25 / 67
2・学園でのこと
2-11・僕のしたことと、④
しおりを挟む「……っ、――! ……、……っ! ――もういいです! お兄様はいつもそうですのね!」
「ルーファ!」
一方的な糾弾の後、ルーファ嬢は言い捨てて部屋を出ていく。昼休みの生徒会室。珍しく部屋にとどまっていたティアリィの元に、いつものようにルーファ嬢がやってきていた。そして、最近では珍しくもない、ひどく激昂した様子でティアリィを攻め立て、自分の思うような返答が来ないとなるや癇癪を起こしたような様子できつい言葉を投げつけてその場を去る。
ある意味では見慣れてしまった光景だった。その上で。
「殿下」
「うん、少し先まで送ってくるよ」
席を立ち、彼女を追いかける僕の姿も、珍しいものではない。アツコからの胡乱げな眼差しも、また。
「ルーファ嬢」
部屋を出てすぐに追いついた彼女に声をかけた。立ち止まり振り返ったルーファ嬢は先程の怒りを引きずったまま、険しい顔で口元を歪めている。
僕はいつも通りの笑顔を彼女に向けた。
「殿下」
「そこまで送っていくよ」
並んで歩きだす。生徒会室は独立した小屋のようになっていて、校舎とは短い渡り廊下でつながっていた。その立地の関係上、どの教室も微妙に遠い。教室の近くまで送るのは、すでに日常となりつつあった。
ルーファ嬢は中身はともかく、見た目はあくまでもかわいらしい女子生徒だ。その上、公爵家のご令嬢で、いくら護衛が配置されているとはいえ一人きりで行動させるのはあまり良くない。
入学当初、必要以上にティアリィが構っていたのもその辺が原因で、その頃よりは余程周囲に溶け込んだ今では、クラスメイトらしき女子生徒が共に過ごしていることが多いようなのだが、こと、こうしてティアリィを糾弾に来る時には、ルーファ嬢は必ず一人きりだった。
内容が内容だけに、ルーファ嬢なりに考慮した結果なのだろう。あるいは弾丸のような突発的な彼女の行動に、ついていける者がいないだけなのか。
こうして送っていくことも、本当はティアリィ本人がしたいのだろうけれど、流石にあんな調子でティアリィに怒っていた彼女に、他でもないティアリィが言い出すことなどできるはずもない。
だから僕。
別に誰に頼まれたわけでもないけど、自主的にこうするようにしている。流石に毎回ではなく、可能な時か、もしくは……――僕が個人的にルーファ嬢とお話がしたい時だけ。
僕は彼女に自分から話しかけたり、宥めたり、慰めたりなどしない。ただ隣を歩いて送っていく。
でも、直に一緒にいると気になってくるのか、ルーファ嬢はちらちらとこちらを気にするそぶりをし始めた。多分、僕と彼女自身が幼なじみで、他の者よりもよほど、僕とは気安い関係だというのもあるのだろう。彼女はすでに知っているから。僕が、人の話を聞くことが苦手ではないということを。
僕はそれに気付いていながらも何もせず、ただ彼女を待っている。
ぷりぷりと怒ったままのルーファ嬢は、顔の造作だけならティアリィによく似ていてかわいらしい。どうせならティアリィのこんな表情が見たいなぁと思う僕に気付いたわけでもないだろうけれど、そう思った次の瞬間に、ルーファ嬢が小さく口を開いた。
「……お兄様はひどいです」
「うん」
話し出す内容はおそらく、先程の糾弾と全く同じだ。それまで無言を貫いていた僕は、彼女の言葉を妨げない程度に相槌を打つ。だってこれを待っていたから。
「私は、アルフェス様があんまりにかわいそうで……だって婚約者なのに。最近のお兄様はいつも、アルフェス様にきつく接せられておられるわ」
そりゃ、アルフェスが度を越えて鬱陶しいからだと思うけどね。いい加減アルフェスは彼に付き纏い過ぎなのだ。
とは思っても、僕は言わない。
「昔はそうではなかったのに……殿下もご存じでしょう? お二人はとても仲がよろしかったではないですか。 勿論、わたくしとも、仲良くして下さっていましたけれども。お兄様を前になさったアルフェス様はとてもお可愛らしくて」
可愛らしくて。アルフェスよりも更に年下のはずのルーファ嬢が、そんな表現を口に乗せる。それは多分、見た目ではなく態度のことなのだろう。わかる。わかってはいるが、アルフェスのことを可愛らしいなどと思ったことのない僕が到底、同意できることではなくて、浮かべたままの笑みがうっかりと引き攣れてしまいそうだった。
「今も、とてもお可愛らしいでしょう? なのにどうしてお兄様はあんなにもアルフェス様を邪険になさるのか。アルフェス様はお兄様のことがお好きなのに……あんまりですわ」
今も、とても、お可愛らしい……? ルーファ嬢の目には何が映っているのだろうか。それとも、僕の方の目が曇っているのか。何分アルフェスは言うならばティアリィを挟んでのライバルのようなもので、好意的に見れるはずがない存在なのだ。可愛くなどとても思えない。正直、最近のティアリィに付き纏っている様子を見るにつけ、鬱陶しいと思うだけで。僕はとても同意できずにただ笑顔を浮かべ続けただけだった。
ルーファ嬢はそんな僕の様子に構わず、更に口を小さく開く。あまり大きな声ではない。まだどこか気分を害した雰囲気を残したままのそれ。
「お兄様は何かをお間違えになったりなさらない方なのに。最近のお兄様はおかしいですわ」
ルーファ嬢の目からは、やはりティアリィが一方的に理不尽に、アルフェスを邪険にしているように見えているらしい。ルーファ嬢にとってアルフェスの、あの度を越えた付き纏いも可愛らしい行為でしかないようなので余計になのだろう。
正直、否定することも、宥めることも簡単だった。ティアリィのフォローをすることも。だけど僕はそれらを何もしない。
ただ、いつもと同じように彼女の言葉に頷いた。そして。
「そうだね。君には最近のティアリィは何処かおかしく見えるんだね。なら、アルフェスの味方には君がなってあげないと。救ってあげられるのは、きっと君だけだ」
ほんの少しの作意をひと匙。
「わたくし?」
「そう。だってティアリィが最近おかしいのでしょう? なら、君がどうにかするしかないじゃないか」
おかしいと思っているのは君なのだから。
大したことなど何も言う必要はなかった。アルフェスに、どう味方し、どう救うのかなどの具体的な方向性さえ示さない。加えて僕はルーファ嬢の言葉に同意を示せど、一言も僕自身がティアリィをおかしいと思っているだとかは言っていなかった。そこまで言ってしまうと嘘になるから。悪意も害意も差し挟まれない嘘など、難しいばかりだろう。僕は誰かを害したいわけでも、誰かに悪意を持っているわけでもないのだ。ただ、望む物があり、その為に行動しているだけ。そこに嘘などという余計な物は必要ではありえなかった。だからこそ、これで充分。
君がどうにかするしかない、だなんていうのは少しあからさま過ぎただろうか。しかし、ルーファ嬢にはおそらく、これぐらいでないと伝わらない。
そして案の定、ルーファ嬢に僕の意図は正確に伝わったらしかった。
「わたくしが、どうにかする……救って差し上げる。アルフェス様を」
僕はアルフェスを救えとは言っていないけれどもね。
ルーファ嬢がそう思ったのなら、それでよかった。否、そう思ってくれるように話した自覚はあった。誰を、どう救うのか。そもそも、どうしてこんなことになっているのか。
肝心の部分を理解しないままのルーファ嬢がどう動くのか。僕は楽しみに待つことにしてルーファ嬢を見守った。
「ありがとうございます、殿下。わたくし、おかげで少し、わかりましたわ」
「お役に立てたようならよかったよ」
いったい何が分かったというのか。きっと何もわかっていないのだろうとは思いつつも僕は。彼女へと、にっこり、心の底からの笑みを返したのだった。
3
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる