魔法少女は死んだ

ラムダム睡眠

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5話 刑事

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 生温い空気と汗臭い加齢臭とタバコの煙があつまる会議室。1つの花もなく、若いやつも部下の誠司郎くらいだ。こんなおっさんしかいない場所に長居してたら、こっちまでおっさんになっちまう。
 ネクタイを閉めて、スーツを羽織り、香水を軽く一振り。

「おい、どこに行くんだ?」

 同僚のおっさんを置いてドアを開ける。

「何、情報収集だよ情報収集。女の子とちょっくらデートも兼ねてな」

「おーい!杉田刑事がエンコーするぞー!全員で逮捕しろー!」

「おいやめろよ!!お前らはお前らで情報集めとけよマジで!!俺にゃ俺のやり方と筋があんの!」

「はいはい。その筋とやらを信じてやりますか」

「クソ野郎……信じてねえな!今こそ見てろよ!」

 どいつもこいつも半信半疑の目でこちらを見よって。今に後悔させてやる。

「杉田さん!」

「若々しさに満ち満ちた好青年がわざわざ会議室の端の方からこっちへ走ってくる。元気で明るいのは構わないが、いつまでも俺の後ろにつこうとする悪い癖は直させないとな。」

 ………俺がそう教育したんだったか?
 どうせ俺について行くとか言い出すんだろうなコイツ。

「俺もついて行きった方がいいでしょうか?」

 ほらね?

「さっきの話聞いてたか?女と会いに行くんだよ。いや女って言うのも語弊はあるが、とにかく個人的に会いに行くんだよ。お前が行ったら警戒されんだろ」

「そ、そうでしたか………」

 コイツ感情が顔に出やすいから、ガッカリしてるのがこっちまですぐ伝わっちまう。ある意味刑事失格か?

「お前らはさっさとホシを絞っときゃいいんだよ。俺は俺であてがあるから、俺のあてが外れてることを祈っとくんだな。お前らも仕事が無駄になりたくはねえだろうしよ」

 俺は会議室の扉を閉めた。長ったらしい名前、「列島広域連続殺人事件合同捜査本部」の看板が揺れる。

◆◆◆◆◆

 電話は苦手だ。だから基本的にこっちからかけることはしない。団塊世代はそんなのお構いなく、しかも補習中に電話をかけてくる。マナーモードにしてなかったら携帯没収されていた。
 電話をかけてきた無礼者が約束した喫茶店を訪れる。マフラーしたまま制服姿で入るのは無礼じゃないことを祈ろう。
 全国展開する喫茶店だから、雰囲気も悪くない。
 土曜日の13時とあって、それなりに人が多い。だいたいはサンドウィッチやらパンケーキやら食べてるし、何より女性が多い。
 私も女だから気にする必要はないのだが、

 ………手を振ってるおっさんがいる。おっさんと女子高生って危ない組み合わせではないか?

 手を振り続けるのが寂しく感じるので、仕方なくおっさんの席に座る。わざわざ四人席に座る辺り、無礼者というかなんというか。

「おう!遅かったな。せっかく電話寄越したのにすぐ出ねえんだから。なんだ?土曜も学校か?」

「だからすぐには出れなかったんですよ。補習受けてたんで」

「お前そんな頭悪いのか?」

「………大雨とか台風で休校になったせいで授業できなくてただ授業数足りてなかっただけです。みんな受けてました」

 無精髭と加齢臭が気になるけど、気にしない。人が良さそうな顔だからつい心を許しそうになるが、それは危険な判断だ。熱されたはんだのようにボロボロと崩れていく。
 杉田刑事。警視庁かどっかの刑事。説明されたけど私は詳しく覚えない。興味が無い。

 マフラーを乗せたリュクサックを椅子の上に置いて、隣に座る。パッとメニューを開く。
 家族でここによく来るから、あまり悩む必要も無いのだけど。

「わざわざ私を呼んだんですから、奢ってくれますよね?」

「お、お前さあ、んまあ、大人の俺が奢ってやらんこともないぞ」

「すみませーん注文いいですか?EXストロベリーダブルホイップパンケーキ1つとホットのコーヒーください。砂糖ミルクなしで」

「遠慮しないねえ」

 ポンと杉田刑事にメニューを渡す。メニューの値段を見ておっさんは顔に1つ汗をかく。

「………こんなにすんの?」

「それくらいはしますよ」

 しばらく杉田はメニューを眺めて、「まいっか」と言いながら手元のコーヒーのありがたさを噛み締め、ゆっくりと一口一口飲んでいた。
 大人のくせに、勝手に呼びつけて何もなしだとでも思ってたんだろうか。全く。

「最後に杉田さんと会ったのはいつでしたっけね。8ヶ月前くらいですか?」

「9ヶ月前だな。俺が捜査本部に組み入れられる前だからな」

「捜査本部なんてお忙しいんですね。刑事さんっていつもアンパンと牛乳片手に電柱から覗き見するものかと」

「ステレオタイプが古い。もっと価値観もアップデートしろ」

「世の中の人はあなた達をそう見てるのでは?」

「あんただけじゃないのかそれは………?」

「サンプル1つ目ですね」

 店員がきてコーヒーが1杯私の前に置かれる。悴んだ指先でカップを包む。

「お元気そうで何よりです。刑事って危ない現場に行ったりするって聞いたことあるので」

「お!俺のこと気にしてくれてたのか?」

「いえ別に。今日呼ばれるまで1ミリも考えてませんでした。私他人のこと興味無いので。社交辞令ってやつです。喜んでいただけたようで何よりです」

「今ので喜びは消えたがな」

 全く他人の女子高生と話が出来るだけありがたいと思って欲しい。
 だいたい私はこの人のことは好きじゃない。むしろ嫌いな方。さっさと切り上げてパンケーキ食べて帰りたい。だいたい眠いし。
 手はそろそろ温まってきた。熱いのは重々承知なので、1ミリずつ口の中に入れる。

「それで、私を呼んだ理由はなんなんです?」

「まぁまぁそう事を急ぐな。互いの近況報告でもしようじゃないか」

「………」

 回りくどい。だから苦手なのだ。どうせ時間あるしいいけど。

「ま、どうせ女子高生なんてひっくい点数とって補習して適当に先生たぶらかして終わりだろあーいーなー!!」

「女子高生観に重大な損傷が見られるようですね。あとうるさいです」

 それでもいーなーと騒ぐ中年オヤジに嫌気がさしたので、リュクからアコーディオンになったテスト用紙を全部投げ付ける。2枚だけはきちんと折りたたんだやつ。
 オヤジは戦国時代の書状のようにアコーディオンたちを開く。

「ええっと、なんだこれ?なになに………期末テストか?国語43点英語57点。にしてもひっでぇテストだな。生物65点と現代社会38点。これでよく補習がないな。俺の時は60点数以下は全員補習だったぞ。今のとこ生物以外補習だな」

「本当にうるさいですね」

 コーヒーが熱い。軽く舌を火傷した。

「んでこっちの綺麗なやつは点数高いやつか?数学が97点と化学88点っと……………できるできないの差激しいな」

「勉強したのそれだけなんで。私の近況はそんな感じです。返してください」

 スッとテストを回収する。悪い点のやつは奥の方へ捻り込んで、いいやつはファイルに丁寧に入れる。

「そっちの方はどうなんです?捜査本部だって話ですけど。そんなに偉かったんですね」

「曲がりなりにも刑事なんでね。あんたも、知ってるだろ?列島広域連続殺人事件」

「まぁ………テレビで何となく………」

 心臓が跳ね上がる。のを悟られないよう無表情を保つ。コーヒーを口に含んでたら吹き出していた。
 この人と会うと聞いてこの話題になるのではと薄々思っていた。
 ちょうどパンケーキが来る。2枚のパンケーキの上にたんまりのいちごとホイップクリーム。普通の女子高生なら写真の一つや二つ撮って何とかグラムに投稿するだろうが、私は普通じゃないのでさっさと食べる。
 味はあまりしない。せっかく頼んだのに残念だ。

「列島各地、まあ特に関東地域が顕著だが、銃弾1発バーン!!と心臓に打ち込む連続殺人事件だな。ここ2年ずっと未解決だし、たまにテレビで特集とか組まれるからな。そういうの見ないか、さすがに」

「あんまり私に関係ないですしね。テレビも最近見ないし」

「あんたも殺されるかもしれないんだぞ?」

「殺されたら殺されたでその時かなって」

「案外冷めてるんだな」

 実際殺人鬼が私目掛けて銃口構えてたら逃げる逃げないの話では無いだろう。ダイイングメッセージをどう書こうかくらいしか考えられなそうである。
 そんな殺人鬼は刑事の目の前でパンケーキとコーヒー味わってるけど。

 列島広域連続殺人事件。
 ここ2年の間で犠牲者数は先週の土曜日含めて43人。全員が心臓を撃ち抜かれて死亡。犯人らしき人物のDNAは検出されているものの、警察は前科持ちのデータしか持ってないので照合者はいなく、警察も犯人を特定することは出来ない。防犯カメラの映像もあてにならず、目撃者もほとんどいない。
 要するに、犯人は全くわかっていない。
 そのためテレビでも犯人像について議論されている。どっかの大学の教授から外面だけの活動家、果てには芸人上がりのコメンテーター。的外れな議論ばかりを繰り返し、意味の無い時間を費やしてさぞ楽しかろう。

「さっきの合同捜査本部とやらもそれ関係ですか?」

「ん!あんたには隠し事ムズいな。しまったな。変に口走らなければよかった………」

「なんで私にその話をしたんですか?」

 半分ほど食べたパンケーキ。甘ったるいはずなのに、味がしないパンケーキ。コーヒーで口直ししてもあまり変わらない。

「いやね?この前君K県に行ったでしょ?ちょうど君がK県にいたのととほぼ同じ時期に事件が起きたからさ。魔法少女の件でよく関わっていた俺としては心配だったんだよ」

 大人は隠すのがうまい。要するに言いたいことは一つなのだ。
 お前が犯人なのではないか、と。
 もし私が違いますよと言えば、おや?俺はそんなこと一言も言ってないんだがな、とか言って仔細聞いてくるんだろう。
 明らかなヒントを撒き散らすミスリード。下手な三文小説の方が面白いくらいに。

「あんただって女子高生だ。そんな殺人鬼が近くに来ていた、と思えば怖いもんだろう?」

「さぁ。実際出会わなかったので、そこまで」

 しばらくの沈黙。味のしない甘ったるさを流し込むようにコーヒーを飲む。下衆の勘繰りに付き合う必要はない。
 1枚パンケーキを食べ終わって、もう1枚に手をつけようとした時、刑事はようやく口を開く。

「いや何、あんたのことがちょっと気になっただけなんだ。そんな警戒するなよ。ちょっとした仲じゃないか」

「あなたと仲良くなった覚えはないんですけどね」

「え~?俺は仲良くなったと思ってるがな~。あ、あと1つ、まあこっちは答えてはくれねえだろうけどよ」

 手を止める。

「あいつの遺言、そこまでひた隠しにする理由はなんだ?」
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