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第22話【デリートマンの友達⑬】
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「とも、今日はええハゲあるから刺身にしたるわ。この時期は肝がうまいからな」
『ハゲ』とは関西でカワハギのことである。1年通して美味しい魚であるが、冬のこの時期は特に肝が美味だ。
「ありがとう。ハゲの刺身久しぶりやなぁ」
金城麻里を消した翌日の夜。しげきちに来ていた。金城麻里が存在しなければ、しげさんも生きていてお店もそのままだと思っていた。実際にその通りだったが、実際にお店を見るまでは安心できなかった。
「しげさんの料理もう食べられへんと思ってたから、嬉しいですわ」
亡くなったと聞いたとき、本当にそう思ったのだ。自分でやったことだが、今、目の前にしげさんがいることを、おれはまだどこかで信じられないでいた。
「ちょっと東京行ったくらいで食べられへんって大げさなやつやな。ワシまだまだ元気やし、まだまだ店頑張るでー!」
(よかったな。しげさん、おかえり)
おれは心の中で呟いた。元気なしげさんを見ると、金城麻里を消して正しかったと思う。
「元気そうやけど、しげさんの体が心配。心臓は?」
「最近調子ええねん。長い距離ウォーキングしても全然疲れへんしな。医者も元気すぎてびっくりしとるわ」
「一人でしんどないです?大丈夫?」
「そら、オカンおった頃の方が楽やったけどな。オカンが入院してからはずっと一人やったし、まあ問題ないよ。あ、そういやオカンがともに会いたがっとったけどなぁ。残念やわ」
しげさんのお母さんは亡くなっていたままだったが、それはそうだろう。しげさんの母の死と金城麻里とは直接は関係ないので、金城麻里がいなくてもそれは変わらない。
「おばさん、残念でした」
「うん。でも事故とかで突然やなくて病気やったし、寿命やったんやと思うようにしてるわ」
しげきちに通っていたころ、おばさんにはよくしてもらった。もう一度おばさんに会いたかったが、病気だとどうすることもできない。
おれはカワハギの刺身を待っている間、突き出しの料理と焼酎で楽しんだ。
(この味だ…)
料理もお酒も、本当に美味しい。金城麻里のやっていたバーなど、この店の足元にも及ばない。
「ハゲ、できたぞ」
しげさんによってさばかれた、美しいカワハギの刺身が出てくる。
「美味そうですね!」
「間違いなく美味いぞ」
オススメの肝を口に入れる。口の中でふわっととろける。大げさでなく、この時期のカワハギの肝はフォアグラよりも美味いと思う。
「ほんまに…美味いです」
「そやろ。この時期のハゲの肝は最高やで」
そのとき、入り口が開く音がした。見ると、きよさんが入ってくるところだった。
「飲みに来たでー、お?ともやないか!なんや、大阪帰ってきとったんか?」
前にたまさんのお店でも大阪に帰ってきている報告をしたのだが、金城麻里を消したことにより、そのこと自体がなくなっているのだろう。いや、仮にきよさんと飲んだ事実があったとしても、この人なら忘れているかもしれない。
「いや、ちょっとだけやねん。来年また戻る」
「そうなんか。はよ帰ってこなあかんぞおまえは。しかし、久しぶりやの、一緒に飲むんは」
横に座りながらそう言うきよさん。たまさんのお店でのやりとりとまったく同じで笑いそうになる。
「きよさん、焼酎でよかったらオレのボトル飲んで」
「ええに決まってるやんけ。ほな、今日はとものボトルで飲もうかな」
きよさんなど、飲み屋でしょっちゅう一緒になる人達と飲むときは、その仲間うちの誰かのボトルで飲む。なくなったら、「じゃあ次はオレが入れる」みたいな感じで順番にするので、おごっているという感覚はない。
そして、これが一番安上がりな飲み方だ。
「しげさん、オレもハゲちょうだい。やっぱりしげきちは落ち着くなぁ。三日にいっぺんは来たなるわ。しげさん、まだまだ頑張ってや!」
「当たり前や!みんなが元気で通ってくれてるうちは、こっちも元気に続けんで!」
やはり、これでよかった。優しいしげさん、そして地元のみんなに愛されるこのお店が、1人の強欲女のためになくなって良いわけがない。
「しげさん、ほんまに元気そうでよかった。でもな、悪い女にだまされたらあきませんよ!」
「とも、なんやそれ」
「いや、例えばですけどね。店目当てで結婚ちらつかせてくる女とか」
「こんな店ほしがる女おるわけないやろ。あと、もう結婚は考えてないしな」
「いや、わかりませんよ!このお店を乗っ取って自分の好きなように改装しようとする、沖縄出身の派手な20代女が言い寄ってくるかもしれませんよ!」
「なんやその具体的な例えは。仮にな、100歩譲ってそんなやつがおったとしてもな、そんな女にひっかかるわけないろ。だいたいな、20代のええ女がな、こんな40半ばのよれよれのおっさんに近づいてくる時点でおかしいやろ。そんなんにひっかかるほどめでたないで」
(見事にひっかかって、挙句の果てに殺されたのはどこのどいつだよ…)
「とにかく、気をつけてくださいよ!!」
「はいはい、わかりました」
(ほんとにわかってんのかな、この人は…)
人思いで優しい人だから、心配になる。
「とも、そんな女おんのか!今度紹介してくれや!!」
この人には、何があっても若い女は寄ってこないだろう。
「きよさん、おらんよ。たとえばの話」
「ほんまかぁ、知り合いにおんねやったら隠すなよ!」
「きよさん、奥さんに怒られんで」
「ええんや!嫁はな、嫁や。好っきゃで。もちろんな。でもな、もう女やないねん。だから女がほしいんや」
なんとも身勝手な理屈だが、田坂も一度結婚を経験しているので何となく言いたいことはわかる。
「元気やねぇ、きよさんは」
「まだまだ元気やで!」
「とも、このおっちゃんはたぶん死ぬまでこうやわ」
しげさんが言い、3人で笑った。
「でもな、とも。嫁をずっと女として見続けるって、無理なことやで」
確かに、それは難しいかもしれない。
「確かにねぇ。でも、無理ってことはないんやないかな。実際、何年、年十年経っても奥さんを女としてちゃんと見てる夫婦もあるやろ」
「そんなん、あるかぁ?」
「ないことないと思うで。でもな、逆もそやろ?奥さんから見て、きよさんはもう男やないかもしれへんで」
「そんなことあるか!おれはいつまでも男としての魅力あるわ!」
「奥さんも、そう思ってるんやない?そやから、きよさんもちゃんと奥さんを女性として見てあげる努力をせなアカンのやないかな。『もうお前なんか女として魅力ない』みたいなんが伝わったら、奥さんきっと寂しいと思うで」
「そうなんかなぁ。でも、バツイチに言われてもなぁ」
「そういや、おれ離婚してたな。忘れてたわ」
「忘れんなよ」
また3人で笑う。ここは本当に居心地が良い。
「オレは結婚の経験ないけど、確かに、ずっと結婚したときの気持ちのままってのは難しいんかもしれへんな。でも、ともが半年くらい前に連れてきた夫婦、確か、いっぺいくんと彩美ちゃんやったっけ?あの夫婦はめっちゃ良い夫婦に見えたわ」
「中元と彩美?連れてきましたっけ?」
「半年くらい前にお前がちょこっと大阪戻ってきたとき、連れてきたやん。高校の同級生やって。お前、もうボケてきたんか?」
金城麻里を消したことで、中元と麻里の不倫はなくなった。その過去において、自分が2人をここへ連れてきたことがあるのだろう。
しかし、いつも人を消した後はその人がいない過去についての出来事は覚えておらず、部分的な記憶喪失になるから困る。
「そういや、そうやった気もします」
「ほんましっかりしてくれよ。元気なんか?あの2人?」
金城麻里を消した翌日の朝、中元に電話した。
中元と彩美は元気だった。子供はいなかったが、いなくても2人で幸せだから、無理をして作る予定もないということだった。
なぜ今そんなことを聞くのか?
と不思議がられたが、それを聞いて安心した。実際に会って話したかったので飲みに誘うと、
「先週飲んだばっかやんけ」
と言われた。麻里のいない過去では先週一緒に飲んだらしいが、もちろん記憶にない。
2人とも元気なのはわかったし仲が良いのもわかったので、中元と彩美とは、年が明けて落ち着いてからまた会おうということになった。
「元気ですよ。相変わらず仲も良いです」
「もう、結婚して10年は経ってるやろ?きよちゃんがありえへんっていう理想の形の夫婦が、案外近くにおるかもしれんな」
「そうなんか?ともの友達がお互いを愛し続ける理想の夫婦なら、いっぺん会ってみたいな。そんな夫婦なら、絶対不倫なんかないんやろな」
「うん。そやと思うねんけどな」
「『思う』てなんやねん。そんなもん、もし不倫とかあったら理想やないぞ!」
今はないと思う。でも過去には確かにあって、人生がめちゃくちゃになりそうだったのだ。
「ないやろ。いっぺいくんは好青年やったしな」
その好青年が、しげさんの殺人計画に加担していたのだ。何がどうなるかなど、わからない。
「そうですね」
本当にそうであってほしいと願いながら、空になっていたきよさんのグラスに焼酎をついだ。
「お。ともありがとう」
ついでいる途中、きよさんのグラス半分くらいでボトルの焼酎がなくなった。
「ごめん。なくなった」
「ほんまやな、ほな次はオレが入れるわ。しげさん、『いいちこ』ボトルで頼むわ」
おれは『知心剣』という焼酎のボトルを入れていたが、きよさんは迷わず『いいちこ』を選んだ。
「知心剣、嫌いやった?」
「いや、美味い焼酎や。大好きやで。でも、やっぱりな『いいちこ』や。いつもの酒って感じがして、安心すんねや。いろんな酒飲んでもな、最後は『いいちこ』へ戻るんや」
きよさんの奥さんは、きよさんにとっての『いいちこ』のような存在なのかもしれない。もしそうだとすると、奥さんはきよさんにとって、かけがいのない存在ということになる。
「なんや、とも。難しい顔して」
「きよさん、この世からな『いいちこ』なくなったらどうする?」
「そんなもん、生きていかれへんわ」
「ほな、奥さん大事にせんとな」
「なんや?何いうてんねんお前は」
そう言いながら、きよさんはおれのグラスへ『いいちこ』をついだ。
「あらためて乾杯しよか、あ、しげさんも飲んでや」
しげさんに自分のグラスを用意してもらい、酒をつぎ、3人で乾杯した。
(しげさん、おかえり)
グラスを合わせた後、おれは心の中でもう一度呟いた。
『ハゲ』とは関西でカワハギのことである。1年通して美味しい魚であるが、冬のこの時期は特に肝が美味だ。
「ありがとう。ハゲの刺身久しぶりやなぁ」
金城麻里を消した翌日の夜。しげきちに来ていた。金城麻里が存在しなければ、しげさんも生きていてお店もそのままだと思っていた。実際にその通りだったが、実際にお店を見るまでは安心できなかった。
「しげさんの料理もう食べられへんと思ってたから、嬉しいですわ」
亡くなったと聞いたとき、本当にそう思ったのだ。自分でやったことだが、今、目の前にしげさんがいることを、おれはまだどこかで信じられないでいた。
「ちょっと東京行ったくらいで食べられへんって大げさなやつやな。ワシまだまだ元気やし、まだまだ店頑張るでー!」
(よかったな。しげさん、おかえり)
おれは心の中で呟いた。元気なしげさんを見ると、金城麻里を消して正しかったと思う。
「元気そうやけど、しげさんの体が心配。心臓は?」
「最近調子ええねん。長い距離ウォーキングしても全然疲れへんしな。医者も元気すぎてびっくりしとるわ」
「一人でしんどないです?大丈夫?」
「そら、オカンおった頃の方が楽やったけどな。オカンが入院してからはずっと一人やったし、まあ問題ないよ。あ、そういやオカンがともに会いたがっとったけどなぁ。残念やわ」
しげさんのお母さんは亡くなっていたままだったが、それはそうだろう。しげさんの母の死と金城麻里とは直接は関係ないので、金城麻里がいなくてもそれは変わらない。
「おばさん、残念でした」
「うん。でも事故とかで突然やなくて病気やったし、寿命やったんやと思うようにしてるわ」
しげきちに通っていたころ、おばさんにはよくしてもらった。もう一度おばさんに会いたかったが、病気だとどうすることもできない。
おれはカワハギの刺身を待っている間、突き出しの料理と焼酎で楽しんだ。
(この味だ…)
料理もお酒も、本当に美味しい。金城麻里のやっていたバーなど、この店の足元にも及ばない。
「ハゲ、できたぞ」
しげさんによってさばかれた、美しいカワハギの刺身が出てくる。
「美味そうですね!」
「間違いなく美味いぞ」
オススメの肝を口に入れる。口の中でふわっととろける。大げさでなく、この時期のカワハギの肝はフォアグラよりも美味いと思う。
「ほんまに…美味いです」
「そやろ。この時期のハゲの肝は最高やで」
そのとき、入り口が開く音がした。見ると、きよさんが入ってくるところだった。
「飲みに来たでー、お?ともやないか!なんや、大阪帰ってきとったんか?」
前にたまさんのお店でも大阪に帰ってきている報告をしたのだが、金城麻里を消したことにより、そのこと自体がなくなっているのだろう。いや、仮にきよさんと飲んだ事実があったとしても、この人なら忘れているかもしれない。
「いや、ちょっとだけやねん。来年また戻る」
「そうなんか。はよ帰ってこなあかんぞおまえは。しかし、久しぶりやの、一緒に飲むんは」
横に座りながらそう言うきよさん。たまさんのお店でのやりとりとまったく同じで笑いそうになる。
「きよさん、焼酎でよかったらオレのボトル飲んで」
「ええに決まってるやんけ。ほな、今日はとものボトルで飲もうかな」
きよさんなど、飲み屋でしょっちゅう一緒になる人達と飲むときは、その仲間うちの誰かのボトルで飲む。なくなったら、「じゃあ次はオレが入れる」みたいな感じで順番にするので、おごっているという感覚はない。
そして、これが一番安上がりな飲み方だ。
「しげさん、オレもハゲちょうだい。やっぱりしげきちは落ち着くなぁ。三日にいっぺんは来たなるわ。しげさん、まだまだ頑張ってや!」
「当たり前や!みんなが元気で通ってくれてるうちは、こっちも元気に続けんで!」
やはり、これでよかった。優しいしげさん、そして地元のみんなに愛されるこのお店が、1人の強欲女のためになくなって良いわけがない。
「しげさん、ほんまに元気そうでよかった。でもな、悪い女にだまされたらあきませんよ!」
「とも、なんやそれ」
「いや、例えばですけどね。店目当てで結婚ちらつかせてくる女とか」
「こんな店ほしがる女おるわけないやろ。あと、もう結婚は考えてないしな」
「いや、わかりませんよ!このお店を乗っ取って自分の好きなように改装しようとする、沖縄出身の派手な20代女が言い寄ってくるかもしれませんよ!」
「なんやその具体的な例えは。仮にな、100歩譲ってそんなやつがおったとしてもな、そんな女にひっかかるわけないろ。だいたいな、20代のええ女がな、こんな40半ばのよれよれのおっさんに近づいてくる時点でおかしいやろ。そんなんにひっかかるほどめでたないで」
(見事にひっかかって、挙句の果てに殺されたのはどこのどいつだよ…)
「とにかく、気をつけてくださいよ!!」
「はいはい、わかりました」
(ほんとにわかってんのかな、この人は…)
人思いで優しい人だから、心配になる。
「とも、そんな女おんのか!今度紹介してくれや!!」
この人には、何があっても若い女は寄ってこないだろう。
「きよさん、おらんよ。たとえばの話」
「ほんまかぁ、知り合いにおんねやったら隠すなよ!」
「きよさん、奥さんに怒られんで」
「ええんや!嫁はな、嫁や。好っきゃで。もちろんな。でもな、もう女やないねん。だから女がほしいんや」
なんとも身勝手な理屈だが、田坂も一度結婚を経験しているので何となく言いたいことはわかる。
「元気やねぇ、きよさんは」
「まだまだ元気やで!」
「とも、このおっちゃんはたぶん死ぬまでこうやわ」
しげさんが言い、3人で笑った。
「でもな、とも。嫁をずっと女として見続けるって、無理なことやで」
確かに、それは難しいかもしれない。
「確かにねぇ。でも、無理ってことはないんやないかな。実際、何年、年十年経っても奥さんを女としてちゃんと見てる夫婦もあるやろ」
「そんなん、あるかぁ?」
「ないことないと思うで。でもな、逆もそやろ?奥さんから見て、きよさんはもう男やないかもしれへんで」
「そんなことあるか!おれはいつまでも男としての魅力あるわ!」
「奥さんも、そう思ってるんやない?そやから、きよさんもちゃんと奥さんを女性として見てあげる努力をせなアカンのやないかな。『もうお前なんか女として魅力ない』みたいなんが伝わったら、奥さんきっと寂しいと思うで」
「そうなんかなぁ。でも、バツイチに言われてもなぁ」
「そういや、おれ離婚してたな。忘れてたわ」
「忘れんなよ」
また3人で笑う。ここは本当に居心地が良い。
「オレは結婚の経験ないけど、確かに、ずっと結婚したときの気持ちのままってのは難しいんかもしれへんな。でも、ともが半年くらい前に連れてきた夫婦、確か、いっぺいくんと彩美ちゃんやったっけ?あの夫婦はめっちゃ良い夫婦に見えたわ」
「中元と彩美?連れてきましたっけ?」
「半年くらい前にお前がちょこっと大阪戻ってきたとき、連れてきたやん。高校の同級生やって。お前、もうボケてきたんか?」
金城麻里を消したことで、中元と麻里の不倫はなくなった。その過去において、自分が2人をここへ連れてきたことがあるのだろう。
しかし、いつも人を消した後はその人がいない過去についての出来事は覚えておらず、部分的な記憶喪失になるから困る。
「そういや、そうやった気もします」
「ほんましっかりしてくれよ。元気なんか?あの2人?」
金城麻里を消した翌日の朝、中元に電話した。
中元と彩美は元気だった。子供はいなかったが、いなくても2人で幸せだから、無理をして作る予定もないということだった。
なぜ今そんなことを聞くのか?
と不思議がられたが、それを聞いて安心した。実際に会って話したかったので飲みに誘うと、
「先週飲んだばっかやんけ」
と言われた。麻里のいない過去では先週一緒に飲んだらしいが、もちろん記憶にない。
2人とも元気なのはわかったし仲が良いのもわかったので、中元と彩美とは、年が明けて落ち着いてからまた会おうということになった。
「元気ですよ。相変わらず仲も良いです」
「もう、結婚して10年は経ってるやろ?きよちゃんがありえへんっていう理想の形の夫婦が、案外近くにおるかもしれんな」
「そうなんか?ともの友達がお互いを愛し続ける理想の夫婦なら、いっぺん会ってみたいな。そんな夫婦なら、絶対不倫なんかないんやろな」
「うん。そやと思うねんけどな」
「『思う』てなんやねん。そんなもん、もし不倫とかあったら理想やないぞ!」
今はないと思う。でも過去には確かにあって、人生がめちゃくちゃになりそうだったのだ。
「ないやろ。いっぺいくんは好青年やったしな」
その好青年が、しげさんの殺人計画に加担していたのだ。何がどうなるかなど、わからない。
「そうですね」
本当にそうであってほしいと願いながら、空になっていたきよさんのグラスに焼酎をついだ。
「お。ともありがとう」
ついでいる途中、きよさんのグラス半分くらいでボトルの焼酎がなくなった。
「ごめん。なくなった」
「ほんまやな、ほな次はオレが入れるわ。しげさん、『いいちこ』ボトルで頼むわ」
おれは『知心剣』という焼酎のボトルを入れていたが、きよさんは迷わず『いいちこ』を選んだ。
「知心剣、嫌いやった?」
「いや、美味い焼酎や。大好きやで。でも、やっぱりな『いいちこ』や。いつもの酒って感じがして、安心すんねや。いろんな酒飲んでもな、最後は『いいちこ』へ戻るんや」
きよさんの奥さんは、きよさんにとっての『いいちこ』のような存在なのかもしれない。もしそうだとすると、奥さんはきよさんにとって、かけがいのない存在ということになる。
「なんや、とも。難しい顔して」
「きよさん、この世からな『いいちこ』なくなったらどうする?」
「そんなもん、生きていかれへんわ」
「ほな、奥さん大事にせんとな」
「なんや?何いうてんねんお前は」
そう言いながら、きよさんはおれのグラスへ『いいちこ』をついだ。
「あらためて乾杯しよか、あ、しげさんも飲んでや」
しげさんに自分のグラスを用意してもらい、酒をつぎ、3人で乾杯した。
(しげさん、おかえり)
グラスを合わせた後、おれは心の中でもう一度呟いた。
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