6つと1つの物語

ラムダム睡眠

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6話 With My Last Lover

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 ある者は呪った。この世の不平等性を。
 ある者は嘆いた。己の愚かさを。
 ある者は祈った。幸せな時間を。
 ある者は恋した。自分を先導した人間を。
 ある者は夢見た。自分のいない世界を。
 ある者は憎んだ。他人を殺す邪悪さを。

 そして、
 ある者は続けた。
 ある者は待った。
 ある者は決意した。
 ある者は疑った。
 ある者は探した。
 ある者は抱いた。

 これは、憎んだ者と抱いた者の物語である。

◆◆◆◆◆

「この酒、何?」

「昨日も飲んでた。『クローバー』でしょ」

「昨日も飲んだのか?」

「………もう記憶が、続かない?」

「そう、だな。流石に3年分のブランクは大きい」

「あ、魔法使い様。お久しぶりです」

「あー……、エーデルか。そうだな、久しいな。娘とはうまくいったか」

「か、からかわないでください………」

「………」

「どうしたシオン。何かあったか?」

「いや、なんでも」

◆◆◆◆◆

 追いかける。追いかける。追いかける。
 目の前に捉えた王女を、追いかける。
 王女も足が速い。手加減した私によくついてこられるものだ。こうやって弄ぶのも悪くはない。悪くはないが、少し面倒だ。かぶっているフードも邪魔だし、解放軍の隊員たちも王城に入り込み兵士と戦っているから、それを避けながら王女を追いかけるのは面倒だ。
 しかし、誰も王女のことを気にかけていない。というか、王女と私を避けている。たまに私を襲おうとした兵士を有無言わさず蹴り飛ばし壁にめり込ませたのが原因だろう。

 王女はドレスというより、私たちのように動きやすい服装だ。戦いに備えた服装、鎧はなくとも、機動力で言えば鎧をきた騎士よりもあるだろう。
 だから、こうやって逃している。体力的には私の方がある。追いつこうと思えば追いつけるし、殺そうと思えばいつだって殺せる。
 だが、こいつには味わわせる必要がある。逃げる恐怖を。いつ殺されるかわからない恐怖を。

 必死に走る王女。だがその先は謁見広間だ。そこにはすでに私の部下たちが首脳陣営を捕らえていることだろう。
 だから、袋の鼠だ。

 大きな扉を開ける王女。そして中に入り、必死で王座に向かって走る。もう走る必要はなくなった。その様子を後ろからゆっくりと眺めながら歩く。
 王女は唯一の希望を自身の父親、つまり国王に投げたようだ。国王がいるはずの王座に向かって走る。

 王座は、7段の階段の上の、台座の上に鎮座してある。その後ろには王国を気づいた英雄とその妻の絵が書かれている。英雄が剣を抜き、妻がその剣を掲げるというもの。
 だがその階段の上の踊り場には5カ国首脳陣が縄で縛られているし、台座にはあなたの大好きなお父様が縛られている。

「ニーナ!?なぜ帰ってきた!?」

「お父様!?」

 5カ国首脳陣にはそれぞれの解放軍の隊員が見張っている。唯一見張ってないのはあなたのお父様だが、三春必要はない。

「王女、鬼ごっこは終わり。首脳陣営は全員捕らえられた。あとはあなただけ。大人しく」

 槍を手に持つ。

「死んで」

 解放軍のスローガンなんか知らない。私が解放軍No.2。そしてセツナと協力している者。だから、スローガンは無視する。無視できる。そういう契約なのだから。
 隊員たちはもうすでにわかっていたかのように私が王女を殺そうとしているのを諦めている。止めようとしても、どうせ返り討ちに会うのが関の山。よくわかっている。
 対して王女は悔しげな表情で、でもまだ何かやれるとおもっているようだ。

「ニーナ!そんな犯罪者の言うことなんか聞く必要はない!!早く逃げろ!!」

「黙って。次お前から音が聞こえたら、まずはお前の首を断つ」

 流石の国王の私の威圧には負けたらしく、口を一文字にして黙り込んだ。
 だがお前は許していない、王女。

「………あなたは、解放軍第一部隊隊長の、シオン・エテルナーね。魔法使いの側近であり、解放軍の最古参。実力も知識も経験も飛び抜けているはずなのに、なぜ私を殺そうとしているの?他の解放軍の人は殺そうとはしてないのに」

「決まっている。それが私の悲願」

「悲願?」

「エルフィール王国の王族の滅亡。それが私の悲願。それを為して初めてセツナの願いを聞き入れる。そんな契約」

「セツナ?あの魔法使いの名前?」

「そう」

 心が燃え滾る。一刻も早くこの女を殺したいと。だが落ち着け。このまま殺しては興醒めだ。100年の執念と呪いはもっと残酷に悲惨に冷酷に。

「どうして王族の滅亡を望むの?私一人で十分じゃないの?それとも、王族そのものを恨んでいるの?」

「王族への恨み。お前らが私たちを滅ぼした。その責任を果たさず、隠し通してきた。でも、もうそれもおしまい。責任は取らなくていい。私が殺すから」

 何も知らないであろう。何も聞かされていないだろう。それが無垢な王女の作り方。政治に貪欲な王女の作り方。国を作る王女の作り方。自分たちの悪行を隠す卑怯な手段。
 これは八つ当たりかも知れない。私たちの代の国王、女王、王子、王女は死んで、今は新たな代になった。そんな人間たちに前の世代の責任を取れというのは鬼畜である。
 だがそれでは私たちを滅ぼした責任はどうなる。無念に死んだ私たちの一族はどうなる。歴史の裏に隠され、葬られたその恨みはどうなる。
 だから私は立ち上がり、槍を振るう。

 やられたならやり返す。目には目を、歯には歯を。

「私たちを知らないとは言わせない。お前らなら知って当然。だって私たちは、建国に携わった一族なのだから」

 フードを脱ぐ。私たちの一族の証明が月の下に晒される。
 王女も、国王も、さらには解放軍の隊員でさえも、私のフードの下を見るのは初めてで、その誰もが息を飲んだ。
 それもそうだ、私たちは100一族なのだから。

「尖った耳、建国の一族、まさか、あなたは」

「そうだ!お前たちが滅んだと伝えた、お前たちが滅ぼした、エルフ族だ!!!」

◆◆◆◆◆

 ニーナのラストネームはエルフィール。なぜなら、エルフィール王国の建国に携わったエルフィール人の英雄の末裔だからである。
 大昔、エルフィール王国の英雄・アーサー・アーファルスとく英雄モルガン・オメルガがいた。
 元々この国はエルフ族の領地だった。その地にアーサーが訪れ、そしてモルガンと契約を結んで出来た国、それが現在のエルフィール王国。当時はエルフィール王朝という名前であった。
 それは国王を必要としない王朝。アーサーたちアーファルス一族が選んだ天皇と、モルガンたちエルフ族が選んだ領王が政治を決めるという、当時からしても体制的には異端な国ではあったが、それが人間が築き上げた最も理想的な国のあり方とされていた。
 第一代天皇はアーサー。第一代領王はモルガン。

 だが、アーファルス一族は裏切った。
 2人の天皇による協議による取り計らわれる政治、アーファルス一族はそれを自分のものにしたく、エルフを邪魔ものとして排除する方針へと転換した。
 まずはラストネームをアーファルスからエルフィール、エルフ族のラストネームもエルフィールへと変えることから始まった。
 次に領地。アーファルスたちは王都に近しい場所を好み、エルフ族は森林など自然に近い場所を好んだ。よって、エルフ族たちを王都とはかけ離れた辺鄙な土地へと住むようにさせた。
 そうやって行われるエルフ族との決裂。
 次第にエルフィールという名は元アーファルス一族たちのみが名乗ることを許された。エルフ族は王都に入る際に天皇が許可証が必要になった。
 もちろんエルフ族も黙ってはいなかった。さすがの暴挙に反抗しようとしたが、それは力でねじ伏せられた。
 私たちエルフ族は、弱かった。

 そして100年前、運命の日がやってきた。

 エルフ族の殲滅に乗り出したのだ。
 エルフ族がいなければ天皇と領王という国家形態は崩壊する。その代わり天皇が国王に、王朝が王国へと移り変わることができる。
 エルフ族たちは力がなかった。知識はあったが、力がなかった。なんとかエルフ族たちも必死の抵抗を見せたが、数も戦力も上回るエルフィール族には敵うはずもなかった。

 かくして、エルフ族は絶滅した。エルフィール王朝のあり方は変わり、エルフィール王国へと名を変えた。

◆◆◆◆◆

「あなたたちは知らない。あなたたちの祖先は私たちを滅ぼした。私たちの存在が邪魔だと言って滅ぼした」

「…………」

「エルフ族は自然の大災害により滅んだ。そう習った。いや、そう伝えられた。自らの悪逆を隠すため、歴史を隠蔽するために!!」

 私はその被害者で、唯一の生き残りだ。私の目で、耳で、鼻で、そして肌で感じてきたことの全てが間違っているはずはない。そして私だけじゃない。セツナもその滅びを目で見てきた。
 だから、間違っていない。間違っているのは、歴史の方だ。
 アーファルス一族はとことん卑怯な一族だった。あいつらは自分でエルフ族の領地に勝手にやってきただけなのに、契約をいいことに利用し、自ら国を乗っ取り、あまつさえエルフ族を滅ぼした。
 そんなあり方を許してなるものか。許さない。絶対に許さない。

「エルフ族はどんな大災害で滅んだ?土砂崩れ?川の氾濫?大地震?津波?残念だけど、あそこは自然が多いから土砂崩れはそうそう起きないし、高台だから川の氾濫もある程度耐えれる、地震に強い建築技術を身につけ、津波だって避難所があった。自然と共に暮らしてきたエルフ族が自然に負けるわけない」

「た、確かに、エルフ族の技術は私たちのものとは違い大きく発展していたとは聞いていたけど、まさかそこまで発展してきたとは……」

 なんでそんな驚く。何をそんなに驚く。
 お前がそれに驚くのは、常識を疑わなかったから。ただベルトコンベアで運ばれたものを眺めて、それを手にとって確認しなかったから。お前はそんな怠惰の塊だ。

「王座の後ろにお前の弓があるのは知っている。それを手に取り、私と戦え」

 槍を王女に向ける。王女はこちらをしばらく見つめ、そして覚悟を決めたように王座の方へ行き、弓を持つ。
 アーファルス一族の優れた弓術。それはもともとはエルフ族のものだ。真似事が私に通用するわけがない。
 だから絶望しろ。自らが培ったものが偽物であったこと、そして本物はそんなものを使わずとも勝ててしまうということ、自らの一族の醜悪さ、その全てに、絶望しろ!

 悪逆に死を。貴様らの贖罪は、滅亡によって裁かれる。

「弓を構えて。お前を殺す」

「待って!なんで戦うの?なんで私たちに反抗の手段を与えるの?」

「反抗?………あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 その言葉があまりにもおかしすぎて、思わず笑ってしまった。だが私の笑顔は狂っていたのだろう。この場の全員が顔を歪めた。

「皿の上の肉に武器を与えても、私は死なない」

 うざったらしいので、早速間合いを詰めて、槍を振り回し、王女の腹を捉える。遠心力を使って王女を床に叩きつける。

「が、はあ……っ!!」

 目を見開き、汚い透明な液体を吐き出す王女。すぐに立ち上がることはできないのか、腹を押さえてその場に悶絶した。
 気に入らない。
 腹を蹴り飛ばし、王女が飛び上がる。放物線を描いて無様に地面に落ちる。転がる。
 それでもまだ腹を押さえている。こちらを見る余裕などない。

「呆れた。お前は机の上でペンを動かすより、太陽の下で弓を放っていた方がよかったと思う」

 王女の頭を掴み上げる。王女は苦しい表情でこちらを睨みつける。まだ希望を捨ててない。まだ反撃の余地があると勘違いしている。それが気に入らない。
 だが、焦る必要はない。着々と実力差を見せつけていけばいいのだ。そしたらわかるだろう。自分の無力さを。自分たちの行った悪逆を。私たちの執念を。私の恨みを。
 100年の呪怨を。

「どう?お前が弱いの、わかった?大丈夫、残酷に殺してあげる。たった一つの希望も砕いてあげる」

「わた、しは………」

「すぐに殺さないから安心して」

「わかって、いた。わたしたち、王国が、エルフの人たちを……殺した、…て」

「…………」

 弁明か、言い訳か、それとも遺言か。どちらにしろ、私は王国を許すことはないし、絶対に許さない。ただそれがほんの一瞬だけ生き長らえることになるかどうかだけ。

「だから、謝りたかった」

「で?」

 王女を壁の方に投げ飛ばす。王女は背中から壁にぶつかり、そのまま地面に落ちる。残念ながら脊髄を損傷させることはできず、虫のように這いつくばるだけになっている。
 それでも弓を手放さないのが、気に入らない。反撃の手段があると勘違いしているのではないだろうか。
 お前に反撃なんて許さない。たとえしたとしても、それは私が許したからで、お前からやるなんてことはない。
 だが、そんな思い違いも一興か。どんなに手放すことがない宝石でも、死ぬ瞬間だけは、死ぬ間際だけは、最後の最後になって手放す、なんて絶望もある。そんな絶望でも味わせても構わない。
 絶望さえ与えられればいい。

 ゆっくりと王女は立ち上がる。よろけながらも、まだ希望はある、そんな眼をしている。
 あの眼は解放軍の人がよくする眼だ。どんな状況だろうと諦めることなく、必死で立ち向かおうとする眼。

「苦しい?」

「苦、しい……きつい……」

「そう、ならもっと味わせてあげる」

 突撃。槍にて王女の腹を貫通する。

「が、ああああっ!!?」

 壁にまで刺さった槍をひねくり回す。その度に王女は悲鳴にならない声を出す。槍から血が伝い、私の手を赤く染め上げる。
 そう、その声、この感触。これが私が求めたもの。復讐の目的。
 だが何度もやっては新鮮さがないから、槍を引っこ抜く。短い悲鳴と共に王女は壁にもたれかかりながら立つことをやめ、床に尻をついた。

「私の一族が味わった痛みは、こんなものじゃない」

 目の前で見てきた。
 首をはねられた人がいた、四肢を潰された人がいた、火にあぶられた人がいた、子供を庇って子供ごと貫かれた人がいた、必死に戦って真っ二つに分かれた人もいた、頭を壊された人もいた。
 この痛みに、お前は耐えられるか?

◆◆◆◆◆

「………それは聞いてない、セツナ。復讐の後に私の魔法が解けるだなんて」

「ダメだ。シオンの復讐は王女を殺したら終わる。王族を滅ぼしたら終わる。だったら、魔法もその時に解けるべきだ」

「一気に体に時間が追いついて一瞬にして私は蒸発するんでしょ?それはダメ」

 私は一族を背負うのだ。不老不死の魔法をかけられ、そして王族滅亡のために力をつける。そのためにセツナがやる気でなかった、社会から外された人の団体「解放軍」を作った。
 そして、解放軍のメンバーは着々と集まりつつある。現在の隊員は7人だ。だが1ヶ月に作った解放軍だから、この調子で行けば1年後には騎士部隊1つはできるほどの規模になる。
 復讐のために「解放軍」を作り、復讐のために不老不死になり、復讐のために力を蓄える。
 だというのに、復讐が終われば即死亡だなんておかしい。
 復讐が終われば普通の人間として暮らせて然るべきだ。一族を背負い、一族の恨みを果たしてそれで終わりなんて、それでは私の意思ではない。

「ダメだ」

 それでもセツナは拒否する。そのセツナに苛立ちさえ覚える。

「復讐は復讐を生む。だから途切れるべきだ。シオンの復讐は止めはしないが、自分でケリをつけれない以上、俺がケリをつけさせる。それが嫌なら不老不死の魔法はすぐに解除する」

「………セツナだって、悔しいはず。あなたが守ろうとしたものが守れなかった。だったら、私の悔しさもわかるはず」

「わかっている」

 やはり100年年季が違うだけでここまで違うのか。

「俺は守りたいものを守れなかった。魔法を習い始めて今年で100年余り、それでも俺は本当に守りたいものを守れない。どんな魔法を身につけても、どんな実力を身につけても、結局は奇蹟が起きなければ守れなかった」

「だとしたらわかるはず。あなたが守ろうとしたエルフ族を守れなかった屈辱以上に、私の思いは大きい」

 あの日のセツナの笑顔を思い出す。私一人を助けた喜び、私一人しか助けられなかった悔しさ、私たちを滅ぼした人間の愚かさ。
 彼は人間の全てを知っているはず。だったら、私の思いを踏みにじることの愚かさを知っているはず。

「どんなに想いが大きかろうと、シオンの復讐はシオンのものだ。決して一族のものではない。そう思うのは勝手だが、俺はそうは思わない。だから解除する。それが嫌なら、王女を監禁して拷問でもしたらどうだ?そうすれば王族の滅亡は確定し、王女は心さえ壊れる」

「……………なかなかエグいこと。よくそんなこと思いつくね。私は無理。だけど、わかった。その案は賛成。だけど私は認めない。不老不死の魔法の解除だけは」

 セツナは大きくため息をついた。

「だったら、一つだけ抜け道を作ってやる」

「………抜け道?」

「『解放軍』の目的はこの世界をより良いものにしたいという願望。そしてそれに反するのがシオンだ。だったら、シオンが復讐に走る前に世界がより良いものになったら、その時は不老不死の解除をやめよう」

「………どういう、こと?」

「それは___」

◆◆◆◆◆

 もう貴様は期限切れなのだ。貴様を殺せば私の魔法は解けてしまう。王族も死に、エルフ族も私でようやく滅びる。
 だが、100年経って今思う。
 復讐が終われば、私はおそらく廃人になる。復讐を燃料にして生きてきたのだ。その燃料がなくなれば、廃人になって何事にもやる気をなくしてしまうだろう。セツナがそれを案じたかどうかわからないが、不老不死の解除は結果的に悪いものではない。
 だから今日が私の命日。貴様と被るのはあまり好みではないが、それもまたいいものだ。貴様の滅亡と私の滅亡が重なるのも、悪くはない。

 槍を抜く。王女は口から血を吐いてその場に四つん這いになる。腹の攻撃に加え、槍での突き刺し。さぞ大きなダメージを負っているはずだ。

「立て」

「が、ご、………」

「仕方ない。発言を認める」

 王女を見下す。その様はあまりにも滑稽すぎて、笑ってしまいそうになる。それほど私も醜悪になりつつある。
 いや、もう醜悪なのか。

「ごめん、なさい」

「…………………………………は?」

 耳を疑った。耳を疑った。耳を疑った。

「くるし、かったよ、ね?痛かった、よね?」

 何を今更。それは、ダメだ。

「私は、調べたの。エルフ族の滅亡が、あまりにも、違和感がありすぎて。そして、………見つけたの。あれは、私たちの間違いだったって」

「……………で?あなたは何をしたの?私たち全員を蘇らせて謝罪したの?」

「できたら、したかった!でも!それは、死者への冒涜………。エルフ族の皆さんへの、冒涜、だって……。それに、私一人じゃ、できない。だから、だから………」

 何を今更。お前が何を言ったって、私の家族は帰ってこない。私の一族は帰ってこない。死者は蘇らない。
 それが冒涜だのなんだの言い訳を連ねて、恥ずかしくは思わないの?

「だから、私は、人を、守ろうとした」

「で?私たちエルフ族の殺戮の代わりに何を償おうとしたの?」

 ああ、何を聞いているのだろう私。そんなことしたらいけないのに。私が廃人になるってわかりきっているのに。そんなことしたら、復讐心が消え失せるかもしれないなんて、そんな簡単なことをわかっているはずなのに。
 何を、聞いているの?

「解放軍は、捕虜にするべきだって意見が、多かった。でも私は、それが嫌で、また繰り返すんじゃないかって。殺戮が繰り返されるって。だから、私は、捕虜で無くそうと………」

「犯罪者、聞け」

 急に王座から声が聞こえたものだから、振り返ってしまった。

「ニーナは解放軍の捕虜を一人の人間として扱うようにという提言を出し続けている。それは認められていないが、人権のみは認められた。私的流用はできないようにしている」

「………だからなんなの?解放軍はすでに同じことをしている。それどころか、そもそも捕虜ではなく、怪我人は治療して返している。そんなの当たり前」

「当たり前ができないのが我々だ!」

 大きく声を上げた国王に、一瞬だけ体がびくついてしまった。そのことに私は驚いた。
 私は、怯えている?

「当たり前ができないのだ!上の地位に行くほどそれができない!だから我々は話し合い、協議し、一歩ずつ前に進もうとしているのだ!それを正そうとしているのがニーナだ!」

 は?何それ?

 そんなの、当たり前だろう。

 それをさも当たり前でないような口ぶり。「僕たち頑張りまちた」と言わんばかりの口ぶり。
 お前らが私たちの一族を滅ぼしたのに?それを贖うために当たり前のことをしている?それが贖罪になるとでも?

気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない

 イラつく。イライラする。

 そもそも、お前は何もしてないだろう。

「死ね」

 王座に向かって走り出す。こいつは生かしてはおけない。

「待て!!なぜ私をやるのだ!?ニーナと戦っていたのではないのか!?」

「音が聞こえたら首を断つと言った!!」

 こいつは殺す。何がなんでも殺す。今すぐ殺す。こいつは生かしてはならない害悪だ。残虐に殺す。首を立つのは最後だ。刺し尽くす。身体中の穴という穴を刺し尽くす。目玉をほじくり、舌を切り裂き、耳を斬り落とし、鼻を削ぎ、そして心臓を何度も突き刺してやる。
 お前が知ったような口を聞くな。私は王女と話しているのだ。決して貴様などという外野に話しかけたのではない!!

「この世から残酷に往ね!!!!!」

◆◆◆◆◆

「それは___王女が自ら謝ること。それを心から納得すること。それなら、いいだろ?」

◆◆◆◆◆

 穿のは、1つではなかった。

「なっ………!?」

 思わず声が出てしまった。過去の自分が今の私を見たら、さぞ罵倒することだろうに。さぞ喜び明かすことだろうに。
 確かに私の槍は国王の心臓を見事に穿った。
 身体中の穴という穴を刺し尽くし、目玉をほじくり、舌を切り裂き、耳を斬り落とし、鼻を削ぎ、そして心臓を何度も突き刺すことはできなかった。が、殺すことはできた。
 はずなのだ。

「………!!」

 心臓を、穿。王女が、穿った。その弓矢で。

 だがそれは、無意味だ。不死である私にそれは無意味だ。

 槍から手を離し、心臓に刺さった矢を抜く。瞬間激痛が走るが、それを表情に出さない。
 これは慣れっこだ。

「!!??」

 あと2本、いや、5本か!?

「いっつっ!!?」

 私の両肩と両膝に矢が突き刺さる。矢が放たれたこと、心臓の痛みで全く気づかなかった。
 これは見事に関節を狙われている。しかも王女はまだ弓を構えている。反省の色なしか。

「ど、どんな理由があっても、お父様を守る。あなたに罪の意識があるけど、それでも、私は」

「わかった。貴様も死ね」

 槍をぶん投げる。まっすぐと、その槍は軌道を変えることなく正確に飛んでいき、

 王女を、穿った。

 脳天を貫かれた王女は後ろ向きに倒れ、仰向けになって動かなくなった。刺さったところから血がどくどくと溢れ出してきた。
 王女は死んだ。国王は死んだ。王族は滅んだ。

 だから、私も死ぬ。

 それが契約だ。

「…………あれ?」

 全く異変が起きない。おかしい。王女を殺したらいいのではないのか。王女を殺せば、私は死ぬ。その契約で不老不死の魔法をかけてもらったはずだ。

 なのに、なぜ生きている。100年の妄執は終わった。一族の恨みも果たした。私の復讐は終わった。それなのに、それなのに、それなのに、全く私の体は変わらない。
 セツナは魔法を違えない。セツナの魔法はほぼ絶対だ。
 だったら、これは。

「ああ」

 涙がポロポロと流れてくる。空っぽの心に注がれるように、空っぽの心から絞り出されるように。
 100年は、流石に長すぎた。知識も同情も得るのに、感情が動かされやすくなるにはあまりにも長くて、
 悲しくなってしまった。

 ありえない未来をがあった。家族が生きて、一族が生きて、恋をして、結婚して、子供を産んで、孫を見て、寿命で死ぬ、そんなありえないIFの物語を見た。
 それを全て復讐に回した私は、復讐が終わった私は、14歳で成長が終わった私は、

「何もないんだ」
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