デリートマン

わいんだーずさかもと

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第30話【最後のデリートマン①】

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「田坂、今日予定あるか?大丈夫ならちょっといこうか?」

週末、金曜日の仕事終わり、新藤がクイっとグラスを傾けるそぶりを見せながら声をかけてきた。

「はい。特にはないので、いきましょうか」

「僕もいきます!」

隣で小島がそう言った。

『デリートサイトで人を消す』

そう決意してから三ヶ月が経っていた。

この三ヶ月、大量にいろいろな人間を消した。政治家、弁護士、犯罪者、医者など。消していったのは、ニュースなどで取り上げられた、いわゆる『悪徳』とイメージのついた人間だ。

その一方で、必要なのでは?と思う人間も消していった。ノーベル賞を受賞した科学者、芥川賞を受賞した作家、金メダルを取ったオリンピック選手。弱小プロ野球チームを優勝に導いた監督まで。世の中に大きく貢献し、これからもするであろうと思う人物も消してきた。
結果は、どちらの類の人間を消しても、結果は良くなることもあれば、悪くなることもあった。

そして、不要と思われる人間を消しても、似たような輩が次々と出てきた。

この三ヶ月で、もう思い出は残り少なくなっていた。昔のことが思い出せないどころか、最近のことしか思い出せなくなっていた。今地元に帰っても、地元の仲間と昔話などできないだろう。

思い出が大量に消えたせいか、日常生活で感情的になることもなくなってきた。
『この人間は必要だ』と自分で思う人間を躊躇なく消すことができている時点で、もう心などないのかもしれない。


 
おれはあいつらにデータをやるだけだ。消した方が良いのか、消さない方が良いのか、考えたってわからないからあいつらに乗る。そう決めたんだ。あとはあいつらが素晴らしい世界を作ってくれる。それを信じて、おれはデータを集めるだけだ。

おれ自身はこの三ヶ月で変化はないつもりだが、周りから見たおれの変化は相当なものだったようだ。

三ヶ月前は「冷たくなった」とか「上の空」などよく言われていたが、最近ではいよいよ「人間味がなくなった」とまで言われ始めた。まあ、実際そうだから仕方ないのだが。

そんな風になって、周りもおれから距離を置くようになっていったが、先輩の新藤は違った。ずっと気にかけてくれて、いつも親身になってくれていた。そして後輩の小島もそうだった。

三ヶ月前なら、優しい人達だと感謝したかもしれない。ただ、今はもう正直、放っておいてほしかった。人とは付き合いたくないし、うまくやっていく自信もない。おれはデリートマンなんだ。人を消すのが仕事。おれの存在理由は、それだけでいい。

「田坂、いつもの店でいいか?」

「はい」

おれたちは会社近くの馴染みの店に向かった。歩きながら、

(いつかこの道も忘れるときがくるんだろう)

などと考えていた。

「田坂、お前、ほんとにどうしたんだよ?最近さらにひどくなってないか?」

「田坂さん、僕もそう思います。表現が悪いですが、何かこう、血が通っていない感じがします」

的確かもしれない。もう帰ってほしかった。1人になりたかった。自分を心配してくれる優しい人達が鬱陶しかった。消してやろうかとすら思う。まともに血が通っていたら、こんな感情になるはずがない。

「いえ、大丈夫なんですが、最近調子悪くて」

「もう三ヶ月くらい続いてないか?体の不調というより、心の病気かもしれない。田坂、頼むから一回病院にいってくれ。心の病気だとすれば、ちゃんと診てもらわないといけない。専門の先生なら原因もわかるかもしれない。ちゃんと治療しないとダメだ」

こうなった原因はわかっている。そして、元通りになる治療などないこともわかっている。

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」

「田坂…」

「田坂さん、最近もの忘れがひどいって言ってましたよね?一度脳を見てもらった方が良いかもしれませんよ。最近は、若年性アルツハイマーとかあるらしいですから」

これ以上心配されたって仕方ない。どうにもならないし、この人達を不快にさせるかもしれない。そして、この人達を消さないとも限らないのだ。最近は自分の感情がうまくコントロールできなくなってきている。いや、もうコントロールする感情がないのかもしれない。

(やっぱり、今日は帰ろう)

そう思ったとき、小島がぽつりとつぶやいた。

「田坂さん…そういえば昔言ってましたよね。『嫌なことなんか飲んで忘れてリセットすればいいんだよ』って。今、それはできないですか?もし、何か凄く嫌なことがあったなら、それ、忘れてリセットできないですか?」

そんなことを言ったのか。まったく覚えていないが、嫌なことがあったんじゃなくて、なくしていってる。良かったこと、嫌だったこと、重かったこと、軽かったこと、どんどんなくなっていく。

(重くて嫌なものでも、引きずって歩くべきだったのかもしれないな)

なぜかふと、そんなことを思った。

「小島、昔そんなことを言ったかもしれないが、忘れない方がいい、どんな嫌なことでも、忘れない方がいいんだ」

そのままでいたいなら、忘れない方がいい。

「田坂さん…どういうこと?田坂さんにだって忘れたい思い出の一つや二つあるでしょ?」

「あったと思うよ。でも、もう思い出せない」

もう、二度と思い出すことはできない。もうみんなが知っている田坂智に二度と戻れない。

「どういうことですか?」

不思議そうに小島が聞く。

「田坂、最近お前がおかしいのと、何か関係があるのか?」

関係があるどころの騒ぎではない。

「やっぱり、おれおかしいですよね。自分でおかしいとは思わないんですよ。でも、おかしいというのは分かる。まわりのみんなの反応で」

「何かわかってることがあるなら話してくれ、田坂」

わかってることなど、話せる訳がない。

「新藤さん、いや、最近物忘れがひどくなったって思って、思い出せないことが増えたんです。それだけですよ。ただ思うのはね、昔の思い出っていうか、これまで過ごしてきた時間で、今の自分ってできてると思うんです」

「まあ、そうかもしれないな」

「だから、嫌な思い出も、良い思いでも、全部含めて今の自分なんですよ。どれか一つでも欠けていたら、今いる自分は変わっているはずです」

「なるほどな、そしてお前は、何かが欠けたのか?」

そうだ。もう、たくさん欠けてしまった。

「いえ、例えばの話です。例えばの話ですが、そうかもしれない。歯切れが悪くてすみません」

新藤が納得していない様子で、残りのビールを一気に流し込んだ。

「田坂、無理にとは言わない。でもな、話せるときがきたら話してくれ。おれは気長に待ってるよ」

新藤がこちらをまっすぐに見てくる。おれはその視線に耐えきれずに目をそらし、焼酎を軽くあおった。隠し事があるのをを認めているようなものだ。

「田坂さん、僕ね、思うんですけど…」

少し酔ってきた小島が口を挟んだ。

「なんだ?」

「いえ、これまでの時間が今の自分を形成してるってのは、なんとなくわかるんです。ただ、必ずしも当てはまらないような気がするんです」

「どういうことだ?」

「田坂さん、子犬はどんな経験をしても大人の犬になるじゃないですか?猫も。その他の動物も。人間以外の動物がね、経験によっては将来人間になるなんてありえないじゃないですか」

「何が言いたい?」

いまひとつ要点がつかめない。

「僕ね、人間の皮をかぶってるだけで、中身は獣のやつってほんとにいると思ってるんです。例えば、無差別殺人をするようなやつや、生まれたばかりの子供を平気で殺す親もそうかもしれない」

小島の言いたいことが、なんとなくわかってきた。

「そういうやつらは、これまで過ごした時間なんか関係なく、もう生まれたときから違う生き物だと思うってことか?」

「そうです。人間としての心をもって、人間として生まれてきたら、なにがあったってあんな風にならないと思うんです。だから僕、そういう類のニュースを見るといつも思うんです。こいつらは姿、形が人間なだけでまったく別の生き物だって。遺伝子とか詳しくないですけど、もうそのレベルで根本的になにか違うと思うんですよ」

「なるほど、言いたいことはわかるよ」

「犬や猫は見た目でわかるじゃないですか。人間じゃないって。でも、そういうやつらは見た目が人間なので、見ただけでは分からないんですよ。それが、何か悔しいんです。どうにかして、見分けられないかな」

「仮に見分けられたら、小島、おまえどうすればいいと思う」

「そんなやつら、そうとわかった瞬間に刑務所ですよ。そして一生出さない。いや、そんなやつら殺しちゃってもいいか。皆殺しですね。遺伝子チェックして判定できる機械とか、できないかなぁ」

(こいつ、おれの後のデリートマンに選ばれるかもしれないな)

そう思うと自然と笑いが込み上げてきた。

「僕、何かおかしいですか?」

「お前の発想が極端すぎるんだよ。田坂だけじゃなくて、おれも笑いそうになったよ」

新藤も笑うが、小島の言うことはあながち間違いじゃない。あの研究員達がやろうとしていることは基本的にはそういうことだ。ただ、無差別殺人を犯すやつ、子供を殺す親、そいつらを単純に消して解決する問題じゃないように思える。

事実、おれもそういう輩を大量に消してきた。ただ、そういう悲しい事件はなくならなかった。

「小島、おれもそんなこと思ったりするよ」

「ほんとか?田坂」

新藤がびっくりしている。

「ね!田坂さんそうですよね!ほら新藤さん、僕の考えに賛同してくれる人もいますよ」

嬉しそうにする小島だが、少し単純すぎる。そんな簡単なものではない。

「ただな、難しいんだよ」

「何がですか?」

「判断がだよ。例えば、無差別殺人をした後で、犯人が死刑になる。これはまあ当然だと思うよ」

「はい」

「でも、これじゃあ被害者は救われないよな。被害者を救うなら、そういう奴をそもそも存在させたらいけない」

「はい。だから遺伝子チェックで殺人者を…」

「それだよ、小島。今、お前は無差別殺人とか、そういう誰が見ても不必要な人間にフォーカスを当ててるけど、もう一歩引いて見ると、必要なのはその人間が必要か?不要か?という判断だ。世の中には殺人を犯さなくても不要な人間がいるとおれは思う。だから、やるなら不要な人間は完全に排除しないといけないけど、その判断が難しいんだよ」

「田坂さん、そんなことできる訳ないじゃないですか!『不要な人間の遺伝子法則』みたいなの見つけるってことですよね?」

「まあ、そうだな」

「そんなの、判断のしようがないですよ。一体、どうやって…」

「データがあったらどうだ?その人がいる世界といない世界を比べるんだ。そして評価する。それを違う人で、何回も何百回も、何千回も繰り返す。そして、不要と評価された人間の遺伝子を集めて分析する…」

おそらくあの研究員達の分析方法は想像を絶するものだろうが、おおまかな考え方は間違えていないはずだ。

「田坂さん、どうやってその人がいる世界といない世界を比べるんですか?」

「それは…」

おれが消してるんだよ。などとは、口が裂けてもいえない。

「そうだな。悪い、忘れてくれ。そんなことできたら凄いと思って勢いで言っただけだ」

「いえ、田坂さんにどんな思い出も忘れるな。と言われたので忘れません。でも今、田坂さん凄く表情がありました。久しぶりに表情のある田坂さんを見た気がします」

「そうかな。小島の話が面白かったからだよ」

「でも確かに、今の田坂は活き活きしてたな」

新藤にもそう見えたようだ。しかし、考えてみれば当然かもしれない。

おれが存在している理由は、もうこれだけだ。感情が残っているとしたら、あいつらの研究に対しての思いだけだろうから。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 

夜、家までの道を歩きながら今日の話を思い出していた。

新藤、小島とはあの後1時間ほど飲んで解散したが、『遺伝子で消す』みたいな話はあの後は出なかった。

しかし、小島が考えていたことにはびっくりした。基本的には研究員の考え方と同じだ。

(いつか、あいつには本当のことを言おうかな)

デリートマンサイトの事を他言してはいけないというルールなどないから、言ってもいいはずだ。まあ、言っても信じてもらえないので言う気はないが。

(そもそも、小島とそんな話したことも最後には忘れてるか)

マンションに着く。エレベーターに乗り、考える。

最後、おれの思い出が完全になくなったとき、世界はどうなっているんだろうか。

多分、世界はまだ変わっていない。データが足りないはずだ。おれの次のデリートマン、その次のデリートマン、何人のデリートマンが必要になるかわからないけど、完成はまだまだ先だろう。

もしかしたら生きていないかもしれないが、やっぱり完成した世界を見てみたい。そのときおれは完全に壊れていたっていい。ただ

『この研究のために人を消した』

この記憶だけは残しておきたい。それは、新しい世界を見るときに必要な記憶だと思うから。

エレベーターが目的の階に着く。

「何年先になるんだろうねぇ」

「なにがなの?」

「だから、世界が…」

自分の部屋へ続く廊下を歩いているときの独り言だ。

(なんで言葉が返ってくるんだ?)

「世界がどうしたの?田坂さん」

目の前に、ようこが立っていた。

「ようこ…」

「田坂さん、全然連絡くれないから、来ちゃったよ。私のともくんは?まだ返ってきてないのかな?見た目はともくんにそっくりな田坂さん」

すっかり忘れていた。でも、それは仕方ない。ようこは『ともくんが返ってきたら教えて』そう言った。でも、ようこが知ってるともくんが返ってくることなど、もうないのだ。

「ようこ…おれは、たぶん、まだともくんじゃないよ」

「だろうね。だから、今日は田坂さんとお話をしに来ました。ずっと待ってたんだから、早く家入れてよ」

鍵を開ける。ようこが家へ入っていく。後姿が小さく見えた。痩せたのかもしれない。

(この子のためにできることがあるとしたら…)

思いついた決断が正しいのかどうか、ようこの背中を見ながら迷っていた。
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