勇者な彼女がトイレから出てきません。

きもとまさひこ

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第1話 はじめまして、珠美さん

第1話 その4

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 僕は再び、テーブルの天板をひっくり返しました。パンゲアの景色が広がります。

 フォーカスを移動させます。トラスト山の頂上近く、デルギット団の住処です。

 更にフォーカス。頭領の部屋では、珠美さんを初めとして、ビッグマウスさん、村長の娘(ところでこの娘さんの名前はなんというのでしょう)、そして頭領であるモスエさんの遺体が揃っています。

「ビッグマウスさん、聞きたいことがあるの」

「何なりと」

「どうして、犯人の盗賊の顔を見ていなかったの」

「実際には、見ていたのかもしれません。恐怖で記憶が欠落しているのかもしれません」

「ビッグマウスさんくらい強い人なのに?」

「相手は二人ですから。恐怖は人を混乱させるものです」

「ロープを切るのに、時間がかかっていたみたいね。一時間くらいかしら」

「不覚です。誠にお恥ずかしい」

「短剣使いなのにね」

「全くです」

 珠美さんはテーブルに近づき、コーヒーを加熱しているランプを止めました。徐々に沸騰が収まります。

「このコーヒーなんだけどね」

「はい」

「ずっと沸騰しているわよね」

「はい」

「ビッグマウスさんの話では、頭領がコーヒーを沸かした後に、子分が入ってきたのよね」

「左様です」

「だとすると、このコーヒーは一時間の間、沸騰しつづけていたことになるわ。——それが本当ならば、コーヒーはとっくの昔に蒸発して豆だけが焼けていないといけない。実際、私が席を外している間にも、ずいぶん水分が減っているわ。不思議ね」

「騎士殿は何がおっしゃりたいのですか」

「頭領を殺したのは、ビッグマウスさん、あなたね。あなたが頭領を殺し、一時間近く待って、ロープの細工をして、私たちを呼びに来た。コーヒーは注ぎ足したか、途中火を消していたのでしょうね」

「騎士殿、僭越ながら、その一時間の間に盗賊の部下に発見される恐れがあります」

「雑魚の盗賊くらい、本当は一撃で倒せるのでしょう? ビッグマウスさんの腕なら」

 ビッグマウスさんは、テーブルの上のコーヒーをじっと見ていました。既に火は消え、温かいコーヒーが湯気を立てています。

 長い時間がたちました。

「騎士殿、いいではありませんか。所詮、盗賊です」

「盗賊だから、殺してもいいの?」

「騎士殿が殺したら、盗賊たちの反乱になるでしょう。私が殺しても同様です。しかし、盗賊内部の仲間割れであればいかがでしょう? 内部で分裂してそれで終わりではないでしょうか?」

「盗賊たちを騙すというのね」

「所詮、盗賊です」

「私はそういうの、認めたくない」

 それは、よい子である珠美さんの、小さな矜持です。

「騎士殿……私と一緒にこの場を去りませんか。どうやら私は、騎士殿に特別な感情を……」

 そこまで言ったところで、珠美さんがビッグマウスさんの口を遮りました。ビッグマウスさんの、ビッグなマウスを。

「ビッグさん、そういう誘惑も、私は好きではないわ。それに私、好きな人がいるから」

 珠美さんは、村長の娘のほうに向き直りました。

「あなたは、この場の証人になってください。デルギット団の頭領は、ビッグマウスさんによって殺害されました。ビッグマウスさんの身柄は騎士団が拘束し、皇国の正当な手続きに従い、裁判へとかけます。もし、デルギット団の残党が村を襲う素振りを見せたら、騎士団が全力で護ります。差し当たり、そうね……あなたは騎士団が保護するわ。盗賊団の動きがはっきりするまで、一ヶ月くらいかしら」

 娘さんは、深々と頭を下げました。

「よろしくお願いします」

 今度は珠美さんは、ビッグマウスさんのほうを向きます。

「もしかするとあなたは、腕ずくでこの場から逃げようとするかもしれないけれど、一対一の接近戦なら私は強いわよ?」

「承知しております、騎士殿。ただひとつだけ、教えてください」

「何かしら」

「騎士殿の好きな殿方というのは、どのような方でしょうか」

「うーん。そうね……ぼんやりしているけれど、きっと私のことをいつも見守ってくれているような人、って言えばいいかしら」

「そうですか」

 ビッグマウスさんは、「敵いませんね」と続けます。本質的には、悪い人ではないのでしょう。ただ、この発展途上のパンゲアの世界で、乱雑な物の考え方というのは発展を妨げるものです。珠美さんの判断は懸命だと、僕は思います。



 彼女が再びトイレから出てきました。

 持っていたスマートフォンを、テーブルの上にことりと置きます。そしてごろりと横になりました。

「ああ、疲れちゃった」

「疲れるようなことをしたのですか」

「ちょっと、事件解決しちゃったわ」

「それはなにより」

「だけど、よく分かったわね」

「いやいや、似たような話を、以前ショートミステリの本か何かで読んだことがあったんですよ」

「ふーん」

 珠美さんは左右にごろごろと転がりながら、疲れた疲れたとわめき散らします。……ちょっと乱暴な表現でしたね。のたまいます、ってところでしょうか。

 珠美さんが疲れるのも当然です。だって彼女は、異世界パンゲアの勇者にして、騎士団のメンバーなのですから。普通の騎士なら街の酒場に繰り出して、「おいオヤジ、ぶどう酒をくれ」とでも始めるでしょう。

 彼女は異世界での働きを無闇に喋ったりしません。ただひたすら、疲れた疲れたとごろごろします。

 こういう時は、適当に話を合わせておくのがいいでしょう。そして、気が向いたら紅茶でもいれてあげるといいです。

 僕は立ち上がりました。

「どうしたの?」

「紅茶をいれますよ。お菓子は何かあったかな」

「牛乳も入れてね。お砂糖もたっぷり入れてね」

「それならロイヤルミルクティーにしましょうか」

「やったー」

 そして、仰向けにごろりん。あのう、その胸が強調される姿勢は、目のやり場に困るのですが。

 僕はそそくさとキッチンに移動し、牛乳を沸かし始めました。それと並行して、お湯を沸かし、紅茶を煮出します。温めた牛乳をそこに加えて、加熱して、自己流ロイヤルミルクティーの出来上がり。

 ティーカップに注いで部屋まで持っていったら、珠美さんは軽い寝息をたてて眠っていました。

 タオルケットをクローゼットから出して、かけてあげます。

「勇者さん、お疲れ様でした」

 神様の僕にできるのは、見守ることだけですけれどね。


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