6つと1つの物語

ラムダム睡眠

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3話 By My Admired Person

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 ある者は呪った。この世の不平等性を。
 ある者は嘆いた。己の愚かさを。
 ある者は祈った。幸せな時間を。
 ある者は恋した。自分を先導した人間を。
 ある者は夢見た。自分のいない世界を。
 ある者は憎んだ。他人を殺す邪悪さを。

 そして、
 ある者は続けた。
 ある者は待った。
 ある者は決意した。
 ある者は疑った。
 ある者は探した。
 ある者は抱いた。

 これは、祈った者と決意した者の物語である。

◆◆◆◆◆

 月が綺麗だ。何もなければ、金属が鳴り合う音がなければ、私は一人酒を飲んでいたであろう。

「第1班第2班突撃体勢の準備!!だが決して後方からの奇襲を見逃すな!!第3班から第6班は両翼の形を維持しろ!第7班第8班は波状防衛で国際軍の士気を落とせ!!決して進軍せず、防戦一方耐え凌ぐのだ!!!」

「「『『おーーーーーー!!!!!』』」」

 戦いとは命の賭け合いである。賭け合いである以上、決して手を緩めることはしない。相手の方が若干数に劣っていようと、全力を出す、それが私のやり方であり、最も被害を少なくする戦い方である。

「機は必ずくる!!国際軍の勢いは衰えつつある!!だが叩き込むな!!守ることだけに専念しろ!!我らが掴むのは勝利であり、国際軍の敗北ではない!!」

「「『『勝利を求めよ!!敗北を求めるなーーー!!!!』』」」

 戦況はこちらが有利なのは間違いない。波状攻撃ならぬ波状防衛で衰えない私たち第三部隊に永遠と攻撃をし続けては、攻撃が繋がらなくなる。
 今ここに部隊長がいればもっと士気を上げることができ、もう少し早い段階で有利にできたかも知れない。副隊長である私にはこれが限界だ。
 だがこれは限界の出し切り合い。そして何度も戦況を見極め、適切な判断を下す。それが負傷した部隊長の代わりにできる、副隊長にしかできないことである。

 この丘における戦いも、このまま続けばあと1日もすれば終わるだろう。確実に国際軍は王都の方へ退けられている形であり、しかも私たちの防戦で疲れ切っており戦力として王都に加わることにもならない。
 王都まで退けさせたら、相手の体勢が整う前に進撃。第一第二部隊と合流する。
 ビジョンは見えている。
 だからこそ、負けるわけにはいかない。ここで倒れれば、世界が変わる機会を完全に失ってしまうことになる。2度と世界を変えられなくなるのは、それは私ではなく、未来に生きるものたちへの負債だ。

「シルマリル様!王都が見えてきました!!」

「よし!第7班に引くように伝えろ!第1班突撃!!!」

「「『『おおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!!』』」」

 後方にいた第1班が私を避けるようにして前に突撃し、同じタイミングで前方の第7班が後方に下がる。回復した第1班がやってくることでさらに国際軍は後退を余儀なくされる。
 大丈夫だ。この調子で行けば、王都到達まであと少し。
 だが油断はしない。一つの綻び、一つの亀裂、それが大きくなり、軌道修正ができなくなるのを避けなければならない。
 プレッシャーは感じる。この作戦が失敗することだってもちろんあり得るわけだ。
 例えば、王都制圧を前提とした作戦であるから、王都が制圧できていなければ援軍が来て、私たちは逃げるしかなくなる。そうなれば今の解放軍の勢いでは解放軍は負けてしまう。
 だから、負けられない。魔法使い様の采配は完璧に近いものだ。そしてその采配で私は第三部隊副隊長になった。ならば、私はその期待に従うのみ。

「シルマリル様!!兵士が単独で突っ込んできました!一直線にシルマリル様に……ぐわぁ!!」

 予想していたが、意外と早い。このタイミングで来るとは、一つの賭けだろう。
 解放軍の人並みを突き刺すように一人の兵士が走り込んできた。私は弓を構え、その兵士に標準を合わせる。
 まるで龍だ。素早い、早い。しかも手にしている武器は槌だ。あれに潰されれば、人の頭なんて丸呑みだろう。しかも単独でたどり着くことができるポテンシャルを持つ、相当腕の立つ者であろう。
 切り札として隠してたか。

「あいつは私が受け持つ!!班長!あとは任せたぞ!!!」

 下から槌を構える兵士。私は腰を低くし立ち止まり、弓を引く。狙いは兵士の命ではなく、足元。
 槌の間合いに入る前に、揺動する。

「てやああああああああああああ!!!!!」

「はっ!!」

「うおったああああ!!!!!??」

 見事足元に放った矢。直接の攻撃はないものの、兵士の体勢は崩れ、槌に振り回されるようによろめいた。
 だがそれでも槌を思いっきり地面に叩きつけることで己の体と共に安定させる。この状況でこんなことができるのはさすがとしか言いようがない。

 第三部隊は私たちを取り残して王都の方へ走って向かってしまった。先ほどまでの暑苦しい空気はなくなり、爽やかな風の匂いが踏みつけられちぎれた草木を流していた。
 兵士は肩で息をしながら、頭部の鎧を外す。
 紺の髪の、無精髭がうるさい男だ。顔長で、だがそれに見合わず体は屈強な鎧で固められている。
 一見ブサイクでも、腕は確かなようだ。そこは油断しない。

「私に挑もうとするとは、なかなか腕の立つ者と見受ける。それか無力さゆえの無謀さか。汝はどちらだ?名を名乗れ!」

「………」

「うむ、名乗らぬときたか。なら、我が弓矢でその体射抜かせてもら」

「待て待て待て!!名乗る!名乗るからひとまずはっておっとっとっと!?」

 兵士の足と足の間を通るように矢を放つ。男は千鳥足のようになり、すぐに両足を地面につける。

「あ、あっぶねー……」

「汝、ことの重大さをわかっているのか?私は解放軍第三部隊副隊長。その足取りを止めるというその意味をわかっているのか?」

「わかってるぞもちろん!だからこそ、俺は”あんたに挑むためだけ”に国際軍に入ったんだ!!」

「………ほお、面白いやつだな、汝」

「そう言いながら矢を放つな待て待て待て!!!??」

 あえて外すも、兵士は避けようとしている。だからこそ危ない場面もあるのだが、悪運のせいなのか兵士に一矢も当たることはない。
 いや、悪運ではない。やつの実力か。
 これは、足止めするためには足を射るしかなさそうだ。本来なら戦闘不能になるまで疲れさせようと思ったが、そうもいかない相手だ。

「俺の名はデムレイ・ダブルー!!国際軍第六部隊の隊員だ!!『氷華の仮面』、シルマリル・ゼイタとお見受けするぜ!!」

◆◆◆◆◆

 私はゼイタ家という騎士家に生まれた。父の名はエーデル、母の名はビスマルク。
 とても仲の良い両親だった。父は騎士の任務から帰ってくる、そんな父を母は迎え入れ、食事をして、酒に酔った母に父が手を焼き、家族全員でお風呂に入る。そんな平和な日常を送っていた。
 そんな父に憧れた。騎士として国のために尽くす父に憧れ、それを知った父から騎士の訓練を受けた。
 それは優しいものではなかったが、父は決して手を緩めることがなかった。負けて、悔しい。いつも父に負けて泣く私を母は抱きしめてくれた。
 それでも、今にして思えば楽しかった時間の一つなのだろう。父はそんな私を見て笑い、そんな父を母は殴り、その様子を見て笑えたのだから。いつも泣いて、怒って、笑って。楽しくて楽しくて、毎日訓練したのだろう。
 小学校、騎士学校では成績はいつもトップだった。体力面は父が、学力面は母がサポートしてくれた。トップであったことに誇りを持つことはなかったが、父と母が喜ぶ姿を見て、私も嬉しかった。
 騎士学校を抜け、騎士試験は1発で合格した。それを一目散に両親に伝えたかった。
 だが、父親はいなかった。
 当時から世界のあちこちで暴れ回っていた解放軍、父はその処理に追われていた。
 騎士である父だから、それは仕方なかったが、どこか悲しかった。
 私が騎士になったことを母は泣いて喜び、父に伝えたいと言っていた。私も同じ気持ちだった。
 その日から私は気づいた。いつの間にか父がいない日が日常となってしまい、たまに帰ってきた父がいつも険しい顔で私たちと会話しようとしなかったこと。どんなに良い成績をとっても、賞状をとっても、褒められても、運動大会で団のリーダーになっても、父の表情は崩れなかった。
 いつの間にか私は騎士になった。それでも、その状況は変わらなかった。
 私は騎士に憧れたのではない。私は父に憧れた。なのにその父は私が騎士になったこと自体知らなかったのかも知れなかった。それほど私と父との間に大きな溝があった。
 母にも相談した。しかし、母は何もしようとせず、ただ父の帰りを待ち、たまに帰ってきた父を労った。それでも父は無表情だった。

 こんなのが、家族なわけがない。
 私は思わず家を飛び出した。行くあてなどない。ただ逃げ出した。
 あんな冷たい空気が流れるのが家庭ではないと信じたかった。昔のように、笑い合える日が来るのと楽しみに待っていた。なのに、それは私の手の中にはなかった。

◆◆◆◆◆

「…………お前の名前、聞いたことないな」

「でしょうね!?一騎士でしたけど無名だったしな!!」

 おかしな男だ。こんな戦争で、私に挑むためだけに国際軍に入るなんて、おかしいにも程がある。しかも緊張感というものがまるでない。これは私の慢心ではなく、事実だ。

「だが俺はあんたに憧れてここまで騎士になった!!まああんたが騎士やめたから俺もやめてやったがな!!て、俺話しているのに矢を放つな!!?」

「ここは戦場だ。攻撃するなというバカがどこにいる」

「それもそうだな。じゃあ俺も全力で行かせてもらうぜ!!」

 両手で槌を地面から引っこ抜き、真っ直ぐこちらに突進してくる。その形相はもはや鬼のようだ。
 だから、槌を持つと鬼のように攻撃力は増すが、鬼のように単純明快な攻撃しかできない。
 何本も矢を放ち牽制するも、それらを素早く全て避けながら突進してくる。

 くるかっ!?

「でやっせええええええええい!!!」

 槌を撃ち込まれる瞬間踵を返し、すぐに後ろに飛ぶ。目の前で槌が大地を叩きつける様は圧巻で、もし味方であればどんなに頼もしいのかを顕明にする。
 だがそれは、敵としては最も厳しいということ。相手にするのなら、最も険しいということ。

「そこだ!!!」

 早っ!?

 デムレイは槌を持ち上げ、まるで布を振り回すように横に槌を振る。さすがにこれは飛んで避けるしかなく、着地する前に3本の矢を放つ。
 しかしデムレイはそれに動じない。3本の矢は見事デムレスを外し、地面に突き刺さった。

 着地してすぐに矢を1本放つ。それはデムレイの頬をかすめるだけだった。
 しかもデムレイはすぐに間合いを詰めてきて、今度は下から槌を振り上げる。
 間一髪で体を退けて避け、私の左回し蹴りがデムレイの腹に直撃する。

「くっ!?」

 デムレイの体は地面に跡をつけながら飛ばされる。その隙を見逃さずすぐに矢を装填して2本放つ。
 矢はデムレイの体こそあたらなかったが、槌の取手の部分を掠る。

「はあああ!!!!」

 今度は私自身がよろめいているデムレイの間合いに攻め込む。デムレイはギョッとして槌を手放そうとしたが、遅い。
 弓の弦を振りデムレイのこめかみを打つ。すかさず後ろ足刀蹴りでデムレイの顔面を捉え、蹴り上げる。

 デムレイは鼻血を出しながらそれでも槌を離さず、槌の重さでその場に止まる。すぐに槌を持ち上げ横に振るも、私はその間合いにはいない。

「はあ、はあ、はあ、やっぱり強い。しかも表情一つ変えず、汗ひとつかかないとは。さすが『氷華の仮面』の異名を持つ騎士だな!」

「汝もなかなか強い。矢があたらないことを見切るのは容易いことではない。しかもその槌を自由自在に操るなんてのは、私にはできない芸当だ」

「はは、今褒められても嬉しくねえ、よな!!!」

 今度は槌を投げてくる。重々しい槌だが、避けてしまえば何ともない。
 だが、それは一瞬の油断だった。

「そこ!!」

「なにっ!?」 

 心臓を破壊するようにデムレイの拳が私の胸の中央に直撃する。私はよろけ、全身の力を弱めてしまう。
 だからすぐに距離を取る。追撃がなかったため一度胸を押さえ、ダメージを確認する。
 いきなりの心臓への攻撃は予測していなかった。先ほどまで何事もなかった心臓がバクバクと音を立てる。治るには1分ほどの休憩が必要だ。動きながらでも3分といったところか。

「いけた!?やりぃ!!」

「………やったと思うなよ汝!!」

 2本の矢を番え、1本ずつ放つ。
 しかしその間は一瞬だけ。それ以上の時間はいらない。

「たった1本の矢なら掴んで………いだあ!!?」

 油断して私の矢を手で掴もうとしたデムレイだったが、「重ねて放った2本目」の矢がデムレイの右手に突き刺さる。手のひらから手の甲にかけて貫通した矢。
 1本の影になるように2本目の矢を放つ。一見無理そうであり、習得できないかと思われた技だが、私はこれを魔法なしで習得した。魔法使い様も鍛錬に関わってくれたが、私は自分一人でこの技を習得した。

「お前なら掴んでくれると思ったよ。お前を信用してよかった!」

 デムレイは手に刺さった矢を痛がる。が、私も心臓へのダメージが抜けきってないので、体勢を保つので今は精一杯だ。すぐには向こうからの攻撃はないと願う。

 このキツさは、あの時のものと同じものだった。

◆◆◆◆◆

 家出して、たまたま出会ったカルディナという少女と共にあちこちを放浪していた。
 初めての友達だったが、とても楽しかった。カルディナも元騎士ということもあり話が弾んだし、旅をするにも普通の盗賊ぐらいなら軽々と撃退できたから、何ら困りはしなかった。
 そう思っていた。
 強い盗賊が現れた。私たちの実力では歯が立たなかった。おそらく騎士下りの盗賊だったのだろう。
 私たちは逃げるしかなかった。カルディナの特殊な槍でも私の弓矢でも盗賊たちを相手するにはあまりにも実力がなさすぎた。盗賊たちが追ってくるのを私たちはただ背を向けて逃げるしかなかった。
 だがとうとう追いつかれてしまった。
 女が盗賊に襲われたどうなるかなんて考えるまでもなかった。最悪の結末を私たちは見た。
 だが、そんな私たちを助けたのが解放軍だった。
 父を壊した解放軍。家族を壊した解放軍。そんな解放軍に助けられるのは非常に癪だった。
 だが助けられたのは仕方ないし、私は岸から逃げてきた身で、この先行くあてもなかった。カルディナが解放軍に入るのに非常に積極的だったから、私も解放軍の仲間入りをしてみた。
 その時初めて魔法使い様に出会った。
 初めて見た印象は、安らかなどこにでもいる少年だということだった。こんな人があの悪逆の限りを尽くす解放軍だとは信じられないほど穏やかで、私たちに出会った時も無表情ながら嫌なそぶり一つ見せず、子供が常に周りにいた。
 解放軍に入ってから数日経って、もしかするとここに解放軍がいることを父に伝えれば、家族が元に戻るのではと思った。だからある程度情報収集をして、準備をして、そして準備が終わっていざ父の元へと思っていたところに、魔法使い様が現れた。

「寝れないのか?」

 夜に出ようとしていて、荷物がまとめられているにもかかわらず魔法使い様はそう尋ねてきた。

「知らない。私はもとより汝の下につく気はさらさらなかった。だから私はここを出る。過去に騎士だったとしても、だ」

「そうか」

 意外だった。止めるそぶりを見せなかった。扉の前に立っていたが、人ひとり、私一人を通せる隙間を作っていた。

「逃げたければ、逃げれば良い。そうすることで、父親を救いたんだろう?」

「な、………!?なんで、汝が……」

「お前の父親、エーデル・ゼイタも解放軍の仲間だからだ」

「嘘だ!?」

 すぐに反論したが、魔法使い様はじっと私を見ているだけだった。
 嘘に決まっていた。解放軍を追い続けた父が解放軍の仲間だと認めたくはなかった。父が解放軍に入っているのなら、それはあまりにも矛盾の塊に過ぎない。
 だが魔法使い様は首を振った。

「スパイかと思ったからエーデルへの情報はある程度規制したが、あまり意味はなかったらしい。父親はいつも言っていたぞ。家族をどうにかしたいと。取り戻したいと」

「嘘だ。あの父が言うはずがない」

「…………まあまだお前の年は17だし俺からは何も言わない。エーデルは騎士として今戻っているだろうから、告げ口すれば良い。解放軍のアジトはここにあると。だがお前がここを出た時点で俺たちは別のアジトに行くが」

「それは、卑怯じゃない?」

「卑怯なもんか。生きるために別の住処に行くことはどんな動物でもやることだろう。行きたいなら行って良い。俺は止めないし、誰も止めない。何人もの人間が解放軍のアジトを告げ口して、誰も俺たちを捕まえていない。そう言うことだ。まあじっくり考えるといい。今日じゃなくても、明日明後日と時間はある。じゃあ、おやすみ」

 魔法使い様が出て行ったあと、私は泣いた。泣いて、許しを乞うた。
 私が父親を憧れていたのは間違っていない。あんな父親でさえ、自分の過ちに気づき、進もうとしていたのだ。私たち家族を繋ごうとしていた。
 なのだとしたら、私には何ができるだろうか。

 何日も何月も考えた。考えて考えて、結局たどり着いたのは、一つの結論だった。

◆◆◆◆◆

「私は、解放軍だ」

 そうだ。私は決めたのだ。家族を元通りにすると。そのためには敵となる存在、悪となる存在は不必要だと。それを叶えるのが解放軍であり、それを叶えるために私は副隊長まで上り詰めた。
 家族を、元に。笑い合える日を、私が作るのだ。その道筋を作るのだ。
 騎士としての父は憧れだ。だがそれは、常に父が傷つき続け、戦い続けなければならない。
 それは嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ。

「ここでは引けない」

 胸の痛みも治り、まっすぐとデムレイを見る。デムレイは突き刺さった矢を抜き、地面に叩き捨てる。
 それは覚悟の証。痛みを気にせず、前の障害を倒すための一つのルーティン。
 その目を知っている。
 その目は母の目だ。父を咎めるため殴る母の目だ。
 その目は父の目だ。悪者を退治するため戦う父の目だ。
 その目は魔法使い様の目だ。この世界と戦うと決めた魔法使い様の目だ。

 そして、カルディナの目だ。恋した人に一生ついていこうとするカルディナの目だ。

 私は母のように咎めることはできないし、父のように戦うこともできないし、世界と戦えないし、まだ恋もできていない。
 だが、だが!

 そんな私でも、こいつを負かす覚悟くらいはできる___!!

「行くぞ!!デムレイ!!!」

 矢を番える。決死の覚悟。この一撃を以って敵の士気を穿つ。
 我らが求めるのは勝利であり、敗北ではないから。

「では言わせてもらおう!!!」

 負傷した手を使って槌を手に取るデムレイ。

「俺はあんたに憧れて騎士となった!あんたが騎士をやめて、俺もやめた!だが!!あんたと戦うため国際軍に入って、ここまでたどり着いた!!!
 もう一度言おう!!俺の名はデムレイ・ダブルー!!あんたに憧れ、超える男だ!!!!!」

「なら私もだ!!解放軍第三部隊副隊長、シルマリル・ゼイタ!!お前を討つため、全力を持ってお相手しよう!!!」

 槌を構える。必死の覚悟。その一撃を以って私を超える。
 デムレイが求めるのはただの勝利だろう。

 今ここに存在するのは解放軍や国際軍なんて枠組みではない。そんな枠組みを超えた、互いの意思を、矜恃を、決意を、覚悟を、その全てを賭けたもの。
 戦いとは命の賭け合いである。賭け合いである以上、決して手を緩めることはしない。デムレイの実力が若干劣っていようと、全力を出す、それが私のやり方であり、最も矜恃を守れる戦い方である。
 だから私は、この矢に私の全てを賭ける。

「はああああああああああああ!!!!!」

「でやあああああああああああ!!!!!」

 矢を持つ手を離す。

 槌が飛んでくる。

◆◆◆◆◆

「ぬるいかもしれない」

 魔法使い様は私にそう言った。私はその言葉のことを理解した上で、魔法使い様の言葉に耳を傾けた。

「敵を殺さずして勝て、なんてぬるい。向こうは殺す気なのに、こちらはそうではないなんて、戦争なのにぬるすぎる」

「そう、ぬるい。それは汝もわかっているはず」

 魔法使い様は大きく椅子に座り込んだ。少年の姿なのに、その動きは老人そのものだった。
 ギャップ、と言うのだろう。

「だけど、なあ。俺たちは敵を殺したいか?それとも味方を守りたいか?いや、両方叶えたい」

「それは、誰もが思うもの。戦う全てが思うもの。だけど、それは叶わないと歴史が告げている。2000年と前文明がそれを告げている」

「………それでも、叶えようとするのは、ダメなのか?」

 遠くを見るように、子供の将来を案じる老人のように彼は呟いた。その目に映るものが何かわからなかったから、何か言う気がなくなった。
 彼は本当にこの世界の未来を案じていたのだ。見た目と精神年齢がかけ離れていると言う噂を耳にしたが、この時初めて噂が本当であることを知った。

「なあシルマリル」

「何?」

 彼は解放軍全員の名前を覚えているらしい。それ以外のことは忘れっぽいが、名前だけは忘れないらしい。

「親父のところに帰る気は」

「何度も言いますが、ないです」

「だよな。全く、こと不器用さに関しては親父そっくりだなお前」

◆◆◆◆◆

 左肩の脱臼。デムレイが投げ飛ばしてきた槌を私の弓で受け止め、そして受け流そうとしたときにあまりの勢いに肩を持っていかれた。肩から下はぶらんと垂れ下がっている。
 骨折でもなく、腕が千切れたわけでもなく、脱臼で済んだのは不幸中の幸いというやつだ。
 なんとかこの怪我で済んだのは良いものの、戦場復帰には時間がかかる。とりあえず第三部隊が第一第二部隊と合流していれば医療班を連れてくればなんとかなるか。
 対してデムレイは大の字になって空を見上げていた。その右肘、左肘、右膝、左膝それぞれに異なる矢が1本ずつ刺さっているのを除けば、元気なのは間違いない。

「くっそ!!5本一気に放てるのなんて卑怯すぎる!!」

「卑怯ではない。私の技術だ」

 最後の1本はやつの頭の上の地面に墓標のように突き刺さっている。私は脱臼した肩を押さえながらデムレイの元へ行き、デムレイを見下ろす。
 満身創痍なのか、満足げな顔だった。
 おかしな男だ。私に倒されたと言うのに、うれしそうにして。今までの敵でそんな顔をしたのはお前だけだ。

「あーあ、結局付け焼き刃だったかー。いやー。結構いけると思ったんだがなー」

「そうだな。私も反応が一瞬でも遅ければ脱臼どころの話ではなかっただろう。間違いなく、汝は私と同じくらいの実力を積んでいた。経験も上回れば、私は負けていた」

「………褒められても何も出ねえぞ」

 デムレイの頬が赤くなり、そっぽを向く。それが子供のようで、つい笑ってしまった。

「な、何笑ってやがる!!?」

「あはは、いや、褒められ慣れてないときたか。これは面白い発見だ」

「く、くそ。そっちだけ良い気になりやがって!!」

 ふん!とデムレイが鼻息に音をつけた。それがまた子供っぽくて、笑ってしまう。

「お前だって、いつも二人称は『汝』なのに、最後は『デムレイ』だったし!!」

 思考が止まる。あり得ない事実に思考が止まる。
 過去を遡る。そしてだんだんとそれが事実となりえ、顔が熱くなる。
 初めてだった。私が名前で呼んだ人など、ほとんどいないのに。

「ぶ!?バカっ!?そ、そんなのは、別に他意があったわけじゃ………」

 あったわけじゃ………

「いや、違うか」

 認めよう。私より強い人間はこの世で4人だけと思っている。魔法使い様、解放軍第一部隊隊長、そして__認めたくはないが__父親と母親。
 魔法使い様は魔法抜きでも私が勝てる要素はないし、第一部隊隊長は槍術があまりにも次元が違いすぎる。弓だから不意打ちなら勝てるかもしれないが、魔法使い様は何事もなく避けそうだし、第一部隊隊長は真っ二つにしてきそうだ。
 それほど他の人間と実力に差があると思っていた私についてきた者。私に憧れた者。

「認めよう。お前は私より強い」

 デムレイは笑った。月夜に輝くその表情に見惚れたのは、後で伝えようと私は決めた。
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