【完結】婚約破棄から始まるにわか王妃(♂)の王宮生活

愛早さくら

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XX-05・荒れた部屋にて

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 ガシャンっ!
 力任せに投げられた燭台が派手な音を立てて歪んだ。
 ひっと、ひきつった悲鳴を上げて縮こまる侍女に構わず、少女は濃い金色の髪を振り乱す。

「どういうことなの?! なんであんな奴が王妃だなんてっ! やたら丁重に扱われて、護衛だけじゃなく魔術師まで付いていたわっ!」

 苛立ちに任せ、声を荒げる少女は、別に侍女を責めているわけではなかった。
 ただ、何もかもに当たり散らさなければ気が済まない心地で、思うがままに振舞っている。
 コーデリニス侯爵家の奥まった場所にある、少女の自室。
 その部屋は普段はかわいらしく整えられているのだろう片鱗を覗かせながら、少女の心情のままに、今は無残に荒れ果てていた。

「ぁあ、もうっ! 腹が立つ! お前もお前よっ! 気が利かないっ!」
「落ち着きなよ」

 ついには明確に侍女を糾弾し始めた少女を止めたのは、室内にもう一人いた男性の声。

「でも! あいつと一緒に、あの王立魔術師のイグセナ・・・・・・・・・・までいたのよっ?!」
「仕方がないよ。彼は『ユナフィア』なのだから」
「『ユナフィア』なんてそんなもの、ただの伝説じゃないっ!」
「そうだとも。ただの伝説だ。創国の魔女。今ではただの形骸化した伝統に過ぎない」

 だけどその伝統はいまだ守られていて、王妃に立つのは『ユナフィア』と決められている。
 歌うように続けられる男の声に、少女はますます憤る。

「あの男のどこが『ユナフィア』だって言うのよ、たかが子爵家の息子の分際でっ!」
「ああ、『ユナフィア』になど何の意味もない。王妃となる家系・・が決まっていることこそおかしいことなんだ」
「そうよ、そうだわっ! 叔父様が初めての例外・・となるはずだったのよね?! だったら、私が今度こそっ……!」
「勿論。王妃となるべきは君だ。だから落ち着いて。そんなに苛立ったって何にもならないよ。ほら、髪が乱れている。せっかくの美人が台無しだ。ちゃんと整えなくてはね」

 柔らかに伸ばされた男の手が、少女の髪を軽やかに梳いた。
 まるで慰めるかのような男の手指に、導かれるかのよう身を寄せた少女も次第に気持ちを沈めていく。
 ちらと男が目配せすると、怯え切った侍女は、それでも自らの職務を忘れてなどいなかったらしい。手早く部屋を片付け始める。
 男はそれに小さく頷いて、部屋の中でもそれほど荒れていなかった応接スペースのソファへと少女を促した。
 並んでゆっくりと腰を下ろす。

「そう、そうよね、わたくしは美しいのだから……整えていなくては」
「そうだとも。僕によく似た・・・・・・美貌はそれこそ、一国の『王妃』に相応しい」
「ええ、ええ、私はいずれ王妃になるのだから……」

 ぶつぶつと呟く少女の横で、にこやかに微笑む男の顔は、よく似ている・・・・・・と称せるほどには少女と似ておらず、髪と目の色に至っては男はいずれも黒に近いほど濃く、ただ、色味だけは同じと言ってもよい僅か黄みを帯びた黒と濃い緑。
 しかし、美しいという点においては男も少女に引けを取らない。どころか、あるいは少女よりも美しいかもしれなかった。

「そうだとも、かわいいアリー。君は常に美しくあらなければね」
「ええ、ええ、そうよ、美しくあらなければ……」

 柔らかに宥める男の声は、だけどどろりと何処か粘着質な仄暗さを孕んでいて。
 同じ部屋の中、片付けに勤しむ侍女は得も言われぬ恐怖にぶるりと身を震わせることしか出来なかった。
 なおもぶつぶつと何事か呟き続ける少女の様子はどう見ても常軌を逸している。
 普段の華やかな美しさなど見る影もなく、だのに男はそんな少女を、どこか満足気に見ているばかりなのだった。
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