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5話 With Your Husband
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ある者は呪った。この世の不平等性を。
ある者は嘆いた。己の愚かさを。
ある者は祈った。幸せな時間を。
ある者は恋した。自分を先導した人間を。
ある者は夢見た。自分のいない世界を。
ある者は憎んだ。他人を殺す邪悪さを。
そして、
ある者は続けた。
ある者は待った。
ある者は決意した。
ある者は疑った。
ある者は探した。
ある者は抱いた。
これは、夢見た者と探した者の物語である。
◆◆◆◆◆
もはや王都は暴動のような状態だった。
ちょうど繰り広げられた各国首脳陣による国際軍の会議。それに乗じた解放軍の侵攻、王城に作られたあちこちの隠し通路は魔法使い様の調査により、それを逆用して隠し通路の出口から解放軍が侵攻している。
王都は国際軍と解放軍との戦い、隠し通路は解放軍の第一部隊の、しかも国の重要人物が逃げることもあり精鋭が派遣される。国際軍は絶体絶命の状況に陥っていた。
逆に言えば、解放軍はほぼ勝利の状況。国際軍の鎮圧にはそう時間はかからないであろう。
だが一度の油断が命取り。だからこそ、気を引き締めている。
「まさか、あなたが解放軍だなんて思わなかった」
相手は2人。国際軍第一部隊の隊長と副隊長。王城に逃げ戻っていった王女を追いかけてうちの化け物__第一部隊隊長が行っている。ここでこの2人を足止めしておけば、勝利は揺るがないだろう。
「久しぶり、ラルマンとマリユス。こっちこそ驚いたわ。まさか2人とも第一部隊とはね。しかも1人は学者上がりなんて」
2人相手とは。しかも私は一介の解放軍の兵士。隊長、副隊長クラスと戦う羽目になるなんて思いもしなかった。
「でもいいの?上の方、大変なんじゃない?」
「上は第二部隊が行っているはず。私たちの出る幕じゃない」
「上で暴れているうちの副隊長とは大違い。そこら辺きっちりしている。ま、うちの副隊長は敵味方関係なく襲いかかるから、比べたらいけないんだろうけど」
「ルナ、魔法使いはどこにいるんだい?」
急にマリユスが口を挟む。ため息をついて、作戦前の魔法使い様の言葉を思い出す。
なんて言ってたっけ。確か別行動をとることは聞いたけど、そのあとは聞いてない。
「知らないよ、私は。聞いたかもしれないけど、覚えてない。それよりいいの?あなたたち、仮にも国際軍なんでしょ?私一人のために時間使っていいの?」
「良いわけないでしょ。でもあなたの実力を舐めてない。私たち二人がかりでやっとでしょ?」
「ふーん、わかってるんだ。じゃあ行くよ」
「待ってルナ!!僕たちはまだ話さないといけないことが」
「それが遺言でいいのなら、もっと口を動かしなさい!!」
槍を突き刺し、マリユスを突き刺そうとする、が、横からのラルマンの大きな盾がそれを防ぎ、トンネル内に金属音が鳴り響く。
すぐに体勢を立て直す。今度はラルマンに向かって、まっすぐと槍を突き出す。ラルマンは必死の形相で盾を構え、衝撃に抑える。
それでも私は盾を無視する。
盾の目のまで、地面に槍先を引っ掛けて、遠心力を使って盾を飛び越える。そしてマリユスの真上で地面に突き刺すように槍を構え直す。
槍を落とすが如く、我が体もろともマリユスの心臓目掛ける。
だがマリユスとて副隊長、剣で上からの攻撃を受け流し、槍が地面に突き刺さり、すぐさまカウンターの横薙ぎが来る。
そんなことは決めさせない、地面に突き刺さった槍をポールのように。両手で持ちながら体を横にし、回転しながらマリユスの顎に蹴りを入れ込む。
「ぶっ!?」
顎と言うより、口にクリーンヒット。よろけながらも剣を離さないマリユス。後ろからの攻撃に備えるため私は地面から槍を抜き、無事地面に着地する。
「待つんだルナ!!僕たちは話さなければならないことがたくさんある!!」
「そんなのはない!!あんたも男なら、覚悟を決めなさい!!」
「マリユスに手出しはさせない!!」
2人の間に挟み撃ちのようになっていたためか、後ろからラルマンが盾を持って突撃してくる。
だがそんなことはお見通しなので、壁を蹴り、その攻撃を飛んで避ける。
無事着地するときには2人は身を寄せ、武器を構えている。
よく成長したものだ。ラルマンは騎士だからわかるが、学者上がりなマリユスがよく私たちの動きについてきている。
だが私とて精鋭集いの第一部隊の隊員だ。化け物の隊長と狂人の副隊長には勝てなくても、第四部隊の部隊長くらいなら私だって倒せるレベル。それほどまでに私だって鍛えたのだ。
「はー、まったく面倒くさ」
本当に、この2人を相手取るのは面倒だ。まさか2人が第一部隊の隊長副隊長とは思わなかった。夫婦揃ってお似合いではあるが、それは私への見せつけか。
◆◆◆◆◆
私たち3人は、有り体に言えば幼なじみ、というやつだった。
親同士が全員仲が良かったからか、私たちも同じように仲が良かった。3人で集まれば、どこに行くにも、どこに遊ぶにも、何を食べていても、大体同じ選択を取っていた。ある時は三つ子に間違えられたりもした。
互いに互いを慕っていて、互いに互いを思い合っている。そんな、どこにでもない友達、超えて親友関係になっていた。
小学校に上がる時に初めてクラス替えで3人がバラバラになったこともあった。だがそれでも3人の仲は切っても切りきれず、学校が終わると3人で遊んでいた。
もちろん喧嘩だって何度もした。ケーキの苺の取り合いも、崩れた砂の城の責任の押し付け合いも、鬼ごっこで鬼ばかりのマリユスの突然の帰宅も。
それでも結局は仲直りしてしまう。
マリユスは学者肌である。外で遊ぶよりも、部屋の中で本を読んだり、じっと外を眺めているのが好きだった。運動は苦手だが、知識は私たちの誰よりもあった。だから将来は学者になると言っていた。
ラルマンは私と同じでよく外に出て遊んでいた。それに動くのも大好きだったし、何より騎士が好きだった。だから将来は騎士になると誓った。
それぞれの夢、それぞれの希望。そんな「それぞれ」が集まった結果、その未来の果て。
私は騎士になった。ラルマンも騎士になった。そして、マリユスも学者になった。
私たちは、私たちの夢を手に入れたのだ。順調、とまではいかなかったけど。
◆◆◆◆◆
「さっさと道譲ってほしいわ。どうせ解放軍の勝ちはほぼ確実。王都では副隊長の暴走で多分第一部隊第二部隊共々壊滅かもね」
ま、うちの上にいる第一部隊も壊滅かもしれないけど。
「それに、ここには第一から第三の部隊が合流している。あなたたちの舞台は第一と第二。それに首脳陣営を守りながらだから、暴走しながらやれば簡単に勝てる解放軍とは雲泥の差。それなのに、まだ戦う気?」
さっさと諦めた方が早い。できることはやる、やれないことはやらない。その諦めと辛抱強さが戦いにおいては必要だ。
だが、それでもこの夫婦は諦めるそぶりを見せない。それどころか、全くこちらの発言に同じていない。
さすがは隊長と副隊長、か。これで折れてくれればこちらとしては犠牲も体力も使わずに済むと言うのに。こちらとしては、どんな犠牲も払うわけにはいかないのだ。
あの化物が向こう側に行った時点で王女の命の保証はない。いつ王女が死んでもおかしくはない。
あれは復讐の権化だ。私たちとは異なる者。魔法使い様から直接付与効果された唯一の人間。どんな魔法を付与効果されたか知らないけど、あんな化け物、魔法使い様意外に倒せる人間がいると言うのか。
たとえ一国の王女であろうと、私たち解放軍は守らねばならない。
だから、私がいるのに。あの化け物の暴走を止めるために。
「私たちは王女様を守る必要があるの。それを脅かす人間は、たとえ幼なじみでも容赦はしない!」
「………はー、どうしてこいつらは察する、てことを知らないのかなー?というか、ラルマンたちってあれでしょ?どうせ解放軍なんか山賊とかの集まりと思っているでしょ?」
「それは違うよ、ルナ」
剣を構えてマリユスはこちらを睨む。
そう、その目線が私が欲しかったもの。
「確かに初めはそう思っていた。だが探偵業をしていたラルマンが突き止めた。あれは社会から無理やり追い出された人たちの集まり。そして願いの結晶。そんな人たちが弱いわけがない。だから僕たちは油断していないよ」
「へー。それは良かった。てか、ラルマン探偵してたんだ」
「そうよ。騎士をやめたわ。行方不明になったあなたを探すため」
「……………」
「騎士の道を共に歩もうって言ったのに、なんでいなくなったの?しかも、私たちが結婚してから」
「あーうるさいな、もー!!!」
ラルマンに襲いかかるも、ラルマンはその大きな盾で私の槍を受け止める。
流石にこの盾を防御に回されたら攻撃がままならない。そのまま金属音が拮抗する。盾と槍の接触部分から赤い火花が舞い散る。
「あんたら2人とも察しが悪いんだよ!!どこまで言ったらわかるの!?どこまで調べてないの!?探偵してたなら、私たちの願いも、目的もわかってるでしょ!!?なのに、何でまだ戦うの!!」
盾を横に受け流す。突然のことで受け流された方向に力を持っていかれるラルマンに、思いっきり腹に前蹴りを叩き込む。めき、と音が鳴ったような気がした。
「ぐえっ!?」
ラルマンは盾を手放し、背中から倒れる。腹を押さえながらその場に悶絶する。
わかってほしい。あなたたちはこんなところで戦うべきじゃないことを。私たち解放軍が何と戦っていたかということを。それを咎めることはあなたたちの正義感に反することを。国際軍は解放軍と魔法使い様に対して真逆の印象を持っているということを。
「構えろ!マリユス!!」
「!?」
マリユスの懐に入る。マリユスは剣を縦に振るが、慌てていたのか攻撃が単調だ。すぐに横に避け間合いから抜け、またすぐに足をバネのようにして間合いに入り込む。槍先とは反対側の方をマリユスの腹に食い込ませる。
「う………っ!?」
マリユスを壁に押し付ける。槍先ではなく致命傷はないとは言え、腹に槍を食い込まされたマリユスは苦悶の表情を浮かべる。
「さっさと譲って。私はこんなところで油を売るわけにはいかないの」
「………ル……ナ」
「何?譲る気になった?」
「なんで、いなくなった、の………?」
「____チッ!!」
腹に食い込ませるのをやめ、回し蹴りでマリユスを蹴り飛ばす。マリユスは床に倒れ、夫婦共々苦悶の表情を浮かべながらこちらに鋭い視線を向ける。
折れてないか。
少し本気を出したけど、それでも2人はこの実力差に気付いていないのか、意地を張りたいのか。ラルマンは盾を掴んで立ち上がり、マリユスは剣を使って立ち上がる。
あくまで解放軍が求めるのは勝利、国際軍の敗北ではない。だがこのままでは、国際軍の敗北へと繋がる。
「あなたたちはこんなところにいるべきじゃない。さっさと家に帰って温かいご飯でもスープでも食べたらいいのに。いい?世界を変えるのは私たち。あなたたちはそれに従っていればいい。それなのに、なんで反抗するわけ?」
「反抗?これは、抵抗だ」
「あーはいはい、どうでもいいの、そんなの。私が言いたいのは、こんなところで戦ってないでさっさと家に帰ってって意味。わかる?」
「それは僕たちが騎士として向いてないってことかい?」
「___ああもう!なんなの!?はっきり言わないといけないわけ!?」
ようよう立ち上がったマリユスを槍で襲いかかる。マリユスはなんとか剣を構え槍の初発の攻撃を防ぐものの、槍で剣を弾くと、剣は明後日の方向へ飛んでいく。
だから、槍で追撃。上から斬りつけるように。
「させない!!」
だがそれをラルマンの盾が防ぐ。ラルマンは盾で私の体を押し、私はその反動を使って飛び上がり、着地する。
2人の間合いからは遠ざかってしまった。あちらはあくまで耐久戦、持久戦にしたいということか。
確かにこちらはあの化け物を一刻も早く止めるため急戦を要求されている。しかしあちらには盾があり、攻防共に連携が取れている。このままでは持久戦に持ち込まれてしまい、化け物を止めることができなくなる。
歯軋り。2人は私の事情を知らない。自分の首を締めていることにも気づかない。
鈍感すぎる。朴念仁すぎる。
そう思う私も、前までは大した朴念仁だった。
◆◆◆◆◆
結婚、と言う言葉を聞いたとき、頭が真っ白になった。
マリユスとラルマンの結婚。それは突然告げられた。その時はお祝いの言葉を言って、後々の結婚式のことで頭がいっぱいな2人の背中を見て、一人食堂に篭った。
確かにあの2人もそんな年だ。適当に男と付き合っている私とは違い、あの2人は真剣に愛を育み、そして結ばれることを決めた。
喜ばしいことである。親友同士、幼馴染み同士の結婚。この先何が起きても2人ならきっと乗り越えて見せるだろう。
だが同時に、胸にモヤがかかった。
嬉しいのだ。本当に嬉しい。でもあの2人が結婚すること、なぜかそこに疑問が出てきた。いつから愛し合っていたのかとか、そういう小学生が考えるような野暮ではなく、純粋にただ、思ってしまったのだ。
私はそこにいるのか?
ラルマンに対しては当然、マリユスに対しても恋愛感情があったわけでもないのに、なぜかそう思ってしまった。
あの2人が結ばれる。そして私たちの関係は少し変わった。三角形の一辺だけが赤い色に染められた。
2人は愛し合っている。強く結ばれている。幸せを願い、これからも幸せを求め続けるであろう。それは構わないし、こちらとしてもそれを叶えたいとは思う。
だがそれに、私が必要とは思えなかったのだ。
2人が愛し合う、そこに私が入る余地はない。入ってはいけないのだ。それは野暮なのだから。
だから、2人の前から消えることにした。
騎士をやめて、あとは傭兵業に力を入れた。何も考えず、敵を倒し、街を守り、放浪し、人を守り。それを繰り返して、繰り返して、繰り返して。
3人の仲は、2と1に別れた。私はただ一人孤独の道を選ぶことにしたのだ。
◆◆◆◆◆
「………それは賛成できない」
魔法使い様はいつも私の言葉にこう言った。私が決まった言葉を言うたび、魔法使い様も決まった言葉を言うのだ。それはある意味ルーティンであり、もはや挨拶であった。
「でも、叶えることはできる。それが俺たちの目的なのだから」
見た目は少年なのに子供を案じる老年のような口調、ゆっくりとした動き、そしてそこに光がなくても優しい眼。髪が白いわけでもしわがあるわけでもないのに、決まって私は魔法使い様を老人と評している。
酒に強くないのに、アルコール度40の酒をがぶがぶ水のように飲む。それだけ見れば普通の少年なのに、それ以外を見れば老人とさほど変わりはなかった。
「魔法使い様、そんなに酒を飲まれては……」
「これくらいしないと、今自分がここにいるって実感が湧かない。アル中のセリフだなこれは。でもそれくらい、こちらの時間に止まっておきたい」
「確かに、あんなことをしたら、しかも毎日続けたら、こちらにいたいと思いますよね………」
魔法使い様との訓練。いつも魔法使い様がやっていると言っていた訓練。しかしそれはあまりにもハードで、私は1分で失神してしまった。
「慣れればいいんだが、どうしても慣れない」
「いやあれは慣れれるものじゃないでしょう」
「それでもだ」
たとえ老人だとしても、この決意そのものは衰えないのだろう。
「強くなるんだ。どんな敵も打ち払うために」
◆◆◆◆◆
限りなく長い時間孤独だった者を知っている。限りない努力をしている者を知っている。自分の心が壊れようとも努力する者を知っている。
だから、私がここで屈するわけにはいかない。あんな孤独を見せられ、努力を見せられ、壊れた心を見せられ、それでも屈するというのなら、私の理想を拒むというのなら、それでも私は立ち上がって見せる。
理想のために全てをかけたあの方のように。
「さっさと退いて!!」
何度も何度も槍を振るう。何度も何度も盾に阻まれる。何度も何度も剣を避ける。
それは敵を討つための一撃。敵を屠るためではなく、敵をも守るための一撃。
そして、技術は私の方が上。実力も2人以上の実力。だから、勝てないわけがない。油断せず、慢心せず、相手を見ることに徹して攻撃すれば勝てる。
全ては、私のいない理想郷のために!!
「くっ!!強い……!!」
「そう!私は強い!!あなたたちよりも!!遥かに努力した!!だから退いて!!」
「僕らは、退くわけには、いかない!!」
「退けえええ!!!」
盾を蹴り飛ばす。盾を持ったままラルマンは後ろに引き下がる。その隙にマリユスの腹に槍を突っ込む。刃先でないのが祟ったのか、マリユスは透明の液を口から吐き出し、その場に蹲る。
まだラルマンは立て直している最中。だから私はベルトに引っ掛けていた縄を取り出し、マリユスの手足を縛る。捕縄術だってお手の物だ。
マリユスを縛り、ようやく立ち上がったラルマンに視線を向ける。
「あとはラルマン、あなただけ。今まで2人がかりでも私を倒せず、マリユスは動けなくした。もうわかったでしょ?だから退いて。私はやることがあるの」
「……私だって、あるわよ」
盾を構える。盾での攻撃はたかが知れている。大振りだ。私の槍術とは相性が悪い。当たれば強いが、当たらなければどうと言うことはないのだから。
「私だって、退くわけにはいかない。マリユスが戦えたくても私が戦えるのなら、私は戦う」
「____!!いちいち気に触るな、もう!!わかる!!?勝てないの!!あなたは私に勝てない!!戦うことは無意味!!なのに、なんで戦うの!!?」
「それは………騎士、だから。あなたが諦めた騎士だから、模範的に、するの。あなたを、倒すため」
「____!!!」
イライラする。勝てない戦いに勝とうとするその精神が。負ける戦いに勝とうとするその精神が。
そう、あなたは諦めが悪い、ラルマン。諦めた方が楽なのに。諦めて、私に全てを委ねてほしいのに。
私のいない理想郷。そこで私を見捨てて、楽に過ごしてほしいのに。マリユスと2人で、子供を作って、育てて、学校を卒業させて、孫を見て、安らかに死んでほしいのに。そこに私がいる必要性も、私が存在する理由もない。
だから、負けられない。私は消えるためにいるのだ。あなたたち2人を幸せにしたい。それだけなのに!
あなたはどうして、わかってくれないの!!
「退けええええええ!!!!」
「どかないいいいいい!!!」
盾と槍が拮抗する。互いの視線に火花が散る。力一杯の勝負。引けば負け、引かせれば勝ち。そんな勝負。
「魔法使い様はすべての世界を作るの!どんな理想郷だって作ってみせる!!それの何がいけないの!!私がいない世界を作って、さっさと2人で幸せになって!!私のことなんて、忘れてくれれば良かったのに!!」
「ル……ナ?」
「消えたいの!!私は2人の幸せを乱したくない!!だからそんな世界を作りたいって、そう思って解放軍に入ってるのに!!どうしてわかってくれないのこのわからずや!!!」
盾を弾き、槍を突き出す。ラルマンはそれを紙一重で避け、そして
「そんな世界、私はいらない!!」
「!?」
盾を私の懐にねじ込ませた。
「か、はぁ………!!」
私は壁の方まで吹っ飛び、壁に叩きつけられ、口から血を吐き出す。
あまりの衝撃、ダメージに体がついていかない。なんとか立つことはできているが、まだラルマンは動ける。
壁から離れ、槍をしっかりと持つ。
「確かに私はマリユスと結婚した。でも私たちが幸せであるには、あなたの幸せもなくちゃいけない。だから私は騎士をやめた。探偵を始めた。あなたを探すために」
「余計なお世話。あなたは妻なのだから、夫と家族の幸せだけ考えて。私は外であなたたちの幸せを願うから。どんな敵でも討ち払ってみせるから」
槍を構え、腰を低く、頭身を低く、まっすぐ向けるは彼女の縦のど真ん中。何度も攻撃したせいで脆くなった隙をつく。
対するラルマンも、真正面から堂々と盾を構える。それはすべての攻撃を受け止める象徴。
その敬意を表して
「はああああああああ!!!!!」
まっすぐと、槍先を盾にぶつける。
それは刹那の時間。槍と盾の間に火花が散ろうとした、その瞬間。
永遠のように思われたほどの短い時間で、対応を間違えれば一瞬でかたがつく。砕けば勝ち、砕かれれば勝てない。
そんな、一瞬が。
パキンと音が鳴った。
そして
砕いた。
砕かれた。
マリユスの盾が砕けた。私の槍が砕かれた。
「………」
「………」
私があってほしいというマリユスの思想。私が消えてほしいと言う私の思想。矛盾の思想。
その、成れの果て。
静観していた。私たちはじっと見ていた。
マリユスの盾が、中心からまるでケーキを切るようにバラバラになっていく瞬間を。
私の槍が、槍先からまるで砂の城が崩れるようにポロポロと砕けていく瞬間を。
マリユスの盾は、半分に。
私の槍は、半分に。
決着、つかず。
「……あーあ、勝てなかったわ」
私はもう諦めた。あの化け物を止めるのにはこの槍が必要なのに、まさか、まさか、まさか私よりも実力の劣る幼なじみに負けるなんて思わなかった。
私にはあの化け物は止められない。あの王女は自分の力であの化け物を、100年以上もの執念を倒さなければならなくなった。
それもまた、いいのだろうか。
「ねえ、ルナ」
「ん?」
落ち込んでいるのだろうか、盾を手放し、床から響く金属音は、トンネルの中に響いた。
「魔法使いは、何をしようとしているの?」
「………世界の分裂。人間の細胞はたくさんあるでしょ?その細胞ひとつひとつが私たちの世界。それを作ろうとしているの。人間という個人の世界じゃなくて、細胞という一つの世界に」
「その世界で、私たちはあなたのことを忘れているの?」
「それはラルマンたち次第。覚えておきたいなら偽物の私ができるんじゃない?知らないけど」
ふとラルマンの顔を見て、ギョッとした。
ラルマンが、ポロポロ大粒の涙を流して泣いていた。
初めて見たわけではない。だが私の心を揺さぶるのには十分すぎる。
「私は、私たちは、あなたと別れるために結婚したんじゃない………!」
「わかってるよ、そんなの」
あーあ、結局私は何がしたかったんだろうか。
私は私のいない世界を望んで解放軍に入ったのに、その理由が、根元が、崩れてしまった。
なんだ、私の独りよがりだったんじゃん。
『………それは賛成できない』
やっぱ、魔法使い様は偉大だわ。この結末を予期していたから、賛成しなかったんだ。それとも、予期せずとも、悪い結果になることくらいは予想していたのだろう。
「ルナ」
「ん?」
「泣いて、るの?」
私は潤んだ瞳を拭う。マリユスの元へ行って、捕縛しなぜか気絶しているマリユスを解放する。
「泣いて、ないよ」
たった一言の言葉で、こんなにやる気が削がれるものなのか。6年に渡る私のわがままは、ラルマンの一言で終わるものなのか。
まあ、足止めはできたんだし、されたんだし、結果上々ということにしよう。
「背中、借りるよ、ラルマン」
ラルマンの背中にもたれかかる。気絶しているマリユスが突然帰ってくるのを待とう。それが、私たち3人のお約束なのだから。
ある者は嘆いた。己の愚かさを。
ある者は祈った。幸せな時間を。
ある者は恋した。自分を先導した人間を。
ある者は夢見た。自分のいない世界を。
ある者は憎んだ。他人を殺す邪悪さを。
そして、
ある者は続けた。
ある者は待った。
ある者は決意した。
ある者は疑った。
ある者は探した。
ある者は抱いた。
これは、夢見た者と探した者の物語である。
◆◆◆◆◆
もはや王都は暴動のような状態だった。
ちょうど繰り広げられた各国首脳陣による国際軍の会議。それに乗じた解放軍の侵攻、王城に作られたあちこちの隠し通路は魔法使い様の調査により、それを逆用して隠し通路の出口から解放軍が侵攻している。
王都は国際軍と解放軍との戦い、隠し通路は解放軍の第一部隊の、しかも国の重要人物が逃げることもあり精鋭が派遣される。国際軍は絶体絶命の状況に陥っていた。
逆に言えば、解放軍はほぼ勝利の状況。国際軍の鎮圧にはそう時間はかからないであろう。
だが一度の油断が命取り。だからこそ、気を引き締めている。
「まさか、あなたが解放軍だなんて思わなかった」
相手は2人。国際軍第一部隊の隊長と副隊長。王城に逃げ戻っていった王女を追いかけてうちの化け物__第一部隊隊長が行っている。ここでこの2人を足止めしておけば、勝利は揺るがないだろう。
「久しぶり、ラルマンとマリユス。こっちこそ驚いたわ。まさか2人とも第一部隊とはね。しかも1人は学者上がりなんて」
2人相手とは。しかも私は一介の解放軍の兵士。隊長、副隊長クラスと戦う羽目になるなんて思いもしなかった。
「でもいいの?上の方、大変なんじゃない?」
「上は第二部隊が行っているはず。私たちの出る幕じゃない」
「上で暴れているうちの副隊長とは大違い。そこら辺きっちりしている。ま、うちの副隊長は敵味方関係なく襲いかかるから、比べたらいけないんだろうけど」
「ルナ、魔法使いはどこにいるんだい?」
急にマリユスが口を挟む。ため息をついて、作戦前の魔法使い様の言葉を思い出す。
なんて言ってたっけ。確か別行動をとることは聞いたけど、そのあとは聞いてない。
「知らないよ、私は。聞いたかもしれないけど、覚えてない。それよりいいの?あなたたち、仮にも国際軍なんでしょ?私一人のために時間使っていいの?」
「良いわけないでしょ。でもあなたの実力を舐めてない。私たち二人がかりでやっとでしょ?」
「ふーん、わかってるんだ。じゃあ行くよ」
「待ってルナ!!僕たちはまだ話さないといけないことが」
「それが遺言でいいのなら、もっと口を動かしなさい!!」
槍を突き刺し、マリユスを突き刺そうとする、が、横からのラルマンの大きな盾がそれを防ぎ、トンネル内に金属音が鳴り響く。
すぐに体勢を立て直す。今度はラルマンに向かって、まっすぐと槍を突き出す。ラルマンは必死の形相で盾を構え、衝撃に抑える。
それでも私は盾を無視する。
盾の目のまで、地面に槍先を引っ掛けて、遠心力を使って盾を飛び越える。そしてマリユスの真上で地面に突き刺すように槍を構え直す。
槍を落とすが如く、我が体もろともマリユスの心臓目掛ける。
だがマリユスとて副隊長、剣で上からの攻撃を受け流し、槍が地面に突き刺さり、すぐさまカウンターの横薙ぎが来る。
そんなことは決めさせない、地面に突き刺さった槍をポールのように。両手で持ちながら体を横にし、回転しながらマリユスの顎に蹴りを入れ込む。
「ぶっ!?」
顎と言うより、口にクリーンヒット。よろけながらも剣を離さないマリユス。後ろからの攻撃に備えるため私は地面から槍を抜き、無事地面に着地する。
「待つんだルナ!!僕たちは話さなければならないことがたくさんある!!」
「そんなのはない!!あんたも男なら、覚悟を決めなさい!!」
「マリユスに手出しはさせない!!」
2人の間に挟み撃ちのようになっていたためか、後ろからラルマンが盾を持って突撃してくる。
だがそんなことはお見通しなので、壁を蹴り、その攻撃を飛んで避ける。
無事着地するときには2人は身を寄せ、武器を構えている。
よく成長したものだ。ラルマンは騎士だからわかるが、学者上がりなマリユスがよく私たちの動きについてきている。
だが私とて精鋭集いの第一部隊の隊員だ。化け物の隊長と狂人の副隊長には勝てなくても、第四部隊の部隊長くらいなら私だって倒せるレベル。それほどまでに私だって鍛えたのだ。
「はー、まったく面倒くさ」
本当に、この2人を相手取るのは面倒だ。まさか2人が第一部隊の隊長副隊長とは思わなかった。夫婦揃ってお似合いではあるが、それは私への見せつけか。
◆◆◆◆◆
私たち3人は、有り体に言えば幼なじみ、というやつだった。
親同士が全員仲が良かったからか、私たちも同じように仲が良かった。3人で集まれば、どこに行くにも、どこに遊ぶにも、何を食べていても、大体同じ選択を取っていた。ある時は三つ子に間違えられたりもした。
互いに互いを慕っていて、互いに互いを思い合っている。そんな、どこにでもない友達、超えて親友関係になっていた。
小学校に上がる時に初めてクラス替えで3人がバラバラになったこともあった。だがそれでも3人の仲は切っても切りきれず、学校が終わると3人で遊んでいた。
もちろん喧嘩だって何度もした。ケーキの苺の取り合いも、崩れた砂の城の責任の押し付け合いも、鬼ごっこで鬼ばかりのマリユスの突然の帰宅も。
それでも結局は仲直りしてしまう。
マリユスは学者肌である。外で遊ぶよりも、部屋の中で本を読んだり、じっと外を眺めているのが好きだった。運動は苦手だが、知識は私たちの誰よりもあった。だから将来は学者になると言っていた。
ラルマンは私と同じでよく外に出て遊んでいた。それに動くのも大好きだったし、何より騎士が好きだった。だから将来は騎士になると誓った。
それぞれの夢、それぞれの希望。そんな「それぞれ」が集まった結果、その未来の果て。
私は騎士になった。ラルマンも騎士になった。そして、マリユスも学者になった。
私たちは、私たちの夢を手に入れたのだ。順調、とまではいかなかったけど。
◆◆◆◆◆
「さっさと道譲ってほしいわ。どうせ解放軍の勝ちはほぼ確実。王都では副隊長の暴走で多分第一部隊第二部隊共々壊滅かもね」
ま、うちの上にいる第一部隊も壊滅かもしれないけど。
「それに、ここには第一から第三の部隊が合流している。あなたたちの舞台は第一と第二。それに首脳陣営を守りながらだから、暴走しながらやれば簡単に勝てる解放軍とは雲泥の差。それなのに、まだ戦う気?」
さっさと諦めた方が早い。できることはやる、やれないことはやらない。その諦めと辛抱強さが戦いにおいては必要だ。
だが、それでもこの夫婦は諦めるそぶりを見せない。それどころか、全くこちらの発言に同じていない。
さすがは隊長と副隊長、か。これで折れてくれればこちらとしては犠牲も体力も使わずに済むと言うのに。こちらとしては、どんな犠牲も払うわけにはいかないのだ。
あの化物が向こう側に行った時点で王女の命の保証はない。いつ王女が死んでもおかしくはない。
あれは復讐の権化だ。私たちとは異なる者。魔法使い様から直接付与効果された唯一の人間。どんな魔法を付与効果されたか知らないけど、あんな化け物、魔法使い様意外に倒せる人間がいると言うのか。
たとえ一国の王女であろうと、私たち解放軍は守らねばならない。
だから、私がいるのに。あの化け物の暴走を止めるために。
「私たちは王女様を守る必要があるの。それを脅かす人間は、たとえ幼なじみでも容赦はしない!」
「………はー、どうしてこいつらは察する、てことを知らないのかなー?というか、ラルマンたちってあれでしょ?どうせ解放軍なんか山賊とかの集まりと思っているでしょ?」
「それは違うよ、ルナ」
剣を構えてマリユスはこちらを睨む。
そう、その目線が私が欲しかったもの。
「確かに初めはそう思っていた。だが探偵業をしていたラルマンが突き止めた。あれは社会から無理やり追い出された人たちの集まり。そして願いの結晶。そんな人たちが弱いわけがない。だから僕たちは油断していないよ」
「へー。それは良かった。てか、ラルマン探偵してたんだ」
「そうよ。騎士をやめたわ。行方不明になったあなたを探すため」
「……………」
「騎士の道を共に歩もうって言ったのに、なんでいなくなったの?しかも、私たちが結婚してから」
「あーうるさいな、もー!!!」
ラルマンに襲いかかるも、ラルマンはその大きな盾で私の槍を受け止める。
流石にこの盾を防御に回されたら攻撃がままならない。そのまま金属音が拮抗する。盾と槍の接触部分から赤い火花が舞い散る。
「あんたら2人とも察しが悪いんだよ!!どこまで言ったらわかるの!?どこまで調べてないの!?探偵してたなら、私たちの願いも、目的もわかってるでしょ!!?なのに、何でまだ戦うの!!」
盾を横に受け流す。突然のことで受け流された方向に力を持っていかれるラルマンに、思いっきり腹に前蹴りを叩き込む。めき、と音が鳴ったような気がした。
「ぐえっ!?」
ラルマンは盾を手放し、背中から倒れる。腹を押さえながらその場に悶絶する。
わかってほしい。あなたたちはこんなところで戦うべきじゃないことを。私たち解放軍が何と戦っていたかということを。それを咎めることはあなたたちの正義感に反することを。国際軍は解放軍と魔法使い様に対して真逆の印象を持っているということを。
「構えろ!マリユス!!」
「!?」
マリユスの懐に入る。マリユスは剣を縦に振るが、慌てていたのか攻撃が単調だ。すぐに横に避け間合いから抜け、またすぐに足をバネのようにして間合いに入り込む。槍先とは反対側の方をマリユスの腹に食い込ませる。
「う………っ!?」
マリユスを壁に押し付ける。槍先ではなく致命傷はないとは言え、腹に槍を食い込まされたマリユスは苦悶の表情を浮かべる。
「さっさと譲って。私はこんなところで油を売るわけにはいかないの」
「………ル……ナ」
「何?譲る気になった?」
「なんで、いなくなった、の………?」
「____チッ!!」
腹に食い込ませるのをやめ、回し蹴りでマリユスを蹴り飛ばす。マリユスは床に倒れ、夫婦共々苦悶の表情を浮かべながらこちらに鋭い視線を向ける。
折れてないか。
少し本気を出したけど、それでも2人はこの実力差に気付いていないのか、意地を張りたいのか。ラルマンは盾を掴んで立ち上がり、マリユスは剣を使って立ち上がる。
あくまで解放軍が求めるのは勝利、国際軍の敗北ではない。だがこのままでは、国際軍の敗北へと繋がる。
「あなたたちはこんなところにいるべきじゃない。さっさと家に帰って温かいご飯でもスープでも食べたらいいのに。いい?世界を変えるのは私たち。あなたたちはそれに従っていればいい。それなのに、なんで反抗するわけ?」
「反抗?これは、抵抗だ」
「あーはいはい、どうでもいいの、そんなの。私が言いたいのは、こんなところで戦ってないでさっさと家に帰ってって意味。わかる?」
「それは僕たちが騎士として向いてないってことかい?」
「___ああもう!なんなの!?はっきり言わないといけないわけ!?」
ようよう立ち上がったマリユスを槍で襲いかかる。マリユスはなんとか剣を構え槍の初発の攻撃を防ぐものの、槍で剣を弾くと、剣は明後日の方向へ飛んでいく。
だから、槍で追撃。上から斬りつけるように。
「させない!!」
だがそれをラルマンの盾が防ぐ。ラルマンは盾で私の体を押し、私はその反動を使って飛び上がり、着地する。
2人の間合いからは遠ざかってしまった。あちらはあくまで耐久戦、持久戦にしたいということか。
確かにこちらはあの化け物を一刻も早く止めるため急戦を要求されている。しかしあちらには盾があり、攻防共に連携が取れている。このままでは持久戦に持ち込まれてしまい、化け物を止めることができなくなる。
歯軋り。2人は私の事情を知らない。自分の首を締めていることにも気づかない。
鈍感すぎる。朴念仁すぎる。
そう思う私も、前までは大した朴念仁だった。
◆◆◆◆◆
結婚、と言う言葉を聞いたとき、頭が真っ白になった。
マリユスとラルマンの結婚。それは突然告げられた。その時はお祝いの言葉を言って、後々の結婚式のことで頭がいっぱいな2人の背中を見て、一人食堂に篭った。
確かにあの2人もそんな年だ。適当に男と付き合っている私とは違い、あの2人は真剣に愛を育み、そして結ばれることを決めた。
喜ばしいことである。親友同士、幼馴染み同士の結婚。この先何が起きても2人ならきっと乗り越えて見せるだろう。
だが同時に、胸にモヤがかかった。
嬉しいのだ。本当に嬉しい。でもあの2人が結婚すること、なぜかそこに疑問が出てきた。いつから愛し合っていたのかとか、そういう小学生が考えるような野暮ではなく、純粋にただ、思ってしまったのだ。
私はそこにいるのか?
ラルマンに対しては当然、マリユスに対しても恋愛感情があったわけでもないのに、なぜかそう思ってしまった。
あの2人が結ばれる。そして私たちの関係は少し変わった。三角形の一辺だけが赤い色に染められた。
2人は愛し合っている。強く結ばれている。幸せを願い、これからも幸せを求め続けるであろう。それは構わないし、こちらとしてもそれを叶えたいとは思う。
だがそれに、私が必要とは思えなかったのだ。
2人が愛し合う、そこに私が入る余地はない。入ってはいけないのだ。それは野暮なのだから。
だから、2人の前から消えることにした。
騎士をやめて、あとは傭兵業に力を入れた。何も考えず、敵を倒し、街を守り、放浪し、人を守り。それを繰り返して、繰り返して、繰り返して。
3人の仲は、2と1に別れた。私はただ一人孤独の道を選ぶことにしたのだ。
◆◆◆◆◆
「………それは賛成できない」
魔法使い様はいつも私の言葉にこう言った。私が決まった言葉を言うたび、魔法使い様も決まった言葉を言うのだ。それはある意味ルーティンであり、もはや挨拶であった。
「でも、叶えることはできる。それが俺たちの目的なのだから」
見た目は少年なのに子供を案じる老年のような口調、ゆっくりとした動き、そしてそこに光がなくても優しい眼。髪が白いわけでもしわがあるわけでもないのに、決まって私は魔法使い様を老人と評している。
酒に強くないのに、アルコール度40の酒をがぶがぶ水のように飲む。それだけ見れば普通の少年なのに、それ以外を見れば老人とさほど変わりはなかった。
「魔法使い様、そんなに酒を飲まれては……」
「これくらいしないと、今自分がここにいるって実感が湧かない。アル中のセリフだなこれは。でもそれくらい、こちらの時間に止まっておきたい」
「確かに、あんなことをしたら、しかも毎日続けたら、こちらにいたいと思いますよね………」
魔法使い様との訓練。いつも魔法使い様がやっていると言っていた訓練。しかしそれはあまりにもハードで、私は1分で失神してしまった。
「慣れればいいんだが、どうしても慣れない」
「いやあれは慣れれるものじゃないでしょう」
「それでもだ」
たとえ老人だとしても、この決意そのものは衰えないのだろう。
「強くなるんだ。どんな敵も打ち払うために」
◆◆◆◆◆
限りなく長い時間孤独だった者を知っている。限りない努力をしている者を知っている。自分の心が壊れようとも努力する者を知っている。
だから、私がここで屈するわけにはいかない。あんな孤独を見せられ、努力を見せられ、壊れた心を見せられ、それでも屈するというのなら、私の理想を拒むというのなら、それでも私は立ち上がって見せる。
理想のために全てをかけたあの方のように。
「さっさと退いて!!」
何度も何度も槍を振るう。何度も何度も盾に阻まれる。何度も何度も剣を避ける。
それは敵を討つための一撃。敵を屠るためではなく、敵をも守るための一撃。
そして、技術は私の方が上。実力も2人以上の実力。だから、勝てないわけがない。油断せず、慢心せず、相手を見ることに徹して攻撃すれば勝てる。
全ては、私のいない理想郷のために!!
「くっ!!強い……!!」
「そう!私は強い!!あなたたちよりも!!遥かに努力した!!だから退いて!!」
「僕らは、退くわけには、いかない!!」
「退けえええ!!!」
盾を蹴り飛ばす。盾を持ったままラルマンは後ろに引き下がる。その隙にマリユスの腹に槍を突っ込む。刃先でないのが祟ったのか、マリユスは透明の液を口から吐き出し、その場に蹲る。
まだラルマンは立て直している最中。だから私はベルトに引っ掛けていた縄を取り出し、マリユスの手足を縛る。捕縄術だってお手の物だ。
マリユスを縛り、ようやく立ち上がったラルマンに視線を向ける。
「あとはラルマン、あなただけ。今まで2人がかりでも私を倒せず、マリユスは動けなくした。もうわかったでしょ?だから退いて。私はやることがあるの」
「……私だって、あるわよ」
盾を構える。盾での攻撃はたかが知れている。大振りだ。私の槍術とは相性が悪い。当たれば強いが、当たらなければどうと言うことはないのだから。
「私だって、退くわけにはいかない。マリユスが戦えたくても私が戦えるのなら、私は戦う」
「____!!いちいち気に触るな、もう!!わかる!!?勝てないの!!あなたは私に勝てない!!戦うことは無意味!!なのに、なんで戦うの!!?」
「それは………騎士、だから。あなたが諦めた騎士だから、模範的に、するの。あなたを、倒すため」
「____!!!」
イライラする。勝てない戦いに勝とうとするその精神が。負ける戦いに勝とうとするその精神が。
そう、あなたは諦めが悪い、ラルマン。諦めた方が楽なのに。諦めて、私に全てを委ねてほしいのに。
私のいない理想郷。そこで私を見捨てて、楽に過ごしてほしいのに。マリユスと2人で、子供を作って、育てて、学校を卒業させて、孫を見て、安らかに死んでほしいのに。そこに私がいる必要性も、私が存在する理由もない。
だから、負けられない。私は消えるためにいるのだ。あなたたち2人を幸せにしたい。それだけなのに!
あなたはどうして、わかってくれないの!!
「退けええええええ!!!!」
「どかないいいいいい!!!」
盾と槍が拮抗する。互いの視線に火花が散る。力一杯の勝負。引けば負け、引かせれば勝ち。そんな勝負。
「魔法使い様はすべての世界を作るの!どんな理想郷だって作ってみせる!!それの何がいけないの!!私がいない世界を作って、さっさと2人で幸せになって!!私のことなんて、忘れてくれれば良かったのに!!」
「ル……ナ?」
「消えたいの!!私は2人の幸せを乱したくない!!だからそんな世界を作りたいって、そう思って解放軍に入ってるのに!!どうしてわかってくれないのこのわからずや!!!」
盾を弾き、槍を突き出す。ラルマンはそれを紙一重で避け、そして
「そんな世界、私はいらない!!」
「!?」
盾を私の懐にねじ込ませた。
「か、はぁ………!!」
私は壁の方まで吹っ飛び、壁に叩きつけられ、口から血を吐き出す。
あまりの衝撃、ダメージに体がついていかない。なんとか立つことはできているが、まだラルマンは動ける。
壁から離れ、槍をしっかりと持つ。
「確かに私はマリユスと結婚した。でも私たちが幸せであるには、あなたの幸せもなくちゃいけない。だから私は騎士をやめた。探偵を始めた。あなたを探すために」
「余計なお世話。あなたは妻なのだから、夫と家族の幸せだけ考えて。私は外であなたたちの幸せを願うから。どんな敵でも討ち払ってみせるから」
槍を構え、腰を低く、頭身を低く、まっすぐ向けるは彼女の縦のど真ん中。何度も攻撃したせいで脆くなった隙をつく。
対するラルマンも、真正面から堂々と盾を構える。それはすべての攻撃を受け止める象徴。
その敬意を表して
「はああああああああ!!!!!」
まっすぐと、槍先を盾にぶつける。
それは刹那の時間。槍と盾の間に火花が散ろうとした、その瞬間。
永遠のように思われたほどの短い時間で、対応を間違えれば一瞬でかたがつく。砕けば勝ち、砕かれれば勝てない。
そんな、一瞬が。
パキンと音が鳴った。
そして
砕いた。
砕かれた。
マリユスの盾が砕けた。私の槍が砕かれた。
「………」
「………」
私があってほしいというマリユスの思想。私が消えてほしいと言う私の思想。矛盾の思想。
その、成れの果て。
静観していた。私たちはじっと見ていた。
マリユスの盾が、中心からまるでケーキを切るようにバラバラになっていく瞬間を。
私の槍が、槍先からまるで砂の城が崩れるようにポロポロと砕けていく瞬間を。
マリユスの盾は、半分に。
私の槍は、半分に。
決着、つかず。
「……あーあ、勝てなかったわ」
私はもう諦めた。あの化け物を止めるのにはこの槍が必要なのに、まさか、まさか、まさか私よりも実力の劣る幼なじみに負けるなんて思わなかった。
私にはあの化け物は止められない。あの王女は自分の力であの化け物を、100年以上もの執念を倒さなければならなくなった。
それもまた、いいのだろうか。
「ねえ、ルナ」
「ん?」
落ち込んでいるのだろうか、盾を手放し、床から響く金属音は、トンネルの中に響いた。
「魔法使いは、何をしようとしているの?」
「………世界の分裂。人間の細胞はたくさんあるでしょ?その細胞ひとつひとつが私たちの世界。それを作ろうとしているの。人間という個人の世界じゃなくて、細胞という一つの世界に」
「その世界で、私たちはあなたのことを忘れているの?」
「それはラルマンたち次第。覚えておきたいなら偽物の私ができるんじゃない?知らないけど」
ふとラルマンの顔を見て、ギョッとした。
ラルマンが、ポロポロ大粒の涙を流して泣いていた。
初めて見たわけではない。だが私の心を揺さぶるのには十分すぎる。
「私は、私たちは、あなたと別れるために結婚したんじゃない………!」
「わかってるよ、そんなの」
あーあ、結局私は何がしたかったんだろうか。
私は私のいない世界を望んで解放軍に入ったのに、その理由が、根元が、崩れてしまった。
なんだ、私の独りよがりだったんじゃん。
『………それは賛成できない』
やっぱ、魔法使い様は偉大だわ。この結末を予期していたから、賛成しなかったんだ。それとも、予期せずとも、悪い結果になることくらいは予想していたのだろう。
「ルナ」
「ん?」
「泣いて、るの?」
私は潤んだ瞳を拭う。マリユスの元へ行って、捕縛しなぜか気絶しているマリユスを解放する。
「泣いて、ないよ」
たった一言の言葉で、こんなにやる気が削がれるものなのか。6年に渡る私のわがままは、ラルマンの一言で終わるものなのか。
まあ、足止めはできたんだし、されたんだし、結果上々ということにしよう。
「背中、借りるよ、ラルマン」
ラルマンの背中にもたれかかる。気絶しているマリユスが突然帰ってくるのを待とう。それが、私たち3人のお約束なのだから。
応援ありがとうございます!
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