魔法少女は死んだ

ラムダム睡眠

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4話 カマキリのデステイカー

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 19:37。車の通りも収まりつつあり、人の通りも少ない。橋の下なんか特に顕著で、ヤンキーでも来るかと思ったが私たち2人以外誰もいない。
 デステイカーの出現時間、しのが言うには「アクの種」の寄生主が現れる時間。そして橋の下にいるのは、寄生主が通る可能性が高いから。
 シノ曰く「絶対通る」と。

 シノがデステイカー討伐に向かう時、自分の身がバレないようにしなければならない。
 妖しげな黒のガスマスクと全身を覆う黒のローブ。頭から被るローブは長い間使っていたから、端の方は擦り切れ始めている。ガスマスクは特別性で吸引缶や弁は破壊され息苦しさがないけど、吃るような声を発する。かなり使い込んでるから、レンズはくすんで視界が悪い。
 この闇夜に紛れるにはピッタリだし、返り血を浴びても夜だとバレにくい。
 シノはこのスタイルを変えない。オシャレより機能を欲しがる困ったちゃんなのだ。

「銃は持った?」

「5丁ある」

「5丁?ローブの内側とあとどこ?」

「右の内もも」

 ローブの下のスカートをめくって、拳銃を取り出すシノ。全く恥じらいもなく弾倉を確かめる。

「シノあなた、それもしかして」

「朝からずっとしてた」

「あんたねえ………」

 オシャレどころかモラルもない。もう少し私みたいにオシャレに気をつけた方がいいと思う。六花も心配すると思う。
 
「何?」

「………出会った頃はあんなに素直で可愛かったのに、いつからこんな生意気になったのかしら。てかシノあなた敬語だったわよね初め」

「そうでしたっけ?」

「それそれ!懐かしい~~~。なんで敬語なくなっちゃったの?」

「………敬意の損失?」

「悲しいこと言わないで」

 シノの表情が変わらないのが余計悲しい。どこで損失したんだ私に対する敬意。

「さすがに冗談。敬意はある」

「じゃあ余計なんで?」

「あ、そろそろだ」

「話そらすな」

 拳銃を再び太もものベルトに収める。黒の手袋をヒラヒラと振り、装着。私に立ち去れという合図だ。
 まるで殺し屋だ。理念は全く違っても、方法と結果が殺し屋のそれと相違ない。
 シノだって自覚しているはずだ。自分がしていること、それが決して褒められるべきものでは無いことを。
 だからこそ、応援しなければならない。支えなければならない。六花が遺した意志を終にしないためにも。

「あんまり気負わないでね。証拠隠滅大変なんだから」

「善処する」

 それだけ言ってシノは歩いていく。自分の行く道が間違いかもしれないという大きな疑念とそれでもなさなねばならないという確かな意志とともに。

◆◆◆◆◆

 なぜ人は労働せねばいけないのか。
 なぜ人は会社に行かねばいけないのか。
 なぜ今日も理不尽に上司に叱られねばいけないのか。
 そういう時、俺はこうして河川敷の道を歩くことにしている。
 釣りが好きなので本当は海風に当たりたい。たけどここは市内で海まで遠い。仕方なく川の流れを見て、風を感じる。水辺にいることが俺をリラックスさせるのだと思うのだ。
 夜というのもまた良い。ビルは残業の囚人たちが白く光り、土曜時の歓楽に耽る者はネオンの店で遊び呆ける。俺のことなんて全く知らないから。

 いい大学を出て、それなりの会社に入ってやることといえば、タバコ吸ってばかりの上司からの命令と理不尽な客への謝罪とご機嫌取り。俺が今まで学んできたことは全く活かせていない。
 なんで無能上司が上に立って、俺みたい有能な人間が下にいるのか訳が分からない。

 前から男が通りかかる。何事も無い振りをして互いに通り過ぎる。自分の中に秘めた小さな欲望を解放するにはリスクが高すぎた。
 俺だけなのだろうか。向かい合う全くの他人を突然ぶん殴りたいと思うのは。
 もちろんやったことも無い。そんなことするほど頭悪くないし、何よりコストに見合わない。 憂さ晴らしでやりたいだけだし、想像の世界でことが終わるから特に問題は無いはずだ。
 
 今度は女だ。もちろん女にもしない。したらしたで楽しそうだけど。

 最近ずっと同じようなこと考えてる。考えて考えて、知らない間に家にいる。ここ最近この辺りで荒らしのような事件が多発してるから、気をつけなければならないのだけど。

(仕事忙しくて精神的に参ってる証拠かなー)

 今度もまた人が来た。11時過ぎなのによくまあ人がいるものだ。
 ………身長低そうだし、1発やってもバレないだろうか。

「ダメですよ」

 顔を上げる。少女の声。自分に話しかけたのだろうか。

(………怪しさの塊だ)

 全身黒のローブとガスマスク。スカートを履いているのは分かるが、夜の中だからシルエットがよく確認できない。
 恐怖と驚愕。不思議と冷静だった。

「ダメって、俺に言ったの?」

 黒ガスマスクは頷く。

「キミ、いきなり他人にダメって言うの失礼じゃないかな?多分俺より年下でしょ?」

 黒ガスマスクはまたも頷く。

「俺のこと知ってるの?」

 黒ガスマスクは首を横に振る。

 さっぱり分からない。こいつがなんなのか。なんで俺の目の前に立ち塞がるのか、さっぱり分からない。
 だけどこいつだけは何とかしなきゃいけない。そんな考えで頭がいっぱいだった。

「じゃあさっさとどいて貰えるかな!?俺仕事終わりで疲れてるんだけど!?さっさと家に帰りたいの!!!てかお前最近この辺りで事件起こしてるやつじゃねえの!!?怪しいぞお前、そのマスク取れよ!!」

「ここ最近、意識が無くなることは無いですか?」

「は?何言って………」

 俺しか知らないはずのことまで、なぜガスマスクは知ってるんだ!?こいつは一体何者なんだ!!
 頭にモヤがかかる。こいつが脳内にモヤを作り出しているみたいだ!

「例えば、どうしようもなく何かを壊したいと思ったり、自分のスゴさをアピールしたいと思った時、いつの間にか意識がなくなっていた、なんてことは無いですか?」

「お前はなんなんだ!!俺となんの関係がアル!!!」

 コイツは危険ダ。いまここで殺サナイと、俺の見せてはいけない泥ノヨウニ醜い部分を白日の元に晒シ出ス!

「………私は、代理。あの子が続けて欲しいと言った遺志を受け継ぎ、そしてこの世の『アク』を取り除く者。あなたの『アクの種』を取り除きに来ました。成功は、保証しないけど」

 コイツハ殺サネバ。残滓ガ生キテイイ道理ハナイ。

◆◆◆◆◆

 一言で言うなら、カマキリ。
 デステイカーは様々な形をとる。寄生された人間の悪意の実現に最も有効な形をとる。たまに幾何学的だったり形容しがたい形をとるが、おおよそは動物。象とか犬とか鳥とか。
 今回は、カマキリ。紛うことなき、カマキリ。
 高さ3メートルの巨大なカマキリ。普通のカマキリと違うのは大きさもさながら、車すら一刀両断にするだろう巨大な鎌と異常なまでに膨れ上がった腹部。

(でっかーい)

 ローブの中から拳銃2丁。
 振り下ろされる鎌。
 避けて、地面は抉れて。

(『種』は、あそこか?)

 『アクの種』は人間で言う心臓に植え付けられるから、デステイカーの心臓部にも『種』はあるはずだ。この『種』を破壊出来れば、この人を救える。

 鎌の薙ぎ払い。
 拳銃で1度受け止め、
 壁に激突、
 を防ぐため、足で壁との衝撃を和らげる。
 もう一度鎌。
 壁を走り避ける。

(ここ………じゃない!クッソ!)

 『種』を中途半端に破壊する訳には行かない。中途半端に破壊すれば、その『種』たちは一生宿主を犯し続ける。例え再び『種』を全壊させようとも。
 狙うは一撃必殺。魔力の込められた弾丸は人間にダメージを与えることなく『種』のみを破壊し貫通させられる。
 至難の業だ。小さな的、動き回る的、1発で仕留めなければならない重圧、自分自身でさえ動き回るというのに。
 100メートル先で時速50キロで動く車の運転手を撃ち抜く、そのくらいの技術が必要だと思う。
 私にそんなに技術はない。

 見極めないと。
 見極めないと。
 できないを押し通さないと!

「違う!」

 構えていた拳銃を下ろす。
 チャンスは連続しない。
 針穴のように僅かな瞬間だから。

 壁から飛ぶ。
 地面に着地、体勢を整えて

(やば)

 カマキリの回転。
 カマキリの腹部が激突。
 車に跳ねられたみたい。
 受け身を取りながら不時着。

 軽く1発。
 もちろん当たらない。
 顔の横側を大幅に外れただけ。
 だが牽制にはなるはず


 鎌


 間一髪。
 ローブを数センチ斬る。
 頬を数ミリ斬る。

 牽制にもう1発。2発。
 頭に当たって一瞬たじろいだ。
 何が起きたと言わんばかりに首を傾げた。

 距離を取り、構える。
 中途半端な攻撃はこうして意味は無い。
 1発で「種」を破壊しないと意味は無い。
 早く仕留めないと銃声で警察が来る。
 長く戦い続けるとこっちの命も危ない。

 焦り。
 恐怖。
 混乱。
 不安。
 苛立ち。
 顔に汗。
 ガスマスクの中が暑い。
 脱ぎたい。
 止めたい。
 怖い。
 だけど、止めない。
 約束が違うから。

 カマキリ、振りかぶって。
 狙うはおそらく私の脳天。
 何度も経験してる。
 デステイカーが狙う場所は。
 私の頭。

 私が狙うのは心臓。
 デステイカーの中心部。
 前足の付け根の真ん中。
 鎌が邪魔だ。
 ………狙えるのは、一瞬。
 できる?
 できない。
 私はスナイパーでは無い。
 きっとできない。

 カマキリの構え。
 動かない私を確実に仕留めるために。

(私には、できる?技術はないのに?)

 いや、する。
 しなくちゃ、ダメだもん。
 少なくとも、デステイカーの討伐はやりきらないと。
 「種」を半壊でもさせればデステイカー状態は解ける。
 人間に戻せる。
 やるんだ、私は。

(今!!!)

 両の鎌を振り上げた瞬間。

 死を覚悟
 しない。

 生きるから。

 銃声2発、4発、6発。
 両の銃で鎌を牽制する。
 8発、10発。
 右太ももを上げる。
 12発、14発。
 右手の銃を捨てる。
 15発。
 太ももの拳銃を掴む。
 16発。

 17発。



(しまった___)

 火薬の匂い。草の匂い。
 血が垂れる。地面に1滴、2滴と垂れていく。
 落とした拳銃が地面ごと鎌に突き刺される。ローブも袖の方は斬れて袖の中がパッカリと開く。大きく斬れた腕からポタリと血が垂れる。
 痛い。アドレナリンが出ているのに、痛い。

 歯ぎしり。

 カマキリは徐々に光となって、まるで自身の体が外殻だったかのように消えていき、最後には人1人が道の真ん中で倒れていた。

 しくじった。

 もう手遅れだ。全壊できなかった「種」」は欠片たちが独立した「種」となって寄生を続ける。
 無数に砕けた「種」を破壊し尽くすほど、私は力がない。

(ごめんなさい、生きるはずだった誰か)

 両手で照準を合わせる。男の心臓に向かって

 1発。手向けの弾丸を。

 心臓を撃ち抜かれたもう男は動かない。悪意のない、意思のない肉塊はデステイカーにはならない。それを悟ったように「種」たちは瘴気を出して枯れていく。
 常人には見えない「種」。警察がDNA検査しても個人情報としてデータのない血液。
 見知らぬ者の見知らぬ者への殺人。

 拳銃を回収して急いで逃げる。自らの罪と無力さと所業から逃げるように。
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