贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十一話 反攻の刃

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「参謀長!全軍、侵攻準備完了致しました!」
「わかった」

 帝国参謀長リクトビア・フローレンスのもとに、準備完了の報告を伝えた兵士。その兵士の声には熱が入っているのがよく分かる。兵士の目には戦意が滾っていた。今や帝国軍はこの兵士同様、末端の兵士達までその士気は高い。
 彼らにとっては、待ち望んでいた戦いの時がやって来たのである。そして、待ち望んでいたのは彼も同じだ。

「ではリック、いつものを頼むよ」
「わかってる。・・・・・・偶にはお前がやってみるか?」
「私では役不足だよ。これができるのは君しかいない」

 リックの隣に立つ軍師エミリオは、彼に「いつもの」を頼んだ。エミリオの言う「いつもの」とは、リックお得意の激励の事である。
 君しかいないと言われ、少し微笑んだリック。彼が笑ったのを見て、エミリオも笑う。いつも通りの彼の姿に安心したからである。
 
「じゃあ始めるか。皆集まってるよな?」
「はい!全軍、参謀長の御言葉をお待ちしております!」

 兵士にそう言われ、リックは移動を開始する。彼が目指す先は、全軍の集結している集合場所であった。
 ここはエステラン国の国境線付近。帝国参謀長リクトビア・フローレンス率いるヴァスティナ帝国軍は、現在ここに集結を完了していた。集結目的は勿論、宿敵エステラン国への侵攻である。
 集結した約四千の兵力は、ヴァスティナ帝国軍と友好国の兵力をかき集めた混成軍であり、南ローミリアの総力が集まっていると言っても過言ではない。だが、これだけの戦力を集めても尚、エステラン国の総兵力には及ばないのである。
 それがわかっていようとも、彼らは戦う事を止めはしない。宿敵エステランを倒すために、命を懸ける覚悟を決めたのだから・・・・・・。

(この時をずっと待ってた。この時のために、俺達は出来る全てを用意した)

 宿敵を滅ぼすために、ヴァスティナ帝国は戦力を増強していった。常に南ローミリア内で志願を募り、帝国軍兵力を増強した。時には志願の話を聞き付け、他国から多くの者達が集まり、それらも戦力に加えていったのである。
 さらに帝国軍は、自国の兵器開発をこの日のために推し進め続けてきた。試作品を完成させ、それらを数々の戦闘に投入し、能力情報を集め続けた。そうして正式採用され、量産化が始まった兵器を投入している。ヘルベルト達鉄血部隊の兵器が、まさにそれであるのだ。
 最新兵器の量産化が可能になったのは、帝国へ秘密裏に協力している、ジエーデル国の援助によるものが大きい。他国に知られぬよう、秘密裏に帝国へ送られた鉱物資源のお陰で、帝国軍の装備更新は進んでいる。銃器の数は揃い始め、弾薬は大量に用意された。
 とは言え、まだ銃火器は帝国軍全体に行き渡ってはいない。一部の部隊の完全銃火器装備が完了しただけである。しかし、頼もしい力であるのには変わりない。
 
(勝てる。いや、勝利以外は許されない。たとえそれが、どんな犠牲を払う事になっても・・・・)

 全軍が集められた場所に到着し、リックは用意されていた号令台の上に立った。台の高さのお陰で、全軍の姿を見渡す事ができる。リックは集まった兵士達の姿を、その目に焼き付けていた。
 皆、その目に消える事のない闘志を燃やしていた。兵士達は全員整列し、自分達の最高指揮官の言葉を待っている。
 今日この日のために、彼らは自らを鍛え抜いた。数々の戦いを生き残り、散っていった者達の想いを背負い、ここに立っている。リックを含むこの場の誰もが、勝利のために命を懸ける。
 整列する兵士達の先頭には、リック配下の精鋭達の姿がった。レイナ、クリス、ゴリオン、イヴがそれぞれ並び、リックの言葉を待っている。兵士達の中には、アングハルトやライガの姿もあった。彼女達もまた、兵士達と同様にこの日を待ちわびていた。宿敵エステラン国を討ち滅ぼすための、決戦を・・・・・。

「リック、皆揃ったで。いつもの頼むわ」
「わかってる。それはそうとシャランドラ、あれは本当に大丈夫なのか?」
「モチのロンやで!エステランの奴ら皆殺しにしたるから、期待しててくれや!」

 台に上ったリックの近くには、今日のために新兵器を開発し続けていたシャランドラの姿もある。彼女は邪悪な笑みを浮かべ、とても上機嫌であった。その理由は簡単である。彼女もまた、この戦いを待ちわびていたからだ。
 
(始めるか・・・・・・・)

 皆の士気の高さを再確認し、リックは思った。
 「これで負けたら、この場の全員に恨まれる」と・・・・・・。

「この場に集まった全兵士達に問う!お前達の仕事は何だ!?」

 号令台に上がり、大声で全兵士に向けて叫んだリック。彼の言葉を待ちわびていた兵士達は、完全に意識をリックへと向け、次の言葉を待っている。

「お前達の仕事は蹂躙だ!侵攻先にいる全ての敵を殲滅し、我らが帝国に勝利をもたらせ!そのためにお前達は存在している!殺せ、何もかも殺し尽くせ!!その先の勝利を得るまで戦い続けろ!!」

 彼の言葉には、多くの感情が乗っていた。
 殺意、責任、後悔・・・・・・・・・、そして何より、怒り、憎悪、悲しみ。彼の全ての感情が、その言葉に現れている。
 これは復讐だ。彼にとっても、帝国で勝利の報を待つ彼女にとっても・・・・・・・。

「敵はエステラン国だ!あの国は我々から全てを奪った!!」

 帝国の光。その存在を奪い去った、憎むべき敵国。あの国を滅ぼす為に、今日まで戦い続けた。
 彼が絶対の忠誠を誓い、守り抜きたいと誓った少女。少女は、優しい帝国の女王だった。美しく、儚く、温かかった。彼はその全てを守ると誓っていた。
 だが奪われた。少女は憎むべき二国によって、その命を失った。少女の死によって多くの者達が絶望し、その眼に憎悪を宿して、手に武器を持った。
 全ては、この血の代価を払わせるため・・・・・・・。

「我らが現女王アンジェリカ・ヴァスティナ陛下の姉君、前女王ユリーシア・ヴァスティナ陛下の暗殺に加担したあの国を、我々は絶対に許してはならない!!立ち止まるな、進み続けろ!己の命が燃え尽きるその時まで、戦え!!」

 彼は戦い続けた。前女王ユリーシアを守り、いつの日か彼女を救って見せると誓い、交わした大切な約束を果たす為、戦い続けてきた。どれだけ傷付こうとも、どんな犠牲を払おうとも、彼は止まらず戦い続けたのである。
 しかし、ユリーシアはこの世を去り、彼は全てを失った。だが彼には、果たすべき約束が残されていた。
 
(ユリーシア・・・・・・、君はこんな戦いを望まないよな)

 何度も見た、ユリーシアの悲しみに暮れた姿が脳裏に浮かぶ。
 きっと彼女は、仇を取って欲しいなどと願わない。

(だけで俺も皆も、あいつらを殺さないと前に進めない。許してくれ、ユリーシア・・・・・・)

 きっと彼女は、彼を許すだろう。優しい彼女は、彼がどんな選択をしようとも、きっと許してくれる。
 命を削られ続け、光さえ失い、それでも皆のために力を尽くしたユリーシア。脳裏に浮かぶ彼女が、彼に優しく微笑んだ。

(君との約束は必ず果たす。だから・・・・・・・)

 だから、彼は戦う。

「散っていった者達の想いを忘れるな!あの日味わった怒りと悲しみを忘れるな!我々は奴らを決して許さない!」

 帝国と女王を守るため、多くの者達がその命を燃やし、散っていった。
 戦いの中、失われていった仲間達。その中には、リックにとってかけがえのない存在がいた。

(メシア・・・・・・)

 師と仰ぎ、共に戦い、愛し合った特別な存在。互いに添い遂げると誓ったが、それは叶わなかった。
 彼が苦しんでいる時、彼女はいつも傍にいた。彼女はその温もりで彼の心を癒し、彼の事を守り続けた。

(俺はあなたに何も返せなかった。貰ってばかりで、甘えてばっかりだった。こんな俺ができるのは、あなたの仇を取る事だけ・・・・・・・)

 逆恨みかもしれない。そうと分かっていても、自分の奥底から湧き上がる憎しみが、奴らを殺せと訴え続けるのだ。
 彼が見た、彼女の最後の姿が脳裏に蘇る。かけられた最後の言葉が、心へと響く。

「女王陛下は我々に命じた!敵国エステランを討ち果たせと、そう御命じになった!ヴァスティナ帝国女王の命令は絶対である!!女王陛下のため、帝国のために、己の全てを懸けろ!!」

 言われずともわかっている。そう、兵士達の顔に書いてある。
 レイナやクリス達、そしてこの場の全兵士が、この男に命を預けた。帝国軍は勝利のために、この命の全てを懸ける。その覚悟は既にできていた。

「行くぞ、南ローミリア最強の兵士達よ!!目指すはエステラン国南方防衛線!ヴァスティナ帝国軍全軍、出撃せよ!!!」 
「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」」」
 
 集まった全兵士達の雄叫びにより、空気と大地が大きく震える。耳を塞ぎたくなる程の大音量が、彼らの士気の高さを表していた。
 彼らは行く。激戦必至の戦場へと、恐れず歩を進める。
 帝国の狂犬配下の戦士達が動き始め、軍団が二つ形成された。一つは決戦部隊であり、エステラン主力を撃破する為の強力な軍団である。もう一つはリックが直接指揮する軍団で、彼らは決戦部隊とは違うルートを使い、エステラン本国を目指すのである。
 激励と宣言を終えたリックが号令台から降りると、決戦部隊の最強戦力であるレイナとクリスが、彼のもとに歩みを進めた。それぞれの戦場へ向かう前に、最後の挨拶を済ます為である。
 レイナもクリスも、この戦いで死ぬつもりはない。だが、戦場に出る以上、戦死する可能性はある。これがリックとの、最後の会話になるかもしれない。それを覚悟し、彼のもとへと向かうのである。
 しかし、これだけが理由ではない。二人は不安なのである。自分達が彼の傍に付いていなくて、本当に大丈夫なのかと・・・・・・。

「おいリック、本当に俺がいなくて平気か?」
「大丈夫だって。こっちにはイヴもアングハルトもいるし、ちょっと心配だけどライガだっているんだぞ。ミュセイラもシャランドラも一緒だから、心配するな」
「恋文女がいりゃあ少しは安心できるがよぉ、他の奴らは・・・・・・・」

 クリスの不安要素は、レイナも同じである。
 まず、両腕である自分達がいない事。そして、味方にとって最強の盾である剛腕鉄壁のゴリオンもおらず、リック指揮下の兵力は千人しかいない。最高指揮官を守る戦力数としては、心許ないと言えるだろう。
 
「大丈夫だよクリス君♪僕がこの新しい銃でリック君を守ってみせるから、安心して♪♪」
「そうやで。うちとイヴっち、それにセリっちまでおるんやから大丈夫や。レイナっちもそんな心配せんでもええんやで」
「しかし・・・・・・」

 クリスとレイナの表情から不安は晴れない。二人は、あの日と同じ事が起こってしまうのを恐れているのだ。自分達が付いていれば、あの悲劇は起きなかった。そう思い詰めているが故に、不安は消えない。
 特にレイナは、あの日の後悔を己の罪だと思い続けている。彼の傍にいなければ、また悲劇が繰り返されてしまうという最悪の想像が、脳裏から離れないのだ。

「二人とも、大丈夫なんだな」

 不安の消えない二人のもとに、ゴリオンが歩み寄る。彼の顔には、二人が見せる不安の表情は全くない。

「オラは信じてるんだな。オラたちがリックを守れなくても、みんながリックを守ってくれるんだな。それに、オラもみんなも強くなったんだな。あんなことは、もう起きないだよ」

 彼が不安を覚えないのは、皆を信じているからだ。
 リックも、その仲間達も、ずっと強くなった。あの日の絶望から這い上がり、様々な想いを抱いて今日まで戦い続け、運命の日を迎えたのである。だから彼は言う・・・・・・、信じろと。

「二人とも、みんなを信じるんだな。リックもなんだな。リックも心配する事ないんだな。決戦部隊のみんなは、オラが絶対守って見せるだよ」
「・・・・・はははっ、お前には全部お見通しか」

 不安なのはリックも同じだった。
 エミリオが指揮する決戦部隊は激戦必至。本来ならば、帝国軍の総兵力を向けなければならない。しかし今回の作戦では、部隊を二つに分けて侵攻する必要がある。
 自分が決戦部隊の者達と共に戦えない。共に戦えないからこそ、リックは不安を覚える。彼はそれを隠しているつもりだったが、ゴリオンには気付かれていた。
 
「帝国最強の盾のお前がいるんだもんな。確かに、心配する事なんてないか」
「おいリック!俺よりもこいつの方が信頼できるってのかよ!?」
「当然だ破廉恥剣士。今更何を言っている」
「てめぇこの野郎!喧嘩売ってんのか脳筋槍女!!」

 いつもの会話、いつもの風景。
 これがヴァスティナ帝国軍である。戦いの中で散っていった仲間達もいるが、新たな仲間達を得た帝国軍は、この場に揃いし力をもって、初の侵攻作戦を開始するのだ。
 用意は整っている。兵も揃えた。今日まで鍛え、覚悟も決めた。敵を殺す為の武器も大量にある。
後は、行くのみ。

「ほらお前ら、喧嘩は作戦が完了した後だ。行くぞ、戦争の時間だ」





 南ローミリアの盟主、ヴァスティナ帝国の軍を主力とする混成軍は、軍団を二つに分けて行動を開始した。敗北の許されない侵攻作戦は、次なる段階に上がったのである。
 これは、帝国の研ぎ上げた反攻の刃が、宿敵の喉元に突き付けられた瞬間だった。
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