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第一章・リーファ視点
1-58・知らない誰か⑥
でも、僕がそんなのんきに考えをまとめていられたのもそこまでで。何故なら、かわいそうな人の服を引っ張っていた男の人が、握りしめた拳を引いたかと思うと、躊躇なく、かわいそうな人を殴り飛ばしたのである。
「ぐっ、あ!」
どがっ、派手な音を立てて、かわいそうな人が壁に打ち付けられる。
「えっ?!」
僕は驚いた。え、なんで今あのかわいそうな人は殴られたの?!
わけがわからない。そもそも僕は、訓練以外で、人が殴られている所なんて初めて見た。
怖かった。
殴った男の人の様子も怖いし、殴られたかわいそうな人が苦しそうに呻いているのも怖い。
あの人、大丈夫なんだろうか。早く治して上げなくっちゃ。
でも、治癒魔術は触らないと使えない。
手足を縛られたままの僕じゃ何もできなかった。
「やめてよ! なんで殴るの?!」
悲鳴みたいな声を上げた僕の方へと男の人が顔を向ける。怯えを滲ませつつも、明らかに憤った様子の僕を見て、男の人は一瞬驚いた顔をしたけれど、次の瞬間、にしゃりとどう見ても嫌な感じを受ける笑い方をした。
「は? はは。お前あいつの心配でもしてんのか? あいつはお前をさらってきたやつだぞ」
笑いながらそんなことを言う。男の人の言うとおりだった。
多分、僕をこんな所に連れてきて、その上で手足を縛ったのはきっとあのかわいそうな人だ。
でも、そんなこと関係ない。目の前で殴られているのを見て、何も言わないでなんていられない。
それになにより。
「でも! あの人は僕に触れた! 結界を通ったってことは、あの人は悪い感情も持っていなければ、誰かを害したいとも思っていなかったはずだよ!」
「ああん? なんだそりゃ」
結界の話をしたのに、男の人はわけがわからないって顔をしている。
え?! 結界のことを知らないの?! じゃあ、もしかして、僕が誰だかもわかっていないまま攫ってきたの?!
ますますわけがわからない。
この男の人は何なんだ。どうして僕はここにいるの。
「まぁいい。てめーには触れねぇが、あれには触れるしな。代わりにゃちょうどいい。それにどーもそっちの方が王子様には効きそうだ!」
男の人は、やっぱり嫌な感じで笑いながら、のっしのっしと床に崩れ落ちたまま呻いているかわいそうな人に近づいていく。
待って待って待って、何をするつもり?!
「やめて!」
まさかまたさっきみたいに殴ったりするつもりなんだろうか。
さっきのだけでもとても痛そうだったし、何処か怪我でもしていそうなのに。これ以上なんて死んでしまいそうだった。
でも、僕は手足を縛られていて、思ったように動けなくて。
魔法! 魔法を使えばいいと思うんだけど、手が使えないから多分上手くできない。
それに魔法を使うにはある程度落ち着いて集中しないといけないんだけど、今の僕はとてもじゃないけど冷静じゃなかった。
だってこんなの初めてなんだ。
こんな場所も、こんな汚い人たちと会うのも、目の前で誰かが、殴られたり殴られそうになっていたりするのを見るのも。
加えて、僕は今、身ごもっていて、妊娠中はどうしても、魔力の行使にいつも以上の集中力を必要とした。余計に今の僕に何か出来るわけがない。
転移? 転移魔法? 僕一人ならなんとかできるかもしれない。でも、それはつまり、あのかわいそうな人をこのまま放っておくということで。
さっきまでならあの人が近くにいたから、一緒に転移も出来たかもしれないけれど、今は離れてしまっている。
そんな風に僕が焦っている間にも、かわいそうな人のすぐそばまで近づいていた男の人は、乱暴にかわいそうな人の服に手をかけていた。
殴るんじゃなかったんだろうか。いや、今から殴るのかもしれない、わからない、何をするつもりなの?!
「やめてぇーーっ!!」
「うるっせぇっ!」
バシンっ!
僕の悲鳴を遮るように。殴られたのは、僕じゃなかった。
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