絶望ダンデリオン

小林ていじ

文字の大きさ
61 / 69
第四章 最後の戦い

悪魔降臨

しおりを挟む
 暗闇の中に絶え間なく響き続ける銃声に洋平の鼓膜はジンジンと痺れていた。銃声と同時に放たれる閃光で暁明の後ろ姿の輪郭が瞬間的に何度も縁取られる。洋平は手に拳銃を握り締めてはいるが、暁明の陰に隠れて震えているだけだった。

 ライブハウスである有島ホールの窓ガラスをぶち破って内部に潜入していた。一時的にここに避難して特殊治安部隊の追撃から逃れようと思ったのである。が、すぐに見つかってしまい、二人は袋の鼠にされていた。

 ホールに面して緩やかな曲線を描く通路で激しい銃撃戦が繰り広げられた。暁明は壁から突き出した柱の陰に身を隠しながら特殊治安部隊の銃撃に応戦していた。

 ふいに台風の目に入ったかのような静寂が訪れた。暁明はその隙に拳銃を素早くリロードした。

「洋平、後ろを見といてくれ。裏から回り込んでくるかもしれん」
「あ、ああ、わかった」

 洋平は暁明と背中を合わせて震える手で拳銃を構える。

 通路の左側の壁にはホールに通じる扉があり、右側の壁にはこの有島ホールで公演予定のミュージシャンのポスターが貼られている。壁の下のほうに設置された通路灯がその空間を仄かに照らしていた。

 ――来るな、来るな、来ないでくれ……。

 心の中でそう念じながら通路の先の暗闇をじっと睨みつけた。背中に感じる暁明の体温が少しだけ心強かった。

 カラン、カラン……。

 金属のようなものが床を転がる音が響いた。次の瞬間、鼓膜が破れそうになるほどの凄まじい轟音が響いた。二人いっしょに爆風で吹き飛ばされ、床の上をゴロゴロと転がった。

 暁明はすぐに体勢を立て直し、通路灯の光を滲ませた煙に向かって駆けた。数発の銃声が響き、暁明と二人の特殊治安部隊の姿が閃光に照らされる。

 そして再びの静寂。

 いったいどちらが撃たれたのか……。煙に阻まれて状況が見えなかった。

「おい、洋平」

 しばらくして煙の向こう側から暁明の声が聞こえた。洋平はふうっと安堵のため息を漏らし、煙のほうへとゆっくり歩いていった。壁にボッカリと大きな穴が開き、その周辺に破片が散らばっていた。

「こっちだ」

 暁明がその穴の暗闇から手招きする。

 洋平もそこに足を踏み入れた。暗闇に目が慣れてくると、段差になって並ぶ座席がぼんやりと見えてくる。いちばん下の段にフェンスが設けられ、その向こう側にホールが広がっている。その両側の壁にギリシャ様式の柱が一本ずつ填め込まれ、そのいちばん上の部分に有島のシンボルである翼を広げたアリー像が御神体のように取り付けられていた。

 暁明は段差を少し下りたところで拳銃を穴に向けて構えた。

「俺はあの穴を見張る。洋平はそれ以外を頼む」

 それ以外と言われてもかなり範囲は広いが……。とりあえず座席を飛び越えていちばん下の段まで下りた。フェンスの下に広がるホールの先にステージがぼんやりと見える。それをじっと見つめていると、恐怖を押しのけて込み上げてくる感情があった。

「洋平。なにを見ている?」
「あのさ、こんなときにこんな話をするのもなんだけど……」
「なんだ?」
「俺、あのステージでライブするのがずっと夢だったんだ。健吾と沙耶と三人で……。あとほんのもう少しで叶いそうだったのにな」

 洋平はフェンスの向こう側に手を伸ばして暗闇をぎゅっと掴んだ。暁明からはなにも返事がなかった。

「……ごめん。こんなことを話してる場合じゃなかった」

 気を取り直して拳銃を構え、ホール全体を見渡した。

 しばらくして背後から足音が聞こえた。

 振り向いた。

 穴の入り口にひとりの特殊治安部隊のシルエットがあった。しかし、様子がおかしい。まるで病人のように体を左右にふらつかせている。次の瞬間、首からブシュッと血を噴き出し、前のめりに座席の上に倒れた。

 その後ろからまら別のシルエットが現れた。スカートを履いた女である。

「うふふふ。暁明ちゃん、お久しぶりね。私のこと覚えてる?」

 そう言いながら穴から入ってくる。手には刃渡りの長いナイフが握られていた。

「誰だ……?」

 洋平は女に拳銃を向けていた。しかし、いくらナイフを所持しているとはいえ、特殊治安部隊でもない女を撃つことなどできなかった。

「洋平、逃げろ!」

 暁明はそう叫んで彼のところに駆けてくる。そして洋平の体を掴んでフェンスの向こう側に投げ飛ばした。

 暗闇の中を落下していき、硬い床に背中を強打した。

「いた……」

 背中をさすりながら体を起こそうとしたとき、頭上で機関銃を連射するような音が響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】 3巻からは戦争編になります。 戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。 ※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

処理中です...