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十二杯目『赤のたべもの』
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じっとり湿度を多分に含んだ空気が重い。
梅雨の訪れを思わせる特有の怠さも連れてくるから、この空気は苦手だ。
授業も終わり、喉を潤すべくいつもの店のドアノブを押した。
有栖川茶房に入った時、既にジャックが定位置に座っていた。
今日はコーヒーではなく、細長いガラスのグラスにストローをさして何か飲んでいる。
「ジャックさん。何飲んでるんですか?」
「これですか? ティーソーダです」
「紅茶飲むなんて珍しいですね」
「今日はちょっと蒸し暑いので、たまにはと思ったんですよ。これは一番シンプルなやつです」
「へぇ……。炭酸の紅茶かぁ。桂さん。私も同じの!」
カウンター席に着きながら、ゆらゆらしていた桂に注文を投げる。
微妙に間があいてから、
「わーい、ありがとう、アリスちゃん!」
桂は意気揚々と手を動かし始めた。
このところ、本を読む目的で来たとき以外はカウンター席に陣取ることが多くなった。
宇佐木や桂との会話も楽しいし、ジャックが居るとき彼はカウンター席に必ずいるから、それもある。
「はい、どうぞ。シンプルに濃いめに出したセイロンをソーダで割ってるよぉ」
「わぁ、美味しそう」
「他にもベリーのティーソーダとかアップルとかオレンジもあるから、気が向いたらまた注文してね~」
「そんなに種類あるんだ……。今度はちゃんとメニュー見てからにしよう……」
差し出されたグラスには、ジャックと同じくシンプルに紅茶を炭酸で割ったものにミントとレモンのスライスが添えられていた。
一口飲むと紅茶の香りが鼻に抜け、炭酸の爽快感が口や喉に広がる。
これは夏にはいい飲み物だ。確信して、もう一口飲む。
「ねぇ、アリスちゃん」
おもむろに桂が話しかけてきた。
「お友達いないからってここに来てばかりで大丈夫?」
不躾な質問に、有紗は少しだけむっとした。
「なんで友達いないのが前提なんですか」
「いるの? お友達」
「いますよぅ。大学の入学式で意気投合した子が居るんですけど、学部が違ってなかなか会えないんですっ。その子、法学部で、すっごい頭良くって美人なんですよ。しかも、かっこいいお兄ちゃんいるんだって。私もお兄ちゃん欲しかったなぁ。それに、大学以外にもお友達、ちゃんといますからねっ」
友達百人とはいかないけれど、と心の中で付け足す。
量より質。友達とはその方がいいと思っている。
友達が居ないように見えていたことにまだ少し腹を立てながら、ティーソーダをもう一口、二口。
この爽やかな飲み物に合うスイーツを、と思うも、なかなかこれ、というものが思いつかない。
ショートケーキでもパンケーキでもいい気がする。
どうしよう、と悩んでいると、
「アリスってお姉ちゃんいて、猫飼ってるだろ」
これまた唐突に宇佐木から決まったことのように言われた。これには腹が立たなかったので、にんまりという笑みと共に、
「ぶぶー。私一人っ子だし、動物は飼ったことないんだ」
そう返した。
他愛のないクイズのようなもの。そんなつもりで返答したのだが、宇佐木は僅かにハの字眉になり、
「あ、そう……。そうなんだ」
「なんで腑に落ちない顔してるの? そんなに末っ子っぽいかな」
「いや、なんとなく。そう思い込んでたから」
何が彼をそう思わせていたのか解らない。首を傾げた有紗の前で、宇佐木は肩を落としていた。
――変なの。
桂も宇佐木も、今日はやけに決めてかかってくる。
有栖川茶房に通い始めて二ヶ月ほど。彼らに自分の姿はどう映っていたのだろう。名前の呼び方が未だに間違っているのはもう諦めた。だが、友人がいないように見えていたとは心外だ。
本の虫にだって友人くらいいる。
ここにいる彼らも、最早友人のようなものだ。
ずっ、という音と、氷がカランと崩れる音がした。ジャックがグラスの中身を飲み干したようだ。
「ゴールデンウィークも過ぎてだいぶ経ちますけど、学校には慣れましたか? サークルとか色々あると思いますけど、何か決めたりしましたか?」
今度の質問者はジャックだ。今日は質問される日らしい。
「サークル見学はいくつか行って、文芸部いいなぁって思ったんですけど、まだ学校に慣れるので精一杯で、取り敢えず今年は見送ろうかなぁって」
有紗には大学は自由すぎた。今まで決められていたことを、今度は自分で決めなければいけない。選び取る、という作業が、なかなかどうして難しかった。
サークルに精を出そうという知り合いもいる。
でもまずは単位が大事。そう思ってサークルについては見学だけでとどめたところだった。
自由の大海で溺れてしまっては意味が無い。
それと今は何より、有栖川茶房に立ち寄るのが楽しかった。
「あのさぁ……」
おずおずと、先ほどまでハの字眉だった宇佐木が会話の中に入ってきた。
「文芸部って何すんの?」
「んーと、部の会報誌作ったり、読書会やったり、お話書いたりとか?」
「アリスってお話書くの?」
考えたこともなかったことを訊かれ、僅かに逡巡。
「多分……」
すべてが未定だが、
「……入れば、書くんじゃないかな」
「書いたことはないのか」
「今のところ読む専門。でも、書けたらいいね。何だか面白そうだし」
言いながら、有紗は近くにあったメニューを手に取った。
*
一瞬。
ほんの一瞬だけ、ピンと張った空気が横切った。
気付かなかったのは言葉を発した当人のみ。
そしてこれも一瞬だけ、三人の目線が交錯した。
メニューに目を落としていた有紗には気付きようもないほど僅かの間のこと。
*
チェリーのタルト。
日替わりのケーキのメニューでそれが目に付いた。季節限定、の文字もそそってくる。
「ねえ、宇佐木くん。このチェリータルト一つ頂戴?」
「お。いいぜ。すぐ切るからな」
程なくして出てきたのは、ごろごろとしたチェリーがびっしり載った真っ赤なタルトだった。中はカスタード。食べる前からふんわりと甘い匂いがする。
「美味しそ~」
カウンター越しに皿を受け取った有紗の横で、ジャックが真っ赤なチェリーのタルトを一瞥して、
「うう」
と何故か呻いた。
「あれ。ジャックさん。チェリー嫌いですか?」
「いえ、そういうことではなくて……」
では何だろう。その苦虫を噛み潰したような顔は。
一方で、ははん、と宇佐木は得心した表情をすると、
「あ、ジャック。これ見て悪夢思い出したんだろ」
「悪夢?」
「こいつな、前に疲れてへろへろになって、冷蔵庫に入ってた妃のチェリータルト、一ホール全部食べちゃったんだ」
「一ホール全部……。ジャックさんの胃袋なら食べちゃいそうだね……」
一切れでも有紗の手の平くらいあるケーキを一ホールとなると、相当の量だ。甘いものはそれ程得意ではないことを以前、彼自身が言っていた記憶がある。そのジャックがぺろりと食べる程の疲労とは、如何程のものか。
「結構叱られたんだろ?」
「さすがに一ホールは食べ過ぎだって、言われた……」
「普通はそこまでなる前に気持ち悪くなってやめるけどな」
「弥生……その話はいいだろ、もう」
妃に叱られた、ということよりも、食べてしまったという事実の方が当人には堪えているように見える。
そんな魅惑のチェリータルトのチェリーにまずフォークを刺した。
一粒まるまる口に入れて頬張る。すぐに口の中が甘酸っぱさで満たされた。続けて土台部分を食べる。カスタードもサクッとしたタルト部分も甘くて美味しかった。甘酸っぱさと甘さのコントラストかがいい。
「う~ん。美味しい! ジャックさんが食べたのもよっぽど美味しそうだったんでしょうね」
「いえ……それが、……全く記憶になくて」
ジャックは目線を逸らし、顔を背けた。
「え?」
「食べた、という現実だけがそこにあって……姿形とか味とかは全く……」
「ええー、勿体ない!」
有紗は立ち上がりそうな勢いで声を上げた。
「妃さんって、一回しか会ったことないけど、すっごいいいケーキ買いそうだし。勿体ないよう……。きっとお高かったんだろうなぁ~~」
「……もう勘弁してください」
ジャックが萎縮している。かすれそうな声で制止を求めてきた。
確かに少し責めてしまったかもしれない。
「アリスも、その辺にしてやって」
宇佐木からも要請があったので、口を閉じることにした。
だが、頭の中に広がった妃が買ったであろうチェリータルトの姿の妄想は止まらない。
今食べているのと同じように、チェリーの粒がびっしりと載った色艶のいいものだったのか。それとも、生地にチェリーが埋まっているタイプだったのか。どちらにせよ、安物ではないはずだ。一ホールでン千円もするような高級品と、有紗は勝手に決めつけて更に妄想を膨らませる。
チェリーは煮てあるものだろうか。それとも生という可能性もある。
土台はやはりカスタードだろうか。それとも他の何か。余り種類を知らないので、可能性の選択肢はそれ程多く出てこなかった。
「む……。そろそろ行かないと」
時計に目を落としたジャックは、立ち上がって会計をしている。
宇佐木がおつりを渡した後、
「妃にこれでも持って行ってやれよ。ベリーのティーソーダ」
そう言って差し出してきたのは、赤いものが沢山詰まったストロー付きのメイソンジャーだった。
「わ。真っ赤! ラズベリーにブルーベリーに……沢山入ってる!」
他にも苺、ミントの葉も見える。
「あと、タルトも一切れつけてやるから」
「……わざとらしくないか、なんか」
「じゃあ、タルトはエースの分もつけてやるよ。あー、でもそれだとおまえ食べられないから、おまえの分もな」
「俺はあんまりそういうことしないから弥生の差し金だってすぐ分かりそうなものだが」
「まあ、いいじゃねぇか。持ってけよ」
「……そうするか」
半ば押しつけられるようにしてベリーのティーソーダ入りジャーとケーキの箱を持ったジャックは、じゃあ、と言って出て行った。
赤いタルトに赤い飲み物。そういえば、初めて見た妃は真っ赤なスーツを着ていた。
――妃さんは赤が好きなんだな。
ベリーのティーソーダに惹かれたものの、二杯目はさすがに財布にもおなかにもきつかったので諦めた。
チェリーをまた一粒口に放る。
やってきた甘酸っぱさに、有紗はしばし目を細めた。
梅雨の訪れを思わせる特有の怠さも連れてくるから、この空気は苦手だ。
授業も終わり、喉を潤すべくいつもの店のドアノブを押した。
有栖川茶房に入った時、既にジャックが定位置に座っていた。
今日はコーヒーではなく、細長いガラスのグラスにストローをさして何か飲んでいる。
「ジャックさん。何飲んでるんですか?」
「これですか? ティーソーダです」
「紅茶飲むなんて珍しいですね」
「今日はちょっと蒸し暑いので、たまにはと思ったんですよ。これは一番シンプルなやつです」
「へぇ……。炭酸の紅茶かぁ。桂さん。私も同じの!」
カウンター席に着きながら、ゆらゆらしていた桂に注文を投げる。
微妙に間があいてから、
「わーい、ありがとう、アリスちゃん!」
桂は意気揚々と手を動かし始めた。
このところ、本を読む目的で来たとき以外はカウンター席に陣取ることが多くなった。
宇佐木や桂との会話も楽しいし、ジャックが居るとき彼はカウンター席に必ずいるから、それもある。
「はい、どうぞ。シンプルに濃いめに出したセイロンをソーダで割ってるよぉ」
「わぁ、美味しそう」
「他にもベリーのティーソーダとかアップルとかオレンジもあるから、気が向いたらまた注文してね~」
「そんなに種類あるんだ……。今度はちゃんとメニュー見てからにしよう……」
差し出されたグラスには、ジャックと同じくシンプルに紅茶を炭酸で割ったものにミントとレモンのスライスが添えられていた。
一口飲むと紅茶の香りが鼻に抜け、炭酸の爽快感が口や喉に広がる。
これは夏にはいい飲み物だ。確信して、もう一口飲む。
「ねぇ、アリスちゃん」
おもむろに桂が話しかけてきた。
「お友達いないからってここに来てばかりで大丈夫?」
不躾な質問に、有紗は少しだけむっとした。
「なんで友達いないのが前提なんですか」
「いるの? お友達」
「いますよぅ。大学の入学式で意気投合した子が居るんですけど、学部が違ってなかなか会えないんですっ。その子、法学部で、すっごい頭良くって美人なんですよ。しかも、かっこいいお兄ちゃんいるんだって。私もお兄ちゃん欲しかったなぁ。それに、大学以外にもお友達、ちゃんといますからねっ」
友達百人とはいかないけれど、と心の中で付け足す。
量より質。友達とはその方がいいと思っている。
友達が居ないように見えていたことにまだ少し腹を立てながら、ティーソーダをもう一口、二口。
この爽やかな飲み物に合うスイーツを、と思うも、なかなかこれ、というものが思いつかない。
ショートケーキでもパンケーキでもいい気がする。
どうしよう、と悩んでいると、
「アリスってお姉ちゃんいて、猫飼ってるだろ」
これまた唐突に宇佐木から決まったことのように言われた。これには腹が立たなかったので、にんまりという笑みと共に、
「ぶぶー。私一人っ子だし、動物は飼ったことないんだ」
そう返した。
他愛のないクイズのようなもの。そんなつもりで返答したのだが、宇佐木は僅かにハの字眉になり、
「あ、そう……。そうなんだ」
「なんで腑に落ちない顔してるの? そんなに末っ子っぽいかな」
「いや、なんとなく。そう思い込んでたから」
何が彼をそう思わせていたのか解らない。首を傾げた有紗の前で、宇佐木は肩を落としていた。
――変なの。
桂も宇佐木も、今日はやけに決めてかかってくる。
有栖川茶房に通い始めて二ヶ月ほど。彼らに自分の姿はどう映っていたのだろう。名前の呼び方が未だに間違っているのはもう諦めた。だが、友人がいないように見えていたとは心外だ。
本の虫にだって友人くらいいる。
ここにいる彼らも、最早友人のようなものだ。
ずっ、という音と、氷がカランと崩れる音がした。ジャックがグラスの中身を飲み干したようだ。
「ゴールデンウィークも過ぎてだいぶ経ちますけど、学校には慣れましたか? サークルとか色々あると思いますけど、何か決めたりしましたか?」
今度の質問者はジャックだ。今日は質問される日らしい。
「サークル見学はいくつか行って、文芸部いいなぁって思ったんですけど、まだ学校に慣れるので精一杯で、取り敢えず今年は見送ろうかなぁって」
有紗には大学は自由すぎた。今まで決められていたことを、今度は自分で決めなければいけない。選び取る、という作業が、なかなかどうして難しかった。
サークルに精を出そうという知り合いもいる。
でもまずは単位が大事。そう思ってサークルについては見学だけでとどめたところだった。
自由の大海で溺れてしまっては意味が無い。
それと今は何より、有栖川茶房に立ち寄るのが楽しかった。
「あのさぁ……」
おずおずと、先ほどまでハの字眉だった宇佐木が会話の中に入ってきた。
「文芸部って何すんの?」
「んーと、部の会報誌作ったり、読書会やったり、お話書いたりとか?」
「アリスってお話書くの?」
考えたこともなかったことを訊かれ、僅かに逡巡。
「多分……」
すべてが未定だが、
「……入れば、書くんじゃないかな」
「書いたことはないのか」
「今のところ読む専門。でも、書けたらいいね。何だか面白そうだし」
言いながら、有紗は近くにあったメニューを手に取った。
*
一瞬。
ほんの一瞬だけ、ピンと張った空気が横切った。
気付かなかったのは言葉を発した当人のみ。
そしてこれも一瞬だけ、三人の目線が交錯した。
メニューに目を落としていた有紗には気付きようもないほど僅かの間のこと。
*
チェリーのタルト。
日替わりのケーキのメニューでそれが目に付いた。季節限定、の文字もそそってくる。
「ねえ、宇佐木くん。このチェリータルト一つ頂戴?」
「お。いいぜ。すぐ切るからな」
程なくして出てきたのは、ごろごろとしたチェリーがびっしり載った真っ赤なタルトだった。中はカスタード。食べる前からふんわりと甘い匂いがする。
「美味しそ~」
カウンター越しに皿を受け取った有紗の横で、ジャックが真っ赤なチェリーのタルトを一瞥して、
「うう」
と何故か呻いた。
「あれ。ジャックさん。チェリー嫌いですか?」
「いえ、そういうことではなくて……」
では何だろう。その苦虫を噛み潰したような顔は。
一方で、ははん、と宇佐木は得心した表情をすると、
「あ、ジャック。これ見て悪夢思い出したんだろ」
「悪夢?」
「こいつな、前に疲れてへろへろになって、冷蔵庫に入ってた妃のチェリータルト、一ホール全部食べちゃったんだ」
「一ホール全部……。ジャックさんの胃袋なら食べちゃいそうだね……」
一切れでも有紗の手の平くらいあるケーキを一ホールとなると、相当の量だ。甘いものはそれ程得意ではないことを以前、彼自身が言っていた記憶がある。そのジャックがぺろりと食べる程の疲労とは、如何程のものか。
「結構叱られたんだろ?」
「さすがに一ホールは食べ過ぎだって、言われた……」
「普通はそこまでなる前に気持ち悪くなってやめるけどな」
「弥生……その話はいいだろ、もう」
妃に叱られた、ということよりも、食べてしまったという事実の方が当人には堪えているように見える。
そんな魅惑のチェリータルトのチェリーにまずフォークを刺した。
一粒まるまる口に入れて頬張る。すぐに口の中が甘酸っぱさで満たされた。続けて土台部分を食べる。カスタードもサクッとしたタルト部分も甘くて美味しかった。甘酸っぱさと甘さのコントラストかがいい。
「う~ん。美味しい! ジャックさんが食べたのもよっぽど美味しそうだったんでしょうね」
「いえ……それが、……全く記憶になくて」
ジャックは目線を逸らし、顔を背けた。
「え?」
「食べた、という現実だけがそこにあって……姿形とか味とかは全く……」
「ええー、勿体ない!」
有紗は立ち上がりそうな勢いで声を上げた。
「妃さんって、一回しか会ったことないけど、すっごいいいケーキ買いそうだし。勿体ないよう……。きっとお高かったんだろうなぁ~~」
「……もう勘弁してください」
ジャックが萎縮している。かすれそうな声で制止を求めてきた。
確かに少し責めてしまったかもしれない。
「アリスも、その辺にしてやって」
宇佐木からも要請があったので、口を閉じることにした。
だが、頭の中に広がった妃が買ったであろうチェリータルトの姿の妄想は止まらない。
今食べているのと同じように、チェリーの粒がびっしりと載った色艶のいいものだったのか。それとも、生地にチェリーが埋まっているタイプだったのか。どちらにせよ、安物ではないはずだ。一ホールでン千円もするような高級品と、有紗は勝手に決めつけて更に妄想を膨らませる。
チェリーは煮てあるものだろうか。それとも生という可能性もある。
土台はやはりカスタードだろうか。それとも他の何か。余り種類を知らないので、可能性の選択肢はそれ程多く出てこなかった。
「む……。そろそろ行かないと」
時計に目を落としたジャックは、立ち上がって会計をしている。
宇佐木がおつりを渡した後、
「妃にこれでも持って行ってやれよ。ベリーのティーソーダ」
そう言って差し出してきたのは、赤いものが沢山詰まったストロー付きのメイソンジャーだった。
「わ。真っ赤! ラズベリーにブルーベリーに……沢山入ってる!」
他にも苺、ミントの葉も見える。
「あと、タルトも一切れつけてやるから」
「……わざとらしくないか、なんか」
「じゃあ、タルトはエースの分もつけてやるよ。あー、でもそれだとおまえ食べられないから、おまえの分もな」
「俺はあんまりそういうことしないから弥生の差し金だってすぐ分かりそうなものだが」
「まあ、いいじゃねぇか。持ってけよ」
「……そうするか」
半ば押しつけられるようにしてベリーのティーソーダ入りジャーとケーキの箱を持ったジャックは、じゃあ、と言って出て行った。
赤いタルトに赤い飲み物。そういえば、初めて見た妃は真っ赤なスーツを着ていた。
――妃さんは赤が好きなんだな。
ベリーのティーソーダに惹かれたものの、二杯目はさすがに財布にもおなかにもきつかったので諦めた。
チェリーをまた一粒口に放る。
やってきた甘酸っぱさに、有紗はしばし目を細めた。
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