有栖川茶房

タカツキユウト

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五杯目『和風はじめました』

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「何が、あったの……?」
 思わず声にして、有紗は立ち尽くした。
 道に迷った覚えはない。
 通い始めてまだ数回とはいえ、間違えたとは思えない。
 しかしいつもの喫茶店は、英国風のクラシックな佇まいは消え失せ、和風の甘味処のような店構えになっていた。
 古びた雰囲気の木製の壁。窓には障子。屋根は瓦。扉は引き戸になっている。
 もしかして、と顔を上げたが、看板には『有栖川茶房』とある。勿論見慣れない木の板に書かれている。
 屋号は変わっていない。
 けれど、これは最早別の店だ。
 しかも、前回来たのは一昨日。たった二日で、有り得ない変貌を遂げている。
 電車の高架化工事ではあるまいし、一晩二晩で店が丸ごと変わるなんて事が有り得るのだろうか。
 ――入って大丈夫かな……。
 外観は別物でも、従業員まで変わって居ないと信じたい。しかし、万が一、屋号だけ残して中身まで丸ごと変わっていたらどうしようという不安が過ぎる。
 ――ううう。
 勇気が出ない。
 折角来たけれど帰ってしまおうか。
 重たい鞄を持つ手に力を入れたとき、
「あー、アリスちゃんだー」
 遠くから桂の声がした。
 猫用キャリーバッグを抱えてこちらにやってくる。
「どうしたの、こんな所に突っ立って。入らないの?」
「え、でも、ここ……」
「うん」
「なんていうか、その……変わりすぎ……」
「ほら、そろそろ新茶の季節でしょ。だからね、日本茶いいなーって思って」
 茶摘みの歌を歌いながら、桂は引き戸を開けて中に入っていく。
 どうしたらいいのか戸惑っていると、彼は顔だけ出してきて、
「入らないの?」
 首を傾げられたので、入ることにした。
 一歩踏み入れると、思い切り和風の内装が迎えてくれた。それほど変化がないのはテーブルの配置くらいで、そのテーブルも以前の物とは違っている。椅子は畳を使ったものになり、床も天井も英国風の面影などどこにもない。
「桂ァァァ!」
 言葉を失っていると、殺気さえ籠もった宇佐木の怒声が飛んできた。
 彼は様変わりしてしまったカウンターの中で眉を釣り上げつつ、休み無く手を動かしている。
 一方、怒鳴られた方は我関せずの様相でキャリーバッグから太い猫を出していた。
「てめぇ、このクソ忙しいのに何でデブ猫のトリミングなんて行くんだよ! そんなぼさぼさ、鋏でテキトーに切っときゃいいだろ!」
「だって、今日予約しちゃってたんだもん」
「じゃあ、そんな日にメニュー全取っ替えしなきゃなんねぇようなことするんじゃねぇ!」
「でもどうにかなってそうじゃない」
「どうにかしたんだよ! すんげぇ大変だったんだからな!」
「もう、そんなに怒鳴らないでよぉ。てっさもびっくりしちゃうでしょ」
「ぶな?」
「勝手に話振るなって顔してんぞ、そいつ」
 いつも通り完全に置いてけぼりで展開されている会話から察するに、外装と内装もさることながらメニューも全て変えてしまったらしい。コンセプトが違うのだから当然と言えば当然。しかし、変更は事前に知らされていなかったようで、事実、宇佐木は現在進行形で商品を必死になって作っている。
「びっくりしてんのはむしろアリスの方だろ」
 突然変わるのは桂の頭だけではなく店もだということは嫌というほど解った。
 驚きすぎているからなのか呆れてしまっているからなのか。どちらにしろ言葉が出ない。
 まさに絶句。
「和喫茶『有栖川茶房』にようこそー」
 改まって言われても、正直困る。
 無言のまま、宇佐木に助け船を求めると、
「無視しといていいって」
 スルーする許可が下りたので、桂の横を通り過ぎて店の奥の席へ向かった。
 いつもの席は畳のベンチになっていて、新しいイ草がいい匂いをしている。
 新しいメニュー立てに刺さった新しいメニューを開いてみれば、やはり新しいメニューがずらりと並んでいる。
 あんみつにぜんざい、抹茶パフェと他にいくつか。飲み物は玉露、緑茶、ほうじ茶、玄米茶と続く。いくつか白いシールで目隠しされている物は恐らく間に合わなかったのだろう。
 流石に英国風喫茶の時よりもメニューの数は少ないが、これ以下の内容で普通に営業しているお店はざらにある。
「アリスぅ。何か食べてって。俺、報われたい……」
 いつの間にか、斜め向かいの席で宇佐木が突っ伏していた。
「このメニュー、一日で用意したの?」
「そうなんだよぉ。今朝出勤したらさ、突然こんな風になってて」
 伏せたまま顔だけこちらを向いた宇佐木は、抜け殻のようだ。目元には隈が出来、生気が失われつつある。
「今朝って、今日の朝?」
「カウンターに『お店に合うお菓子用意しといてね』って桂の書き置きがあってさぁ」
「それってまさか材料から……」
「そうなんだよぉ! 急いで買い出し行って、知り合いのパティシエにも手伝って貰ってどうにかなったんだよぉ」
 もう泣きそうだ。心の中では朝から号泣していたに違いない。
「それって例の強面のパティシエさん?」
「うん。朝っぱらから電話かけてアドバイス貰って、仕入れちゃったケーキ引き取って貰って。ホント、あいつ居なかったら無理だった。てか、午前中だけでどうにかするとか普通無理だから」
 一日どころか、半日もなかった。そして、話を聞くに、仕入れも在庫も考えずにメニューが作られていたことになる。メニュー全面が白いシールで覆われていたもおかしくない事態だ。どう考えても用意できたのは奇跡としか言い様がない。報われたいのも当然だと思う。
「桂の野郎、無茶苦茶だよぉ。なんなんだよぉ。変なのは髪型だけで充分だって」
「よく頑張ったね」
「ありがと、アリス。ぶっちゃけさ、あんこと抹茶をどうにか使い回して数揃えたんだけどさ」
「まあまあ」
 そういう内部事情はぶっちゃけなくていいから。
「宇佐木くんのお勧めはどれ?」
「抹茶パフェ。急ごしらえだけど色々入っててよくできたと思うんだ」
「じゃあ、それ一つください」
「ありがとな」
 そう言ってゆらゆらと立ち上がっていたのに、気付けばもう居ない。
 代わりに、艶々の毛をしたてっさがいそいそとやってきた。隣の席に香箱を組んで座ると、もう喉を鳴らしている。
「綺麗にして貰ってご機嫌だね」
「ぐるぁあ」
 今日は撫でないでおこう。
 伸ばしかけた手を引き膝の上に戻すと、何となく手持ち無沙汰になった。
 宇佐木は忙しそうだし、桂は何かとせわしない。呼び止めるわけにもいかず、目線を泳がせる。
 何もかもが見慣れない。同じ屋号の全く別の店だ。馴染んでいるような居ないような家具、床、天井のどこを見ても落ち着かない。
 ――間が持たないよ……。
 いつも通り客の居ない店内に一人、放り込まれてしまった感が強い。
 居たたまれない。

 がらがらがら。

 静寂を破る音がした。
 引き戸を開けて入ってきたのは、長身の黒スーツ。
「桂……。またやらかして……」
 呆れ顔で立ち尽くしたのはジャックだった。
「ジャックぅぅぅぅ。何か食べてっ――」
「俺、あんこ苦手」
「知ってるよぉぉぉ。甘いの嫌いじゃない癖に、何でかあんこは苦手なんだよな!」
「甘すぎる」
「他にも甘すぎる物なんていくらでもあるだろ」
「苦手な物は苦手なんだ。そもそも、今日は飲食しに来た訳じゃ……」
「そんなおまえのために抹茶もあるぜ、ほら。アリスもご注文の抹茶パフェとかどうよ」
 自分の名前が出たな、と思っていると、ジャックの目線がやってきた。彼は眉根を詰めて酷く申し訳なさそうに、
「……巻き添えになったみたいで、すみません」
「あ、いえ……」
 特に悪い気はしていないのでろくな返事が出来なかった。むしろ、向こう側での会話で間が持ちそうで助かる。
 ジャックは背の高いカウンターの椅子に座るとメニューも見ずに、
「コーヒー」
 と一言。
 有紗が気になったのは、カウンターの椅子は背が高いのにジャックの足はふらつくことなく持て余しそうなくらいだということ。
 なんて長い足。感心していると、桂がジャックに向かって口を尖らせた。
「ここ、和喫茶!」
「桂が勝手にそうしただけだろ。俺はコーヒーが飲みたい」
「そんなに飲みたいなら外で缶コーヒーでも買えばいいじゃない」
「そうか。じゃあな」
「ひどいよぉ、ジャックぅ」
「酷いのはどっちだ。振り回されてるあいつの方がよっぽど可哀想だ」
「だってぇ、やりたくなっちゃったんだもん。急に」
「それに、今日日コーヒーくらい和喫茶だって置いてるぞ」
 ジャックは折れない。
 への字口で唸っている桂の横で、宇佐木がコーヒーを淹れる準備をしながらニヤニヤ笑っている。
「そんじゃ、ジャックはコーヒーと抹茶パフェな」
「いや、パフェは頼んでな――」
「ご注文は入りましたー」
「コイツ……」
 最後には宇佐木が勝った形で会話は一旦収束。
「アリスもコーヒー飲む?」
 問われて声の方を向くと、宇佐木が居た。
 おかしい。さっきまでカウンターの中に居たのに。しかも、とん、とパフェが置かれた。
「う、うん。ブラックで貰おうかな」
「ちょっとー! 日本茶飲んでよー!」
 叫び声は無視。
「おけー」
 もう居ない。
 コーヒーが来るまで少し摘んでいようと、パフェのグラスを引き寄せた。
 バニラアイスにコーンフレーク、スポンジケーキ、あんこ、白玉等の上に抹茶が振りかけられている。手当たり次第詰め込んで抹茶パウダーをかけただけにも思うが、
「……おいし」
 即興にしては上出来だ。もっと研究すれば和喫茶でも充分にやっていけそうに思う。
 それ以前に、桂のこのブレ方、一体何がしたいのか解りかねる。のらりくらりという点ではブレていないとも言えるが、
 ――ま、いっか。
 パフェは美味しいし、驚きはしたがこういう雰囲気も嫌いではない。
「おまたせー。今日はグアテマラだよ」
 一通り味見をしたところで宇佐木がコーヒーを持ってきてくれた。
「ブレンドしか置いてないんじゃなかったっけ」
「この前ジャックが差し入れてくれたんだ」
 差し入れを商品にするのはどうかと思うけれど、
「うん、おいしい」
 だから見逃そう。
 何だか向こうでジャックがパフェを前に渋い顔をしている。
 どうやら、思った以上のボリュームに口を曲げているようだ。
 ――このくらいぺろりなのに。
 カップを置き、食べかけのパフェに再び取りかかる。
 ケーキに使っているであろうスポンジケーキにバニラアイスが染みた味が何とも言えない。コーヒーとの組み合わせがまた妙に良く、あっという間に完食してしまった。
 もうちょっとゆっくり食べれば良かったという後悔ごと、コーヒーの苦味を飲み込んだ。
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