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第参話
3-8・思い出す
しおりを挟む目が覚めるような感覚だった。だけど違うと知っている。ああ、俺は。
くらり、眩む視界でマスターを見る。
マスターはいつも通りカウンターの内側に立って、意味もなくグラスを磨き続けている。
まるでそうするように定められているロボットのように。
それは当たり前のことだった。彼のことは、そうであるように設定づけたのだから。喫茶店のマスターの古典的なイメージ。貧困な自分の想像力が恨めしい。
そんな中で彼はまだ自分の意思で動いてくれた方。今の助言だって。設定にはなかっただろうに。
所謂式紙のような存在である彼は、基本的に自身の主人の思うとおりにしか動けない。ただし、独立した一個の存在でもあるので、自身の意思や、多少の自由度などは存在した。
俺は溜め息を吐く。頭が痛い。パンクしそうだ。
我ながら今回のことは本当にひどいと思わざるを得ない。
いくら彼女を罠にかける為とは言え、記憶を飛ばすのはやりすぎだった。おかげで此処まで来るのにこれほどまでの時間がかかって、彼女がより危なくなる始末。
でもまぁ、多分、間に合いはするだろうと自分を慰めて、ちらと上を見た。
此処と上は、言うならば入り口と出口である。
先程キョウさんが言っていた境界線はつまりこの場所にも当てはまるのだ。俺は都合が良さそうだったこの場所を利用したに過ぎない。
喫茶店の様相を呈したのは、以前の彼女が好んでいたからだった。
おかげで疑わずに彼女はここの常連となってくれた。
そしてたまたま見つけた俺までここに連れてきた。
何もかもが明確に怪しかったと思うのだけれど、そこまで疑ったりしない所が、彼女の可愛らしい所なのだろう。
助かったのは確かだから、それでいいと思うことにする。
「キョウさん、明日も来るかな……」
扉を見る。今は時間もあって、開ける者のない扉。
「来られるでしょう。これまで来られなかった日はございませんから」
たとえ短時間であっても顔を出す。
彼女の認識では、彼女は大変に忙しいのだ。
呟く俺に応えたマスターをちらと見て、俺はもう一度深く溜め息を吐いた。
「なら、明日かなぁ……」
それだけをこぼして、俺はもう今日は休んでしまうことにして二階へと向かった。
二階へと続く階段を昇りながら、カフェエプロンを付けた今の自分の姿を思い出して、思い返せばここでの数ヶ月も、悪くはなかったな、なんて心の中で肩を竦めたりした。
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