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7話 It Is My Belief
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ある者は呪った。この世の不平等性を。
ある者は嘆いた。己の愚かさを。
ある者は祈った。幸せな時間を。
ある者は恋した。自分を先導した人間を。
ある者は夢見た。自分のいない世界を。
ある者は憎んだ。他人を殺す邪悪さを。
そして、
ある者は続けた。
ある者は待った。
ある者は決意した。
ある者は疑った。
ある者は探した。
ある者は抱いた。
これは、その人間をまとめた者と全ての人間を見捨てた者の物語である。
◆◆◆◆◆
第六部隊は捕らえられた国際軍を治療している。
第五部隊は行き場のなくなった人たちを導いている。
第四部隊は戦場となった地域を再生している。
第三部隊は侵攻する国際軍を押し留めながら王都へ向かう。
第二部隊は王都で国際軍と戦ってる。
第一部隊は王城にて首脳陣を捕らえている。
そして、俺は。
随分と仰々しい機械である。王城の謁見広間もここまで広くはないだろう。部屋としてみれば、奥行きも横幅も無限のように感じる。高さだけは身長の7倍ほどであろうか。
俺の身長の何倍だろうか、高さは20倍以上、幅は8倍ほど。見えない部分を入れるともうわからないくらい大きいのだろう。
巨躯、というのはこういうのを指すのだろう。
ただ清潔を保つためか周りが真っ白い空間なのが気色悪い。もう少し汚かったら気持ちよく作業ができるというのに。
魔力は十分。体調良好。予備の魔力分も補える。これなら、起動できる。
機械の動かし方はわかる。手形に自分の手をつけて、そこに魔力を込めればいい。それだけで、いい。
なんとも簡単な仕事だ。これが世界を変えるというのに。
「何をしておる?」
空間中に響き渡る、聞き慣れた声。
世界が一度終わるというのに、なぜ一番初めの希望の声が聞こえるのか。
いや、違う。これは希望ではない。これは嘆願だ。国際軍も率いず、ましては解放軍になんか目もくれず、人々を無視し続けた者。そして、200年以上生きた中でもっとも人々に慈悲深い者。
「お久しぶりですね、師匠。100年ぶり、でしょうか?」
紫色の髪を腰までストレートに伸ばした女性。そして上から下までの黒装束。それと声。それだけでその人物が師匠であることはわかる。
こちらに近づく靴音が周囲に響き渡る。
「もっとじゃろ。お主がエルフ族を守ろうとしたのが100年前、それより前にはお主は儂の下を去っていったのじゃからな」
「そうでしたっけ?俺の記憶力は皆無に等しいので、覚えていないんです」
「…………その頬の印。やはり、お主なのか。解放軍のトップは」
「まあ一応形式上は、ですけど。多くのことはシオンに任せています。俺がやったのは陣営編成くらいでしょうか?」
「どちらでもかまわん。お主が解放軍にいること、そしてこの場にいる事実だけで良い」
前から変わってない師匠だ。自分が求めている答えを受け取れば、それ以外の蛇足を許さない。それ以外の飾りを必要としない。
思わず微笑んでしまった。久々の再会なのに、全くと言っていいほど変わっていない師匠の姿とあり方に。俺のように曲がり曲がったようなあり方ではないことに、懐かしささえ覚えた。それは、いつか自然に別れた両親のそれよりも。
師匠の前でこの装置を起動させるのは失礼なため、手形から手を離し、師匠と向き合う。
距離は70以上か。
「儂は人間の活動には口を挟まぬが、馬鹿弟子が大きく関与しているなら話は別だ。お主、一体何をしておる?なんのために解放軍を作った?」
それはごくごく当たり前の質問だ。遥か昔のことを思い出すより、日記を思い出したほうがまだ早い。
「作ったのは俺ではなく、シオンです。俺はその責任者になっただけ。そして解放軍を利用して、解放軍の目的を果たそうとしているだけです」
「それが、『神』の復活か?」
頷く。師匠の視線が鋭くなる。
さすがは師匠だ。この装置の機能をよく熟知している。俺が100年経って気づいたのだから、その倍以上の年齢の師匠にとっては当たり前の出来事かもしれないが。
「何のためじゃ?」
「はい。『神』を復活させ、世界を再定義します」
「再定義、じゃと?」
「はい」
俺は師匠に向かって歩き出す。歩き出しながら、ことの真相を告げる。
「1000年以上前、前文明が作ったとされる究極の願望機である『神』を復活させます。『神』の権能は『人の願いを叶える』。だから、俺の願いを叶えさせます。それが、『理不尽なき世界への再定義』です」
「………つくづく馬鹿弟子とは思っておったが、そこまで馬鹿とは思わなかったぞ。いや、馬鹿だからこそか。きちんと世界を定義させれば、それも叶う、と?そうじゃの、『神』は際限なく人の願いを叶える。むしろ、それを持って『神』と定義しているのじゃから」
よく俺の考えを理解していらっしゃる。だが俺と師匠では、決定的に違う部分がある。
「じゃがお主、それは人類の行き着く究極の世界、発展できぬ世界じゃ。それが枝時空になることくらいわかるじゃろ」
だからこそ、あなたは俺の考えを否定する。
そう、願うのは理不尽なき世界だ。どんな人間も生きていく上で「理不尽」と思うことがないような世界。
どんな数学も定義次第では1+1=3でも4でも、はたまた未知数Xにでも変えることができる。それと同じだ。同じように世界を再定義すれば、どんな人間も「理不尽」と思うことはなく、または永遠に満足できる世の中ができる。
それが、「神」の権能。人間の願いを叶える「神」の権能。その権能を使えば、世界を変えることなんてできて当然だろう。
だがそれは同時に人類の発展への否定を表す。満足できない世界だからこそ発展し続ける人間にとって、満足してしまうとは、停滞を意味する。
それは、いつくるかわからない、だが確実にくるであろう星の外からの侵略者に対して無力である。そうなってしまっては人間は滅ぼされるだけになってしまう。抵抗も何もできず、ただのんびりと滅びを待つだけの種族になってしまう。
だがそれは同時に安寧の中での滅亡。枝時空となろうとも、幸せのまま死ぬのであれば、それは構わないのかもしれない。
「その眼は初めてお主と出会ったときの眼じゃな。一切心が折れることのない眼。なるほど、覚悟しておるのか」
「もちろん覚悟してます。でないと、全ての人間の存続の責任も負えないでしょう?」
「_____責任を負うって、まさかお主!?ふざけているのか!!人間の幸せのために自分だけは幸せにならないなんて、馬鹿なのかお前は!!?」
「ですが、それしか方法がないのです。安心してください、記憶は消しますから」
「安心できるか!!!!!こっっっっっっっの!!!!!馬鹿弟子が!!!!!」
初めて師匠から大きなお叱りを受けた。嬉しいことだ。今まで、俺を叱ってくれる存在は師匠だけだったから。久しぶりの怒鳴り声に思わずなつかさしさが先ん出て、笑ってしまった。
そんな俺に師匠は頭をかしげた。頭をかしげて、長年の勘によって俺のみに起きていることを勘づいて、そして、目を見開いた。
「………………はは、なるほどな。なるほどなるほど。………………………………こっっっっっっっっっっっっっの!!!!!大っっっっったわけがっっっっっっっっっっっ!!!!」
今度は先ほどよりも溜めて怒鳴ってくれた。
「そうやって叱ってくれる人が師匠でよかったです」
「よかったです!!じゃ!!ない!!!!!貴様私と別れた時間を加味すると217歳であってるよな!!!!??そうじゃろう!!!!」
「はい、おそらくは」
「では、”お主は何歳”じゃ!!!!????」
「…………1日おそらく2年。1年で700年、だから、…………7万年、ですか?」
「計算だけは早いのこの大たわけ!!!!!!!!!!!」
だんだんと声を大きく荒げるのも懐かしい。さっきから郷愁しか感じてない気がする。
「精神時間魔法じゃな?精神の世界に引きこもり、物質界とは違う時間軸で生きる、『界橋』、すなわち、零魔法の一種。物質界の10秒で精神世界の1日。それを繰り返し使い、精神世界で修行し力をつけたところで、こちらの世界に帰ってきたときの反動は相当なものじゃ。それを、お主は…………お主は!!」
「はい。100年以上使ってきました。」
「お主のことじゃ。力をつけるためじゃろうて。だがそれでは貴様の精神はこれでもかというくらい摩耗する。精神年齢と肉体年齢の差が激しくなる。不老不死になったところで、それは変わるまい」
「そうですね、肉体年齢は17歳ですが、精神年齢は7万歳、実年齢217歳。それがどうかしました?」
「どうかしました?じゃなかろうが!!!!!貴様の精神をそこまで削って得られる幸せなんぞ、偽りじゃ!!!!!そも、他の者が安寧の中で暮らす中、星の外からの侵略を、安寧とは程遠い中にある貴様一人で抗うなぞ、儂がそんな苦痛に耐えられるとでも思うたか!!!!!」
とうとう確信を貫かれたか。これも想定内のものだ。こうなくては、俺の師匠ではない。
人々が満足のできる幸せな社会。しかしそれは星の外の侵略に対して無抵抗ということ。どんな攻撃、死、殺戮、離別、そのどれもを理不尽と受け取らず、反抗しようともしないのだから。
だとすれば、そんな星の外の侵略を防ぐものが必要である。逆に星の守護者さえ用意すれば、世界は平和に、満足に、幸せにすることができる。ただ一人___星の守護者を除けば。
「俺は責任を取らなければならないんです。枝時空になるかもしれないこの世界を作る責任を。だから、俺一人で守護します。安心してください、師匠は俺のことを忘れるでしょう。人間は俺のことを忘れるでしょう。だからいいのです。忘却された俺一人がこの星の守護者になる、簡単なことじゃないですか。誰も悲しまない、誰も苦しまないのですから」
「お主以外は、の。それに、今の儂は苦しんでおるぞ。唯一の愛弟子が星の責任を取るなんての」
「…………では俺の目的も話したところで、師匠の目的も聞きたいです。まあ、聞かなくても師匠の目的はわかるのですが」
魔女。原初の魔女に魔法を教わり、五つの理を得た5人の魔女。魔女狩りにより魔法を発展させようとした4人は魔女狩りにより死を選んだ。だが魔法を発展させず、秘匿し、人間を避け続けた魔女1人だけが生き残った。
その魔女から魔法を教わったのがこの俺、セツナ・ハーターだ。
騎士になろうとしていた頃が懐かしい。エルフ族殲滅計画を知り、スカーサハ師匠の弟子になり、魔法を学び、それでもたった1人しか救えなかった愚か者。
そしてその俺は、次はしくじらない。星の守護者として、尻拭いをさせていただこう。
「なら良かろう。儂の目的は『神』の討伐。そして、貴様の敗北」
「やっぱり師匠とは馬が合わないんですね」
魔力は十分。体調良好。予備の魔力分も補える。これなら、戦える。
精神世界で戦い続けたのは、己自身。常に成長する自分自身。であるなら、それを7万年も繰り返し超えた先は、究極の自分。
「さあ、行きましょう。時間は限りがありますから」
「そうじゃの。じゃあ」
師匠が構える。何の武器も持たず、素手だけであるが、そこに込められた魔力量と熱量。それを見誤るほど、俺は怠けていない。
「「いくぞ!!!」」
「早速いくからの!!火魔法発動、大炎蛇!!」
構えられた師匠の手から突如陽炎が現れ、そして大きな炎となり、大蛇へと変貌する。炎の大蛇は今すぐに俺を飲み込もうと大きく口を開ける。それは俺だけでなく、「神」をも飲み込むことができよう。
だが、それをどうにもできない俺ではない。
すぐさま氷の壁を展開する。無から現れ、天井へと伸びる氷の壁。それは炎の蛇を飲み込ませず、炎と氷で溶けた蒸気により炎は熱を失い、蛇は死ぬ。
しかし、すぐに氷の壁にヒビが割れる。それは蛇のせいではない。
氷の壁が砕け、師匠が拳を振り上げている。強化魔法による拳の付与効果。カルディナにも教えた継続限界突破による身体強化。
零魔法を使えるのは、師匠だけではない。
「魔力増強、強化魔法発動、継続限界突破」
全身の強化。腰を落とし、師匠の拳に拳で対抗する。あたりにこもった熱気、冷気、蒸気は吹き飛び、俺と師匠の拳だけが拮抗する。
「馬鹿弟子が!!師匠の制裁を甘んじて受け入れんか!!」
「俺はそこまで、素直じゃないんです、よ!!氷魔法発動、氷結世界!!」
俺の足から広がる氷。その氷は床全体を凍らせ、そして壁にたどり着き、ついには天井までもが氷によって包まれる。
そして俺の体も徐々に氷になり、師匠が俺の体を拳で砕いた時にはもう遅く、俺の体は完全に氷になってしまっていた。
「チッ!!」
師匠からは見えない、意識体だけの氷の中の移動。師匠は俺の存在を感知することはできるが、氷の中では自由になった俺の体を捉えることはできない。
氷の床から1本の円柱状の氷の柱を師匠に向かって飛び出させる。師匠は体でそれを受け止める。
が、その反対方向から、その右から、左から、同じような円柱状の氷の柱が師匠に向かう。
師匠は飛び跳ね、柱たちは1点でぶつかり合い互いに砕ける。
「風魔法発動、風神鎌鼬!!」
師匠の手に風が集まる。師匠が手を振ると、風は刃のように飛んでいき、氷を粉砕する。
空中で師匠が無作為に腕を振るものだから、意識体を怪我させないように逃げるので精一杯だ。攻撃のチャンスを窺いつつ、師匠の風の刃から逃げる。
いくら意識体といえど、見えない体がある。あの刃で意識体のまま怪我をすれば、現実に戻ったときに同じ部位を怪我する。
だがそれでもこちらの方が逃げる速度が速い。氷の刃に1ミリも触れることなく、危なげなくスルスルとうなぎのように躱していく。
師匠は風神鎌鼬を止め、すぐに両手の中に大きな炎を作り出し始める。
「火魔法発動、大火球!!」
『させない!!氷魔法発動、封印指定!!』
師匠の風神鎌鼬によって舞い散った氷のかけら。そのうちの8つを選出し、師匠を囲むようにそれぞれを線で結ぶ。見事にできた正六面体は点から線に、線から面に、そして面から氷の立体へと成り上がる。
しかし、それも時間稼ぎに過ぎなかった。
立体が爆発する。立体の外と中での温度差であろう。立体は砕け散り、残ったのは蒸気の中に浮かんでいる師匠だけ。
「ったく、高火力の火魔法でも無理か!!ならば、熱魔法発動!!溶炎舞!!」
師匠の上空に陽炎の球ができ始め、それが徐々に大きくなり始める。その姿は太陽そのもの、透明な太陽だ。
まずい。
熱魔法と氷魔法は絶望的に相性が悪い。あの火力ではこちらの氷結世界か完全に崩壊してしまう。
だが熱魔法は師匠とも相性が悪い。師匠も無理をして発動している魔法だ。だったら、あの攻撃を耐えられればこちらが有利を取れる。
だが、間に合わな
◆◆◆◆◆
その日、人間を見捨てた。
醜悪すぎた。清潔すぎた。あまりにも理不尽で、理に適っていて、感情的で、論理的で、無慈悲で、情に深く、愛を捨て、愛を求め。
自分もその人間、だったのだろう。少なくとも、魔法を知るまでは。
だから、人間を見捨てた。
そんな矛盾の塊が人間性。いつだって論理的な思考を求めていた自分にとって、人間性とはすなわち、理解できない数式のようなものだった。
自分も持っているのに、他人も持っていて、あまつさえ全人類が持っている普遍的な「根幹」を、誰も理解せず、できなかった。
理解できないのであれば、自分は人間を見捨てて観察に徹しよう。人間にかかわらず、遠い場所から人間を眺めていよう。たとえそれが孤独への道だとしても、理解できない人間を理解しようとする苦悩よりは、断然マシなはずだ。
仲間が死んだ。構うものか。
仲間が殺された。構うものか。
それらは全て人間活動に起因するもの。構うことは、理解するということ。構わず、孤独を、孤独を。
自分は怖かったのかもしれない。
人間という存在を。気紛れで人を愛し、気紛れで人を憎む生命体を。
だから、自分は人間を見捨てた。
◆◆◆◆◆
「はあ、はあ、はあ………あっぶな……!!」
左腕全体を大火傷した。氷を左腕に纏わせるようにして作り出し、応急処置をする。左腕の長袖は燃え尽き、氷に包まれた爛れた皮膚が露呈される。
やはり、強い。
霧の向こう側に人影が現れる。左腕を押さえ、何とか立ち上がり影に相対する。
「お主を焼き尽くすことはできなかったか……」
「当たり前です。ですが、まさか、熱魔法を使ってくるとは思いませんでしたよ。風が専門ですからね、師匠は」
「無理しないと、お前を止められないのでの」
師匠も疲れているようだ。肩で息をしている。
氷結世界によってできた氷は8割方蒸発した。あたりには水がちらほらと見える。
足元を見る。靴の下には水たまりが広がっていた。よくよく感じてみれば、自分も頭から爪先まで水浸しになっていた。
もしあのまま氷結世界の中に体があったのなら、全身蒸発で終わりだった。左腕の大火傷だけで済んだのが幸いだ。
「俺だって、負けられないんですよ。魔力増強、強化魔法発動、継続限界突破。氷魔法発動、無限氷青」
手先の空気が冷え、そしてその空気を掴もうとした瞬間、空気が凍り、俺の手中には氷の剣が作られる。
その氷剣で師匠に斬りかかる。師匠は上からの斬撃を見事に交わすも、続く横薙ぎには対処できず、師匠の服に一文字に切り裂く。肌までいっていない。
何度も何度も師匠を斬り付ける。だが何度やっても師匠の肌を切り裂くか服を切り裂くかだけで、大きなダメージを与えられない。
「こっちも反撃じゃ!風魔法発動、上昇気流!!」
その合図とともに空気の流れが変わり、一気に天井の方に風が吸い寄せられる。俺の体が徐々に浮き始めてしまう。
これでは、武器を振るえない。
だから、風を踏む。
空気を蹴り、風の流れに乗って天井まで飛ぶ。体を回して師匠の方に向けると、師匠も同じように床を蹴ってこちらまでまっすぐとやってきている。
氷剣を投げようにも、この上昇気流のせいで速度が落ちるか。
だったら
天井に着地。足元の天井が少しひび割れ、崩れる。さらに思いっきり力を入れ、もう少し天井のひびを大きくする。
狙うは、こっちに来る師匠。
師匠は俺がやろうとしていることをいち早く察知する。体を丸、防御の体勢になる。
「はあああああああああああ!!!!!」
そのまま師匠を斬り下げる。
師匠の交差した腕に当たった氷剣。師匠は風の方向とは逆の方向に飛んでいき、それに気を取られ、上昇気流の力を緩める。
シメた!!
天井につけている足に力を入れ、床に飛ぶ。その速度は師匠が落下する速度よりも何倍も速い。
師匠は先ほどの攻撃を防御したのだが、今やろうとしている俺の攻撃に対して完全に無防備になっている。
「氷魔法発動、凍華開花!!!」
床に叩きつけると同時に氷剣を師匠に叩きつける。そして一気に凍華開花が発動する。
それは氷の花。全てを凍てつかせるためのクロッカス。幾度もの氷魔法を発動させ、己の体すらも凍てつかせる凍えた華。その花に呑まれたものはどんな例外もなく凍らせられてしまう。
あたり一面に冷気が吐き出される。この世全ての温度を追い出すように、この世最も冷たい氷を作り出すために。
巨大なクロッカスの花弁。
師匠はその花弁に取り囲まれてしまっており、その中心の雌しべや雄しべたちに取り憑かれるようにして体を凍らせられている。動くことは容易ではない。というか、不可能だろう。
それに、花弁は花弁を作った創造者のために、拘束した人間の魔力を吸い上げ、創造者に魔力を送り込む。これで魔法による反撃の可能性も減る。
その拘束者、師匠の胸には大きく縦に傷が入っている。氷剣によってできた傷であろう。凍っているため出血は少なく、致命傷にはならない。
花弁の中から師匠を見下ろす。満身創痍の師匠。たった数回しか魔法を使ってないが、師匠の不得意な魔法も、威力が大きい魔法もあった。魔力消費は大きかった。
対して俺は得意な魔法を何度も何度も撃っていれば良かった。魔力消費を押さえながら戦ったおかげで、最後の凍華開花を放つことができた。
それが勝因、だろう。
………寒い。
「俺の勝ち、でいいですか?」
「まあ、の。それより聞きたいことがある。この魔法、お主が作った魔法じゃろう?」
「………何故そう思うんですか?」
吐く息が白い。体が凍えるように寒い。
「お主、それがわからんわけでもあるまいて」
身体中が、寒い。手先が震える。ゆっくりと自分の手を見る。
指先が凍り始めている。足先も徐々に、ゆっくりと、まるで服に水が染み付くように、ゆっくりと足先から凍っていく。その凍てつきは止まることを知らず、じっくりと、そして確実に手足の先から浸食していく。
この凍華開花は俺が開発し、俺が研究し、実用化させた。相手を完全に無力化させるための魔法として。
だが、これは不完全である。
まず難易度。氷魔法は発展的な魔法である。初心がすぐに使えるわけもなく、また魔法使いであろうと適性がなければ使ったところで魔力消費が大きい。
次に魔力量。適性があろうとも、この魔法を使うには膨大な魔力を要する。それこそ、生命エネルギーでさえ犠牲にしないといけない人もいるだろう。
そして、使えたとしても、使用者の体が確実に凍り始める。
確かに事実上7万年の時間を費やしてこの魔法を作った。だが7万年を魔法の研究だけに費やしたわけではない。先ほどの氷剣のための剣の使い方、他の魔法も衰えていないか調べ、この「神」の昨日でさえも調べ上げた。
この魔法を極めることがなかなかできなかった。
そもそも、どんな魔法もある程度の規模になれば代償を必要としてしまう性質がある。小さな魔法ならいいのだが、対象を完全に拘束する、なんて大きな魔法には代償が必要だ。
これがその代償というのなら、悪くはない。ただ7時間ほど俺の体が凍りつくだけだから。
「師匠はあと1時間何もできませんから」
「じゃ、ろうな。儂はいい。お主じゃ。お主のそれは1時間では済まんじゃろ」
体全体が凍りつくのにそう時間はかからない。だから早く起動させなければ。
師匠の言葉を無視して、花弁の外に出る。足を動かしにくい。一歩歩くごとに足がメキメキと音を鳴らす。その度に激痛が走り、顔をしかめてしまう。
地を踏むたび、足が崩れてしまいそうだ。寒い。実際崩れようとしているし。
それでも、歩くのだ。一歩ずつ、前に。
解放軍に入って、俺の理想のために戦った人たち、俺の理想の前に敗北した人たち、その全人類を背負うために、あの「神」を起動させるのだ。
手がもう動かない。完全に固まってしまっている。寒い。
諦めるわけにはいかないのだ。世界を混乱させた責任を取るのだ、世界を変える責任を取るのだ。
もっとマシな魔法を作れなかったのかと考える。寒い。だが結局相手を拘束する性質上、氷魔法に限定されるし、それによる代償も氷魔法に限定される。
そうなる以上、凍華開花を使うのは避けられなかったのだろう。寒い。
ようやく「神」の前にやってくる。手先の感覚はなくなり、足に至っては膝下の感覚がない。寒い。自分が立っているのかどうかもわからない。地に足をつけているのかどうかもわからない。寒い。
手を手形にかざす。凍ってしまった手と手形は完全には一致せず寒い。、だが魔力を込めることはできる。
あと1分寒い。もつかどうか。体が完全に凍って仕舞えば作業も寒い。できなくなる。
その前に何としてでも「神」を起動させなければ。魔力寒い。を込めて俺の願いは「神」に届いているのだから寒い。。あきらめなければ、なんとか寒い。なる。
万人に等しく光を。万人に等しく幸を。
その罪を背負え。枝時空にはさせない。星の守護者として、責任を取るのだ。
ヤバイ。腕か完全に寒い。動かなくなってしまった。肩を回す寒い。のもできない。足を一歩前に出すのも寒い。厳しい寒い。。息は常に寒い。白く、その息の中の寒い。水分で自身の寒い。体を凍らせてしまいそうだ寒い。。鼻息も白く寒い。なってしまった。
何とか、耐える寒い。のだ。口を動かせない寒い。。頬が冷たい寒い。。視界が揺ら寒い。ぐ。もう全身が寒い。寒い。
あと寒い。寒いだけの魔力寒いを込めれば寒い世界が幸せに寒い。俺は寒い星の寒い守護者寒いとして寒いこの世界寒いを永遠寒いに守り続ける寒いことが寒いできる。寒い。寒い。
寒い。
寒い。
寒くて、寒い。
ある者は嘆いた。己の愚かさを。
ある者は祈った。幸せな時間を。
ある者は恋した。自分を先導した人間を。
ある者は夢見た。自分のいない世界を。
ある者は憎んだ。他人を殺す邪悪さを。
そして、
ある者は続けた。
ある者は待った。
ある者は決意した。
ある者は疑った。
ある者は探した。
ある者は抱いた。
これは、その人間をまとめた者と全ての人間を見捨てた者の物語である。
◆◆◆◆◆
第六部隊は捕らえられた国際軍を治療している。
第五部隊は行き場のなくなった人たちを導いている。
第四部隊は戦場となった地域を再生している。
第三部隊は侵攻する国際軍を押し留めながら王都へ向かう。
第二部隊は王都で国際軍と戦ってる。
第一部隊は王城にて首脳陣を捕らえている。
そして、俺は。
随分と仰々しい機械である。王城の謁見広間もここまで広くはないだろう。部屋としてみれば、奥行きも横幅も無限のように感じる。高さだけは身長の7倍ほどであろうか。
俺の身長の何倍だろうか、高さは20倍以上、幅は8倍ほど。見えない部分を入れるともうわからないくらい大きいのだろう。
巨躯、というのはこういうのを指すのだろう。
ただ清潔を保つためか周りが真っ白い空間なのが気色悪い。もう少し汚かったら気持ちよく作業ができるというのに。
魔力は十分。体調良好。予備の魔力分も補える。これなら、起動できる。
機械の動かし方はわかる。手形に自分の手をつけて、そこに魔力を込めればいい。それだけで、いい。
なんとも簡単な仕事だ。これが世界を変えるというのに。
「何をしておる?」
空間中に響き渡る、聞き慣れた声。
世界が一度終わるというのに、なぜ一番初めの希望の声が聞こえるのか。
いや、違う。これは希望ではない。これは嘆願だ。国際軍も率いず、ましては解放軍になんか目もくれず、人々を無視し続けた者。そして、200年以上生きた中でもっとも人々に慈悲深い者。
「お久しぶりですね、師匠。100年ぶり、でしょうか?」
紫色の髪を腰までストレートに伸ばした女性。そして上から下までの黒装束。それと声。それだけでその人物が師匠であることはわかる。
こちらに近づく靴音が周囲に響き渡る。
「もっとじゃろ。お主がエルフ族を守ろうとしたのが100年前、それより前にはお主は儂の下を去っていったのじゃからな」
「そうでしたっけ?俺の記憶力は皆無に等しいので、覚えていないんです」
「…………その頬の印。やはり、お主なのか。解放軍のトップは」
「まあ一応形式上は、ですけど。多くのことはシオンに任せています。俺がやったのは陣営編成くらいでしょうか?」
「どちらでもかまわん。お主が解放軍にいること、そしてこの場にいる事実だけで良い」
前から変わってない師匠だ。自分が求めている答えを受け取れば、それ以外の蛇足を許さない。それ以外の飾りを必要としない。
思わず微笑んでしまった。久々の再会なのに、全くと言っていいほど変わっていない師匠の姿とあり方に。俺のように曲がり曲がったようなあり方ではないことに、懐かしささえ覚えた。それは、いつか自然に別れた両親のそれよりも。
師匠の前でこの装置を起動させるのは失礼なため、手形から手を離し、師匠と向き合う。
距離は70以上か。
「儂は人間の活動には口を挟まぬが、馬鹿弟子が大きく関与しているなら話は別だ。お主、一体何をしておる?なんのために解放軍を作った?」
それはごくごく当たり前の質問だ。遥か昔のことを思い出すより、日記を思い出したほうがまだ早い。
「作ったのは俺ではなく、シオンです。俺はその責任者になっただけ。そして解放軍を利用して、解放軍の目的を果たそうとしているだけです」
「それが、『神』の復活か?」
頷く。師匠の視線が鋭くなる。
さすがは師匠だ。この装置の機能をよく熟知している。俺が100年経って気づいたのだから、その倍以上の年齢の師匠にとっては当たり前の出来事かもしれないが。
「何のためじゃ?」
「はい。『神』を復活させ、世界を再定義します」
「再定義、じゃと?」
「はい」
俺は師匠に向かって歩き出す。歩き出しながら、ことの真相を告げる。
「1000年以上前、前文明が作ったとされる究極の願望機である『神』を復活させます。『神』の権能は『人の願いを叶える』。だから、俺の願いを叶えさせます。それが、『理不尽なき世界への再定義』です」
「………つくづく馬鹿弟子とは思っておったが、そこまで馬鹿とは思わなかったぞ。いや、馬鹿だからこそか。きちんと世界を定義させれば、それも叶う、と?そうじゃの、『神』は際限なく人の願いを叶える。むしろ、それを持って『神』と定義しているのじゃから」
よく俺の考えを理解していらっしゃる。だが俺と師匠では、決定的に違う部分がある。
「じゃがお主、それは人類の行き着く究極の世界、発展できぬ世界じゃ。それが枝時空になることくらいわかるじゃろ」
だからこそ、あなたは俺の考えを否定する。
そう、願うのは理不尽なき世界だ。どんな人間も生きていく上で「理不尽」と思うことがないような世界。
どんな数学も定義次第では1+1=3でも4でも、はたまた未知数Xにでも変えることができる。それと同じだ。同じように世界を再定義すれば、どんな人間も「理不尽」と思うことはなく、または永遠に満足できる世の中ができる。
それが、「神」の権能。人間の願いを叶える「神」の権能。その権能を使えば、世界を変えることなんてできて当然だろう。
だがそれは同時に人類の発展への否定を表す。満足できない世界だからこそ発展し続ける人間にとって、満足してしまうとは、停滞を意味する。
それは、いつくるかわからない、だが確実にくるであろう星の外からの侵略者に対して無力である。そうなってしまっては人間は滅ぼされるだけになってしまう。抵抗も何もできず、ただのんびりと滅びを待つだけの種族になってしまう。
だがそれは同時に安寧の中での滅亡。枝時空となろうとも、幸せのまま死ぬのであれば、それは構わないのかもしれない。
「その眼は初めてお主と出会ったときの眼じゃな。一切心が折れることのない眼。なるほど、覚悟しておるのか」
「もちろん覚悟してます。でないと、全ての人間の存続の責任も負えないでしょう?」
「_____責任を負うって、まさかお主!?ふざけているのか!!人間の幸せのために自分だけは幸せにならないなんて、馬鹿なのかお前は!!?」
「ですが、それしか方法がないのです。安心してください、記憶は消しますから」
「安心できるか!!!!!こっっっっっっっの!!!!!馬鹿弟子が!!!!!」
初めて師匠から大きなお叱りを受けた。嬉しいことだ。今まで、俺を叱ってくれる存在は師匠だけだったから。久しぶりの怒鳴り声に思わずなつかさしさが先ん出て、笑ってしまった。
そんな俺に師匠は頭をかしげた。頭をかしげて、長年の勘によって俺のみに起きていることを勘づいて、そして、目を見開いた。
「………………はは、なるほどな。なるほどなるほど。………………………………こっっっっっっっっっっっっっの!!!!!大っっっっったわけがっっっっっっっっっっっ!!!!」
今度は先ほどよりも溜めて怒鳴ってくれた。
「そうやって叱ってくれる人が師匠でよかったです」
「よかったです!!じゃ!!ない!!!!!貴様私と別れた時間を加味すると217歳であってるよな!!!!??そうじゃろう!!!!」
「はい、おそらくは」
「では、”お主は何歳”じゃ!!!!????」
「…………1日おそらく2年。1年で700年、だから、…………7万年、ですか?」
「計算だけは早いのこの大たわけ!!!!!!!!!!!」
だんだんと声を大きく荒げるのも懐かしい。さっきから郷愁しか感じてない気がする。
「精神時間魔法じゃな?精神の世界に引きこもり、物質界とは違う時間軸で生きる、『界橋』、すなわち、零魔法の一種。物質界の10秒で精神世界の1日。それを繰り返し使い、精神世界で修行し力をつけたところで、こちらの世界に帰ってきたときの反動は相当なものじゃ。それを、お主は…………お主は!!」
「はい。100年以上使ってきました。」
「お主のことじゃ。力をつけるためじゃろうて。だがそれでは貴様の精神はこれでもかというくらい摩耗する。精神年齢と肉体年齢の差が激しくなる。不老不死になったところで、それは変わるまい」
「そうですね、肉体年齢は17歳ですが、精神年齢は7万歳、実年齢217歳。それがどうかしました?」
「どうかしました?じゃなかろうが!!!!!貴様の精神をそこまで削って得られる幸せなんぞ、偽りじゃ!!!!!そも、他の者が安寧の中で暮らす中、星の外からの侵略を、安寧とは程遠い中にある貴様一人で抗うなぞ、儂がそんな苦痛に耐えられるとでも思うたか!!!!!」
とうとう確信を貫かれたか。これも想定内のものだ。こうなくては、俺の師匠ではない。
人々が満足のできる幸せな社会。しかしそれは星の外の侵略に対して無抵抗ということ。どんな攻撃、死、殺戮、離別、そのどれもを理不尽と受け取らず、反抗しようともしないのだから。
だとすれば、そんな星の外の侵略を防ぐものが必要である。逆に星の守護者さえ用意すれば、世界は平和に、満足に、幸せにすることができる。ただ一人___星の守護者を除けば。
「俺は責任を取らなければならないんです。枝時空になるかもしれないこの世界を作る責任を。だから、俺一人で守護します。安心してください、師匠は俺のことを忘れるでしょう。人間は俺のことを忘れるでしょう。だからいいのです。忘却された俺一人がこの星の守護者になる、簡単なことじゃないですか。誰も悲しまない、誰も苦しまないのですから」
「お主以外は、の。それに、今の儂は苦しんでおるぞ。唯一の愛弟子が星の責任を取るなんての」
「…………では俺の目的も話したところで、師匠の目的も聞きたいです。まあ、聞かなくても師匠の目的はわかるのですが」
魔女。原初の魔女に魔法を教わり、五つの理を得た5人の魔女。魔女狩りにより魔法を発展させようとした4人は魔女狩りにより死を選んだ。だが魔法を発展させず、秘匿し、人間を避け続けた魔女1人だけが生き残った。
その魔女から魔法を教わったのがこの俺、セツナ・ハーターだ。
騎士になろうとしていた頃が懐かしい。エルフ族殲滅計画を知り、スカーサハ師匠の弟子になり、魔法を学び、それでもたった1人しか救えなかった愚か者。
そしてその俺は、次はしくじらない。星の守護者として、尻拭いをさせていただこう。
「なら良かろう。儂の目的は『神』の討伐。そして、貴様の敗北」
「やっぱり師匠とは馬が合わないんですね」
魔力は十分。体調良好。予備の魔力分も補える。これなら、戦える。
精神世界で戦い続けたのは、己自身。常に成長する自分自身。であるなら、それを7万年も繰り返し超えた先は、究極の自分。
「さあ、行きましょう。時間は限りがありますから」
「そうじゃの。じゃあ」
師匠が構える。何の武器も持たず、素手だけであるが、そこに込められた魔力量と熱量。それを見誤るほど、俺は怠けていない。
「「いくぞ!!!」」
「早速いくからの!!火魔法発動、大炎蛇!!」
構えられた師匠の手から突如陽炎が現れ、そして大きな炎となり、大蛇へと変貌する。炎の大蛇は今すぐに俺を飲み込もうと大きく口を開ける。それは俺だけでなく、「神」をも飲み込むことができよう。
だが、それをどうにもできない俺ではない。
すぐさま氷の壁を展開する。無から現れ、天井へと伸びる氷の壁。それは炎の蛇を飲み込ませず、炎と氷で溶けた蒸気により炎は熱を失い、蛇は死ぬ。
しかし、すぐに氷の壁にヒビが割れる。それは蛇のせいではない。
氷の壁が砕け、師匠が拳を振り上げている。強化魔法による拳の付与効果。カルディナにも教えた継続限界突破による身体強化。
零魔法を使えるのは、師匠だけではない。
「魔力増強、強化魔法発動、継続限界突破」
全身の強化。腰を落とし、師匠の拳に拳で対抗する。あたりにこもった熱気、冷気、蒸気は吹き飛び、俺と師匠の拳だけが拮抗する。
「馬鹿弟子が!!師匠の制裁を甘んじて受け入れんか!!」
「俺はそこまで、素直じゃないんです、よ!!氷魔法発動、氷結世界!!」
俺の足から広がる氷。その氷は床全体を凍らせ、そして壁にたどり着き、ついには天井までもが氷によって包まれる。
そして俺の体も徐々に氷になり、師匠が俺の体を拳で砕いた時にはもう遅く、俺の体は完全に氷になってしまっていた。
「チッ!!」
師匠からは見えない、意識体だけの氷の中の移動。師匠は俺の存在を感知することはできるが、氷の中では自由になった俺の体を捉えることはできない。
氷の床から1本の円柱状の氷の柱を師匠に向かって飛び出させる。師匠は体でそれを受け止める。
が、その反対方向から、その右から、左から、同じような円柱状の氷の柱が師匠に向かう。
師匠は飛び跳ね、柱たちは1点でぶつかり合い互いに砕ける。
「風魔法発動、風神鎌鼬!!」
師匠の手に風が集まる。師匠が手を振ると、風は刃のように飛んでいき、氷を粉砕する。
空中で師匠が無作為に腕を振るものだから、意識体を怪我させないように逃げるので精一杯だ。攻撃のチャンスを窺いつつ、師匠の風の刃から逃げる。
いくら意識体といえど、見えない体がある。あの刃で意識体のまま怪我をすれば、現実に戻ったときに同じ部位を怪我する。
だがそれでもこちらの方が逃げる速度が速い。氷の刃に1ミリも触れることなく、危なげなくスルスルとうなぎのように躱していく。
師匠は風神鎌鼬を止め、すぐに両手の中に大きな炎を作り出し始める。
「火魔法発動、大火球!!」
『させない!!氷魔法発動、封印指定!!』
師匠の風神鎌鼬によって舞い散った氷のかけら。そのうちの8つを選出し、師匠を囲むようにそれぞれを線で結ぶ。見事にできた正六面体は点から線に、線から面に、そして面から氷の立体へと成り上がる。
しかし、それも時間稼ぎに過ぎなかった。
立体が爆発する。立体の外と中での温度差であろう。立体は砕け散り、残ったのは蒸気の中に浮かんでいる師匠だけ。
「ったく、高火力の火魔法でも無理か!!ならば、熱魔法発動!!溶炎舞!!」
師匠の上空に陽炎の球ができ始め、それが徐々に大きくなり始める。その姿は太陽そのもの、透明な太陽だ。
まずい。
熱魔法と氷魔法は絶望的に相性が悪い。あの火力ではこちらの氷結世界か完全に崩壊してしまう。
だが熱魔法は師匠とも相性が悪い。師匠も無理をして発動している魔法だ。だったら、あの攻撃を耐えられればこちらが有利を取れる。
だが、間に合わな
◆◆◆◆◆
その日、人間を見捨てた。
醜悪すぎた。清潔すぎた。あまりにも理不尽で、理に適っていて、感情的で、論理的で、無慈悲で、情に深く、愛を捨て、愛を求め。
自分もその人間、だったのだろう。少なくとも、魔法を知るまでは。
だから、人間を見捨てた。
そんな矛盾の塊が人間性。いつだって論理的な思考を求めていた自分にとって、人間性とはすなわち、理解できない数式のようなものだった。
自分も持っているのに、他人も持っていて、あまつさえ全人類が持っている普遍的な「根幹」を、誰も理解せず、できなかった。
理解できないのであれば、自分は人間を見捨てて観察に徹しよう。人間にかかわらず、遠い場所から人間を眺めていよう。たとえそれが孤独への道だとしても、理解できない人間を理解しようとする苦悩よりは、断然マシなはずだ。
仲間が死んだ。構うものか。
仲間が殺された。構うものか。
それらは全て人間活動に起因するもの。構うことは、理解するということ。構わず、孤独を、孤独を。
自分は怖かったのかもしれない。
人間という存在を。気紛れで人を愛し、気紛れで人を憎む生命体を。
だから、自分は人間を見捨てた。
◆◆◆◆◆
「はあ、はあ、はあ………あっぶな……!!」
左腕全体を大火傷した。氷を左腕に纏わせるようにして作り出し、応急処置をする。左腕の長袖は燃え尽き、氷に包まれた爛れた皮膚が露呈される。
やはり、強い。
霧の向こう側に人影が現れる。左腕を押さえ、何とか立ち上がり影に相対する。
「お主を焼き尽くすことはできなかったか……」
「当たり前です。ですが、まさか、熱魔法を使ってくるとは思いませんでしたよ。風が専門ですからね、師匠は」
「無理しないと、お前を止められないのでの」
師匠も疲れているようだ。肩で息をしている。
氷結世界によってできた氷は8割方蒸発した。あたりには水がちらほらと見える。
足元を見る。靴の下には水たまりが広がっていた。よくよく感じてみれば、自分も頭から爪先まで水浸しになっていた。
もしあのまま氷結世界の中に体があったのなら、全身蒸発で終わりだった。左腕の大火傷だけで済んだのが幸いだ。
「俺だって、負けられないんですよ。魔力増強、強化魔法発動、継続限界突破。氷魔法発動、無限氷青」
手先の空気が冷え、そしてその空気を掴もうとした瞬間、空気が凍り、俺の手中には氷の剣が作られる。
その氷剣で師匠に斬りかかる。師匠は上からの斬撃を見事に交わすも、続く横薙ぎには対処できず、師匠の服に一文字に切り裂く。肌までいっていない。
何度も何度も師匠を斬り付ける。だが何度やっても師匠の肌を切り裂くか服を切り裂くかだけで、大きなダメージを与えられない。
「こっちも反撃じゃ!風魔法発動、上昇気流!!」
その合図とともに空気の流れが変わり、一気に天井の方に風が吸い寄せられる。俺の体が徐々に浮き始めてしまう。
これでは、武器を振るえない。
だから、風を踏む。
空気を蹴り、風の流れに乗って天井まで飛ぶ。体を回して師匠の方に向けると、師匠も同じように床を蹴ってこちらまでまっすぐとやってきている。
氷剣を投げようにも、この上昇気流のせいで速度が落ちるか。
だったら
天井に着地。足元の天井が少しひび割れ、崩れる。さらに思いっきり力を入れ、もう少し天井のひびを大きくする。
狙うは、こっちに来る師匠。
師匠は俺がやろうとしていることをいち早く察知する。体を丸、防御の体勢になる。
「はあああああああああああ!!!!!」
そのまま師匠を斬り下げる。
師匠の交差した腕に当たった氷剣。師匠は風の方向とは逆の方向に飛んでいき、それに気を取られ、上昇気流の力を緩める。
シメた!!
天井につけている足に力を入れ、床に飛ぶ。その速度は師匠が落下する速度よりも何倍も速い。
師匠は先ほどの攻撃を防御したのだが、今やろうとしている俺の攻撃に対して完全に無防備になっている。
「氷魔法発動、凍華開花!!!」
床に叩きつけると同時に氷剣を師匠に叩きつける。そして一気に凍華開花が発動する。
それは氷の花。全てを凍てつかせるためのクロッカス。幾度もの氷魔法を発動させ、己の体すらも凍てつかせる凍えた華。その花に呑まれたものはどんな例外もなく凍らせられてしまう。
あたり一面に冷気が吐き出される。この世全ての温度を追い出すように、この世最も冷たい氷を作り出すために。
巨大なクロッカスの花弁。
師匠はその花弁に取り囲まれてしまっており、その中心の雌しべや雄しべたちに取り憑かれるようにして体を凍らせられている。動くことは容易ではない。というか、不可能だろう。
それに、花弁は花弁を作った創造者のために、拘束した人間の魔力を吸い上げ、創造者に魔力を送り込む。これで魔法による反撃の可能性も減る。
その拘束者、師匠の胸には大きく縦に傷が入っている。氷剣によってできた傷であろう。凍っているため出血は少なく、致命傷にはならない。
花弁の中から師匠を見下ろす。満身創痍の師匠。たった数回しか魔法を使ってないが、師匠の不得意な魔法も、威力が大きい魔法もあった。魔力消費は大きかった。
対して俺は得意な魔法を何度も何度も撃っていれば良かった。魔力消費を押さえながら戦ったおかげで、最後の凍華開花を放つことができた。
それが勝因、だろう。
………寒い。
「俺の勝ち、でいいですか?」
「まあ、の。それより聞きたいことがある。この魔法、お主が作った魔法じゃろう?」
「………何故そう思うんですか?」
吐く息が白い。体が凍えるように寒い。
「お主、それがわからんわけでもあるまいて」
身体中が、寒い。手先が震える。ゆっくりと自分の手を見る。
指先が凍り始めている。足先も徐々に、ゆっくりと、まるで服に水が染み付くように、ゆっくりと足先から凍っていく。その凍てつきは止まることを知らず、じっくりと、そして確実に手足の先から浸食していく。
この凍華開花は俺が開発し、俺が研究し、実用化させた。相手を完全に無力化させるための魔法として。
だが、これは不完全である。
まず難易度。氷魔法は発展的な魔法である。初心がすぐに使えるわけもなく、また魔法使いであろうと適性がなければ使ったところで魔力消費が大きい。
次に魔力量。適性があろうとも、この魔法を使うには膨大な魔力を要する。それこそ、生命エネルギーでさえ犠牲にしないといけない人もいるだろう。
そして、使えたとしても、使用者の体が確実に凍り始める。
確かに事実上7万年の時間を費やしてこの魔法を作った。だが7万年を魔法の研究だけに費やしたわけではない。先ほどの氷剣のための剣の使い方、他の魔法も衰えていないか調べ、この「神」の昨日でさえも調べ上げた。
この魔法を極めることがなかなかできなかった。
そもそも、どんな魔法もある程度の規模になれば代償を必要としてしまう性質がある。小さな魔法ならいいのだが、対象を完全に拘束する、なんて大きな魔法には代償が必要だ。
これがその代償というのなら、悪くはない。ただ7時間ほど俺の体が凍りつくだけだから。
「師匠はあと1時間何もできませんから」
「じゃ、ろうな。儂はいい。お主じゃ。お主のそれは1時間では済まんじゃろ」
体全体が凍りつくのにそう時間はかからない。だから早く起動させなければ。
師匠の言葉を無視して、花弁の外に出る。足を動かしにくい。一歩歩くごとに足がメキメキと音を鳴らす。その度に激痛が走り、顔をしかめてしまう。
地を踏むたび、足が崩れてしまいそうだ。寒い。実際崩れようとしているし。
それでも、歩くのだ。一歩ずつ、前に。
解放軍に入って、俺の理想のために戦った人たち、俺の理想の前に敗北した人たち、その全人類を背負うために、あの「神」を起動させるのだ。
手がもう動かない。完全に固まってしまっている。寒い。
諦めるわけにはいかないのだ。世界を混乱させた責任を取るのだ、世界を変える責任を取るのだ。
もっとマシな魔法を作れなかったのかと考える。寒い。だが結局相手を拘束する性質上、氷魔法に限定されるし、それによる代償も氷魔法に限定される。
そうなる以上、凍華開花を使うのは避けられなかったのだろう。寒い。
ようやく「神」の前にやってくる。手先の感覚はなくなり、足に至っては膝下の感覚がない。寒い。自分が立っているのかどうかもわからない。地に足をつけているのかどうかもわからない。寒い。
手を手形にかざす。凍ってしまった手と手形は完全には一致せず寒い。、だが魔力を込めることはできる。
あと1分寒い。もつかどうか。体が完全に凍って仕舞えば作業も寒い。できなくなる。
その前に何としてでも「神」を起動させなければ。魔力寒い。を込めて俺の願いは「神」に届いているのだから寒い。。あきらめなければ、なんとか寒い。なる。
万人に等しく光を。万人に等しく幸を。
その罪を背負え。枝時空にはさせない。星の守護者として、責任を取るのだ。
ヤバイ。腕か完全に寒い。動かなくなってしまった。肩を回す寒い。のもできない。足を一歩前に出すのも寒い。厳しい寒い。。息は常に寒い。白く、その息の中の寒い。水分で自身の寒い。体を凍らせてしまいそうだ寒い。。鼻息も白く寒い。なってしまった。
何とか、耐える寒い。のだ。口を動かせない寒い。。頬が冷たい寒い。。視界が揺ら寒い。ぐ。もう全身が寒い。寒い。
あと寒い。寒いだけの魔力寒いを込めれば寒い世界が幸せに寒い。俺は寒い星の寒い守護者寒いとして寒いこの世界寒いを永遠寒いに守り続ける寒いことが寒いできる。寒い。寒い。
寒い。
寒い。
寒くて、寒い。
応援ありがとうございます!
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