贖罪の救世主

水野アヤト

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第20.5話 みんな愉快な?ヴァスティナ帝国

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「はあ・・・・・・・・・・・・」

 洋館の中をとにかく逃げまわり、気が付けば、自分が今どこにいるのか分からなくなったクリスは、今現在洋館のとある一室に隠れていた。恐怖で暴走したクリスは、霊達から逃げるために走りまわり、目に付いた部屋へと逃げ込んだのである。
 クリスが逃げ込んだ部屋は寝室であった。寝室の中に置かれた大きなベッドの傍で、彼は俯いて座り込み、恐怖で震えていた。

「何なんだよ畜生・・・・・・・・」

 目の前に現れてしまった、本物の幽霊。彼にとっては、絶対に現れて欲しくなかった存在だった。
 こんな事ならあの時強がったりせず、帝国で大人しく留守番しておけばよかったと、先程からずっと後悔している。
 こんな場所からは早く出たいと思っているのだが、彼自身が恐怖で動けなくなっているせいで、外に出る事も、リック達と合流する事も叶わない。彼はここで、震え続ける事しか出来なかった。

「見つけたぞ、破廉恥剣士」
「!?」

 声をかけられて気付くと、クリスの目の前には、彼を捜しに来たレイナの姿があった。
 リック達より別れて彼を捜していたレイナは、二人よりも先に捜索対象を見つけ出したのである。

「・・・・・・・・どうやって見つけやがった」
「霊達に聞いた。酷く怯えた様子の男がこの部屋に居ると、そう教えて貰った」

 クリスを見つけるまで、レイナは洋館の中を捜索しながら、途中に出会った様々な霊達から情報を集めていたのである。「剣を差した金髪の男を見なかったか?」と、聞いて周っていたのだ。
 初めて訪れた、内部構造が全くわからないこの洋館の中で、簡単にクリスを見つけ出せたのはそのためである。
 
「大丈夫か?」
「ちっ・・・・・、お前に心配されるなんてな。俺も焼きがまわったぜ」
「無理をするな。誰にだって、苦手なものはある」

 普段ならば絶対に、彼女はクリスの事を心配などしない。本当に珍しい事だ。
 レイナはクリスの左隣に腰を下ろす。無理やりにでも連れて行く気はないらしい。

「霊達を恐がる事はない。皆、貴様に危害を加えるつもりは無いのだ」
「知るか!だったら目の前に現れるんじゃねぇ!」
「話相手が欲しいだけなのだろう。どうやら貴様は気に入られたらしいからな」
「何でだよ!?」
「貴様は破廉恥で失礼な男だが、顔だけは良いからな。そのせいだろう」

 確かにクリスは、所謂美男子である。
 街を歩けば女性にモテるし、女店主の店で品物を買おうものなら、沢山のサービスを受ける程だ。帝国内で彼は少女達からの人気も高く、まるでアイドルの様な存在となっている。
 先程の少女の霊もまた、そんな彼の美男子さにやられたのかもしれない。

「しかし、貴様にも恐いものがあるとはな。いつもは私の方が馬鹿にされがちだが、今日ばかりは立場が逆だ」
「・・・・・・・馬鹿にしたきゃすればいいだろ」
「なに?」
「・・・・・・リックの前で、あんな情けない姿を見せちまったんだ。お前に馬鹿にされても仕方ねぇ」

 恐がっているだけでなく、相当落ち込んでいるのだ。
 溜息を吐いたクリス。そんな彼を、彼女は何も言わずに見ているだけだった。

「・・・・・・ガキの時によお、枕元に幽霊が立ってた事があんだよ」
「・・・・・・」
「戦争で死んだ騎士の霊だった。両腕が無くて、顔も滅茶苦茶で、目玉が飛び出してやがった。・・・・・・そいつが俺に金縛りかけて、一晩中枕元に立ってやがったんだよ」
「そうか・・・・・」
「あの時は、死ぬほど怖かった。不気味な奴に一晩中立たれて、身動き出来なくなって、逃げたくても逃げられなかったんだぜ。それが、トラウマになっちまった・・・・・・」

 自分の過去を、彼は語って聞かせた。
 この話は、彼がまだ五歳の時である。その時の彼では、トラウマとなるには十分過ぎる程の恐怖であった。

「あの日から、俺は幽霊の類が駄目なんだよ。どうしてもびびっちまう」
「そうだったのか。ならば、強がらずに最初からそう言えばよかっただろう。と言っても、貴様の性格ではそれは無理な話だったか」
「うるせえ・・・・・・・」
「まだ恐いのだろう?貴様が動けるようになるまで、私も待つ。一人にはしない、安心しろ」
「!!」

 てっきり、馬鹿にされるものだと思っていたクリスは、彼女のまさかの優しさに度肝を抜かれた。
 普段から犬猿の仲であり、口喧嘩は日常茶飯事で、時には武器を取っての争いにまで発展する、そんな関係である。それなのに今回は、彼女がクリスに対して優しいのだ。

「どういう風の吹き回しだよ・・・・・・」
「貴様のあの取り乱しようを見れば、気を遣いたくもなる。それに、これまで貴様には何度も助けられた。借りを返したい気持ちもある」
「はあ?俺がいつ助けたって言うんだよ」
「・・・・・・・」
「そこで黙るのかよ!」

 彼女は自分の口では言いたくないらしい。クリス自身に、自分で気付けと言いたいのだ。
 その理由は、単に言うのが恥ずかしいだけである。彼女の性格的に、こればかりは仕方がない。
 
「・・・・・ちっ、まあいい。なあ槍女、幽霊共はいつになったら消えるんだ」
「朝になれば皆寝静まるだろう。この洋館を彷徨う霊達は、近くの墓地から集まってここで遊んでいるのだそうだ。朝になればそれぞれの寝床に戻るはずだ」
「嘘だろおい・・・・・。じゃあ俺は、ここで朝まで待つしかないのかよ」
「朝まで待つ必要はない。貴様が昔出会った霊は悪霊だったのかもしれないが、この洋館の霊達は大丈夫だ。普通に出ればいい」
「それが出来たら苦労しねぇんだよ!!」

 霊を見ただけで腰を抜かしてしまうため、このまま部屋を出て再び霊と遭遇したならば、今度は卒倒するかもしれない。今の彼の状態では、十分あり得る。
 
「少しずつ慣れていくしかないな」
「慣れる?」
「苦手を克服しろ。霊達と話せば、恐くなくなるかもしれない」
「そんなに上手くいくかよ・・・・・」
「ならば、その子と一度話をしてみたらどうだ?」
「その子・・・・・・・・?」

 レイナが、クリスの右隣を指差した。
 そこには何もいないはずだった。だが彼女が指差した瞬間、それは見えるようになってしまった。
 
「お・・・にい・・・ちゃん・・・・、あ・・・・そ・・・ぼ・・・」
「!!!!??」

 先程クリスの脚にしがみ付いていた、幼い少女の霊。今度は喋った。
 霊は真っ直ぐクリスを見つめ、服の裾を掴んだまま離さない。顔面蒼白の不気味な少女だが、ドレスの似合う可愛らしい少女である。幽霊だが、そう恐くは見えない。
 この少女の腹部から、内臓と思しきものがはみ出ていなければ・・・・・・・・・・・・。

「どうやらこの霊は貴様と遊びたいようだ。慣れるためにも、まずは話をしてみるところから始めて見ろ。んっ、どうした破廉恥剣士?返事をしろ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「気絶している・・・・・・・」





 この後、少女の霊を見て気絶したクリスをレイナが抱え、部屋を出て暫くしてリック達と合流を果たす。
 リック達は洋館の外に出て、気絶したまま目覚めなかったクリスを運び、帝国へと帰還したのである。
 幽霊が本当に現れるこの洋館は、レイナが「あそこは彷徨える霊達の遊び場なのです。どうか、取り壊すのだけは御一考ください」と進言したため、洋館は取り壊さずに残しておくと決まった。
 かくして、洋館調査隊の小さな冒険は、幕を閉じたのである。
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