冷蔵庫と水瓶と少女

えぞや真音

文字の大きさ
1 / 1

冷蔵庫と水瓶

しおりを挟む
男は渇いていた。
雑踏の中、すれ違う人にぶつかりよろめきながら漸う道の端まで辿り付くと、背負っていた荷物を下ろす。荷の中身は水だった。水を運ぶことを生業としているのではない。彼は旅支度のひとつとして、王からこの荷を受け取った。旅の目的は、隣の国の宰相に書簡を届けることだった。彼に旅を命じた王は、金貨の入った袋とパン、そして2つの荷を彼の前に差し出して言った。

「金貨とパンを授けよう。その2つの荷の片方には夜露をしのぐ天幕が、もう片方には水が涸れない不思議な瓶が入っている。いずれか好きな方を持って行くがよい」と。
袋の中の金貨があれば道中の宿には困らないから天幕などは不要だ。しかももう一方は水の涸れない水瓶だという。迷う理由はなかった。
男はずっしりと重い水瓶を大きな背負い袋に入れて旅立った。が、初めて渇きを覚えてその荷を下ろしたときに、自分の愚かさを悟った。
瓶は滔々と水を湛えているが、その入口は狭く、ひしゃくはおろか男の手すら入らない。かといって持ち上げてそれから直接飲もうとするには重すぎる。重いばかりで役には立たぬ。けれども水の涸れぬ不思議な瓶だというそれを捨ててしまうことも憚られる。

男は水瓶を背負い歩き続けるよりほかなかった。渇きは安い葡萄酒で癒やすしかない。道中、袋の中の金貨は思った以上のはやさで減っていった。やがて隣の国まであと少しというところまで辿り付いた。金貨はすでに心許なく、男は街道沿いの安宿に転がり込んだ。疲れ果てていた。脚も、肩も、そして何より心が。固いパンを一番安い葡萄酒で無理矢理のみこみ、そのまま寝台にごろりと横になると、硝子の破れた窓の外から、くすくすと甲高い笑い声が聞こえる。不審に思って身を起こせば、窓の外で見知らぬ少女が笑っていた。

「あなた、とっても疲れているのね」

少女は、渇いた石畳に鞠が弾むような調子で言った。男が沈黙でそれに応えると、少女は歳にはまるで不釣り合いな慈愛に満ちた表情を浮かべて手を伸ばした。柔らかな白い指先が男の汚れた頬に触れる。

「あなたの王冠は、冷蔵庫の中よ」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妹の初恋は私の婚約者

あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、第一王子から婚約破棄を宣言されたカミーユ。王子が選んだのは、カミーユの妹ジョフロアだった。だが、ジョフロアには王子との婚約が許されない秘密があった。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...