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第壱話
1-6・お出かけ
しおりを挟む階下に降りると、キョウさんがちらりとこちらを見てきた。
上に行く前まで座っていた席には座っておらず、外へと続く扉近くの壁にもたれかかったまま、妙に堂に入った姿で腕を組んでいる。
俺は首を傾げながらトレイをカウンターに置いた。
キョウさんがそれを待っていたかのようににしゃと笑い、そのままいやに楽しそうに口を開いて。
「レンゲー、今日はこれからお出かけしよっかー」
そんなことを言い始めた。
「え」
戸惑う俺にキョウさんは構わない。
「ほらほら、早くエプロン脱いで準備して。大丈夫、マスターにも了解は貰ってあるから」
名前が出たのでカウンターを見ると、マスターはこくりと一つ頷いた。
本当にいいらしい。だけど。
「え、あの、突然どうして、」
なぜ。
戸惑ったまま疑問の声を上げたのに、キョウさんの笑顔は崩れない。それどころか、早くと更に俺をせかしてくる。
「いいからいいから」
「ですから、どうして、」
「どうしてって……」
声に急き立てられるようにエプロンを剥ぎながら更に問うと、キョウさんは一瞬きょとと首を傾げ、だけどやっぱりにやと笑った。
「だって見えたんでしょ?なら、次の段階に進まなきゃね」
何を言っているのか、わけがわからなかった。次の段階、とはいったい何なのか。
疑問だけで俺の頭は埋め尽くされているのに、どういう強制力なのか、俺はキョウさんに抗えず手早く出かけられる準備をする。
「今日はもうここへは戻ってこれないから、そのまま帰れるように荷物は全部持ってね」
「はい」
素直に出かける準備、ではなく、帰り支度を整えた。
「お待たせしました」
実際はそれほど待たせていないはずだけど、一応キョウさんの前まで進んでそう告げると、キョウさんはにしゃと笑って一つ頷いて、組んでいた腕を解く。
「ん、準備できたね。じゃあ行こうか。マスター、ちょっと行ってきます」
俺を促し扉をくぐりながらカウンターの向こうのマスターに声をかけた。
「行ってきます」
俺も促されるように同じ言葉を返すと、カウンターの向こうでマスターが何も言わず深く頷き、カラン、ドアベルの音を鳴らして閉じた扉の向こうに見えなくなった。
ああ、そうだ、ドアベル。ドアベルも、今日初めて気付いたのだ。
思わずまじまじと扉を振り返る。
「どうかしたの? レンゲ」
先を行こうとしていたキョウさんが、歩き出さない俺に気付いて声をかけてきた。
「いえ、ドアベルが」
俺は扉から引きはがした視線でキョウさんの方を向いて、何が気になっていたのかを正直に告げた。
キョウさんは、ああ、と合点がいったという風に頷き、
「それにも気づいてなかったんだね。初めからずっとあるよ、ドアベル。出入りする度にカランカラン鳴ってたもん。だから気付いていなかったのは君だけ」
そんなことを言う。だが、其処で一度言葉を止め、
「いや、違うな。今日やっと気づけるようになったんだね。やっとチャンネルが合ってきたのかなぁー? 意外に早かったじゃん。もっとかかるかと思ってたよ」
はは、笑うキョウさんに俺は不審げな眼差しを向けた。
「キョウさん?」
俺の機嫌が悪くなったことなど気付いているだろうにキョウさんはちっともそんなこと気にしないまま、やっぱり笑って俺を見る。
「いいからいいから。悪い変化じゃないよ、安心して」
何も安心できる気がしないことを言って、何処へ、と問おうとしていた俺の気持ちを、確かに少しだけ挫いたのだった。
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