デリートマン

わいんだーずさかもと

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第17話【デリートマンの友達⑧】

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「雨の日は、暇だな」

店のカウンターから外の雨を見ながら、麻里はぽつりとつぶやいた。
平日でも夕方に店を開けてしばらくすると一人、二人とお客がきて、9時を回るころには賑わっているのだが、この日は雨ということもあって、7時を少し回った今でも、お客は一人もきていなかった。

しかし、麻里は雨が好きだった。いや、正確に言えば好きになっていた。計画を実行した、あの日から。
あの日、計画はうまくいき、すべてが思い通りになったが、まだ、心のどこかで不安を感じる自分がいた。

(ひょんなことから、ばれるのではないだろうか)

そんな不安が、常にあった。しかし雨は不思議と、自分の残した痕跡、正確には、自分達の残した痕跡を、消してくれるような、そんな気がした。

(まさか、こんなにうまくいくとは思わなかった)

1年経った今でもそう思う。正直なところ、計画は穴だらけのように思えた。

(うまくいけばいいな)

くらいに考えていた。仮にうまくいかなかったとして、旦那から問いつめられるようなことがあったとしても、いくらでも言い逃れできる気がしていた。何せ、直接手を下すわけではないのだ。それが、こんなにうまくいくとは。

計画を思いついたのは、偶然だった。

(ほんとに偶然だったな)

麻里は外の雨をみながら、ぼんやりとその時を思い出した。


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


その日、麻里は一人で飲みに出ていた。旦那の気持ちが変わらないことに、むしゃくしゃしていた。お店の改装を反対されたあの日、今は反対しているが、ダメな旦那だ。横で猫なで声を出していれば、また以前のような気持ちに戻るだろうとたかをくくっていた。

ダメ旦那は、私が好き勝手に生活してても何も言ってこない。その生活に満足していたし、後は自分の好きなお店を持つだけでよかったのだ。それには、旦那の気持ちが戻るのが一番手っとり早い。ここまできて離婚になり、また一からなど考えられなかった。
しかし、旦那の気持ちは変わらなかった。

「お前が店を変えるんやったら、離婚や」

今でもこう言われていた。

(くそ、なんでよ。そもそも、あの常連客、田坂が余計なこと言うからこんなことに)

店のカウンターで、ウイスキーロックを一気に煽った。

(旦那、消えてくれないかな)

初めて、そう思った。そのとき、

「ええ飲みっぷりやなぁ」

と、声が聞こえた。見ると、カウンターの離れた席から男がこちらを見て笑っていた。
自然と微笑み返した。それから流れで、その男と一緒に飲むことになった。男はいかにも遊んでそうな雰囲気で、話も面白く、酒も強かった。

意気投合し、二件目へ行き、そして、その日はそのまま男の家に泊ったのだ。
これまでも何回かこういうことがあったが、男についていくのは、好みとかよりも、その日の気分が大きい。特にむしゃくしゃしてる時などはついて行くことが多いのだが、この日の気分は言うまでもない。

朝になって目を覚ますと、横にいる男が仰向けの状態のまま、手を天井へ伸ばしていた。手の先にはリモコンのようなものが握られていた。

「何してるの?」

と聞くと、

「鬱陶しいやつをな、撃退してんねん」

ということだった。どういうことか尋ねてみると、そのリモコンのようなものは、超音波を発生させる発信機で、これを受け続けると気分が悪くなったり、体に不調が出ることがあるとのことだった。

マンションの上のやつがうるさくてむかつくから使っているとのことだったが、実際に体に不調が出はじめているらしい。興味をもったので詳しく聞いてみると、

「こんなん、売ってないけんけどな、日本橋で部品揃えたら作れんねん。ツレに電子工作得意なやつがおってな。作ってもらってんけど、効果覿面やったわ」

大阪の日本橋界隈は、東京でいう秋葉原のような街である。パソコンや周辺機器はもちろん、電子基板からICチップのような細かな部品ま取り扱っているお店が多く、電子工作に必要な部品はなんでも揃う。

「体に悪いの?」

「おれ、アホやから詳しい事はわからんけど、何か、めっちゃ高い周波数出すねんて。ほんでな、これはそこまでやないらしいねんけど、周波数をさらに高くしたら、脳にダメージとか、心臓麻痺とかもおこせるかもしれんってツレは言うてた」

「え?」

自然と声が出ていた。

(心臓麻痺?)

「それって、例えば心臓のペースメーカーとかつけてる人の近くで使ったりしたら、ペースメーカーが誤作動したりとか、心臓に悪かったりする?」

「そらそやろ。だって、電車でも携帯切らなあかん車両あるくらいやで。これ、携帯どころの騒ぎやないもん。心臓悪い人の近くで使ったら心臓止まるんちゃう?知らんけど」

(使えるのではないのか?)

瞬間的にそう思っていた。これだったら、証拠を残せず、消えてもらえるのではないのか。
離婚という選択肢はない。ここまで来たのだ。だったら、消えてもらうしかないのではないのか。

「それ、ちょっと貸してもらえるかな?」

「なんや、お前も近所に鬱陶しいやつおんのか?」

「鬱陶しいって言うより、消えてほしいやつかな」

「何や、死んでほしいってこと?穏やかやないな。誰や」

「旦那」

笑って言ってみた。この男は頭が悪い。もしかすると、面白がって貸してくれるかもしれない。いや、ひょっとすると、手を貸してくれるかも。予想した反応でなければ、冗談で済ませればいい。

「おもろそうな話やな。ちょっと聞かせてくれや」

思った通りだ。麻里は、男に一通り説明した。

「なるほどな。それで、これを使って心臓発作に見せかけて殺すんを思いついたんか。おもろそうやないか。そやけど、ほんまにやるなら、これを作ったツレも仲間に入れよう。そいつ頭ええから、ちゃんと作戦を考えてくれるはずや」

その意見には賛成だった。自分でもうまい作戦を思いつかないし、目の前にいる見るからに頭の悪そうなこの男から良い考えなど浮かぶはずがない。

「その人、大丈夫。あなたが大丈夫なのは、何となくわかるけど」

「大丈夫や。秘密は守れるやつや。それに、『自分の作ったもんで人を殺してみたい』みたいなこと言うとったし、喜ぶと思うで」

類は友を呼ぶ。
いくら頭がよくても、根っこの部分ではそのツレもこの男と同じなのかもしれない。利用させてもらおう。

「その人に聞いてもらえるかな?」

「ええよ、聞いてみたるわ。ただ、手伝うのには条件があんで」

男が上に覆いかぶさってくる。

「なに?」

「週に1回は、ウチに泊りにきてや」

「週に1回でいいの?来れる日は、全部くるよ」

男をきつく抱きしめる。

(この躰が気に入ったなら、存分に抱かせてあげる。そのかわり、その分はしっかり働いてもらう)

男が投げ捨てた周波数発信機を見て、麻里は笑った。


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 


(あの出会いが、人生を変えてくれたな)

なんてことない、ただのバカナンパ男だったけど、そのバカナンパ男には感謝している。
ただ、調子に乗りすぎだ。今でも恩着せがましい。この店に飲みに来ては、当時のことをちらつかせ、たまに飲み代を払っていかない。最初のうちは安いもんだと思っていたけど、半年以上続くと、さすがに腹が立ってくる。

そろそろ、本気で「いいかげんにしろ!」と言ってやろうと思っていた。あいつらは、こういう暇そうな日によく来る。おそらく、他にお客がいないと、人前で話しづらい話を、気を使わずに話せるからだろう。

(今日きたら、言ってやる)

そう思ったとき、入り口のドアが開いた。

(よし!今日は言ってやろう!)

「あんたら…」

「麻里ちゃん。お久しぶりやね。元気にしとったかな。あれ?忘れられたかな」

全身が固まった。二度と会いたくないと思っているほど、嫌いな人間を忘れるはずがない。

「田坂さん、お久ぶりです」

声が震えているのが自分でもわかった。

(今さら、何をしに来た)

不安になる。でも、大丈夫だ。もう、1年も経っている。残っている痕跡は、何もない。大丈夫だ。

(今日が、雨でよかったな)

外を見る。今さら天気など関係ないが、少し、気が楽になる。

「カウンター、いいかな?」

そう言う田坂に、少しの間返事ができなかった。

自分の味方だと思っていた雨が、止んでいた。
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