デリートマン

わいんだーずさかもと

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第31話【最後のデリートマン②】

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「話って言っても聞きたいことは、二つだけなの。ともくんはどこ?そして、あなたは誰?」

ようこが家に上がるなり聞いてくる。

「おれは田坂智、ようこの言うともくんだ。だから、ともくんはここ。おれはともくん。ということになる」

「違う、見た目は同じ。でも、あなたは違う人。もう関西弁もなくなってきたし。あと私のこと、ようこって呼ばないで。ともくんじゃない人に気安く呼ばれたくないし」

そういえば、関西弁をまったく話さなくなった。関西での思い出がすべて消えてしまったのかもしれない。

「確かにいろいろあって、前とは別人のようになっていると思う。でも、やっぱりおれは田坂智なんだよ。そしてもう、よう…きみの知ってるともくんには戻れないと思う」

「違う、あなたは田坂智なんかじゃない!ともくんの名前語らないで!」

「おれは、田坂智だよ」

「じゃあ、あのコップ、いつ、どこで買った?」

ようこは食器棚に置かれている、二つ並んだ青とピンクのコップを指差した。記憶にないコップだ。

「それは…思い出せない」

「ほらやっぱり!ともくんと付き合った記念に一緒に買ったコップだよ。ともくんが忘れるはずない。やっぱりあなたは別人」

「違う!覚えていたはずだ…でも、忘れてしまった」

「だから、ともくんが忘れるはずないよ。本物のともくんは今どこ?」

もう、これ以上言っても無駄だ。

「わかった。じゃあ、言い方を変える。おれは田坂智だ。ただ、きみの言うとおりだ。きみの記憶の中にいるともくんとは別人だと思う。そしてきみの言うともくんが今どこかというと、どこにもいない。消えてしまったんだ」

「意味がわからない。あなた、見た目がともくんだからたちが悪いよ。ともくんをどこかに拉致して、あなたがともくんに変装してるの?」

どこかに拉致して…殺してとは言わない。絶対にそんな言葉使いたくないのだろう。

「拉致なんかしていない。おれが田坂智だから。免許証だってあるし、DNA鑑定すればおれは紛れもない田坂智だと証明されるはずだ。ただ…なんて言えばいいんだろう…性格が変わってしまったんだ。大幅に、おそらく別人と思われるほどに性格が変わったんだよ」
「性格が変わったとか、そんな話じゃないよ。ほんとに別人みたいだよ!」

「自覚してる。周りからもよく言われるんだ」

だから、もう人とは、特に昔の自分を知る人とは付き合いたくない。

「私のことは好き?」

予想してなかった質問が唐突にくる。

(好き?おれが?この子を?)

「おれが…きみを?」

「ねぇ、私のどこが好き?」

目に涙を浮かべて聞いてくる。

(おれは、この子のことが好きだったんだろうか…)

もちろん知っている。ようこ。付き合っている彼女だ。ただ、彼女と過ごしてきた時間のほとんどを思い出せない。

今は、この子に対してなんの感情も持てない。

(おれは、この子を…)

「おれは、今は…きみのこと…おれ…きみのこと…好きだったのか?」

「もう、いいかげんにしてよ!」

ようこに勢いよく突き飛ばされ、無防備だったおれはそのまま壁にぶつかった。

そして、ようこはおれのシャツの胸のあたりをわしづかみにした。

「今の質問、ともくんが世界で一番嫌いな質問だよ!ねえ!ともくんどこやったのよ!私のともくん返してよ!!」

「さっきも言ったけど、もう、別人なんだ。きみのものではないよ」

「うるさい!ねえ、返して!早く返してよ!!」

体が上下、左右に揺さぶられる。ありったけの力でシャツをつかんだまま、ようこはおれの体を揺さぶった。

(この子、こんな力があるんだな)

「ねえ!何とか言って!なんとか言ってよ!!」

怒り、悲しみ、憎み。泣きじゃりながら怒るようこの顔から様々な感情が見て取れた。

体がさらに激しく揺さぶられる。

しかし、おれに揺さぶられる感情は、もう残っていなかった。

ようこはしばらくそうしていたが、おれが何も言わないのであきらめたのか、あるいは力尽きたのか、シャツから手を離してその場にへたり込んだ。

「無理だよ、何されたって。もう何もしてあげれない」

ようこのうなだれている頭に向かって言った。

「すべてだった。ともくんがすべてだったの…」

こちらを見ずにようこが言った。

「おれは田坂智だよ。きみが違うと言っても田坂智なんだ。だから、今のおれを受け入れられないなら、もうあきらめてくれ」

「消えたい…ともくんのいない世界とか考えられない…消えたいよ…」

「きみは、消えたいのか?」

「うん…だって、ずっと待ってても、あなたは田坂さんのままでしょ?ともくん返ってこないんでしょ?もう、疲れたよ」

(そう思ってたんだ)

「わかったよ」

(きみが家へ入るとき、君の小さくなった背中をみながら、思ってたんだ…)

「何がわかったの?」

(生きててもつらいだけなら、消してあげようかって)

「きみの消えたいって希望だよ」

「私のこと、消すの?」

「そうしたいって言ったじゃないか」

「私を…殺すの?」

「違うよ」

「じゃあ、どうするの?」

「詳しくは言えない。でも、これだけは約束する。おれは君の希望を叶えることができる」

そのとき、ようこが初めて笑った。その笑顔が心に突き刺さった。

「意味わからないけど、なんとなく…なんとなくだけど、そのことと、ともくんが消えたこと、関係あるんだね。きっと」

「そうかもしれない」

ようこが立ちあがった。目の前にようこの顔があった。

「もう一度、笑ってくれないかな」

自分でも何を言っているかわからなかったが、もう一度ようこの笑顔がみたかった。

「変な田坂さんだね」

そう言って、ようこは笑ってくれた。無くなったと思っていた感情が、少し揺さぶられた気がした。

(この笑顔は知ってる。なぜだろう…)

「きみは、笑顔が素敵だね」

心からそう思った。

「なにそれ?今から口説かれても、私の心にはずっとともくんがいるから無理ですよ」

そう言ってまた笑う。

「そういうんじゃない。思ったことを口にしただけだよ」

「そう。ありがとう。あのね、一つ聞かせて」

「なに?」

「その、消えるってやつ、それを叶えてくれたら、私はともくんのところへ行けるのかな?だって、ともくんもあなたに消されたんでしょ?違う?」

(だから、笑ってたのか。愛する人に会えると思って…)

その願いを叶えることはできないが、消す前に絶望を与えてやる必要もない。

「それは…わからない。でも、もしかしたら会えるかもしれないね」

「可能性があるだけで十分だよ」

可能性はゼロだ。

「あ、それと、そのコップ!」

ようこはさきほどの、二つ並んだ青とピンクのコップを指差した。

「あなたが覚えてなかったそのコップ。ともくんとね、いっつも一緒に使ってたんだよ。幸せなときも、私が落ち込んでるときも、ケンカしたときだって、いつも一緒に使ったコップ」

そうなのか。どうしても思い出せない。

「それ、私のこと消すんだったら一緒に消してくれないかな?じゃあ、持って行けるでしょ?」

どこにも持っていけないし、そのコップはようこが消えた時点で自動的に消えるはずだ。

「わかった。そうするよ」

「やったー!あ、ともくんの分もね。また一緒にそのコップで飲むんだー」

(なんだろう。さっき、新藤さんや小島といたときは早く1人になりたいと思っていたのに、この子と一緒だとそうは思わない)

それどころか、もっとここにいてほしいとさえ思う。

(この感情は…なんだろう…)

しかし、時計の針は23時を回っていた。この子を今日消すなら、もう帰さないといけない。

「もう、帰ったほうがいい。心配しなくても、きみの願いはちゃんと叶える。約束する」

「わかった。それじゃあ、もう帰るね。正直ね、つらいんだよ。ここにいるの」

ようこを玄関まで送った。

(この子を見るの、これが最後だな…)

心の声が聞こえたかのように、ようこはくつを履くとこちらを向き、

「田坂さん…」

と、手を出してきた。

「握手?」

「う~ん。よくわからないんだけど、きっと、田坂さんともう会えないでしょ?だから、サヨナラの握手かな。いや、ともくんのところへ行かせてくれるわけだから、お願いしますの握手かも。なんだっていいや」

ようこは笑いながらこちらへ向かってさらに手を伸ばしてきた。おれは、その手を両手で包んだ。

「田坂さん?握手だよ」

「ごめん。なんか、こうしたくなって…」

「田坂さんね、完全に別人なんだけどね、今、少しだけともくんを思い出したよ。ありがとう。もう行くね。私のこと、よろしくね!」

(私のことよろしくって、普通言わないよな)

離れていくようこの背中を見ながら、そんなことを思った。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 

部屋へ戻ると、デリートサイトが立ちあがっていた。

「田坂さま、今日は削除ですね」

メッセージが送られてくる、この三ヶ月は手当たり次第に人を消してきたので、この研究員と必要以上のことを話すことも少なくなってきていた。

「うん。今日は、ようこを消す」

「田坂さまの付き合ってる彼女。愛している女性かと思いますが、ほんとによろしいんでしょうか?」

「うん。もう好きじゃない。というより、そういう感情自体がもうないんだ。それに、本人も望んでる」

「消えることを望まれているのではなく、その先の希望を信じてらっしゃるようでしたよ」

こいつらはデータを取っているので、会話を聞いていたかのように把握している。

「そうだよ。そして、その先に希望なんてない。でも、いいんだ。おれには消すことしかできないから」

「わかりました。では、ファイルのアップロードをお願いします」

おれはようこの写真をサーバーへアップロードした。

「アップロードありがとうございます。田坂さま。他に何かございませんか?」

「おれは、もう感情をなくしてしまってる。人を消しても何とも思わない。ほんとに、業務を遂行するような感覚になってきているんだ。でも、今、少し不安になったんだ。これ、良いことに繋がってるよな?そうだよな?」

自分でもわからないが、なにか、とんでもないことをしている感覚に襲われた。初めて人を消したときと似たような感覚だと思った。
「もちろんです。われわれは、この国を素晴らしい国にする。そして、いずれはこの国にとどまらず、素晴らしい世界を築く。そのためには我々が選んだデリートマンのデータが必要です。つまり、より良い世界にするために、田坂さまの働きは必要不可欠ということになります」

この言葉で、少しだけ安心できる。

「わかった。じゃあ、今日はもういいよ」

「田坂様の思い出はもう残りわずかです。でも、我々は田坂さまを第一号のデリートマンに選んで本当によかったと思っています。お礼をいうのが少し早いですが、本当にこれまでデータ提供ありがとうございました。それでは、今日は私もこれで失礼させていただきます」

デリートサイトが閉じられた。

今日も一つ思い出を消して、もうほとんど思い出は残っていない。

(思い出がなくなればデリートマン終了だったな。でも、ここまできた。最後まで消してやる)

その後は、できるだけ誰とも関わらずにひっそりと生きていくことにしていた。『人を消した』という記憶だけを持って。
そしてできれば、この研究の成果を、この目で見てみたいと思う。

そんなことを考えていたら、時計の針が午前0時を回っていた。

(ようこが、消えたな…)

人を消すことに抵抗がなくなっていた。それは自分と面識のある人間でも例外ではなかった。しかし、今日、久しぶりに少し心が動いた。一瞬だけこう思った。

(この子を消したくない)

でも、仕方ない。おれはデリートマンだ。人を消してデータを提供するのが仕事だ。それに、今回はようこも望んでいた。だから、後悔なんてする必要ない。

(まあ、いつも後悔なんてしてないけどな、ビールでも飲むか)

冷蔵庫からビールを取りだそうとしたとき、ふと食器棚が目に入った。

(並んだコップが…消えてる…)

ビールを冷蔵庫に戻し、キッチン、リビング、寝室などをチェックしてみると、コップだけでなく、いろいろな物が消えていた。意識してこなかったが、消えたものは、それまでそこにあって当たり前のものばかりのように思えた。

(あれ…なんかおかしい)

鼓動が早くなり、胸が苦しくなっていた。顔を洗って落ち着こうと洗面所で自分の顔を見て、驚いた。泣いていたのだ。

(なぜ、涙が…)

「おれ、まだ泣けたのか」

止めようとしても、涙がとまらない。しばらくすると声を出して泣いていた。何が悲しいのか、何がつらいかはわからない。でも、おれはその夜泣き続けた。

泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。

そして、朝方まで考えて、おれは一つの結論に辿りついた。

「ごめんな、ようこ。もう、終わらせるからな」

おれは、コップのあった食器棚に向かってそう呟いた。

窓の外がうっすらと明るくなっている。もう、朝になろうとしていた。
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