キラー&アヴェンジャー

悠遊

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蘇りし復讐者

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 宵闇、静寂。月は雲に隠れ、外は今黒く塗りつぶされているほど真っ暗だ。
 オイカノスは広い自室の窓から景色を眺め、うっすらと笑みを浮かべながらシャルマットの在る方角を見つめている。
 未だ細く立ち昇る黒煙──彼は愉快に肩を震わせた。
「オイカノス様、今宵の晩餐の準備が整いました」
「うむ。して、生贄はどうだ?」
「中々の上質な魔力を保持している者達を確保致しました。部下がもうすぐこちらに連れてくる手筈でございます」
「達? ほう、珍しい。良い掘り出し物というところか。ふふ、愉しみだ」
「ハイ。良き収穫にございました」
「シャルマットの愚民共め、今頃あの世で日頃の行いを悔いている頃だろう。この私に逆らわなければよかった、となぁ。ククク…アーッハッハッハッ!!」
 高笑いを上げながら、己の持つ圧倒的な力と支配力、それによる愉悦感に浸る。
 何度味わっても良いものだ。
 そうほくそ笑み、内側から溢れる興奮は我欲を満たしていく。
「ところで、今宵はどの様な趣向だ?」
「…此度は特別にございます。主の思うままに」
 ビクトラムが深々と一礼する。
 そして扉に向かい、取っ手を掴もうとした時だ。
「……………」
 突然、ビクトラムが立ち止まった。
 無表情だが、険しい眼差しでドアの先を見つめている。
「どうした?」
「どうやら、屋敷に賊が侵入した模様です」
「賊だと? 特に騒がしくも無いが?」
「現在屋敷内には衛兵達を巡回させております。ですが、今はその歩く音さえ聞こえてきません」
「何?」
 オイカノスも確かめようとドアに近づく。が、それをビクトラムは片手をかざして静止。
「ここでお待ちください。直ちに処分──ッ!!!」
 そう言って腰に下げていた剣を抜いた時、何かの気配を感じ取ると、突如素早く後ろに跳び下がった。
 直後──扉が破裂したように爆散。飛び散る細かい木材と金属片が正面にいたビクトラムへ雨のように襲い掛かる。
 ビクトラムは両腕で肌を晒している顔面を覆って防ぎ、粉塵が舞う前方を憎らしげに見据えた。
「よう、邪魔するぜ。ここにオイカノスって奴はいるか?」
 と、煙の向こうからラムセルが腰に手を当てながら堂々とやって来た。
「…キサマ」
「気にしてねぇかもしんねーが、ここにいた連中はもうとっくに地獄へ逝ったぜ。あ? テメェはあんときの…あー、最初に会ったヤツはテメェのニセモンか。判るぜ…テメェ、かなり臭ぇな。相当血を啜ってなきゃそんな血生臭ぇ気配漂わせてねーよ」
「フン……それが、どうしたというのだ?」
 ラムセルとビクトラムから殺気溢れる。
 どちらもすでに戦闘体勢は整っているようだ。
 そこへ大きな咳払いが響いた。
「この私を差し置いて盛り上がるとは無粋極まりないな。ビクトラムまだ手を出すなよ」
「誰だテメェ」
「貴様が探していたオイカノスだ。こんな夜更けに、しかも目に余る蛮行を犯しながらもやって来たとは、一体何用かね?」
「もちろん、テメェをぶちのめしに来た」
「フ、フハハハハハハ!!」
 ラムセルの言ったことに、オイカノスは大笑いを上げながら自分のお気に入りである特注の椅子に歩み寄り、深々と腰を下ろす。
 彼の嘲笑はしばらく続き、それに飽きた頃、深呼吸で調子を整え始めた。
「っ──ふぅぅ………なかなか面白かったぞ? だが実に愚かだ」
「ヘッ、どうだか。何なら、試してやろうか?」
「野蛮だな貴様は。悪いがそれは遠慮しておこう。ところで話を変えるが、私の配下に加わる気はないかね? 君の実力は耳にしている。それ相応の地位も与えよう…どうかね?」
「何の罪もねぇ人達を部下と魔獣使って襲わせるような奴の手下になるなんざ、真っ平ゴメンだ。それにな…テメェがこれまでやってきた悪虐卑劣な行為は許せねぇ。オイカノス…今から地獄以下の掃き溜めに落としてやるよ」
「悪虐卑劣な行為? 何のことだかな。私は、オリアスの領主だ。私の領内にいる愚民共をどうしょうと私の勝手であろう? 其奴らは云わば、家畜同然でもある。家畜風情が立場をわきまえずに出過ぎた真似をすれば当然、躾や罰を与えなければならない。あぁ、たしか最近はシャルマットがそうだったな。あれは私に対して最も度し難く許せん悪逆だった……そう、得体の知れない流れ者の味方をしてしまったが故に図に乗り、歯向った。そしてその代償に自らの命を落としてしまったのだから……はっはっ、全く聞き分けのない輩はこれだから困りものだよ」
 両手を大仰に上げて首を横に振り、嘲笑いながら深くため息を吐いたオイカノスを、ラムセルは強く拳を握りながら無言で睨みつけた。
「だが、シャルマットにいた連中は生贄の質がとても良かった。今回の騒ぎのおかげで遠慮なく頂戴させてもらったよ。ハッハッハ、久しぶりに贅沢をした! 攫った十五人の生気溢れる女達の魂、実に美味であったァ!! あまりにも素晴らしかったから、骨の髄まで味わって堪能してしまったヨ。ウハッ、アーッハッハッハッ!!!」
 突然オイカノスの様子がうって変わった。両目を大きく見開き、欲望剥き出しとなった彼に、先程の紳士的な姿勢はそこに無い。
 私利私欲にまみれた狂気──それがオイカノスから溢れ出ている。
 ラムセルは握り続けていた拳を開き、掌に魔力を瞬時に込めた。
「クソが、どんだけ腐ってやがる! 《白光刃レイアード》!!」
 放たれた魔術は光の矢となって高速発射され、欲に浸り嗤い続けているオイカノスに迫る。
 しかしビクトラムが常人ではありえない程の速度で瞬時にオイカノスの前まで駆け出し、立ち塞がると即座に剣で魔術を縦一閃。剣圧で魔術を相殺し、払い消した。
 魔術を消された事にラムセルは特に動揺せず、手をかざしたままの状態でビクトラムを敵意剥き出しの視線で今も見据えている。
 対するビクトラムも、同じように振り下ろしたまま、両者は睨み合った。
「フン、その程度ならばこの私が出るまでもない。生憎忙しい身でねぇ、これからとっておきご馳走が待っているのだよ。では、これにて失礼させてもらおう。ビクトラム! その下賤な輩を早急に始末せよ!!」
「御意。ですが…」
「んん?」
 と、訝しんで歩を止めた──その時だ。
 
 

「ッ!!」
「ガフッ?! キサ、マっ……何を……ゥッ!?」
「もう良い頃合いだ。キサマにもう用は無い」
「な、ナニィ…ッ!! ……ビグ、トラムゥゥッ! 裏切る気ガァぁぁ!!!」
 口を開く度に吐血しながら、驚愕と憎しみを込めた眼差しをビクトラムに向ける。
 しかし、ビクトラムは虫けらでも見るような眼で蔑み、冷酷に微笑む。
「裏切る? 勘違いをしているな。私は──いや、我は最初ハナから味方でも、まして忠誠など誓ってもいない。あの時たまたま私はキサマに呼び出されただけ。色々利用するには打って付けの傀儡に過ぎん。第一……」
 ビクトラムは突き刺した剣を乱暴に引き抜くと、その傷口に左手を潜り込ませた。
 オイカノスの悲痛な叫びが部屋いっぱいに響く。
「《風斬魔槍ランスダート・エア》!!」
 魔術を唱え、ラムセルが駆け出した。掌に深緑帯びたを魔力が、一本の槍へと化す。
 敵であれ、目の前で起こっているむごい状況を黙って見過ごせなかった。
 駆けた勢いを乗せてラムセルは槍をビクトラムに向けて一閃──しかし、ビクトラムの反応は追い付いていた。
 ラムセルの繰り出された速い一撃に怯む様子も無く、顔色一つ変えずに剣で受け止めると払い流し、体格に見合わない常人離れの膂力でラムセルを蹴り飛ばした。
 ラムセルは僅かに呻いて退いだがそれだけに留まり、構え直す。
「フン、理解出来んな。キサマはこの者を助ける理由が無かろう」
「勘違いすんな、俺はこの状況を黙って見過ごせなかっただけだ」
「見過ごせない? 敵であるあの男をか? 全くもって理解不能だ」
「そうだろうよ。テメェら魔族は、人の心ってもんを理解しねぇからな」
「……くだらん」
 ビクトラムは左手に力を込め、オイカノスの悲鳴が一際大きくなった。
 そして彼の胸の傷口から帯状のドス黒い“闇”が軟体動物を思わせる動きで流れ出し、瞬く間にオイカノスを包み込むと、闇は脈動を繰り返す。
「これまで蓄えてきたその欲望、我が糧となるが良い」
 すると呼応したのか、脈動が一際激しくなると徐々に細く萎んでいき、ビクトラムの腕を伝って闇は体内へ摂り込まれていった。
 それはあっという間の出来事で、先程までビクトラムの左手に在った塊は、もう無い。
「テメェ……!」
「ンン…さすが好き勝手やってきただけのことはある…悪くはない。が、所詮は小物の欲望。ちょっとした足し程度にしかならなかったか」
「……ド腐れが。もうこれからテメェが満腹になることは一生ねぇよ」
「ほぅ? それはどうしてだ」
「俺が、テメェをぶっ倒すからだ!」
 刹那──ラムセルは低姿勢になると瞬時に間合いを詰める。初手よりさらに疾く、相手に隙を与えずに今度は槍を突き上げた。
 しかし、これも先程のようにまた顔色一つ変えずにビクトラムはその槍を掴むと、勢いを殺さず流れに乗って持ち上げ、ラムセルを背負い投げの要領で床に叩きつけると腹部を踏みつける。
「ぐっ!!」
「脆弱。その程度でよく吠えたものだ」
「へへっ、これからもーっとうるさく吠えてやるから…覚悟しなッ!!!」
 ラムセルは槍を強く握り締めて魔力を流し、それに反応して武器が輝き出す。
 本能で危機を感じたのか、ビクトラムは掴んでいた手を即座に離して飛び退いた。
 その一瞬差で魔力が爆ぜ、刀身より無数の刃を放出。周囲にある家具やインテリアを切り裂いていく。
 距離を取ったビクトラムにも魔力ね刃は迫っていたが、彼も即座に剣の刀身に魔力を流し、刃を次々に切り弾いていく。頬、二の腕、腿──負傷はあれど、いずれも傷は浅い。
「ぃよっ、と……ちょーっとはやれると思ったんだけどな。やっぱそう簡単にはいかねーか」
「この程度など笑止。我ら魔族を随分ナメているようだな」
「んなわけねーだろ。コケにしてんだよ」
 ビクトラムの眉が僅かに動き、今度は彼の方から駆け出し、真っ向から斬りかかった。
 高速で振り下ろされた一撃をラムセルは柄で防ぎ、細かい火花を散らしてその場で競り合う。
「キサマ…力の差が分かっていないのか、それとも単にふざけているだけか。どちらにせよ、救い難いほどの愚かさだ」
「“救い”なんて言葉ほど魔族には似合わねーな。今までテメェの快楽だけで殺してきた奴がそんな事言えた口かよ」
 ビクトラムの手に力が込められる。
 それを押し返せずにラムセルが徐々に押されていく最中、ビクトラムは一瞬目を細めた。
「………きさま、よく見ればただの人間では無いな。人間と魔族、両方の気配を感じる。中途半端な出来損ないめがぁ!」
 さらに力を込めたビクトラムにラムセルはとうとう弾かれて押し負けてしまったが、転倒しないよう脚を踏ん張りながら後退あとずさっていく。
 追撃が来るかとラムセルは気を張って身構え続けていたが、なぜかビクトラムは振り下ろした格好のままその場を動いていなかった。
「が、興味深い……どうやってその有りさまとなった? キサマのような存在は本来ならありえん。人間と魔族の力は相反するモノだ。交われば実体を保てず、肉体ごと自壊する末路しかない。実に不可解だ」
「言ったところで理解出来るのかよ……実はな、俺も何でこうしていられるのかが不思議でしかたねーんだ。魔族を憎む同士たまたま気が合ったのか…今でも俺のなかで“ソイツ”が訴えてんのさ。『殺せ』『全てを奪っていった魔族を皆殺しにしろ』ってな。俺もそいつには同感でよ。この腑煮え返る程の“復讐心”が今の俺──いや…俺達の存在、共存してる理由なんだ、ってなぁ」
 ラムセルは自らの内側から沸き上がる憤怒に口元を吊り上げた。
 槍を握る手にも自然と力が込もり、溢れる殺気と闘気はビクトラムの感覚を突き刺す。
「……フ、フフフ…成る程、我ら魔族に対する復讐心が故に在り続けるか……面白い、実に、面白イ!!」
 ビクトラムが狂喜の笑みを浮かべた。
 同時にこれまで以上の禍々しい闘気が噴き出し、両者は睨み合う。
 互いの闘気が部屋中に吹き荒れながらぶつかり合い、大気を震わせて牽制し合った。
「しかし、疑問は残る。ならば何故最初からその力を使わぬ? 我ら魔族の力ならばまだ対等に戦えるだろうに」
「なーに簡単な理由だ。お前は、シャルマットを襲った。兵隊や魔獣を率いて無抵抗なシ人達に散々危害を加えた挙句、虫けらのように殺すなど惨い事しやがった…そんな外道にゃ、まずは人間さまの底力を思い知らせてやらなきゃ気がすまねーんだよ」
「それが理由か……ますます下らん」
 ビクトラムが手にしていた剣を床に刺し、両腕、肩、脇腹に止めてある留め具を外し、纏っていた鎧をその場に落としていく。
 身軽になったビクトラムは首と肩を軽く回して解し、深く息を吐く。
 一瞬怪訝に思ったラムセルだったが、さらに大きく膨れ上がった気配を察し、意識を仕切り直した。
「下等生物が……その切り札とも云える力を最初から使わなかった事を、後悔させてやろう」
「……来いよ」
 するとビクトラムの口元がより醜く歪み、くぐもった笑い声を漏らし始めた。
「笑顔似合わねーでやんの」
 ラムセルはそう苦笑いを浮かべながらもあくまで余裕を持たせるが、殺気が張り詰めていく空間にその表情は険しく滲んだ。
「その余裕な態度、いつまで続くカナ?」
 彼の髪の毛が逆立ち、次に身体中が膨れ上がった。肌はどす黒く変色し、あらゆる部分がヒトとかけ離れて行く。
 そして──彼のいた場所には、一体の異形が佇んでいた。
 狼の風貌と大熊の巨体躯を重ね合わせた獣人。ラムセルと比べても圧倒的にその体格差は歴然としており、さらには肩甲骨から両腕と同じ剛腕が二本生えていた。剥き出しになっている大牙と鋭利な爪も相まって凶々しい。
 そんな悪鬼と変わり果てた ビクトラムの姿を、ラムセルは構える腰を落として相手を見据えた。
「サァ、覚悟ハイイカ?」
 それに応えず、ラムセルはすかさず先手を駆け出す。槍を心臓部に目掛けて連続で突く。しかしその連撃をビクトラムは片爪で防ぎ、横薙ぎで槍を弾くと反撃に控えていた背中の二本の腕が、別々の角度と方向からラムセルを次々に襲う。
 互いの得物がぶつかり合い、硬い音を鳴らして受け止めては受け流し、反撃に相手の動きを先読みして一撃。それをかわしては隙を突いてまたもう一撃を繰り出す──息つく暇もない攻防は続き、まだほんの数分しか経っておらず、どちらも擦り傷を与えた程度。未だ決定打と云える一撃は無い。が──
「ハハハ! ヌルイッ、ヌルイゾォォッ!!」
「チィッ!!」
 激しい猛攻に追いつかなくなってきたのは、ラムセルの方だった。
 振り下ろした槍を二本の腕で大きく弾き返されると、体力を大きく消耗していたラムセルはとうとうよろめき、ようやく訪れた勝機を狙ったビクトラムが残りの腕を振り上げ、ラムセルの胴部に裂傷を与えたと同時に壁まで吹き飛ばす。
 ラムセルは受け身が取れずに壁へ激突するとそこは陥没し、衝撃の反動で彼は床へうつ伏せに倒れ落ちた。
「フンッ、ソンナモノカ!」
「ッつぅぅ……さすがに、そんじょそこらのザコ共とは格が違う、ってかぁッ!」
 傷付いた身体を気合いで奮い立たせて立ち上がり、すぐ近くにあった椅子を槍で器用にすくい上げると、そのまま相手の顔面に目掛けて投げ放った。
「小賢シイ!」
 片腹痛いと云わんばかりに吼え、片手でそれを難無くはたき落とす。
 しかしその椅子の向こうには、すでにラムセルの槍の矛先が目前に迫っていた。
「ムッ!?」
 眉間を皺寄せ、すぐさま背中の左腕で迫り来る槍を掴んだ。矛先は寸での距離で止まり、ビクトラムはラムセルのいた場所に素早く目線を戻す。が、その姿は無い。
 ふと上空から影が差し、顔を上げると、両腕を大きく振りかぶっているラムセルの姿がそこにあった。
「馬鹿メ…目眩シニナッタト本気デ思ッタカァ!!」
 掴んだ槍を握り潰し、口角を上げて嗤うと空いている三爪でラムセルの脇腹、左胸部、側頭部を次々に突き刺した。
 いずれも指先の部分まで届く程深々と貫き、手応えも充分。ビクトラムは勝利を確信していた。
 しかし──

「ここだぜ」

 ビクトラムのから、ラムセルの声が聞こえた。
 同時に、爪の餌食となっていたはずのラムセルはジャケットだけを残して姿が消え驚愕に目を見開き、即座に下を向く。
 そこには、両脚を大きく開いてギリギリまで身を屈めたラムセルが不敵に笑っていた。
 そして両手にそれぞれ形成させていた魔力の剣でビクトラムの両膝を交互に横薙ぎ、何の抵抗も無くすんなりと斬り裂くと切り口からドス黒い血飛沫が噴き出す。脚は切り口から離れ、一瞬にしてバランスを失ったビクトラムは後ろへ崩れ落ち、その巨体を強打する。
 離れた両脚はすぐに塵となり、ラムセルは余裕の表情でビクトラムの鼻先に剣先を突きつけた。
「即席の変わり身にまんまと引っ掛かってくれて嬉しいぜ。それとどうだ見下ろされる気分は? なかなか悪くねーだろ?」
「グゥッ……ナァメルナァァァァァァッ!!」
 ビクトラムが激昂すると両膝が泡立つ。すると瞬時に塵となったはずの脚が生え、爪を振り回しながら立ち上がると、間を与えずラムセルに踏みこみ、再び両者は猛攻を繰り広げ始めた。
「はあああァァァァァァッ!!」
「オオオォォォォォォ!!!」
 四腕の鋭爪と、魔力を凝縮して造った双剣。衝突の度に火花が弾け、二人の周りに激しく飛び散り回る。
 先程と勝るとも劣らない迫り合い。
 しかし、今度はラムセルが僅かにしている。
「グヌ、ッグゥ、ガアァァァッ!!」
「さっきより鈍くなってんぜ! こんな事になるなんざ思いもしなかった、だろ!? 見くびんじゃねぇッ!!」
「ッッッ!! ホザ、ケェェェェェェィッ!!!」
 募る焦燥と予想だにしなかった展開に憤慨し、渾身の力を奮ってラムセルの双剣を宙に弾き飛ばして彼自身も後ろへ退かせると、今度こそ致命傷を与えんと強引に身を迫らせ、飛びかかった。
 血走った眼は既に獲物を見下ろして捉えている。相手は仰け反って態勢を崩し、避けることはおろか、これから繰り出される渾身の一撃を防げるはずが無い。
 再び訪れた絶好勝機──そして、勝利の確信。
 ビクトラムは自然と愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「シネェェェイッ!!!」
 爪が届くまであともう少し。そしてこれからこの男は臓物を撒き散らしながらズタズタに引き裂かれる
 ビクトラムが脳裏で描いた想像ビジョンではそうなる。

 ──そのはずだった。

「テメェの負けだ」

 しかし、ラムセルの余裕ある微笑を垣間見た事によって、それは脆くも崩れた。
 ラムセルは強引に間合いを詰めたことによってビクトラムの爪を逃れて懐に入り、腕と肩を足場に真上へ大きく跳躍。両手を振り上げ、弾かれた双剣が魔力を帯びて反応すると空中で高速回転しながら空を泳ぎ、弧を描いてビクトラムの四本の腕を肘から断つ。
「ギャアアアァァァァァァァァァ!!!!」
 ビクトラムが断末魔の叫びを上げ、切断された腕は方々へ飛び撥ね、瞬時に灰と化す。
 双剣はラムセルの両手へ吸い着くように戻り、直後に垂直落下。ビクトラムに狙いを定めた。
「ハァァッ!!」
 捻りを加えた二刀の斬撃は肩口から胸部にかけて斜めに深く斬り裂き、鮮血が噴き上がる。
 ビクトラムは数歩よろめき、吐血して呻きながら片膝をついた。
「バカナ、ァ……コノ、私ガ…グハァ……!!」
「どんな気分だ? 今まで虐げて続けていた存在にこうしてやられると思わなかっただろ。ナメんじゃねーよ」
「グ……ヌゥ…コンナ、筈デハァ」
「因果応報。これまでの報いがやって来たんだ。今トドメを刺してやるから動くなよ」
 ラムセルはビクトラムの元へ行き、血溜まりを踏む。近づき、無言で剣を頭部に突きつけた。ゆっくりと振り上げ、頭頂に狙いを定める。
「ゥゥゥッ…グォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!?」
 振り下ろそうとしたその時、突然苦しみ出したビクトラムは大きく上半身を反らした。
 天井に向かって咆哮を上げ、突然の異変にラムセルは急いで跳び下がる。
 すると胸部の傷口がさらに開き始め、剥き出しとなった内部から徐々に球体状の“何か”が不気味に蠢きながらせり出てくる。
「ヒヒ、ヒッヒッヒィ…ビグゥドォラムゥゥ、苦戦し、でるようダナぁぁ」
「なっ!!?」
「キサマァ……!!!」
 這い出たモノ、それは血に塗れた人間の頭部──だった。
 髪は所々抜け落ち、顔も酷く溶けただれ、骨が見えている。くぐもった不気味な笑い声と共に現れた醜悪な存在に、二人は絶句を露わにした。
「あれほどぉ、見栄をギっでぇいたのに、なァんどいぅザマガッ! ガガ、不甲斐ナいギザマにぃ、わだじガ手ヲがじでやろぅゥゥゥッ!!」
 オイカノスの周りから帯状の闇が広がり始めた。それはビクトラムに次々と巻き付いていき、ビクトラムは必死にもがいて振り解こうとするが、絡み付く速度が上回っている。何かの愉悦によるものか、オイカノスは小刻みに揺れ動きながら気味の悪い嗤い声を吐き散らかす。
「コレハッ!? 止メロッ!! 我ヲ、!!」
 その叫びも空しく、闇はとうとう繭となり、心臓のように脈動を繰り返す。
「ァァァァァァ。ナんど心地ヨイ……魔族ハ格別だぁァァ。漲る、滾ル、力が…満ち溢れルゥゥ、エァッヒャッヒャッヒャッ!!」
「…狂ってやがる。ただの人間が一方的に魔族の力を手に入れられる訳がねぇだろ!!」
「何ヲ言うガァ! ぞれにわだじハ、スデにニンゲンでは無イィ! 魔ぞグをもゴエるぅぅ、そう! もばや、神ナノだからなぁァァァッギャッギャッ!!!!」
「チッ、とことん救いようがねぇクズだな……どーしようもなく憐れな奴だよ、テメェは」
 憐憫の眼差しを送り、双剣を交差に構えて戦闘態勢を取る。
 と、繭から顔を出し、オイカノスは見開かれた眼でラムセルを凝視。すぐに怒りの色を浮かび上がらせた。
「グギィィィィィィィッッ!! どぉぉィづも、ゴォいヅモォォォォォォッ!! ワ、ワ、ワダジヲ、バガに、ズルヌァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
 肌に直接伝わり、表面が小さく痺れる程の雄叫びは衝撃波の如く響き渡った。
 次に、闇色の繭から無数の触手が伸び生えると荒れ狂う波の様に暴れ出し、周囲にあるものを絡みとってはそれを吸収して何でも摂りこんだ。
 その様子に危険を察したラムセルは急いで駆け退がり、迫り来る触手を切り払いながらガラス窓を突き破って外へ脱出。とりあえず入り口の門まで避難したところで振り返った──闇は屋根を突き破り、天高く伸び、集合体となって“一本の巨大な柱”となり姿を現す。
「…オイカノスって奴は、相当強欲だったらしいな」
 見上げている巨柱の変異、増殖、肥大化は止まらず尚も増し、ラムセルは再び避難を始め森の中へ入る。
 やがて、柱の中央部からオイカノスの巨大な顔が黒い飛沫を撒き散らしながら形成され、不気味な笑顔を浮かべた。

「フフフ、ハハハ……アーッハッハッハッハッハッハッ!! ワタシニ刃向カッタ愚カ者ドモヨ…全テ……何モカモ残サズゥゥ、喰ライ尽クシテクレルワァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!」
 

   †
 

 そのは、突然姿を現した。

 その凶々しい存在は、遠く離れたシャルマットからでも充分に見える。
 轟音と呼ぶに相応しい雄叫びは、そこにいる住民達を未曾有の恐怖に陥れるには充分だった。
「あ、あぁ……」
「逃げろ、逃げろぉぉぉッ!!」
「いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
 再び絶叫と悲鳴が町中を覆う。
 人々は出来るだけ遠くへと逃げ惑い、あっという間に大混乱に陥った。
 帰って来たミャム達と合流し、再会の喜びを噛み締めていたギャバンも突然の騒動に何事かと驚き、人々が見つめていた方角を見つめる。
 遠くに見える巨大な異形を、ギャバン達は唖然と見上げた。
「ッ!?!?」
「な、何だ…ありゃぁ……」
「あの顔?! まま、まさか、あ、アイツ…! オイカノスなのかぁ!!?」
「ウソ……あんなの、バケモノとかそれ以前の問題だわ……どうしたらあんなのになるのよ?!」
「“欲望”でございます」
 クラスラーがあっさりとそう答えた。
 四人の視線が一斉にクラスラーへ向く。
「欲望、だぁ? おいおい、そんなんであんな醜いバケモンになっちまうのか!?」
「おそらくですが。彼の欲望が魔族の力と反応してあのような醜い姿になってしまったものではないかと…」
「そんな事でなってしまうものなのですか?」
「人間に限らず、欲望というのは、底も限界もありません。求めれば求める程、膨らみ続けるモノ…ある種“生命の根源”とも云えます」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれよ!! そんな哲学みたいなこと言ってないで、もっと分かるように言ってくれよ!!」
「先程申し上げたのが、答えでございますよコンラッド様。オイカノスの内にあった欲望が魔族の力と反応し、理性を超えて暴走したもの…あれこそまさに、欲望の塊そのものです」
「そ、そんな……たった、たったそれだけでかよ…?」
「アイツぁ、元から欲しいモンはどんな汚ねぇ手ぇ使ってでも、強引に掻っ攫うような奴だ。何にもおかしい事じゃねぇ…ただ、あぁなっちまう程とはなぁ」
 ギャバンが再びオイカノスだったモノを見上げた。
 高くそびえる巨柱からは、高笑いを続けるオイカノスの顔がはっきり見える。
 そんな異様な光景にギャバンは頭を押さえた。
 コンラッドは頭を抱え、途中から耳を塞ぎ始めると、震えながら首を何度も横に振ってはのし掛かる恐怖を払いのけようとする。しかし、そんな簡単には拭えず半ば狂乱しているように見えた。次第に震えが止まらず、小さく呻いてはその場に座り込んだ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
「コンラッドさん! しっかりして下さい!」
「……おい。このままだと、一体どうなっちまうんだ?」
「……もし、もしこのままでしたら、アレは地上の全てを飲み込み、さらに肥大化していきましょう。そうなればやがて地表は埋め尽くされてしまい、何処にも逃げ場などありません。人類は確実に滅びます」
「そんなッ!!?」
「冗談じゃないわ!! このまま黙って見てるだなんて、絶対イヤッ!! ねぇクラスラー! どうにかしてアイツをやっつけられないの!?」
「方法は勿論ございます。しかし、ワタクシ達ではどうする事も出来ません。たとえミャム様の全魔力をぶつけたとしても、一時凌ぎに過ぎません…このワタクシも──いえ、ワタクシの場合は情けない程に、手も足もでません」
「では、どうすれば?!」
「……目には目を、魔族には魔族を。そして、その“魔族”とは──」
「まさか……ラムセルさん?」
 その言葉に、クラスラーは頷いた。
「バカな!! あんにゃろうに……いや待てよ…おい、あの時魔獣どもからオレらを助けたあの姿が、まさか……!?」
「はい。ご主人様は、人間ではありません。人間に融合した魔族…つまり半人半魔というのですが、それ故に、人間の状態で在りながらも魔族の力をお持ちなのでございます」
 ギャバン、そしてソフィーとコンラッドはそれぞれ驚きを隠せなかった。
「ラムセルさんが、魔族の力を…? とても信じられません」
「あ、あぁ…でも……あの化けもん達を一人でぶっ飛ばしちまったくらいだし、そう言われりゃ何かしっくりきちまうような。でもあの人が、そんな力持ってただなんて、それじゃ魔族って化けもんと変わんな──」

 バシンッ!!

 大きな弾ける音が響いた。
「そんなこと言わないで! ラムセルさんを、アイツらと一緒みたいに言わないで!!」
 そこでようやく、コンラッドは自分がミャムに頬を叩かれたのだと実感出来た。茫然としながらミャムを見返す。
 彼女の目には、涙が溢れていた。
「ミャムちゃん……」
「そんなこと、言わないでよ……そんなこと言ったら、何であの時、あたし達を助けてくれたの? 人間のあたし達をどうして守ってくれてるの? ラムセルさんにがあるからじゃない! それなのに…それなのにぃ……」
「お、おい! こんな時に泣いてんじゃねぇ」
「…………」
「コンラッド様、お気持ちは分かります。ですが、ミャム様の言うようにご主人様は魔族の力を持ちながら人間の心も持ち合わせている。それは、誠なのでございます。」
「……っ。ごめん…」
「知らなくて当然です。ご主人様の存在は大変希少で唯一無二。そして魔族とは、どちらかと云えば悪の方が圧倒的に多いのでございます。その中、たった独りで魔族と戦い続けております。本人は復讐と仰っていますが、魔族の手から人類──いえ、生きとし生けるモノ全てを護ってほしいと、そう融合した御方からもしかしたら頼まれたのではないかと。勝手な想像ですがワタクシはそう思います」
「………クラスラー。知っていたらでいい。その、何てぇんだ……ラムセルと融合した奴の名前、聞いたことねぇか?」
「たしか“ルクラティア・ハーシェル”と、ご主人様から伺っております」
「なッ!!? おい、間違いねーんだな、そうなんだなッ!!!」
「は、はぃ!! まま間違いございませんんんっ!!」
 その知人の名を聞いたギャバンが突然クラスラーの身体を鷲掴んで思いっきり揺さぶった。
「ちょ、お父さん!? クラスラーが苦しそうにしてるじゃないの! もう放して!」
 と、娘に強引に引き離されたギャバンは、口を半開きにしながら目元に手を当てて天を仰いだ。
「なんてこった……あんにゃろぅ、それを先に言えってんだ……」
「お父さん…?」
「たしかルクラティア・ハーシェルって、あの〈大罪人〉の名前──」
「ははは、ガァッハッハッハッハッハッハッ…アーッハッハッハッハッハッハッ!!!」
 いきなり高らかに笑い出したギャバンに四人はビクリと身体を震わせた。そして彼はそのまま店の中に入り、手短な椅子に勢い良くふんぞり返りながら座ると両手で顔を覆い、しばらくして笑い声は止んだ。
「お、おい、どうしちゃったんだよ…」
「マスター……その、大丈夫、ですか?」
「…………っ、あぁ……すまねぇ。あんまりにもクソったれな事を聞いちまったもんだからよ…みっともねぇとこ見せちまったな」
 そう言ってギャバンは覆っていた手を下ろし、目元を拭う。手に乗った涙が甲を伝っていった。
「お父さん……」
「ぃよぉぉぉっし!! オレの腹はキマった。ラムセルの勝ちに賭けるぜ」
「はぁぁ?! いくら何でもそりゃ無理だろ!!」
「じゃぁかしいぃっ!!! アイツなら必ず勝つッ!!!!」
 その一喝は凄まじき迫力だった。今度は通りを逃げ走っていた人達も、何事かと視線を向け、少し戸惑いつつも店に寄ってくる。
「……クラスラー。ラムセルさん、あのバケモノに勝てるのかな?」
「ハイ。ご主人様は、必ず勝ちます」
 そう力強く答えた。
 その応えに、ミャムの抱えていた不安は去り、笑顔で一度頷いて晴れやかな表情に戻る。
「うん! ラムセルさんなら、きっとオイカノスを倒してくれる!! ね、お父さん!」
「おうよ! アイツならオイカノスなんてどぅってことねぇ!! そうだろボウズ?」
「て、おれ!? ん、まぁ………ていうか、うんって言わねーと殴られる流れじゃない? でもまぁ、おれもラムセルさんなら何となく勝てるって思うけどさ」
「お店が襲われた時も、オイカノスの手下に攫われた時も、あの方は私達を助けて下さいました。私も、ラムセルさんを信じます」
「──皆様、本当にありがとうございます。では、ワタクシは主の元へ向かいます」
 クラスラーは頭を深々と下げ、身体が霧状に霞み始めるとすぐに消えていった。
 一同の不安が完全に拭えたわけでは無い。しかし、僅かな望みが生まれたのは確かだ。
「……あたし、信じてるよ」
 最後を誰に聞かれる事も無いほど小さく呟き、瞳に希望を宿してミャムは再び異形の巨柱を見上げた。


   †


「やーれやれ…コイツは骨が折れそうだ」
 もはや圧巻してしまうほど巨大にそびえ立つオイカノスを、ラムセルは木の上から険しい眼差しで見上げながら、攻撃の機会を伺っていた。
 柱の周りには数多の触手が蠢いている。下手に近づけば簡単に捕らわれしまいそうな、そんな考えが思いついてしまう。
「サァテェェェ…虫ケラメ、覚悟ハァイイナァァァ、アアアァァァァァァ!!!!」
 オイカノスの雄叫びが大気を震わせる。
 たったそれだけでも衝撃は凄まじく、周囲の木々は嵐でも受けているかの様に横薙ぎなされ、ラムセルも踏ん張らなければ飛ばされてしまいそうだった。
 すると──地面から数本の触手が勢いよく突然飛び出し、鋭く尖った先端がラムセルに襲い掛かる。
「《空舞疾走エアスト・ラーディラン》!」
 魔術を唱えて跳び上がり、触手は木を裂いて空を切った。が、すぐに軌道が変え再び襲い来る。
「《旋風光刃ウィルディレイド》ッ!」
 と、今度は迫り来る触手達に掌をかざして光矢を放ち、次々に迎撃して射落とす。
 しかし、攻撃しても後続から新しい触手が迫り、いくらやってもキリがなかった。
「チィッ…!」
「カカカカカカッ!! ドウシタ、ドウシタ! モット逃ゲ回レィィィ!!」
 より多くの触手が柱から、地面からと這い出で、それらは縦横無尽にうねり始めると先端を向けて一斉に襲い掛かった。
 もはや周囲を覆われ、ろくに立ち回れない状態で迫り来る触手の群れを素早く一瞥すると、大の字に身体を広げ「《風烈鎧壁テンぺスティクト》ッ!!」と、自身の周りに魔術の防壁を展開。触手は防壁によって遮られ、ラムセルはなんとか串刺しを免れた。
 しかし──それでも攻撃の波は止まる気配が無く、衝突が繰り返される。
「ソォラ、ソラソラソラソラ! ソオォォォレェェェェェェィ!!!」
「ぐ、くぅ……っ!!」
 容赦無く攻め続けるオイカノスに前に、ラムセルは魔術を維持するためのに消耗し続ける──瞬く間に削られ、少しずつ防壁は小さなり、薄れ始める。
 やがて限界が訪れだし、ラムセルに苦悶の表情が浮かぶ。
「ハハハハハハ! 今、楽ゥゥニ、絞メ殺シテヤルゾ!!」
 触手が防壁に束となって包み込むと、捻りを加えてしぼり始めた。
 その内側では、防壁の軋む音がさらに広がっていく。砕かれるのも時間の問題だった。
 ラムセルは瞳を閉じ──力強く見開く。双眸は紅く染まり、力を増幅させて防壁を再度内側から構築。奥歯を噛み締めて踏ん張りながら何とか瀬戸際を耐え凌ぎ、さらに少しずつ、僅かにだが確実に押し返している。
「ん、グッ!! お、オオラァァァ、ァァァァァァァァァッ!!!」
「ホッ、ホォォォォォォウ!! マァダ抗ウカッ!! コザカシイィィィィィィィィィ!!!」
「──ッ!!?」
 ラムセルの押し返しも空しく、オイカノスもさらに力も込めると再び劣勢に立たされた。
 敵わない膂力に再び押し潰される防壁にはとうとう亀裂が生じ、割れ目は瞬く間に拡まっていく。
 ラムセルの気力に限界が訪れようとした時だ──
「ご主人様!!」
 ラムセルの眼前に突如現れた雲が小さな龍の形を成す。クラスラーだ。
「良いタイミングだ。一気に片付ける、来いッ!!」
「御意!!」
 その合図と意味を瞬時に組み、クラスラーは全身を透過──

「《魔装変転メギア・ディアス》!!」

 ラムセルの身体が緑光に眩く輝いた。
 輝きは触手の絡み合っている隙間からも溢れ出し、その異変と内側から膨れ上がる不可解な力にオイカノスは大きく眼を剥いて驚愕を露わにする。
「ナ、ナ…ナンダッ?! 何ガ起コッテイルゥッ!?」
 困惑する間にも輝きは増していく一方──そしてついに、ラムセルを捕らえていた触手の束が爆ぜた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
 大きな口から甲高く悲痛な叫びが上がり、爆ぜ千切れた触手はドス黒い体液を撒き散らしてのたうち回る。
「オ、オ、オノォレェェェ!! ユルサ──ッ!?」
 オイカノスの目の前を緑光の線が通り過ぎた。
 次の瞬間──左の視界が途切れて激痛が走る。
「ゴオオオォォォ!! オ、オノォレェィィィィィィッッ!!」
 光線は弧を描き、光球となってオイカノスの前に立ち止まり、光が弾けた。
 そこから姿を見せたラムセルは、薄緑の光沢を放つ鎧に小手や具足など、軽戦士を思わせる装備をしていた。
 鎧の背部とサークレットの側頭部にある突起物からは、防具と同じ色に光り輝く粒子が噴出している。
 ラムセルの瞳は紅いまま。手から瞬時に槍を呼び出すと、それを肩慣らしにと振り回し、不敵の笑みと共にオイカノスへ突きつけた。
「観念しな。こうなった俺は強ぇぞ」
「ンヌヌ、ヌヌヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」
 憤怒の形相を浮かべ、触手の群れが再び襲い来る。
 突き刺さる寸前でラムセルはまた一筋の光となり、線を残して離脱。その状態で空を高速で飛び回り続け、軌道上に入る触手を次々に攻撃しては切り離していった。
「コノッ!! ウルザイハエガァァァァァァァァァァァァァ!!!」
 残った右眼に怒りを滲ませてラムセルを追い続けた。残っている触手を巧みに操り、四方八方から串刺しにせんとばかりに波状で押し寄せては獲物を貫くまで執拗に攻め続ける。
 上へ下へ──左から右へ──しかし突き刺すどころかかすりもせず、ただラムセルを追い回すだけの状況となっていた。
 それどころかラムセルはその間に途中で軌道を変えては追っ手の触手を次々に両断。斬られていくごとにオイカノスの悲鳴は上がり続けた。
 オイカノスにもとうとう疲労の色が見え、ついに巨大な顔を揺らして悶え苦しみ始める。
「ハァ、ハァァァ……! 何故ダ…何故、ワタシガオサレテイルゥッ!? ナゼダァァァァァァ……?!」
「おいおい、よそ見してる場合か? 苦しんでる割には余裕、あんじゃねーかァッ!!」
 さらにもう一本の触手を断ち、体液が舞い散る。
 止まること無く次の行動に移ったラムセルは、一直線にオイカノスの顔へ高速度で突撃していく。
 瞬く間に接近──その時、オイカノスの口が大きく開くと、そこから大量の触手が吐き出され一斉にラムセルへ押し寄せた。ほぼ至近距離まで迫っていたため、回避は不可能だ。
 だがラムセルに怯む様子を見せる事もなく、それどころか不敵さを増して速度を上げて濁流の中に突撃し激突すると、彼の小さな身体はあっという間に飲み込まれた。
(バァガァメェェ!! 自分カラ死ニニ来ルトハナ………ッ!?)
 異変はすぐに感じ取れた。
「ナメんな…この程度で、止まるかぁぁっ!!!」
 ラムセルの気迫に感応し、粒子の噴射が強まると全身を包み込み、勢いを増して濁流の中を掻き分けて進む。
 進んだ先で唐突に手応えが無くなり、思わず勢いを落として宙に停止。見渡すと、そこは大きな空洞となっていた。
 と、そこから呻き声を聞いたラムセルは上を向くと、その天部には上半身がむき出しとなったオイカノスがおり、両手と下半身を壁に埋め込まれている状態だ。
 彼の肌は紫色に濃く変色しており、胸部にはゆっくりと燐光を放って明滅する漆黒の鉱石がある。
 ラムセルは、それが“核”であると直感した。
「オ、オノレェェェッ!!」
「……哀れなもんだな」
「ナ、ナニィ…!?」
「そこまでいくともう惨めにしか思えねーよ。ちっぽけな権力使っての横暴と略奪、魔族の力も使って手に入れたモンは何だ? 何が残った? こんな気色悪りぃもんデカデカと造っちまっただけじゃねーか」
「ナンダ、トァ?! ァァァ……」
 オイカノスが急に力無い声を洩らして身体を痙攣させながら強張らせていると、ゆっくり、じわじわと壁に取り込まれていく。
「で、手に負えねぇ力に振り回されて身体蝕まれて、そのまま一部になっていくのが今の末路だ。どうだ? 虚しいだろ? それが魔族の力に手を出した“報い”ってやつさ」
「ワ、ワタシハ、コンナ…コンナ所デェェッ!! オリアスダケデハ…アルフジャウスモ、イヤ……世界ヲ統ベルコノワタシガ、コンナァァァァァァァァァッ!!!」
 ラムセルは目を伏せ、首を横に振る。
 どこまでも醜い。胸中で呟き、片手を矛先に添え、槍を引いて構えた。
「そろそろ終いにしようぜ。戯言はもうウンザリだ」
 その呟きに対して、オイカノスの悲鳴にも聞こえる絶叫が轟く。
 すると、壁から先程まで相手していた触手が所かしこに生えてきた。今度は先端が丸み帯びており、中央が割れたその内側には細かく鋭い牙がいっぱいに広がっている。
 それらがラムセルを喰らおうと一斉に襲い掛かった。
「いくぜ」
 ラムセルが翔ける。襲い来る触手は翔け抜けた衝撃波で容易く消し飛んでいく。
 ───零距離。
 そこで繰り出した一撃は、オイカノスの核をいとも簡単に砕いて身体を貫くと、勢いを殺さずに外壁をも貫いてオイカノスの身体ごと外へ突き進む。
 内部から脱出し、オイカノスは槍から抜け落ちた。
 穿たれた胸部からは核の欠片が舞い、落下していくオイカノスは両腕を伸ばしてそれを掴もうと必死にもがき足掻いた。
「イ、イヤだ…死ニタク、ない……死ニだぐないィィィィィィィィィィィィッッ!!!」
 その眼に焦燥と絶望を宿し、すでに感覚も失われている指先から灰となって自分が霧散していく様を見つめながら、慟哭は空に木霊する。
「うるせぇ、喚くな」
 そう言ってラムセルはオイカノスの前まで素早く翔び、獲物をしとめる狩人のように鋭い眼をしながら微笑んだ。その笑顔に、慈悲は微塵も無い。
「ッ!!!」
「じゃあな」
 刹那──槍を目にも留まらぬ速さで何度も突き穿つ。
 一閃一閃──身体は確実に削り取られていく。

 「オオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……」

 断末魔の悲鳴だけを残し、オイカノスは跡形も無く消え散った。

 異形の巨柱も核であるオイカノスを失ったことで高速で炭化が進み、乾いた音を立ててひび割れていく。
「おっと、コイツの後始末もしなきゃだな」
 そう言うとラムセルは柱の周りを旋回し、何度も周回して緑光を帯びた旋風を巻き起こす。
 巨柱は灰の塊に──塊は旋風によって塵と化し、天高く舞い上がる。
 やがてオイカノスの屋敷があった場所には、荒れた平地だけが残った。


   †


  突如現れた異形の巨柱が緑光の竜巻によって消えて無くなった時、シャルマットに盛大な歓声が湧き上がった。
 人々は抱きしめ合い、涙ぐみ、天に向かって叫ぶ──それはミャム達も例外では無く、その場にいる全員が生の喜びを再び噛み締め、隣人と分かち合った。
 夜は明け、普段何気無かった朝日もこの日は誰もが神々しく感じ、手を組んで祈りを捧げる者もいる。

 この日、シャルマットは朝から復旧作業が始まり、夜更けとなった今でも続いていた。

 ミャムも朝から作業と再び壊されてしまった店の修繕に精を出し、ようやく修繕の目処が立ち、解放された今は自室のベッドで横になっていた。疲労も重なっており、すでに微睡みがやってくる。
「つっかれたぁぁ~~~……腕と脚、もぅパンパン…」
 そう呟く一方で、朝から片時も離れなかった人物──ラムセルのことを思い浮かんだ。
 今日、彼は帰ってこなかった。もしかしたら、もう既にどこかへ行ってしまったのではないか? いや、そんな事はない。それを頭の中で何度も繰り返した。
 しかし、今になっても姿を現さないとなると、さすがに考え方も良くない方へいってしまう。
(バカ…ちゃんと約束したのに……ちゃんと、お礼言いたかったのに)

 ガン…

「ほへ?」
  
 ガンガン。

 小さくだが、ガラスを叩く音が聞こえた。
 ミャムはすかさず飛び起き、部屋のガラス戸へ向かった。
 すると──誰もいない。
「あれ? やだ、気のせいなの…?」
 窓を開け、上半身を乗り出して辺りを伺ったが、誰もいなかった。
 一気に残念な気持ちになったミャムはため息を吐き、俯きがちにになって窓を閉めようとした──その時。

「よっ」
 
 ラムセルが上からミャムの前に顔を覗かせた。
 ミャムは小さな悲鳴を上げて跳び下がると、ラムセルは窓辺に片肘を置き、手をひらひらと振って笑顔を向ける。
「はは、こんな夜遅くに悪りぃな」
「もう! どうしてもっと直接会いに来ないんですか!?」
「シーッ!! 声が大きい。おやっさんに『ニ度と来るな』って言われちまったからだよ」
「そんなこと言ったの!? もうお父さんったら…!」 
「そう言うな。元はといえば俺が敵ばっかり見てて、お前さんとクラスラーをあの場に置いて行ったことが原因なんだ…あん時は悪かった」
「そうですよ。あのあと町の方にいーっぱい煙が昇ってるの見えて急いで戻ったら、あーんな怖い目にあったんだから」
「──悪りぃ…」
 そう言ってバツが悪そうに指で頭を掻く彼の姿に、ミャムは悪戯っぽく笑う。
「なーんて。でも、その後ちゃんと助けに来てくれたし、オイカノスの奴も倒してくれた。あたしには、それで充分。助けてくれて、ありがとう…シャルマットの皆を救ってくれて」
「……あいよ、どういたしまして」
「ねぇ。ラムセルさんは、この後どうするの?」
「決まってる。また旅に出るさ」
「………あのさ、お父さんには、あたしから説得するから…だからもう少しここに──」
「悪りぃが、それは気持ちだけ受け取らせてもらう。こうしてる間にも、魔族はあっちこっちでのさばって、ビクトラムような奴がオイカノスみたいな欲深い連中に漬け込んでは陰で悪さしてるのさ。のんびりしてる時間はねーんだ」
「でも、ちょっとくらい…」
「ダメだ。これは約束事なんだよ」
「誰との?」
「それは……オメェには関係ない」
「もしかして、ルクラティアさんって人?」
「!?」
 ラムセルが訝しんだ。
「クラスラーからあなたの事情を少しだけ聞いたの」
「アイツ……」
「それで、ルクラティアさんがどういう人かお父さんに聞いてみたの。そしたら、アイツはなんだかんだと子犬のように騒いだり、調子のいいことばっか言ってふざけたりしてたが、自分の決めた約束は絶対守ってた、って。騎士団の上の連中に意見して逆らってでも、アイツは“そこに居る誰かを護る事”にこだわってた、って」
「……それが、俺に何の意味があるんだ? 俺は、ただ魔族を殺し続けるだけだ。この先ずっと、全て滅ぼすまでな。俺はたしかにルクラティアと融合した。だが、奴の意識は魔族に対する恨み、そして復讐心だけだ……誰かを護ってくれなんて、知ったことか」
 そう吐き捨てると身を翻し、身体を屈んで飛び立とうとする。
「待って!! ひとつお願いがあるんだけど」
「これからどっか行っちまうような奴に何のお願いだ?」
「また、必ず会いに来て」
「……そいつは約束出来ない。魔族は強力だ。もしかしたら…そうはなりたかねぇけど、途中でくたばるかもしれねぇ」
「だったら……あたしも一緒に行く!」
「寝言は寝てから言いな。足手まといはいらねぇ、だいたいそんなことしたらおやっさん怒り狂うだろ?」
「それは…そうだけど……でも!!」
「どっちにせよダメだ。この旅は人間の出る幕じゃねぇ。魔力があるからって扱い方が未熟じゃ無ぇのと変わんねぇよ……俺のことはさっさと忘れて、いつもの生活に戻れ」
「……どうしてもダメなの?」
「ああ。俺の旅は個人的な目的に過ぎねぇ。そんなんに首突っ込まない方がお前さんのためだ」
「………そう。わかった」
「んじゃあ──」
「あたし、あなたに追い付いてみせる!!」
「ンなッ?! 追い付く、だぁ?」
 そう怪訝な表情で振り返ったラムセルに、ミャムは力強い足踏みで詰め寄った。
「あたしも旅に出る、それでラムセルさんに追い付く!」
「それで? その後はどうすんだ? 仮に会っても、俺は素知らぬ顔して過ぎるだけだぜ。それにだ──」
 双眸を紅に染め、ラムセルも顔を近づた。すごんだ眼差しでミャムを見つめる。
「いいか、お前ら人間の寿命は短ぇんだ。もっと人生愉しめるように考えて生きな」
「ッ! ぜーったい追い付いて、その頑固な性格叩き直してやるッ!!」
「どっちが頑固だってんだ!」
 お互いの額がぶつかり合った。しかしどちらも睨み合いを続け、しまいには二人して唸り始める。
 が、すぐにラムセルは唸るのをやめ、優しくミャムの頭を抱えた。
「……いいから、俺のことはもう構うな。俺の周りにいても、血生臭い殺し合いと、怨嗟に塗れる昏い旅路だけだ。面白くも何ともねぇ…そんなのは、俺一人で充分だ」
 それは哀しそうな言い方だった。
「忠告だ。もう魔族とは絶対関わるな。でないと、今回みたいな目に合うだろうし、場合によっちゃ、お前さんが死ぬことだってありうる。魔族なんてのは、災いの元にしかならねーのさ」
「…ラムセルさん、どうしてそこまで独りに拘るの?」
 ラムセルはミャムから離れ、目を瞑って一息ついた。
「……クラスラーから聞いたかもしんねぇが、俺は、人間じゃない。元々魔族なんだ。瀕死で死にかけだったルクラティアという人間の身体を、同じく死にかけのラムセルという魔族が生き残る為に、その肉体を手に入れた」
「…………」
「あいつは……自分の国も仲間も、何もかも壊された。それを護れなかった事が悔しくて、死んでも死にきれないってな。あの眼は今でも覚えてる。あいつは、魔族に対する怨みだけを言い遺して死んだ。そして俺は、その無念を復讐に変えて果たしてやるって約束した」
「護れなかった…? 待って。それじゃルクラティアさんは──!?」
「どうやら〈大罪人〉ってことになってるらしいが、そんなのデタラメだ。むしろ立派な騎士だったと思うぜ。あんな状態でも、最期まで自分より他人の心配してたからな。魔族にゃそんなもん無縁なもんだからよ」
「ひどい……そんなの、あんまりよ……」
「いつの世も、公に曝されるのは、大抵塗り固められた嘘ばかりだ。真実は闇の中に葬られちまう。ギャバンのおやっさんを探してた理由にそれも含まれたんだけどよ、残念ながら伝えず仕舞いだ。悪りぃがこのこと伝えておいてくれ」
「──その必要はねーよ」
 唐突に割り込んだ声に二人は驚いてその方向を見た。
 ギャバンが扉を開けて部屋に入っている。
「ったく…こんな夜中に若ぇ娘の部屋に忍び込むったぁ、とんだクソ野郎だな」
「お父さんッ!? あ、えっと、これは違うの! 待って、話しを聞いて!!」
「ミャムおめぇは黙ってろ。ラムセル、今の話し、本当なんだな?」
「ああ」
「そうか……良かったぜ。やっぱりアイツぁ、オレの信じてたルクラティアだった。それが本当で、ホントに良かった…」
「………それともう一つ、ルクラティアからの伝言だ」
「あん?」
「『おやっさんはまだまだこれからも長生きしてくれよ』だってさ」
「…あんの、大バカ野郎が……」
 ギャバン、そしてミャムの目から涙が流れ落ちる。ミャムに関しては嗚咽も漏らしていた。
「歳取ると涙腺が弛んでしょうがねぇ……ラムセル、あん時はすまなかった。オイカノスの野郎をぶちのめしてくれてありがとよ。復讐とやらが済んだら必ずまた来い。そん時は客として、礼の酒一杯ぐれぇ奢ってやらぁ」
「………生きてたらな。んじゃ」
 と、今度は颯爽に飛び去り、ミャムが一瞬出遅れて外を見た時には、あっという間に遠くまで離れていた。
「また、来るかな?」
「さあな。それよりミャム…おめぇ、アイツを追いかけるんだってな?」
「うぇっ!? え、ええっと、それはまぁ、そうしたいなーって思ってたけど、でもダメだよね! うん、わかっ──」
「とりあえず、店が建て治るまではだめだ。建て終わったら好きにしろ」
「へ?」
「ついでに色々世の中見て周って来い。若ぇうちに沢山経験していけ。そんでもって、楽しんでこい」
「で、でも」
「ここの事なら心配すんな。何とかしていけるさ。幸い、コンラッドが店で働かせてくれって言ってきたんでな。まあ、みっちり仕込んでやるさ」
「お父さん…」
「……おめぇも必ず帰ってこい。いいな?」
「ッ!! …うん、約束する!!」
 そう言って笑顔で彼女は小指をギャバンの前に掲げる。
「ばっか、指切りなんざしなくてもいいだろが」
「だーめ。ほら!」
 ミャムは無理矢理父親の小指に指を絡め、久しぶりの指切りを交わした。
 そんな時の照れくさそうな父の表情は、ミャムにとってとても素敵なものだった。
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