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第32話【最後のデリートマン③】
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「田坂さま、このデリート依頼で田坂さまの思い出がなくなりました。田坂さまのおかげで、様々なデータが取れました。本当にありがとうございました」
最後の思い出と引き換えに、おれは人を消す手続きを終えた。明日の午前0時。最後のデリートが完了する。
対象は自らの親を殺害した息子だった。特に「この人」と決めて消した訳ではない。たまたまニュースで見ただけだ。最後にやることは決めている。だから、特にこだわりはなかった。
「これで、おれはデリートサイトの会員を退会かな?」
「そうなります。我々はこの先研究を続けていきますが、やはり、第一号のデリートマンである田坂さまは特別です。我々は決して田坂さまを忘れることはないでしょう」
(こっちは、もう全部忘れたよ)
もう、何も覚えていない。例えば、その人は覚えていても、その人との思い出はない。人を消したことしか、もう覚えていなかった。
「次のデリートマンは。もう決めてるのか?」
「はい。おおよそは」
「そうか。まったく違うやつなのかな?それとも敢えて、おれの近くにいるやつか?」
次のデリートマンが気になった。次のやつは、最後のこのとき、どういう答えに辿りつくんだろう。
「それはお答えできないんです。元デリートマンである田坂さまに、次のデリートマンの情報を渡せないことになっているんです」
(そうなのか)
興味本位で聞いてみただけだ。次が誰でも、特に問題はない。
「なあ、もう出てこないんだろ?」
おれはにはもう思い出がない。人を消せない。だから、もうデリートサイトは立ちあがってこないはずだ。
「はい。最後の削除依頼を受け付けましたので、これで田坂さまとはお別れということになります」
「あっさりしてるな」
まあ、ずっと冷たい奴だった。そんなものなのかもしれない。
「田坂さま。ひとつだけ言わせてください」
「うん。なに?」
「デリートマンと直接やりとりをする。研究員の中でこの役割が私に与えられた理由は、人の感情に惑わされないからです。デリートマンはやはり悩むんです。だから、研究員がいちいちそういう情に流されていては仕事にならないんです」
「そうだろうな。あんた、そんな感じするもん」
「でも、田坂さまとやり取りさせていただいていて、正直に言います。楽しかったです。我々は、ただデリートマンからの依頼に従い人を消すだけ。でも、田坂さまの言葉に反応してしまうときもありました。そして、田坂さまはデータと違ったことを言うことも多かった」
(そういえば、そんなこと言われたな)
思い出は全部忘れてるのに、この研究員との記憶だけは残っていた。おそらく、人を消したことに関する記憶は消えないんだろう。
「データ取ってわかってるはずなのに、外すこともあるんだなって思ったよ」
「そうなんです。われわれも驚いていました。だから、それも貴重なデータとなったのです。ほんとに、私は、楽しみだった。田坂さまと話すのが。今日も予想と違うことを言うだろうか?今日はどんな疑問を持っているんだろう?
などと考え、わくわくしておりました。デリートマンとやり取りをする役割を与えられた者としては失格ですが、これだけは最後に言いたかった。田坂さま、ありがとうございました。これは研究員としてではなく、私個人として楽しい時間を過ごさせていただいたお礼です」
「なんか照れるけど、こっちもありがとう。いろいろと考ることができて、勉強になった」
デリートマンになってなかったら、今思っている結論には、どうやったって達していないと思う。
「何か、考えてらっしゃるんですか?」
「あれ?データ取ってないのか?」
「はい。デリートマンとして活動していただいてる中で、田坂さまはある時点から人を消した後の考え方が変わらなくなってきていたんです。おそらく、私が真実を話したあたりでしょうか。もちもん、人が消える前と消えた後の世界のデータは溜めておりますが、人を消した後、田坂さまの感情に変化がなくなってからは、もう田坂さまのデータは取っておりません」
(そうだったのか、じゃあ、今の考えを詳しくは知らないのか。どおりで文句言わないはずだ)
「おれが『不要な人間はいる』って信じてたときだな」
「今は違うんですか?」
「うん、だいぶね」
「それは、本当ですか?一体、何があったんです?」
「ゆっくり話したいけど、もうすぐ0時だよ。消さないとまずいんじゃない?」
時刻は23時50分になっていた。
「ほんとですね。こちらの業務にもどらないといけません」
「じゃあさ、明日の夜、もっかい出てきてよ。そのとき話そう。そのとき、おれはもうデリートマンじゃないけど」
「わかりました。田坂さま。それでは、明日の夜、もう一度サイトを立ち上げます。ログインIDもパスワードも一日延長しておきますね」
「わかった。じゃあまた明日」
「はい、失礼致します」
デリートサイトが閉じられる。
(明日だ。明日ですべてが終わる。今日は眠れなさそうだな)
リビングに置いてあるウォッカを空けて、グラスにそのまま注いだ。
グラスを傾け、舌を這わせて喉へ落とす。喉に感じる焼けるような熱さが、少し心地良かった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
仕事終わり、おれは会社を出て、ビルを振りかえった。大きなビルの一室に勤めている会社がある。
(ここにいる一人一人が、みんな違う人で、違う考え方を持ってて、だから、それでよくて…)
「田坂さーん!」
小島が走りながら声をかけてきた。おかげで思考が遮られた。
「小島、帰りか?」
「はい、駅まで一緒に行きましょう。ほんとは飲みに行きたいですけど、まだ週の始めだし、田坂さんしんどそうだし」
別にしんどくはないが、暗い顔をしているかもしれない。
「そうだな、今日はまっすぐ帰ろうか」
週の始めなので、駅へ向かう人の流れが週末より多い。その流れに乗って二人で歩く。
「田坂さん、前の話ですけどね、新藤さんが国重部長に聞いたんですよ。僕のDNAの話」
「なんだ?それ?」
「いや、前に新藤さんと飲んだとき3人で話したじゃないですか?凶悪犯になるやつは生まれたときからDNAが違うんじゃないかって」
(また消した記憶か…、でも、もういい)
「悪い、酔ってたのかな。忘れた」
「もう!田坂さんの物忘れ酷過ぎる!!」
「悪い悪い。でも、凶悪犯でもさ、生まれたときにDNAに欠陥なんてあるのかな?おれはない気がするけど」
少し前だったら、回答は違っていたかもしれない。
「田坂さん!前はそうかもしれないって言ってたのに!!」
(やっぱりそうなのか)
「悪い、酔っぱらってたのかも、でもな、生まれたときに犯罪者として生まれてくる人間は、やっぱりいないと思うよ」
「国重部長もそう言ったらしいんですよ。僕、ひねくれてるのかなぁ」
その考え方を元にあいつらは研究をしている。あいつらからしたら、今のおれの方がひねくれてるように見えるだろう。
「面白い考え方だとは思うよ」
「田坂さん、なんで今はそう思うんですか?前は酔ってたにしても僕よりの考えだったのに」
前は人を消してデータを集めれば良い世界ができると思っていた。だから、そうなったんだろう。
「だって、凶悪犯になると決まって生まれてくるんだったら、生まれてくることに意味がないじゃないか」
「意味のない人間だから生まれたときに殺すんですよ」
あいつらが泣いて喜びそうな考え方だ。
「ほんとにそうなら、それでもいいかもしれない。でもな、小島。おれは違うと思う。意味なく生まれてくる人間なんていないと思う。これは、どちらの考えが正しいとか間違えてるとかじゃない。答えはないと思う。おれがそう信じたいだけだ」
「う~ん、そうかぁ、難しいですね」
「何も、おまえの考えを変える必要もない。お前が言うことの方が、もしかしたら正しいかもしれない」
駅が近づいてきた。小島とはホームが別なので、お別れだ。
「わかりました、ありがとうとざいます田坂さん!じゃあ、僕こっちなんで。また明日!」
(明日か…)
「気をつけてな。お疲れさま」
小島が手を振りながら自分とは反対のホームへ行く。
(小島…あいつは、グッチーがいたとき、精神をやられて入院したんだ。グッチーが消えたら、つまりいなかったら、あんなに元気に…)
人を消したことに関する記憶は残っている。というか、もうその記憶しか残っていない。その記憶の中の、グッチーに打ちのめされた小島を思い出した。
「小島ー!」
気付くと、離れていく小島に向かって叫んでいた。びっくりして小島が振り向く。
「大丈夫だから!お前だったら、何があっても絶対に大丈夫だからな!!」
キョトンとしてこちらを見る小島だったが、「ありがとうございます」と言ってにこやかに去っていった。
(負けるんじゃないぞ…)
そう思いながら、小島を見送った。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
家に帰ると、デリートサイトが立ちあがっていた。
「おかえりなさいませ。田坂さま。今日は、約束通りお話をしにきました」
「もうデリートマンじゃないのに、わざわざありがとう」
「いえ、デリートマンでなくなっても田坂さまは田坂さまです。今になって思いますが、私はずっとデリートマンではなく、田坂さまと話していた気がします」
確かに、この冷たい研究員にところどころ人間くささを感じるときはあった。
「じゃあ、早速だけど話そうか?あんたらがデータを取ってない間に変わったおれの考え」
「おねがい致します」
いざ、こいつに言うとなると緊張する。ずっとデリートマンとしてやってきたのに、幻滅させることを言うのだから。
こいつらからすれば間違えている考え方だろう。でも、人を消して、考えて、辿りついた答えだ。おれは、これでいい。
「おれが言うのはおかしいのは分かってる。でも、今は確信してる、人を、消しちゃ駄目だよ、絶対に、人は消しちゃ駄目だ」
返ってこない。めずらしく返信に時間がかかっている。
「それは…」
また少し空く。
「我々の研究しているロジックを完成させる過程で人を消すのに心が痛む。そういうことですか?」
「いや、違う。そのロジックを完成させて人を消すことがありえないと言う意味だ」
「でも、田坂さまは我々の研究に協力くださいました!ロジック完成の為にたくさんの人を消した!」
その通りだ。だから、わかったんだ。
「言い方が悪かった。ロジックの完成自体がありえないと思ってる。そのロジックが完成することは世の中に生まれながらにして不要な人間がいるということになる。でも、おれはそうじゃないって信じたいんだ」
「我々は必ず完成させますよ」
表情は見えないが、今、この研究員が凄い表情をしているように感じる。
「おれも見たいと思ってたよ。そんな世界ができるなら素晴らしい。でも、多分、できないよ、いや、正確には、できてほしくない」
「できます!確かにまだデータが足りませんが、何十年、いや、何百年かかってもやり遂げる。私が死んでもこの思いは引き継がれていきます」
(それでも、何年かかっても完成させてほしくない)
「やめることはできないのか?」
「やめる理由がありません。でも、わからない。田坂さまは根本的に『不要な人間はいる』という考え方だ。思い出がなくなって、どんどんその素の部分が出てきていたのに、いったいどうしてですか?」
「あんたら一つ、見落としてるよ」
「何をですか?」
「確かに記憶はなくなっていった。でも、人を消した記憶は残ってる。その人がいない世界も見れる。だから、人を消す度におれは学べる。無くなっていくだけじゃない。あんたらにはデータが溜まっていくけど、おれにもいろいろな考えが溜まっていく」
「それは把握しておりました。しかし、私どものデータでは田坂さまの考えは変わらなかった。だからデータを取るのをやめたんです。あ、その後…ですか?」
こいつらを信じて一心不乱に人を消したときは考えないようにしていた。でも、おれはちゃんと見てたんだ。その人のいた世界と、いなくなった世界を。
結果、その人の周りは良くなったり、悪くなったりした。でもそれは自分の視点だ。見方を変えると善悪の判断がかわるかもしれない。ただ、そのときから薄々は感じていたんだ。万人にとって不要な人などいないと。
「考えないようにしてた。あんたらを信じてたから。そんな世界、できたら最高だと思ってたから。でも、薄々は感じてたと思う。そんなの不可能じゃないかって。
昔、あんた言ってたよな。この世に『正解はない』って。それは、見る人によって答えが変わるから。そんなの当然だよ。いろんな人がいて、いろんな考え方があるんだから、だれが見ても同じ答えなんかない。だったら、それは人にも言えるんじゃないのか?」
「そんなことはない!だったら田坂さまが消した、無差別殺人の犯人。あの男を必要と思う人間がいますか?」
「多分、いないと思うよ。言い切れないけどね。ただ、あいつを消しても似たような事件が出てきた」
「だから、そういう要素がある人間を見つけて、生まれた瞬間に消せばいい!」
「そういう要素が見つからないと思うんだよ。あの殺人犯も、育った環境が変わってれば、まっとうな人間になっていたかもしれない」
「遺伝子レベルでの欠陥はないと?」
「そう信じてる。もしかしたら、あんたらの言う通りかもしれない。でも、そう信じたいんだよ」
生まれた瞬間に『不要』と判断されるなんて、悲しすぎる。
「では、これまで人を消してきたことを後悔してますか?」
「正直、今はしている。人を消すとさ、確かに泣いてた人が笑ったりもした。でも逆に、笑ってた人が泣いてたりも、きっとしたんだよ。結局、同じだと思うんだ。
生まれてくること自体が偶然だとすると、人生なんて偶然だらけだ。だれかと出会うなんて、この上ない偶然だ。だから、その偶然をいじったらダメなんだ。偶然だから、従わないといけないと思う。自分が出会った偶然の中で、人は選択していくんだよ」
「その通りだとしても、人を消すことで、その偶然を変えることができる。そして、デリートマンである田坂さまと我々がどちらの世界が良いのか評価して、データをためていく。そして、人を救うことだってできたじゃないですか。現に田坂さまは、たくさんの人を救ってこられたではないですか?」
「だから、おれから見て救えたとしても、違う人から見たらそうじゃないかもしれない。それに、偶然の中で選んだ選択にやり直しがきいたらダメなんだよ。たとえその選択が失敗だとしても、そこから学ぶことができるから、次に活かせるんだ。『失敗したからもう一回選択やり直し』とかないんだよ。うまく言えないけど、それだと人生の価値が下がらないか?時間は戻せないし、人生は一回きりだから、みんな必死に生きてるんだよ」
「いつから、そんなふうに思っているのですか?」
「ようこかな。あいつを消したとき。あいつ、本気で泣いてたよ。きっと一生懸命だったからだ。一生懸命おれを好きでいてくれたからだ。必死で悩んで、考えて、本気でぶつかってきてくれた。だから、からっぽだと思ってたおれの心も熱くなった。ようことの思い出は忘れてしまったけど、なんていうか、あいつの思いが届いたんだよ。そうやって一生懸命生きてきた人の過去をさ、自分の判断で変えるとか、ましてやその人を消すとか、絶対にやっちゃいけなかったんだ」
「なるほど。でも、結果的に田坂さまはようこさんを消された。そして、そいうった考えを持っていたにも関わらず、その後もデリートを続けられた。矛盾していませんか?」
(確かに、普通に考えればそうかもしれない)
「いや、大丈夫なんだ。おれは、人を消さない」
(でも、おれの考えなら、大丈夫なはずだ)
「おっしゃられてる意味がわかりません。話が見えてこないのですが…」
「おれの思い出、リストにはもうないけど一つ残ってるよな?今まで人を消してきた思い出が」
たくさんの人を消してきた。そして、それに関する記憶だけははっきりと覚えていた。
「はい。それは残っておりますが」
「それを使って人を消せるか?」
「可能ですが、その思い出を消してしまいますと、本当に田坂さまには何も残らないと思う…」
メッセージがそこで途絶えた。おれの考えに気付いたらしかった。
「それでいいんだよ。あんたの思っているとおり、消すのは、おれだから」
ようこを消した後、そう決めていた。
そしておれが消えれば、今まで消した人達は元に戻るはずだ。デリートマンは存在しなかったことになるんだから。
「田坂さま…」
「消えた人は元に戻り、おれという人間はこの世界から消滅する。でも、おれが人を消してあんたらが蓄積したデータは消えない。違うか?」
「デリートマンが自らを消すパターンは想定外でしたが、おそらく田坂さまの言われる通りだと思います」
「じゃあ、とりあえずあんたらにも迷惑をかけないな。せっかく人を消して仕事をしたんだ。データくらいは残っててほしかった」
「でも、この研究がうまくいかないことを願っておられるんですよね?」
「そうだよ。だから、早くデータを集めて答えを出してほしいんだ。あんたらの研究が『世の中に生まれながらに不要な人間などいない』っていう答えに辿りつくことを、おれは期待してる」
「我々はそうなるとは思っておりません。絶対に不要となる人間をDNAレベルで特定する。しかし、たしかに、田坂さまの言う可能性はゼロではないかもしれませんね。田坂さまと話していると、そんな気がしてきました」
「どんな答えになるのか楽しみだよ。知れないのが残念だ。デリートの手続きは必要か?」
本来は写真のアップロードと思い出の選択が必要だ。
「いえ、これまでずっと一緒にやってきました。田坂さまのデリートに手続きは必要ありません。このやりとりだけで十分です」
「ありがとう。じゃあ頼むよ。研究員の人が、あんたでよかった」
「田坂さま、我々はデリートマンが下した決断に抗うことはできません。その選択通りにデリートを実行しないといけない。田坂さまに残っている思い出がある以上、田坂さまはデリートマンなので、抗うことはできないんです。ただ、私は…消したくない。あなたを…消したくありません…」
当然だが、この研究員とはメッセージのやりとりだけなので顔を見たことがない。でも、今はっきりとわかる。
この人は、このメッセージの向こうで泣いている。
「ありがとう。あんた自分で『人の感情に流されない』なんて言ってて、おれもあんたのことそう思ってたけど、間違いだった。あんた、きっと優しい人だ。違う形で出会えてたら、良い友達になれたかもしれない」
「田坂さま…ありがとう…ございました」
「こちらこそ、貴重な体験をさせてもらった。悔いはないよ。ありがとう」
「それでは…最後のデリート…受け付けました。これで…失礼します」
「研究…頑張ってな」
気付けば、おれも涙を流していた。
「田坂…さま…わたしは…」
きっと、悩んでいるんだろう。優しい人だから、おれの言ったことを考えてくれているんだろう。
「あんたは、あんたの考えを貫けばいい」
「わかりました…それでは、これで本当に失礼します。田坂さま…今まで…ありがとう」
デリートサイトが閉じられた。
(これで、本当に終わったんだ…)
目を閉じると、今まで消した人間が次々と思い出された。
(藤木さん。あんたはおれが今まで出会った上司の中で最低のやつだった。『世の中に不要な人間』ということでなく『会社に不要な人間』ということなら、間違いなくあんたはいらない人間だと思う。でも、世の中にはあんたを必要とする人間だって、きっといる。あんたのためなら何でもできるっていう人間は、きっといる。あんたみたいなやつでもだ。おれはそう信じてるよ。
京子さん。ごめん、木岡さんと結婚できて幸せだったよね。おれにはそう見えた。
でも、京子さんの選んだ人生は違う人生だ。だから、やっぱり京子さんはその人生を生きなければいけない。
そして、その人生は悪いものとは限らないよ。確かに京子さん、おれと再会したとき不満そうだったけど、
もしおれが旦那さんを消さなければ、京子さんは幸せになっていたかもしれない。
でももし、旦那さんとの結婚生活を続けていて、やっぱりずっと不満で『こんな結婚嫌だ!幸せになりたい!』
と思うのなら、自分でそうしないとダメだ。京子さんの人生だから、自分で考えて、自分で切り開いていかなきゃダメなんだ。
京子さんなら、きっとできます。
しげさん。ごめんね、きっと、また死なせてしまう。
でも、それがしげさんの運命だったなら、受け入れないといけないのかもしれない。
おれの消した金城麻里は本当にひどいやつだ。ああいう人間は、本当に不要な人間なのかもしれない。
けど、それでもその人を選んだのはしげさんで、しげさんは殺された。
だったら、やり直しがあったらダメなんじゃないかな。
金城麻里を消して元気なしげさんに会えたとき、本当に嬉しかった。でも多分、それはやっちゃいけないことだったんだ。ごめんね、しげさん。冷たい人間でごめん。
でも、しげさんが作った料理とかお酒とか、しげさんと過ごした時間を忘れてない人はたくさんいて、その思い出はきっとその人の人生に関わり続けていくと思うんだ。だから、しげさんがいなくなっても、しげさんはみんなの中ではいなくならないよ。おれもしげさんと出会えて感謝してます。ありがとう。
ようこ。最後、きみに会えたからこの結末を決心できたんだ。きみの事を消して、からっぽだったはずの心が熱くなった。きっと、きみはおれのことを本気で愛してくれてたし、おれもそうだったんだと思う。
きみは本当に素敵な女性だったんだろうね。残念ながら覚えてないけど、それだけははっきりとわかる。
きみなら、おれじゃなくても、きっと素敵な人にめぐり会えるよ。
きみの幸せを心より願ってます。本当にありがとう。
そして最後に、消してしまった多くのみなさま。本当に申し訳なかったです。
でも、きっと大丈夫です。おれが消えるから、大丈夫なはずです。
これまで、素晴らしい世界を作るために為、それができると信じて人を消してきた。
でも、それはできたらいけない世界なのかもしれないと思った。不要な人間なんていないと思った。
だから、自分を消す決断をした。今、この決断には自信がある。
ただやっぱり、矛盾してるかもしれないけど、悲しい事件とか、そんなのまったくない世界がくればいいと思ってる。
おれが目指しているのも、研究員の人が望む世界なんだ。きっと。
だからそんな世界が、人を消す以外の方法で実現できたら、素晴らしいと思う。
いろんな人がいて、いろんな考え方があるけど、研究員の人が目指しているような素晴らしい世界。
理想論かもしれないけど、そんな世界を願ってます。いつか、いつか…そんな世界がきますように…)
いろんな思いを巡らせた。まだまだもっと、たくさんの人にお礼を言わないといけない気がした。
自分を育ててくれた両親。地元の仲間、周りの人達。
思い出は消えてしまったけど、きっとたくさんの人に支えられたはずだ。
でも、おれは消える人間。それは死ぬんじゃなくて、文字通りこの世界から存在ごと消える人間。
人々の記憶の中に、何も残らない人間。
確かに存在して、不器用ながらも一生懸命生きてきたのに、なかったことになる人間。
(寂しすぎる。そんな人間、おれだけで十分だよ)
時計を見る。もう午前0時になろうとしていた。
(後悔はない。後悔はないはずだ…)
もう一度、自分に言い聞かせた。
「この世界が、いつか、素晴らしい世界になりますように…」
そう呟いて、おれは目を閉じた。
時計の針が静かに午前0時を指す…田坂智という人間が…この世界から消滅した…。
最後の思い出と引き換えに、おれは人を消す手続きを終えた。明日の午前0時。最後のデリートが完了する。
対象は自らの親を殺害した息子だった。特に「この人」と決めて消した訳ではない。たまたまニュースで見ただけだ。最後にやることは決めている。だから、特にこだわりはなかった。
「これで、おれはデリートサイトの会員を退会かな?」
「そうなります。我々はこの先研究を続けていきますが、やはり、第一号のデリートマンである田坂さまは特別です。我々は決して田坂さまを忘れることはないでしょう」
(こっちは、もう全部忘れたよ)
もう、何も覚えていない。例えば、その人は覚えていても、その人との思い出はない。人を消したことしか、もう覚えていなかった。
「次のデリートマンは。もう決めてるのか?」
「はい。おおよそは」
「そうか。まったく違うやつなのかな?それとも敢えて、おれの近くにいるやつか?」
次のデリートマンが気になった。次のやつは、最後のこのとき、どういう答えに辿りつくんだろう。
「それはお答えできないんです。元デリートマンである田坂さまに、次のデリートマンの情報を渡せないことになっているんです」
(そうなのか)
興味本位で聞いてみただけだ。次が誰でも、特に問題はない。
「なあ、もう出てこないんだろ?」
おれはにはもう思い出がない。人を消せない。だから、もうデリートサイトは立ちあがってこないはずだ。
「はい。最後の削除依頼を受け付けましたので、これで田坂さまとはお別れということになります」
「あっさりしてるな」
まあ、ずっと冷たい奴だった。そんなものなのかもしれない。
「田坂さま。ひとつだけ言わせてください」
「うん。なに?」
「デリートマンと直接やりとりをする。研究員の中でこの役割が私に与えられた理由は、人の感情に惑わされないからです。デリートマンはやはり悩むんです。だから、研究員がいちいちそういう情に流されていては仕事にならないんです」
「そうだろうな。あんた、そんな感じするもん」
「でも、田坂さまとやり取りさせていただいていて、正直に言います。楽しかったです。我々は、ただデリートマンからの依頼に従い人を消すだけ。でも、田坂さまの言葉に反応してしまうときもありました。そして、田坂さまはデータと違ったことを言うことも多かった」
(そういえば、そんなこと言われたな)
思い出は全部忘れてるのに、この研究員との記憶だけは残っていた。おそらく、人を消したことに関する記憶は消えないんだろう。
「データ取ってわかってるはずなのに、外すこともあるんだなって思ったよ」
「そうなんです。われわれも驚いていました。だから、それも貴重なデータとなったのです。ほんとに、私は、楽しみだった。田坂さまと話すのが。今日も予想と違うことを言うだろうか?今日はどんな疑問を持っているんだろう?
などと考え、わくわくしておりました。デリートマンとやり取りをする役割を与えられた者としては失格ですが、これだけは最後に言いたかった。田坂さま、ありがとうございました。これは研究員としてではなく、私個人として楽しい時間を過ごさせていただいたお礼です」
「なんか照れるけど、こっちもありがとう。いろいろと考ることができて、勉強になった」
デリートマンになってなかったら、今思っている結論には、どうやったって達していないと思う。
「何か、考えてらっしゃるんですか?」
「あれ?データ取ってないのか?」
「はい。デリートマンとして活動していただいてる中で、田坂さまはある時点から人を消した後の考え方が変わらなくなってきていたんです。おそらく、私が真実を話したあたりでしょうか。もちもん、人が消える前と消えた後の世界のデータは溜めておりますが、人を消した後、田坂さまの感情に変化がなくなってからは、もう田坂さまのデータは取っておりません」
(そうだったのか、じゃあ、今の考えを詳しくは知らないのか。どおりで文句言わないはずだ)
「おれが『不要な人間はいる』って信じてたときだな」
「今は違うんですか?」
「うん、だいぶね」
「それは、本当ですか?一体、何があったんです?」
「ゆっくり話したいけど、もうすぐ0時だよ。消さないとまずいんじゃない?」
時刻は23時50分になっていた。
「ほんとですね。こちらの業務にもどらないといけません」
「じゃあさ、明日の夜、もっかい出てきてよ。そのとき話そう。そのとき、おれはもうデリートマンじゃないけど」
「わかりました。田坂さま。それでは、明日の夜、もう一度サイトを立ち上げます。ログインIDもパスワードも一日延長しておきますね」
「わかった。じゃあまた明日」
「はい、失礼致します」
デリートサイトが閉じられる。
(明日だ。明日ですべてが終わる。今日は眠れなさそうだな)
リビングに置いてあるウォッカを空けて、グラスにそのまま注いだ。
グラスを傾け、舌を這わせて喉へ落とす。喉に感じる焼けるような熱さが、少し心地良かった。
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仕事終わり、おれは会社を出て、ビルを振りかえった。大きなビルの一室に勤めている会社がある。
(ここにいる一人一人が、みんな違う人で、違う考え方を持ってて、だから、それでよくて…)
「田坂さーん!」
小島が走りながら声をかけてきた。おかげで思考が遮られた。
「小島、帰りか?」
「はい、駅まで一緒に行きましょう。ほんとは飲みに行きたいですけど、まだ週の始めだし、田坂さんしんどそうだし」
別にしんどくはないが、暗い顔をしているかもしれない。
「そうだな、今日はまっすぐ帰ろうか」
週の始めなので、駅へ向かう人の流れが週末より多い。その流れに乗って二人で歩く。
「田坂さん、前の話ですけどね、新藤さんが国重部長に聞いたんですよ。僕のDNAの話」
「なんだ?それ?」
「いや、前に新藤さんと飲んだとき3人で話したじゃないですか?凶悪犯になるやつは生まれたときからDNAが違うんじゃないかって」
(また消した記憶か…、でも、もういい)
「悪い、酔ってたのかな。忘れた」
「もう!田坂さんの物忘れ酷過ぎる!!」
「悪い悪い。でも、凶悪犯でもさ、生まれたときにDNAに欠陥なんてあるのかな?おれはない気がするけど」
少し前だったら、回答は違っていたかもしれない。
「田坂さん!前はそうかもしれないって言ってたのに!!」
(やっぱりそうなのか)
「悪い、酔っぱらってたのかも、でもな、生まれたときに犯罪者として生まれてくる人間は、やっぱりいないと思うよ」
「国重部長もそう言ったらしいんですよ。僕、ひねくれてるのかなぁ」
その考え方を元にあいつらは研究をしている。あいつらからしたら、今のおれの方がひねくれてるように見えるだろう。
「面白い考え方だとは思うよ」
「田坂さん、なんで今はそう思うんですか?前は酔ってたにしても僕よりの考えだったのに」
前は人を消してデータを集めれば良い世界ができると思っていた。だから、そうなったんだろう。
「だって、凶悪犯になると決まって生まれてくるんだったら、生まれてくることに意味がないじゃないか」
「意味のない人間だから生まれたときに殺すんですよ」
あいつらが泣いて喜びそうな考え方だ。
「ほんとにそうなら、それでもいいかもしれない。でもな、小島。おれは違うと思う。意味なく生まれてくる人間なんていないと思う。これは、どちらの考えが正しいとか間違えてるとかじゃない。答えはないと思う。おれがそう信じたいだけだ」
「う~ん、そうかぁ、難しいですね」
「何も、おまえの考えを変える必要もない。お前が言うことの方が、もしかしたら正しいかもしれない」
駅が近づいてきた。小島とはホームが別なので、お別れだ。
「わかりました、ありがとうとざいます田坂さん!じゃあ、僕こっちなんで。また明日!」
(明日か…)
「気をつけてな。お疲れさま」
小島が手を振りながら自分とは反対のホームへ行く。
(小島…あいつは、グッチーがいたとき、精神をやられて入院したんだ。グッチーが消えたら、つまりいなかったら、あんなに元気に…)
人を消したことに関する記憶は残っている。というか、もうその記憶しか残っていない。その記憶の中の、グッチーに打ちのめされた小島を思い出した。
「小島ー!」
気付くと、離れていく小島に向かって叫んでいた。びっくりして小島が振り向く。
「大丈夫だから!お前だったら、何があっても絶対に大丈夫だからな!!」
キョトンとしてこちらを見る小島だったが、「ありがとうございます」と言ってにこやかに去っていった。
(負けるんじゃないぞ…)
そう思いながら、小島を見送った。
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家に帰ると、デリートサイトが立ちあがっていた。
「おかえりなさいませ。田坂さま。今日は、約束通りお話をしにきました」
「もうデリートマンじゃないのに、わざわざありがとう」
「いえ、デリートマンでなくなっても田坂さまは田坂さまです。今になって思いますが、私はずっとデリートマンではなく、田坂さまと話していた気がします」
確かに、この冷たい研究員にところどころ人間くささを感じるときはあった。
「じゃあ、早速だけど話そうか?あんたらがデータを取ってない間に変わったおれの考え」
「おねがい致します」
いざ、こいつに言うとなると緊張する。ずっとデリートマンとしてやってきたのに、幻滅させることを言うのだから。
こいつらからすれば間違えている考え方だろう。でも、人を消して、考えて、辿りついた答えだ。おれは、これでいい。
「おれが言うのはおかしいのは分かってる。でも、今は確信してる、人を、消しちゃ駄目だよ、絶対に、人は消しちゃ駄目だ」
返ってこない。めずらしく返信に時間がかかっている。
「それは…」
また少し空く。
「我々の研究しているロジックを完成させる過程で人を消すのに心が痛む。そういうことですか?」
「いや、違う。そのロジックを完成させて人を消すことがありえないと言う意味だ」
「でも、田坂さまは我々の研究に協力くださいました!ロジック完成の為にたくさんの人を消した!」
その通りだ。だから、わかったんだ。
「言い方が悪かった。ロジックの完成自体がありえないと思ってる。そのロジックが完成することは世の中に生まれながらにして不要な人間がいるということになる。でも、おれはそうじゃないって信じたいんだ」
「我々は必ず完成させますよ」
表情は見えないが、今、この研究員が凄い表情をしているように感じる。
「おれも見たいと思ってたよ。そんな世界ができるなら素晴らしい。でも、多分、できないよ、いや、正確には、できてほしくない」
「できます!確かにまだデータが足りませんが、何十年、いや、何百年かかってもやり遂げる。私が死んでもこの思いは引き継がれていきます」
(それでも、何年かかっても完成させてほしくない)
「やめることはできないのか?」
「やめる理由がありません。でも、わからない。田坂さまは根本的に『不要な人間はいる』という考え方だ。思い出がなくなって、どんどんその素の部分が出てきていたのに、いったいどうしてですか?」
「あんたら一つ、見落としてるよ」
「何をですか?」
「確かに記憶はなくなっていった。でも、人を消した記憶は残ってる。その人がいない世界も見れる。だから、人を消す度におれは学べる。無くなっていくだけじゃない。あんたらにはデータが溜まっていくけど、おれにもいろいろな考えが溜まっていく」
「それは把握しておりました。しかし、私どものデータでは田坂さまの考えは変わらなかった。だからデータを取るのをやめたんです。あ、その後…ですか?」
こいつらを信じて一心不乱に人を消したときは考えないようにしていた。でも、おれはちゃんと見てたんだ。その人のいた世界と、いなくなった世界を。
結果、その人の周りは良くなったり、悪くなったりした。でもそれは自分の視点だ。見方を変えると善悪の判断がかわるかもしれない。ただ、そのときから薄々は感じていたんだ。万人にとって不要な人などいないと。
「考えないようにしてた。あんたらを信じてたから。そんな世界、できたら最高だと思ってたから。でも、薄々は感じてたと思う。そんなの不可能じゃないかって。
昔、あんた言ってたよな。この世に『正解はない』って。それは、見る人によって答えが変わるから。そんなの当然だよ。いろんな人がいて、いろんな考え方があるんだから、だれが見ても同じ答えなんかない。だったら、それは人にも言えるんじゃないのか?」
「そんなことはない!だったら田坂さまが消した、無差別殺人の犯人。あの男を必要と思う人間がいますか?」
「多分、いないと思うよ。言い切れないけどね。ただ、あいつを消しても似たような事件が出てきた」
「だから、そういう要素がある人間を見つけて、生まれた瞬間に消せばいい!」
「そういう要素が見つからないと思うんだよ。あの殺人犯も、育った環境が変わってれば、まっとうな人間になっていたかもしれない」
「遺伝子レベルでの欠陥はないと?」
「そう信じてる。もしかしたら、あんたらの言う通りかもしれない。でも、そう信じたいんだよ」
生まれた瞬間に『不要』と判断されるなんて、悲しすぎる。
「では、これまで人を消してきたことを後悔してますか?」
「正直、今はしている。人を消すとさ、確かに泣いてた人が笑ったりもした。でも逆に、笑ってた人が泣いてたりも、きっとしたんだよ。結局、同じだと思うんだ。
生まれてくること自体が偶然だとすると、人生なんて偶然だらけだ。だれかと出会うなんて、この上ない偶然だ。だから、その偶然をいじったらダメなんだ。偶然だから、従わないといけないと思う。自分が出会った偶然の中で、人は選択していくんだよ」
「その通りだとしても、人を消すことで、その偶然を変えることができる。そして、デリートマンである田坂さまと我々がどちらの世界が良いのか評価して、データをためていく。そして、人を救うことだってできたじゃないですか。現に田坂さまは、たくさんの人を救ってこられたではないですか?」
「だから、おれから見て救えたとしても、違う人から見たらそうじゃないかもしれない。それに、偶然の中で選んだ選択にやり直しがきいたらダメなんだよ。たとえその選択が失敗だとしても、そこから学ぶことができるから、次に活かせるんだ。『失敗したからもう一回選択やり直し』とかないんだよ。うまく言えないけど、それだと人生の価値が下がらないか?時間は戻せないし、人生は一回きりだから、みんな必死に生きてるんだよ」
「いつから、そんなふうに思っているのですか?」
「ようこかな。あいつを消したとき。あいつ、本気で泣いてたよ。きっと一生懸命だったからだ。一生懸命おれを好きでいてくれたからだ。必死で悩んで、考えて、本気でぶつかってきてくれた。だから、からっぽだと思ってたおれの心も熱くなった。ようことの思い出は忘れてしまったけど、なんていうか、あいつの思いが届いたんだよ。そうやって一生懸命生きてきた人の過去をさ、自分の判断で変えるとか、ましてやその人を消すとか、絶対にやっちゃいけなかったんだ」
「なるほど。でも、結果的に田坂さまはようこさんを消された。そして、そいうった考えを持っていたにも関わらず、その後もデリートを続けられた。矛盾していませんか?」
(確かに、普通に考えればそうかもしれない)
「いや、大丈夫なんだ。おれは、人を消さない」
(でも、おれの考えなら、大丈夫なはずだ)
「おっしゃられてる意味がわかりません。話が見えてこないのですが…」
「おれの思い出、リストにはもうないけど一つ残ってるよな?今まで人を消してきた思い出が」
たくさんの人を消してきた。そして、それに関する記憶だけははっきりと覚えていた。
「はい。それは残っておりますが」
「それを使って人を消せるか?」
「可能ですが、その思い出を消してしまいますと、本当に田坂さまには何も残らないと思う…」
メッセージがそこで途絶えた。おれの考えに気付いたらしかった。
「それでいいんだよ。あんたの思っているとおり、消すのは、おれだから」
ようこを消した後、そう決めていた。
そしておれが消えれば、今まで消した人達は元に戻るはずだ。デリートマンは存在しなかったことになるんだから。
「田坂さま…」
「消えた人は元に戻り、おれという人間はこの世界から消滅する。でも、おれが人を消してあんたらが蓄積したデータは消えない。違うか?」
「デリートマンが自らを消すパターンは想定外でしたが、おそらく田坂さまの言われる通りだと思います」
「じゃあ、とりあえずあんたらにも迷惑をかけないな。せっかく人を消して仕事をしたんだ。データくらいは残っててほしかった」
「でも、この研究がうまくいかないことを願っておられるんですよね?」
「そうだよ。だから、早くデータを集めて答えを出してほしいんだ。あんたらの研究が『世の中に生まれながらに不要な人間などいない』っていう答えに辿りつくことを、おれは期待してる」
「我々はそうなるとは思っておりません。絶対に不要となる人間をDNAレベルで特定する。しかし、たしかに、田坂さまの言う可能性はゼロではないかもしれませんね。田坂さまと話していると、そんな気がしてきました」
「どんな答えになるのか楽しみだよ。知れないのが残念だ。デリートの手続きは必要か?」
本来は写真のアップロードと思い出の選択が必要だ。
「いえ、これまでずっと一緒にやってきました。田坂さまのデリートに手続きは必要ありません。このやりとりだけで十分です」
「ありがとう。じゃあ頼むよ。研究員の人が、あんたでよかった」
「田坂さま、我々はデリートマンが下した決断に抗うことはできません。その選択通りにデリートを実行しないといけない。田坂さまに残っている思い出がある以上、田坂さまはデリートマンなので、抗うことはできないんです。ただ、私は…消したくない。あなたを…消したくありません…」
当然だが、この研究員とはメッセージのやりとりだけなので顔を見たことがない。でも、今はっきりとわかる。
この人は、このメッセージの向こうで泣いている。
「ありがとう。あんた自分で『人の感情に流されない』なんて言ってて、おれもあんたのことそう思ってたけど、間違いだった。あんた、きっと優しい人だ。違う形で出会えてたら、良い友達になれたかもしれない」
「田坂さま…ありがとう…ございました」
「こちらこそ、貴重な体験をさせてもらった。悔いはないよ。ありがとう」
「それでは…最後のデリート…受け付けました。これで…失礼します」
「研究…頑張ってな」
気付けば、おれも涙を流していた。
「田坂…さま…わたしは…」
きっと、悩んでいるんだろう。優しい人だから、おれの言ったことを考えてくれているんだろう。
「あんたは、あんたの考えを貫けばいい」
「わかりました…それでは、これで本当に失礼します。田坂さま…今まで…ありがとう」
デリートサイトが閉じられた。
(これで、本当に終わったんだ…)
目を閉じると、今まで消した人間が次々と思い出された。
(藤木さん。あんたはおれが今まで出会った上司の中で最低のやつだった。『世の中に不要な人間』ということでなく『会社に不要な人間』ということなら、間違いなくあんたはいらない人間だと思う。でも、世の中にはあんたを必要とする人間だって、きっといる。あんたのためなら何でもできるっていう人間は、きっといる。あんたみたいなやつでもだ。おれはそう信じてるよ。
京子さん。ごめん、木岡さんと結婚できて幸せだったよね。おれにはそう見えた。
でも、京子さんの選んだ人生は違う人生だ。だから、やっぱり京子さんはその人生を生きなければいけない。
そして、その人生は悪いものとは限らないよ。確かに京子さん、おれと再会したとき不満そうだったけど、
もしおれが旦那さんを消さなければ、京子さんは幸せになっていたかもしれない。
でももし、旦那さんとの結婚生活を続けていて、やっぱりずっと不満で『こんな結婚嫌だ!幸せになりたい!』
と思うのなら、自分でそうしないとダメだ。京子さんの人生だから、自分で考えて、自分で切り開いていかなきゃダメなんだ。
京子さんなら、きっとできます。
しげさん。ごめんね、きっと、また死なせてしまう。
でも、それがしげさんの運命だったなら、受け入れないといけないのかもしれない。
おれの消した金城麻里は本当にひどいやつだ。ああいう人間は、本当に不要な人間なのかもしれない。
けど、それでもその人を選んだのはしげさんで、しげさんは殺された。
だったら、やり直しがあったらダメなんじゃないかな。
金城麻里を消して元気なしげさんに会えたとき、本当に嬉しかった。でも多分、それはやっちゃいけないことだったんだ。ごめんね、しげさん。冷たい人間でごめん。
でも、しげさんが作った料理とかお酒とか、しげさんと過ごした時間を忘れてない人はたくさんいて、その思い出はきっとその人の人生に関わり続けていくと思うんだ。だから、しげさんがいなくなっても、しげさんはみんなの中ではいなくならないよ。おれもしげさんと出会えて感謝してます。ありがとう。
ようこ。最後、きみに会えたからこの結末を決心できたんだ。きみの事を消して、からっぽだったはずの心が熱くなった。きっと、きみはおれのことを本気で愛してくれてたし、おれもそうだったんだと思う。
きみは本当に素敵な女性だったんだろうね。残念ながら覚えてないけど、それだけははっきりとわかる。
きみなら、おれじゃなくても、きっと素敵な人にめぐり会えるよ。
きみの幸せを心より願ってます。本当にありがとう。
そして最後に、消してしまった多くのみなさま。本当に申し訳なかったです。
でも、きっと大丈夫です。おれが消えるから、大丈夫なはずです。
これまで、素晴らしい世界を作るために為、それができると信じて人を消してきた。
でも、それはできたらいけない世界なのかもしれないと思った。不要な人間なんていないと思った。
だから、自分を消す決断をした。今、この決断には自信がある。
ただやっぱり、矛盾してるかもしれないけど、悲しい事件とか、そんなのまったくない世界がくればいいと思ってる。
おれが目指しているのも、研究員の人が望む世界なんだ。きっと。
だからそんな世界が、人を消す以外の方法で実現できたら、素晴らしいと思う。
いろんな人がいて、いろんな考え方があるけど、研究員の人が目指しているような素晴らしい世界。
理想論かもしれないけど、そんな世界を願ってます。いつか、いつか…そんな世界がきますように…)
いろんな思いを巡らせた。まだまだもっと、たくさんの人にお礼を言わないといけない気がした。
自分を育ててくれた両親。地元の仲間、周りの人達。
思い出は消えてしまったけど、きっとたくさんの人に支えられたはずだ。
でも、おれは消える人間。それは死ぬんじゃなくて、文字通りこの世界から存在ごと消える人間。
人々の記憶の中に、何も残らない人間。
確かに存在して、不器用ながらも一生懸命生きてきたのに、なかったことになる人間。
(寂しすぎる。そんな人間、おれだけで十分だよ)
時計を見る。もう午前0時になろうとしていた。
(後悔はない。後悔はないはずだ…)
もう一度、自分に言い聞かせた。
「この世界が、いつか、素晴らしい世界になりますように…」
そう呟いて、おれは目を閉じた。
時計の針が静かに午前0時を指す…田坂智という人間が…この世界から消滅した…。
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