セブンス・ヘブンズ・オーソリティ -SEVENTH HEAVEN'S AUTHORITY-

ヴァルヴィリヤ=B=リースフェルト

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第一章 高等学院編 第二編 学院の黒い影(一年次・冬)

EP.XXV 学院の黒い影

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 ある日若い歴史家(あるいは宮廷の記録係)のイシュデイ・ナブが訪ねて来て老博士に言った。「歴史とは何ぞや?」と。老博士があきれた顔をしているのを見て、若い歴史家は説明を加えた。
「先頃のバビロン王シャマシュ・シュム・ウキンの最期について色々な説がある。(中略)どれが正しいのか一向見当がつかない。近々、大王はそれらの中の一つを選んで、自分にそれを記録するよう命じたもうであろう。これはの一例だが、歴史とはこれでいいのであろうか」
 賢明な老博士が賢明な沈黙を守っているのを見て、若い歴史家は、次のような形にといを変えた。
「歴史とは、昔、った事柄をいうのであろうか?
 それとも、粘土板の文字をいうのであろうか?」
 獅子狩と、獅子狩の浮彫うきぼりとを混同しているような所がこの問の中にある。博士はそれを感じたが、はっきり口で言えないので、次のように答えた。
「歴史とは、昔在った事柄で、かつ粘土板にしるされたものである。この二つは同じことではないか」
かきらしは?」と歴史家が聞く。
「書洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子たねは、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ」
 若い歴史家はなさけなさそうな顔をして、指し示されたかわらを見た。それはこの国最大の歴史家ナブ・シャリム・シュヌしるす所のサルゴン王ハルディア征討行せいとうこうの一枚である。話しながら博士の吐きてた柘榴ざくろ種子たねがその表面にきたならしくくっついている。



   無限回廊書架 DDC. 895
   ――中島 敦『文字禍もじか』- A.D. 1942



   




「皆さん、知っていましたカ? 実は…、世界の歴史はループしているんデス!」

 今日の午後からの授業、教壇に立っているのは生物学の担当教諭であるシクステン・エルヴェスタム先生だ。
 濃緑色のストレートヘアーには季節外れの子供っぽいソルロスひまわりの花の飾りがついたヘアピンが止められている。グレーのサテン生地にラッフルフリルのついたブラウスは、対照的な黒のタイトスカートによく映えており、華やかでありながらも過度に華美ではない。茶色のふちの眼鏡を掛けていて真面目そうに見えるが、語尾の独特なイントネーションのせいで、少し頼りなく見える。そんな絶妙なバランスの印象を受ける。
 別に普段の教師としての仕事に何か不満があるわけでもないし、むしろ彼女の授業は分かりやすいと人気なぐらいだが、何となく彼女のまとう雰囲気が周りを和ませてしまうようだ。可愛らしくもあり大人っぽくある声色こわいろもその要因の一つだろう。

 流石に生物学の教師だけあって、普通の動植物以外にも、魔物や薬草、様々な人種の特性についても精通している。今日は、最近修練の森に出没したことで学院内でも話題になった水害大灰猪セーフリームニルについての話をしていたと思ったら、急に超常的オカルティックな話をし始めたものだから、普段シクステン先生に好意的な生徒たちでさえも、一様いちよう当惑とうわくした顔になっている。

 けれども、よくよく話を聞いてみると、非常に興味深い話だった。

「あのネ、歴史は繰り返されていマス! 全く違った場所、全く違った時代にもかかわらず、同じ歴史が再現することが、この世界には多々ありマス。ここから遠く離れた東の大地で歴史書にハ、水害大灰猪セーフリームニルと同じように、大雨を降らせる大きな猪の魔物について書かれたものがありマス」

 先生の話によると、その歴史書は七百年以上前に書かれたものらしい。なるほど、確かにそれは偶然とは思えない。だが、それがどれほどすごい一致なのかもあまりピンと来ない。周りの生徒の反応も一様で、同じように納得半分、不思議半分といった感じで、まだ狐につままれたような顔をしていた。

「ハァ、皆さんさほど驚いていないようデスネ。まぁいいのデス。別にこういう一致は歴史の中では珍しいことではありマセン。サテ、それではその魔物はどうやって倒したのデショウ?」

 僕らが遭遇した水害大灰猪セーフリームニルは、普通の魔法ではどの魔法も効きそうになかったから、ネロゲー二重魔法ドゥプレ=マギの土石流で昏倒させた。そう、そこまでしても相手を気絶させるだけで、仕留めるには至らなかった。でも運良く気絶させることが出来たからこそイェスペルにとどめを刺してもらうことが出来たが、そうでなければ厳しかった。
 もっと確実な手段で対応できるように精進しておかなければ、今度またいつそのような事態に遭遇するかも分からない。――って、そうじゃなくて授業聴かないと。

「マァ、誰も分からないと思うので言いますガ、弓で脚を撃ち抜いて生け捕りにしたと言われていマス。そんな簡単に?と皆さん思うかも知れませんガ、なんと弓を射たのは神の一人であり、太陽をも射落とした経歴の持ち主デス。ここいらに現れる水害大灰猪セーフリームニルには普通の矢なんて効きませんヨ。タダ、こうやって歴史から対処法を学ぶことも出来る訳ですから、皆さん積極的に歴史を勉強してくだサイ!」

「………全然参考にならないよ」

 なんだか格が違いすぎて、とても同じようにできるとは思わない。ニコライが蜜酒醸山羊ヘイズルーンを倒した時に放った技能スキルならあるいはダメージを与えられるかもとは思うが、走っている敵の脚を撃ち抜くなんていう芸当は、いくらニコライでも難しいだろう。

 けれども、伝説や神話、あるいは歴史の転換点なんかには、きっとそういう規格外の英雄が活躍したんだろう。
 
 ――そこまで考えて、以前に村長から聞かされた、村を救った英雄の話を思い出した。
 あれは、どの歴史書にも載っていない、載せることもできない、生贄と迫害の歴史だった。誰も語りたがらない歴史でも、確かにそこに存在したんだ。無かったことになんて出来やしないんだ。

「サテ、今日の授業はここまでデス」

 シクステン先生が片付けをして教室を出て行くのを合図に、みんなが帰り支度を始める。今日の授業はこれで終わりだ。僕はいつも通り生徒会室に向かおうと、教室を一歩踏み出した、その瞬間に――

 生徒の喧騒は消えて、気付けば見知らぬ部屋にいた。



   ℵ



「あ、あれ? 廊下に出たはずじゃ…」

 後ろを振り返れば、さっきまで授業を受けていた教室があるはずだったが、そこには白い壁しかなかった。

 部屋を見渡しても入口らしきものも窓もない。そこは四方を白い壁に囲まれた小部屋で、視線の先には豪華な装飾の重厚なデスクが置いてる。それ以外は何もない。天井も床も白くて、光源となるものは何も無いのに部屋は明るく照らされている。

「そうだ、こんな時こそ魔力視で…えっ?」

 もしこれが強制転移の罠などであれば、魔力の元を辿たどることで転移前の場所に戻れるのでは無いかと考えたが、視界を魔力視に切り替えてみると、予想外にも視界が一面真っ白だった。
 
「魔力が見えてない…、わけじゃないよな。ということは…これで正常だとでもいうのか…」

 一瞬何も見えていないのかと思ったけれど、自分の体を見るときちんと赤や緑の光が見える。ということは、このホワイトアウトした空間は、これで正常なのだろう。白く見えるということは光属性エーテル魔力マナでこの空間が満たされているということであり、つまりどんな魔法が使われたかというと…いや、全然分からない。

「ほぅ、存外驚いておらんのぅ」

 困惑している僕をよそに、妖艶な、いや怪しい声が聞こえてきた。通常の視界に戻してみれば、木造りのデスクには黒い北森猫スコグカットが鎮座していた。
 なぜ魔物がここに? と思ったが、ただの魔物にしては様子が違う。

「しゃ、喋ってる…」

 しかも頭には香水草ヘリオトロープのように深く高貴な紫色の魔女帽子エナン―けれども黒いリボンがいくつも付いていて高貴さは台無しになっている―、肩口には金糸の十字架があしらわれた高級そうな純白のケープを羽織っている。あ、尻尾には紫のリボンが揺れてる!

(か、可愛い…!)

 ――じゃなくて。

 自分の置かれた状況を思い出す。正面の黒猫からは敵意は感じないが、味方とも思えない。何せ僕をこの場所へ強制転移させたのだ。何かしらの企みがあってのことだろう。
 この異質の空間からの抜け出し方も考えなければならないが、目の前の奇妙な存在の正体も暴かなければならない。と、身構えていたら…

「よく来たのじゃ。ようこそ、学院長室へ」
「へ?」

 いともあっさりと正体が暴かれた。

 いや、ここが学院長室と言っただけで、目の前の珍妙な生き物が学院長だとは言ってない。おおかた学院長のペットか使い魔かだろう。

「たわけが! うつけが! 痴れ者が! 正真正銘、学院長じゃ!」

(くっ、心を読まれている!)

「違わいっ! おぬしが全部口に出しとるからじゃ!」
「………」

 おっと、また悪い独り言癖が出ていたようだ。

「それにしても妙な場所ですね……」

 改めて見回してみても、この空間の異質さがうかがえる。

 まず、入り口がない。窓も扉も存在しない。通気口さえない。装飾も調度品も何一つない真っ白い長方体の中に、悠然と置かれた重厚なデスクが異彩を放っている。ここは完全に密閉された空間であり、自分がどこから入ってきたのかもよく分からない。いつのまにか自分が転移させられたと考えるしかない。
 だとしても疑問が残る。この部屋には太陽の光も月の光も入らない。人工的な光も燭台も存在しない。だったら真っ暗で何も見えないはずなのに、部屋の中は充分に明るくて、まるで部屋全体が光に満たされているかのように感じた。
 それに魔力視でみた結果も、はっきり言って異常だった。部屋全体が光属性エーテルのマナに覆われている。いや、満たされているというべきか。それによって明るく見えるのかもしれないが、どうも釈然としない。僕の知る光魔法エーテルは傷などを癒す魔法だと思っていたのだが、どうやら違う効果の魔法があるのかもしれない。

「ふふっ。流石におぬしでも理解出来んようじゃな。なに、心配要らん。話が終われば帰してやる」
「は、はぁ……」

 僕が気の無い返事をすると、学院長(?)は「やれやれ」と言って溜息をく。

「まぁいい。早速だが本題に入る。悪いがおぬしの理解など待ってるほどこちらも暇ではないのじゃ」

 なんだか無茶苦茶だが何か切羽詰まっているのだろうか。なんで猫が学院長なのかとか、この部屋がどういう仕組みなのかとか色々気になるけれども、とにかく今はそういうことを気にするのは後回しにしよう。

「さて、単刀直入に言えばクエストの依頼じゃ。ある富豪の身辺を調査してもらいたい」
「また唐突ですね。なんで新入生の僕にそんな話を?」

 僕は肩をすくめて言うが、学院長は意に介していないようだ。

「仕方あるまい。こちらも人手不足でな。猫の手も借りたい状況なんじゃ」
「………(え? 今のは冗談? それとも本気なの?)」

 コーダが突っ込むべきかどうかおろおろとしているうちに猫の学院長は、器用に前足―いや、猫の手か―を使ってデスクの引き出しから書類を取り出して僕に渡してきた。

 そこには調査対象の人物についての簡単な情報が書かれていた。

『ホーカン・ブロル・ヘルゲソン。男性。52 歳。ウプサラ地方の領主。
 正妻あり。あいしょうなし。じっ 1 名。メイド 1 名。
 ウプサラ地方での不審行動目撃あり。
 同時期に魔物増加の傾向が確認される。』

 不審行動? よく分からないが、この富豪と最近の魔物の増加に何か関係があるということなのだろうか?
 まぁそれを調べてこいってことなんだろう。

「案ずるでない。お主以外にも同様の依頼をしておる。何も怪しいのはやつだけではないのじゃ」

 …違う、そういうことを聞きたいんじゃない。
 他の人にも似たような依頼をしているから、君だけに負担を強いている訳じゃないんだよ、君に特別恨みがある訳じゃないんだよ、って弁明しているようだが、いきなり呼び出された上に依頼を押し付けられた訳だから、やっぱり僕に依頼をすることに納得できるだけの理由が欲しかった。何しろこちらもクエストを受けることになるなんて全くの想定外で、授業が終わって生徒会にでも向かおうとしてたところだったのだから。

「はぁ…。断るのも得策ではなさそうですしね」

 仕方なく当てつけのように溜息を吐いたら、学院長は顔をしかめていた。

「けっ。可愛げのない生意気な小僧よのぅ。依頼をちゃんとこなせば成績にも色を付けてやるから安心せい。ま、そういう意味では依頼を受ける方こそ得策じゃな」
「だったら学院長も、もう少し猫らしくしてくださいよ…」

 思わず口を突いてこぼれた失言だったが、学院長は目を見開いた後、突然笑い出した。

「にゃっはっはっは! 言うじゃないか小僧! ヒィー!」

 何がツボだったかよく分からないが、突然腹をかかえてデスクの上で体をよじり始めた。一頻ひとしきり笑ったら、しばらくしてようやく落ち着いたようだ。

「いや、天晴あっぱれじゃ! なかなかに良いじゃないか! 気に入ったぞ!」
「はぁ…」

 不審に思いながらの返答、という意味での「はぁ」でもあり、溜息としての意味の「はぁ」でもあるのだが、学院長は変わらず上機嫌だった。

「…わかりました。わざわざこんな手まで使って呼び出されたんですから、どうせ断ることなんて出来ませんよ…。それで、このクエストは僕一人で受けないといけませんか? あと出来れば、達成報酬もちゃんと教えて欲しいんですが…」

 コーダが承諾の意を示すと、やはり学院長は嬉しそうにして、尻尾を揺らしていた。

「にゃっはっは! 重要な場面で選択を誤らないのは良いことじゃ! よかろう、質問に答えよう」

 そう言って学院長が尻尾を振ると、コーダの後ろに豪華な革張りの一人掛けソファが現れた。座れ、ということだろうか。
 コーダがおずおずと座ると、学院長はクエストの情報について話し始めた。

「まず、先に明らかにしておかなければならないことがある。ヘルゲソン氏が魔物増加に関わっているかいないか、黒か白か、有罪か無罪か、その明確な証拠を見つけ出すことが、このクエストの達成条件じゃ」

 そう、ここは重要な点だ。あくまで依頼内容の本題は「調査」であって、問題の「解決」ではないのだ。だから一介の学生であっても、優秀な生徒でさえあれば達成可能だと見積もられたのだろう。
 元凶の輪郭なり、事件の真相なりが明らかになったのち、開拓者スティリスタが正式に派遣されることになるのかもしれない。

「それから、このクエストに関しては別に一人で受ける必要はないんじゃが、潜入やなどの捜査は基本的に少人数で行動する方がよいのじゃ。多くても三、四人ぐらいが精々じゃろう」

 なんだかんだでクエスト遂行にあたってのセオリーを親切に説明してくれるあたり、もちろん開拓者スティリスタ養成機関の学院長だからでもあるだろうけど、やっぱり根はいい人なのかもしれない。…まぁ、それでも人使いは荒そうだが。

「クエスト報酬は二つ用意した。一つ目は、一年生が終わって二年生が始まる前の夏休みに、王族ようたしの豪華ペンションに招待してやろう」

 茶色の革張りソファに座っていたコーダは、中々の好条件に思わず前のめりになってしまう。以前にリズベツに盗賊道具の使い方を教わったお返しとして、ご飯を奢る約束をしていたが、豪華ペンションでの休暇が報酬になっているクエストを教えてあげるだけでも、喜ぶかもしれない。
 なにせ王族御用達なのだ。用意される食事も宮廷級のものになりそうだ。王族と言えば、もしかするとマルガレータことアリシア姫も知っている場所かもしれない。

「そして、二つ目の報酬じゃが――」

 次の学院長の言葉でコーダは思わず立ち上がる。

「――『第四の天啓』についてのヒントを明かそう」
「えっ…。今、なんて…」

 リゾートの浮かれ気分は一瞬で霧散した。
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