42 / 148
第一章・リーファ視点
1-41・初めての悪意
僕は警戒心は解かないようにしようと内心でだけ心掛けながら、彼女に対峙する。
「ごきげんよう、グノルフィラ第二公女殿下」
にこと微笑み返しながら挨拶したのだけれど、どうしてか彼女の眼差しに険が滲んだように感じられた。
え、にこやかに挨拶し返しただけなのになんで。
わからないながらとりあえず、戸惑いを顔に出さないように注意する。
「あら。王弟殿下はお名前をお呼び下さるのですね。立場をわきまえておられるからかしら?」
しかも、公女様から放たれたのがこんなセリフで、これはいったいどういう意味なのかと、しばし、どう返答すればいいのか迷った。
だから結局そのまま返すことにして僅かに首を傾げる。
「僕の立場、ですか?」
「ええ。私てっきり、王弟殿下はご自身を顧みられない方なのだとばかり思っておりましたわ。だってそうでしょう? いくら弟だからって、あんなにも陛下にべったりくっついていらっしゃるんですもの。子供とは言え、分別がおありにならないのかと……」
相変わらず、わけのわからないことを言う人だなと思いながら、同時にどうやらこの公女様は僕の年齢を勘違いしているようだと知る。確かこの公女様は20になるかならないかぐらいの年齢だったはず。少なくとも僕はそれよりは年上なのだけれど。それとも、子供と称したのは彼女なりの嫌味か何かなのだろうか。
それにしても、分別がないだとか、自分を顧みないだとか随分な言い草である。
要は義兄上にくっつきすぎだとでも言いたいのだとは思うのだけれど。それをどうしてこの公女様に指摘されなければならないのだろうか。
「何のことを指していらっしゃるのか見当もつきませんが、それらが何か、公女様とご関係が?」
結構はっきりと、貴方とは関係ないだろうと言ってみる。
公女様は笑っていない眼差しのまま、にこやかに笑みを深めた。
「あら? 本当にお分かりになりませんの? 聞く所によれば、今、身ごもっていらっしゃるお子様のお父上はお分かりになられないのだとか。そのような幼さでなんてはしたない。私には到底真似できませんわ。その上、本来なら関係のない陛下が今後面倒を見ていく予定だともお聞きしましたわ。そのような行動のどこに、立場を弁えたところがおありになるのかしら」
そしてそんなことを告げてくる。
僕はどうしても浮かべた笑みが固まるのを、止めることが出来なかった。
公女様が言っていることに、間違っている所はなかった。いったいこの公女様は、それらをどこで知ったのだろうか。特に子供の父親の件に関しては、大公閣下にさえわざわざ伝えてなどおらず、むしろ義兄上の子供と思ってよいのかと確認されたぐらいなのに。ただ、実際に今、僕のお腹の中にいる子供の父親がわからないのは本当だし、義兄上が面倒を見て下さる予定なのも確かなことではあった。でも。
立場って何? はしたないってどういうこと? どうして僕はこの人に、こんなことを言われているの?
「それと、私にも勿論、関係ございますわ。だって将来の夫のことですもの。夫がそのような軽率な方に寄生されているなんて、堪えられるはずございませんわ。そもそも、ご兄弟とはいえ、血は繋がっていらっしゃらないのでしょう? それで今後も面倒を見てもらうつもりだなんて、なんて浅ましい。ご自分の責任ぐらい、ご自身で取られるべきですわ。私、結婚したら真っ先に不要な方とは縁を切るよう勧めるつもりですのよ? 貴方も理性がおありになるのでしたら、ご自分からお隠れになるぐらいのことはなさった方がよろしいかと思いますけれども」
公女様の僕を見る眼差しは、嫌悪と侮蔑と嘲笑に満ちていた。
僕は公女様が何を言っているのか本当にわからなくて、なんと返せばいいのかわからない。
固まった笑顔を保つだけで精一杯だ。
夫? 誰が誰の? 結婚? 誰と誰の? 少なくとも義兄上とこの公女様の婚約やら婚姻やらなどと言う話は一切出ていないと僕は把握している。まさかそれも僕が知らなかっただけだとでもいうのだろうか。それこそ、まさかだろう。
そして寄生? 責任? 不要?
同じ言語を話しているはず、言っている言葉の意味はわかるんだ、なのにどうしてこんなにもわからないの。
「ねぇ? 何かおっしゃったらいかがです? まさか、図星を指されて言葉が出ないだとか? うふふ。まさか。まさかねぇ?」
うふふ、ふふふ。公女様はとてもとても楽しそうに笑っていらした。何も返せない僕を、嗤って。
ぐらり、地面が揺れている気がする。僕は今、ちゃんと立てているのかな? わからない。
どうして? なにが。なに、を。
義兄上は結婚なんてしない。しない、はず。
だって、義兄上は僕の。僕の――……何?
ぐらんぐらん、ぐるぐると、視界さえ回り始める。
「僕は」
僕は、何を言えば。
「……――リーファ!」
その時。何もわからなくなりかけていた僕の耳に、義兄上の声だけがやけにはっきりと届いた。
義兄上。
だから僕は安堵して。くらり、遠ざかる意識をそのまま、義兄上の腕へと委ねたのだった。
あなたにおすすめの小説
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
過労で倒れかけの騎士団長を「カツ丼」で救ったら、なぜか溺愛され始めました。
水凪しおん
BL
王都の下町で、亡き両親が残した小さな食堂をたった一人で切り盛りする青年、ルカ。
孤独な日々の中で料理だけを生きがいにする彼の店に、ある冷たい雨の夜、全身を濡らし極限まで疲弊した若き騎士団長、レオンハルトが倒れ込むようにやってきた。
固形物さえ受け付けないほど疲労困憊の彼を救うため、ルカが工夫を凝らして生み出したのは、異世界の食材を組み合わせた黄金色の絶品料理「カツ丼」だった。
その圧倒的な美味しさと温もりに心身ともに救われたレオンハルトは、ルカの料理と彼自身に深く魅了され、足繁く店に通うようになる。
カツ丼の噂はまたたく間に王都の騎士たちや人々の間に広がり、食堂は大繁盛。
しかし、その人気を妬む大商会の悪意ある圧力がルカを襲う。
愛する人の居場所を守るため、レオンハルトは権力を振るって不正を暴き、ルカもまた自らの足で立つために「ルカ商会」を設立する決意を固める。
美味しいご飯が傷ついた心を癒やし、やがて二人の絆を「永遠の伴侶」へと変えていく。
胃袋から始まり、下町の小さな食堂から王都の食を支える大商会へと成り上がる、心温まる異世界お料理&溺愛ファンタジー!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。