僕は怒っていませんから。」
「おはよう、ごめんねちょっと用事があって遅れちゃった」
学校帰りで制服の姿のまま勢いよくドアを開けた彼女は目の前の状況を見たまま立ち尽くしていた。
「いや、これは違う。訳があるんだ」
すると彼女は俺の話を聞こうともせずスタジオの外に出ていき、そのまま副島さんのいる会議室に向かっていった。
「副島さーん、スタジオに彼女を連れてきただけでは飽き足らず泣かせている最低な男がいまーす」
かなりの語弊があるがあの状況を見られては何を言っても彼女は聞いてはくれないだろう。もう俺に残された手段は廊下で大声でありもしないデタラメを撒き散らしている彼女を捕まえることだった。
「おい、待て 本当に違うんだって」
会議室に向かって走っていく彼女にもう少しが手が届きそうだった。なんとしても捕まえなくてはと俺は限界まで追いかけ手を伸ばしていたが、その前に廊下の向こうから副島さんがこちらに向かってきた。
「おい、廊下で騒ぐな、学校で教わらなかったのか?」
「聞いてください、副島さん。 彼がスタジオに女を連れ込んでいかがわしいことをした挙句に泣かせたんですよ」
「おい、泣いている姿を見ただけでありもしないことを話すな」
「ほー、誠 そんなことしたのか」
副島さんはかなり怒った顔で俺の方を見てくる。この人を敵に回したら命がいくらあっても足りないだろう。
「いや、違うんですよ」
俺は彼女がスタジオに来る前にあった二宮さんのことを話し、二人にも二宮さんに挨拶してもらおうとスタジオに戻った。
「全く、お前は訳も聞かずに大声で変なことを廊下で騒ぐな」
彼女は副島さんに一発頭を殴られた。まあ、それくらいではすまないかもしれないことを彼女はしたかもしれないが、俺だって大人だ。寛大な心で許すとしよう。
「あのー、」
「あ、すいません さっき教えた歌と歌詞を担当している。舞さん で、こちらが俺らの担当の副島さん」
「舞です。 よろしくお願いします。」
「担当の副島です。今名刺を置いてきていまして申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ 二宮と申します。よろしくお願いします」
さっきまでの泣いていた二宮さんからすっかり元気で真面目な二宮さんが戻っていた。
「では、今日のところはこれで、明日からまたよろしくお願いします。」
すると、さっきまで持っていた紙袋をこちらに手渡してきた。
「あのー、つまらないものですが・・・」
中身は何やらお菓子箱のようなものが綺麗にラッピングされていた。真ん中に文字で喜助と筆で書かれたようなフォントが書かれていた。俺は知らないがどこかのお菓子だろう。
「え、喜助じゃん!」
「知っているのか?」
「知っているも何も超有名なところだよ。ここの大福がすごくうまくて朝の8時から空いているんだけどその時点でも既に行列ができて、午前中には完売しちゃうんだから」
「ご存知なんですか」
「もちろんですよ、ここの大福は何度もリピートしてます」
「私もここの大福が大好きなんです。喜んでくれて何よりです」
どうやら、運命の大福友達に出会えて話が盛り上がっていた。これからの取材、ストレスがかかってしまってはよくないと思って記者との関係性を考えていたが、どうやら彼女自身二宮さんと仲良くやっていけそうだ。
「では、これで失礼します。」
「ニノっちまた明日ね」
ニノっち!? いつの間にそんなあだ名で呼び合う仲になっていたのか。
「はい、舞さん、誠さん また明日」
彼女は深くお辞儀をした後帰っていった。
「イテッ、」
ドアに頭をぶつけた。 どうやらそっちの心配でストレスが溜まるかもしれない。


12月、気温は段々とさがり、外を歩くときはビルとビルの間を吹き抜ける風がキツくなってきていた。気温は寒くなっていくが世間はあるイベントで熱を増していた。それはクリスマスだ。クリスマスといえば家族や友人や恋人で過ごす一年の中でも数少ないビックイベントである。まあ、毎年家族でも友人でも、ましてや恋人とともに過ごさず、ただ同じ日を過ぎるクリスマスだったがどうやら今年はこの締め付けられたスタジオで彼女と、あと二宮さんと過ごすことになるかもしれない。
「あー、疲れたー」
「確かに、今日は一回も外に出ないほど作業していたからな」
「世間はクリスマスだっていうのにこんな狭っ苦しいところで過ごしていいものなのかねー」
「しょうがないだろ、ライブまでの諸々のやらなきゃいけないことがあるんだから」
「そんなこと言わずに、クリスマスくらい好きな人と一緒にいたいよね。 ねーニノっち」
11月からずっと二宮さんは俺らのいく先々で会うようになった。密着取材とは言っていたが、ここまでほとんど毎日見かける。俺はてっきり密着取材とか言いながら実際は月に二、三度程度なのかと思っていたが、本当に密着しているようだ。
「すみません、二宮さんにも作業手伝ってもらって、」
「いえ、私は大したことはしていませんよ」
自分の仕事もしながら俺たちのも手伝ってもらってるにもかかわらず、彼女の元気さにそこがないように感じる。
「ねー、ニノっちには好きな人はいないの?」
急に、デリカシーがなさすぎる質問が二宮さんに飛んできた。彼女の気を使えないところはなんとかならないのだろうか。
「私は、今まで好きな人とかいませんでしたから・・・」
二宮さんは少し申し訳なさそうに話した。全然大丈夫なのに、彼女のせいで変な空気になってしまいそうだ。
「え、一人もいなかったの?」
「ええ、あんまり興味がなかったので、三次元の男性には」
「三次元の男性?」
三次元とは平面だけでなくそこに奥行きがあることを意味する。いわゆる我々人間の世界にあるものはだいたい三次元である。
「じゃあ、どの男性に興味があるの?」
「それはもちろん、二次元に決まっているじゃないですか。二次元と言えばアニメキャラのことなんですけど、特にですね 今このバックについているストラップのこの子、この子は尊すぎるんですよ。尊すぎていつも過呼吸になりそうですが、まあ、私のことは置いておいて、この子のことを説明しますと、・・・・・・・・・」
どうやら彼女は二宮さんのとんでもないパンドラの箱を開けてしまったらしい。いつもは真面目で仕事に取り組む二宮さんだったが、重度のアニメヲタクだった。俺自身もアニメは好きで友達にも好きな人はいるが、これほどの人は初めて見た。
それから1時間近く二宮さんはバックについたストラップのキャラクターの魅力について語り続けたのだった。
 
二宮さんの話でだいぶずれてしまったが、現在の俺たちは12月に出す新曲の制作が終わり、ライブに向けてセットリストの会議や楽曲ごとの楽器のパートの制作、グッズの決定など年末まで大忙しだった。
今回の新曲は10月に出した曲で目をつけたメーカーがCM曲に俺たちを抜擢してくれてそのタイアップの曲だった。こういう時、だた自由に曲を作っていいというわけではなくメーカー側からの指定されたテイストやテーマなどそれに従事していかなくてはならない。これまで自由に曲を作ってきたが今回みたいに他の人に色々決められて作るのは新鮮で楽しかった。彼女自身も今回は「メーカーの奴隷だと」言って、歌詞を書いていた。だからと言って手を抜いたわけではない。自分たちの納得できるそして、メーカーも納得できる曲ができたと思っている。
「あーあ、私も好きな人とクリスマスデートしたい」
「舞さん、誰か好きな人いるんですか?」
「え、それは・・・・・」
彼女からの視線を感じ振り返ったが彼女は俺と目を合わせた途端、すぐにそらされてしまった。なんともおかしな態度だが、俺はたいして気にしなかった。それよりも早くこの作業を終わらさないと年末休みがなくなってしまう。
「おーい、やってるか ケーキ買ってきたから食べてくれー」
オフィスで仕事終わりの副島さんがクリスマスケーキを持ってきてくれた。作業に集中していてちょうど甘いものが欲しくなっていたところだ。
「色々あるから好きなの選んでくれ」
箱を開けるとカットされたケーキが4種類並んでいた。俺の大好きなチーズケーキも入っている。副島さんは本当にわかっている人だ。
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なくいただきます」
俺が箱に入っているチーズケーキを取ろうとしたら彼女が横からそのチーズケーキを奪って一口で食べてしまった。
「おい、なにしてんだよ 俺がチーズケーキ好きって知ってるだろ」
「私は今日はチーズケーキが食べたい気分だったの」
彼女は自分が先にチーズケーキを食べたのにもかかわらずどこか不機嫌な様子だった。
箱の中のチーズケーキは一個しか入っておらず、俺はそん隣にあったチョコケーキを食べることにした。
こんな寂しいクリスマスで終わってしまったが、俺たちのライブの成功のために遊んでいる暇なんてなかった。このライブはきっと俺たちにとってゴールではなく新たなスタートになると思う。だからこのライブだけはいいものにしたかった。


年明け、少しの正月休みをもらったのち一月からライブに向けての練習が始まった。練習と言っても毎日のようにサポートバンドの方と合わせるのではなく、週一で来てもらい、ライブが近づくにつれて頻度をあげていく方針だ。それ以外では曲の完成度を上げていくために、俺たち二人での練習が多くなった。
「ごめん。ごめん 学校でちょっとやることあってさ」
「いつも、その時は連絡しろって言っているだろ。 あと、最近練習に遅刻するの多いからな」
「ごめん、ごめん 気をつけるって」
最初の方は順調に練習をしていた二人だったが、最近になって彼女が練習に時間に遅刻するようになった。最初は大した遅刻じゃなかった。俺もそこまで時間に厳しい人じゃなかったからか、練習の内容さえ良ければそれでよかった。でもライブまで日数が少なくなっていくにつれ、彼女の遅刻する時間は増えていく一方だった。
それに彼女が少しやつれているように見える。学校との両立であまり寝れていないのだろうか。
「ごめん、ごめん 家で急な用事ができちゃってさ」
「それでも、1時間の遅刻は遅すぎないか?」
「ごめんって、今日はその分1時間長くできるから」
俺は、どうしても強く言えないでいた。このままの状態では良くないと分かっていても彼女自身の顔を見ると決してわざと遅れているようには見えず、どこか疲れているようにも見えた。


それから、練習を重ね、ライブまで残り1ヶ月半となった2月上旬。 今回はサポートバンドの方と実際に合わせをする日だった。一曲、一曲修正できるように今日は長めに練習をとってもらった。
「ボーカルの方はまだですか?」
「すいません、もうちょっとでくると思うので」
彼女はまた練習の時間に来ていなかった。今日に限ってはサポートバンドさんが来てくれる日だ。
これまで、俺との練習は遅れていたもののサポートバンドが来てくれる時はいつもギリギリには間に合っていた。けど、彼女は1時間たっても姿を現さない。
「練習どうしますか?」
サポートメンバーの一人が俺に話しかける。周りの人も俺の方を見ている。流石にこれ以上は待つことができないと感じた。
「すみません、今日はボーカルなしで始めましょう。合流したら合わせる感じでお願いします」
そうして彼女がいないまま一曲ずつの合わせの練習をした。彼女の録音してある声を一応使って練習はしたが、実際のところボーカルの本人がいなくてはタイミングが色々合わせにくいところがあった。
「す、すいません 遅れました。」
 練習が始まって、2時間、残り1時間のところになったところで彼女がやってきた。彼女は制服のままで、ギターケースを背負っていた。急いできたのか顔や首には汗が流れていた。
彼女はすぐにチューニングを終え、マイクの前にたった。彼女の前は真剣な目そのもので愚痴の一つも言えなかった。
「じゃあ、ボーカルきたので合わせでお願いします。 一曲目から」
彼女と合わせての練習が行われた。1時間だけだったが、なんとか目標としていたところまで合わせることができた。
「すいません、 ありがとうございました。」
練習後、片付けを終えサポートメンバーの人たちは帰り、二人だけがスタジオに残った。
 今回は言わなきゃいけない、そう思った。今回こそ言わないときっと悪いことになるそう思った俺が怒ろうと彼女の方を向いた。
「ごめん」
彼女は深々を俺に頭を下げていた。今までの彼女じゃ見たことない真剣な謝り方だった。
「どうしたんだよ。」
「本当に、ごめんなさい。 ほんとは早く着くはずだったんだけどね」
彼女の真剣さに怒るきもなくなっていた俺は椅子に座って一息ついた。
「で、どうして遅れたんだ? まさか今日もお母さんがとか言わないだろ?」
彼女は少し黙って俯いていた。何やら少し深刻そうな顔をしていた。
「理由は言えない。でも、必ずライブに支障が出るようなことはしないだから許してほしいの」
とても理解できるようなことではなかった。遅れたのにその理由をパートナーである俺に言えないなんて。
「なんで言えないんだ?」
俺は少し声を荒げて彼女に聞いた。
「それも言えないの、でも今は許してほしい」
俺は彼女が何を言っているのか理解するのに時間がかかった。彼女にもそれなりの理由があるのはわかるが、話せないほどとはなんなのだろうか。でも、彼女の真剣な目に俺は怒れずにいた。
「分かった。ライブに影響が出るようだったら ちゃんとわけを話してもらうからな」
「うん」

2週間が経過したある日だった。今日は彼女と二人での練習で、俺はいつもより早くスタジオについてしまった。2階にある自分たちの使うブースに向かおうとした時だった。
「え、どうしてですか?」
彼女の声が一階にあるAYATOさんのブースから聞こえた。俺は彼女とAYATOさんがいると思い挨拶をしようとブースのところに向かった。
「私がどうしてあなたと組まなきゃいけないんですか!?」
彼女の荒げた声が外まで聞こえてきた。俺はそっとブースの外から中を除いた。
「俺と組むんだ姫、もうあいつと組むのはよすんだ。あいつには音楽の才能はない」
その言葉に俺はその場に崩れ落ちた。
「あいつには才能がない、これはお前らが最初に曲を出した時から感じていたことだ」
「でも、彼の曲は世間に認められた」
「ああ、確かに今は人気がある。でもじゃあ、姫はなんで最初の曲が売れたと思う?」
AYATOさんは確信を持って彼女に聞いてきた。
「そ、それは・・・・・・・」
彼女はAYATOさんの質問に息詰まっていた。
「はっきり言う。 あれは俺が売れさせたんだ」
衝撃の言葉だった。俺たちの一曲目をAYATOさんが売れさせた? 一体どういうことなんだ。確かに有名な方々が所々で紹介してくれたと言ってくれていたけど、それでもあの再生数は異常だった。それはAYATOさんの力だったのか。
「俺が他のアーティストに声かけて告知してもらったんだ。」
今までの俺の頑張りは全部無駄だったのか。
「それから、どうして新人のお前たちのわがままを上が聞いたと思う?  俺が頼んだからだ」
目に見えていた信頼は嘘だったのか。
「どうして、10月の曲が売れたと思う? なぜ俺に勝てたと思う? 全部俺が仕組んだに決まっているだろう。 じゃないと俺の曲があいつに負けるわけない」
少しはできると思った、認めてもらえると思っていた。でもそれら全て幻想だったようだ。
俺の中で積み上げた何かが崩れていくような感じがした。
「でも、なんでそこまでしてやったと思う? 」
AYATOさんはもう一度彼女の目をはっきりと見た。
「君がこの業界で生き残っていくためだよ。」
その言葉に俺の最後の残ったものが押しつぶされ消えていった。
その瞬間、俺はその場から立ち上がって、俺は走って外に飛び出していた。
ガラン、ガラン
逃げた先にあった自販機のゴミ箱を倒してしまったがそんなの俺には関係のないことのように思えた。
入り口のところにリュックを置いてきてしまったのを思ったがそんなのお構いなしだ。今はただこの場から逃げたかった。
「ねえ、待って」
彼女の声が微かに聞こえたようだったが今彼女に会うことなんてできない。と言うより会いたくなかった。

「聞かれてたか、でもあいつにはいい機会だ。己の実力を知る上でもな」
「まさか、彼がそこにいたの気づいてた?」
「まさか、俺は本気で君をスカウトしているだけだけど」
「もういい」
彼女もブースを飛び出して行った。
「少し、言いすぎたかな・・・・・」


スタジオから飛び出した俺は気づいたら自分のアパートの部屋に戻っていた。音楽を仕事でするようになってから結構なお金が入ってきたがこの部屋を出て行こうとはしなかった。それは契約がまだ一年残っていたというのもあったが、心のどこかでまただめになった時の逃げ道を我ながら確保していたつもりなのかもしれない。
 俺はベットに飛び込んだ。走っていた時に泣いていたからか涙はもう出なかった。だいぶ落ち着いた気がするが何もやる気が起きない。しばらく天井を見つめている時間が続いた。
また俺の心に黒いモヤがかかっていく、今度も深く、そして暗く俺自身を孤立させていくように黒いモヤが覆っていった。気付くと俺の周りは黒いモヤで、他に何も見えなくなっていった。
「またこの空間か」
俺はいつになってもここから抜け出せていないように感じる。彼女と出会って少しは変わったと思っていたがそれはただの錯覚だったのかもしれない。
「もう、2度と合わないと思っていたのに」
その声に聞き覚えがあった。俺はその声の方に振り返るとあの時の夢の中の女の子だった。
「また夢か」
「夢じゃない、これは君の中だよ」
「俺の?」
「うん、君の心の中と言った方が正しいかな」
「どっちにしろ、幻想には変わりはない。 早く俺の前から消えてくれ君に話すことなんてない」
彼女はそれでも俺の前から消えようとはせず、俯いている俺をじっと見つめているようだった。
「何かあったの?」
彼女はそっと声をかけてくる。
「君には関係ない」
「AYATOさんの言葉がそんなに気になる? それとも彼女のこと?」
「だから君には関係ないって言っているだろ。もう俺は終わりなんだほっといてくれ」
俺は女の子を怒鳴ってしまった。
「まだ音楽は好き?」
彼女は前と同じことを聞いてくる。
「音楽は好きだよ。 でも好きだけじゃどうにもならないことだってあるよ」
「確かに、それだけじゃやっていけないことはあるでも君だってすごく頑張ってたよ」
「頑張ってるだけのやつなんていくらでもいるよ。特に彼女なんて・・・・」
その時俺の中で彼女のことを思い出していた。彼女と一緒にやってきたこれまでと彼女のこれからを考えた。
「やっぱり彼女のこと?」
「え、」
「だって、今彼女のこと考えていたでしょ」
「あー、うん。AYATOさんに才能がないって言われた時はすごくショックだった。すごく尊敬していた人から言われると現実を無理やり押し付けられる感じがしてね。 でもそれ以上に彼女の才能を俺自身が潰しているかもって考えると余計にショックだった」
「なんか、変わったね」
女の子はクスッと笑った。
「何が?」
「いや、前はもっと自分が認められたいって思いばっかりだったのに」
「それはたくさん、夢見させてもらったからねもう十分かな」
「じゃあ、もう彼女とはやらないの?」
「このライブが終われば、彼女との活動・・・・・というより俺との音楽は終わりかな」
「ほんとにそれでいいの?」
俺は彼女の質問に答えなかった。すると女の子は少し悲しげな表情を浮かべているようだった。
「でもそれってなんか・・・・・・・・」
彼女は途中で言うのをやめた。
「どうした?」
「ごめん、そろそろ時間だ。 君に来客が来たようだよ」
「来客?」
そうして彼女は黒いモヤと共に俺の前から消えていった。彼女が最後に言い残そうとした言葉の続きはなんなのか俺にはわからなかった。


ピンポーン
来客のベル共に俺も現実世界に戻される。しばらくの間ベットで横になり眠っていたようだ。
「はい」
「私」
彼女の声がドア越しから聞こえた。俺は咄嗟に開けようと手をかけたドアノブから手を離した。
「どうした?」
「おじさんとの話聞いていたんでしょ」
彼女は俺がいたことに気づいていたのか。でも、なら余計に好都合だ。
「聞いてたよ、盗み聞きをするつもりはなかったんだ。 でもすごいじゃないかAYATOさんにスカウトされるなんて」
俺はドア越しのまま話を進めた。
「あれは・・・・勝手に言われたことで私は了承なんてしてない」
「でも、すごいよ。 俺はAYATOさんには認めてもらえなかった。それどころか、才能がないなんて言われるんだもん」
少しずつ声が震えだす。理解がしているつもりだが改めて声に出すと悔しさが込み上げてくるものだ。
「そんなことない」
彼女は俺を怒鳴るように言った。
「君の音楽、君の作るメロディ、 全部私からしたら才能に満ち溢れてるよ。それにファンの人たちはわかってる。認めてくれてる。 君はすごいんだって」
「でも、それは君の歌があるからだよ」
その言葉を聞くと彼女はさらに声を荒げた。
「君と私二人で、MMでしょ 他の誰と組んでもここまではできなかった。」
「でも、ここまでだ。というよりここまでよくできた方だと思う。ほんとに君のおかげだよ」
「ここまでってなによ、これからだって・・・・」
「もういいんだ。君に俺はもう必要ないんだ それよりむしろいない方が君のためだよ」
「それって、なんかズルいよ・・・・・バカ」
ドア越しに彼女が走っていく足音が聞こえた。彼女の最後の言葉は少し震えているような気がした。
でも、これでいいんだ。 たとえ俺が望んでいなかったとしても彼女のためを考えれば最善の選択なのだと思う。そう最善の選択。 もうそう吹っ切れているそう心では思っているのになぜか目から落ちる涙は止まってはくれなかった。



その翌日俺は練習があるからとスタジオに向かった。練習の30分前にスタジオ入りをする。まあ、いつものことだが。それから彼女がくる前にある程度の準備を終わらしておく。彼女はいつもギリギリか遅れてくる。だからいつも俺はここまでしておく必要があった。昨日あんなことがあったがライブだけは成功させたい。彼女にとっても俺にとってもいいライブにしなければ後悔が残ってしまう。それだけはないようにしたかった。
 練習の時間になっても彼女は来なかった。それどころか1時間、2時間たってもこないまた遅刻が始まったのかと思ったりもしたが、彼女のライブに対する思いは本気だった。昨日あんなことがあったとはいえ練習に来ないなんてことはないだろう。そう思っていた時だった。
ガチャ、
「おはようございます。」
彼女がきたのだと思ってドアを見ると、そこには二宮さんがたっていた。
「二宮さんか、あー、練習後にライブに向けてのインタビューをとるんでしたよね。でもすいません、練習どころか彼女すらまだここにきてないんですよ」
「あ、そうなんですか。あのー何かありました?」
「え、」
唐突な質問に俺は少し動揺をした。
「いや、どこか元気がなさそうなので」
「まあ、少し彼女と喧嘩しまして」
「そうですか、たまにはぶつかることだってありますよね」
二宮さんは愛想笑いをしながら詳しくは聞いてこなかった。俺に気を使ってくれたのだろう。このことはライブが終わってから二宮さんにちゃんと話そうと思った。
ガチャ、
今度こそ彼女がきたのだと思い振り返ると、そこには走ってきたのか呼吸を乱し、焦った表情の副島さんがいた。
「おい、あいつが、舞が・・・・・・・・」
副島さんから聞いたのは彼女が昨日倒れて今病院に入院しているという俄には信じ難い内容だった。俺は副島さんの言ったことに頭の理解が追いつかなかった
その後、副島さんと二宮さんとともにタクシーで彼女が入院しているという病院に向かった。
どうして彼女は倒れてしまったのか、原因は自分にあるのではないかとも考えていたがそれよりもまずは彼女の体心配だった。
病院に着くと、受付の人に、彼女が入院している病室に案内してもらった。
ガラガラ、
 病室のドアを開けると酸素マスクをつけ、ベットに横になっている彼女とその横に座っている親御さんらしき人がいた。母親の方は俺を睨みつけていた。
「どうも、娘さんの担当をさせていただいている。副島です この度は誠に申し訳ございませんでした。」
副島さんが頭を深く下げた。それを見た俺は咄嗟に同じく頭を下げた。
「この度は、娘さんを預かっている身でありながら彼女の容体に気づかず、無理をさせてしまいました。全て私の責任です。」
副島さんが次々と謝罪の言葉を並べていく、俺はそれを隣で黙っていることしかできなかった。
「隣のあなたがパートナーの方?」
突然に睨みつけてきた母親が俺に質問をしてきた。
「はい、一年前から彼女と活動をしています。誠です。この度はすいませんでした」
俺は頭を下げた。すると母親は椅子から立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。
俺は顔をあげると、次の瞬間俺の頬に激しい痛みが走った。
「あなたが、この子を・・・・・・・」
母親の表情から俺に対しての恨みを感じた。確かにその通りだ、彼女に無理をさせていた張本人は俺なのだから。恨みを持たれても仕方のないことだ。
「すいませんでした」
俺はもう一度深く頭を下げて誤った。
「もう、よしないか この子の前だぞ」
父親が母親の元に歩み寄りそっと肩を抱いた。その時の母親は座り込みながら泣いていた。

それから、彼女の容態を詳しく聞くために病室を後にし、担当医に話を聞いた。
「こんにちは、彼女の関係者ですね どうぞおかけください」
神妙な面持ちの医者の前に置いてある椅子に俺たちは腰を下ろした。
「彼女の病気については何か聞いていますか?」
「いえ、全く こんなことになるのは初めてで 昔病気で入退院を繰り返したとは聞いていました。
「そうですか・・・・・」
医者はカルテらしきものを見ながら少し唇をかみ何やら言いづらそうな表情を浮かべている。
「先生、彼女は大丈夫なんですか? ただの疲労かなんかですよね」
少しの間を開けて医者はこう答えた。
「彼女の病気は生まれつきの白眼病になります」
「白眼病」
聞き慣れない病名だった。確かに彼女の目はあった時から透き通った白い目をしていた。
「白眼病とは、目に色素がなく透明な状態だったことから名付けられましたが、それが病気の大きなところではありません。これはいわゆる一種の脳の障害だと考えられます。まだはっきりとした原因はわかっていませんが彼女は昔から感性が人より異常に発達しすぎてしまい脳へのストレスが成長する体に追いつけていない状態でした。。それゆえに脳がパンクするのが先か体が耐えきれなくなるかのギリギリのところで踏ん張っている状態です。」
この病気が彼女のあれだけ感情が入った歌の凄さの原因でもあることがわかった。一人異常に敏感な感性があの歌を作り上げていたのだ。
「彼女自身、入退院を繰り返し、治療を行ってきましたが、なんとかやっていけているというのが現状です。それと・・・・・」
医者はまた口を紡いだ。
「それと・・・先生なんですか?」
「この病気は18歳以上生きた例が未だかつてありません」
医師から告げられたのは彼女の余命宣告とも言える言葉だった。18歳以上生きた例がない。それは彼女に残された命があと半年もないということになる。俺には理解し難い内容だった。
「でも、まだ可能性がないわけではありません。なるべく脳や体のストレスを減らしていくことで今後生きていく可能性を増やしていくと言うことはできます。」
その言葉は同時に彼女から歌うことを取り上げるということと同じだった。
「彼女はそれについてなんて言ってるんですか?」
「まだ、答えを迷っているようだったよ」
「そうですか」
俺たちは彼女のことを聞いた後、診察室を後にして副島さんと二宮さんは会社に戻ることになった。今後のことは私に魔任せておけ、お前は彼女のことを見守ってやれと副島さんに言われたが俺の中でそれを消化できるほどまだ大人ではなかった。



彼女に会える気にはなれず待合室で座っていた俺のところに彼女の父親がきた。
「ちょっといいかな」
「はい・・」
彼女の父親は俺の席の隣に座ってしばらく黙っていた。何か言いたげそうにしているわけでもなく彼は黙って隣で座っていた。
「あの、彼女はどうですか。」
「娘は意識は取り戻してはいるがまだベットで安静にしているよ」
「そうですか」
少しの安堵感が生まれる。
「娘が起きた時に君の名前を呼んでたんだ」
「彼女が?」
「ああ、僕の名前でも、母さんの名前でもなく君の名前をね。その時父親としては少し悔しかったよ。娘のことは誰よりも愛していた。娘が幸せになるためならなんでしようそう思っていたよ でもね、その時こうも思ったんだ。君が娘の人生を幸せにしてくれていたのだと」
「え、」
彼女の父親は僕の方を向いてこう言ってきた。
「ありがとう」
その時彼の目には娘や家族の前では流さなかった涙が目からこぼれ落ちていた。
「いやーこれは失敬、人前で泣くなんて父親失格だな」
「いや、そんなことないですよ。僕もこんなお父さんが欲しかったです」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ そうだ、娘が君に会いたがっていたよ 母さんのことはなんとかしておくから娘に会ってやってほしい」
「はい、ありがとうございます」
俺は彼女の父親に言われた通り、彼女の病室に向かった。ドアを開けると、ベットの上で体を起こし、外を眺めている彼女がそこにいた。俺は悲しい顔をしてはいけないとなるべく笑顔で彼女と話そうと顔に力を入れた。
「おう、もう起きてて大丈夫なのか」
彼女は無反応だった。
「おい、返事くらいしろよ、見舞いにきてやったんだから」
彼女の顔を見ると明らかに口に膨らませ拗ねている顔だった。
「なんで、拗ねてるんだよ」
「それは君が一番わかっているはずだけど」
それを言われて俺はこの前のことだということがわかった。自分の体が危ないっていうのにそんなことを気にしていたのかと思うとあの時の悩みが小さいように俺も思えてくる。
「あの時はつい・・・な」
「じゃあ、これからも音楽続けてくれるの?」
「それはどうとも言えないが、でも、その前にお前が元気にならないとな」
「任せなさい!必ずライブには間に合わせてみせるから」
「でも、ライブは」
俺ははっきり彼女に言うことはできなかった。現実問題ライブは会社側から中止になるだろう。それに今後活動自体できるかどうか。それにしても彼女の命が最優先だと当たり前ならそう思うだろう。でも、俺は本当にそれが正解なのか疑問に思っていた。
「わかっているよ。副島さんも多分同じことを言うと思うし、でも私どうしてもライブがしたいの。やっと掴めた夢の舞台だよ。少しでも可能性があるなら私は掴み取ってみたい。たとえ自分の命を落とすことになっても」
「そんなこと言うなよ」
「そうだよね・・・どっちもやってみせるよ。だから君もまだ諦めないで欲しいんだ」
俺はその言葉に頷いた。
「そろそろ、親御さんがきちゃうよな。俺は帰らしてもらうよ」
「うん、わかった」
俺は病室の椅子から立ち上がり帰ろうとした。
「あ、ちょっと待って」
彼女の声にドアの方を向いていた俺は振り返った。
「え、」
「お、お礼だよ 心配してくれた。」
彼女は振り向きざまに俺の頬にキスをした。その後の彼女の表情は見えなかったが俺は間違えなくひどい顔をしていたことだろう。



その翌日、会社で俺たちのライブと今後の活動について協議がされた。俺はその会議には参加することはできず、後で結果だけが伝えられた。
「まあ、予想していたかもしれないが ライブは中止にせざるを得ない、あと活動自体も3月いっぱいで無期限の活動休止 表向きには顔を明かしていないのもあるから無期限の活動休止っていうことにするが事実上は活動終了となる」
副島さんから告げられたのは俺が予想していた通りの結果だった。
「そうですか」
俺は予想通りすぎただろうかそこまでショックではなかった。
「なんだ、えらくスッキリしているけど、私自身この結果は立場上はしょうがないが個人としては納得してない」
「僕も納得はしてないですよ」
「でも、だいぶ落ち着いてるな」
「僕にも考えがありますから」
「考えってなんだよ」
「それはまあ、」
副島さんは俺の顔をじっとみてくる。お昼に食べたおにぎりのご飯粒でもついているのだろうか。
「お前、まさか直訴しにいくつもりじゃないだろうな」
「え、バレました」
「バレバレだ、お前はクールに装っていても目が違うんだよ目が」
「でも、副島さんも納得していないですよね?」
俺は開き直ったように強気に前に出た。
「お前らの気持ちを考えたら納得はできないがあいつの体を考えたら仕方ないだろ」
「でも彼女自身はまだやる気でいます。諦めていません」
「だからってできるものじゃない 色々都合というものがあるんだ」
「都合ってなんですか、会社の都合ですか それとも世間体を気にした都合ですか」
俺はさらに前に出る。
「そんな都合なんて後からどうとでもなることです。でも彼女のライブは次が最初で最後かもしれないんです。 俺は彼女の夢を叶えてやりたい。」
ここまではっきり副島さんに反抗するのは10月の曲以来だろうか
「今回は訳が違う。命の危険があるんだ」
俺はその言葉を聞いても諦めなかった。彼女はとっくに覚悟はできるのだから
「じゃあ、社長と話をさせてください」
「はあ?」
俺は副島さんに無理を言って社長と話す時間をつくてもらった。会社の社長はデビューしてから一度も会っていない。そんな人と話が通じるのか心配だったが今はそれ以外方法が見つからなかった。
 実際の社長室というものを目の前にすると緊張してしまう。重厚な扉を目の前にし、足がすくんでしまう。
「どうぞ」
社長の秘書の方が扉を開けて案内してくれた。
「失礼します。」
社長は入ったらすぐに見える大きな机に肘をつき、まるで待ち構えていたかのような様子でこちらをみてきた。
「君が、誠くんかね  活躍は知っているよ、頑張っているじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
「で、話とは何だね」
想像以上の圧に負けそうになってしまう。最初から何を言っても聞いてくれそうな表情を浮かべている。でも、ここまできたならもう下がることなんてできない。やることをやるだけだ。
「あの、僕たちのライブに関してなんですけど・・・」
「なんだ、それかそれはもう中止と決まった」
「でも、彼女は必死に頑張っています。ライブまで必ず間に合ってみせます」
「頑張っているからなんだね、命の危険がある歌手をステージに立たせると君は言うのかね」
「彼女は必ず病気の治療もライブも必ずやり遂げてみせます」
「もし、それで彼女がライブ中に倒れでもしたら、ライブ前にできないような状態でもなったらどうする? 君は責任を取れるのか?」
社長は決して間違ったことは言ってはいなかった。でも、彼女のあの時の覚悟は今後のライブをやらずに生き延びることは望んではいなかった。俺は諦めるわけにはいかなかった。
 自然と拳に力が入った。これは大人たちへの怒りなのか、それとも自分の力不足への悔しさなのか明確な感情はわからなかったが、力が入った。
「皆さんにとってはたった一回のライブを中止にするだけかもしれません。 でも、彼女にとっては、僕らにとっては命を差し出してでも掴みたい舞台なんです。決して、命を軽んじているわけではありません。でもそれよりも大事なものは少なくとも僕らにはあるんです。 彼女にとっては人生を賭けた舞台なんです。だから、どうかお願いします。彼女の、僕らのライブを無くさないでください」
俺は深く頭を下げた。彼女の思いが、俺の思いがこんな頭を下げたくらいで通るわけがないと思っていた。でも今は、頭を下げて願うしかないと思った。
「音楽の才能がなくても、音楽家としての才能はあるらしいな」
突然、隣誰かがきた。頭を下げていて、誰かは確認できなかったが声は聞き覚えがあった。俺は下げた頭をそのままに顔を覗き込むと、AYATOさんだった。
「AYATOくん、なんで君がここに全国ツアーの途中じゃないのかい?」
AYATOさんの後ろには担当の安田さんもいた。
「いやー、ちょっとこっち戻ってくる用事があるんで、ついでに社長にでも挨拶したらどうだって、安田が言うもんですから」
「いや、AYATOさんそれは違いますよ」
「それより、こいつらのライブに中止にするって聞いたんですけど本当ですか?」
俺の話をよそになぜそんな話をするのだろうか。AYATOさんには全く関係のないのに。
「ああ、そうだ。彼女自身のことを考えれば当然の判断だ」
それを聞いたAYATOさんは少しのため息を吐き、ポケットからいつも持っているタバコを取り出した。箱から一本取り出し、火をつけて、一服し出した。
「AYATOくん、ここは社長室だぞ、いくら君とはいえそれは良くないぞ」
社長の表情が次第に怒りの表情に変わっていく、
「だからなんですか、別に俺はあなたの部下でもなんでもないですよ」
「でも、所属している会社の社長の前だぞ」
「こんな、音楽家のことをこれっぽっちも知らない野郎の会社の所属するくらいなら辞めてやりますよ。こんなところ」
AYATOさんは吸っていたタバコの吸い殻を床に落とし、足で火けした。
「AYATOくん、やめるとはどういうことだね」
「そのままですよ。 音楽家の気持ちもわからないあんたの元では曲は作りたくないってこと」
「ちょっと、待ってくれ、それはいくらなんでも冗談がすぎるぞ」
「いや、冗談じゃないですよ。 こいつらのライブ中止にするなら俺はここを辞めますから」
AYATOさんが俺たちのことをこんなにも気にかけていてくれていたとは今まで気がつかなかった。
「今君にやめられたらこっちは困るんだよ」
「だったら、社長、こいつらのライブ中止にするのは待ってください」
AYATOさんも一緒になって社長に頭を下げてくれた。すると、
「私も、会議では何も言えませんでしたが、彼と同じ意見です。どうかこいつらにもう一度チャンスをあげてください」
俺の横にいた副島さんも頭を下げた。
「僕はAYATOさんと同じなので、僕からもお願いします」
安田さんまで頭を下げてくれた。
「お前たちまで、何をしているのかわかっているのか」
「お願いします」
四人ではさらに頭を下げた。社長は俺たちの訴えを聞き入れてくれて、ライブ中止は一旦保留という形になった。
「でも、一つだけ条件がある。」
「条件?」
社長、言われた条件は親の説得だった。それは考えていたことだが、やはり現実問題、父親はよりも母親の方が難しそうだ。でも、ライブ中止を止められただけでも俺にはできなかったことだ。それもこれも、AYATOさんがいてくれたおかげだった。
社長室から出て、AYATOさんはスタジオに戻ろうとしていた。
「AYATOさん、ありがとうございました。AYATOさんがいなかったら俺・・・・」
振り返ったAYATOさんは俺の元に走って顔を近づけてきた。
「いいか、俺はお前のためにやったわけじゃないからな、俺は姫のためにやっただけだ、勘違いするなよ。」
「わかっています。それに自分には才能がないことも。俺の今の夢は彼女のライブを成功させることだけですから」
「いや、それは少し違うぞ、お前には音楽家としての才能はある。これだけは覚えておけ」
それは、俺にとって何よりの褒め言葉だった。AYATOさんは俺に別れを告げ、帰ろうとしていたが、さっきのタバコの吸い殻を床に落としたことで別で社長に呼び出されたようだ。


次の日、彼女に報告をしに病院に向かった。
「え、ほんと!?」
彼女の容態はいっときよりも良くなっていた。歩くといった日常的な動きには支障はないが未だ予断を許さない状況だそうだ。
「これで、ライブができるってわけね」
「いや、そうでもないんだ」
俺は社長に言われた条件を話す。どうしても親の説得は必要だがなるべく彼女自身の負担にもなってほしくないと思った。
「そうだよね、お母さんは悪い人ではないんだけど、わたしこの病気だとわかってからちょっと過保護になりすぎることが多くて」
「でも、それは仕方のないことだから」
「わかってる。私を大事に思ってってことも。でもこのライブは絶対にやりたい」
彼女の表情が真剣になる。
「明日、君の家に行こうと思う。 親御さんとちゃんと話さないとだから」
「大丈夫、きっとちゃんと話せばわかってくれるよ」

次の日、彼女の家に向かった。彼女の言う通りちゃんと話せば説得できるかもしれない。そう思い、震える手でドア横のインターフォンを押した。
「どなたですか?」
彼女のお母さんの声だった。
「あの、私、娘さんと音楽活動をしてる誠です」
「ああ、あなたですか 話すことはないのでお帰りください」ブツ、
挨拶をしただけで切られてしまった。これは思っているよりも難航しそうだった。
俺はめげずにもう一度押してみる。
「あの、彼女とのライブの話でお話があるんです」
「だから、話すことはありません」ブツ
俺はもう一度押す。
「彼女にとって大事なことなんです。話を聞いてください」
「いい加減にしてください、警察呼びますよ」ブツ
その日は、これ以上は粘れないと思い帰った。次の日も俺は再び説得を試みた。
ピンポーン、
「お母さん、話だけでも聞いてください」
「またあなたですか、早く帰ってください」
次の日も
「お願いです」
「だから、何度来ても変わりませんから」
「お願いです。彼女のためなんです」ブツ
それから毎日通い、気づけば1週間が経過していた。これでは話を聞いてもらえないと思い、彼女にも協力してもらうことにした。
「お母さん、きてくれてありがとう」
「何言ってるの、当たり前でしょ それより無理してないちゃんと安静にしてるの?」
「大丈夫だよ、先生も退院はまだだけど、病院での日常に関しては問題ないって」
「そう、ならいいんだけど あ、ここに服置いておくから」
「ありがとう、あと今日合わせたい人がいるんだけど」
「何、どうしたの、改まって」
俺は病室のドアを開けて中に入った。
「どうも、」
すると、母親の表情が変わった。
「また、あなた・・・・・娘を利用したんですか」
母親はその場から去ろうと椅子から立ち上がったが彼女が母親の腕を掴んだ。
「待って、彼の話を聞いてあげて、私も同じ気持ちだから」
そう彼女は告げると、母親はもう一度椅子に座り直した。
「ありがとうございます」
俺はその場でたったまま話を進めた。
「単刀直入に言うと、僕らのライブをすることを認めて欲しいです。」
病室に緊張感が走る。
すると母親が、重い口を開くように話をし出した。
「この子は昔から本当に歌が好きでした。他のことはこんな病気もあって、辛いことが多かったですけど、歌を歌うことだけはずっと笑顔でした。 そんな子が音楽活動を始めるなんて言い出した時は夢が叶ってまるで自分のことのように喜んでいましたが、同時に親として不安という心がありました。この子にとって音楽をすることは幸せであることと同時に命を削ることでもあったから、どうしても心の底から応援することはできなかった。」
母親は彼女の手を握り、目を見た。
「それで、今回のように倒れた時に私はもう十分だと感じました。これ以上この子の命を削ってまで歌う必要はないんだって、他の幸せが必ずあるからってそう思ったんです。だからライブをすることには反対です。」
もうダメかとそう思った時だった。
「でも、母親として、この子のファンとして彼女が幸せになれないことは一番望んではいない」
「お母さん」
「この子の思いと、彼に負けました ねえ、誠くん」
「この子をこの世界で一番の幸せ者にしてくれるのよね」
「はい、もちろんです」
そして彼女のことをもう一度見た。
「いい人がいてくれて良かったわね。 あと、無理は絶対に許さないからね」
「ありがとう。お母さん」
母親は彼女を抱きしめた。そして母親の目からは涙が流れていた。


それからしばらくして彼女の母親は家へと帰っていった。
「ありがとう。色々動いてくれて」
「まあ、俺にはこれくらいのことしかできないから」
「でも、お母さんを説得してる時、彼氏が娘さんをくださいって実家に来たみたいだったよ」
「そんなわけないだろ」
「でも、世界で1番の幸せ者にしてくれるんでしょ? それってプロポーズ?」
「バカ、また俺をからかうな」
「あはは、ごめん、ごめん 久しぶりに君のその困った顔が見たくてね」
「それくらい元気があるなら、歌える日も近いな」
「うん、任せて来週には少しでも練習できるようにするから」
「そうだな、スタジオで待ってるよ」

これでライブができる最低限の環境は整えることができた。でも、これから彼女の体が持ってくれるかどうかそれ次第になる。どんなにライブがしたいとはいえ、彼女のことが優先であることには変わりはない。俺自身も最新の注意を払っていかなくてはならなかった。ライブに関しても、当初の予定だと、アルバムとシングルの計10曲やろうとしていたが、彼女状態をみるにそれは不可能だ。すると、できても半分の5曲、それに彼女自身が少しでも長く休めるようにしなくてはならない。このライブは絶対に成功させなくちゃいけないのだから。
 ライブまでの時期が残り2週間となった。彼女のが練習の時のみ一時退院をできることになった。医者からは、練習は1時間と決められそれ以上は認められないとなった。
「おはよう!」
彼女は久しぶりに歌えることができるからか、ここ最近では一番元気だった。
「お久しぶりです、舞さん」
「え、ニノっち!?」
彼女は二宮さんと久しぶりの再会だった。彼女が倒れてから取材が中止となってしまい、彼女自身別の仕事やっていたそうだ。
「どうしてここに? もう取材をしないんじゃ」
「実は・・・・・」
二宮さんは彼女が倒れてからのこれまでの経緯を彼女に話した。
「え、会社辞めたんですか?」
「はい、〇〇さんのライブがやるって聞いて取材の続行を望んだんですけど、会社に却下されまして、だったら個人でやっちゃえ、みたいなノリでやめちゃいました」
「ノリで会社って辞めれるものなんですね」
二宮さんは苦笑いをしたが、二宮さんなりに悩病んで決めたことなのだろう。それに二宮さんがいることで、彼女にとってもプラスになるのであればそれはいいことだ。
「取材が終わるまでお金ってどうするんですか?」
「それは気にするな」
副島さんがスタジオに入ってきた。
「二宮には今回の取材が終わるまで、内で給料を払うことになった」
「そうなんですね、じゃあライブまで一緒にできるんですね」
「はい、よろしくお願いします」
「感動の再会はいいけど、練習始めるぞ」
「あー、そうやって水刺すようなこと言う人はよくないぞー」
「そうだ、そうだ」
「なんで他の二人も彼女の味方なんだよ」
それから、久しぶりの二人での練習が始まった。
「セットリストはこの前送った通りで、今日はとりあえず最初から一曲歌って、様子を見てを繰り返して行こうと思う。 辛くなったりしたらすぐに辞めていいから あと無理はしないように」
「わかってるよ、君は私のお母さんですか」
彼女はマイクの前にたった。彼女の歌う姿を見るのを非常に久しぶりに感じる。
「じゃあ、一曲目から」
一曲目は10月にリリースした曲だ。オープニングにはもってこいの曲だと思ってこれを選んだ。
彼女の歌は約1ヶ月休んでいたとは思えないほどに前と遜色ない歌だった。これには流石の才能と言わざるを得ない。
「どう?」
「すごいよ、ほんとにこれなら少し修正するだけでいけるよ」
「そう、良かった」
思ったよりも疲れていなそうだった。病院での治療もあったからか、前よりも少し歌うことが楽になっているように見える。
それから彼女はセットリストの5曲全てを歌い切った。
「流石にだいぶ疲れたよ」
彼女はスタジオの椅子に座ってぐったりする。
「大丈夫か 今日だけで5曲なんて歌って」
「大丈夫だよ、これからもっとクオリティ上げていかなくちゃいけないからね」
すると、彼女はバックから錠剤のようなものを取り出して飲んだ。
「それは?」
「病院からもらった薬、歌い前と歌った後で必ず飲むように言われてる」
「じゃあ、薬の効果で今日はいつもよりも疲れてないのか?」
「んー、それもあるけど、だいぶ休んでいたからね」
「そうか」


それから、俺たちは残り少ない期間で必死に練習を重ねた。サポートバンドの方々にも参加してもらい、合わせもすることができた。かなり期間が空いたのにサポートバンドの方もかなりのクオリティで仕上げてきてくれていた。
そしてライブ前日、リハの前に彼女は医師による最終チェックが必要なので病院に向かった。
「よし、特に今のところは数値に異常はないね」
「ありがとうございます」
「どう、練習は順調?」
「もう、バッチリですよ 本当にお世話になりました」
「ライブは必ず見に行くからね というよりは医者としているんだけどね くれぐれも無理しないように」
「わかってますよ」
「薬はどう?」
「歌ってる時も歌った後も前より楽になりました」
「そうか、あれは一時的に負担を減らす、一種の麻酔のようなものに過ぎない 個人的にはおすすめはできないんだ」
「わかってますよ、でももう自分で決めたことなんで あとはやるだけです」
「うん、そうか、明日は楽しみにしてるよ」
「はい、ありがとうございます」


病院での検査が無事終わった彼女とはライブ会場の裏口で待ち合わせをしていた。
「お待たせー、早く中行こうよ もうセットできているんでしょ?」
「ああ、俺も楽しみだよ」
そうして中に入ると、色んなスタッフが、あたふたと忙しなく動いていた。
「この人たちみんな私たちのライブのために動いてくれているの?」
「そうだな、ざっと百人くらいいるな」
「私たちこんな人たちにお世話になっていたんだね」
「いや、もっとだぞ」
棒立ちしていた俺たちのところに後ろから副島さんが声をかけてきた。
「明日はここに、お前らのファンがたくさんくる。 すでにチケットは完売済み、グッズも予約が殺到だ」
「完売! 初ライブでそれはすごいな」
「じゃあ、なおさらがんばんないとだね」
俺たちはさらに気合が入った。その日はサポートバンドの方や演出の方など様々なスタッフとライブ本番通りにリハを行った。初めてのことで色々焦ったが、なんとか無事りはは終えることができた。その帰り、駅からタクシーで帰るために待っている時だった。
「なんか俺、明日、本当にできるか緊張してきた」
「まあ、みんなそんなもんだよ。 でもやれることはやったんだから大丈夫だよ。 あ、コンビニある!」
彼女はコンビニを見つけると走って中へ入っていった。
「ねえ、アイス買ってよ」
そして彼女の分と俺の分の二つのアイスを買った。むしろ買わされた。
「一年前くらいかな。 1曲目が完成した後アイス買って食べたよね」
「あの時はお前にアイスを二つ買わされたけどな」
「それはいいんだよ」
彼女はぷくっと少し怒った顔でこちらをむいてきた。
「でも、もう一年たつんだな」
「そうだよ、初めてあった時なんて 君、酔っててそこで倒れちゃったんだから」
「あの時は本当に助かったよ」
彼女と笑いながら一年前のことを話した。なんだかすごく懐かし気分になる。
「いよいよ、明日だね」
「お前の夢が叶うな」
彼女はこっちを向いてそれにたいしてこう言った
「私たちの夢でしょ」
「ああ、そうだな お、タクシー来たぞ」
そのタクシーに乗り俺たちは家へと帰っていった。


そしてライブ当日、ライブ開始、1時間前お客さんが外でグッズの列と入場列にずらずらと並んでいた。ここにきて初めてライブを本当にするのだと実感した。その後、音響の最終チェックを終えた後、楽屋で衣装の準備を進めた。
「ねえ、みてこれ」
衣装に着替えた彼女は俺に見せてきた。
「うん、いいんじゃないか 似合ってると思うよ」
「え、それ以外は?」
「それ以外?」
「はあ、可愛いとか褒め言葉のひとつも言えないんですか」
「あー、可愛い、可愛い」
「もう遅いー!」」
俺も衣装に着替え、準備を進める。ライブまでの時間は長いようで短く、刻々と近づいていた。
ライブ開始、10分前 
「二人ともスタンバイお願いします」
楽屋にいた俺たちに声がかかった。一気に緊張が走る。すでにこの時の俺は手が震えていた。
「5分前です」
舞台袖に行くと、会場からのざわめきごえがここまで届いてくる。その声に俺の緊張は増していった。
「ねえ、緊張してるの?」
「ま、まあな 少しだけ」
「絶対嘘だよ、君緊張しすぎ」
すると彼女は俺の背中を思いっきり叩いた。
「痛っ! 何すんだよ」
「そんなに緊張してたら、いい音楽は作れないし、私たちのライブを見にきてくれている人たちに失礼だよ」
彼女に言われたことで俺の中での緊張という鎖が解けていった。何より、ここまで頑張った彼女に申し訳なかった。彼女のためにも必ずいいものにしてみせる、そう思った。
「お願いします。」
スタッフの声がかかり、俺らは登場するすぐそこまできた。
ステージにあるでっかい液晶には十から始まるカウントダウンが表示されていた。
「10・・9・・・8・・・7・・」
お客さんの声を揃えた声が聞こえてくる。
「6・・5・・4・・3・・」
一気に俺の中で熱が湧き上がってくる。むしろさっきの緊張が嘘のように
「2・・・1・・・0・・」
会場は0と同時に暗転し、周りが見えなくなる。会場からざわめきが聞こえるがこれも演出だ。
そこから急にライトがステージの真ん中の彼女を照らす。そして彼女がギターの最初の一音目を奏でた瞬間にステージから花火が出て、一気にステージと会場がライトアップされる。
「MMです、今日はよろしくお願いします」
そして一曲目、10月リリースした曲。シングルの時よりもバンドが入ったことでさらに曲の厚みが増していい曲になっている。
彼女もこれまでに聴いた歌よりも曲にのっていてよかった。それに合わせてか会場の熱も上がっていく、スタジアムを囲むほどに輝くペンライトが俺たちをさらに後押ししてくれている。こんなにもいい気分になれるならもっと早くライブをすればよかったと心から思った。
会場の熱量が上がったところで2曲目、3曲目と進んでいく。こちらの曲たちも配信サイトで人気のある楽曲たちで掴みがよかった。会場がさらに盛り上がった。彼女の後ろの方で俺はキーボードで演奏をしていた。たまに彼女が送ってくるアイコンタクトの時の表情は今までで一番輝いていた。
3曲目が終わり、彼女を休ませるために長めのMCとサポートバンドだけでの演奏に入った。
彼女は俺がMCをしているうちにはけた。
「はあ、楽しい」
「本当に楽しそうに歌うな」
副島さんが水を渡し、声をかける
「だって、想像以上だよこんなに素敵な舞台だったなんて」
彼女は医者に渡された薬を飲んだ。
「お前、やっぱりきついんじゃないか?」
「キツくたってやめられないよ。今私、世界で一番幸せ者だから」
「大丈夫か?」
MCを終えた俺が袖にいる彼女のところまで来ていた。
「大丈夫! それより、もっと楽しんでいかなきゃまだ音楽が硬いよ」
「わかってる。 あと2曲はとっておきだ」
「そうだね」
彼女はこの時疲れなんて微塵も感じていないようだった。今この時は音楽の魔法とやらにかかっているのかもしれない。
「そろそろ、サポートバンドの演奏終わります」
スタッフから声がかかった。
「さあ、行こう」
「おう」
俺たちは再びステージに戻った。
「みんなー、来てくれてありがとう」
会場が彼女に返答するように歓声が上がる。
「今日はね、私たちの初ライブで、とっても緊張してます。 でも、みんながこんなにも迎えてくれたからすごく楽しくなってきた。本当最高のプレゼントありがとう」
再び歓声が上がった。
「こんなプレゼント貰ったからには何かお返ししないいけないって思って、持ってきましたプレゼント。」
「なになにーと」会場から声が上がる
「それはね・・・・・・・新曲!!」
彼女がそれを言うと会場が今日一番の盛り上がりを見せた。それと同時に曲がスタートし始める。
今回の新曲は彼女が入院した後、ライブの中止が無くなった時に作った曲だった。色んな人にお世話になって、すごく感謝している。 そんな気持ちを込めた歌だ。
曲はポップで踊りたくなるようなリズムで客の熱はどんどん増していく。次第に、リズムに合わせた手拍子が会場で響き渡った。いつも手拍子をする側だった自分はいざ、手拍子をさせている側になるとこの一体感から、まるで大きな歯車を動かしているようだった
俺は一人一人の観客の表情を見ていくと、彼女と一緒でとびっきりの笑顔で俺たちのライブを楽しんでいた。これはアーティストにとって最高な幸せなことだと感じた。
自然と俺の演奏にも熱が入る。
この曲に込めた感謝という気持ちがどうかみんなに伝わるといいと思う。そして彼女にも

「ありがとう!! みんな最高だったよ。 この曲は今一番感謝している人がいるなら思い出してほしいと思います。
彼女はそう言った時、こっちを向いてきた。
「じゃあ、本当に名残惜しいんだけど、次の曲で最後になります」
彼女がそう言うと、会場からは「えー、」「もっとやって」との声が聞こえてくる。彼女だけでなく。俺自身もこのままずっとやっていたいくらいだが、そうはいかない。 彼女自身に疲れが見え始めていた。
「でも、最後の曲は今一番歌いたい曲です。聴いてください。」
すると会場のほとんどのライトが消え、彼女をテラススポットライトだけが光っていた。
最後の曲は俺たちが最初に作った曲だ。テーマは孤独と愛 今じゃ考えられないがあの時を考えれば俺には音楽しかなかった。彼女も同様に、そして孤独だった。俺たち二人はでも彼女と出会って世界は変わった。あの時は音楽が恋人って言ったら大袈裟かもしれないがそれぐらいの価値があった。でも今ではそれと同じくらいいや、それ以上のものを見つけられたかもしれない。だからもし次ライブをすることがあったとしたらこの曲を歌うのはやめよう。もう一度あの頃の自分にならないように。そして新しい、彼女といる自分になれるように。
彼女は全ての曲を歌い切った。歌い切った後、やり切れたことへの感動からなのか、ライブ自体に感動したのか、上を見上げて、涙を流していた。
「今日は本当にありがとうございました。」
彼女は観客に向け、深くお辞儀をした。俺も彼女に合わせて頭を下げた。そして会場は暗転していき、ライブは終了した。


「泣いてるんですか?」
安田が、ライブを見にきていたAYATOさんに声をかけた。
「バカ、いたなら言えよ」
「僕はいつでもいますよ」
「あいつらには内緒だぞ、俺があいつらのライブで泣いたなんて知られたくないからな」
「さあ、どうでしょう」
「もう、いくぞ」
「いいんですか、会っていかなくて」
「今はそれよりも曲が作りたいって思ってるから」


「お疲れ様―!」
「ありがとう にのっち、副島さん」
ライブが終わり袖に戻ると、二人が待っていてくれた。二宮さんは見るからに号泣していて、副島さんにもうっすら涙を浮かべていた。
すると、奥に彼女の親御さんがいた。
「お父さん、お母さん」
彼女は親御さんの元に走り抱き合った。
「ごめんね、ごめんね私、いっぱい迷惑かけて」
「うんうん、いいのよ」
「そうだ、夢を叶えたんだ、しかもこんなに大きな会場で、父さんは誇らしいよ」
「うん、ありがとう、ありがとう」
彼女は親の元で号泣していた。彼女はまだ高校生、病気とずっと戦ってきて大人になったように見えていたがまだ、17年しか生きてない子供なのだと改めて感じた。


ライブが終わるとあっという間で、お客さんがいなくなりスタッフがセットの撤退作業を始めていく、俺たちも大方片付けが終わり帰ることができたが、なぜかここを離れる気にはなれなかった。余韻が残っているというか、名残惜しかったからというか明確な理由はわからなかったがこの会場に残っていたかった。ステージのど真ん中に座ってスタッフさんが片付けている光景を見ていると、彼女もステージに上がってきた。
「おう、どうだった先生に見てもらって」
「少し、負担がかかりすぎているかもしれないから今後、薬を使うのはダメって、あと病院で精密検査しないことにはなんともいえないって」
「そっか・・・・」
「ありがとう。ほんとに君のおかげだよ 君とライブができたこと、音楽ができたこと誇りに思う」
「なんだよ、改まって別にもう立てないわけじゃないだろ」
「まあ、そうだけど・・・」
「だったら立とうよ。 またここに」
「うん、そうだね。 あ、そうだ」
彼女は何かを思い出したかのように様子で、俺の手を引っ張るとステージ一番前のせきに座らされた。
「どうしたんだよ、急に」
「君は私の歌っている姿を前からは見てないからね どうせなら見てもらおうと思って」
彼女は背負っていたギターケースからギターを取り出した。
「いいのかよ、歌って」
「私が歌いたいからいいの さて、何を歌おうか」
ギターを持っている彼女は一年前に駅前であったあの彼女のまんまだった。どこか懐かし気分になる。
「じゃあ、あれ歌う」
彼女が歌い始めたのは温泉の時やたびたび色んなところで歌っていたあの曲だった。今思い出せば最初に出会った時もこの曲だったかもしれない。
相変わらず、いい声をしている。なんだか落ち着く。
 もし、あの時俺が彼女と駅前であっていなかったら、もし酔って倒れていなかったら、もし俺が音楽で挫折していなかったら彼女とこうして音楽を楽しむことはなかったかもしれない。
全てが運命的で、まるで俺はこのために生きてきて、このために音楽を続けてきたんじゃないかって思える。そんな幸せなものを俺はたくさん彼女から貰った。
「どう?」
「相変わらず、曲はひどいな」
「うるさいなー、じゃあ、遺言でもないけど約束して、もし私がいなくなるようなことがあったらこの曲を完成させてほしい、そして私に聞かせてね」
「なんだよ、それ」
「いいから、約束ね」
「わかったよ」
「あと、今日の私の歌に感動して涙が出ちゃったよって人がいたら、今なら握手してあげます」
彼女は手を俺に伸ばしてきた。まるで最初の駅で出会った時のように。
「ああ、感動したよ」
俺はその手を掴んだ。あの時と同じで彼女の手は氷みたいで冷たかった。
「さすが、私のファン第一号だね」
すると彼女は握った俺の手を引っ張って俺を抱きしめた。
「お、おい」
「ありがとう 君と出会えてよかった」
俺はなぜかわからないが、彼女のその言葉に涙で溢れ、何も言い返すことができないほど泣いていた。


それから1ヶ月後彼女はこの世を去った。


「まあ、彼女と僕の話はこんなところです」
目の前にいた二宮さんは何度も鼻をかみすぎて赤くなっていた。
「いや、途中からは私もいたのでわかっていましたが、改めて聞くとなんか込み上げてきて」
二宮さんはまた鼻をかんだ。
「まだ、音楽は続けているのは 彼女との約束があるからですか?」
「まあ、それもありますけど、音楽が好きなだけですかね」
トントン、ドアのノックの音がした。
「すいません、そろそろ時間のようです」
「ありがとうございました。絶対いいもの書いて見せます」
「ありがとうございます。二宮さんのこと応援してますから」


取材が終わった。その後もいくつかの仕事を終え、自宅に帰る。家はさすがにもう引っ越したが、当時の機械をいまだに使っている。機械としての性能は低いがまだ俺の曲では大活躍してくれている。
「よし、やるか」
俺はパソコンを起動させ、キーボードで一つ一つ音階を汲み上げていった。
「3年かかったけど、ようやく完成するよ」
仕事部屋のテーブルの上には彼女とライブの時とった写真が飾ってあった。
「これで、よしと」
俺はパソコンの画面に映るアップロードのボタンをクリックしようとしたその時だった。
「ありがとう」
どこかで聞き覚えのある女の子の声がした。夢の中に出てきた女の子だ。
「約束守ってくれてありがとう」
その時思った。俺の心の中でずっと見守ってくれていたのは彼女だったのだと。
「ちゃんとそっちでも歌ってくれよな。 あと俺がそっちに行ったらまたライブやろうよ」
彼女からの返答はなかった。
「なんだ、空耳だったのか」
トントン、
「おい、そろそろ始めるぞ」
「はい、AYATOさん」
「お、やっと完成したのか」
「曲名はどうするんだ」
曲名の欄がまだ入力されていなかった。
「曲名ですか、作ることに夢中になりすぎて、考えてなかったですけど今つけるとしたらこれですかね」
「僕が恋した彼女にこの歌を」
俺はパソコン画面のアップロードボタンをクリックした。

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