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第一部 戦士の帰還
第七話 地獄へ降下準備を
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多くの銃器が並ぶ『日常と閃撃の箱庭亭』の地下武器庫。
剣や盾と言ったモノはごく少数しかなく、多くの銃器と砕かれたグローブや真ん中から割れている鉄杭が多く置かれているそこに、白い鋼鉄に身を包んだ男、『ケンジ110』は分解されている銃器の部品と格闘していた。
今はいつもの様に左腕に着けている挽き肉製造機付きの大盾は外しており、椅子に座っての作業をしていた。
部品を一つ手に取っては油で汚れたタオルらしき布で拭きとりスプレーを掛けて十分に油が付着したのを確認すると、その部品を置いてまた一つ手に取って同じ作業をするといった作業をしていた。
そんな彼の様子を短く切り揃えられた緑色をした髪の少女・・・・・・・の様なあどけなさを残す女性、ケイトは真剣に(どこかぼんやりとした様子に見えたが)見届けていた。
そうしていると。
カツッ、カツッ。
誰かが階段を下りてくる音が聞こえてきた。
彼女がそちらに視線を向けると、白いローブに身を包み、フードを被り顔を隠している人物が現れた。
「どうですか、マスターの様子は?」
「・・・・・・・・・・・うん。」
彼について訊かれているのだと理解するとその人物から視線を外して、未だ作業に専念している自分たちの主を見やった。
「・・・・・・・・・・・相も変わらず。・・・・・・・・・チーフはこっちに意識を向けないで作業してるよ?」
「ja。なるほど。真剣になるのはよろしいかと思いますが、少しは休まれた方が良いかと思います。・・・・・・・そう思うのは過保護なのでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・たぶん、nein。・・・・・・・・・声を掛けたら休むと思うけど?」
「では、貴女が掛けられたらどうです?」
「・・・・・・・・・・・nein。・・・・・・・・・やめとく。」
「おや?貴女が言われたことを言っただけですよ?」
「・・・・・・・・・・・レオナの意地悪。・・・・・・・・・・チーフが何かやってるのに夢中ってことは必要不可欠だからだって。・・・・・・・・・・知ってるくせに。」
クスッ。
「そうですね。少し意地になりました。そこは謝ります。」
ですが。
「作業に入られてもう朝を迎えてしまいましたし。徹夜というのも身体に悪いと思うのですが。」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・・・・・そこは同意。」
・・・・・・・・・・・・でも。
「・・・・・・・・・・・邪魔するのはどうかと思う。」
「ja。それはそうなのですが・・・・・・・・・・。」
二人がそんな会話をしていると彼は作業をする手を休めて、二人の方を見る。
『どうした、レオナ?まだだと思ったんだが。』
まさか。
『もう来てるのか!?おいおい、まだこっちは四分の三が終わったとこだぞ!?そろそろ来るだろうな、って思ってたらもう来てましたってのは悪い冗談だぞ、おい!!』
あー、チクショウ!!どれ持ってこうかな、『マシンガン』にするかそれとも『アサルトライフル』?いやいや、状況的に『バトルライフル』か『ショットガン』のどっちかか?いやいや、予備も考えて『ハンドガン』も必要か!?
そんなことをぼやきながらいそいそと準備に取り掛かる彼に未だにフードを被っている人物が声を掛けた。
「大丈夫ですよ、マスター。そんなに慌てなくてもまだ来ていませんから。」
『いやいや待て待て。予備弾倉も必要だし、弾幕用にガトリングも必要だな。よし、そうと決まれば全部持ってけばどうにかっ・・・・!!・・・・・・・?・・・・・あん?なんか言ったか、レオナ?』
「ja。まだモンスターの群れは来ておりません、と申したのですよ、マスター。」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんとか?』
「ja。我が主たる貴方様に誰が嘘など言いましょうか。」
胸を張ってそう言う人物の言葉が未だに信じられないのか、ケンジはケイトの方に視線を向ける。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだ来てないんだな?』
「・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・来てないよ、チーフ。」
彼女の言葉を聞くと、彼は安心したのかわざとらしくため息を吐いた。
『んだよ。ビビらせんなよ、レオナ。もう来たのかと思って冷や汗かいたぜ。』
「大丈夫ですよ、マスター。それにたとえこちらに来たとしても『タレット』の斉射でいなくなっているでしょうし。」
『まぁな。何てったって「旅団」の連中が手塩に掛けた「ガンズタレット」だからな。そう簡単にゃ・・・・・。』
そう言うと、ふと何かを思い出したかのように呟いた。
『待て、レオナ。お前、今なんて言った?』
「はい?何と、と仰られましても・・・・・・・・・。」
えっと。
「大丈夫ですよ、マスター?」
『その後。』
「こちらに来たとしても『タレット』の斉射でいなくなってるでしょうし?」
『・・・・・・・・・・・・なんで分かる?』
彼の言葉を聞いてフードを被り顔を隠している人物、レオナは答えた。
「なぜか、と申されましても。過去に何度かモンスターの氾濫は起きていますが、量としてはさほど多くはいませんでしたよ?細かくは数えてはいませんが、数千程はいたかと。」
『・・・・・・・・・・・・・えっ。たったの数千でお前ら動いたの?』
「ja。『帝国騎士団』の要請を受けて迎撃に向かいましたね。・・・・・・・・店内にいた方がよかったと後悔しておりますが。」
そう言ったレオナから彼は再び視線をケイトに向けた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・俺、今冗談聞いてる?』
「・・・・・・・・・・・・・nein。・・・・・・・・・・・・・・・冗談じゃなくて本当だよ、チーフ。」
彼女の言葉を聞くとケイトから視線を外し、レオナの方を向いた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・レオナ。真面目に答えてくれ。たったの数千単位で要請頼んだのか?数万とか数十万とかじゃなくて、たったの数千単位で連中はお前らにヘルプしてきたのか?』
「ja。貴方が理解できないのも分かりますが、彼らは数千単位で私たち二人にヘルプをしてきたのです。」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・マジかよ。・・・・・・・・・・・・・マジかよ。・・・・・・・・・普通、たったの数千単位でヘルプ要請するか?・・・・・・・・・・・・・・冗談だろ?』
「・・・・・・・・・・・・・チーフ。・・・・・・・・・・そう思いたくなるのも分かる。・・・・・・・・・・・分かるけど、本当のこと。」
『そうは言うけどよ・・・・・・・・・。普通は数万単位か数十万だろ?数千でヘルプしねぇよ。』
「・・・・・・あのですね、マスター。貴方がそう思うのも分かります。」
ですが。
「ここには、もう貴方の様な『プレイヤー』は誰一人としていないのですよ?」
突き放す様に言われた彼女の言葉にケンジは自分の認識を改める。
そうだった。
ここは自分がいた世界とは違う世界なのだ、と。
そう思うと、彼女がどういった意志を持ってケンジにそう言ったのか理解した。
この世界はお前がいた世界ではない、私たちがいる世界なのだ、と。
そう言われているようにケンジは思った。
『・・・・・・・・・・・・・あぁ、そうだった。・・・・・・・・・・・・そうだったな。・・・・・・・・・忘れていたよ。』
そう言いながらケンジは自分の手を強く握りしめた。
もし。
もし、自分がここで死んだときはどうなる・・・・・・・・・・?
ケンジは急に寒気を感じた。
自分がまだいた世界、その頃と変わらない世界だと、そう思えたからこそ自分は起こり得るであろう可能性に備えて準備している。
それがたとえ死に繋がるモノだとしても、自分は生き残れるだろうと。
死ぬことはないだろうと。
だからこそ、そう言えたのだ。
だが、レオナはそんな思いを変える様に言った。
『ここは貴方がいた世界とは違う』、と。
分かっている。
分かっているのだ、そんなことは。
だが。
だが、たとえ『プレイヤー』がいなくとも。
いなかったとしても。
助けを求められれば動くのが人間という生き物なのだ。
そのために今ケンジは備えているのだ。
ふと近くに誰かの気配を感じケンジは俯かせた頭を上げる。
その人物はケンジの手を優しく包み込むと、彼に告げた。
「大丈夫。大丈夫ですよ、マスター。貴方は死にませんから。」
なぜなら。
「スパルタンは死にません。そうでしょう?貴方はスパルタンなのですから。」
『・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうだ。』
その通りだ。
『「メカノイスをキャラクターに設定したプレイヤー」は死なない。死ぬわけがない。』
ああ、そうだった。
『そうだった。・・・・・・・・・・忘れてたぜ。・・・・・・・・・悪いな、レオナ。』
「nein。お気になさらず。貴方の傍にいるのが従者の務めです、マスター。」
彼女の心遣いにケンジは感謝した。
『最高だよ、お前は。最高の従者だ。』
そう言った彼の言葉にレオナはクスリと微笑むように笑った。
「それはそれは。お誉めに預かり、恐悦至極。感謝の極みにございます。」
『・・・・・・・・・・そいつは何よりだ。』
そんなやり取りをしていると、二人は何を先程していたのかを思い出し、彼はレオナの方を向いて彼女に訊いた。
『・・・・・・・・・で、何しに来たの、お前?』
「ja。そうでした。もう朝になりましたので朝食がてらに休まれたらどうかと思いまして声を掛けに降りて来たのでした。」
忘れていました、という彼女にケンジは人間らしさを感じたのだった。
『日常と閃撃の箱庭亭』の一階売り場横にある小さな食事スペース。
そこにあるテーブル向こうのキッチンと思われる台所スペースから簡単に作れるサンドイッチ(厳密にはサンドイッチに近いなにか)を表に出す様にしてケンジはテーブルの上に置いた。
そして、表に出ようとしたところでふと思い出す。
モノを食べるということは何かしらの飲み物が必要となってくる。
だが、ここ数日で飲んだ物はレオナが淹れてくれたなんだか不味いとしか言いようがない水であり、何も用意していなければ、またあの形容しがたい味をした水を飲むということになる。
戦闘を控えているのであれば、別にあの水でも問題はない。
問題はないのだが、せめて食事の時くらいはいい感じの飲み物が飲みたくなるのが人間という生き物だ。
とは言っても、この世界には冷蔵庫という冷やしたり凍らせたり出来る便利なモノは存在しない。
存在したとしても、そもそもがそれについて詳しい知識を持つ者がいない上に、技術も持ってはいない。
食料問題は早急の内に解決しておかねばならない優先度が非常に高い問題の一つである。
それは人類史の歴史を紐解けば小学生でも分かることだ。
しかし、そういったモノに精通した者がいなければ作れないのもまた事実であった。
はぁ、とため息を静かに吐く。
『せめて、「旅団」の連中で詳しい奴がいれば話は別だったんだがな。』
銃器以外はほとんどからっきしだったからな・・・・・・・・・・。
そんなことを一人、呟きながら薬缶を手に取ると台所脇に流れる水路に薬缶を突っ込んで、引き抜いた。
引き抜かれた薬缶には水が目一杯入れられていた。
『ま、こんなんでいいだろ。』
どうにかなるなる、と言いながらコンロと思えるモノの上に薬缶を置くと、コンロらしきものに火を点けた。
チチチッ、ボッ、とコンロに火が付くと、ケンジはコンロから身を外して、近くの棚を大雑把に見る。
そして、黒一色としか言いようがない容器を手に取ると、それを持ってコンロの方へと向かう。
この世界は『ゲームの世界』であり、ガスなどと言ったモノは存在しない。
存在しなければ魔法などの魔力を使うしか火は起こせないのだが、残念ながらケンジは魔法は使えない『メカノイス』だった。
では、どうやって火を起こしたか。
それは至ってシンプル。
昔の原始人がやっていた様に石を同時にぶつけ点火させた。
それでしかない。
まぁ、石をぶつけると言っても火花が飛ぶ可能性は限りなく低い。
低い可能性で一発で点火させるなどほぼ不可能と言ってもおかしくはない。
であれば、どうやったか。
答えは簡単である。
石同士をぶつけるのであれば、火の属性を持った鉱石をぶつければいい。
そんな答えがあるはずはない、と憤る者はいるかもしれない。
だが、考えてみてほしい。
この世界は現実の世界とは違うのだと。
この世界は元々『ゲームの世界』なのだと。
『だからと言って、実際にそうするまでには考察と実験重ねてたんだけどな。』
誰に言うでもなくケンジは独り言をただ呟いた。
そんなことを呟いていると、薬缶が沸騰したのか蒸気が吹くのが確認できた。
すぐさま火を止める様にコンロの捻りを元の位置に戻しながら薬缶を手に取ってコンロより高い位置まで上げる。
そうしていると、コンロの火を止めるかのように今度は細かい氷の結晶がコンロの上にばら撒かれ、水蒸気を出しながら火は沈下される。
その様子はケンジにとっては見慣れたもので黒い粉が入れられたカップに薬缶に入った湯を注ぎこんだ。
すると、カップにあったはずの黒い粉は蒸気を出しながら黒に限りなく近い濃い色した飲み物に変わったのだった。
『砂糖は・・・・・・・・・・・・・ないから、ブラックでいいか。』
濃いのは好きじゃねぇんだが、不味い生水出されるよりかはまだマシか。
そんな独り言をぼやきながらカップ片手に表へとケンジは出る。
食事スペースへと出ると、まだサンドイッチ(らしきなにか)に手を付けていないレオナとケイトの二人がいた。
『何やってんだ、お前ら。出されたならとっとと食っちまえよ。』
「nein。主が席に着かれていないうちに食に手を出す従者がどこにいましょうか。」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・そこはレオナに同意。」
『別に食ってても気にはしねぇぞ?』
「そうはいきません、マスター。この問題はそう簡単には解決できないのです。」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・レオナと同意見。・・・・・・・・・・・チーフが準備とか支度とかしてるのに・・・・・・・・・・・食べるのなんて出来ないよ。」
二人にそう言われ、ケンジはわざとらしくため息を吐いた。
『あ~、分かった分かった。俺が悪かった。とっとと食えばいいって言った俺が悪かった。』
「nein。別にマスターが悪いとは申してはおりません。」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・言ってないよ、チーフ。」
『でもそう言ってるよな、お前ら?』
ケンジにそう言われると、何のことかわからないという様に二人はお互いの顔を見て首を傾げた。
「はて?何のことか分かりますか、ケイト?」
「・・・・・・・・・・・nein。・・・・・・・・・全く見当がつかない。」
『お前らな・・・・・・・・・・。』
二人からのやり取りにケンジは再びため息を吐きながら自分が作ったサンドイッチ(らしきもの)が置かれた席に座る。
そして、手を合わせると。
『いただきます。』
「ja。いただきます。」
「・・・・・・・・・・・うん。・・・・・・・・・いただきます。」
ケンジが手を合わせてそう言ったのに合わせる様にして二人は互いに手を合わせてそう言った。
無骨としか言い様がない堅い外見の鋼鉄の身体でどうやってサンドイッチ(に似た何か)を持つのかと不思議に思われるだろうが、そこは『ゲームの世界』で、上手いこと調整はしてあるようで普通に手で持つ様に持つと、これまた普通に口に運んだ。
その口があるところには食べるための口は存在せず、ただ鋼鉄の板が口元にあるだけでしかなく、食べ物も食べるというよりかはめり込んだとしか言い様がない。
だが、口元から外した時にはサンドイッチ(だったもの)にはきちんと歯型と食べたと思われる形跡が残っていた。
もぐもぐと挟んだ食材の味を確かめる様にケンジは噛み締めていた。
薄く切った燻製肉はきちんと『ここにいるぞ!!』と自己主張をしているが、量が多い野菜に存在を消されかけている。だが、野菜のしゃきしゃきとした新鮮な食感に『負けてなるモノか!!』と野菜を噛めば噛むほど燻製肉が必死に間に入り込もうとする。
その食感が実にいい。
肉と野菜の攻防戦が口の中で行われているところでケンジはカップを手に取ると、中に入っている濃い黒に近い色をした飲み物を飲んだ。
口に含んだ瞬間、苦いという思いが口内を駆け巡るが決して嫌とは言えない感じがした。
せめて、牛乳なり砂糖なりがあれば、この苦さは甘味にかき消されるのだが、そういったモノが存在しないので仕方ないというのが苦い飲み物には甘いモノを入れたいという甘党であるケンジの率直な感想だった。
『・・・・・・・・・・んで、これからどうする?』
やっぱり苦いな、これ、と飲み物の苦さと格闘しながらケンジはレオナにこれからを訊ねた。
「これから、と言いますと・・・・・・・。」
『モンスターの氾濫だ。対抗策としては「タレット」敷き詰めて俺が先頭で、お前ら二人が後衛の三角戦闘隊形でいこうかと思ってるんだが。』
「ja。マスターの案でよろしいかと。ケイトは?」
「・・・・・・・・・う~ん。・・・・・・・双頭戦闘隊形は?」
『双頭戦闘隊形か。それをすると誰かがケツに着く逆三角戦闘隊形組んだ方が良くないか?』
「・・・・・・・・・それだったら。・・・・・・・・・全員が先頭で、・・・・・・・・・三頭戦闘隊形って手も・・・・・・・。」
『それだけはない。』
ケンジはケイトの案を否定しながら手に余ったサンドイッチを口に押し込むとカップを呷った。
『・・・・・・・・・・・った~、食った食った。久しぶりに食ったって感じがするな!!』
「ja。それもそうでしょう。千年ほど飲んだり食べたり為されていませんでしたから。」
『それもそうだな。んで、何の話だったか。』
「・・・・・・・・・三角戦闘陣形より・・・・・・・・・・三頭戦闘隊形・・・・・・・。」
ケイトの言葉を聞くと、ケンジは思い出したという様に手を膝に打った。
『ああ、そうだ。そうだったな。そういう話だった。』
思い出したと言いながらケンジは身体をケイトの方に向かせるように座り直した。
『三頭戦闘隊形は却下だ、ケイト。』
「・・・・・・・・・なんで?」
『いいか、三頭戦闘隊形だと後衛がいなくなる。いなくなると後ろの安全が確保できねぇってことだ。』
いいか?
『つまり、後ろで何が起きてるのか全く確認できねぇって状況で戦わないといけなくなる。分かるか?』
「・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・でも。」
『でももクソもねぇ。ダメなもんはダメだ。三頭戦闘隊形は却下だ。次点として逆三角戦闘隊形を候補に挙げるならまだしも。』
「・・・・・・・・・・・・お待ちください、マスター。・・・・・・・次点として、と仰るなら他は何です?」
レオナの質問にケンジは鼻で笑った。
『最初に言った。三角戦闘隊形だ。』
「待ってください!!それだと誰が先頭に・・・・・・・・。」
就くのですか?と彼女が訊く前に彼は自分の胸を差しながら言った。
『俺が就く。お前ら二人は後衛に就け。』
「なっ!!!正気ですか、マスター!?」
勢いよくドンっ!!と机を叩く様にしてレオナは立ち上がる。
『正気も正気だ。別にいかれたわけじゃねぇよ。』
「そうは言えども危険だと言うのです!!!・・・・・・・せめて、私かケイトのどちらかがっ!!」
彼女が言い終わる前に彼は静かに言った。
『大丈夫だ、レオナ。』
「何がっ!!何が大丈夫だと・・・・・・・・っ!!!」
仰るのですか、と言う前に彼は彼女の方に静かに手を置いた。
『大丈夫だ。「メカノイスをキャラクターに設定しているプレイヤー」は死なない。死ぬわけがない、ただ消えるだけだってな。』
それに。
『別にレベル五桁の化け物相手にするわけじゃねぇ。レベルなんざたかが二桁後半か三桁の可愛い雑魚だけだ。だから。』
安心しろ。
ケンジは椅子から立ち上がるとレオナの頭を撫でた。
・・・・・・・・・・・・相も変わらずフードを被っていたために彼女がどんな表情をしているのか皆目見当がつかなかったが。
「・・・・・・・・・・本当ですか、マスター?」
『ああ。なぁ~に、別に数千の雑魚とお遊びするだけだ。無茶をする理由がねぇ。』
無理はするがな。
『だから、安心して後衛に就いててくれ。どこの馬の骨か分からねぇ野郎にケツ見せるより、顔馴染みの美人さんに見られた方が男としちゃ嬉しいからな。』
「そ、そういうことでしたら・・・・・・・・、ja。喜んで就かせていただきます。」
『頼むぜ、レオナ。』
二人がそんな会話をしていると、ケイトが椅子から立ち上がり、二人の方へと寄ってくる。
「・・・・・・・・・・・・チーフ。」
『あ?どうした、ケイ・・・・・・・・とぉ!!ってお前近いな!!!どうしたんだよ、急に!!?』
静かにかなりの至近距離まで寄られていたことに気が付かなかったケンジは大きな声で彼女に訊いたが、彼女は何も言わずに頭を向けただけだった。
その理由が分からずに彼は訊いた。
『・・・・・・・・・えっと?ケイトさん、これは何待ちか訊いてもいいか?』
「・・・・・・・・・・・・私もチーフの後衛に就く。」
『あぁ。』
「・・・・・・・・・・・・レオナと一緒にチーフの背中を守るよ。」
『お、おぅ。』
「・・・・・・・・・・・・ん。」
そう言われて初めてケイトがケンジに何かをしてほしいという意図は分かった。
だが。
なにをしてほしいのかが全く想像がつかなかったのがケンジの中では事実だった。
いや、あのね、ケイトさん?何か言ってくれないとお兄さん的には全く皆目見当が付かないのよ。いやね?何かをしてほしいってのは分かるよ?分かるんだけど、『・・・・・・・・・・ん。』って言われてもお兄さん、お前じゃないから分からないの。頭を出されてほとんど要求を言わずに『・・・・・・・・・ん。』だけでどう理解しろと言うのかな、君は?そこのところ、お兄さん的には分かってほしいなぁ。出来れば口にしていってくれると嬉しいんだけどなぁ。えっ?無理?そっか~、無理かぁ~。お兄さん、やればできる子だと思うんだけどなぁ。無理かぁ。そっか~。
ケイトに言ってもたぶん答えてはくれないだろう。
仕方ないのでレオナの方を見る。
すると、彼女は口元を隠す様に手を口元に当て、応えた。
「あのですね、マスター。」
『どうした、ケイト?』
「多分ですが、ケイトはマスターに頭を撫でてもらいたいのかと思われますが。」
『そうなのか、ケイト?』
レオナの言葉を聞くとケイトに確かめるために彼女にケンジは訊いてみた。
「・・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・・レオナばかりずるい。・・・・・・・・・私も撫でてほしい。」
『あのな、ケイト?別にこれ、変な意味でとかじゃなくてだな。』
「よろしいと思いますが、マスター?」
はぁ?
『何言ってるんだ、お前は。』
もし、顔面が金属に覆われていなければ至って真面目な顔をしてケンジは言っていたであろう。
だが悲しいかな、今のケンジの顔は金属に覆われており、目元の所は眼を護るためにアイ・ガードに覆われていたのでどんな顔をしているのかレオナとケイトの二人には全く分からなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、二人はおおまかには理解していたので問題はない様であったが。
やれやれと言った具合でケンジは近寄ってきたケイトの頭に手を置くとゆっくり彼女の頭を撫でた。
撫でられることが気持ちがいいのかケイトは目を細める。
今の彼女の様子を見ると、顎下などを撫でたら猫の様にゴロゴロと鳴くのではないか。
悪戯心に似た何かを必死に心の中で押しとどめた。
・・・・・・・・・・・・・・・・二人の頭を撫でるのが終わったのは、それから数分経ってからだった。
休憩という名の朝食を食べ終わって、ケンジは再び地下の倉庫での作業をするために立ち上がった時に、彼らは来た。
「失礼するっ!!!」
『・・・・・・・・・・・・・・・あっ?』
そう言いながら鎧を身に纏った騎士に似た外見をしているなにかが四人、ガチャガチャ、と金属同士が擦れる音を出しながら店に入ってくる音が聞こえた。
彼らの足音を聞いて近くに座っていたケイトが少し不機嫌になったという様に眉に皺を寄せたのを見て、やっちまったな、とこれから起こりうる状況に陥るであろう彼らに同情した。
「いらっしゃませ。ご用件は如何なものでしょうか?当店では刀剣といった部類は取り扱っていませんが。」
言外で「うちじゃ刀剣の類は取り扱ってねぇからとっとと店から出ろ、クソども。」と言ってる彼女の言葉を聞いてケンジはあいつが一発目で頭に来るなんて珍しいな、と少し興味を持って食事スペースから店内の様子を見てみる。
すると、そこには先日入った店で難癖を付けてケンジたちに構ってきたチンピラその一(キッシュとか言っていた様な気がする)とその取り巻き三人の計四人がレオナを取り囲むように立っていた。
確か連中は『帝国騎士団』等という組織に属していると言っていた・・・・・・・・・・気がする。
「おお、レオナ殿!!!本日もお美しいお姿で!!!」
「ja。あまり動いてはいませんからね。」
というよりかはフード被ってるからどんな顔してるか全然分からねぇんだけどな。
心の中でケンジはツッコミを入れた。
「実は貴殿とケイト殿に頼みごとをお頼みしたいと思って馳せ参じた次第!!!」
「なるほど。・・・・・・スタンピードの件ですね?」
「なんと!!!!既にご存知であったか!!!」
「ja。さるお方から情報を頂きまして。」
「ほぅ、さるお方ですか。・・・・・・・・・・・・どこの誰か、お伺いしても?」
「nein。それは秘密にございます、故に。」
「う~む・・・・・・・・知りたくはありますが、秘密とあれば致し方なし!!!」
まぁ、お前ら一回会ってるんだけどな?
口には出さないで再び心の中でケンジは言った。
「実を申しますと、近々モンスターの群れがこの近くを通るとの報告を受けましてな。」
「ja。」
「どうやら、そのモンスターの群れは少し狂暴な様子で、外に出ている『帝国』の民にも被害が出てしまうのではないかと考えているのです。」
「なるほど。それで、私たちにどうしろと?」
「『帝国』の民を守るのは我ら『帝国騎士団』の仕事ですが、出来れば近くにおられる貴女方のお力を借りたいと思っておりましてな。」
「・・・・・・・・・・・それは嫌。・・・・・・・・・・・・って言ったら?」
ケンジの近くに座っていたケイトがいつの間にかチンピラの背後を取る様に立っていたことにケンジは驚き、声を上げるところだったが、寸でのところで思い止まると身体を引っ込めた。
ケイトはケンジの『サポートキャラクター』の中で唯一魔法を自在に操れる『エレメンタリオ』という種族の中でも最上位に当たる『エクスエレメンタリオ』であった。
ケンジの記憶から確か自身の身体を異なる場所に移動させる魔法の存在を深くに埋まった知識から引っ張り出す。
自身が魔法とは無縁の『メタノイス』であるが故に思い出すのにも少し時間が掛かってしまったのだが。
だが、チンピラたちの知識にはそれはなかったようで、突然背後に現れたケイトに驚いていた様だった。
「なっ!!!!」
「何者だ、貴様ぁ!!!」
「キッシュ様の背後を取るとは・・・・・・・・、恥を知れぃ!!!!」
「・・・・・・・・・・・?・・・・・・・・・・レオナ、説明頼める?」
チンピラたちが背後に現れたケイトに対し、それぞれ文句を言うがなぜ言われるのか意味が分からないといった様子で彼女はレオナに説明を求めた。
レオナは、ははは、と乾いた笑いをしながら手を上げると、頬に手を添えた(ように見えた)。
「あのですね、ケイト。一応、彼らにも彼らなりの流儀があるのですよ?それを知らぬ存ぜぬと言って背後から現れるとは何事か、と思われても仕方ありませんよね?つまりはそういうことです。」
「・・・・・・・・・・・うん、訳が分からない。・・・・・・・・・・・背後の安全確認してないのは彼ら。・・・・・・・・・・・私は悪くない。」
「えぇ、貴女は悪くないですよ、ケイト。ですが、彼らにも彼らなりの流儀があってですね?」
「・・・・・・・・・・・流儀なんて持ってもどうにもならない。・・・・・・・・・・・そんなのは馬にでも食べさせおいた方がマシ。」
「あのですね、ケイト?マスターがよく仰られる言葉をそのまま使うのはどうかと思いますよ?少しはアレンジをですね・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・でも、私は悪くない。」
「ja。えぇ。えぇ、分かります。分かりますよ?それでもですね・・・・・・・・・・・。」
チンピラ四人を放って、二人だけで話し始めてしまう光景に、ケンジは早く終わらねぇかな、と会話の終わりを待っていた。
そうしていると、ようやく思考が戻ってきたのか、チンピラが二人の会話に張り込んでくる
「ま、待ってください!!!レオナ様、このお方のことをなんと御呼ばれになりましたか?」
「ケイトと呼びましたが?」
「ケ、ケイト様!?あのケイト様ですか!?」
「ja。そうですが?」
「・・・・・・・・・・・ハハハ、ご冗談はやめていただきたい!!!この女性があのケイト様なはずが・・・・・・・・・・っ!!!!」
「・・・・・・・・・・・?・・・・・・・・・・・なら、『ギルドカード』。・・・・・・・・・・・見る?」
「その方が良いかもしれませんね。『ギルドカード』ならば、名を偽ることは出来ませんし。」
「お、おお、その手がありましたな!!!」
ケイトは懐から一枚のカードを取り出すと、そのカードをチンピラに渡した。
『ギルドカード』。
現実の世界で言うところの身分証明書である。
身分の詐称は出来ない様に作られており、その『カード』に書かれていることは嘘偽りのない全くの事実である。
過去に『旅団』のメンバーで集まった時に『ギルドカード』に似たモノを作ろうと材質から何から何まで調べようとした時があった。
だが、結局は何がどうなっているのか分からぬままに終わってしまった。
多くのモノを『このゲームの世界』に生み出し使い込んでいたが故に、『旅団』に属していたケンジ達七人にとっては悲しい過去の話である。
そうした過去もあってもう二度と同じ轍は踏まない様にと開発に明け暮れるようになったのは別の話。
チンピラは渡された『カード』を見て、身体を震わせながらケイトの顔を見た。
「ケ、ケイト様でいらっしゃいますか?」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・そうだけど?」
「あの『無言の暴風』で知られる、あの?」
「・・・・・・・・・・・その二つ名は知らないけど。・・・・・・・・・たぶんそう。」
チンピラの言葉を聞いて、ケンジは、あいつ喋らねぇし戦いとなったら突風巻き起こして相手がいなくなるまで暴れるから、『無言の暴風』ってのには納得だけどもなぁ、と心の中で呟きながら店内で行われている事の次第を窺っていた。
「ま、まさかとは思いますが、先日、『帝国』内の食事処におられまし・・・・・・・・た、か?」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・いたけど?」
「ご、ご無礼を致しましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
タァーン!!と音を立てながらチンピラは綺麗な土下座をケイトの前で行った。
「あ、あの時は貴女様のお姿をただの旅人と思ってしまったあまりとんだご無礼を・・・・・・・・っ!!!!」
「・・・・・・・・・・・そうだったっけ?・・・・・・・・・・覚えてる、レオナ?」
「覚えてるかと訊かれれば覚えていますと答えるでしょうが、・・・・・・・・・・・・・・・貴女はあのお方と違い、私やエルミアと同じですからね。」
「・・・・・・・・・・・チーフが同じこと訊いたら?」
「ja。その時は覚えておりますと答えるでしょう。あのお方は私たちにとって最上位にあられるお方。嘘を吐くことなど出来ませんとも。」
「・・・・・・・・・・・だったら、今は?」
「そうですねぇ・・・・・・・・・。どうしましょうか。・・・・・・・・ケイト。一応、確認ついでに御聞きするのですが。」
「・・・・・・・・・・・ja。」
「もし、『私が覚えている』と言ったら如何します?」
「・・・・・・・・・・・たぶん暴れる。」
「あのお方のこの店で、ですか?」
「・・・・・・・・・・・ja。」
「それは困りますね。ここにはあのお方が丹精込めた品々があります。故に、ここで暴れられると売り物にも被害が出てしまいますからね。」
「・・・・・・・・・・・なるほど。・・・・・・・・・・・・・で、覚えてるの、レオナ?」
レオナはケイトの質問にクスリと微笑むようにすると、言った。
「nein。いいえ、全く覚えておりません。そもそもが行った事もありませんし。」
彼女の答えにケイトは頷くと未だに土下座の格好をしているチンピラの方を見た。
「・・・・・・・・・・・ってことだから。」
「何卒、何卒、ご勘弁を・・・・・・・・・・・へっ?」
ケイトがそう言ったのが耳に届くのが遅れたのかチンピラは顔を上げると二人を交互に見た。
「えっと・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・・私たちは覚えていない。・・・・・・・・・・・・・・そもそもそんなところは知らない。・・・・・・・・・・そう言ってる。」
「つ、つまり・・・・・・・・・・どういうことでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・あんまり言いたくないから、分かって。」
ケイトがそう言った途端、彼女の周りの空気が変わった。
静かに、だが激しく吹き荒れる風に店内に置いてある品々が揺れ動く。
怒っている。
ケンジは魔力の流れなど全く分からない『キャラクター』、『メカノイス』を選択している。
それ故に、今彼女の周りで渦巻いている魔力を感じることも知覚することも出来ない。
だが、彼女たちと付き合った期間は誰よりも長いと自身を持って言うことが出来る。
だからこそ分かるのだ。
今、彼女は理解されないことを不満に思っていてどう言えばいいのか、伝わるか分からないということに苛立ちを感じている。
『ヒト』の、他人の気持ちなんてものはケンジにも分からない。
理解も出来ないし、理解しようとも思わない。
自身が『コミュニケーション障害』、俗に言われる『コミュ障』であるのは理解はしている。
だが、それを変えようと思ったことは一度だってないし、変えたいと思ったこともない。
それ故に、出来るだけ簡潔に、出来るだけ分かりやすい様にしようと努力『は』している。
・・・・・・・・・・・・・・変えようと思ってはいないが。
変えたところでどうにかなるか?
変えてしまえば、なにかになれるのか?
それはケンジには全く分からない。
だが、現状が不味い状態だというのはケンジにも分かる。
出ようかと、ケンジが足を踏み出そうとした瞬間。
突如として鋭い殺気がケンジの足を止めた。
彼が顔を上げて、見てみると。
フードに隠れながらもキッと鋭い眼光がケンジに飛ばされているのが理解できた。
こちらに貴方は来ないで。
こちらのことはこちらで対処します。
こちらは大丈夫ですから、貴方はそこから動かないで。
そう彼女が言っているようにケンジは思った。
彼女が大丈夫だとケンジに伝えるということは恐らくは彼女だけで対処できるのだろう。
少し不安に思いながら彼は素直に一歩足を後ろに下げた。
レオナはケンジが来ないことに安堵したのか礼を言うかのように頭を少し下げるとケイトの肩に触れた。
「大丈夫ですよ、ケイト。ここに敵はいません。ですから、落ち着いて。ね?」
「・・・・・・・・・・・・・でも。」
「でももないですよ。ここには貴女を傷付けようと考える敵はいません。」
「・・・・・・・・・・・・・そうかな?」
「ja。そうです、大丈夫ですよ。それにもし、いたとしても私もいますし、あのお方もおります。ですので、落ち着いて。ほら、深く吸って吐いてを繰り返してください。」
レオナに言われてケイトはすぅ~、はぁ~、と深い呼吸を繰り返す。
その呼吸で少し落ち着いたのか吹き荒れていた風が次第に柔らかなモノになっていき、そして、店内から風が消える。
消えたとほぼ同時位にレオナはケイトに確かめる様に訊いた。
「落ち着きましたか、ケイト?」
「・・・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・・・少しだけ。」
「ja。それはよかった。」
レオナは彼女にそう言うと、どうしようか慌てた様子のチンピラの方を向いた。
「それで?貴方方は当店になにかご用事でもありましたか?よろしければお伺いしますが?」
「へっ?い、いや、用事も何も・・・・・・・・・。」
「それでしたらまたのお越しを。またお越しになられた時にお応えできれば、と思います。」
「は、はい。そ、それでは、また。」
優しい言い方であるが、要するに「とっとと出てけクソ野郎。出来ればもう来るんじゃねぇぞ。その時はどうなろうが知らないからな?」とレオナに言われたとはつい知らず、チンピラとその取り巻き三人、計四人は慌てた様子で出て行った。
彼らが出て行ったことにほっと安堵しながらケンジは食事スペースから出て二人に近付いていく。
『お疲れ、レオナ。ご苦労だったな。』
「いえ、マスター。お気になさらないでください。従者としてはまだまだ未熟ですから。」
『どこがだ。ケイトを宥めて連中を追っ払っただけでも上々だ。』
「マスター・・・・・・・・・・。」
うっとりとした口調で両手を胸元で組んでケンジをレオナは見上げる。
ケンジの個人的な意見ではあるが、出来ればそういう視線で見ないでもらえると有難いと感じていた。
そのケンジの思いを悟ったのかレオナは慌てた様子で軽く咳払いをした。
「で、では、そのお言葉はお誉めの言葉と受け取ってよろしいのですね、マスター?」
『えっ?それ以外にあるのか?俺、そういうのよく分からんけど。』
「・・・・・・・・・・・ないと思うよ?」
「では、お誉めに預かり恐悦至極、感謝の極みにございます。この身が朽ち果てようとも貴方様のお傍に置かせていただければこれ幸い。嬉しく思いますれば。」
『あっはい。こちらこそ?』
「・・・・・・・・・・・仲いいね。・・・・・・・・・・・・嫉妬しちゃうかも。」
『おいバカやめろ。さっき暴れなかったんだから、もう少し抑えてだな。』
ケンジが彼女を止めようと肩に触れるか触れないかという微妙なタイミングで彼女はするりと彼の内側に身体を入れた。
「・・・・・・・・・・・でも、いいよ。・・・・・・・・・・・・チーフは私たちのチーフだもん。・・・・・・・・・・・独り占めじゃなかったら問題ないよ?」
するりと身体を入れると、彼女は彼の頬に、チュ、と唇を当てた。
『・・・・・・・・・・・あっ?』
初めてのことにケンジは思考を止めた。
そして、ケイトは内側に入った時と同じようにするりと抜けると、自身の口に指を当ててケンジを見て微笑んだ。
「・・・・・・・・・・・死なないでね、チーフ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ケイトがしたことにレオナもケンジと同じように言葉が出ない様だった。
そして、ケンジの意識がようやく戻ってくると、彼はケイトに向けて親指を立てて握り拳を、サムズアップして応えた。
『大丈夫だ。「メカノイスをキャラクターに設定したプレイヤー」は死なない。そう簡単には死なないさ。』
「・・・・・・・・・・・ん。・・・・・・・・・・約束だよ、チーフ?」
『応とも。』
ケンジがそう彼女に応えたその時、ケンジの背後でゆらぁ、と蠢く影がケイトの目に留まり・・・・・・・・・・、ケイトは何も言わずに後ろに身体を背けた。
「ほぅ?貴方様はケイトには約束して私とは出来ないと。そう仰るのですね・・・・・・・・?」
『なぁ~に、言ってるレオナ。誰がお前とは約束できないって・・・・・・・・・ヒッ!!!!』
ケンジは背後から聞こえる従者の少女の方を向く様に振り返った。
その時、初めて心の底から『暗殺者仕様ってロマンじゃね?ロマンだったら作るしかなくね?よっしゃ、作るか!!』と言って作り、レオナにその装備一式を渡したことを後悔した。
剣や盾と言ったモノはごく少数しかなく、多くの銃器と砕かれたグローブや真ん中から割れている鉄杭が多く置かれているそこに、白い鋼鉄に身を包んだ男、『ケンジ110』は分解されている銃器の部品と格闘していた。
今はいつもの様に左腕に着けている挽き肉製造機付きの大盾は外しており、椅子に座っての作業をしていた。
部品を一つ手に取っては油で汚れたタオルらしき布で拭きとりスプレーを掛けて十分に油が付着したのを確認すると、その部品を置いてまた一つ手に取って同じ作業をするといった作業をしていた。
そんな彼の様子を短く切り揃えられた緑色をした髪の少女・・・・・・・の様なあどけなさを残す女性、ケイトは真剣に(どこかぼんやりとした様子に見えたが)見届けていた。
そうしていると。
カツッ、カツッ。
誰かが階段を下りてくる音が聞こえてきた。
彼女がそちらに視線を向けると、白いローブに身を包み、フードを被り顔を隠している人物が現れた。
「どうですか、マスターの様子は?」
「・・・・・・・・・・・うん。」
彼について訊かれているのだと理解するとその人物から視線を外して、未だ作業に専念している自分たちの主を見やった。
「・・・・・・・・・・・相も変わらず。・・・・・・・・・チーフはこっちに意識を向けないで作業してるよ?」
「ja。なるほど。真剣になるのはよろしいかと思いますが、少しは休まれた方が良いかと思います。・・・・・・・そう思うのは過保護なのでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・たぶん、nein。・・・・・・・・・声を掛けたら休むと思うけど?」
「では、貴女が掛けられたらどうです?」
「・・・・・・・・・・・nein。・・・・・・・・・やめとく。」
「おや?貴女が言われたことを言っただけですよ?」
「・・・・・・・・・・・レオナの意地悪。・・・・・・・・・・チーフが何かやってるのに夢中ってことは必要不可欠だからだって。・・・・・・・・・・知ってるくせに。」
クスッ。
「そうですね。少し意地になりました。そこは謝ります。」
ですが。
「作業に入られてもう朝を迎えてしまいましたし。徹夜というのも身体に悪いと思うのですが。」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・・・・・そこは同意。」
・・・・・・・・・・・・でも。
「・・・・・・・・・・・邪魔するのはどうかと思う。」
「ja。それはそうなのですが・・・・・・・・・・。」
二人がそんな会話をしていると彼は作業をする手を休めて、二人の方を見る。
『どうした、レオナ?まだだと思ったんだが。』
まさか。
『もう来てるのか!?おいおい、まだこっちは四分の三が終わったとこだぞ!?そろそろ来るだろうな、って思ってたらもう来てましたってのは悪い冗談だぞ、おい!!』
あー、チクショウ!!どれ持ってこうかな、『マシンガン』にするかそれとも『アサルトライフル』?いやいや、状況的に『バトルライフル』か『ショットガン』のどっちかか?いやいや、予備も考えて『ハンドガン』も必要か!?
そんなことをぼやきながらいそいそと準備に取り掛かる彼に未だにフードを被っている人物が声を掛けた。
「大丈夫ですよ、マスター。そんなに慌てなくてもまだ来ていませんから。」
『いやいや待て待て。予備弾倉も必要だし、弾幕用にガトリングも必要だな。よし、そうと決まれば全部持ってけばどうにかっ・・・・!!・・・・・・・?・・・・・あん?なんか言ったか、レオナ?』
「ja。まだモンスターの群れは来ておりません、と申したのですよ、マスター。」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんとか?』
「ja。我が主たる貴方様に誰が嘘など言いましょうか。」
胸を張ってそう言う人物の言葉が未だに信じられないのか、ケンジはケイトの方に視線を向ける。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まだ来てないんだな?』
「・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・来てないよ、チーフ。」
彼女の言葉を聞くと、彼は安心したのかわざとらしくため息を吐いた。
『んだよ。ビビらせんなよ、レオナ。もう来たのかと思って冷や汗かいたぜ。』
「大丈夫ですよ、マスター。それにたとえこちらに来たとしても『タレット』の斉射でいなくなっているでしょうし。」
『まぁな。何てったって「旅団」の連中が手塩に掛けた「ガンズタレット」だからな。そう簡単にゃ・・・・・。』
そう言うと、ふと何かを思い出したかのように呟いた。
『待て、レオナ。お前、今なんて言った?』
「はい?何と、と仰られましても・・・・・・・・・。」
えっと。
「大丈夫ですよ、マスター?」
『その後。』
「こちらに来たとしても『タレット』の斉射でいなくなってるでしょうし?」
『・・・・・・・・・・・・なんで分かる?』
彼の言葉を聞いてフードを被り顔を隠している人物、レオナは答えた。
「なぜか、と申されましても。過去に何度かモンスターの氾濫は起きていますが、量としてはさほど多くはいませんでしたよ?細かくは数えてはいませんが、数千程はいたかと。」
『・・・・・・・・・・・・・えっ。たったの数千でお前ら動いたの?』
「ja。『帝国騎士団』の要請を受けて迎撃に向かいましたね。・・・・・・・・店内にいた方がよかったと後悔しておりますが。」
そう言ったレオナから彼は再び視線をケイトに向けた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・俺、今冗談聞いてる?』
「・・・・・・・・・・・・・nein。・・・・・・・・・・・・・・・冗談じゃなくて本当だよ、チーフ。」
彼女の言葉を聞くとケイトから視線を外し、レオナの方を向いた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・レオナ。真面目に答えてくれ。たったの数千単位で要請頼んだのか?数万とか数十万とかじゃなくて、たったの数千単位で連中はお前らにヘルプしてきたのか?』
「ja。貴方が理解できないのも分かりますが、彼らは数千単位で私たち二人にヘルプをしてきたのです。」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・マジかよ。・・・・・・・・・・・・・マジかよ。・・・・・・・・・普通、たったの数千単位でヘルプ要請するか?・・・・・・・・・・・・・・冗談だろ?』
「・・・・・・・・・・・・・チーフ。・・・・・・・・・・そう思いたくなるのも分かる。・・・・・・・・・・・分かるけど、本当のこと。」
『そうは言うけどよ・・・・・・・・・。普通は数万単位か数十万だろ?数千でヘルプしねぇよ。』
「・・・・・・あのですね、マスター。貴方がそう思うのも分かります。」
ですが。
「ここには、もう貴方の様な『プレイヤー』は誰一人としていないのですよ?」
突き放す様に言われた彼女の言葉にケンジは自分の認識を改める。
そうだった。
ここは自分がいた世界とは違う世界なのだ、と。
そう思うと、彼女がどういった意志を持ってケンジにそう言ったのか理解した。
この世界はお前がいた世界ではない、私たちがいる世界なのだ、と。
そう言われているようにケンジは思った。
『・・・・・・・・・・・・・あぁ、そうだった。・・・・・・・・・・・・そうだったな。・・・・・・・・・忘れていたよ。』
そう言いながらケンジは自分の手を強く握りしめた。
もし。
もし、自分がここで死んだときはどうなる・・・・・・・・・・?
ケンジは急に寒気を感じた。
自分がまだいた世界、その頃と変わらない世界だと、そう思えたからこそ自分は起こり得るであろう可能性に備えて準備している。
それがたとえ死に繋がるモノだとしても、自分は生き残れるだろうと。
死ぬことはないだろうと。
だからこそ、そう言えたのだ。
だが、レオナはそんな思いを変える様に言った。
『ここは貴方がいた世界とは違う』、と。
分かっている。
分かっているのだ、そんなことは。
だが。
だが、たとえ『プレイヤー』がいなくとも。
いなかったとしても。
助けを求められれば動くのが人間という生き物なのだ。
そのために今ケンジは備えているのだ。
ふと近くに誰かの気配を感じケンジは俯かせた頭を上げる。
その人物はケンジの手を優しく包み込むと、彼に告げた。
「大丈夫。大丈夫ですよ、マスター。貴方は死にませんから。」
なぜなら。
「スパルタンは死にません。そうでしょう?貴方はスパルタンなのですから。」
『・・・・・・・・・・・・・・・ああ、そうだ。』
その通りだ。
『「メカノイスをキャラクターに設定したプレイヤー」は死なない。死ぬわけがない。』
ああ、そうだった。
『そうだった。・・・・・・・・・・忘れてたぜ。・・・・・・・・・悪いな、レオナ。』
「nein。お気になさらず。貴方の傍にいるのが従者の務めです、マスター。」
彼女の心遣いにケンジは感謝した。
『最高だよ、お前は。最高の従者だ。』
そう言った彼の言葉にレオナはクスリと微笑むように笑った。
「それはそれは。お誉めに預かり、恐悦至極。感謝の極みにございます。」
『・・・・・・・・・・そいつは何よりだ。』
そんなやり取りをしていると、二人は何を先程していたのかを思い出し、彼はレオナの方を向いて彼女に訊いた。
『・・・・・・・・・で、何しに来たの、お前?』
「ja。そうでした。もう朝になりましたので朝食がてらに休まれたらどうかと思いまして声を掛けに降りて来たのでした。」
忘れていました、という彼女にケンジは人間らしさを感じたのだった。
『日常と閃撃の箱庭亭』の一階売り場横にある小さな食事スペース。
そこにあるテーブル向こうのキッチンと思われる台所スペースから簡単に作れるサンドイッチ(厳密にはサンドイッチに近いなにか)を表に出す様にしてケンジはテーブルの上に置いた。
そして、表に出ようとしたところでふと思い出す。
モノを食べるということは何かしらの飲み物が必要となってくる。
だが、ここ数日で飲んだ物はレオナが淹れてくれたなんだか不味いとしか言いようがない水であり、何も用意していなければ、またあの形容しがたい味をした水を飲むということになる。
戦闘を控えているのであれば、別にあの水でも問題はない。
問題はないのだが、せめて食事の時くらいはいい感じの飲み物が飲みたくなるのが人間という生き物だ。
とは言っても、この世界には冷蔵庫という冷やしたり凍らせたり出来る便利なモノは存在しない。
存在したとしても、そもそもがそれについて詳しい知識を持つ者がいない上に、技術も持ってはいない。
食料問題は早急の内に解決しておかねばならない優先度が非常に高い問題の一つである。
それは人類史の歴史を紐解けば小学生でも分かることだ。
しかし、そういったモノに精通した者がいなければ作れないのもまた事実であった。
はぁ、とため息を静かに吐く。
『せめて、「旅団」の連中で詳しい奴がいれば話は別だったんだがな。』
銃器以外はほとんどからっきしだったからな・・・・・・・・・・。
そんなことを一人、呟きながら薬缶を手に取ると台所脇に流れる水路に薬缶を突っ込んで、引き抜いた。
引き抜かれた薬缶には水が目一杯入れられていた。
『ま、こんなんでいいだろ。』
どうにかなるなる、と言いながらコンロと思えるモノの上に薬缶を置くと、コンロらしきものに火を点けた。
チチチッ、ボッ、とコンロに火が付くと、ケンジはコンロから身を外して、近くの棚を大雑把に見る。
そして、黒一色としか言いようがない容器を手に取ると、それを持ってコンロの方へと向かう。
この世界は『ゲームの世界』であり、ガスなどと言ったモノは存在しない。
存在しなければ魔法などの魔力を使うしか火は起こせないのだが、残念ながらケンジは魔法は使えない『メカノイス』だった。
では、どうやって火を起こしたか。
それは至ってシンプル。
昔の原始人がやっていた様に石を同時にぶつけ点火させた。
それでしかない。
まぁ、石をぶつけると言っても火花が飛ぶ可能性は限りなく低い。
低い可能性で一発で点火させるなどほぼ不可能と言ってもおかしくはない。
であれば、どうやったか。
答えは簡単である。
石同士をぶつけるのであれば、火の属性を持った鉱石をぶつければいい。
そんな答えがあるはずはない、と憤る者はいるかもしれない。
だが、考えてみてほしい。
この世界は現実の世界とは違うのだと。
この世界は元々『ゲームの世界』なのだと。
『だからと言って、実際にそうするまでには考察と実験重ねてたんだけどな。』
誰に言うでもなくケンジは独り言をただ呟いた。
そんなことを呟いていると、薬缶が沸騰したのか蒸気が吹くのが確認できた。
すぐさま火を止める様にコンロの捻りを元の位置に戻しながら薬缶を手に取ってコンロより高い位置まで上げる。
そうしていると、コンロの火を止めるかのように今度は細かい氷の結晶がコンロの上にばら撒かれ、水蒸気を出しながら火は沈下される。
その様子はケンジにとっては見慣れたもので黒い粉が入れられたカップに薬缶に入った湯を注ぎこんだ。
すると、カップにあったはずの黒い粉は蒸気を出しながら黒に限りなく近い濃い色した飲み物に変わったのだった。
『砂糖は・・・・・・・・・・・・・ないから、ブラックでいいか。』
濃いのは好きじゃねぇんだが、不味い生水出されるよりかはまだマシか。
そんな独り言をぼやきながらカップ片手に表へとケンジは出る。
食事スペースへと出ると、まだサンドイッチ(らしきなにか)に手を付けていないレオナとケイトの二人がいた。
『何やってんだ、お前ら。出されたならとっとと食っちまえよ。』
「nein。主が席に着かれていないうちに食に手を出す従者がどこにいましょうか。」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・そこはレオナに同意。」
『別に食ってても気にはしねぇぞ?』
「そうはいきません、マスター。この問題はそう簡単には解決できないのです。」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・レオナと同意見。・・・・・・・・・・・チーフが準備とか支度とかしてるのに・・・・・・・・・・・食べるのなんて出来ないよ。」
二人にそう言われ、ケンジはわざとらしくため息を吐いた。
『あ~、分かった分かった。俺が悪かった。とっとと食えばいいって言った俺が悪かった。』
「nein。別にマスターが悪いとは申してはおりません。」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・言ってないよ、チーフ。」
『でもそう言ってるよな、お前ら?』
ケンジにそう言われると、何のことかわからないという様に二人はお互いの顔を見て首を傾げた。
「はて?何のことか分かりますか、ケイト?」
「・・・・・・・・・・・nein。・・・・・・・・・全く見当がつかない。」
『お前らな・・・・・・・・・・。』
二人からのやり取りにケンジは再びため息を吐きながら自分が作ったサンドイッチ(らしきもの)が置かれた席に座る。
そして、手を合わせると。
『いただきます。』
「ja。いただきます。」
「・・・・・・・・・・・うん。・・・・・・・・・いただきます。」
ケンジが手を合わせてそう言ったのに合わせる様にして二人は互いに手を合わせてそう言った。
無骨としか言い様がない堅い外見の鋼鉄の身体でどうやってサンドイッチ(に似た何か)を持つのかと不思議に思われるだろうが、そこは『ゲームの世界』で、上手いこと調整はしてあるようで普通に手で持つ様に持つと、これまた普通に口に運んだ。
その口があるところには食べるための口は存在せず、ただ鋼鉄の板が口元にあるだけでしかなく、食べ物も食べるというよりかはめり込んだとしか言い様がない。
だが、口元から外した時にはサンドイッチ(だったもの)にはきちんと歯型と食べたと思われる形跡が残っていた。
もぐもぐと挟んだ食材の味を確かめる様にケンジは噛み締めていた。
薄く切った燻製肉はきちんと『ここにいるぞ!!』と自己主張をしているが、量が多い野菜に存在を消されかけている。だが、野菜のしゃきしゃきとした新鮮な食感に『負けてなるモノか!!』と野菜を噛めば噛むほど燻製肉が必死に間に入り込もうとする。
その食感が実にいい。
肉と野菜の攻防戦が口の中で行われているところでケンジはカップを手に取ると、中に入っている濃い黒に近い色をした飲み物を飲んだ。
口に含んだ瞬間、苦いという思いが口内を駆け巡るが決して嫌とは言えない感じがした。
せめて、牛乳なり砂糖なりがあれば、この苦さは甘味にかき消されるのだが、そういったモノが存在しないので仕方ないというのが苦い飲み物には甘いモノを入れたいという甘党であるケンジの率直な感想だった。
『・・・・・・・・・・んで、これからどうする?』
やっぱり苦いな、これ、と飲み物の苦さと格闘しながらケンジはレオナにこれからを訊ねた。
「これから、と言いますと・・・・・・・。」
『モンスターの氾濫だ。対抗策としては「タレット」敷き詰めて俺が先頭で、お前ら二人が後衛の三角戦闘隊形でいこうかと思ってるんだが。』
「ja。マスターの案でよろしいかと。ケイトは?」
「・・・・・・・・・う~ん。・・・・・・・双頭戦闘隊形は?」
『双頭戦闘隊形か。それをすると誰かがケツに着く逆三角戦闘隊形組んだ方が良くないか?』
「・・・・・・・・・それだったら。・・・・・・・・・全員が先頭で、・・・・・・・・・三頭戦闘隊形って手も・・・・・・・。」
『それだけはない。』
ケンジはケイトの案を否定しながら手に余ったサンドイッチを口に押し込むとカップを呷った。
『・・・・・・・・・・・った~、食った食った。久しぶりに食ったって感じがするな!!』
「ja。それもそうでしょう。千年ほど飲んだり食べたり為されていませんでしたから。」
『それもそうだな。んで、何の話だったか。』
「・・・・・・・・・三角戦闘陣形より・・・・・・・・・・三頭戦闘隊形・・・・・・・。」
ケイトの言葉を聞くと、ケンジは思い出したという様に手を膝に打った。
『ああ、そうだ。そうだったな。そういう話だった。』
思い出したと言いながらケンジは身体をケイトの方に向かせるように座り直した。
『三頭戦闘隊形は却下だ、ケイト。』
「・・・・・・・・・なんで?」
『いいか、三頭戦闘隊形だと後衛がいなくなる。いなくなると後ろの安全が確保できねぇってことだ。』
いいか?
『つまり、後ろで何が起きてるのか全く確認できねぇって状況で戦わないといけなくなる。分かるか?』
「・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・でも。」
『でももクソもねぇ。ダメなもんはダメだ。三頭戦闘隊形は却下だ。次点として逆三角戦闘隊形を候補に挙げるならまだしも。』
「・・・・・・・・・・・・お待ちください、マスター。・・・・・・・次点として、と仰るなら他は何です?」
レオナの質問にケンジは鼻で笑った。
『最初に言った。三角戦闘隊形だ。』
「待ってください!!それだと誰が先頭に・・・・・・・・。」
就くのですか?と彼女が訊く前に彼は自分の胸を差しながら言った。
『俺が就く。お前ら二人は後衛に就け。』
「なっ!!!正気ですか、マスター!?」
勢いよくドンっ!!と机を叩く様にしてレオナは立ち上がる。
『正気も正気だ。別にいかれたわけじゃねぇよ。』
「そうは言えども危険だと言うのです!!!・・・・・・・せめて、私かケイトのどちらかがっ!!」
彼女が言い終わる前に彼は静かに言った。
『大丈夫だ、レオナ。』
「何がっ!!何が大丈夫だと・・・・・・・・っ!!!」
仰るのですか、と言う前に彼は彼女の方に静かに手を置いた。
『大丈夫だ。「メカノイスをキャラクターに設定しているプレイヤー」は死なない。死ぬわけがない、ただ消えるだけだってな。』
それに。
『別にレベル五桁の化け物相手にするわけじゃねぇ。レベルなんざたかが二桁後半か三桁の可愛い雑魚だけだ。だから。』
安心しろ。
ケンジは椅子から立ち上がるとレオナの頭を撫でた。
・・・・・・・・・・・・相も変わらずフードを被っていたために彼女がどんな表情をしているのか皆目見当がつかなかったが。
「・・・・・・・・・・本当ですか、マスター?」
『ああ。なぁ~に、別に数千の雑魚とお遊びするだけだ。無茶をする理由がねぇ。』
無理はするがな。
『だから、安心して後衛に就いててくれ。どこの馬の骨か分からねぇ野郎にケツ見せるより、顔馴染みの美人さんに見られた方が男としちゃ嬉しいからな。』
「そ、そういうことでしたら・・・・・・・・、ja。喜んで就かせていただきます。」
『頼むぜ、レオナ。』
二人がそんな会話をしていると、ケイトが椅子から立ち上がり、二人の方へと寄ってくる。
「・・・・・・・・・・・・チーフ。」
『あ?どうした、ケイ・・・・・・・・とぉ!!ってお前近いな!!!どうしたんだよ、急に!!?』
静かにかなりの至近距離まで寄られていたことに気が付かなかったケンジは大きな声で彼女に訊いたが、彼女は何も言わずに頭を向けただけだった。
その理由が分からずに彼は訊いた。
『・・・・・・・・・えっと?ケイトさん、これは何待ちか訊いてもいいか?』
「・・・・・・・・・・・・私もチーフの後衛に就く。」
『あぁ。』
「・・・・・・・・・・・・レオナと一緒にチーフの背中を守るよ。」
『お、おぅ。』
「・・・・・・・・・・・・ん。」
そう言われて初めてケイトがケンジに何かをしてほしいという意図は分かった。
だが。
なにをしてほしいのかが全く想像がつかなかったのがケンジの中では事実だった。
いや、あのね、ケイトさん?何か言ってくれないとお兄さん的には全く皆目見当が付かないのよ。いやね?何かをしてほしいってのは分かるよ?分かるんだけど、『・・・・・・・・・・ん。』って言われてもお兄さん、お前じゃないから分からないの。頭を出されてほとんど要求を言わずに『・・・・・・・・・ん。』だけでどう理解しろと言うのかな、君は?そこのところ、お兄さん的には分かってほしいなぁ。出来れば口にしていってくれると嬉しいんだけどなぁ。えっ?無理?そっか~、無理かぁ~。お兄さん、やればできる子だと思うんだけどなぁ。無理かぁ。そっか~。
ケイトに言ってもたぶん答えてはくれないだろう。
仕方ないのでレオナの方を見る。
すると、彼女は口元を隠す様に手を口元に当て、応えた。
「あのですね、マスター。」
『どうした、ケイト?』
「多分ですが、ケイトはマスターに頭を撫でてもらいたいのかと思われますが。」
『そうなのか、ケイト?』
レオナの言葉を聞くとケイトに確かめるために彼女にケンジは訊いてみた。
「・・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・・レオナばかりずるい。・・・・・・・・・私も撫でてほしい。」
『あのな、ケイト?別にこれ、変な意味でとかじゃなくてだな。』
「よろしいと思いますが、マスター?」
はぁ?
『何言ってるんだ、お前は。』
もし、顔面が金属に覆われていなければ至って真面目な顔をしてケンジは言っていたであろう。
だが悲しいかな、今のケンジの顔は金属に覆われており、目元の所は眼を護るためにアイ・ガードに覆われていたのでどんな顔をしているのかレオナとケイトの二人には全く分からなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、二人はおおまかには理解していたので問題はない様であったが。
やれやれと言った具合でケンジは近寄ってきたケイトの頭に手を置くとゆっくり彼女の頭を撫でた。
撫でられることが気持ちがいいのかケイトは目を細める。
今の彼女の様子を見ると、顎下などを撫でたら猫の様にゴロゴロと鳴くのではないか。
悪戯心に似た何かを必死に心の中で押しとどめた。
・・・・・・・・・・・・・・・・二人の頭を撫でるのが終わったのは、それから数分経ってからだった。
休憩という名の朝食を食べ終わって、ケンジは再び地下の倉庫での作業をするために立ち上がった時に、彼らは来た。
「失礼するっ!!!」
『・・・・・・・・・・・・・・・あっ?』
そう言いながら鎧を身に纏った騎士に似た外見をしているなにかが四人、ガチャガチャ、と金属同士が擦れる音を出しながら店に入ってくる音が聞こえた。
彼らの足音を聞いて近くに座っていたケイトが少し不機嫌になったという様に眉に皺を寄せたのを見て、やっちまったな、とこれから起こりうる状況に陥るであろう彼らに同情した。
「いらっしゃませ。ご用件は如何なものでしょうか?当店では刀剣といった部類は取り扱っていませんが。」
言外で「うちじゃ刀剣の類は取り扱ってねぇからとっとと店から出ろ、クソども。」と言ってる彼女の言葉を聞いてケンジはあいつが一発目で頭に来るなんて珍しいな、と少し興味を持って食事スペースから店内の様子を見てみる。
すると、そこには先日入った店で難癖を付けてケンジたちに構ってきたチンピラその一(キッシュとか言っていた様な気がする)とその取り巻き三人の計四人がレオナを取り囲むように立っていた。
確か連中は『帝国騎士団』等という組織に属していると言っていた・・・・・・・・・・気がする。
「おお、レオナ殿!!!本日もお美しいお姿で!!!」
「ja。あまり動いてはいませんからね。」
というよりかはフード被ってるからどんな顔してるか全然分からねぇんだけどな。
心の中でケンジはツッコミを入れた。
「実は貴殿とケイト殿に頼みごとをお頼みしたいと思って馳せ参じた次第!!!」
「なるほど。・・・・・・スタンピードの件ですね?」
「なんと!!!!既にご存知であったか!!!」
「ja。さるお方から情報を頂きまして。」
「ほぅ、さるお方ですか。・・・・・・・・・・・・どこの誰か、お伺いしても?」
「nein。それは秘密にございます、故に。」
「う~む・・・・・・・・知りたくはありますが、秘密とあれば致し方なし!!!」
まぁ、お前ら一回会ってるんだけどな?
口には出さないで再び心の中でケンジは言った。
「実を申しますと、近々モンスターの群れがこの近くを通るとの報告を受けましてな。」
「ja。」
「どうやら、そのモンスターの群れは少し狂暴な様子で、外に出ている『帝国』の民にも被害が出てしまうのではないかと考えているのです。」
「なるほど。それで、私たちにどうしろと?」
「『帝国』の民を守るのは我ら『帝国騎士団』の仕事ですが、出来れば近くにおられる貴女方のお力を借りたいと思っておりましてな。」
「・・・・・・・・・・・それは嫌。・・・・・・・・・・・・って言ったら?」
ケンジの近くに座っていたケイトがいつの間にかチンピラの背後を取る様に立っていたことにケンジは驚き、声を上げるところだったが、寸でのところで思い止まると身体を引っ込めた。
ケイトはケンジの『サポートキャラクター』の中で唯一魔法を自在に操れる『エレメンタリオ』という種族の中でも最上位に当たる『エクスエレメンタリオ』であった。
ケンジの記憶から確か自身の身体を異なる場所に移動させる魔法の存在を深くに埋まった知識から引っ張り出す。
自身が魔法とは無縁の『メタノイス』であるが故に思い出すのにも少し時間が掛かってしまったのだが。
だが、チンピラたちの知識にはそれはなかったようで、突然背後に現れたケイトに驚いていた様だった。
「なっ!!!!」
「何者だ、貴様ぁ!!!」
「キッシュ様の背後を取るとは・・・・・・・・、恥を知れぃ!!!!」
「・・・・・・・・・・・?・・・・・・・・・・レオナ、説明頼める?」
チンピラたちが背後に現れたケイトに対し、それぞれ文句を言うがなぜ言われるのか意味が分からないといった様子で彼女はレオナに説明を求めた。
レオナは、ははは、と乾いた笑いをしながら手を上げると、頬に手を添えた(ように見えた)。
「あのですね、ケイト。一応、彼らにも彼らなりの流儀があるのですよ?それを知らぬ存ぜぬと言って背後から現れるとは何事か、と思われても仕方ありませんよね?つまりはそういうことです。」
「・・・・・・・・・・・うん、訳が分からない。・・・・・・・・・・・背後の安全確認してないのは彼ら。・・・・・・・・・・・私は悪くない。」
「えぇ、貴女は悪くないですよ、ケイト。ですが、彼らにも彼らなりの流儀があってですね?」
「・・・・・・・・・・・流儀なんて持ってもどうにもならない。・・・・・・・・・・・そんなのは馬にでも食べさせおいた方がマシ。」
「あのですね、ケイト?マスターがよく仰られる言葉をそのまま使うのはどうかと思いますよ?少しはアレンジをですね・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・でも、私は悪くない。」
「ja。えぇ。えぇ、分かります。分かりますよ?それでもですね・・・・・・・・・・・。」
チンピラ四人を放って、二人だけで話し始めてしまう光景に、ケンジは早く終わらねぇかな、と会話の終わりを待っていた。
そうしていると、ようやく思考が戻ってきたのか、チンピラが二人の会話に張り込んでくる
「ま、待ってください!!!レオナ様、このお方のことをなんと御呼ばれになりましたか?」
「ケイトと呼びましたが?」
「ケ、ケイト様!?あのケイト様ですか!?」
「ja。そうですが?」
「・・・・・・・・・・・ハハハ、ご冗談はやめていただきたい!!!この女性があのケイト様なはずが・・・・・・・・・・っ!!!!」
「・・・・・・・・・・・?・・・・・・・・・・・なら、『ギルドカード』。・・・・・・・・・・・見る?」
「その方が良いかもしれませんね。『ギルドカード』ならば、名を偽ることは出来ませんし。」
「お、おお、その手がありましたな!!!」
ケイトは懐から一枚のカードを取り出すと、そのカードをチンピラに渡した。
『ギルドカード』。
現実の世界で言うところの身分証明書である。
身分の詐称は出来ない様に作られており、その『カード』に書かれていることは嘘偽りのない全くの事実である。
過去に『旅団』のメンバーで集まった時に『ギルドカード』に似たモノを作ろうと材質から何から何まで調べようとした時があった。
だが、結局は何がどうなっているのか分からぬままに終わってしまった。
多くのモノを『このゲームの世界』に生み出し使い込んでいたが故に、『旅団』に属していたケンジ達七人にとっては悲しい過去の話である。
そうした過去もあってもう二度と同じ轍は踏まない様にと開発に明け暮れるようになったのは別の話。
チンピラは渡された『カード』を見て、身体を震わせながらケイトの顔を見た。
「ケ、ケイト様でいらっしゃいますか?」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・そうだけど?」
「あの『無言の暴風』で知られる、あの?」
「・・・・・・・・・・・その二つ名は知らないけど。・・・・・・・・・たぶんそう。」
チンピラの言葉を聞いて、ケンジは、あいつ喋らねぇし戦いとなったら突風巻き起こして相手がいなくなるまで暴れるから、『無言の暴風』ってのには納得だけどもなぁ、と心の中で呟きながら店内で行われている事の次第を窺っていた。
「ま、まさかとは思いますが、先日、『帝国』内の食事処におられまし・・・・・・・・た、か?」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・いたけど?」
「ご、ご無礼を致しましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
タァーン!!と音を立てながらチンピラは綺麗な土下座をケイトの前で行った。
「あ、あの時は貴女様のお姿をただの旅人と思ってしまったあまりとんだご無礼を・・・・・・・・っ!!!!」
「・・・・・・・・・・・そうだったっけ?・・・・・・・・・・覚えてる、レオナ?」
「覚えてるかと訊かれれば覚えていますと答えるでしょうが、・・・・・・・・・・・・・・・貴女はあのお方と違い、私やエルミアと同じですからね。」
「・・・・・・・・・・・チーフが同じこと訊いたら?」
「ja。その時は覚えておりますと答えるでしょう。あのお方は私たちにとって最上位にあられるお方。嘘を吐くことなど出来ませんとも。」
「・・・・・・・・・・・だったら、今は?」
「そうですねぇ・・・・・・・・・。どうしましょうか。・・・・・・・・ケイト。一応、確認ついでに御聞きするのですが。」
「・・・・・・・・・・・ja。」
「もし、『私が覚えている』と言ったら如何します?」
「・・・・・・・・・・・たぶん暴れる。」
「あのお方のこの店で、ですか?」
「・・・・・・・・・・・ja。」
「それは困りますね。ここにはあのお方が丹精込めた品々があります。故に、ここで暴れられると売り物にも被害が出てしまいますからね。」
「・・・・・・・・・・・なるほど。・・・・・・・・・・・・・で、覚えてるの、レオナ?」
レオナはケイトの質問にクスリと微笑むようにすると、言った。
「nein。いいえ、全く覚えておりません。そもそもが行った事もありませんし。」
彼女の答えにケイトは頷くと未だに土下座の格好をしているチンピラの方を見た。
「・・・・・・・・・・・ってことだから。」
「何卒、何卒、ご勘弁を・・・・・・・・・・・へっ?」
ケイトがそう言ったのが耳に届くのが遅れたのかチンピラは顔を上げると二人を交互に見た。
「えっと・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・・私たちは覚えていない。・・・・・・・・・・・・・・そもそもそんなところは知らない。・・・・・・・・・・そう言ってる。」
「つ、つまり・・・・・・・・・・どういうことでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・あんまり言いたくないから、分かって。」
ケイトがそう言った途端、彼女の周りの空気が変わった。
静かに、だが激しく吹き荒れる風に店内に置いてある品々が揺れ動く。
怒っている。
ケンジは魔力の流れなど全く分からない『キャラクター』、『メカノイス』を選択している。
それ故に、今彼女の周りで渦巻いている魔力を感じることも知覚することも出来ない。
だが、彼女たちと付き合った期間は誰よりも長いと自身を持って言うことが出来る。
だからこそ分かるのだ。
今、彼女は理解されないことを不満に思っていてどう言えばいいのか、伝わるか分からないということに苛立ちを感じている。
『ヒト』の、他人の気持ちなんてものはケンジにも分からない。
理解も出来ないし、理解しようとも思わない。
自身が『コミュニケーション障害』、俗に言われる『コミュ障』であるのは理解はしている。
だが、それを変えようと思ったことは一度だってないし、変えたいと思ったこともない。
それ故に、出来るだけ簡潔に、出来るだけ分かりやすい様にしようと努力『は』している。
・・・・・・・・・・・・・・変えようと思ってはいないが。
変えたところでどうにかなるか?
変えてしまえば、なにかになれるのか?
それはケンジには全く分からない。
だが、現状が不味い状態だというのはケンジにも分かる。
出ようかと、ケンジが足を踏み出そうとした瞬間。
突如として鋭い殺気がケンジの足を止めた。
彼が顔を上げて、見てみると。
フードに隠れながらもキッと鋭い眼光がケンジに飛ばされているのが理解できた。
こちらに貴方は来ないで。
こちらのことはこちらで対処します。
こちらは大丈夫ですから、貴方はそこから動かないで。
そう彼女が言っているようにケンジは思った。
彼女が大丈夫だとケンジに伝えるということは恐らくは彼女だけで対処できるのだろう。
少し不安に思いながら彼は素直に一歩足を後ろに下げた。
レオナはケンジが来ないことに安堵したのか礼を言うかのように頭を少し下げるとケイトの肩に触れた。
「大丈夫ですよ、ケイト。ここに敵はいません。ですから、落ち着いて。ね?」
「・・・・・・・・・・・・・でも。」
「でももないですよ。ここには貴女を傷付けようと考える敵はいません。」
「・・・・・・・・・・・・・そうかな?」
「ja。そうです、大丈夫ですよ。それにもし、いたとしても私もいますし、あのお方もおります。ですので、落ち着いて。ほら、深く吸って吐いてを繰り返してください。」
レオナに言われてケイトはすぅ~、はぁ~、と深い呼吸を繰り返す。
その呼吸で少し落ち着いたのか吹き荒れていた風が次第に柔らかなモノになっていき、そして、店内から風が消える。
消えたとほぼ同時位にレオナはケイトに確かめる様に訊いた。
「落ち着きましたか、ケイト?」
「・・・・・・・・・・・・・ja。・・・・・・・・・・・・少しだけ。」
「ja。それはよかった。」
レオナは彼女にそう言うと、どうしようか慌てた様子のチンピラの方を向いた。
「それで?貴方方は当店になにかご用事でもありましたか?よろしければお伺いしますが?」
「へっ?い、いや、用事も何も・・・・・・・・・。」
「それでしたらまたのお越しを。またお越しになられた時にお応えできれば、と思います。」
「は、はい。そ、それでは、また。」
優しい言い方であるが、要するに「とっとと出てけクソ野郎。出来ればもう来るんじゃねぇぞ。その時はどうなろうが知らないからな?」とレオナに言われたとはつい知らず、チンピラとその取り巻き三人、計四人は慌てた様子で出て行った。
彼らが出て行ったことにほっと安堵しながらケンジは食事スペースから出て二人に近付いていく。
『お疲れ、レオナ。ご苦労だったな。』
「いえ、マスター。お気になさらないでください。従者としてはまだまだ未熟ですから。」
『どこがだ。ケイトを宥めて連中を追っ払っただけでも上々だ。』
「マスター・・・・・・・・・・。」
うっとりとした口調で両手を胸元で組んでケンジをレオナは見上げる。
ケンジの個人的な意見ではあるが、出来ればそういう視線で見ないでもらえると有難いと感じていた。
そのケンジの思いを悟ったのかレオナは慌てた様子で軽く咳払いをした。
「で、では、そのお言葉はお誉めの言葉と受け取ってよろしいのですね、マスター?」
『えっ?それ以外にあるのか?俺、そういうのよく分からんけど。』
「・・・・・・・・・・・ないと思うよ?」
「では、お誉めに預かり恐悦至極、感謝の極みにございます。この身が朽ち果てようとも貴方様のお傍に置かせていただければこれ幸い。嬉しく思いますれば。」
『あっはい。こちらこそ?』
「・・・・・・・・・・・仲いいね。・・・・・・・・・・・・嫉妬しちゃうかも。」
『おいバカやめろ。さっき暴れなかったんだから、もう少し抑えてだな。』
ケンジが彼女を止めようと肩に触れるか触れないかという微妙なタイミングで彼女はするりと彼の内側に身体を入れた。
「・・・・・・・・・・・でも、いいよ。・・・・・・・・・・・・チーフは私たちのチーフだもん。・・・・・・・・・・・独り占めじゃなかったら問題ないよ?」
するりと身体を入れると、彼女は彼の頬に、チュ、と唇を当てた。
『・・・・・・・・・・・あっ?』
初めてのことにケンジは思考を止めた。
そして、ケイトは内側に入った時と同じようにするりと抜けると、自身の口に指を当ててケンジを見て微笑んだ。
「・・・・・・・・・・・死なないでね、チーフ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ケイトがしたことにレオナもケンジと同じように言葉が出ない様だった。
そして、ケンジの意識がようやく戻ってくると、彼はケイトに向けて親指を立てて握り拳を、サムズアップして応えた。
『大丈夫だ。「メカノイスをキャラクターに設定したプレイヤー」は死なない。そう簡単には死なないさ。』
「・・・・・・・・・・・ん。・・・・・・・・・・約束だよ、チーフ?」
『応とも。』
ケンジがそう彼女に応えたその時、ケンジの背後でゆらぁ、と蠢く影がケイトの目に留まり・・・・・・・・・・、ケイトは何も言わずに後ろに身体を背けた。
「ほぅ?貴方様はケイトには約束して私とは出来ないと。そう仰るのですね・・・・・・・・?」
『なぁ~に、言ってるレオナ。誰がお前とは約束できないって・・・・・・・・・ヒッ!!!!』
ケンジは背後から聞こえる従者の少女の方を向く様に振り返った。
その時、初めて心の底から『暗殺者仕様ってロマンじゃね?ロマンだったら作るしかなくね?よっしゃ、作るか!!』と言って作り、レオナにその装備一式を渡したことを後悔した。
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私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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