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ミリア様と兄コモン

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 あれから一か月が過ぎた。
 なにごともなく日々は過ぎていく。

 だがわたくしフィーネはこれから生きていくうえでいつ何があるかわからない! という決心のもと、今は家の騎士団の中に入り込み鍛錬を始めている。フィーネには母のようなか弱き淑女であってほしいという強い願いを持つ父の猛烈な反対はあったが、公爵令嬢ミリア様の婚約破棄の時の話もあり母も乗り気で賛成してくれた。

「そうそう。公爵家と言えば今日はミリア様を連れてプレスト公爵が来られるらしいわ」
 母が浮かれた様に何やら使用人に指示を飛ばしている。

 剣での鍛錬ももちろんだが、頭の中にある空手の型も思い出したので一人の時は心身の鍛錬のために一人練習をしている。
 剛くて柔らかい……みたいな流派だったと思うが、重みを感じさせる素晴らしい型だ。

 空手の型をスッキリ思い出して練習を始めた頃から、空手以外の思い出? 家であったり道であったり、いつも一緒だったおじいちゃんの顔であったりという様々は事柄は記憶から薄れていった。名前などは最初から全く記憶になかったが。今ではほぼ思い出せない。濃ゆい霧の中のずっとあちらのほうに何かある……という雰囲気になった。

「フィーネ、聞いているの?」
 ん?……プレスト公爵……?
「はっ? プレスト公爵?  来られるって、お父様にですか」
「違うわよ。公爵様もミリア様もフィーネに会うために来られるらしいわよ」

「わたくしにですか? 何の話ですの?」
「そんなこと分からないわ。でもお昼には来られるらしいから、そろそろ令嬢らしいおかしくない格好に戻りなさい!」
「…本当ですね」
 汗だくのシャツで頬を流れる汗を拭きながら、部屋に戻ることにする。

 昼食をすましたころ、何とも豪華な大きな馬車…しかもプレスト公爵の紋入り…がグルーデン家の門を抜けて入ってきた。

「初めまして、フィーネ嬢」
 おお! ナイスミドル!

 ごつごつと鍛え上げられた我が家の父や兄たちに比べて、キラキラした細身のミリア様のお父様。
 王の従弟ということだが、王より優しい雰囲気でなおかつ知的に感じられる。
「はじめてお目にかかります。フィーネ・グルーデンと申します」
 カーテシーをし、令嬢らしく淑やかに挨拶をする。

 母にすすめられ腰を落としたプレスト公爵とミリア様。
 見慣れた我が家が、二人が座るソファーのあたりだけ光り輝いているようだ。

「実は近頃ミリアは近頃新設されたばかりの王立図書館に通い詰めなのですよ。図書館は王妃殿下の肝いりで創立されたために王妃殿下が日参されていましてね。警護で第2騎士団長のコモン殿も来られていて、何度も出会うこともあり、いつの間にかミリアとも懇意しているようですよ」

「兄が、でございますか。左様でございますか」
 突然の兄の話にフィーネも戸惑う。

 ちなみに兄コモンは学園を卒業後近衛騎士を1年した後は1年ごとに階級を上げていき、昨年22歳という史上最少年齢で第2騎士団長に抜擢された。
 頭も体も騎士、しかも戦う騎士だ。
 コモンは基本無口だ。暇さえあれば鍛えている人で話と言えばいかにして体を鍛えるかばかりだ。フィーネが始めた空手の型にも興味を示し、近頃はフィーネよりも力強い型を披露している。
 体幹を鍛えることができると大絶賛! フィーネが思い出した型全てを完璧にできるようになった。

「よく図書館では話をしているらしいです。なあ、ミリア」
「兄がですか」
「コモンが…」
 令嬢と親しく話をする兄コモン。ちょっと想像できなかったのは父もだったようだ。
 話を振られたミリア様は白い肌をうっすら染めた。

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