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第四章 最後の戦い
テント生活
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淡いグリーンのテントから放たれる光が床に胡坐をかく暁明の姿をぼんやりと照らしている。彼の前にはカセットコンロが置かれており、その上に鍋が乗せられていた。
タッパーに入った白粥を鍋に移してからコンロを着火した。ぐつぐつと少し煮立ってきたところで溶き卵とごま油を入れ、お玉でかき混ぜる。ごま油の香ばしい香りがほのかに立つ。最後に小ねぎをパラパラとまぶして火を消した。
テントの中に戻った。隅のほうで洋平と沙耶が同じ毛布に包まって寝ている。
「おい、朝だ。起きろ」
洋平のほうを軽く足蹴にして言った。
「うーん……」
彼は寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こす。
「女も起こせ。朝メシができている」
暁明はポットや食器などをもってまたテントの外に出た。
鍋の中の粥をお玉で深皿によそい、レンゲを添える。それからマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れてポットで湯を注いだ。
「おはようございます」
沙耶から先にテントから出てきた。そのあとに洋平が続いた。二人が床に腰を下ろすと、暁明はその前に粥とコーヒーを置いて言った。
「食え」
「張さんが作ったんですか?」
「鍋で温めただけだけどな」
「いただきます」
沙耶はレンゲで粥をすくい、ふうっと冷ましてから口に運ぶ。
「美味しい! すごく美味しいです」
暁明と洋平も粥を食べる。しばらくして暁明が訊いた。
「おまえら、これからどうするつもりだ?」
洋平がそれに答える。
「なるべく早く出ていきます」
「外に出たらすぐに捕まるぞ。しばらくここに隠れていればいいだろ」
「でも……」
「気にするな。おまえには俺の部下が迷惑をかけたしな。それに……こんなところにずっとひとりでいると頭がおかしくなりそうになるんだ」
「……あ、ありがとうございます!」
沙耶が頭を下げて言った。
「ところで、このテントとか生活用品はひとりでここまで運んだんすか?」
洋平が訊いた。
「俺の仲間が手伝ってくれた」
「マフィアの?」
「もともと俺の部下だった奴だが、今はカタギに戻って有島の一般企業に勤めている」
「へえ……」
三人とも粥を食べ終えてコーヒーを飲んでいるときだった。階段をコツ、コツ……と下りてくる足音が聞こえた。洋平と沙耶の顔に緊張の色が滲んだ。
「心配するな。さっき話した俺の仲間だ」
暗闇の奥のほうにポッと光が現れた。三人を照らしながら足音とともに近づいてくる。
「ボス。お疲れ様です」
懐中電灯の光が下に向けられると、その後ろから黒縁の丸メガネをかけた浩宇の姿が現れた。白いシャツの上にベージュのカーディガンを羽織り、布団が入りそうなくらい大きなスポーツバッグを肩に提げている。
「この二人がそうですか?」
「ああ」
洋平と沙耶のことはすでに浩宇に伝えてあった。
「はじめまして。王浩宇と申します」
浩宇はいかにもビジネスマンらしい丁寧な物腰で二人に挨拶する。
「足立洋平です」
「真野沙耶です。よろしくお願いします」
二人は座ったまま挨拶を返した。
浩宇はテントの中に入った。裸電球に照らされてスポーツバッグを開く彼の姿が影絵のようにテントの布に映される。
「なにをもってきたんですか?」
沙耶が暁明に訊いた。
「俺の洗濯物、それに食料品にシャンプーやら歯ブラシやら。おまえらの分もある」
「ありがとうございます、なにからなにまで」
暁明はテントの中の浩宇に訊いた。
「二人の着替えも買ってきたか?」
「いえ、それはまだです。どんなのを買えばいいのかわからなかったので」
沙耶に訊いた。
「服はどんなのがいい?」
「着られればどんなのでもいいですよ」
「まあ、そうだな。こんな場所でファッションに気を使う必要もないか」
暁明はテントから出てきた浩宇に言った。
「そういうわけだ。二人の服と下着も適当に買ってきてくれ」
「わかりました。明日でいいですか?」
沙耶がそれに答える。
「はい、大丈夫です。お手数をおかけします」
浩宇は透明のカップに入った杏仁豆腐を四つもっていた。腰を下ろしてからそれをひとり一個ずつ小さなプラスチックスプーンといっしょに配る。洋平はそれをじっと眺めて言った。
「これってもしかして……」
「杏仁豆腐だ。俺の大好物なんだ」
「新加美町の杏蜜という店のやつじゃないですか」
「知ってるのか?」
「俺たちも好きでたまに行ってたんですよ」
「そうか。そこでおまえの顔は見たことないけどな」
沙耶がクスッと笑った。暁明はそれをギロリと睨みつけて訊く。
「なにがおかしい?」
「張さん、そんな怖い顔して甘いものが好きなんですね」
「悪いかよ」
「ところで、ボス……」
ふいに浩宇が言葉を中国語に切り替えて言った。
「この二人の友達が警察に拉致されたということでしたよね」
「そうらしい」
暁明もそれに中国語で返す。
「で、そのことを警察署長に問い詰めたら警察に狙われるようになったと?」
「まさかとは思っていたが、俺の立てた仮説がさらに信憑性を帯びることになったな」
「二人には話したんですか?」
「話してどうなる?」
「そうですよね」
暁明は沙耶にちらと目を向ける。杏仁豆腐を食べて頬をほころばせている。暁明の胸に形容しがたい感情が湧いてくる。
「ごちそうさま。すごく美味しかったです!」
沙耶が杏仁豆腐を食べ終えて言った。
「もう一個食べるか?」
暁明はまだ手をつけていない自分の杏仁豆腐を彼女の前に置いて訊いた。
「いいんですか?」
「冷蔵庫にもまだいくつか残ってるからな」
「じゃあ、いただきます。ありがとう!」
沙耶はそう言ってから二個目の杏仁豆腐の蓋を開いた。
タッパーに入った白粥を鍋に移してからコンロを着火した。ぐつぐつと少し煮立ってきたところで溶き卵とごま油を入れ、お玉でかき混ぜる。ごま油の香ばしい香りがほのかに立つ。最後に小ねぎをパラパラとまぶして火を消した。
テントの中に戻った。隅のほうで洋平と沙耶が同じ毛布に包まって寝ている。
「おい、朝だ。起きろ」
洋平のほうを軽く足蹴にして言った。
「うーん……」
彼は寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こす。
「女も起こせ。朝メシができている」
暁明はポットや食器などをもってまたテントの外に出た。
鍋の中の粥をお玉で深皿によそい、レンゲを添える。それからマグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れてポットで湯を注いだ。
「おはようございます」
沙耶から先にテントから出てきた。そのあとに洋平が続いた。二人が床に腰を下ろすと、暁明はその前に粥とコーヒーを置いて言った。
「食え」
「張さんが作ったんですか?」
「鍋で温めただけだけどな」
「いただきます」
沙耶はレンゲで粥をすくい、ふうっと冷ましてから口に運ぶ。
「美味しい! すごく美味しいです」
暁明と洋平も粥を食べる。しばらくして暁明が訊いた。
「おまえら、これからどうするつもりだ?」
洋平がそれに答える。
「なるべく早く出ていきます」
「外に出たらすぐに捕まるぞ。しばらくここに隠れていればいいだろ」
「でも……」
「気にするな。おまえには俺の部下が迷惑をかけたしな。それに……こんなところにずっとひとりでいると頭がおかしくなりそうになるんだ」
「……あ、ありがとうございます!」
沙耶が頭を下げて言った。
「ところで、このテントとか生活用品はひとりでここまで運んだんすか?」
洋平が訊いた。
「俺の仲間が手伝ってくれた」
「マフィアの?」
「もともと俺の部下だった奴だが、今はカタギに戻って有島の一般企業に勤めている」
「へえ……」
三人とも粥を食べ終えてコーヒーを飲んでいるときだった。階段をコツ、コツ……と下りてくる足音が聞こえた。洋平と沙耶の顔に緊張の色が滲んだ。
「心配するな。さっき話した俺の仲間だ」
暗闇の奥のほうにポッと光が現れた。三人を照らしながら足音とともに近づいてくる。
「ボス。お疲れ様です」
懐中電灯の光が下に向けられると、その後ろから黒縁の丸メガネをかけた浩宇の姿が現れた。白いシャツの上にベージュのカーディガンを羽織り、布団が入りそうなくらい大きなスポーツバッグを肩に提げている。
「この二人がそうですか?」
「ああ」
洋平と沙耶のことはすでに浩宇に伝えてあった。
「はじめまして。王浩宇と申します」
浩宇はいかにもビジネスマンらしい丁寧な物腰で二人に挨拶する。
「足立洋平です」
「真野沙耶です。よろしくお願いします」
二人は座ったまま挨拶を返した。
浩宇はテントの中に入った。裸電球に照らされてスポーツバッグを開く彼の姿が影絵のようにテントの布に映される。
「なにをもってきたんですか?」
沙耶が暁明に訊いた。
「俺の洗濯物、それに食料品にシャンプーやら歯ブラシやら。おまえらの分もある」
「ありがとうございます、なにからなにまで」
暁明はテントの中の浩宇に訊いた。
「二人の着替えも買ってきたか?」
「いえ、それはまだです。どんなのを買えばいいのかわからなかったので」
沙耶に訊いた。
「服はどんなのがいい?」
「着られればどんなのでもいいですよ」
「まあ、そうだな。こんな場所でファッションに気を使う必要もないか」
暁明はテントから出てきた浩宇に言った。
「そういうわけだ。二人の服と下着も適当に買ってきてくれ」
「わかりました。明日でいいですか?」
沙耶がそれに答える。
「はい、大丈夫です。お手数をおかけします」
浩宇は透明のカップに入った杏仁豆腐を四つもっていた。腰を下ろしてからそれをひとり一個ずつ小さなプラスチックスプーンといっしょに配る。洋平はそれをじっと眺めて言った。
「これってもしかして……」
「杏仁豆腐だ。俺の大好物なんだ」
「新加美町の杏蜜という店のやつじゃないですか」
「知ってるのか?」
「俺たちも好きでたまに行ってたんですよ」
「そうか。そこでおまえの顔は見たことないけどな」
沙耶がクスッと笑った。暁明はそれをギロリと睨みつけて訊く。
「なにがおかしい?」
「張さん、そんな怖い顔して甘いものが好きなんですね」
「悪いかよ」
「ところで、ボス……」
ふいに浩宇が言葉を中国語に切り替えて言った。
「この二人の友達が警察に拉致されたということでしたよね」
「そうらしい」
暁明もそれに中国語で返す。
「で、そのことを警察署長に問い詰めたら警察に狙われるようになったと?」
「まさかとは思っていたが、俺の立てた仮説がさらに信憑性を帯びることになったな」
「二人には話したんですか?」
「話してどうなる?」
「そうですよね」
暁明は沙耶にちらと目を向ける。杏仁豆腐を食べて頬をほころばせている。暁明の胸に形容しがたい感情が湧いてくる。
「ごちそうさま。すごく美味しかったです!」
沙耶が杏仁豆腐を食べ終えて言った。
「もう一個食べるか?」
暁明はまだ手をつけていない自分の杏仁豆腐を彼女の前に置いて訊いた。
「いいんですか?」
「冷蔵庫にもまだいくつか残ってるからな」
「じゃあ、いただきます。ありがとう!」
沙耶はそう言ってから二個目の杏仁豆腐の蓋を開いた。
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