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第三章 追う者と追われる者
伯父
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田島は喫茶店に入ると、木とレンガを基調とした山小屋風の店内をぐるりと見渡した。天井からいくつも吊り下がるペンダントライトのガラスの水色は絵筆で塗ったかのような滲んだ色合いを見せている。店内の角のボックス席に沙耶の姿があった。
「いらっしゃいませ。お客様は……」
「待ち合わせだ」
店員の言葉を途中で遮って彼女のところへ移動し、向かい合わせの席に腰を下ろした。彼女の前にはおそらくまだ一口も口をつけられていないコーヒーが置かれていた。
「久しぶりだな。元気か?」
「……うん」
沙耶は田島の交通事故で亡くなった妹夫婦の娘、つまり姪だった。大切な話があるということで公休の日に呼び出しを受けていた。
田島は店員を呼んでコーヒーを注文する。少しして運ばれてきたコーヒーをブラックで一口飲んだ。沙耶がなかなか話を切り出さずに無言でいるので彼のほうから話を振った。
「最近はどうしてるんだ。相変わらずのバイト生活か?」
「……うん」
「いったいいつまでそんな生活を続けるつもりだ。バンド活動のためだかなんだか知らんが、そんなくだらないことはやめて……」
「くだらない?」
沙耶はそして眉間に皺を寄せて目を細め、田島をきっと睨みつける。彼女がそのような表情を見せるのははじめてのこと。彼に対してはまったく頭が上がらないはずだった。
沙耶の両親は一億円近い遺産を残していた。その法定相続人はもちろん沙耶である。が、当時、彼女はまだ未成年だったため、成人するまで管理するという名目で田島がその遺産を譲り受けていた。田島はそこから彼女に仕送りを続けていたのだが、大学を中退したところで打ち切り、残ったお金はすべて自分の懐に収めていた。沙耶には遺産のことを秘密にし、仕送りは田島個人の財産から捻出していたということにしていた。
「まあ、そんなことより、話があるというのはなんなんだ?」
「アルンのことだけど……」
行方不明になっている彼女のタイ人の友達である。そのこでは随分前から相談を受けていた。
「残念だけど、警察でもなんの手がかりも掴めていないよ」
「はっきり言うね。私は伯父さんたち警察が犯人じゃないかと疑っているの」
――な……!
田島は心の動揺を隠し、ふッと鼻で笑ってポーカーフェイスで言う。
「くだらない冗談だ」
「冗談なんかじゃないよ。それなりに根拠があって言ってるの」
「なんだ、それは?」
「私の友達がまた行方不明になった。いっしょにバンドをやってる親友。その彼と急に連絡がとれなくなったから、携帯電話会社に事情を説明して彼の携帯の移動軌跡を調べてもらった。すると、新加美町のあたりから有島警察署に移動して、そこで信号が途絶えていた」
――またあいつか……!
沙耶の友達を拉致したのは近藤だろう。拉致をするときにその人物の所持している携帯電話を破壊しておくことなど基本中の基本である。しかし、彼はそれを怠った。そして有島警察署に到着してからようやく破壊したのだ。施設に到着した途端に目を覚ましてしまった男の件といい、いったいどれだけ失態を犯せば気が済むのか……。
「二人とも警察が拉致したんでしょ?」
「おかしなことを言うな。なぜそれだけで警察が犯人と決めつける?」
それでも田島は平静を装い続ける。
「携帯電話の信号が有島警察署で途絶えたのはどう説明するの?」
「落とし物として警察に届けられたんだろう。そこで壊れたんじゃないのか」
「頭おかしいの? 警察も尋問される側になると随分と苦しい言い逃れをするんだね」
「私に向かってその口の聞き方はなんだ」
「今は私の口の聞き方はどうでもいいでしょ。それより早く説明してよ」
「だからそれは落とし物として……」
「へえ、そうなんだ」
沙耶は椅子から立ち上がり、語気を強めて言った。
「じゃあ、今からいっしょに警察署に行こうよ。そこに携帯電話が預けられてるんだよね。早く行こうよ」
田島は動かない。動けるわけがなかった。
「行けるわけないよね。だって、ないんだもん。証拠隠滅のために破壊してるんだもんね」
沙耶は空いている椅子に置いていたショルダーバッグを肩にかけた。
「知り合いにマスコミのライターがいるの。嫌な奴だけど、このことを話したら喜んで記事にしてくれると思うよ。そのときを楽しみにしててね」
そして自分の注文したコーヒーの分のお金だけをテーブルに置き、店を出ていった。
ひとり残された田島はふうっとため息を吐いた。しばらく思案してみたが、取るべき手段はひとつしか思いつかなかった。
「まったく世話の焼ける……」
独り言を呟き、少しぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
「いらっしゃいませ。お客様は……」
「待ち合わせだ」
店員の言葉を途中で遮って彼女のところへ移動し、向かい合わせの席に腰を下ろした。彼女の前にはおそらくまだ一口も口をつけられていないコーヒーが置かれていた。
「久しぶりだな。元気か?」
「……うん」
沙耶は田島の交通事故で亡くなった妹夫婦の娘、つまり姪だった。大切な話があるということで公休の日に呼び出しを受けていた。
田島は店員を呼んでコーヒーを注文する。少しして運ばれてきたコーヒーをブラックで一口飲んだ。沙耶がなかなか話を切り出さずに無言でいるので彼のほうから話を振った。
「最近はどうしてるんだ。相変わらずのバイト生活か?」
「……うん」
「いったいいつまでそんな生活を続けるつもりだ。バンド活動のためだかなんだか知らんが、そんなくだらないことはやめて……」
「くだらない?」
沙耶はそして眉間に皺を寄せて目を細め、田島をきっと睨みつける。彼女がそのような表情を見せるのははじめてのこと。彼に対してはまったく頭が上がらないはずだった。
沙耶の両親は一億円近い遺産を残していた。その法定相続人はもちろん沙耶である。が、当時、彼女はまだ未成年だったため、成人するまで管理するという名目で田島がその遺産を譲り受けていた。田島はそこから彼女に仕送りを続けていたのだが、大学を中退したところで打ち切り、残ったお金はすべて自分の懐に収めていた。沙耶には遺産のことを秘密にし、仕送りは田島個人の財産から捻出していたということにしていた。
「まあ、そんなことより、話があるというのはなんなんだ?」
「アルンのことだけど……」
行方不明になっている彼女のタイ人の友達である。そのこでは随分前から相談を受けていた。
「残念だけど、警察でもなんの手がかりも掴めていないよ」
「はっきり言うね。私は伯父さんたち警察が犯人じゃないかと疑っているの」
――な……!
田島は心の動揺を隠し、ふッと鼻で笑ってポーカーフェイスで言う。
「くだらない冗談だ」
「冗談なんかじゃないよ。それなりに根拠があって言ってるの」
「なんだ、それは?」
「私の友達がまた行方不明になった。いっしょにバンドをやってる親友。その彼と急に連絡がとれなくなったから、携帯電話会社に事情を説明して彼の携帯の移動軌跡を調べてもらった。すると、新加美町のあたりから有島警察署に移動して、そこで信号が途絶えていた」
――またあいつか……!
沙耶の友達を拉致したのは近藤だろう。拉致をするときにその人物の所持している携帯電話を破壊しておくことなど基本中の基本である。しかし、彼はそれを怠った。そして有島警察署に到着してからようやく破壊したのだ。施設に到着した途端に目を覚ましてしまった男の件といい、いったいどれだけ失態を犯せば気が済むのか……。
「二人とも警察が拉致したんでしょ?」
「おかしなことを言うな。なぜそれだけで警察が犯人と決めつける?」
それでも田島は平静を装い続ける。
「携帯電話の信号が有島警察署で途絶えたのはどう説明するの?」
「落とし物として警察に届けられたんだろう。そこで壊れたんじゃないのか」
「頭おかしいの? 警察も尋問される側になると随分と苦しい言い逃れをするんだね」
「私に向かってその口の聞き方はなんだ」
「今は私の口の聞き方はどうでもいいでしょ。それより早く説明してよ」
「だからそれは落とし物として……」
「へえ、そうなんだ」
沙耶は椅子から立ち上がり、語気を強めて言った。
「じゃあ、今からいっしょに警察署に行こうよ。そこに携帯電話が預けられてるんだよね。早く行こうよ」
田島は動かない。動けるわけがなかった。
「行けるわけないよね。だって、ないんだもん。証拠隠滅のために破壊してるんだもんね」
沙耶は空いている椅子に置いていたショルダーバッグを肩にかけた。
「知り合いにマスコミのライターがいるの。嫌な奴だけど、このことを話したら喜んで記事にしてくれると思うよ。そのときを楽しみにしててね」
そして自分の注文したコーヒーの分のお金だけをテーブルに置き、店を出ていった。
ひとり残された田島はふうっとため息を吐いた。しばらく思案してみたが、取るべき手段はひとつしか思いつかなかった。
「まったく世話の焼ける……」
独り言を呟き、少しぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
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