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始まりの日

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「さぁ、今日は面接の日だ!気合い入れるぞー」

意気揚々と自宅から駅に向かう途中突然、後ろから声をかけれた。
振り返ると、そこにいた人物を見て、思わず目を見開いた。
なんと、そこには、あの野口香織がいたのだ。

しかも、彼女は今まさに、電車に乗り込もうとしていた。
つまり、これから面接に向かうということになるのだが……。
(ど、どうしよう)
いきなりの展開に動揺を隠せない。

しかし、そんな僕をよそに、香織は笑顔で話しかけてきた。

「おはようございます。翔太郎くん。迎えに来ちゃいました。もしかすると、まだ寝てるかなと思ったんだけど、良かった。ちゃんと起きてくれていて。それじゃ、早速行きましょうか。ほら早く。遅刻するよ」

香織の勢いに押されるように、僕は慌てて彼女の後を追った。

そして、僕たちは、同じ車両に乗り込み、並んで座った。
数駅後、面接会場のある最寄駅についた。改札口を出て、しばらく歩く。

すると、前方に大きな建物が見えてきた。
あれが、香織勤める芸能事務所のビルらしい。

香織は、そのビルの入口で立ち止まり、こちらを振り向いた。「ここが、私の所属していた事務所です。緊張しないでね。翔太郎くん。あなたは、きっと合格すると思うから」
香織は、優しく微笑んだ。

僕も、精一杯の笑みを浮かべたつもりだが、上手くできたかどうかわからない。
香織が、再び歩き出した。
僕は、その後について行く。

エレベーターに乗って最上階へと昇り、ドアが開くと、そこは広々としたフロアだった。
部屋の中央には大きなテーブルが置かれており、その上には何枚かの資料が置かれている。

おそらく、履歴書だろう。
さらに奥にはパーテーションで区切られたスペースがあり、そこが応接室になっているようだった。

部屋の中には、スーツ姿の男性と女性が一人ずついる。
彼らは、香織さんの姿を目にして立ち上がると、「香織。おかえりなさい」「ただいま戻りました。マネージャー。この度はご迷惑をおかけしました」と頭を下げた後、僕の方を見た。

「こちらは、鈴木翔太郎くんです。私と同じ高校に通う生徒で、今回のオーディションに応募してくれたんです」

マネージャーと呼ばれた男性が「初めまして。私は、Rainbow Starsのマネジメントを担当している木村です」と言った後、女性の方を紹介し始めた「彼女が、香織さんと一緒に仕事をしている本田彩子さんだよ。よろしくね」

マネージャーの隣に座っていた女性が立ち上がって、軽く会釈をした。

「はじめまして。本田と申します。今後とも、香織のことを宜しくお願いします」香織さんが「もう! 翔太郎くんの前で、そういうこと言わないでください!」と顔を赤らめながら抗議した。

木村と名乗った男性は、それを気にすることなく話を続けた。「それで、翔太郎くん。君が応募してくれた理由を教えてくれるかい?」

僕は、自分の気持ちを素直に伝えた。

香織さんがアイドルとして活動する姿を見て感動したこと。
自分も香織のように、夢に向かって頑張っていきたいと思っていることなどを話した。

話し終えた時、僕は、自分の想いが伝わったのか不安になった。

もし、伝わらなかったら、どうしよう。
そう思うと怖かった。

でも、そんな心配はいらなかった。

なぜなら、彼らの表情を見ればわかる。
二人は、とても嬉しそうな顔で、僕を見つめていた。

まるで、自分の子供が立派に成長した姿を見守っているかのような温かい眼差しだ。

そんな二人の様子を眺めながら、香織も満足そうに微笑んでいる。

その時、ふと視線を感じた。
振り向くと、マネージャーと目が合った。

彼は、僕に優しい口調で語りかけた。「君は、本当に素晴らしい人間だ。君の話を聞かせてもらえたことに感謝したいくらいだよ。ありがとう。これからも、香織のことを支えてほしい。もちろん、僕たちも全力でサポートしていくから安心してくれ。さぁ、香織。そろそろ時間だから行こうか」

香織が立ち上がった。
彼女は、僕と向き合うように立つと、真剣な面持ちで言う。

「翔太郎くん。ここまで来てくれて、本当にありがとうね。正直言って、最初は少し驚いたよ。まさか、こんな形で再会することになるなんて思ってもなかったからね。でも、こうしてまた会うことができて嬉しいよ。」

香織は翔太郎の耳元で誰にも聞こえない声でこう言った。

「実は最初に会った時から幼馴染だってことは分かってたよ」

翔太郎は、驚きを隠せなかった。
(え? どういうことだ?)
翔太郎は、動揺を悟られないように平静を装いながら尋ねた。

「どうして分かったんだ?」
香織は、悪戯っぽく笑うと、翔太郎にだけ聞こえるような小さな声で言う。

「それは秘密です。でも、いつか教えてあげるかも。でも、今はダメ。翔太郎が、私のことをずっと応援してくれるって約束してくれたら考えてもいいかな。じゃあ、行ってくるね。翔太郎は、ここで待っていてくれる?」

香織さんが笑顔を浮かべたまま、マネージャーと部屋から出て行った。

僕は何だかこそばゆい感じと恥ずかしさ、高揚感全ての感情が一気に溢れ出て何が何だか分からなくなった。

でも色んな一歩を踏み出せた気もした。
明日からまた頑張ろう。そんな気持ちの高まりを感じていた。

しばらくして香織が戻ってきて、翔太郎の手を繋いで一緒にドアを飛び出す。

僕のアイドル人生はここから始まっていった。
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