セブンス・ヘブンズ・オーソリティ -SEVENTH HEAVEN'S AUTHORITY-

ヴァルヴィリヤ=B=リースフェルト

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第一章 高等学院編 第二編 学院の黒い影(一年次・冬)

EP.XXIV 第三の天啓

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 モーセはその時、こう言って(彼らの指導者アルコーンを)命じた。
「書記官は(法の解釈者として)お前たちの間で(皆の言い分を)よく聞き、ここに住む兄弟たちや、寄留する者たちの間(に起こるいさかいや問題)を正しく裁くのだ。
 お前は裁きにおいて偏り見ることがあってはいけない。
 お前は小さな子供も大人も等しく裁かなければならない。
 お前は人の顔(裁きの後の逆恨みや評判)を恐れてはならない。
 なぜなら裁きは神によるものであり、お前はその代理人であるからだ」



   無限回廊書架 DDC. 221
   ――LXX<七十人訳> セプトゥアギンタ 『旧約聖書・申命記デウテロノミオン』- B.C. 1



   




 どこかこわばったおもちでコーダは学生寮の東館二階に来ていた。そこは主に三年生が住んでいるフロアだったが、コーダにとっては上級生のフロアであり、少し緊張してしまう。フロアは基本的に学年ごとに分かれているため、他の学年のフロアに足を踏み入れること自体が珍しく、ちょっとした冒険のような感覚もあった。
 生徒会長のニコライが住んでいる部屋は廊下の奥から二つ目の部屋だった。Ö221 と部屋番号の書かれた札が扉の右の壁にかかっている。コーダはそれを確認すると、躊躇ためらいがちに扉をノックした。
 しばらくしてゆっくりと扉が開いて、中から茶髪の少年が姿を見せた。茶髪のショートヘアーをオールバックに固めており、どこかで見たことがあると思ったら、お昼に食堂で声をかけてきた生徒だった。どうやらニコライのルームメイトだったらしい。

「ちっ、お前か…。教会に行け」
「えっ?」

 それだけ告げると彼は扉を閉めてしまった。それは何か拒絶の意思を示しているようで、扉はまるで固く閉ざされてしまって、もう二度と開かないかのように思えた。
 教会に行けということは、ニコライがそこで待っているということなのだろうか。生憎あいにく他にあてもなく、確信のないまま僕は教会へ向かった。



   ℵ



 初めて訪れた学院の教会は、極めて異質だった。ゴシック建築をベースとしているが随所に魔術的要素が組み込まれている。尖頭せんとうアーチをくぐると、高い吹き抜けの尖塔アプスのようになっており、天井には星形穹窿ステラヴォールトが造られていた。高窓クリアストーリから差し込む光が反射し、増幅され、天井に描かれた図形と合わさって、光の魔法陣が常時発動する構造になっているようだ。もし邪悪な存在がこの教会に押しろうとすれば、建物の入り口になっている木の扉に触れることもなく、自動的に浄化の光が浴びせられることだろう。言わば、オートセキュリティとも呼べる代物しろものを備えていたのだった。
 重厚な木の扉をくぐると、そこは広大な空間が広がっていた。身廊しんろうの天井は高く、四方の壁には息を呑むほどに美しく、微に入り細を穿うがせいおごそかなステンドグラスの装飾がめ込まれていた。柱には一つ一つ違った聖人をかたどった大理石の彫刻がしつらえられている。大聖バシレイオス、大聖アントニウス、聖パウロ…、そんな風に名前が刻まれているが僕はあまり彼らについて知らなかった。それぞれの聖人の両脇にはしょくだいがあり、暮れなずむ夕日をたたえたステンドグラスが次第に光量を落としていくに反比例して、蝋燭ろうそくにゆらめく炎の方が徐々に明るく感じられるようになってきた。よく見ると聖人の像があわく光っている。どうやら教会の外側で集積された太陽光(あるいは月光)が、飛び梁フライングバットレスに仕込まれた水晶の中を全反射しながら教会内部まで送り込まれる仕組みになっているようだ。何かしらの術式が組み込まれていることは間違いなかった。
 もはやこれは教会と呼べるものではなく――、

「ほとんど神殿じゃないか…」

 そう、コーダは嘆息したのだった。魔力を視認できるコーダだからこそ気付いたことであったが、普通の人間ならそんな仕組みにすら気付かなかっただろう。
  この静謐せいひつに満ちた白亜の殿堂は、学院創立と同時にこんりゅうされ、実に築八百年を誇る歴史的建造物でもあった。学院内にありながらも、これまで数多くの典礼サクラメントとりおこなってきた由緒があり、この空間には多くの人の祈りと願いが幾星霜いくせいそうも積もり続けてきた。
 多くの人がそこで祈り、今でも毎週光の日日曜日弥撒ミサを行う人々が腰掛ける長椅子、その最前列にニコライは座っていた。

「やはりお前は気付くのか」

 ニコライの声に驚きはなく、むしろ予想した通りだったことが逆に悔やまれでもするのか、諦め混じりのような声だった。コーダはニコライとは反対側の最前列の長椅子に座った。

 そしてしばらく無言の間が続いた。コーダもかすことなく、ニコライが話し始めるのを待っていた。やがて、彼がその重い口を開く。その言葉がつむがれてしまば、もはや後戻りできないということはコーダもなんとなく実感していたが、それでも彼の話を聞かないわけにはいかなかった。

「俺が初めて世界の声を聞いたのは、五歳の時だった」

 ――世界の、声?

「鈴を鳴らしたように美しい、少女の声だった」

 それは、フーギャだろうか。ムーニャだろうか。いずれにせよ、ニコライもまた、選ばれし賢者であり、この世界の<登場人物>なのだろうと分かった。

「当時も今も、言葉の意味は全くわからなかったが、一言一句克明こくめいに覚えている。曰く――」

『しちてんの えんかんふかく まじわりて
 すなわちはじゃの ときわみちたり
 しちこうの いみじくこころ さかしきわ
 げにあくらつの はなをつむらん』

 まるで呪文のように紡がれた世界の声はニコライの魂に直接刻み込まれたかのように、その日からニコライを使命感に駆り立てたという。けれども天啓の内容がまるで分からないとあっては、遂行のしようがない。それでも出来ることをしようと情報収集しやすそうな生徒会長を務めることにしたそうだ。
 いや、普通生徒会長なんてなろうと思って簡単になれるものではないのだけれど、そこはやはりニコライと言うべきか、なれてしまったようだった。

 さて、彼が世界の声を聞いたと言う時、声の主の姿が見えなかったのは、おそらくその時はまだ彼が幼く、魔力保有量が小さかったためだろう。フーギャとムーニャは別次元の存在であるために、それを視認しようとすれば普通の人間ならばあまりの情報過多によって脳が焼き切れるだろう。五歳で彼女たちの声を聞けるだけのポテンシャルがあっただけでもニコライは非常に優れていると言える。マルガレータも彼女たちに直接会ったわけではなく、夢の中で会ったと言っていた。

「ああ、それから…」

 さっきは済まなかったな、とニコライは申し訳なさそうに言った。一瞬何のことかわからなかったけれど、生徒会室での出来事だと気付いて僕はかぶりを振った。

「いえ、それは全然気にしていません。むしろ僕の方こそかつな話をしてすみませんでした」

 そう、これは選ばれし七人の賢者に課せられた命題クエスト。他の人に背負わせるわけにはいかないのだ。今後この話をする場合は状況を慎重に見極める必要がありそうだ。

「それで、世界が五年で滅びると言う話だったか?」

 ニコライが目を閉じたまま、何かを考えるような様子でそう言った。

「あの、僕が言うのも変ですが、疑ったりしないんですか?」

 自分でも冷静になってみれば荒唐無稽な話をしている気がしてくる。世界が破滅すると言われても具体的に何が起きるのかもわからなければ、すでに何かが起きているような兆候も判然としなかったからだ。

「お前こそ、俺の話を疑ってないだろう」

 ニコライは目を閉じたまま顔も向けずに言い放った。そう言われてハッとなる。ニコライが嘘を言う可能性なんて考えが微塵もなかっただけに、疑うということ自体が頭に無かった。

「お前なら俺の話を信じてくれると思ったから、お前の話も信じようと思ったんだ。…ただそれだけだ」

 ニコライが腹を割って話してくれるというのだ。今度はこちらがそれに応えねばなるまい。

「そう…だったんですね。それじゃ、僕の知っていることもお話しします」

 石柱に備えられた二十四体の、淡く発光する聖人の像に見守られながら、二人はこの世界の<舞台設定>について話をしたのだった。



   ℵ



「なるほど…君とアリシア姫はそういう関係だったのか」
「ちょっと! 言い方がなんかやらしいですよ!?」
「む、そうか? それは済まなかったな」
「別に誰も聞いていないので誤解されることもないですけど…」

 アリシア姫ことマルガレータは身分を偽ってパーシュブラント家の貴族の令嬢という肩書きでこの学院に通っているが、実際はこのユングヴィアランド王国の第三王女だ。その事実は学院でも数人しか知らない。どっちにしてもパーシュブラント家も王家の親戚筋にあたるので貴族の中でも随分と偉い方であり、まぁ結局は僕ら平民からすればあまり変わらない気もするのだが、そこは黙っておこう。
 ニコライがどういう経緯でマルガレータの正体を知ったのかは不明だが、あるいはさすがは生徒会長と言うべきか、その情報もしっかりと知っているようだった。
 それでも彼女が賢者の資格を得ているということは知らなかったようで、僕ら二人がいまは協力関係にあることをニコライに明かした。そうしたら、ニコライが変な言い方をするもんだから、僕もちょっと焦ってしまったのだった。

「七人の賢者か…」

 マルガレータが受けた天啓の内容もシンプルだった。

『崩壊する世界を七人の賢者が食い止めよ』

 ちなみに、ニコライによれば、彼もマルガレータもその声を聞く一方だったのに、直接会って会話まで成立していた僕はどうも異常らしかった。かつての有名な司祭や霊術士も、天啓や降霊のようなことが行えていたが、それは単なる神の代弁者に過ぎず、神に授かった言葉を広めるのみだった。神の言葉と直接会話するなんてとんでもなく非常識だと言われたのだった。

「それにしても、賢者が七人ということなら、俺が受けた天啓の意味も少し分かってきそうだ」

 ニコライと二人で、彼の受けた天啓の内容を、意味のわかる言葉に直していくと、おぼろげにその全容が見えてきたのだった。

『七天の 円環深く 交わりて
 すなわち破邪の 時は満ちたり
 七光の 忌みじく心 さかしきは
 に悪辣の 花を摘むらん』

 以前イェスペルたちと四人で行ったアダムズ魔法堂のお婆さんの話し方も古めかしかったが、それと似ている気がした。あの人ならばちゃんと意味が分かるのかも知れない。
 僕も学院に来る前に家にあった古典魔術書をよく読んでいたおかげで、それとなく意味は分かる。だが、どうしても分からない部分がいくつかある。

「となると、おそらく『心賢しき七光』というのが七人の賢者のことだろうが、『七天の円環』と『悪辣の花』が何を指しているのかが全く分からんな」

 ニコライが、ふぅっとため息をついた。すっかりと夜は更けており、僕がここに来てから既に一刻二時間ほどの時間が過ぎていた。けれども燭台の蝋燭が燃え尽きることはなく明々あかあかと聖堂を照らしており、しかも少しも短くなっていないのだった。

「思うんですが、どうして天啓の内容がそれぞれ違うんでしょう? だって結果やることは同じはずなのに、全員に同じ天啓では駄目だったんでしょうか?」

 僕の言葉に驚いたように目を見開くニコライ。何かに気付いたのだろうか。

「いや、そうか。そういうことか。至るべき目標すら、全員の賢者が揃わないと分からないようになっているということか」

 ニコライが興奮気味に早口でそう言うが、ちょっと何言ってるかわからない。

「えっと…つまりどういうことでしょう?」

 恐る恐るニコライの様子を窺いながら訊いてみる。酔っ払っている姿を一度見てしまっているせいか、この人はスイッチが入ると時々変になる、と認識している。

「つまり、それぞれの賢者に与えられた情報は、同じようでいて全て異なっており、全員の情報を集めなければ真実にたどり着けないようになっているということだ」

 なんでそんな回りくどいことを…、と言おうとしたが、ニコライがそれを制す。

「考えてもみろ。もし世界の崩壊を防ぐために何をすればいいかが分かっていて、それが別に七人集めるまでもなく出来そうだったらどうする?」
「たしかに、一刻も早く世界を救おうとするなら、登場人物が足りないままでも物語が終わってしまいそうですね…」

 脚本のセオリーからするとそんなことはあってはならないのだろう。演者は定められた運命シナリオの通りに動いてもらわなければならず、勝手なストーリー展開など許されないのだ。

「そういうことだ。つまり、今の時点で分かるのはここまでだ」

 ニコライの天啓に、僕とニコライの解釈を合わせて考えるとこうなった。

『七天の円環が交わる時こそ邪悪なるものを討ち滅ぼせ。
 選ばれし七人の賢者が悪辣の花を摘むだろう。
 さもなくば世界は五年後に崩壊の時を迎えるだろう』

 間違いなく、世界の命運は僕らの手にかかっていた。

 期限だけが決まっているのに、命題が判然としない。
 見つけなければならない賢者は、あと四人。

 『七天の円環の交わり』、それがいつのことなのかも分からないが、それでも僕らは出来ることをする、ということしか出来ないのだった。

 僕らの心には不安の花が首をもたげていた。
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