恋咲く花の名前は

夢咲桜

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Ⅰ 葵

どうして貴方が気付いてしまうの

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巧に恋人が出来たと報告された夏のあの日、葵は努めていつも通りに振る舞った。友人にも、家族にもバレる事なく過ごせていた筈だった。
あおちゃん、もしかして兄貴に振られた?』
『な、んのこと?私は別にたっくんの事なんて·····。』
『嘘吐かなくていいよ。葵ちゃんが兄貴の事好きなことくらい昔から知ってる。』
誰にも話したことのない葵の気持ちに、昴だけが気付いていた。
『何、で·····。』
『知ってるよ。葵ちゃんの事なら、何でも。』
その時の瞳がいやに印象に残っている。射抜くような鋭い、けれど何処か哀しげな、炎のように激しく、水のように静かな瞳。どうして自分にそんな瞳を向けるのか、分からなかった。葵たち三姉妹と、巧と昴の兄弟は従兄妹同士な上に家も近所で、隣に住む幼馴染みと共に六人で良く遊んでいた。巧は三人の中で、特に葵とよく一緒に居た。だから、自惚れていたのだ。巧の一番は葵で、この先一生傍に居られると。
『たっくん、彼女出来たんだって。』
『······っ』
『告白すら出来ずに終わっちゃった。馬鹿だなぁ、私。今までずっと傍に居たからって、たっくんの一番になったつもりでいた。』
『葵ちゃん····。』
『たっくんの彼女ね、文化祭のミスコンで優勝してた人だった。そんな人が彼女なら、私なんか足元にも及ばないや。』
初恋の人と同じ顔のでも全く違う従弟に、気が付いたら想いを全てさらけ出していた。涙が溢れて、きっと今自分はとても醜い顔をしているのだろう。けれど昴は、何も言わず抱き締めてくれた。巧の爽やかな柑橘系の制汗剤の香りではなく、甘くて少しスパイシーな男性用香水の香りのする胸に頭を預ける。
『何で、何で私じゃないの·····っ!?私はずっとずっと好きだったのにっ、私が、私が一番だって思ってたのに·····っ』
涙が枯れるまで泣いて、いつの間にか睡魔に襲われていた。微睡む中で昴が何かを呟いていたけれど、上手く聞き取れなかった。
『·······俺だったら、泣かせたりしない。一番に葵ちゃんを想ってるよ。だから、俺を選べばいいのに·····。』

▽▼▽▼▽▼▽▼

「······何で、気付いちゃうかなぁ·····。」
昴はいつもそうだ。葵自身ですら気付いていなかった気持ちに気付いてしまう。
「葵ちゃん····?」
「いつもいつも誰より早く気付くのは昴で、私の心覗いてるみたいに私の本心を見つけちゃう。」
人に自分の考えている事を分かってもらうのは簡単なようでいて難しい。それを理解してくれる昴に感謝もしている。だけど、
「何で、何で昴が気付いちゃうの····?たっくんは何も気付いてくれないのに、何で昴が····。」
気付いて欲しい人に気付いて貰えなければ意味がないのだ。
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