【完結】婚約破棄から始まるにわか王妃(♂)の王宮生活

愛早さくら

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35・地下②

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「――……なんて。ほんとは此処じゃなくてもよかったんだけどね。でもここが一番都合がいいかな、と思って」

 青年が話し続ける。
 僕はただ、聞いていることしか出来ない。
 静かに僅かだけ開いた扉の隙間から、見知らぬ男が覗いている。
 だが男はどうやらこの部屋へと入っては来ないようだった。
 不思議と体は軽かった。
 魔力が満ちている。
 リア様の魔力だ。
 背にした魔力石から、どうしてだろう守られているような気さえして。だけど、否、だからこそ、この安寧に浸っていたい。そう思ってしまってきっとうまくは動けないだろう、何故だか僕は確信していた。
 下腹部に意識を向けると、そこに感じる拍動はこれまでと何も変わらず、心の片隅でほっと少しだけ安堵する。
 青年はにしゃにしゃと嗤っている。はっきりした目鼻立ちの美しい顔を歪めて。
 ああ、この人は。
 似ていると思った。
 見覚えがある。今もう一つ思い浮かんだ顔。けれど、それよりも顔立ち自体はそれほど似ていない、それでいて笑い方がそっくりな彼女の方にこそ。似ていると、思った。だから。
 僕はきっともう、知っている。
 この人がいったい、誰なのかを。
 青年が笑う。
 笑う、嗤う、哂って。
 朗々と、まるで歌うように話し続けた。
 それはどれもこれも、僕が知らない話ばかりだ。

「この部屋はね、代々王しか立ち入れないんだ。王宮内のほぼ中央に位置していて、地下にある。禁域ってやつ? だからこの辺りは見張りの兵さえ少なくって。身を隠すには打ってつけだったよ。誰も探しにすら来ない、隔離されたような地下深く。逆に王は通わなければならない場所でもあるらしいけどね。他に足を踏み入れる者などいない。例外は王妃だけ。だけどそれだって、ただ一度、王妃を継承・・する時だけだとされている。だからこの部屋を知らないお前は、まだ王妃じゃないんだよ。書類上はともかくね。はは。ねぇ、この上なく僕に相応しいと思わないか?」

 上機嫌にそこまで口にして、だけど次の瞬間、今までの様子などまるでなかったかのように一転して激しく顔を歪めて声を荒げた。

「なのに! なのになのになのに! 王妃だって?! お前が?! あり得ないだろ! ユナフィア・・・・・の傍流だと言うだけじゃないか! たかが子爵風情がっ! 顔も頭も何もかも並み! そりゃ、悪くはないけどね。でもそれだけだ。たったそれだけのお前がっ……! 次代の王妃だって?! この僕を差し置いて? そんなの……あり得ないだろっ……!」

 吐き出して、荒く息を吐く。いっそ心配になるほどの鬼気迫った様子に、僕はぎゅっと眉根を寄せた。
 でも、と内心で小さく呟いた。そんな風に言っても、と。
 青年の髪の色も目の色もとても色濃い。それこそ、黒と見間違うほどに。
 よく見ると真っ黒ではないとはわかるのだけれど。
 そこから導き出される結果はつまり、彼がほとんど魔力を持っていないのだろうという事実。
 おそらくは爵位など持たない平民などよりも、ずっと少なく。ともすれば生きるのに支障が出るほどの魔力量なのではないかとすら思われた。
 ああ、と、少しだけ納得する。
 だから、彼はあんな風に。
 魔力量が足りないなら、他者に注いでもらうより他にない。
 その、一番手っ取り早い方法は、僕が知る限りただ一つだった。
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