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蘇りし復讐者
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しおりを挟む薄暗く、外と比べて冷えた空気で満ちている地下牢。
そこに、鉄格子を掴んで揺らす騒音とミャムの怒声が通路中に響き渡る。
「ちょっと! さっさとここから出しなさいよッ!! あーけーろーッ!!」
彼女が目覚めた時にはすでに牢の中。ビクトラムに何かをされてから目が醒めるまでの間に何があったのか分からず、困惑していたところに外から聞き慣れた声が聞こえ、扉にある小窓ほどの格子を覗くと、向かい側の牢屋にソフィーがいた。
お互い再開出来た喜びを分かち合ったのも束の間、ソフィーからこれまでの経緯を知らされるとミャムは激昂し、こうして今も怒鳴り続けている。
しかし、いくら叫んでも誰もいない様子にとうとう息切れを起こしてその場に座り込んた。
「……本当に誰もいないみたいね。何も聞こえてこないもの」
「そう、ね……もー! こんな暗くて狭いとこに閉じこめて! ほんっと腹立つ!!」
「私達どうなっちゃうのかしら…」
「だ、大丈夫よ。誰かがきっと助けに来るわ」
「でも…」
「弱気になっちゃダメ! 大丈夫。必ず、助けが来る!! あたしの勘がそう告げているわ」
「……うん。でも、ミャムちゃんの勘って、あまり当たらなかったような」
「それ言わないでよー。ちょっと気にしてるんだから」
「ふふ。あ、たしか私達が小さい頃、森で迷子になったの覚えてる? あの時はミャムちゃんが『コッチ!』って、たくさん歩いたけど、結局余計に迷っちゃったわよね」
「ちょっ!? その頃と今はもう感覚が違うわよ!」
「そうかしら? 最近の事でも、珍しい花を見つけるために森に入ったのはいいけど、目印を壊されちゃって、勘任せで行ったら迷ったって」
「んな!? お父さん喋ったわね……!」
「あの時はどっちもマスターや町の人達が助けてくれたけど……今回は…」
シャルマットで起きた出来事を再度思い出してしまい、ソフィーはスカートの裾を握り締めた。
「マスターとコンラッドさんは私を逃がすために囮になって……町の人達も襲われて…」
「ソフィー。コンラッドのことは町で見かけなかったから分からないけど、お父さんならきっと大丈夫よ。あんな奴等にやられるような人じゃないし、その時クラスラーが一緒だったもん」
「そういえば、ラムセルさんとは一緒じゃなかったの?」
「……遺跡でね、途中で別れちゃったの」
「え? 何かあったの?」
「うん……いろいろ」
「喧嘩しちゃった?」
「…そんなもん。そうだ。ソフィーは、魔族って知ってる?」
「魔族? ううん、知らないわ。それが何か関係してるの?」
「…………あのね」
と、その時。遠くで微かに足音が二人の耳に入った。そして──
「ソフィーさーん、ソフィーさーん!」
と、若い男性の声も聞こえてくる。
その声の主にソフィーは驚き、扉の格子から通路を覗き込む。
「その声、コンラッドさん?! コンラッドさぁーん!!」
「ここ、ココよーッ!!」
ミャムも一緒になって声をかけ、向こうでもそれを聞きつけたらしく、足音が速まっている様子が二人に伝わる。
そして通路の扉が開くと、服のあちこちが破れ、息を切らせたコンラッドがやって来た。
「ソフィーさん!! 無事だったんですね、良かったぁぁ!! 今出しますね!」
真っ先にソフィーの元へ駆けつけたコンラッドは、腰に掛けてあった鍵束の中から一つずつ手当たり次第牢屋の鍵穴に差し込んでは正解を探した。
そして、カチッと、小気味好い音を立てて扉は軋む音と共に開く。
ソフィーはすかさず外に飛び出し、コンラッドに抱きついた。
「コンラッドさん! よくご無事で…!!」
「エ、ヘヘ。ソフィーさん逃した後、必死に逃げ回ってたら、なんとか上手く馬車の荷台下に隠れてあの化物を撒いたんですよ。そしで出ようとしたらいきなり動き出しちゃって。で、慌ててずっとしがみついて、それで──」
「あのぉー。お取込みの最中悪いんですけど、早くあたしの方も助けてよーッ!!」
「へ? あ、ああ、ごめんごめん!」
すっかり忘れられていたミャムに気づいたコンラッドは、慌ててさっきと同じ要領で鍵を探し出し始める。が──
バキンッ!
「「「あ…」」」
差し込んだ鍵の一つが根元から折れ、鍵穴が埋まってしまった。
「お……折れちゃった」
「ちょっ、ちょっとぉぉっ!!?」
「ご、ごごごごご、ごめん!! ほんっとゴメンッ!!」
「ゴメンッ、じゃないわよ! どーするのよッ! これじゃ開かないじゃない!!」
「……、……だめ。指じゃ取り出せない」
「ねぇ、ここに来るまでどっかにハンマーとか、何か扉を壊せそうな物なかったの!?」
「あったらもう取りに行ってますよ!」
「あんたが怒鳴らないでよ!! もう、どうしたらっ、いいのっ、よッ!!」
外が駄目なら内側からこじ開けようと扉を何度も叩くが、扉は当然ビクともしない。
叩き疲れ、ミャムはふと自分の手を見つめた。
同時に、今朝の出来事を思い出す。
「待って……あたしには魔力がある…だったら」
「? どうしたのミャムちゃん?」
「二人とも、扉から離れて」
突然言われた意味がすぐに理解出来ず、二人は戸惑いながらも、言う通りに扉から離れた。
「正面じゃ危ないかも。一応横に離れて」
「な、なぁ。どうやって扉を開けるんだ? こじ開ける道具も無いのに、どうするんだ?」
「開ける、じゃないわ…」
ミャムは扉の鍵穴がある金属板に右手を添え、目を瞑り、全神経を掌に集中させる。
突然静かになったことで余計怪訝になってコンラッドは戸惑っていた。隣にいるソフィーも未だ理解が出来ず、何度もまばたきを繰り返しては心配そうに見ている。
「ソ、ソフィーさん。あの子どうしちゃったんです?」
「私にも、分からないわ」
「あの…大変失礼なんですけど、あの子おかしくなっちゃったんですか?」
「コンラッドさん、それは本当に失礼よ。でも、ちょっと心配だわ…」
扉の向こうから聞こえるやり取りに耳を傾けず、ミャムは集中し続ける。
自分でも何の根拠があってかと、疑問が脳裏に過ぎる。しかし、彼女は己を信じた。
そして、不意に掌から暖かなモノを感じる。
「!!!!」
唐突に訪れた感覚にミャムは見開いた。
彼女の手から魔力が白光となって発現し、みるみると輝きが増していく。
外にいる二人には、突然扉の隙間から漏れてきた光に驚きを隠せなかった。
「ななな、何だぁっ?!」
「ミャムちゃん!?」
「大丈夫よっ!! 落ち着いてミャム…落ち着くのよ……」
昂ぶる自分を抑えるため再び目を瞑り、深呼吸を繰り返して集中力を取り戻す。
魔力で包まれている手は暖かく、違和感も無い。その感覚にも馴染んできたのか、ミャムの顔には自然と笑みが浮かんだ。
そして、息を思いっきり吸い上げる。
「吹き飛べぇェェーーーッ!!」
その掛け声に応じて光が増長し、衝撃波が放たれる。
それは扉をいとも簡単に破壊し、木屑を撒き散らせて粉微塵に吹き飛んだ。
忌々しい扉が無くなったことでようやく気分も晴れやかになったミャムは、堂々とした足取りで牢屋を出ると「さ、行きましょ」と、足取りをそのままにコンラッドがやって来た通路を歩く。
目の前で起きた出来事に、未だ驚いたままで固まっているソフィー達は唖然と彼女を見つめている
「ミ、ミャムちゃん……今のっ、て?」
「魔術だよ! いゃーあたしって、やっぱその才能あるんだなぁ! 今からでも遅くないと思うし、マジメに勉強してみようかしら?」
「お、おっかねぇ…」
「む、ヒドイわね。むしろ、おっかないのはお父さんの方よ。そこ勘違いしないでよね!」
「気にするとこそこなのかよ!?」
「当たり前でしょ! あたし、あそこまで乱暴じゃないもんッ」
「でもさっき、その…扉粉々壊してるよな?」
「それはそれ。これはこれよ。だいたい初の魔術なんだから、力加減なんて分からないわよ」
「それ理由になるのか?! なんか無理矢理正当化してないか?」
「もーしつこいわねッ、いーの!! とにかく、あたしはお父さんみたいにそこまで怖くありませんー! それに誰だって怒ったら怖くなるでしょうに」
「あ、あの二人ともー。言いたい事は山々だと思うけど、早くここから逃げましょう?」
加熱しそうな口論にようやく水を差せたソフィーによって二人は気を正し、一行は牢屋から去り、コンラッドを先頭に明かりの少ない通路を歩く。
「コンラッドさん。ここに来るまでに誰かいましたか? さっきの騒ぎで気付かれてなければいいのですが…」
「安心してください。ここに来るまで誰もいませんでしたよ」
「え、中は誰もいなかったの?」
「あぁ。おかしなほど誰もいなかったんだ。でもかえってそれがラッキーだったぜ。おかげでこうして無事に助け出せたワケだし」
そう言って喜ぶコンラッドをよそに、ミャムは浮かない顔で唸りながら首を傾げた。ソフィーもどうやら思っていた事が同じようで不安そうに道の先を見ている。
「大丈夫ですよ! もしいるなら今頃足音だって聞こえるはずなのに、ほら」
と、片耳に手を当てて聞き耳を立てる。
……………………。
静かに過ごしてみたが、彼の言う通り足音はおろか、物音すらも聞こえなかった。
「ほらね。さ、早く脱出しましょうよ」
そう言って再び歩き出し、辿り着いた扉もコンラッドは何の警戒も無く開け、一応隙間から辺りを見回し、問題無いと分かるやいなや、近くにある階段まで向かう。
階段上からは、光が月明かりが差している。
コンラッドは安全を確認してまだ動いていない二人を、素早く手を何度も振り上げ、来るように促す。
ミャム達は互いに向き合って頷き、態勢を低くして急ぎ足でコンラッドの元へ走った。
「おれが先に行きますから、ついて来てください。足下気をつけて」
「明かり持ってないの?」
「あったらとっくに出してます」
若干不機嫌そうに返したコンラッドは、階段をゆっくり慎重に上り、その後ろをミャム、ソフィーの順で続いた。
ミャムはここで初めて場所の構造を認識したが、この地下は単純な造りなうえ、石などでの施工もろくにされておらず、実にシンプルな構造だ。おそらく昔からあったものではないかとミャムは思い、固い土壁に触れる。
あと少しで出入口に到着するところで、コンラッドは後ろを振り返った。
「ちょっと外の様子を見てきますから、二人共ちょっと待っててください」
そう告げると、コンラッドは階段に這いつくばり、地面から覗き込むようにして外を見渡す。安全を確認し、音を立てないように低姿勢でゆっくりと動き、出入口の側でしゃがんだ。
「大丈夫、急いで!」
小声で合図を掛け、二人も周りに注意を払いながら順番に地上へ出てると、コンラッドの傍へ並ぶ。
ようやく外に出た三人は、安堵の表情を浮かべ一息ついた。
「しばらく警戒しながら行きましょう。道のりは長いし、いつ奴らがやって──」
「そんなところで何をしている? その娘共は大事な生贄だぞ」
突然声を掛けられたことに三人は驚き、声のした方向へ振り返った。
そこにいた男は、オイカノスの家紋が施されている鎧を身に付けている。
「くそっ、こんな時に!」
「ビクトラム様の言う通りだなぁ。そうだろ?」
と、それを皮切りに周りの木々から同じ鎧を身につけ、武器をそれぞれ手にしたオイカノスの兵達が下卑た笑いを浮かべながら現れ、あっという間に三人は取り囲まれた。
コンラッドは威圧に負けまいと彼女達の前に立って両腕を広げ、ミャムもソフィーを庇うように抱き寄せる。
「小僧は殺せ。女達には手を出すなよ。少しでも傷を付ければオレらの命が無い。あぁん? よく見たらオマエ、コンラッドじゃねーか。会いたかったぜぇ」
「はっ! 微塵もそんなこと思ってねーくせに」
「そんな事ないぜ」
「心配してたんだぜ、おめぇだけ姿が無かったからな」
と、三人囲っている内の一人が、前にいる男と並んだ。その人物は、昨夜ミャム達の店で暴れたリーダー格の男だった。
「コンラッド、取引しよう。大人しくそいつらを渡せ。そうすれば良い立場に昇格して貰えるようオイカノス様に働き掛けてやるよ」
周りから下卑た嘲笑が沸き上がる。
コンラッドはそんな笑い声をかき消すかのように、強く目を瞑りながら頭を振り横へ続けた。
そして、広げていた腕を下ろし、拳を強く握る。
「そんなの……断るに決まってんだろ、バカヤローッ!!」
と、リーダーの男に一直線で駆け出すと顔に目掛けて拳を振り上げ、それは右の目元に当たった。
しかし、それだけだ。
「くくく……っ、バカナ奴ダ」
すると突如、リーダーの男の全身が歪みだし、内側から皮膚を破って黒紫の肌が露わになった。もはや人のそれではなくなり、長くなった四肢と巨体と大きな口に並ぶギザギザの牙に長く垂れる舌、大きな金色の眼球──まさに、怪物だ。
その男だけではない。
取り囲んでいた全ての者達も同じ様に変貌を遂げており、三人は恐怖に凍りついた。
怪物達は不気味な笑い声を発し、リーダーの男だった怪物がコンラッドの首を鷲掴んだ。
「アギ、グっ、ウゥゥ……ッ」
「コンラッドさんッ!!」
「人間ゴトキガ、調子ニ乗ルナヨ。キサマガ抵抗シタトコロデ痛クモ痒クモ無イ。仮ニ逃ゲレタトシテモ、我ラ魔族ハスグニ捕マエラレル。何ニセヨ、全テ無駄ダ」
コンラッドを掴んでいる手に力が籠り、彼の首の内側から骨の軋む音が体内に響く。
苦しみが一層増したコンラッドの表情に、魔族は醜い笑みを浮かべた。
「アァ! …ガ……ァ」
「サテ、モウ死ネィ」
と、握り潰そうとしたその時だった。
「ブグォッ?!」
囲っていた一体が突然短く悲鳴を上げると、その場に倒れ落ちた。
倒れた魔族の頭部はすでに無く、焼け跡からは肉の焼き焦げた臭いと、細短い白煙が昇っている。
「ナ、ナンダ?!」
「ドコカラダ、ドコニイル……!!」
と、今度は側にいたニ体が上空から降ってきた光の白刃によって頭を焼かれ、同じ末路を迎えた。
「上カァァァッ!!」
魔族はコンラッドを地面に投げ捨てると、空の一点を仰ぎ見た。それにつられて全員の視線が空へ向けられる。
そこには、右手を下へ掲げながら不敵に笑うラムセルの姿があった。
「みんな伏せてろ! 《旋風光刃》!!」
放たれた魔術の光矢は広範囲に拡散し、帯を引いて雨のように魔族達へ降り掛かった。
すかさず防御で対処しようとする魔族達だがそれも長くは続かず、防ぎきれなかった分の光矢が、容赦無く魔族達を焼き貫いていく。
降り終わった頃には、大半の魔族が亡骸となっており、黒い灰となって崩れ落ちていった。
投げ捨てられたコンラッドと一緒に地面へ伏せていたミャム達も、静まった頃を見計らって顔を上げる。三人の目の前には、ラムセルの背中が映った。
「遅くなってすまねぇ。大丈夫か?」
ラムセルは首だけで後ろを振り返り、笑みを浮かべた。
「ラムセルさん…!!」
「ゲホッ! た、助かったぁ…もう、ダメかと思った……じゃなくて! アンタ、やっぱ魔術士だったのか!?」
「んなわけねーだろ。っと、そんな事より…」
ラムセルは生き残った魔族達に意識を向け直す。
先程の魔術で魔族達は確実にダメージを負っている。
しかし、その生き残った魔族は敵意を剥き出し、幾つもの視線はラムセルをすでに捉え雄叫びを上げた。
「クラスラー!」
主人に呼ばれ、クラスラーがミャム達の前に姿を現した。
「みんな引き連れてあそこに隠れてろ。全員が入ったら出入り口を守れ!」
「承知致しました! さぁ、皆様早くッ!!」
「うん…って、二人とも何ボサッとしてるの、早く!」
突然目の前に姿を現したクラスラーにソフィーとコンラッドは目を丸くし、呆然としていたが、ミャムに腕を引っ張られて足がもつれそうになるも、再び地下へ引き返した。
そしてクラスラーが出入り口を厚い雲の壁を作って塞いだ。うっすらと外の世界が見える。
「皆様、これより先に出てはなりません。ご主人様の合図があるまで大人しくお願い致します」
「お、おぅ」
コンラッドに続いて無言ではあったが、ミャムとソフィーも首を縦に振り、身を潜める。
クラスラーが外に目を向けると、すでに戦いは始まっていた。
魔族の放った火球をかわし、流れで反撃に移っていたラムセルは、両拳に魔力を凝縮させて武器とし、腕を弓弦を引く要領で上半身わ捻り、加速に乗ったままに繰り出した正拳突きは、魔族の上顎から頭部を吹き飛ばして、脇を通り過ぎた。
ラムセルは攻勢を止める間も無く、近くにいた一体を、また一体を、確実に致命傷を与えて次々に葬っていく。
「どうした、どうした!! テメェらが家畜同然と蔑んでる人類にヤられる気分は!? サイっコーだろッ!!」
「ヌカセェェェッ!! コロセ、コロセェ! 八ツ裂キニシロォォォォォッ!!!」
激昂してさらに殺意を露わにして襲い掛かる魔族達に対し、ラムセルは臆するどころかさらに勢いを増し、四肢全てに魔力を纏わせて獰猛な笑みを浮かべながら縦横無尽に暴れ回る。
そんな彼の様子にコンラッドとソフィーは恐れを抱いた。
しかしミャムだけは、何故か胸が締め付けられる思いだ。
「………皆様、念のためもう少し退避を。そして、頭を低くなさって下さい…見ていて、気持ちの良いものではございません」
「はい…」
「あ、ああ……あの、さ…あの人、いったい何なんだよ。あんな大勢の化け物を、一人で平気に戦ってるし、あんな…あんな愉しそうに──」
「やめてッ」
「ミャムちゃん…」
「あの人は、あの人は……そんなんじゃない!」
「そんなんじゃないって…だけどよ」
「コンラッド様。ご主人様は確かに人間離れした力がございます。現にこうして、あの怪物と優勢に戦っております。ですが、決して愉しんでいるわけではおりません。そこだけは誤解なさらぬよう、何卒ご理解を」
コンラッドは俯いて押し黙った。
しばらくして彼は短く一度頷くと、階段を数歩降り、目を瞑って伏せる。
「おれは…ラムセルさんの事は全然知らないし、今のあの人は、とても恐い。でも、さっき助けに来た時のあの笑顔を、おれは信じるよ。あーなっちまうのも、きっと何かワケがあるんだろ? だったら…何とか大丈夫」
「ご理解していただき、感謝いたします」
「…そんなんじゃない。おれは、何も理解なんかしちゃいないんだからよ…あぁ、まだ震えが止まんねぇ」
「ミャムちゃん。申し訳ないけど、私も今のラムセルさんは恐いわ。下がるわね」
続いてソフィーがコンラッドの傍にまで下り、これ以上何も言わずに彼の肩に手を添えた。
無理もない。クラスラーも内心、それは承知の上だった。
あんな光景を見て、そう思わないでほしいというのは説得力に欠ける。理解される方が難しい。
(これは、常人には計り知れない事。なのに、何を落ち込む事がありますかクラスラー……)
ふと横目で外を見る。外では相変わらずラムセルが優位を保っている。
そして魔族はいつの間にか数えれるほどにまで減っていた。
彼の顔から笑みは絶えず、怯みながらも挑んでくる魔族達に恐怖をばら撒いているかのようだ。
“魔族に対する復讐”
それが今のラムセルを突き動かしているものだと、そしてあの表情も、根底はそこから生み出されているものだとクラスラーは理解している。
ふと、クラスラーが隣を見ると、ミャムが石段にしがみ付きながら未だその場を動かず、外を見ていた。
「…………」
「ミャム様。どうかお下がりくだ──」
「ううん。あたしはここにいる」
「ミャム様?」
「たしかに、あたしもみんなと同じで今のラムセルさんは正直恐い。震えだってまだ治らない」
「無理はなさらないで下さい」
「ううん。それはイヤ。ここで目を逸らしたら、あたしは…あたしは、二度とラムセルさんに向き合えない気がするの」
「ミャム様……」
クラスラーは目と耳を疑った。
そう言った彼女は、話し掛けている最中もジッと、ラムセルの戦いに視線を見守り続けている。
魔族は、もはやリーダーであった者のみ。
戦意はすでに無くしているようで、足が竦んでいしまっている。
「──終わりだ」
それを引き金に、ラムセルの両手から魔力の長刀身が生成され、すかさず腕を振り上げたまま飛び掛かると勢いを付けて振り下ろす。かわすことも防ぎもしなかった魔族は、縦一直線に断面からずれ落ち、塵になって霧散していく。
ラムセルはゆっくりと天を仰ぎ、戦闘体勢を解いた。肩で息をして、未だ昂ぶる神経を落ち着かせる。
「……、……ふぅ。もう大丈夫だ」
ラムセルの合図に、クラスラーは雲の壁を解いた。
その直後、ラムセルとミャムはすぐに目が合い、お互い神妙に見つめ合う。
「見てたのか?」
ミャムは黙って頷き、その返答にラムセルは頭を掻き、表情を陰らせた。
なんと言葉を返せばいいか思いつかない。
そんな時、ミャム達の背後から恐る恐るコンラッドが顔を覗かせた。
「もう…終わったのか。ソフィーさん、もう大丈夫みたいですよ」
と、コンラッドに連れられてソフィーも姿を見せ、三人は外に出た。
「コンラッド」
「!!? な、何だよ?」
「……オイカノスの屋敷が何処にあるか教えてくれ。これから乗り込む」
「しょ、正気ッ……てか、さっきの化け物共を全滅させたくらい強ぇんだ。余計な心配だよな」
「いや、心配してくれてありがとよ。他に攫われた人達を助けなくちゃなんねーんだ。教えてくれ」
「わかったよ。ここからだと──」
と、コンラッドの案内を聞き、指差す方向を見ながらラムセルは頭に進路を描く。
それを他所に、ミャムは二人から少し離れた所で目を細めて見つめていた。
「ミャムちゃんどうしたの? ミャムちゃん?」
彼女はソフィーの呼び声には答えず、ラムセルの元へ歩み寄った。
「ラムセルさん」
「ん? どうした?」
「……必ず帰って来て」
「どうしたんだ? 当たりまえだろ」
「本当に? 終わった後どっかに行ったりしない?」
「ああ、終わったらちゃんと帰るさ。約束する」
ラムセルはミャムの頭を優しく撫でる。
されるがままに、ミャムはラムセルを見つめた。
彼の優しい表情。その眼差しも、口元も、とても穏やかだ。でも──ミャムは素直になれなかった。
「………うん」
「聞き分けいい子は好きだぜ」
「ありがと。あ、そうだ」
ミャムは急にポケットを探り、魔符をラムセルに差し出した。
「持ってるのすっかり忘れちゃって。魔力があっても、使いどきを見落としてたら意味無いよね。せっかく貰った物だけど、今のあたしじゃ持ち腐れになっちゃいそうだから、返す」
「いいのか?」
「いーの。もし欲しくなったらまた会った時にお願いするから」
「……そうかい」
ラムセルは魔符を受け取り、ベルトポーチに入れる。
「んじゃこれから悪者共を軽ーくブチのめしてくる。クラスラー、みんなの事は任せたぜ」
「はっ、かしこ参りました。ご主人様、ご武運を。お帰りを心待ちにしております」
「《空舞疾走》」
ラムセルは魔術を唱え、身体が地面からゆっくりと僅かに離れていく。そして上半身だけで軽く振り返り、片手で短く別れの挨拶を済ますと、あっという間に森の中へ颯爽と疾って行った。
ミャム達はその背中を見送った後もしばらくその場から動こうとはせず、誰もが心配を込めた眼差しで今も見つめている。
「大丈夫です。ご主人様は必ず戻ってまいります。ワタクシ達は、それを信じて待ちましょう」
「だけど…やっぱりさ、いくらなんでも無謀過ぎるだろ」
「でも私達がお手伝いに一緒に行ったところで、ただの足手まといになるだけ。もちろん、心配な気持ちに変わりはありませんが……とても歯痒いですわ」
「………行こう。あたし達のする事は、まずシャルマットに帰って、お父さんや生き残ったみんなを安心させることだよ。そのあとは、その時にまた考える。クラスラー、よろしくお願いね」
「はい。しかし、今回は……」
と、息を大きく吸い上げ、今度は地面に大きく息を吐く。するとそこには、三人が乗ったとしても充分に幅広い、厚い雲の絨毯が形成された。
突然現れた絨毯に、三人は驚きのあまり開いた口が塞がらない。
「この方が快適でございます。さぁ、どうぞ」
「へ、え?! おいおいコレに乗るのかぁ!? おれは──!!」
「わぁぁ! 何だかおとぎ話みたい、素敵!」
「え?」
「スッゴい!! クラスラーって、こうゆう事も出来ちゃうんだ! おっ先ー♪」
ミャムが両手を広げて絨毯に飛び込む。
真綿のように柔らかく滑らかな感触がミャムを優しく包み、まるで高級なベッドの上で横になった気分になった。
その後もミャムは右往左往、無邪気に何回も転がりながらその感触を堪能している。
「えぇー……いやいや、ちょっと何楽しそうにしてるの!? そんなの──」
「たはぁぁぁ、気持ちいい! 何してるの、早く乗りなよ! ふかふかしてて、とーーーっても気持ち良いわよ」
「えぇ。コンラッドさん、早く乗ってみましょう」
「ハイッ喜んで!!」
ソフィーは丁寧に靴を脱ぎ抱えてから乗り、続くコンラッドも恐る恐るではあるが、片脚からゆっくり乗った。
二人もその柔らかさに安らぎを得たらしく、すぐに寝転がって表情が綻ぶ。
「ホッホッホッ、皆様の緊張がほぐれたようで何よりでございます。では、これからシャルマットまで飛んで行きます故、くれぐれもはしゃがないようご注意下さいませ」
クラスラーが一礼をして絨毯に上がると、絨毯の中に沈んでいった。
すると絨毯が上昇を始め、みるみる地面が遠くなっていく。
木々を見下げるまでに高度が到達すると、遠く小さく見えるシャルマットに向かって一直線に加速。経験の無い高さと飛行速度に、顔を綻ばせていたソフィーとコンラッドは再び顔が引きつっていた。
『言い遅れてしましたが、ワタクシこちらの経験がまだ浅く、万が一騒いで落ちてしまったとしても急に追いかけるのは難儀でございます。また責任も負い兼ねますので、どうか悪しからず』
「オイオイ、何サラッと不安にさせるようなこと言ってんの!! ちゃんと頼むゼ!!?」
「くく、クラスラーさん! お手柔らかにお願いしますっ」
「だーいじょーぶだよ、二人とも! クラスラー! もうちょっと安全運転でねー!」
「かしこ参りました」
ミャムの要望に応えほんの少し速度を落とし、ソフィーとコンラッドは一息ついて落ち着きを取り戻した。
「では皆様、到着までお寛ぎくださいませ」
それを聞いた三人は寝そべり、到着まで仮眠を取り始めた。
疲労の蓄積が多いのか微睡みはすぐに訪れ、程なくして睡魔が各々の瞼を閉ざしていく。
(ラムセルさん……絶対、生きて帰ってきてよ…)
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