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3話『やぶへび』

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 看板に書いてあった地図に従い、試験会場の講堂を目指す。
 すると、隣を歩いていたシアが小さくつぶやいた。

「……さっき」
「ん?」
「さっき、かばってくれてありがとう」
「ああ。いいよ別にあんなの。それに、お前ならあんな奴どうってことないだろ」
「それでも嬉しかった」
「……おう」

 はにかみながら、シアが横目にこちらを見てくる。
 何だ、この甘酸っぱい感じは。
 ものすごくむずがゆいぞ。

「くぅ~、青春しとるのうラッド。頑張るんじゃぞ!」
「何をですか……」
「そりゃお主、みなまで言わんでも分かるじゃろ、え?」

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、村長が肘で小突いてくる。
 実に爺さんらしい思考である。
 俺は照れ隠しに、シアに言った。

「大体なあ、お前のああいう態度もよくないんだよ」
「ああいう態度?」
「自分の強さにもっと自覚を持てってことだよ。そうすりゃレシオを余計に怒らせることもなかっただろ」
「そう言われても、私は普通にしてるだけ。あの人の魔法の調子が悪かったんでしょう」
「……へいへい、そうだな」

 分かりきってはいたが、やはりこの調子だ。
 俺は諭すのを諦めた。

「む、二人とも。見えてきたぞ。試験会場じゃ」

 村長が顎でしゃくって見せた先には、校舎と同じく真っ白な建物が建っている。
 ちょっとした映画館くらいの大きさで、千人は余裕で収容できそうだ。
 玄関に入ったところにある受付で受験手続きを済ませた。
 
「保護者がついてこれるのはここまでじゃ。シア、ラッド。そう気負うでないぞ! お前さんたちなら心配いらんでの!」

 受験者の控え室の前でそう激励すると、村長は手を振って去っていった。
 村長と入れ替わりのタイミングで『試験官』という腕章をつけた女性が部屋に入ってきた。

「それではこれより入学試験を開始します! 名前を呼ばれた方は、こちらのドアから舞台に上がってください。舞台上には測定器具や魔導人形《マリオネット》などが用意されていますので、各々《おのおの》自由に魔法を披露すること!」

 名前を呼ばれた受験者が次々に控え室を出ていく。
 舞台の方からは、何やらドカンボカンと物騒な音が響いてきた。

「みんな、どんな魔法使ってるんだろう?」
「何でもいいだろ。使えるかどうかがわかりゃいいんだから。あ、言っとくけどな。お前は下手なことするなよ? 空中に『ウォーターボール』でも浮かべてそれで終わりにするんだ。いいな? 何も壊したりするなよ?」
「うん。分かった」

 もう大体こいつがやらかしそうなことは目に見えている。
 予め言い含めておけば、そうおかしなことはするまい。
 シアは素直にうなずいた。

「次、ラッド・クランツ!」
「ラッド、頑張ってね」
「おう」

 ついに名前が呼ばれたので、俺はおもむろに立ち上がる。
 と、そこでピーンと天啓《てんけい》が訪れた。
 
「シア、さっきのは取り消しだ」
「取り消し?」
「『ウォーターボール』は壁に向かってぶっ放せ。ほら、この前お前の部屋の壁を壊しただろ? あんな感じにかましてやるんだ! いいな?」
「でも、壊すなって言ってたよね?」
「いや、あれは間違いだった。これは試験だからな。お前の本当の実力を試験官に見せつけてやれ!」
「うん。分かった。ラッドがそう言うなら、そうする」

 相変わらず素直な奴だ。
 俺はぐっと親指を立てると(このハンドサインは通じるんだろうか)、急いで舞台へ向かった。

 舞台はかなりの広さだった。
 平均的な体育館の、二倍くらいはありそうだ。
 舞台には長机がいくつか並べてあり、その上にはティーカップやビン、桶、マネキンのような人形が、所狭しと置いてある。
 一瞬、お笑い番組のモノボケコーナーか何かかと思うくらいだ。

「では、始めてください」

 試験官の声を合図に、俺は適当なティーカップを手にとった。
 
「見たことない奴だな。どこの田舎者だ?」
「さあな。どうせ大したもんじゃないだろ……」

 観客席には、試験官のほかに、試験を終えた受験者たちもちらほら座っている。
 いいぞ。ますます俺の計画はやりやすくなった。
 内心ほくそ笑みながら、俺はティーカップをぽいっと床に放った。

 ガチャン!

 陶器が割れる甲高い音。
 そして、俺は間髪入れずに魔法を発動した。

「『レストア』!」

 すると、ティーカップの破片がひとりでに俺の手に戻り、元の形を取り戻していく。
 断面の跡も一切残さない、完璧な復元だ。
 おお、と観客席から感心したような声が上がる。

「おい、『レストア』だってよ」
「魔法名鑑にあったけど、使ったのを見たのは初めてだ」

 俺を小馬鹿にしていた受験者たちも、多少は俺を見直したようだ。
 試験官は手元の紙に何かを書き込むと、舞台から降りるように指示してきた。
 おそらく、試験は合格だろう。
 俺は一礼し、舞台脇の階段から観客席に降り立った。

 ……物足りない。物足りないな。
 違うだろ? こうじゃないだろ、異世界転生って。
 こういう試験があったら、俺がもっとドカンと派手な魔法をぶちかまして、周りの人間たちも「うおおおお!」ってなって、学院の人たちが「とんでもない逸材だ……!」「私が彼に教わりたいくらいですな!」とか言い出すんだよ。普通はさ。

 せっかくチートを手に入れて転生したんだから、もっとカッコよく決めたいよなあ?
 
「次、アレクシア・シュレーディンガー!」

 お、来た来た。
 座席にふんぞり返りながら、俺はシアが舞台上に現れるのを眺めていた。
 俺の計画はこうだ。

 まず、シアが『ウォーターボール』で壁を破壊する。
 きっと、前みたいに大穴が空いて、会場は大騒ぎになるだろう。
 そこで俺がさっそうと登場し、『復元』を使う。
 業者がやったら数週間がかりの大工事《だいこうじ》が、俺にかかれば一瞬で片付くわけだ。
 そこで皆が俺を見直す。拍手喝采。
 誰も傷つかない、損をしない完璧な作戦だ。
 今日から俺は主人公《ヒーロー》になる!

「はは、今度はお子様か」
「おいおい、魔法学院はいつから託児所になったんだ?」

 背の低いシアは、年齢より幼く見られやすい。
 受験者たちもそう思っているのか、ヘラヘラとバカにしたような笑みを浮かべている。
 ……ふっ。今のうちに笑っとけ。数秒後にはひっくり返るぞ。

 シアは目を閉じ、すっと手を肩の高さに持ち上げた。
 俺はニタニタしながら、シアが魔法を使うのを待った。

「えいっ」

 魔法の行使。
 瞬間、講堂全体の魔力が、すべてシアに吸い上げられたのを感じた。

 ――あれ? もしかしてこれヤバい? 

 ぞっと冷や汗が吹き出て、俺は腰を浮かせかけた。
 一般的に、魔力は体内で生成する方法と、大気中から集める方法がある。
 前者の方が手軽だが、後者の方が効率がよい。
 だが、大気中の魔力を集めるのは難しく、どんなに訓練してもできない魔法使いが多いと聞く。
 
 しかし、シアは生まれつきそれができた。
 それも、超広範囲の魔力を、まるで息を吸うかのように簡単に。
 止めに入ろうとしたが、もう遅い。

 ドン!

 腹の底を殴りつけるような衝撃。
 無造作に放たれたのは、トラックほどの大きさの巨大な水弾だ。
 直撃した壁は、大穴が空くどころか、壁面ごと崩壊し、外の景色が望めるような有り様になっていた。

「お、おま、お前……!」

 三半規管がショックを受けたのか、ぐわんぐわんと視界が歪む。
 ふらつきながら舞台に上がると、シアはけろっとした顔でそんなことをのたまった。

「なに、何やってんだお前は……!」
「何って、ラッドの言う通りにしただけだけど?」
「あのときくらい適度に壊せって言ったんだよ俺は……! なんで講堂を解体してんだ!」
「でも、あのときも無詠唱だったし、無詠唱は難しいから」
「だったら使うんじゃねー! ああもうどうするんだよ、試験どころじゃねえよこれじゃ! お前が落ちたら俺まで学院通えなくなるんだぞ! くそおおおまずいまずいまずい!」

 はっと観客席を振り返ると、そこは死屍累々だった。
 とっさに耐衝撃体勢をとった俺とは違い、彼らはシアの暴挙への備えがなかったのだろう。
 着弾の衝撃で、試験官も受験者も、文字通りひっくり返
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