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第四章 最後の戦い
美しい世界
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春の温もりを含んだ風が吹いた。沙耶の着ているグレイのカーディガンに一枚の桜の花びらがふわりと落ちる。
彼女は小高い芝生の丘に植えられた一本桜を見つめていた。満開に咲いたその花びらのピンクとその背景の空の水色はまるで水彩画のような淡い色彩を放ってその境目を曖昧にしている。
しばらくしてその桜に向かって丘の芝生をゆっくりと上ってくるひとりの男の姿が見えた。水色のストライプのシャツに白のスラックス。顔にはマスクを着用しているが、顔の上半分だけでそれが誰であるかはすぐにわかった。
沙耶はベンチから腰を上げてその男に背後から近づいていった。その途中、肩から提げたバッグの中に手を入れた。指先に硬いものが触れた。
「久しぶりだね、伯父さん」
立ち止まって桜を見上げている田島に後ろから声をかけた。
「……沙耶か」
「振り向かないで!」
バッグから拳銃を素早く取り出して田島の背中にその銃口を突きつけた。すでにスライドは引いてあるので引き金を引くだけで弾は発射される。
「なんの真似だ?」
「ここでずっと待っていたら会えるような気がした。覚えてるでしょ? 私がはじめて有島に来たときに伯父さんが教えてくれた場所だよ。毎年桜の咲く時期になると必ずここをひとりで訪れるって」
沙耶はテレビとネットのニュースですべての真相を知った。有島警察署は国連軍によって抑えられたが、その署長である田島は行方を眩ませているということも。
「私の背中に向けているのは拳銃か? どこでそんなものを手に入れた?」
「答える必要はない」
「私のことを憎んでいるのか?」
「当たり前でしょ。自分がなにをやったかわかってるの?」
「いいか。落ち着いてよく聞けよ。私はなにも間違ったことはやっていない。平和のためには多少の犠牲は付き物なんだ。血は必ず流れるものなんだ。今までの人類の歴史を振り返ってみてもそれは明らかだろう。あともう少しで……」
「ふざけないで!」
田島の言葉を遮って叫んだ。
「健吾も……、アルンも……、みんなみんなあんたのせいで……」
沙耶の目から涙がポタリと垂れた。泣くつもりなんてなかった。が、彼らの名前を口にしただけで感情の高ぶりを抑えることができなくなってしまった。
「う、うう、うう……」
嗚咽が止まらなくなった。田島はそれを好機と見たのか、少しの沈黙の後、素早く振り向いた。そして沙耶の手から拳銃を奪おうとする。
ズダン!
覚悟は決めていた。彼女は拳銃を奪われる前にその引き金を引いた。
田島のM字に禿げた額に一センチほどの穴が開いた。背中からドサリと芝生の地面に倒れる。芝生に吸い込まれているためか、血はほとんど見られなかった。顔に着用したマスクもきれいなままだった。
沙耶はそれを冷めた表情で見下ろし、しばらくして顔を上げた。黒々とした枝とピンクの花びらの隙間から太陽がきらきらと眩い日差しを投げかけている。一匹の毛虫が全身をもぞもぞと動かして必死に幹をよじ登っているが、それは音もなく一瞬で小鳥の嘴にくわえられて連れさられる。その向こう側にはそんな小さな出来事など少しも意に介すことのないような有島中心部のビル群の悠然とした姿が広がっている。
なんて美しい世界なのだろう。そして、なんて悲しい世界なのだろう……。
彼女は有島で出会った人々のことをひとりずつ思い返していった。
「みんな、ありがとう。ごめんね……」
そして手に握っていた拳銃の銃口を自分のこめかみに向けた。涙で濡れた頬に吹き付ける風が少しだけ冷たかった。
彼女は小高い芝生の丘に植えられた一本桜を見つめていた。満開に咲いたその花びらのピンクとその背景の空の水色はまるで水彩画のような淡い色彩を放ってその境目を曖昧にしている。
しばらくしてその桜に向かって丘の芝生をゆっくりと上ってくるひとりの男の姿が見えた。水色のストライプのシャツに白のスラックス。顔にはマスクを着用しているが、顔の上半分だけでそれが誰であるかはすぐにわかった。
沙耶はベンチから腰を上げてその男に背後から近づいていった。その途中、肩から提げたバッグの中に手を入れた。指先に硬いものが触れた。
「久しぶりだね、伯父さん」
立ち止まって桜を見上げている田島に後ろから声をかけた。
「……沙耶か」
「振り向かないで!」
バッグから拳銃を素早く取り出して田島の背中にその銃口を突きつけた。すでにスライドは引いてあるので引き金を引くだけで弾は発射される。
「なんの真似だ?」
「ここでずっと待っていたら会えるような気がした。覚えてるでしょ? 私がはじめて有島に来たときに伯父さんが教えてくれた場所だよ。毎年桜の咲く時期になると必ずここをひとりで訪れるって」
沙耶はテレビとネットのニュースですべての真相を知った。有島警察署は国連軍によって抑えられたが、その署長である田島は行方を眩ませているということも。
「私の背中に向けているのは拳銃か? どこでそんなものを手に入れた?」
「答える必要はない」
「私のことを憎んでいるのか?」
「当たり前でしょ。自分がなにをやったかわかってるの?」
「いいか。落ち着いてよく聞けよ。私はなにも間違ったことはやっていない。平和のためには多少の犠牲は付き物なんだ。血は必ず流れるものなんだ。今までの人類の歴史を振り返ってみてもそれは明らかだろう。あともう少しで……」
「ふざけないで!」
田島の言葉を遮って叫んだ。
「健吾も……、アルンも……、みんなみんなあんたのせいで……」
沙耶の目から涙がポタリと垂れた。泣くつもりなんてなかった。が、彼らの名前を口にしただけで感情の高ぶりを抑えることができなくなってしまった。
「う、うう、うう……」
嗚咽が止まらなくなった。田島はそれを好機と見たのか、少しの沈黙の後、素早く振り向いた。そして沙耶の手から拳銃を奪おうとする。
ズダン!
覚悟は決めていた。彼女は拳銃を奪われる前にその引き金を引いた。
田島のM字に禿げた額に一センチほどの穴が開いた。背中からドサリと芝生の地面に倒れる。芝生に吸い込まれているためか、血はほとんど見られなかった。顔に着用したマスクもきれいなままだった。
沙耶はそれを冷めた表情で見下ろし、しばらくして顔を上げた。黒々とした枝とピンクの花びらの隙間から太陽がきらきらと眩い日差しを投げかけている。一匹の毛虫が全身をもぞもぞと動かして必死に幹をよじ登っているが、それは音もなく一瞬で小鳥の嘴にくわえられて連れさられる。その向こう側にはそんな小さな出来事など少しも意に介すことのないような有島中心部のビル群の悠然とした姿が広がっている。
なんて美しい世界なのだろう。そして、なんて悲しい世界なのだろう……。
彼女は有島で出会った人々のことをひとりずつ思い返していった。
「みんな、ありがとう。ごめんね……」
そして手に握っていた拳銃の銃口を自分のこめかみに向けた。涙で濡れた頬に吹き付ける風が少しだけ冷たかった。
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