恋咲く花の名前は

夢咲桜

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Ⅰ 葵

望まぬ再会

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仕事終わり結生に連れられ訪れたのは、雰囲気の良いレストランだった。店内のBGMは煩くなりすぎず、耳に心地好い。フロアに置かれた間接照明もお洒落で、葵は心なしか気分が弾んでいた。
「わあ、とっても素敵な所···。」
「でしょう?最近見つけたんだけど、雰囲気も良いからピッタリだなって思ってここにしたの。」
今日の合コンに参加しているのは、葵と結生の他に顔に見覚えのあるおそらく結生と同じ部署の女性が二人の計四人だ。男性陣はうちの会社の取引先の人たちで何人か誘って一緒に食事でも、と言われたんだそう。
「····それにしても、折角の合コンなのに何で葵はそのままなのよ。」
隣に座る結生が不満げに頬を膨らませながら言った。
「だ、だって、私オシャレとかよく分かんないし····。それに、私なんか誰も相手にしないだろうし。」
「もう、その考えがよくないんだって!絶対葵は磨けば光るんだから、勿体ないよ!」
「そ、そんなこと言われても·····。」
磨けば光るなどと言う言葉が自分に相応しくない事はよく分かっている。細身ではあるが、メリハリのない身体。女にしては高く、庇護欲など感じさせない身長。辛うじて二重の瞳は特別大きいわけでも、小さいわけでもない。手入れなど多少抜いて整える程度しかしていない眉毛。薄くてあまり柔らかくない唇。唯一自慢出来る黒髪も、日本人形のような印象を与える。加えて葵は三姉妹の長女ということもあり、真面目であまり融通の利かない、言うなれば可愛げのない性格だ。妹たちのような可愛らしい容姿を持つことが出来ず、十年以上も実らぬ想いを抱え続ける、臆病で卑屈な拗らせ女。それが葵だ。外も中も自慢出来るものがないと言うのに、何を磨くと言うのか。生まれた時から原石で、それを更に磨いて宝石となった結生のようには決してなれない。僻まずにはいられない、けれどそれを目指す勇気もない。そういう面倒臭い人間なのだ。
「·····私は、そういうの自信、ないし。資格もないの。·····だから、いい。」
「そんなこと····---っ」
「ごめん、遅くなった!」
何かを言いかけた結生に被せるように男性の声が響く。振り返ると、いかにも体育会系な男性を筆頭に三人の男性が次々に店内へと入っていく。
「遅いよ長谷川はせがわ!言い出しっぺが遅刻ってどういうこと?」
「いやー、ごめんごめん。ここに誘いたい奴が一人居たんだけどさ、なかなか首を縦に振ってくんなかったんだよ。さっき漸くOK貰ったんだ。仕事片付けてから行くって言ってたから、多分もうそろそろ来るんじゃないか?」
長谷川と呼ばれた体育会系の男性は結生にそう言うと女性陣をぐるりと見渡し、葵を見止めるとこちらへ近付いてきた。
「君が浅倉が言ってた九条社長の専属秘書の子?」
「あ、は、はい。初めまして、小笠原葵と言います。」
「ハハッ、聞いてた通り真面目だねえ。」
「葵は私の親友なんだから、手ェ出したら承知しないわよ、長谷川?」
「おー、怖い怖い。小笠原さん、コイツいつもこんな感じ?」
「ちょっと、私の葵に馴れ馴れしいんだけど。葵も無視して良いから、こんなの。」
「ちょっ、こんなのって!酷くないですか、浅倉さーん?」
「·······ふふっ」
長谷川と結生のポンポンと弾む応酬に、葵は思わず吹き出してしまう。
「葵にも笑われてるじゃない。ざまぁないわね長谷川。」
「ちょっと~、小笠原さんも酷いよ~?」
「ご、ごめん。二人とも仲が良いなって思って····。」
「私と長谷川、大学時代の同期なの。」
「そうなんだ?」
「そうそう、それで取引先の九条社長の会社行ったらそこで偶然浅倉と再会してさ~。ここで会ったのも何かの縁ってことで男女何人かで食事でもしようってなったんだよ。」
「そうだったんだ。世の中って狭いんだねぇ。」
そう葵が溢すと何故か結生や長谷川だけでなく残りのメンバーも一斉に吹き出した。
「アハハッ、小笠原さん可愛いね。」
「えっ?えっ?」
「そうでしょ~?葵は可愛いんだから!」
「なんか、小笠原さんって良い意味でイメージと違うね。」
「本当、知ってたらもっと早くに仲良くなれてたのに。」
「ちょっとちょっと、葵の一番は私なんだからね~?」
周りの空気が和やかになっていると、チリンとドアについているベルが鳴った。
「おっ、来たみたいだ。おーい、こっちこっち!」
ドアの方を見ると、背の高い栗色の髪をした男性がこちらに近付いていた。葵はその姿に既視感を覚えたがそれが何故かは分からなかった。だが近付いてくる男性の顔を見て、記憶にあるある人物とリンクする。
(違う、そんな、訳ない····。)
ドクンドクン、と心臓が早鐘を打つのを感じる。
「ああ、長谷川待たせた、な······。」
男性も葵の顔を見ると、目を見開き呆然とした。
あおちゃん·····?」
その呼び方で葵を呼ぶのは、知り合いの中で一人だけ。
「紹介するよ、コイツは戸賀沢あきら。職場で俺の隣の席なんだ。」
葵のもう一人の従兄弟で葵の初恋相手·巧の弟の昴が、兄と同じ顔を驚愕の色に染めて立ち尽くしていた。
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